壮大な山々と紅葉に囲まれた渓谷で、露天風呂に浸かる。
…いいね!
自然との一体化だね!
日本人に生まれ、それを至上と感じる感性があって嬉しいが、もちろんこの喜びは日本人だけに留まらず、世界中の人たちと分かち合いたい。
山形県には「姥湯(うばゆ)温泉」という秘湯がある。
なかなかクレイジーなレベルの山間部の一軒宿だ。
それでね、僕はこの温泉に昔から興味があった。
遡ると、2009年にも姥湯温泉にいずれ行きたいとか、言っている。
まだアホ丸出しでスタミナ全開で、温泉なんてほとんど興味なかった時代の僕が気に留めただけでも、すごい温泉だ。
そんな僕の願望がかなったのは、2020年の11月初旬だ。
そのときのことを執筆したい。
道路も温泉も紅葉もすごいから、刮目せよ!
深山に誘われ
あなたもきっと、凍えているに違いない。
10月半ばまで変に暖かく、半袖でのほほんと過ごしていた僕らが厳しい木枯らしに晒されたのは、ほんの1週間ほど前の話だ。
いきなり気温が急落し、牙を剥きやがった。
夏の次の季節は冬なのだ、これよく覚えておいてほしい。
11月上旬になると、東北の山間部の温泉宿はもう冬季休業に入ったりする。
1年の半分は冬なのだ。
1年前の僕は焦った。
なぜなら、姥湯温泉の冬季休業まであと2日と迫っていたからだ。
近年のブームである、「気温急降下」を待ってから山間部の秘境温泉に行きたいなーとノンビリ企画していては、間に合わない。
だから1年前の僕は焦った。
2021年のあなたはまだ間に合うかもしれない。でも急いだほうがいい。
僕は1人、東北をひた走る。
国道13号、西栗子トンネルだ。
完成時には国内で3番目に長かったトンネル。
入口がスノーシェッドのように囲われており、その背後に管理棟のような重厚なビルが建つという、珍しい造りだ。
そんな国道から脇道に反れる。
姥湯温泉まで15kmと書かれている。
この先はもう全部山。最終的にまたここまで戻って来なければいけない。
たかが15km。されど15㎞。
この先の険しさは、この写真の中でほのかに感じ取れる。
廃墟があるから。
この時点で廃墟があるってことは、この先はヤバいぞってことだ。
僕も以前、「姥湯温泉に行くための最大の難関は、そこまでの狭路だよな」って思っていた。
YouTubeで姥湯温泉までの道のりの動画とかを眺めていた時代もあった。
そして「愛車のHUMMER_H3では危険だな」って諦めたこともあった。
結論から言おう。
日頃から車を運転し慣れている人、擦れ違い困難な路地も入っていける人は大丈夫。いざというとき多少バック走行できるのであれば大丈夫。
未舗装部分は無いし、急坂はあるものの僕の日産パオでも突破できたので、パワーは無くても大丈夫。
こういった工程を楽しいドライブの一環として捉えられるか、地獄として捉えるか。
それによって、あなたが姥湯温泉に行けるかどうかの分岐となるであろう。
ま、そりゃ多少肩は凝る。
しかし凝ってもいい。これから温泉でほぐすのだから。
道はクネクネ。
ガードレールが無い部分も多いが、この色付いた林の中を走れるのは最高だ。
今しか味わえないドライブなのだ。
何かの名残を横目に見ながら、さらに山深くへと入っていく。
食事処とかお店とか、基本はない。
基本はね…。
さて、唯一の例外が登場したぞ。
さぁ、この分岐を見てほしい。
- ⇐ 姥湯温泉 8㎞
- ⇐ 滑川温泉 4㎞
- 峠駅 0.5km ⇒
右に行けば、秘境駅ファン狂喜乱舞の「峠駅」だ。
この駅前には食事処がある。
2021年度の秘境駅ランキング第14位というとんでもない駅で、駅周辺に人家は2軒しかないが、食事処がある。
訪問時の記事が上記だ。
きっと楽しんでいただけると思うので、この記事を読み終えたらのぞいてみてほしい。
きっと話が繋がる。
狭路を越えて
国道を反れて7㎞だ。
まだあと8㎞もあるので、半分にも満たない。
むしろ山間部に行くほどに道は狭くクネクネになるので、時間的にもまだ中盤戦が始まったばかりと言えよう。
いろんな分水嶺を見てきたが、トップクラスにハンドメイド感のある分水嶺の碑が出てきた。
こんなところで、太平洋と日本海を隔てているのだ。
ちょっとここでは車を停めてみたさ。
この付近だけ、少し路肩があって駐車可能だったのだ。
光り輝く狭路。
対向車が来ないことを祈りつつ、突き抜けよう。
そして、ここでこれだ。
この先、道路幅員が狭いため対向車に注意
まるで今までは道路幅が充分で、対向車に注意しなくても走れたような言い方をしてくれる。
こっちはそれなりの修羅場をくぐってきたつもりだったのに。
…まぁでも事実だ。
ここまで来れた人であれば残りの区間も乗り越えられるとは思うが、道はさらに狭くなり、そしてアップダウンも顕著となる。
姥湯温泉まであと3kmだ。
そして、看板には『ここより宿の玄関まで15分位です』と書いてある。
これ、何も意図せずに僕が訪問したら本当に15分ピッタリであった。
途中で川の流れのあまりの綺麗さに足を停めたりして2・3分は余計に消費したが、それはきっとあなたも同じことになるだそう。そういうのも含めて15分だ。
さぁ、いよいよ温泉への道のりもクライマックスだ。
あまりの山間部のために晴れたり曇ったりと天気が急変するが、基本的には晴れだ。
紅葉、最高過ぎる。
こんないい季節なのに、姥湯温泉はあと2日で冬季休業なのだ。
信じられない。もうちょっと営業してほしい。
最大・最後のアトラクションがやってきた。
ファンには有名な、スイッチバックの激坂ヘアピンカーブだ。
よ!待ってました!!
車のスイッチバックを指示する標識。
すごくレアだ。
ちょっとわかりづらいかもしれないが、要するに僕らは「①→④」と行きたい。
だけどもあまりの急カーブのために曲がり切れないから、途中で「②→③」の行程を挟むのだ。
しかも激坂の途中で。
これポイントだ。
こんな感じのカーブだ。
斜度22%の標識がある。
これは、東京23区で最も急勾配な「のぞき坂」と同じ角度だ。
まぁこっちはさらにヘアピン・スイッチバック付きだが。
上から見るとこんな感じになる。奈落に転げ落ちそうだ。
そんな坂だが、昭和のスペックのエンジンである僕の車でも登れたので、あなたの車でもきっと大丈夫だ。
例え軽自動車であってもなんとかなる。
お待たせ!
ついに見えたぞ姥湯温泉!!
山の中に小屋があるのが見えるだろうか?
あそこだ。あんなところに宿を作るなんて、人間ってすごい。
さぁ、この写真をよく覚えておいてほしい。
これからのメインのストーリーは、この写真に納まる中で展開される。
さすがに露天風呂までは映ってはいないが、上の小屋から左側に1・2分歩いたあたりだと思っていただきたい。
もうちょっとだ!がんばれ!温かいお風呂があなたを待っているぞ!!
辿り着いた秘湯
車道の終点、そこが駐車場になっている。
愛車のパオはここでお留守番だ。
ザッと見てほしい。
駐車している車には軽自動車もいるし、スポーティーなタイプもいる。
大体どんな車でもここまで来れる性能はあるのだ。あとはドライバーの頑張りだ。
ラッキーなことに、愛車のパオは駐車場の一番奥に停められた。
つまり、温泉までの距離が一番短い。
写真の奥に写っているのが、「桝形屋」という姥湯温泉で唯一の施設だ。
姥湯温泉といえば、この施設を指す。
僕、以前はロクに調べもせずに「姥湯温泉までは車道は無く、最後は山道を歩いて行かないといけない」って思っていた。
まぁこれは間違いではない。
しかし、写真の通り歩くのは最後のわずかな区間だ。実際に計ったら立ち止まって写真を撮りつつ5分であった。
よっぽど足腰が悪くなければ問題の無い距離であった。
さて、お風呂道具を持って歩こう。
最初に出てくるのはこの吊橋だ。
下は川だ。姥湯温泉の源泉が流れて川になっている。そこを渡るための橋だ。
すぐ横には、荷物運搬用の小型ロープウェイがある。
桝形屋に荷物を運ぶ際、駐車場からスムーズに届けられるようにするための設備なのだろう。
こういうのは好きだ。動いているところを見てみたい。
吊橋からの眺めだ。
渓谷に沿って流れる川。そして、桝形屋の施設。
向かって下にあるのは、管理施設か何かであろう。僕ら一般人には関係の無いものだ。
川沿いの遊歩道を歩きながら、川面をのぞいて見る。
すっごい綺麗な青色だ。北海道にある「白金の青い池」みたいだ。
これが温泉成分なのであろう。心ときめく。
源泉かけ流し。むしろダダ漏れ。
なんという贅沢な温泉であり、贅沢なロケーションだ。
苦労した者だけが辿り着ける極楽の世界が待っている。
この温泉、発見されたのは1533年なのだそうだ。
メッチャ古い。今から600年も前の話だ。
桝形屋のWebサイトによれば、鉱山師だった人が鉱脈を求めて調査中にこの温泉を発見したそうだ。
ちょうどそのとき温泉に入っていた山姥(やまんば)が、鉱山師に「そんな仕事辞めちまいな。そんで温泉の管理をやりな。」と、なんか無責任な提案をしたそうだ。
そこから始まり、今のオーナーが17代目なのだそうだ。
600年も、この山深く雪深く、1年のうちの半分しか到達ができないような過酷な環境の中の温泉を守ってきたのだなぁ。
感謝しかない。
桝形屋の入口まで辿り着いた。
ガラス戸からチラリと見える内部はなかなかに迫力のあるレトロな景観であったが、それらは宿泊客のみ間近で見られるビジョンだ。
立ち寄り湯のみである僕は、内部に入ることなく写真右手の受付窓から係員さんとやりとりをする。
料金600円をお支払い。
そして、建物に沿って川沿いの遊歩道をさらに奥へと行く。
写真中央の奥の方に小屋が見える。あれがメインとなる混浴露天風呂の脱衣室だ。
まだ露天風呂に辿り着いていない時点で語ってしまうが、僕は露天風呂内で写真撮影はしていない。他のお客さんもいるので、マナー的なことから。
だから、せめてこれらの写真から、温泉から見えたであろう絶景を感じ取ってほしい。
あの奥の小屋のさらに向こうにある温泉に、これから浸かるのだ。
もう、その先は三方位全てが白い岩盤剥き出しの険しい山だ。そして、頭上にはどこまでに青い空が広がるのだ。
逆光なのでちょっと写真映えはしないが、実際は最高の快晴であった。
標高は1300mあるそうだ。
11月上旬の山形県の標高1300m地点だ。結構寒い。そんな中での温泉だから、ありがたみもひとしおなのだ。
露天風呂は全部で3種類ある。
桝形屋から近い順に、まずは女性専用の「瑠璃の湯」。
それから、小さめの混浴の「薬師の湯」。僕はこれはいったんスルーだ。最初からメインディッシュを楽しみたい。
一番奥が、ダイナミックな温浴露天の「山姥の湯」。
いろんなメディアに登場するのが、ここだ。
ちなみに混浴露天の脱衣小屋は簡素。カゴなどの最低限の荷物置き用の設備しかないと思っていただきたい。
前述の通りここから先の写真は無い。
しかし、桝形屋のWebや、あるいは普通にWeb検索すれば誰しも調べられると思う。
山の中にポッカリ開けた谷間。
巨大な岩がゴロゴロ転がる窪地に、青い温泉が湧いている。
まるで日本庭園のようでもあるし、周囲の風景からもっともっと力強い印象も受ける。
お湯の温度はそんなに熱くはないが、周囲の気候が寒いので入った瞬間に幸せが訪れる。
後からやってきたツーリングライダーさんも「うひゃーー!!」って歓声を上げ、そしてお湯に溶けていった。
何もやることは無く、風の音と鳥のさえずりしか聞こえない。
ただただお湯に浸かるだけであったが、最高だった。
ちなみにこのあと薬師の湯にも入った。
泉質の違いなどはよくわからない。やっぱ最奥の露天風呂が至上だと感じた。
温泉の知識がほぼ無い上、ボキャブラリーが無くって申し訳ない。
しかしこれは、行った人でないとわからないであろう。
だからこそ、実際に行く価値があるのであろう。
ポカポカに整った僕は、さっきの分岐の逆方向である秘境駅の峠駅へと向かう。
少し日が傾いてきた。
秋の1日は短いのだ。冬が来る前にいろいろ楽しもう。
…あと2日で冬季休業となる姥湯温泉。
実はまさにこの2日後、初雪で真っ白になるのだ。
過酷な環境下で最高のお湯を600年守って来た姥湯。
これからも、多くの人に感動を与えてほしい。
以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。
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