週末大冒険

週末大冒険

ちょっと出かけてみないか。忘れかけていた、ワクワクを探しに。

No:076【山口県】そこは本州最後の夕陽の見える地!!本州最西端「毘沙ノ鼻」を目指せ!

本州本土の最西端。

 

 

あなたは「壇ノ浦だろ?」とか「関門橋だろ?」とか、思い浮かべているだろうか?

何を隠そう、かつての僕もそうだった。

 

しかし、実は違う。

「毘沙ノ鼻(びしゃのはな)」という岬。

これが本州最西端だ。

 

下関の中心地から北に向かって直線距離で20km強。

今回は、少々マイナーかもしれないこの岬をご紹介したい。

 

 

波花のクロスロード

 

北海道・本州・四国・九州。

日本の本土と言われるこの4つの大きな島、それぞれの東西南北端がある。

詳しくは、僕の書いた以下の【特集】をご参照いただきたい。

 

drive-ns.hatenablog.com

 

毘沙ノ鼻。

毘沙門天」を彷彿とさせるような猛々しい名前だ。

 

毘沙門天は武神。

じゃあ毘沙ノ鼻も強いのか?

すげー強い岬なのか?

戦闘力53万なのか?

そんじょそこらの岬とは一線を画しているのか?

 

ワクワクしてきたぞ。

 

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そんな岬を求め、九州と本州の境目と言っても過言ではない地まで、出掛けてみた話をしよう。

今回は、日本2周目と3周目のストーリーがベースだ。

 

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アプローチ1

山口県長門市下関市を繋ぐ、国道191号を走る。

快走路なので、非常にのどかな気分だ。

 

そこに突如として出てくる、本州最西端を示す碑。

これを見逃してはならない。

 

 

いつぞや写真を撮った記憶があるのだが、ちょっと手元で見つからなかったので、Googleマップストリートビューから拝借した。

 

事前案内なく、交差点を通り過ぎた先のところに「毘沙ノ鼻 →」って書いてあり、こちらを慌てさせてくれるカラクリだ。

 

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アプローチ2

国道を反れてからは、県道245号となる。

 

信号もほとんどない、別名「風波のクロスロード」という中二が歓喜しそうなかっこいい名前の道をスイスイ走っていく。

 

ただ、風波のクロスロードを信じてはいけない。

 

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風波のクロスロードを辿ろうとすると、わけわかんなくなるから。

 

途中で吉母という小さな集落に差し掛かる。

吉母の集落を拡大しても、風波のクロスロードは元気いっぱいだ。

 

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特に上2箇所、「この頻度で書かなくてもわかるよ」ってくらいに書いてある。

 

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アプローチ3

とりあえず、海の近くを走るシーンもあって気持ちがいい。

 

…と思いきや、アメリカ西部の平野部みたいにだだっ広い田園をスイーっと走るロケーションとなったりして、少々呆気に取られる。

 

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それがここだ。

ちょうど1つ目の矢印が途切れる部分だ。

 

ちなみにここは矢印の通りまっすぐ行くのが正解なのだが、県道245号は右折であり、そっちの方が道が太い。

普通に走ると右折してしまう可能性がある。

 

なのに標識がないこともあってスリリングだ。(少なくとも僕の訪問当時)

風花のクロスロードも、ここで名前の通り悪魔的に交差しており、ドライバーを迷わせにかかってくる。

 

もちろん僕は、町を間違えて田園の果てに消えていったこともある。

まぁ賢明なあなたであれば、ちゃんとカーナビを使うだろうから安心だろうが、この記事は僕の思い出話ということで、詳細に書かせていただいた。

 

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アプローチ4

田園の向こうはモサモサに木々が繁った低い丘で、クネクネ道でその丘を上る。

車の擦れ違いはなんとか可能と行ったところか。

HUMMER_H3だと、少しだけ不安である。

 

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アプローチ5

そこでゴミ処理場のフェンスが出てきて不安を煽られるのも、規定路線だから安心してほしい。

正面に出てくる白い看板にデカデカと「ごみ」とか書かれているが、別にあなたのことをゴミだと言っているわけではないので、安心してほしい。


フェンスギリギリを舐めるようにさらに丘を上れば、毘沙ノ鼻の駐車場だ。

 

 

本州最後の夕陽が見える丘 

 

駐車場は30台ほどだろうか?

公衆トイレがポツンとある。

 

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最西端への遊歩道1

海の見える気持ちのいい駐車場だ。

 

しかし注意せねばならないのは、この駐車場はフェンスで囲まれており、そのフェンスのゲートは夜間閉じているということだ。

 

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最西端への遊歩道2

岬の先端は、駐車場のさらに先だ。

つまり、原則夜には毘沙門ノ鼻には行けない。

これは覚えておいてほしい。

 

しかし、上の写真の通り、そのフェンスにも本州最西端を示すプレートが掲示されている。

マニアとしてはこれも撮影しておきたいものだ。

 

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最西端への遊歩道3

開所時間 8:30~日没まで

※時間を過ぎますと門が閉まりますのでご注意ください 

 

こんな風に、青地に赤という目がチカチカするような配色で注意喚起をしてくる。 

 

さて、この駐車場の最奥に、岬の先端へと続く遊歩道がある。

直近ではここに「毘沙ノ鼻」と書かれた木製の台座があり、その年の干支のオブジェが乗っているようだ。

 

僕の直近の訪問時は、これはまだなかった。

いいな、そのうちこれを見てみたいな。

 

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最西端への遊歩道4

ここからは気持ちのいい遊歩道だ。

 

毘沙門天とのバトルに向けての荒々しい最果ての岬と思いきや、どちらかといえば極楽浄土だ。

両側は木々で囲まれ、花が咲き、蝶も飛んでいる。

 

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最西端への遊歩道5

上は実際に日本2周目のこの遊歩道で僕が撮影したアゲハチョウだ。

 

ガラケーのカメラなのでそもそも画質が悪い上、原本を紛失したので圧縮したバッファした見つからなかった。

すごい解像度でデカデカと蝶をお見せしても苦手な人もいるかもしれないので、このくらいのボカしで結果良いだろうと自己納得しておく。

 

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最西端への遊歩道6

傍らに立つのは、「本州最後の陽が沈む丘」の標柱。

 

ロマンあふれる二つ名じゃないか、カッコいい。

「夕」だけ赤字にしているのが褒めていいものかどうか、絶妙なラインを攻めてくる。

 

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最西端への遊歩道7

この標柱も、日本2周目の頃から眺めているが、随分と痛んできた。

 

一部文字が取れたりしていた。

一番強調したい「」の文字が、もうほとんどお亡くなりになっている。

 

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最西端への遊歩道8

赤字はダメなんだよ。

紫外線で真っ先に劣化するのだよ。


まぁいい。僕はO型だから細かいことは気にしない。

「本州最後の 易がみえる」でも、別にいい。

 

 

九州臨むデッキにて

 

5分ほど歩いただろうか?

そこそこの広さを持つ広場に到達したところで、この遊歩道は終わる。

同時に両側の木々がなくなり、一気に視界が開ける。

 

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最西端デッキ1

本州最西端だ。

それを示す木の看板と、灯台型のオブジェが僕を迎えてくれた。

 

その後ろには、真っ青な空と海が広がっている。

 

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最西端デッキ2

嬉しいな。

 

日本で一番巨大な島、本州。

その一番西の端に来ているのだ。

僕は今、本州で一番西に立っている人間なのだ。

 

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最西端デッキ3

…少しだけ、昔話をしよう。

 

ここを初めて訪れたのは日本2周目のことなんだけどさ、当時は冒頭の通り突端岬に詳しくはなかった。

関門橋」を見上げて満足し、「本州の端に来たー!」とか満足して帰路に着いてしまったのだ。

 

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最西端デッキ4

それも間違ってはいない。

1つのゴールとしては正しいであろう。


しかし、本当の突端を求めるのであれば、毘沙ノ鼻に行くべきだったのだ。

僕は突端を求めるタイプの人間であった。

 

調査も意識も不完全なまま、旅立ってしまっていた。

 

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最西端デッキ5

帰宅後にそれを知って大いに悔しがった僕は、数ヶ月に出直してきた。

ただね、「やり残したことをやりとげに来ただけ」では、カッコ悪い。

「前回ここを踏みさえすれば、今回来る必要もなかったのに」って卑屈になるだけだ。

 

だから、ここ毘沙ノ鼻を改めて目指す際に、もっともっと大きい目的を用意した。

 

車中泊しながら、毘沙ノ鼻を経由して九州の東西南北端の全てを踏み、さらに四国の最東端と最北端を踏んでやる。

 

そう考えた。

毘沙ノ鼻はその序盤を飾る、大事な大事な最初の岬だ。

しばらくは九州・四国を巡るから、本州に別れを告げるためにここに来たのだ。

 

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最西端デッキ6

先端にはデッキがある。

 

そこに立つと、遠くには九州の大地が霞んでいる。

関門海峡付近に浮かぶ島もいくつか見え、風光明媚だ。

 

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最西端デッキ7


本州の突端ではあるものの、その立地からも最果て感はあまりない。

しかし、「確かに本州と九州は繋がっているのだ」と感じ、僕の心は揺さぶられる。

 

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最西端デッキ8

公共交通機関の場合、一概には言えないが、九州旅行は九州のみを巡るだろう。

山口県への旅行であれば、九州に足を踏み入れることは少ないだろう。

 

しかし、自走の旅ではフィールドが移り変われ瞬間を味わえる。

自分の意思で、隣の大地に突入できる。

 

それがたまらなく好きなのだ。

その直前の、爆発しそうな興奮を感じているのだ。

 

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最西端デッキ9

少し南側を眺めると、先ほど脇を通り過ぎたゴミ処理場の敷地が見える。

 

僕にはあまり興味のないプチ情報だが、このデッキよりもさらに西の岩礁地帯に行きたい場合は、ゴミ処理場のゲートで監視員の人に頼み込めば案内してくれるケースもあるらしい。

あなたがもし興味のであれば、試してみてほしい。

 

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最西端デッキ10

 

掴めない夕日を追いかけて

 

さて、前述の通りここでは本州最後の夕陽も拝める。

僕も2回ほど夕刻に訪れた。

 

ちょっと時間にルーズな僕は、遅刻すること多いけどな。

(実際には、走行中にいろんな誘惑に捕まって日没に間に合わなくなる)

 

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夕焼けメモリーズ1

日本3周目では、「日没に間に合わないー。暗くなるー、暗くなっちまうー。」と、遊歩道をダッシュしながら先端のデッキを目指す。


本州を最後まで照らしてくれていたであろう夕陽は、僕なんかをとっくに見捨てて、もう九州に行っちまっていたようだ。

 

しかしステキな置き土産があった。

 

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夕焼けメモリーズ2

残照がとても綺麗だったのだ。


汗をかき、息切れしている僕も、この神秘さに思わず息を飲む。

本州最後の夕焼けを、今眺めているのだ。

 

背中に迫り来る夜を感じながら、1日の終焉を見送っている。

うん、いいじゃないか。

 

こうして僕は、以前日本最北の島である「礼文島」で出会った女性「のんたん」とここで夕焼けを見た。

 

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夕焼けメモリーズ3


今日は朝から1日一緒に遊んでくれたのんたんだが、そろそろお別れの時間だ。

ありがとう。

 

そして明日の朝、僕は九州に渡るのだ。

西日本を車中泊で一周する巨大イベント。

 

明日は朝一に福岡で、同じく西日本一周を反対回りする「ニコル君」という旅人と出会う予定があるのだ。

どういうヤツなのだろう、楽しみだ。

 

完全に暗くなった遊歩道を再び引き返す。

(早くしないとゲートが閉まる)

 

本州に夜が来た。

期待と興奮を内包した、静かだけども熱気のこもった夜だった。

 

 

日本6周目の夢を見る

 

…というわけだ。

使用した写真は日本4・5周目のものが多いが、ストーリーは日本2・3周目をベースとさせていただいた。

 

実は僕は、まだ日本6周目ではここを訪れていない。

本来であれば2021年1月現在において踏んでおきたかったのだが、コロナウイルスうんぬんで、機会を掴めていないのだ。

九州一周や四国半周はもう済ませてあるのだが、ここはまだなのだ。

 

恐らく僕は、日本6周目の最も終盤でここに戻ってくる。

万感の想いを抱き、花々に囲まれて、本州最後の夕陽を眺める。

 

きっとそのとき毘沙ノ鼻は、今まで以上に僕にとっては思い出深い岬となるであろう

まだ少し先の話になるかもしれないが、非常に楽しみだ。

 

本州の最果てに夢を馳せ、今しばらく力を蓄えるとしようか。

 

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以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: 毘沙ノ鼻
  • 住所:
  • 料金: 無料
  • 駐車場: あり
  • 時間: 8:30~日没まで 

 

No:075【山梨県】富士のふもとの凍てつく真冬の祭典!「西湖樹氷まつり」を見てみたい!

新型コロナウイルスは、2020年~2021年初頭の現在に至るまで、数々の祭りやイベントをブッ潰してきやがった。

東京オリンピックも延期となってしまった。

新型コロナウイルス、スゲー悪いヤツだ。

 

そんな犠牲の中に、富士五湖の1つ「西湖」のほとりで行われる「西湖樹氷まつり」がある。

例年1月下旬~2月中旬、1年の最も寒い時期に行われる氷の祭典だ。

 

本来であれば、今頃祭りの準備に関係者の方々が盛り上がっていた頃だろう。

極めて残念だ。

 

今回は、そんな樹氷まつりについて少々執筆をしたい。

 

 

アイスモンスター現る

 

今から2年前、2018年の年末のことであった。

僕は「富士五湖」を全て巡るドライブをしていた。

 

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西湖1

「西湖」だ。

このちょっとローカル感のあるロケーションが溜まらない。

 

富士五湖は「山中湖」・「河口湖」・「西湖」・「精進湖」・「本栖湖」を指す。

知名度的にも規模的にも立地的にも、前2つは飛び抜けているものの、あと3つにはスポットが当たりづらい部分もある。

 

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西湖2

裏を返せば、それだけ静かに湖と「富士山」を堪能できるのだ。

 

僕もこの日、まずは都心側からアクセスのいい山中湖と河口湖を観光した。

順々に奥へと足を延ばし、ここ西湖にやってきたのだ。

 

 

さて、次は精進湖だ。

西湖を出発し、県道21号で西へと走り出す。

 

…とここで、道路の左側に奇妙なものを発見した。

 

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巨大な氷塊

ちょっと待って待って待って。

なんか尋常じゃないスケールの氷塊があったよ。

 

確かにとんでもなく寒いが、これは自然の力だけではないな。

局所的にここまでガッチガチに凍ることは考えにくい。

 

これは…裏になんらかの組織の力が働いているな。

僕は名探偵みたいな顔をして、そう推測した。

 

上の写真からさらに西に100mほど走ったところには大きな広場があり、さらに無数の氷塊がゴロンゴロンと鎮座している。

駐車できるスペースもあるので、ちょっと真相を確かめよう。

 

 

樹氷アートが並ぶ

 

なんなんだ、ここは?

広場の片隅にここの場所を示す看板があった。

 

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樹氷アート1

「西湖野鳥の森公園」というらしい。

 

見た感じ、森の中の広場。そして片隅にログハウス風の大きな小屋がある。

そんな立地だ。

 

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樹氷アート2

 

そんな中、氷のモンスターが敷地を闊歩している。

 

 

ところどころに氷の塊があるのだ。

大きなものは幅数10m、高さも10mほどにもなるのではないかと考える。

それが異様な光景を作り出している。

 

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樹氷アート3

詳細は後述するが、これは樹氷まつりの会場である。

僕の訪れた年末時点では、まだ祭りは開催されていない。

たぶん、数週間後の祭り開催に向け、ちょっとずつ樹氷アートを製作中なのだ。

 

上の写真からもわかる通り、木の枝などで骨格が造られている。

それに氷がまとわりつき、少しずつ成長している過程なのだ。

 

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樹氷アート4

富士山のようにこんもりした氷の塊。

そしてその後ろに、ホンモノの富士山

なんという絶景だ。

 

さらにその手前には、とんでもない長さのツララも垂れ下がっている。

 

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樹氷アート5

これはデカいぞ。

鍾乳石のようだ。鍾乳洞の中って、こんなふうなスポットあるよな。

 

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樹氷アート6

僕と比べても、こんなに大きい。

本当は大きさを対比するためにもっと樹氷アートに近づきたいのだが、ここが限界。

立入禁止のロープが張られている上、周辺はツルツルのスケートリンクのようになっているから。

 

…なんでスケートリンク化しているのかを、ご説明しよう。

 

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樹氷アート7

頭頂部から水が噴き出している。

実は、各氷のオブジェまでは、水道のホースが引っ張られている。

 

いい感じのところにホースの出口が固定されており、そこから常時チョロチョロと水が出ているのだ。

これが外気で少しずつ凍り、数週間かけて巨大なオブジェを作り出している。

 

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樹氷アート8

僕は先ほどこのアートを鍾乳石に例えたが、本物の鍾乳石もまさにそんな行程で数1000年~数万年をかけて作られるよな。

材質が違うだけで、原理が同じことに気付いた。

 

これはまさに、氷でできた鍾乳石なのかもしれない。

 

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樹氷アート9

「平成」の文字が描かれたオブジェも、制作中だ。

 

2018年12月末現在、僕ら国民はあと4ヶ月で平成時代が終わることは知っている。

しかし、次の時代の名前が何のか知るのは、あと3ヶ月後だ。

 

平成最後の祭りとなるので、この文字を掲げたのであろう。

 

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樹氷アート10

津波のようにド迫力の氷アート。

まだまだ祭り本番まで成長を続けるのだろう。

偶然発見し、見学できてよかった。

 

それらをひとしきり眺めたあと、次なる精進湖を目指すため、再び愛車に乗り込んでアクセルを踏んだ。

 

 

西湖樹氷まつりと、その受難

 

正直、訪問当時の僕は西湖樹氷まつりについて知らなかった。

その後に机上で調べていろいろわかり、改めて興味を持ったのだ。

 

西湖樹氷まつりは、2000年にスタートしたイベント。

祭りの期間中は露天なども出て賑わうのだとか。

そして、日暮れからは樹氷アートをライトアップもするそうだ。

 

僕は気になり、その後の樹氷まつりの動向を追っていた。

 

2019年

 

今回ご紹介した写真は2018年の年末のものであり、つまり翌年の初冬に開催される「西湖樹氷まつり2019」の準備段階のものである。

 

だが…。

 

www.sankei.com

 

祭りの開催からたった4日後に、事件勃発だ!

火災発生だ!

 

 町観光課などでつくる西湖樹氷まつりの実行委員会は「イベントの継続が困難になった」として、まつりを中止した。

 

今回僕がご紹介した氷のアート、何週間もかけて作成したが、あまり多くの人の目には留まらずに祭り自体が中止されてしまったのだ。 

残念!!

平成最後の樹氷まつりだったのに!

 

 

2020年

 

…そして、その翌年の「西湖樹氷まつり2020」。

 

www.fujisan-net.jp

 

そうそう、去年は全国で記録的な暖冬だったのだ。 

上記リンク内でも、全然樹氷ができずに骨組みが丸見えな氷のアートに困惑していることが窺える。

 

中止なのか?

またまた模擬店やイベントなどでなんとか場を取り繕うのか??

直前までそんな葛藤があったそうだ。

 

ameblo.jp

 

またまたリンクさせていただくが、げっそりとやせ細った樹氷アートではあるが、なんとか開催したようだ。

 

まぁこれはこれでいいのではないかな?

樹氷アートはモコモコであるべし」みたいなルールは無いのだ。

観光客が非日常を感じ、楽しめるのであれば良いのではないかな。

 

 

2021年

 

さて、そして今年である。

ご存じの通り、コロナウイルス VS 人類」も2年目に突入した。

 

1月14日から2月7日まで、再び緊急事態宣言が出された。

対象は東京・神奈川・埼玉・千葉・栃木・愛知・岐阜・大阪・京都・兵庫・福岡である。

 

一部では「ただの飲み会禁止令では?」と言われるほど、昨年の規制に対して緩いし、ここ山梨県は緊急事態宣言の該当ではない。

 

www.fujisan.ne.jp

 

だが、「西湖樹氷まつり2021」は中止だ。

この世間の動向もあるし、首都圏からの来客を見込んでいたのだろう。

3度の残念な結果だ。

 

なお、樹氷アートだけは作成しており、直近の大寒波の影響でモリモリと樹氷が育っているようなのが大変に皮肉である。

見に行ける人もいるのかもしれないが、少なくとも僕は今回もこれを見に行くことは無いであろう。

 

 

そして2022年へ…

 

2021年が始まったばかりで恐縮だが、2022年の樹氷まつりはどのようになるのだろう。

 

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人類がコロナに打ち勝つ、あるいはうまく共存ができる世の中になっていることを期待する。

また観光業が息を吹き返し、盛り上がり、再び多くの旅人と出会えることを期待する。

 

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僕は、西湖樹氷まつりをまともに見たことがない。

しかしそれは、未来に対する大きな期待だ。

 

2022年初頭!!

僕は再びこの祭りを訪れたい。

 

願わくば、この青空の下、富士山と樹氷アートを背景にあなたと出会いたい。

その願いが叶うよう、心から願っている!

 

 

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以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: 西湖樹氷まつり(西湖野鳥の森公園
  • 住所: 山梨県南都留郡富士河口湖町西湖2068
  • 料金: 無料
  • 駐車場: あり(たぶん)
  • 時間: 1月下旬~2月中旬、9:00~日没(開催年によって異なる可能性あり、確認のこと)

 

No:074【北海道】美瑛の景勝地「白金の青い池」!観光地化前に訪問した物語がこれだ!!

「白金にあるっていう、青い池を一緒に探しましょうよ!明日の朝に!」

 

とある旅人宿での宴会の中で、僕はこのように提案した。

 

その池は、観光地でも景勝地でもない。

名前すらない。

知る人もほとんどない。

 

しかし、あるのだ。

…たぶん。

 

美瑛の白金地区の森の中にヒッソリと、その池は眠っているという。

Webサイトを見てもほぼ情報は無い。

しかし、わずかな情報を繋ぎ合わせれば、おぼろげながら輪郭が見えてきそうな気がする。

…となれば、あとは実行あるのみだ。

 

5名のライダーさんが名乗りを上げてくれた。

 

よし!

決行は明日の朝5:30。

幻の青い池を探しに行こう!!

 

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後年撮影した写真です

 

 

…これは、美瑛の人気景勝地「白金の青い池」が一般に公開される前の、「エピソード:0(ゼロ)」の物語である。

 

 

 

道楽者は夢を見る

 

9人の旅人と共に、宴会をした。

ここはドミトリー形式の旅人宿で、同室のライダー「岡崎さん」とはここまでのルートの話をした。

 

岡崎さんには、僕の1日の走行距離に驚かれた。

うん、僕って北海道に来るとすごく頑張っちゃうタイプですからね。

でも、観光もかなりしているのよ。走るだけじゃないのよ。

 

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ハートランドビールがすすむ

みんなで旅の話をしながら酒を飲む夜。

マジ楽しい。

 

ひと仕事を終えたあとの、海賊の宴のような感じだ。

酔っ払って、戦の自慢をしたり歌を歌ったりと、陽気な海賊だ。

まぁ実際そこまでハデな飲み会ではないけど、僕らはまるで現代の海賊だ。

 

僕はこうして毎日、旅人宿を渡り歩いている。

毎日最高なのだ。

 

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全部オーナーこだわりの北海道産だ

赤ちゃん連れの旅人がいた。

赤ちゃん、飲み会に最中に初めて歩き出した。

 

みんな大喜びだ。

赤ちゃんにとってもここは、新たな一歩を踏み出すにふさわしい地だったらしい。

 

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最高の夜を楽しむ

この宿の置いてある資料や、持ち寄ったツーリングマップルや「0円マップ」を広げて、オススメ情報を交換し合う。

 

僕は隣に座っている名古屋のライダー「吉村さん」に、「この近くに知る人ぞ知る、名も無い青い池があるそうだ」という話をしてみる。

吉村さん、すごい食いついてきた。

 

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その全てがダッチオーブンで作られたのだ

じゃあ、明日の朝にこの宿をチェックアウトしたら一緒に探してみようか。

 

僕も以前からこの池の存在は知ってはいたけど、正確な場所がわからないのだ。

Webにも断片的な情報しかないから。

 

誰かと一緒であれば、ちょっと心強いぞ。

 

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そして海賊のように豪快にタマネギを食う

改めてメンバーを見渡す。

もうちょっと仲間がいたほうが楽しいだろうか?

 

「白金にあるっていう、青い池を一緒に探しませんか?」

 

僕は呼びかけた。

ちょうど、ライダーさんカップルが、青い池を探す話をしていたそうだ。仲間に加わってくれた。

 

このカップル、Webから印刷した青い池の所在に関する断片情報も持っていた。

これはすごく心強い。

僕もそのWebサイトは知っているが、印刷はしてこなかった。

紙の地図はきっと役に立つ。

 

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珈琲酎と六花亭の生チョコで飲み進める

明日の朝食前に十勝岳のすぐ近くの「吹上温泉」までバイクを飛ばして温泉に入ってこようとたくらんでいるライダーさんがいた。

彼、「波多野さん」も誘った。

 

…であれば、宿をチェックアウトした後ではなく、波多野さんに合わせて早起きして朝食前に青い池を探してはどうだろうか?

 

たぶんここから約25㎞だ。

捜索含めて、40分あれば到達できるだろう。

5:30起きで向かおうか。

 

 

…こうして、着々とメンバーが集まってきた。

オーナーの「sottoooさん」は、そんな僕らを温かい目で見守ってくれていた。

 

僕はわかる。

sottooさんはおそらく青い池の場所を知っているし、行ったこともあるだろう。

sottoooさんは北海道中を駆け巡る、凄腕のライダーなのだ。 

 

でも、僕らには余計なことは言ってこない。

僕らの冒険を、僕らの成長を、何も言わず見守ってくれている。

…あるいは、ただ単に酔っている。

sottoooさん、料理中から今に至るまで、アホみたいなペースで飲んでいるから。

 

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僕と岡崎さんの部屋

宴会がお開きとなり、自室に戻る。

宴会中は距離が遠くてあまり話せなかった岡崎さんに、「一緒に行きましょうよー」と誘ってみる。

 

「うーん、そうだね…。起きれたら行きたいかな…。」

岡崎さんはそう言って布団を被った。

 

うん、言ったね。

ってことは起こせばいいのだね。

 

こうして、6名の調査隊がそろった。

吉村さん・ライダーカップル・波多野さん・岡崎さん。

そして一番若いであろう僕が、僭越ながら幹事を務めさせていただこう。

 

車1台とバイク4台。

みんなで明日の朝、冒険に出る。

 

今日はいい夢を見れそうだ。

 

 

フロンティア・スピリッツ

 

翌朝5:30。

岡崎さんを叩き起こし、出発準備。

 

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青い池攻略1

真夏なので、この時間でもすっかり明るい。

今日も快晴、最高だ。

しかし 気温は10℃台だ。さすが北海道。

 

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青い池攻略2

バイクのエンジンが次々にかかる。

静かな上富良野の空気が震える。

いやー、みなさんかっこいいね。

 

僕も、愛車のbB点火。

ちょっといかついマフラーから威勢のいい鳴き声が聞こえる。

…行こう、皆さん。

 

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青い池攻略3

キリッと清々しい空気が窓から流れ込む。一気に目が覚める。

僕はライダーさんたちに続き、美瑛から「十勝岳」方面に最後尾を走る。

 

風を切って疾走するライダーさんたちが、カッコ良すぎる。

 

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青い池攻略4

そして道道966号の白金地区の樹林帯、「白樺街道」に入っていく。

 

僕も過去ここを1人で走り回ったりしたんだけどね。

こんなところに幻の池があるだなんて、そのときは知らなかったな…。

 

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青い池攻略5

「白金インフォメーションセンター」が見えてきた。

ここが1つの目印だ。

全員いったん、ここの敷地に入った。

 

ライダーカップルが、例の地図を取り出して内容を確認する。

もう少し先だ。

 

入口を間違えると、森の中のクレー射撃場に入ってしまう。

場合によっては射殺されかねない。

「自己責任で」ってWebサイトに書かれていたので、僕はドキドキしていた。

しかしこの日は射撃は行われていないことを、僕は確認済みだ。

道を間違っても死にはしないが、念のため確認するのだ。

 

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青い池攻略6

…ここか?

ライダーさんたちが立ち止まり、地図を確認したりする。

 

うん、そこだ。

僕は後ろからみんなに合図を送る。

 

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青い池攻略7

目印はこれだ。

右側にある「山火事注意」の看板。

 

ここを左に曲がると、狭い未舗装路が現れる。

この後も分岐はあるが、まずはここに入らねばならない。

 

この先は本来、入林手続きが必要。かつ、土日は入林できない。

しかし僕は事前に調べていた。

ほんの2ヶ月前に、入林手続きは不要となったのだ。

 

全てがラッキーな方向に動いている。

 

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青い池攻略8

未舗装路を進む。

四輪自動車は擦れ違い不可能なほどの狭さだ。

左右のミラーが茂みにこすれる。

 

吉村さんのバイクが滑り、あわや転倒しそうになったりした。

なかなかデンジャーな道だ。

 

この後、分岐が出てきたので左に行く。

僕らは緑の茂みを、奥へ奥へと進んでいった。

 

そんな折、右手の木立の向こう側に真っ青な水をたたえる池がチラリと見えた。

予想以上の青さだ!!

全身に鳥肌が立った。 

 

 

途中停車するようなスペースも無いのでそのまま走ると、突き当りに大きな空き地が出てきた。

美瑛川」の河川敷だ。

 

 

幻の青い池は実在した!!

 

空き地で僕らは、「見えたよね!」・「あぁ、確かに見えた!」・「メッチャ青かった!」と口々にコメントした。

 

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白金の青い池1

しかしちょっと待ってほしい。

この空き地から見えている美瑛川が、既に青いのだ。

 

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白金の青い池2

これはすごいぜ!

とても自然の情景とは思えない。バスクリンか。

 

誰もいない静かな森の中を流れている不思議な色の川。

なんだかここだけ別世界のようだ。

僕ら6人、今すごいものを見ちゃってるよ。こんな色は初めてだ。

 

この川の水が流れ込んでいる部分が、僕らの目指すメインスポット。

期待が高まり過ぎて心臓バクバクですわ。

 

 

さぁ、少しだけ歩いて戻ろう。

その先に青い池がある。

 

先ほど青い池がチラリと見えたあたりから、茂みを掻き分けて水辺に出る。

 

 

視界が開けた。

 

 

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白金の青い池3

 

僕らの目指した伝説の池だ。

 

 

Webサイトでは「白金の青い池」とか「青い池」の通称だが、名前はまだない。

川から水が流れ込んでいるので、正確には池ですらない。

 

地元民すら知る人の少ない、アプローチ条件の困難なスポット。

そこに僕らは今、立っている。

 

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白金の青い池4

全員しばらく息を飲んだ後、「お…、おぉ…!!うおぉぉ!!!」ってなった。

現実離れした光景と、ここを突き止めた感動で、一瞬思考がストップしたのだ。

 

そしてみんな次々と写真撮影する。

夢中だ。

吉村さんもゴツいカメラを取り出した。

 

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白金の青い池5

カラマツの枯れ木が、無数に池の中から生えている。

 

この部分はこの池のアイデンティティなのだろう。

水が流れ込んだことで、カラマツが立ち枯れてこのような景観となっている。

 

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白金の青い池6

池の周囲の茂みが深く、あまり歩き周れる範囲は広くはない。

そんな場所だが、僕らは思い思いに歩き回り、写真を撮った。

 

そして最後に僕のカメラを使い、全員で集合写真を撮った。

短い時間だが、最高だ。

 

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白金の青い池7

よく見ると、池を取り囲む人工的な擁壁が見える。

このまま池は緑に飲まれていくのだろう。

 

森の中に人知れず眠る、青い池。

 

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白金の青い池8

今後、この池はどうなるのだろう?

永久にひっそりと存在し続けるのだろうか。

それとも、開拓されて観光地になったりするのだろうか?

 

いずれにしても、今日ここにみんなと来れたことは、一生ものの大切な思い出になるに違いない。

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白金の青い池9

みんな、本当にありがとう。

 

 

青い池ってなんだろう?

 

ところで、青い池とは一体なんなのか。

いつできて、なぜ青いのだろうか?

 

青い池の成り立ち

 

ここで、前述の「十勝岳」の話を少々したい。

十勝岳は、この近くに聳える活火山だ。

 

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十勝岳1

過去何度も噴火して、その裾野にあたる白金地区や美瑛の町中に多きな被害を出したこともある。

 

1988年の12月にも噴火しやがった。

マジ怖い山だ。

 

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十勝岳2

そこで自治体は考える。

麓の地区に影響が出ないよう、火山泥流を塞き止めるバリケードを、「美瑛川」に沿っていっぱい作ろう。

 

そして1989年、実際に美瑛川にたくさんの堰堤を作った。

堰堤とは、簡易式のダムのようなものだ。

 

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その1つの堰堤付近で、川の本流から水がゲボッと溢れて脇に流れ出ちゃった。

 

これが白金の青い池だ。

池ではないし、自然のものでもない。

ダムの溢れた水をたたえる、人口の水たまりみたいなスポットだ。

 

そして、カラマツが生えていた林に溢れ出てきたので、カラマツ水没して枯れちゃった。

 

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後年の青い池1

これが有名な、青い池の中で立ち枯れた白い木々だ。

 

ここまで、それなりに年月もかかったのだろう。

白金の青い池の発見は、1997年に地元のカメラマンによるものと言われている。

 

まだ発見から20数年の新しい景勝地なのだ。

 

 

その青さの理由

 

では、なぜ池が青いのか。

それは、青い池から十勝岳方面に2.5kmさかのぼったところにある、「白金温泉」に由来する。

 

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白髭の滝1

ここには白髭の滝っていう、美瑛川にサイドから流れ込む滝がある。

 

この滝の滝壺は、青いのだ。

僕も何度か見に行ったことがあるが、マジに綺麗だ。

 

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白髭の滝2

その下流域もしばらく青く、「ブルーリバー」と呼ばれている。

 

なんでこのエリアだけこんなに青いのかというと、滝は上流から水酸化アルミニウムという物質を運んできているからだそうなのだ。

(このあたり、僕は化学不得意だからこれ以上突っ込んでほしくはないが)

 

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美瑛川

この水流が美瑛川の水と交わると、コロイドっていうのが生成される。

水や大気の中に微粒子がメッチャ浮きまくってフィーバーしている状態のことだ。

 

そこにいい具合に太陽光が差し込むと、チンダル現象で青く見える。

実際に水そのものが青いのではなく、このロケーションで光の波長の短い青色の光だけを捉えているので、青く見えるのだ。

はい、難しい。

 

でも、僕は気になる。

美瑛川下流がずーっと青いならば納得だ。

しかし、ブルーリバーゾーンは一部のみ。

しばらくは普通の川が続き、そして青い池の辺りで再び一気に色がつく。

 

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後年の青い池2

ここいらはいろんなWebサイトを見たが、具体的な説明はなかった。

 

流れが衰えて水酸化アルミニウムが沈殿したのだろうか?

それとも、水に深さがあると色がつきやすいのだろうか?

であれば、青い池の部分が極めて青いことにも納得だ。

 

でも、何だかんだでこういう真っ青な池の類いは、完全には科学では解明できていないらしい。

世の中、そのくらいあやふやなくらいがちょうどいいのかもしれない。

 

 

青い池のその後

 

さて、その後の青い池がどのような歴史を辿ったのか、2021年の僕の目線から少しだけご紹介したい。

 

とりあえず、ご存じの方も多いと思うが、「白金の青い池」っていうのが正式名称になっちゃった。
めでたい。当時僕らが呼んでいた名前が今も通用するのだから。

 

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後年の青い池3

実は今回の物語の舞台は、2008年の真夏だ。


その秋、「山火事注意」から始まる林道が少し綺麗に整備されたらしい。

翌年の2009年には、青い池を示す簡単な立て札も、車道入り口に立てられたらしい。

白金インフォメーションセンターにも簡単な地図が貼り出された。

 

そういった情報を、僕はリアルタイムで逐一追っていた。

 

2012年、アップルのMacの壁紙のデスクトップ画像に採用され、爆発的に知名度が上がる。
2015年には、「奇跡の地球物語」というTV番組に取り上げされ、さらに知名度が加速したそうだ。

 

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後年の青い池4

遊歩道が整備され、広い駐車場ができ、ガイドブックなどにも頻繁に登場するようになった。


今や、美瑛を代表する観光スポットだ。

付近は数㎞に渡って大渋滞したりする。

夜はライトアップもする。

2020年には駐車場も有料になった。


僕もその後に複数回訪問しているが、その進化には驚くばかりだ。

 

もうすでに青い池には、100万人くらいは訪れてだろうか?(←ただの推測)

僕らが、その中のTOP数100人だか数1000人だかに位置しているかもしれないことに、ちょっとだけ誇りを感じる。

 

 

北の大地を彷徨う旅人よ

 

青い池を見たあとの我々は、バラバラの別行動をした。

旅人同士、意見が合えば一緒に行動するけれど、目的を果たせば1人なのだ。

 

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美瑛の丘

僕は美瑛の丘をアドリブで巡りながら、宿に帰ることにした。

 

吉村さんも写真を撮りながらブラブラ帰るという。

岡崎さんと波多野さんは、十勝岳の中腹にある「吹上温泉」まで行って温泉に浸かるそうだ。すごいアクティブ。

 

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おかゆパーティー1

宿に帰ると、屋外スペースを使ってのおかゆパーティーの準備が進んでいた。

みんな飲んだ後だから、朝は優しいおかゆ

それがこの宿のポリシーだ。

 

朝ごはんギリギリのタイミングで、吉村さんやカップルが帰還した。

青い池に行かなかったメンバーに「すごかったよー!」とか話しながら、みんな
で楽しく朝ご飯タイムのスタートだ。

 

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おかゆパーティー2

すぐに温泉に寄ってきた岡崎さんや波多野さんも帰ってきた。

これで全員集合だ。

直接しゃべらなくても、なんだこの一体感。青い池メンバー同士の心のつながりを感じる。

 

ちなみにここの、ダッチオーブンで作るおかゆはメチャうまい。

 

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おかゆパーティー3

そしてすぐに僕は旅立つ。

幻の橋と言われている、「タウシュベツ橋梁」を朝のうちに攻略したいのだ。

 

じゃあみんな、お元気で!

行ってきます!!

 

日本3周目を走行中の僕は、オーナーのsottoooさんに「次回は日本4周目でまた来ます!」と宣言する。

ちなみにこの宿は、日本3周目の中だけでも2回訪問している。

 

「おぉ、また来いよ」とsottoooさんが言う。

宿泊客みんなの声援を背に、僕は愛車のアクセルを踏んだ。

 

 

-*-*-*-*-*-*-*-*-*

 

…ねぇ、吉村さん・岡崎さん・波多野さん・カップルさん。

 

あれから 12年以上が経ちましたね。

お元気ですか?

みなさんは、あの日の冒険を覚えていますか?

 

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ほんの短い時間の冒険だったけど、僕は昨日のことのように覚えています。

青い池のニュースを見るたびに、みんなのことを思い出します。

 

あのときは、本当にありがとうございました。

 

 

*-*-*-*-*-*-*-*-*

 

あ、ちなみに吉村さんとは、数日後に「摩周湖」でバッタリ再会した。

エゾシカバーガー食っていたら出会った。

 

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以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

※登場人物の名前は全て仮名です。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: 白金の青い池
  • 住所: 北海道上川郡美瑛町白金 
  • 料金: 無料
  • 駐車場: あり(駐車料金は2021年現在500円)
  • 時間: 特になし

 

No:073【高知県】四国最南端の「足摺岬」!!断崖の展望台から夕日と朝日を眺めてみた!

四国本土の最南端。

 

 

かの有名な「足摺(あしずり)岬」だ。

 

あなたが四国のビジュアルをボンヤリとでも思い出せるのであれば、きっとそこには下方向に鋭く飛び出した岬が2つある。

その右側が「室戸岬」であり、左側が足摺岬だ。

 

今回は、僕が何度かこの岬を訪問した中でも印象深かった、夕日を見たときと、朝日を見たときのエピソードをご紹介したい。

 

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四国の南国へようこそ

 

北海道・本州・四国・九州。

日本の本土と言われるこの4つの大きな島、それぞれの東西南北端がある。

詳しくは、僕の書いた以下の【特集】をご参照いただきたい。

 

drive-ns.hatenablog.com

 

四国には4つの県が存在するのだが、香川・徳島・高知・愛媛それぞれが東西南北端を仲良く1つずつ所持している。

 

その中でも、足摺岬は最も知名度が高く、観光客が多い岬であろう。

僕も四国東西南北端の中で足摺岬だけは、子供時代から存在を知っていた。

 

従い、最初に踏破したときには感慨深かった。

思い入れのある岬なのだ。

 

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四国もここまで南になると、亜熱帯テイストが出てくる。

緯度も南であることに加え、暖流である「黒潮」の本流が直接激突するという、全国唯一のスポットなのだ。

※この黒潮がカツオをいっぱい運んでくるから、高知の名物がカツオなワケであり。

 

そんな感じで、年中そこそこ温暖な足摺岬

岬のする近くには「亜熱帯植物園」もあり、そこにはヤシ・シダ・ビロウといった、南国を彷彿とさせる植物がワサワサはえている。

 

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亜熱帯1

上記は亜熱帯植物園ではないが、岬周辺の歩道を歩きながら撮影したものだ。

 

曲がりくねった幹の、トロピカルっぽい木々がジャングルのように鬱蒼と茂っている。

とても岬の遊歩道とは思えない。

沖縄の山間部でもハイキングしている気分だ。

 

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亜熱帯2

亜熱帯植物園で繁殖しまくっているというビロウの木も、「沖縄市の木」に登録されているしね。

沖縄ではビロウを扇子にしたり庭木にしたり、泡盛の甕をしっかり塞ぐために使ったりするのだ。

 

そういう意味でも、もう足摺岬リトル沖縄って目線で見てもいいんじゃないかと、僕は勝手に考える。

 

 

夕焼けの最南端

 

日本4周目。

年明けから10日ほどが経過した真冬のドライブ。

 

僕は一瞬だけ車を停め、窓から素早く夕日を撮影した。 

 

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夕焼け展望台1

正確にはここは、岬の先端ではない。

 

足摺岬を有する半島には入ったが、このペースでは岬の先端に到着する前に夕日が沈んでしまうと推測した。

従い、念のために夕日を撮影しておいたのだ。

 

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夕焼け展望台2

足摺岬の駐車場に到着した。

もう日は沈んでしまったであろう。ただし夕焼けはまだ見れるに違いない。

 

僕は素早く車を降りると、とりあえず傍らにある「四国最南端」のオブジェを撮影した。

灯台をかたどった、特徴的なデザインのものだ。

 

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夕焼け展望台3

展望台に駆け上がった。

太陽は既に見えない。

しかし、赤く染まった西空が、夕日の名残を感じさせてくれている。

 

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夕焼け展望台4

ブレてしまったが、展望台から見える足摺岬灯台だ。

 

なんてアクロバティックな立地に立つ灯台なのだろう!

灯台の直下は80mほどの断崖。落ちたら助からないね、これ。

 

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夕焼け展望台5

この立地が、足摺岬付近の海岸の荒々しさを現しているのだろう。

冒頭で記載の通り、黒潮の激突で浸食された海岸なのだ。

 

灯台は真っ白でシュッとしている。

チェスの駒で言えば、ビショップのようなデザインだ。

微妙にアシンメトリーなところが、心をザワつかせるが。

 

まだ真っ黒になるまでには時間がある。

あそこまで歩いて行ってみよう。

 

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灯台直下1

灯台の足元までやってきた。

 

「日本の灯台50選」にもエントリーされている、巨大な灯台だ。

さっき展望台から見た限りでは距離があったのでそのスケールは正確には把握できなかったが、近づいてみるとその迫力に驚かされる。

 

あと、周囲が完全に南国だ。

トロピカルだ。

 

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灯台直下2

白い巨塔

 

高さは18mある。国内の灯台ではなかなか大きい。

まぁ、とは言え島根県の「出雲日御碕」は43.65mもあるから、それに比べればコンパクトである。

しかし、この亜熱帯植物の隙間から見上げる灯台は、一見の価値ありだ。

 

 

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夕闇展望台1

再び展望台に戻ろう。

周囲は闇に包まれつつあるが、この時間帯の景色もまたステキなのだ。

 

駐車場脇の「ジョン万次郎」の像を見ながら歩く。

ジョン万次郎は少し猫背だ。

 

ジョン万次郎、少年時代にここいらで漁をしていたら漂流してしまい、その流れでアメリカ入ったりなんやかんやと、12年近い大冒険をした人だ。

明治時代における日本の国際交流に大きく貢献した人の銅像だ。

 

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夕闇展望台2

あぁ、南国の夕暮れ。

そりゃ1月上旬だからさすがに寒いけども、この景色を見れば心だけは温かい。

パインジュースなど飲みながら夕暮れを見守ってもいいかなって、一瞬だけ考える。

 

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夕闇展望台3

展望台まで戻ってきた。

残照が海をブラッディな色に染めていた。かっこいい。

 

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夕闇展望台4

そして足摺岬灯台だ。

メチャクチャかっこいい。

 

闇を照らす一陣の光だ。

力強く、沖を航行する船に向かってその光を届けている。

 

四国最南端の灯台

その使命は非常に重いものがあるのだろう。

この時間に灯台を見れてよかった。

確かな満足感を抱き、僕は再び駐車場へと引き返すのだ。

 

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夕闇展望台5

ジョン万次郎は、赤い空をバックに不気味に立っていた。

ホラー映画で出て来そうな、不穏なシルエットだった。

なにこれ怖い…。

 

 

朝日の最南端

 

日本5周目。

年明けから10日ほどが経過した真冬のドライブ。

…偶然だが、またこの時期よ。 

 

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民宿から1

岬にほど近いこの民宿で、昨夜の同泊だった「ユウ君」。

昨夜は僕の部屋で遅くまで一緒に酒を酌み交わした旅人だ。

 

足摺岬からの日の出が7:02だというので、日の出を見たいユウ君は、それに合わせての朝食を希望していた。

僕もとりあえずそれに付き合った。

 

ご飯をムシャムシャ食べている僕らの横で、オーナーのおばあちゃんが語る。

足摺岬は断崖が多くて、自殺者もいるのよ。先日も死体が見つかってね。(自主規制)な状態になっていてね…。身元が分からなくってね…。」

「この民宿にも警察から『こんな感じの人が宿泊していませんでしたか?』って確認が入るのよ…。」

 

…ばあちゃん、食事中にその話をしちゃうのか。

まぁいいけど。

 

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民宿から2

日の出時刻の12分前。

民宿の前で、僕とおばあちゃんは出発するユウ君を見送った。

 

お元気で。昨日夕方に出会ったばかりで短い付き合いだけど、楽しかった。

走るルートは大体同じだから、またどこかで会うこともあるだろう。

 

ユウ君は車に乗り、颯爽と去っていった。

 

 

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朝日の展望台1

特に日の出の瞬間にはこだわらない僕が民宿をチェックアウトし、そして足摺岬に到着したのは7:50頃であった。

日の出から40分近くが経過していた。

 

周囲を見渡したが、ユウ君の車は無かった。

既にここを出発してしまったのだろう。

 

ジョン万、オマエいいもの頭に載せているな。

軽く挨拶して展望台に向かう。

 

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朝日の展望台2

展望台に上った。

レンガ造りの要塞チックな展望台。

中央には円形の台座があり、そこには方位板が埋め込まれている。

 

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朝日の展望台3

「四国最南端」の文字が刻まれている。

なんかこれが好きなのよ。何気に日本1周目から撮影し続けている。

 

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朝日の展望台4

 

ヤベーくらい綺麗な朝日。

 

 

太平洋の彼方から太陽が昇ってきている。

遮るような陸地や島は、視界には無いのだ。

それが突端感を強く感じさせる。

 

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朝日の展望台5

スペシャルな1日の始まりだ。

 

確かに日の出には40分も間に合わなかった。

しかし、これは充分に「朝日を堪能できた」と言える構図だろう。

僕はこれで満足なのだ。

 

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朝日の展望台6

海には、太陽が縦に光のラインを作る。

神々しい。

 

この光のラインが、僕の目の前まで続いている。

「YAMAよ、あなたも神になりなさい」と導かれているように…、感じないけどな。

そこまでおめでたい脳みそではないけどさ。

 

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朝日の展望台7

そして灯台だ。

なんだこの穏やかな表情。

 

荒々しい黒潮と断崖のイメージとはかけ離れる、凪いだ海だ。

波1つ無い。

 

空も海もパステルピンクで、「荒れ狂うモンスターが主人公の決死の説得で、一瞬だけかつての人間の心を取り戻した瞬間」みたいな状態になっている。

 

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朝日の展望台8

この灯台の美しさよ。これを表現するのに、もはや言葉はいらない。

 

ずっとここで海を眺めていたい。

そう思える朝であった。

 

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朝日の展望台9

展望台から西方向の断崖だ。

朝日に照らされて美しい。

 

見づらいかもしれないが、断崖の上には展望台と東屋がある。

あのあたりも飛び降り自殺の人気スポットなのだと、民宿のばあちゃんが言っていたな。

 

今朝ドッサリと尋常じゃない量で提供してくれたシラスとか、それをエサにしていなかったでしょうな…??

 

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朝日の展望台10

足摺岬は、南海に鋭く突き出た岬である。

 

従い、東側にも西側にも海が広がる。

つまり、朝日も夕日も眺めることができる。

1日を最初から最後まで堪能できるのだ。

なんてすばらしい岬。

 

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朝日の展望台11

さぁ、ユウ君を追うように僕も旅立とう。

待ってろ、ユウ君。

連絡先すら知らないけど、どこまでまた会えるような気がするぜ。

 

※この翌日、「室戸岬」の朝日を一緒に見ることになりました。

 

 

曇天でも大迫力

 

最後に曇りの日のエピソードを少しだけご紹介しよう。

 

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曇天岬1

…雨上がり。

九州をほぼ一周し、そして四国に上陸した日本3周目の僕。

 

ずっと晴れていたのだが、今日だけは朝から空がグズついている。

そんな足摺岬だ。

 

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曇天岬2

ジョン万の表情も心なしか険しい。

 

キッと沖合を見つめ、「これは…、嵐が来るな」とでも言いそうな表情だ。

彼は漂流のプロですからね、彼がそういうならば きっとその通りになるのでしょう。

 

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曇天岬3

足元を見ると、海が荒れ狂ったようにシェイクされている。

これは絶対死ぬヤツだ。

 

でも、曇天でもこのクリームソーダのような色。

本当にここの海が綺麗なんだろうということを気付かされる。

 

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曇天岬4

おなじみ、灯台と断崖。

灯台の足元の崖にかろうじて引っかかっている巨岩を見ていると、不安になる。

 

まぁでも日本4周目でも5周目でも、この岩はこの位置にあるから、なんとか踏ん張っているのだね。意外と地盤強いっぽい。
 

僕以外に老夫婦がいたので、お互い写真を撮りあった。

 

 

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県道27号1

あぁ、ちなみにね、足摺岬に行くときには半島の東岸にある県道27号は使わないほうがいい。

これはこれで楽しいけど、なかなかの狭路だ。

 

上の写真は、曇天の岬を見て県道27号を使って引き返すときの写真だ。

巨大な日産サファリにとって、この道は結構狭い。

擦れ違い100%無理。

 

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県道27号2

狭路がメンドウになったので、途中の空き地でラーメン作って食べることにした。

 

さっき岬で出会った老夫婦の車がそんな僕の横を通り過ぎ、じいちゃんが麺をすすっている僕に笑顔で手を振った。

 

 

*-*-*-*-*-*-*-*-*

 

足摺岬には、まだ日本6周目では訪問していない。

 

2021年1月10日前後にもし訪問できていれば、「またこの時期に来ましたー」とか言えたかもしれない。

しかし、世の中は再びコロナウイルスに伴う緊急事態宣言が出され、かつ全国的な大雪で日本列島はパニックだ。

 

せめて、足摺岬の記事をあなたにお届けすることで、その思いを伝えたかったのだ。

 

…またいつか、足摺岬で会おう。

 

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: 足摺岬 
  • 住所: 高知県土佐清水市足摺岬
  • 料金: 無料
  • 駐車場: あり(ただし台数少なめ。GWや夏休みなどの繁忙期は、離れた場所からシャトルバスなど運行となるので、注意のこと。)
  • 時間: 特になし

 

No:072【宮城県】仙台市なのに秘境感が凄まじい!山間部の未舗装の狭路の果て、奥新川駅!

杜の都、仙台。

東北一の都市である。

 

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しかし、この仙台市も西の外れまで来ると、都市とは言い難い大自然のアドベンチャーゾーンが現れる。

 

…そんな話を僕がしたのは、ちょうど今から1ヶ月前の2020年12月上旬のことである。

 

drive-ns.hatenablog.com

 

「奥新川(おくにっかわ)駅」を目指すドライブなのに、そこに行きつかないまま話が終わった前回のエピソード。

続編があるような書き方で終わったようだ。

 

正直去年の僕が何を言っていたかなんて記憶がおぼろげだけども、書くようなそぶりを見せてしまった以上、ちゃんと書こう。

 

仙台の奥地に潜む、秘境駅を訪問した物語だ。

 

 

奥新川渓谷のさらに奥へ

 

宮城県内の有名な温泉地である「作並温泉」から、国道を反れて迷い込んだ秘境。

まずはその全体イメージをMAPにてお見せしたい。

 

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前回は、右端の作並温泉エリアから「奥新川渓谷」までを執筆した。

 

いきなりの狭路に面くらいつつも、未舗装路を駆け抜け、緑に包まれた渓流や吊り橋を眺めた話は、冒頭のリンクの先からご覧いただきたい。

 

今回はそのさらに先だ。

 

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秘境駅へ1

僕は車で仙台市内の駅に向かっている。

文字にするとスーツを着込んだイケメンが都会の喧騒の中、車を走らせている光景が浮かぶかもしれない。

 

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秘境駅へ2

しかし実態はこれだからな。

こんなハイキングでしか見ることの内容な光景だが、場所は仙台。

この奥は駅。 

駅へと続くメインロードを疾走しているだけだ。

 

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秘境駅へ3

ありがたい要素があるので紹介しよう。

 

  • 道が舗装されている。
  • 道に水が流れていない。
  • 道がやや平らな場所が多い。

 

まぁ最初は「大丈夫かな?」ってレベルの坂道が出てきたりしたが、そこはほら、仙台市内の駅前だし、やっぱさすがに小奇麗よ。

クマ出るそうだけど。

 

あと、道は狭い。奥新川渓流までの道よりも若干狭いくらいだ。

しかしこれまでも、ここからも対向車はほぼゼロだ。

強気で行くしかない。

 

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秘境駅へ4

さぁ、着いた。

奥新川駅だ。

 

 

秘境駅の周囲ご紹介

 

ちょっとだけ引いた写真をお見せしよう。

 

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駅前1

 

駅前ロータリー。

 

 

Wikipediaさんの情報によれば、奥新川駅の周辺の住人は2017年時点で3世帯3人らしい。

やや少ないな。

駅前に食堂もあるのに。

 

この「奥新川食堂」が気になるが、まずは駅を見なければ。

駅は、上の写真では向かって左側10mくらいの場所にある。

 

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駅前2

うん、すごいな。

砂利の地面にノッペリした白いコンクリートの建物。

駅名表示が無ければ、何の建物なのか想像もつかないだろうな。

 

だけども、まがりにも仙台市内だし、これだけの広さのある建物なのだから、中はそこそこご立派なのであろう。

 

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駅前3

あー…。

 

泥棒が盗めるだけ盗んだ部屋みたいに、何もない。

人間の力で持ち上げられそうなものが何もない。

なんだこの潔い空間は。逆に清々しいぞ。

 

奥には駅員室のようなものがあるが、厚いカーテンがかかっている。

きっとこれ、今は営業していない。

 

いかんせん、2007年時点で利用客は1日16人だというのだ。

2020年の訪問当時はさらに少ないだろう。

駅員さんがいても、ヒマになっちゃうに違いない。

 

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駅前4

…だからか、乗車時には上の機械を利用する。

乗車駅証明書発行機だ。
これを持って、シームレスにホームに行けるのだ。

 

Suica?なにそれ。

 

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駅前5

あと、あるのは壁に掲示されている「旧国鉄時代の写真」だ。

 

この付近は昭和初期の1936年、木材を輸送する新川森林鉄道の拠点として栄えた。

1937年にはこの駅、仙山線奥新川駅が誕生する。

 

仙山線の工事などが行われていた時代は作業員が多く住み込んでいて賑わっていたようだけど、その工事が終わるとグッと人が減ってしまったらしい。

さらに1960年に森林鉄道が廃止されると、小さな集落になってしまったようだ。

 

そういった歴史が、このパネルに記録されている。

 

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駅前6

仙台駅から奥新川駅までは、50分弱。

同じ市内で50分はなかなかの所要時間だが、それでも気軽に大都市仙台駅に出れるので、アクセスは悪くないだろう。

 

…ただ、ちょっと電車の本数は少なめだな…。

2時間に1本だったりしている。利便性は良いとは言えない。

 

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駅前7

では、ホームに行ってみよう。

線路を挟んで2面のホームがある駅だ。

 

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駅前8

ホームから駅舎を振り返ってみた。

「ようこそ!!秘境奥新川へ」と書いてあった。

 

果たして住民以外にどのような人が、ここに来るのだろうか?

秘境駅マニア?

キャンプ場があったらしいが、2016年に閉鎖してしまったようだし。

 

ハイキングコースと湧き水ならあるが、それがメインなのだろうか?

先ほど遊んだ渓流も、目的地の1つになるのかな?歩いたら結構時間がかかりそうだけど。

 

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駅前9

駅名の表示板の写真にも、渓流が描かれていた。

奥新川の名物は渓流だ。

 

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駅前10

ホームから眺める、緑あふれる線路。

誰もいないホーム。僕1人。

セミが鳴いているだけ。

 

…なんてステキな時間なのだろう。

ゆっくりゆっくり、時間が流れる。

 

ふと耳を澄ますと、電車の音が聞こえる。

 

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駅前11

反対側の線路を、電車が通過していった。

 

仙山線は、仙台と山形を結ぶ路線。

それなりに本数は多いのだろう。
しかし、その大半はマイナーなこの駅を通過して行ってしまうようだ。

 

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駅前12

駅舎の前から、奥新川食堂を見下ろす。

これが駅前の眺望だ。

 

下手をすると「山頂まで登ってきました。すぐ隣には山小屋があります。」と書かれていても信じてしまいそうな光景だ。

 

実際、奥新川駅宮城県で最も西の駅。

この先は長い長いトンネルで県境の峠を越え、そして山形県に入るのだ。

 

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駅前13

さらに少しだけ視点を右に向けた光景。

ひたすらのどか。

 

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駅前14

引退したらこんなところに住んでみるのもいいかもしれない。

駅前だし、電車に乗れば仙台駅だ。

工夫すればそれなりの暮らしができるに違いない。

 

ただ、冬はとんでもなく寒そうだな。雪に閉ざされそうだ。

 

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駅前15

さて、前述の奥新川食堂に接近してみよう。

 

なんだったら、まだ朝だけども何かご飯を食べてみよう。
営業しているのかな?

そんな気配はなさそうだが、確認してみよう。

 

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駅前16

中を少し覗くが、雑然としていて営業しているような雰囲気ではない。

 

Webサイトを見ると、数年前は食事を提供していた。

直近ではドリンク類のみだったという情報もある。

 

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駅前17

ましてや、このコロナ禍だ。

今期の営業はストップしてしまったのだろうか?

 

この豊かな緑を見ながらご飯、食べてみたかったけどな。

 

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駅前18

またいずれ、訪れてみたい。

 

 

発電所を目指して

 

今度は、来た道と反対側を散策してみよう。

駅前で車道は途絶えているが、ここから先はハイキングコースになっている。

 

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ハイキング1

この奥だ。

MAPを見ると、1㎞ほど歩いた先に発電所の廃墟があるそうだ。

よーし、そこまで行こう!廃墟、好き好き!

 

ちなみにさらにその先まで行くと、落石等の影響でハイキングコースは通行止めらしい。

 

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ハイキング2

あと、クマ出るよ。
政令指定都市に住むクマ。

 

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ハイキング3

未舗装の道だが、わずかに轍がある。

この先数100mのところに神社があるというが、関係者はそこまで車で行けたりするのだろうか?

 

いずれにしても、擦れ違いは100%無理なすさまじい道。

難易度は高かろう。

 

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ハイキング4

雨上がりなので地面はヌチャヌチャだ。

泥の跳ね返りでズボンのスソが汚れるのだが、どうしてくれよう。

 

そして、この湿気と陽気で小さい虫が異様に沸いているのだが。

僕の顔の周りをコバエが飛び交い、メガネのレンズにも激突してくる。

歩いても歩いても、顔の周りにコバエ。

どういうシステムなのだろうか、これ。

 

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ハイキング5

緑に飲まれつつある廃屋。

手前はきっとかつては畑だったのだろう。

 

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ハイキング6

いきなり、頭上を通過する仙山線の高架が現れる。

このギャップ、なんだか好きだ。

 

いいタイミングで電車が来てくれればもっと嬉しいが、さっきホームで通過電車を見たばかりだから、そんな頻繁には来ないだろう。

 

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ハイキング7

高架の隙間から、太陽を仰いだ。

真夏の日差しが差し込んできていた。

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ハイキング8

これは、わりと好きな写真だ。

 

日当たりが良い路面と斜面。

路面にはくっきりと轍が残っている。

斜面の上には、線路の電線が見えている。

このタイミングで電車が通ったら、相当ステキなハプニングだぞ。

…来ないけど。

 

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ハイキング9

「奥新川神社」だ。

想像していたのよりだいぶスモールサイズだ。

社って感じだ。

 

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ハイキング10

しかし綺麗に手入れがされていると感じた。

「コロナ収まれ」と、世界平和を祈った。

 

さらに数分歩くと、発電所の遺構が姿を現した。

 

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発電所1

奥新川直流変電所跡地

東日本旅客鉄道株式会社

仙台電力技術センター

 

 奥の方にある骨組みだけのジャングルジムのようなものが、かつての発電所だ。

 

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発電所2

規模はそんなに大きくはない。

でも、なかなかに貴重な施設だ。

 

JRがまだ国鉄と呼ばれていた時代、東北地方としては初めての電気鉄道用の発電所として造られたのが、これだ。

 

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発電所3

奥新川直流変電所は、国鉄として東北地方で初めての電気鉄道用変電所である。


仙山線の作並・山寺間は奥羽山脈を貫く路線のため、長大トンネルと急勾配が避けられず、これを克服すべく国鉄は当該区間の電化を計画した。

仙山トンネルが難工事の末に開通し、昭和12年11月10日に仙山線全線開通とするとともに、東北地方で初めての直流電化区間が誕生した。

 

このようにして奥新川直流変電所は作並・山寺間へ電力を供給したが、昭和43年に仙山線全線が交流電化へ切換えられたことによってその使命を終えた。


旧変電所建屋の撤去にあたり、その面影を遺すとともに交流を直流に変換する回転変流機や大理石製の配電盤を貴重な技術遺産として保存展示することにより、山岳線電化を成し遂げた先人の功績を称え後世へ伝えるものである。

 

説明板にはこのように書かれていた。

 

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発電所4

直流時代の貴重な遺構だ。

 

2010年ごろまではまだコンクリートの壁があったそうだが、老朽化が進んで壁は撤去され、こうして鉄骨剥き出しとなったらしい。

 

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発電所5

見ての通り、すぐ後ろには仙山線の線路が通っている。

ということは、電車の中からこの廃発電所も見れるのだな。

いつかそんなチャレンジもしてみたい。

 

 

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発電所6

「モニュメント」と書かれたプレートが鉄骨に貼りつけられていた。

 

廃墟でも遺構でもなく、これはモニュメントなのだ。

かつて鉄道に電気を送った歴史を後世に残すモニュメント。素敵だ。

 

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発電所7

横には小さいけども綺麗な建物がある。

実はこれ、資料館らしい。

めっちゃかわいい。

 

だけどもドアのカギは閉まっていて入れなかった。

くやしい。

 

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発電所8

ガラス扉越しに中を覗いてみた。

回転変流機というバカデカいエンジンのようなものが見えた。

これがかつて活躍したギミックだったのだな。

 

ここで僕は引き返す。

またコバエどもを顔の周りに集めながら、駅前へと戻った。

 

 

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愛車のパオに乗り込んで、奥新川食堂をかすめ、また狭路へと突入する。

 

仙台の奥の奥。

その名も奥新川。

 

県境近いその地には、仙山線の歴史を支えた集落があった。

それを少しだけ見れたのだ。

 

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思いがけない出会いに感謝をしたい。

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

No:071【新潟県】うわぁ、お寺の中に地獄と極楽が再現されてる!!でもちょっと小さい…。

あなたが「小さい秋」を見つけていた頃、僕は「小さい地獄」を見つけていた。 

 

きっと、そこに優劣なんてものはない。

視線の先が秋だったか地獄だったか、たったそれだけの違いなのである。

 

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…って言わせてほしい。

なんだか目の前は阿鼻叫喚の由々しき事態なので、僕も少々驚いているのだ。

 

 

普談寺を参拝する

 

今回僕が目指しているのは、「大悲観 普談寺(ふだんじ)」というところである。

越後三十三観音霊場の、第三十番の札所にあたるそうだ。

 

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普談寺1

道はなかなかにわかりづらい。

さらに結構な狭さ。

 

写真の右手のガードレールの向こう側は、車道と並行して川だ。

ここを確か、前方に見えている橋を渡って右手に入っていったと記憶している。

擦れ違いが困難な住宅密集地で、少々オドオドした。

 

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普談寺2

…だけども無事にお寺の駐車場に到着できた。

結果オーライだ。

 

静かな境内には他に参拝客もなく、お寺の人が落ち葉を掃除していた。

決して観光地化されているわけではないのだろう。

地元の人たちによって大事にされてきたお寺に、よそ者の僕が少しだけお邪魔させてもらう構図だ。

 

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普談寺3

まずはしっかりとお参りをしよう。

 

実は本題はこっちではなくって別にあるのだが、お寺に来た以上は最初にお参りをするのが流儀であろうと考えた。

早くコロナウイルスの流行が収まるようにと祈ろう。

 

さて、これは山門だろうか?

その奥に苔むした階段が続いているのが見える。

 

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普談寺4

山門の中の仁王像だ。

なるほどなるほど。絶妙なクオリティだ。

 

「素晴らしい造形ですね」とは言いにくい。

かといって「なんだこりゃ。ユニークすぎる。」と切り捨てることもできない。

小学5年生が一生懸命作ったような、「うん、がんばったね」と無難にコメントさせていただきたいクオリティである。

 

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普談寺5

あー…。

 

吽形に対して、阿形はさらに難しいよな。

開いた口に威厳と畏怖を持たせるのも、振り上げた動きのある腕を表現するのも難しい。

ただ単純に目を大きくすれば迫力を持たせられるのかといえば、そうではない。

 

なんか、長湯して真っ赤になったお風呂上がりのお父さんが、腰にタオルを巻いてリビングに登場したら、ちょっと時間を勘違いしていて楽しみにしていた野球中継がもう始まっていた上に、応援している球団が早々にピンチ…。

そんなシチュエーションである。

 

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普談寺6

山門の先、観音堂へと続く階段だ。

 

秋晴れの散歩道。なんて気持ちのいい天気なのだろう。

空気も澄んでいて、「今とても心身にとっていいことをしているぞ」という思いを噛みしめながら階段を1段1段と上る。

 

まぁこのあと記事タイトルにもある通り地獄を見て「ひゃー!」とか言うのだが、それはまだナイショだぞ。

 

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普談寺7

階段の上には、箱庭のように広場があった。

陽だまりが心地よい。綺麗に手入れされているね。

 

中央に鎮座しているのが観音堂だろうかね。

冒頭に書いた通り、ここは越後三十三観音霊場の1つなのだから。

 

ところでここの、扁額(へんがく)がすごかった。

 

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これね、お堂の屋根の下とかについている、木の看板のようなもの。

「〇〇寺」とか書いてあるケースが多いうのだろうが、これは読めなかった。

写真に撮り忘れて非常に悔しかったので、手描きで忠実に再現した。

 

完全に象形文字だこれ。

縄文時代の洞窟とかから出てきそう。

そんで内容は「晴れた日に西の草原でで鹿を4匹捕まえたよ」みたいな感じだったりしそう。

 

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普談寺8

観音堂の少し奥側の光景がこれだ。

晩秋の低い日差しが、紅葉を際立たせているようだった。

広場が輝いている。

 

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普談寺9

向かって左側、鳥居の奥は木々に囲まれた小さな丘になっていた。

石碑には「天徳稲荷」と刻まれていた。

 

そして、木々の奥には社が1つ置かれていた。

ここでもひとまずお参りしておこう。

 

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普談寺10

弘法大師」かな?

広場の一角に佇む彼に挨拶をし、そしてまた階段を下る。

 

 

地獄と極楽の狂演

イッツ・ア・スモールワールド

 

階段の下に本堂がある。

すごくピカピカに整備されている。

 

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本堂

しかし、今回は本堂には用事は無いのだ。

クルリと僕は後ろを振り向く。

 

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地獄極楽1

もしあなたが当ブログを見て普談寺に行こうと思うなら、この位置関係をしっかり覚えておいてほしい。

本堂の正面だ。

 

それを示す情報は一切ない。

建物の外から、その雰囲気を窺い知ることも困難だろう。

 

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地獄極楽2

角度を変えてもう1枚掲載しておく。

この古びたスーパースリムハウス

 

もしこれが農家の庭にあったら、「クワとか鎌とか、あるいは掃除用具でも入っているのかな?」と思ってしまうだろう。

 

…甘いな。

この中には、地獄と極楽が渦巻いているのよ。

 

 

上の写真の通り、小屋にはガラス戸がはめ込まれている。

ちょっとガラス越しに中を覗こうか?

 

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地獄極楽3

ギャー!

えらいこっちゃー!!

 

壮絶なイジメがおこなわれておる!

鬼がキッズを蹂躙しておる!

 

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地獄極楽4

鬼、きっと声高らかにゲラゲラ笑っているヤツだ。

 

そりゃあね、こんだけの身長があって金棒まであるもん。

小さくてぷにぷにで半裸のキッズ相手だったら思う存分に無双できるわ。

爽快爽快、マジ恐ろし。

 

 

…ちょっ、待ってね。

今は不意打ち食らっちゃったからね、僕。

しっかり深呼吸した後、ちゃんと端から順番にガラス戸を開けて、落ち着いて見て行こうね。

 

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地獄極楽5

ガラス戸の内側が、これだ。

世界観が3つに区切られている。

 

人間は入るスペースはない。

ちょうど、押し入れの扉をガラリと開けて眺めているような構図をイメージしてほしい。

 

そこにミニチュアの地獄や極楽が再現されているのだ。

イッツ・ア・スモールワールドなのだ。子供がギャン泣きする系の。

 

 

地獄の世界

 

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地獄極楽6

さぁさぁ、今まさにあの世への扉が開こうとしているぞ。

 

手前のヌーディストたちが一般ピーポーですな。

そして右奥のセレブリティなかっこをしている御仁たちが、この先の命運を握っている裁判官たちだね。

 

最奥の赤くいてデカいおっちゃんが、かの有名な「閻魔大王」だ。

 

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地獄極楽7

まずは三途の川で僕らを迎えてくれるのが、向かって左の「奪衣婆(だつえば)」だ。

三途の川にやってきた人々の服を剥ぎ取る婆さん。

あなたも小学生の頃、外で遊んで泥だらけになって帰宅したら、お母さんに「すぐ服を脱ぎなさい!洗濯するから!」と怒られたことがあるだろう。

アレの最終形態だ。せいぜい懐かしめ。

 

ホントはここから流れ作業的に懸衣翁(けんえおう)という爺さんがその服を木に掛けるんだけど、いないね。

服は干されているので、やることやったあと、休憩シフトに入ったんだと思う。

 

そして、服を掛けた木のしなり具合で、生前の罪の重さが判断されるのだ。

この時点で、重い冬服はピンチだ。夏を選んで旅立ちたい。

 

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地獄極楽8

これは人頭杖(にんずじょう)っていう男女の生首みたいな便利アイテムだ。

 

男性の首が悪事を見抜き、女性の首が善事を見抜く。

僕のとき女性の首、ちゃんと仕事をしてくれよ?寝るんじゃないぞ?

 

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地獄極楽9

浄玻璃鏡(じょうはりのかがみ)は、生前の悪事をうまいこと編集した動画を再生する大型ディスプレイだ。

 

懐かしい悪事の数々をダイジェストで見れるのか。

きっと他人の家の郵便受けにスモークサーモンをぬるりと入れたシーンとか、チホちゃんにちょっかい出し過ぎて死ぬほど嫌われたシーンとか、第三者目線で見れるんだろうな。

 

ちょっと恥ずかしいけど、ナレーションは任せてくれ。

悪事を可能な限りユーモラスに表現し、印象を良くしたい。

 

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地獄極楽10

そして、裁きのときだ。

 

僕はいつも面白いほどに紙一重で最悪の結果を回避するタイプだから、今回も地獄行きはギリッギリで避けられると信じたい。

 

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地獄極楽11

地獄行きはなかなかハードモードである。

上記の通り、鬼たちにフルボッコにされるのだから。

 

…なんで人間で餅つきするのさ。

万年正月か。

※とりあえず人間界の正月は短いから、このエピソードは人間界の正月に合わせてUPしようか。

 

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地獄極楽12

絶望に沈む人々。

某北の国のニュースに映る人々のように、演技じゃないかってくらいにわかりやすくヘコんでらっしゃる。

 

右端のおっさんの後ろに、鬼の手首が転がっているでしょ?

たぶん鬼滅の刃に登場するかのようなヒーローが、実は潜んでいるんだと思う。

右端のおっさんか、それとも左で土下座しているオマエか…。

 

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地獄極楽13

いずれにせよ、修羅場である。

 

閻魔大王とその傘下の面々も、責任重大である。

人間のその後を決める重大な局面なのだから、誤審はできない。

その気持ちもわかる。

 

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地獄極楽14

もう粘土人形を作るのもめんどくなってしまったのか、絵画で記してあるが、地獄に落ちた人間の末路は凄惨だ。

見ろ、人がゴミのようだ

 

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地獄極楽15

トップってのも、ツラい仕事だよな。

どちらの決断をしても、恨む人間はいる。

 

一都三県に緊急事態を出そうが出すまいが。

GoToトラベルをしようが辞めようが、再開しようが。

 

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地獄極楽16

そんな濃縮されたシナリオが、押し入れの一角にギュッと入っているのだ。

素晴らしいこと山の如し。

 

 

賽の河原

 

先ほど少し触れてしまったが、次に賽の川原ゾーンについて触れたい。

 

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地獄極楽17

全景だ。

説明書きだとかはないので、「保育園でも表現したのかな?」と一瞬思ってしまったが、一呼吸置いた後に賽の河原ではないかと判断した。

 

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地獄極楽18

圧倒的の戦闘力で、幼児たちを駆逐する赤鬼よ。

 

なんだそのエクスタシーの表情は。 

完全に業務の範疇を凌駕し、悦に浸ったヤバい顔をしている。

 

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地獄極楽19

青鬼もいるぞ。

 

彼らは、賽の河原で石を積む子供に対し、その作業を邪魔しているのだろう。

 親より先に死ぬ子供は、親不孝者だ。

こうやって、賽の河原でエンドレスな積み石作業を続けている。

 

tabi-labo.com

 

あとはね、鬼が「壊すのももったいない」と思うほどのアーティスティックな石積みを披露するしかないのだろうね。

 

ロックバランシングだ。

これは生前に勉強してもよいだろう。

 

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地獄極楽20

黒鬼のスキをついて一発逆襲をするのは、僕のかつての同級生の野本君に似た子供だ。

彼、全然悲観した顔をしていない。

むしろマインドは鬼滅隊だ。

 

でもね、僕の見立てによるとこの黒鬼だけは、根っからの悪ではない。

たぶん最終的には「いいか、俺たちの見張りは朝6時から深夜24時までカンペキだ。脱獄しようとだなんて考えるなよ。ちなみに、最近トイレから悪臭がするから、トイレの窓は換気のために開けてあるぜ。」とか、ヘタなアドバイスをするんだと思う。

 

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地獄極楽21

そんな有相無相を高みから見物しているのが、彼だ。

地蔵菩薩だ。

 

どうやら役柄的には、最終的に子供たちを救う存在らしい。

ホントか?このシチュエーション的に信じていいのか?

映画であれば、おそらくは真の黒幕である。

 

だが、これ以上を僕が語ると「おや、こんな時間に誰だろう?」 の文章を最後にブログ終焉となってしまうので辞めておく。

 

 

極楽浄土

 

最後だ。おそらく極楽浄土を模したゾーンだ。

 

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地獄極楽22

うん…、そっか。

ちょっとレトロテイストな極楽である。

 

もっとレッツ・パーリーみたいな感じで、ピザ食べたり夜遅くまでカラオケしたりできればいいのだが。

田舎のおばあちゃんが「ほら、煮っころがしよ。美味しいでしょう。最高でしょう。」と言ってくるかのような、価値観のズレを感じかねない。

 

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地獄極楽23

いかんせん、国土の大半が風呂だしな。

 

昭和テイストをバキバキに押し出した、青いタイルの湯舟。

「エモいー」って言ってTwitterに上げるところまでで、関心が薄れてしまうかもしれない。

そのあとどうやって過ごすよ、ここ。

 

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地獄極楽24

なんだかわからないけど、湯舟の外も液体だったわ。

何だこの構造。

 

国土の大半が風呂って言ったけど、国土全部風呂だったわ。

もうずっとビチビチやねん。

 

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地獄極楽25

うらめしそうな視線も感じた。

風呂地獄か、ここは。

体は綺麗になっても、心は綺麗にならないのか、ここは。

 

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地獄極楽26

創立者と幹部たちが、上から見下ろしている。

ってゆーか、幹部たちは温泉リゾートの余興として踊りとか見せてくれそうなカッコをしている。

これまた昭和っぽいサービス精神だ。

 

こういうケースって、大体ユーザの声はTOPまで届いていない。

顧客満足度はいかほどだろうか?

 

まぁ僕も、レトロ好きなので1泊2日くらいだったらいいかな…。

 

 

あの世を知り、そして己を見つめ直そう

 

ところで、この地獄極楽ジオラマセットはいったい何だったのだろう?

それについて、僕自身で調査をしていなくって大変恐縮なのだが、以下のWebサイトを参考にご紹介したい。

 

niigata-kankou.or.jp

 

「にいがた観光ナビ」様のWebサイトである。

 

それによれば、これは「地獄極楽像」という作品。

先代の住職の時代に作成されたものなんだとか。

それが今から何年前なのかはわからないが、劣化具合からも数10年はゆうに経過していると判断した。

 

そして、地元の幼稚園や小学校の授業の一環で見学させたりもしているのだそうだ。

 

いいことをすれば天国に行き、悪いことをすれば地獄に堕ちる。

誰もが子供のころから聞いたことがある話。

絵本などではなく、こういうかたちで住職から説明などされれば、子供心に響くものもあるだろう。

 

しかしながら、子供を脅すばかりではなく、どこか愛嬌のある造形。

そこに住職の人間性を感じた。

 

 

大人になると薄れゆく、こうした死後の世界観。

そりゃそうだ。みんな今を生きるのに精いっぱいだ。

だけども、今一度僕らは地獄極楽像を見て思い返すべきなんじゃないかな。

 

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正しいことを正しいと言え、そして頑張った人がちゃんと評価される世の中。

それを実現できているのかどうか。

うんこれ、2020年に「半沢直樹」が言ってた。

 

このヒリついた世界に、2021年も幸あれ。

 

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: 大悲観 普談寺
  • 住所: 新潟県新潟市秋葉区朝日2503
  • 料金: なし
  • 駐車場: あり
  • 時間: 特になし

 

No:070【北海道】到達不可能!?北海道最西端「尾花岬」に夢とロマンを追い求めよう!!

北海道本土の最西端。

 

 

北海道外に住んでいるのに、それをスラッと言える人。

僕と握手だ。

 

その岬の名は「尾花(おばな)岬」。

突端マニアでない限り、あるいは無類の釣り好きでもない限り、日常でこの岬の名を耳にすることはないであろう。

 

情報面・物理面、双方からいかなる人をも寄せ付けない、その孤高の岬を、今ここにご紹介したい。

 

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陸の孤島、尾花岬

 

北海道・本州・四国・九州。

日本の本土と言われるこの4つの大きな島、それぞれの東西南北端がある。

詳しくは、僕の書いた以下の【特集】をご参照いただきたい。

 

drive-ns.hatenablog.com

 

この中でも、僕が一番恋焦がれたのが今回ご紹介する尾花岬だ。

急峻な断崖と、日本の土木技術の正面衝突。

 

岬に続く未知の世界に足を踏み出そうと開拓状況を手に汗握って見守る僕と、徐々に明らかになる非情な県道貫通計画。

そのギリギリのせめぎあいを楽しんでいた。

 

そのあたりのストーリーを熱弁しすぎて、過去に10年間ほどの長きに渡り、Wikipediaさんの「尾花岬」の項目に僕の文章へのリンクが掲載されていたほどだ。

(2019年のYahooジオシティーズ閉鎖と共にその文章は消え、リンクも外れたが)

 

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さて、僕が尾花岬を目指したエピソードを記載する前に、尾花岬のロケーションについてご説明ささせていただきたい。

 

上の図だけではあまりにザックリしすぎなので、尾花岬周辺にズームしてみよう。

 

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これは、今から10年ほど前の2010年ごろの図だと思っていただきたい。

 

オレンジ色の線が国道である。 

尾花岬周辺を悪意に満ちた顔でスルーしている。

細い道が南北から伸びているものの、尾花岬の近くまでは通じていない。

 

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日本海の秘境へ1

なぜかというと、海沿いに道を通せないほど地形が険しいからだ。 

 

実際に走ってみればわかるが、海沿いはギリギリまで断崖が迫り出していて、鬼でも住んでいるんじゃないかってくらいに荒々しい。

 

北海道の日本海側にはいくつかこういう「秘境」・「陸の孤島」と呼ばれた地域があるが、ここ尾花岬は土木の歴史上最後まで残ったスポットではないかと考える。

 

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日本海の秘境へ2

さて、まずは日本3周目・4周目で尾花岬に接近する写真からお見せしたい。

上にご紹介の通り、道は貧弱だ。

この先は断崖に阻まれる袋小路。だからあんまり予算をかけていないのかもしれない。

 

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日本海の秘境へ3

海沿いを通る貧弱な道道740号線。

それは尾花岬の3㎞程手前にある、太田集落で終わりを告げる。

 

国道から太田集落までは13㎞ほどあるが、引き返すよりほかにないのである。

 

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日本海の秘境へ4

これは、尾花岬の1つ手前にある「帆越岬」をトラバースする「帆越山トンネル」である。1857mもある。

実は2004年にできたばかりで、そこそこ新しいトンネルだ。

 

このトンネルがない時代は、メチャクチャ海ギリギリの細い道を走るしかなかったらしい。

残念ながら僕はその旧道を走ったことは無い。

初めて訪れたときには、既に旧道は落石等で閉鎖されてしまっていたし。

 

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日本海の秘境へ5

2004年以前も、度々この旧道は崩壊した。

その度に太田集落は完全に孤立し、マジな陸の孤島となった。

 

2004年にも台風18号という超巨大台風が来て、旧道はボッコボコに破壊された。

しかし、その本当に直前に帆越山トンネルが開通したのだ。

 

このトンネルの開通が遅かったら、本当に太田集落の人々の暮らしはピンチだったという。

 

 

難工事の末の貫通

 

さて、帆越山トンネルや、尾花岬の1つ手前の帆越岬の話はいずれ個別エピソードとして書きたい。

では、改めて尾花岬にスポットを当てよう。

 

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太田トンネル1

いきなりクライマックスとなる写真をお見せしてしまったこととなるが。

 

 

これが尾花岬だ。 

 

 

帆越岬から撮影した写真である。

しかし、今見ていただきたいのは岬の先端ではない。

 

まずは前項にて熱弁した通り、「どれだけこの岬周辺に道路を作るのが困難か」というのを思い知っていただきたかったのだ。

 

仮に海ギリギリに道路を接ししたところで、頭上の岩壁はもろそうだ。

常に落石に命の危険を感じ、そして永久に終わらない補修工事に負われるだろう。

 

だが、もう少し写真をズームしよう。

 

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太田トンネル2

右側が長らく陸の孤島、太田集落だ。

断崖が少しなだらかになったわずかな土地に、こうして集落を作っている。

 

そして左側。

トンネルがある。

 

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太田トンネル3

これが「太田トンネル」だ。

巨大な断崖に阻まれて、道路が建設できなかった部分。

道道740号の不通区間

 

それがついに、貫通する!! 

 

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その長さは3360m!!

道道では最長のトンネル!!

 

工事の着工から実に55年!!

どれだけの難工事であったか、この年月がすべてを物語る!

工事関係者の方々、本当にありがとう!!

 

www.town.setana.lg.jp

 

最初にこのトンネルを通過した一般人は、吉村幸作さん85歳!

おめでとう!イェイイェーイ!!

 

 

…と、ひとしきり喜んではみたが、そこまでポジティブに考えていいものか。

僕、実はトンネル開通の3・4年前から国道交通省の工事計画などを調べ、ずっと不穏な気持ちでいたのだ。

 

いや、正確に言えば「不穏」どころか「諦め」に近い気持ちがあった。

 

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トンネル工事の計画を見る通り、上記図だったのだ。

(そして2013年、計画通りのイメージで開通している)

 

 

尾花岬、行けないじゃん。

 

 

突端マニア目線でコメントさせていただければ、トンネル開通にはあまり重きを置いていないのだ。

 

まぁそりゃあアプローチは楽になる。

Uターンせずに、南北にスルー出来るのだから。

 

しかし、僕の目的は「尾花岬」を踏むこと。

これができないのでは、本来の目的を達成できていない。

 

僕は祈った。

せめて以下のいずれかを叶えてほしいと。

突端マニアに夢とロマンを与えてほしいと。

 

  1.  尾花岬に一番近い太田トンネル北側開口部から、岬に続く遊歩道整備
  2.  太田トンネル北川開口部に「北海道最西端」の碑の設置
  3.  太田トンネル内、尾花岬との最短距離にその旨を表示

 

…結論から言うと、2020年現在どれも実現していないんだけどな。

まぁ「1」はそれだけのコストメリットもないから諦めていたけどな。

 

では、次項では太田トンネル開通後を交えた尾花岬接近レポートをお見せしよう。

 

 

なにをもって尾花岬到達とするか

 

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尾花岬を定義する1

日本5周目の僕は、再び尾花岬を目指す。

道道740号が貫通したとはいえ、道はやや狭くてローカルだ。

 

このくらいが良い。

「今まさに秘境に向かっているんだぜ」という感覚がするから。

 

 

南側ビュースポット

 

まずは南側のビュースポットだ。

これは前述の通り、帆越岬を推したい。

 

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尾花岬を定義する2

いい絵だなー!

海の向こうに尾花岬!

 

手前の岸壁と灯篭もすごい雰囲気が出ている。

ポストカードにしたくなるような絶好の構図である。

 

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尾花岬を定義する3

ちなみにこの灯篭、太田集落の「太田」の文字をかたどっている。

これにもストーリーがあるのだが、今回は尾花岬の話なのでスキップだ。

 

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尾花岬を定義する4

足元の海は、息を飲むほどに蒼い。

この海が、ずーっと尾花岬の方まで続いているのだ。

 

正直初めてこの海を見たとき、「トンネルが開通したら開発や廃棄ガスで海が汚れてしまうかもしれない。この景色を守るためだけであれば、トンネルはマイナスになってしまうかも。」と感じたりもした。

 

もちろん一旅行者のエゴなのだが、そう思ってしまうほどに美しかったのだ。

 

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尾花岬を定義する5

円を描くように、太田集落を経由して尾花岬へと続く湾。

荒々しい山が海の間近まで迫り出しているのが、ここでもおわかりであろう。

 

この写真を掲載すると、アドベンチャー好きのあなたがニヤニヤしながら「日本最難関の参拝である太田山神社のことには触れないのかい?」と言ってくる顔が思い浮かぶ。

 

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尾花岬を定義する6

「太田山神社」、別項目で取り上げるので、その日を楽しみに待っていてほしい。

 

地獄のようなこの急階段が、まだまだオードブルにもならないほどの驚愕の道のりであることを、いずれしっかりしたためたい。

 

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尾花岬を定義する7

閑話休題

 

南側からのビュースポットの2つ目が、この太田山神社付近からだと思う。

特に愛車と一緒に尾花岬を撮影したいなら、ここだ。

 

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尾花岬を定義する8

何をもって「岬に行った」と定義するのか…。

 

  1.  岬の本当に先端に立ちたいのか。
  2.  「ここが岬です」と書かれている立て札やモニュメントまで行けばいいのか。
  3.  愛車と岬を一緒に撮影できればいいのか。
  4.  景色は関係なく、少しでも地理的な岬の先端を目指したいのか。

 

…きっと全部正解だ。

そして、上記に対し統一的なスタンスを持っている人も少ないであろう。

 

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尾花岬を定義する9

とりあえず今は妥協しよう。

 

僕はそう言いたい。

前述の「3. 愛車と岬を一緒に撮影できればいい」が、ここだ。

絵的にはなかなかいい。

 

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尾花岬を定義する10

雲が立ち込める天気のときだって、その荒々しさが際立っていてGoodだ。

「尾花岬に来たよ」とこの写真を見せられるのであれば、及第点であろう。

 

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尾花岬を定義する11

太田山神社の階段前に停めた愛車と共に撮影しようとすると、こうなる。

 

僕はこの後、地獄の参拝へとチャレンジする。

この写真をシャッターを押したときの僕は、まだ余裕であったのだな。

(このあと存分に苦しむがよい)

 

 

 

北側ビュースポット

 

結論から言うと、ビュー観点からは圧倒的に南側が勝者だ。

まずは半世紀の歳月をかけて完成した太田トンネルをありがたく通過しよう。

 

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尾花岬を定義する12

あなたにはどうでもいい話だが、尾花岬のちょうど裏側あたりを通過するときに「尾花岬ーー!!」と叫んだ。

 

もしあなたが車の助手席に座っているなら、この瞬間のカーナビ画面を撮影してもいいかもしれない。

そうすれば、前項の「4. 景色は関係なく、少しでも地理的な岬の先端を目指したい」欲が少しだけ叶うかもしれない。

 

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尾花岬を定義する13

トンネルは長い。

さすが3360mだ。

カーナビで車が岬を通過してしまったのを見て、正直ガッカリする。

 

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尾花岬を定義する14

太田トンネル北側開口部までやってきた。

ご覧の通り、トンネルの脇に車2台ほど停められるスペースがなんとかある。

 

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尾花岬を定義する15

複雑な気持ちで太田トンネルを振り返る。

 

最突端16岬の中で、唯一人が立てないのがこの尾花岬だ。

九州最北端の「太刀浦埠頭」も立入禁止で立てないけどさ。許可された人間であれば立てる。 

 

drive-ns.hatenablog.com

 

ここ尾花岬だけは、大自然の前に未だ人間が踏破できる道筋がない。

それだけ、北海道西海岸のパワーがすごいのだ。

 

改めて、周辺図を以下に掲載しよう。

 

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尾花岬の先端は、南側開口部と比べても断然近いのだ。

「4. 景色は関係なく、少しでも地理的な岬の先端を目指したい」の無難な着地点はここだと考える。

 

防波堤があるものの、トンネル開口部の脇の斜面を使えば少々上ることができる。

 

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尾花岬を定義する16

こんな感じで、防波堤よりも上の目線に立てる。

 

僕は行っていないが、そのまま防波堤の向こう側に行けば、ゴツゴツの磯場が続く。

そのあとは数m規模の岩を乗り越えたり、ヘタすりゃ海に浸かったり、ザイールとかないと困難なエリアがあるが、尾花岬の先端まで行けないことは無い。

 

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尾花岬を定義する17

僕の位置から見える尾花岬方面の景色はこの通りだ。

岬は見えない。

その手前の出っ張りが少々見えるだけだ。

 

南側の眺めのほうがいいが、各所のWebサイトなどを見る限り、この場所の方が人気のように感じられる。

まぁ、前述の通り正解は無い。満足すればいいのだと思う。

 

僕は日本4周目の頃、本気でここを尾花岬の先端まで行こうと考えた。

しかし、時間がなく辞めた。

ここ数年で、すごい肉体能力がある人が先端まで行ったと、耳にしたこともある。

 

しかし、凡人はやめておいたほうがいいだろう。

 

マジに命の危険を伴う。

何かあってもだれも気付かない。

 

 

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尾花岬を定義する18

貫通した道道740号にて、北へとスイスイ走る。

便利になったものだ。

 

走りながら僕は考える。

…ちょっと1つWebサイトへのリンクを貼りたい。

 

setanavi.jp

 

※最西端までの到達には危険が伴うのでおやめください。

 

こう書いてある。

きっとチラホラとチャレンジする人がいるのだろう。

そして事故を起こしたり、見た人から苦情が入ったりするのだろう。

 

無謀なチャレンジは良くない。

では、彼らはなぜ無謀なチャレンジをするのか。

 

それは「岬の先端がゴールだと思っている」からだ。

 

それに対する有効な対策は、「やめろ」と言うことではない。

彼らにとってのゴールが、そこ以外にないのだ。

彼らからゴールを取り上げてはいけない。

 

対策は、「ここがゴールですよ」と、かわりの安全なゴールを提供することだ。

 

それがまさに、前述の「1. 「ここが岬です」と書かれている立て札やモニュメントまで行けばいい」にあたる。

 

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尾花岬を定義する19

ここさ、ちょっとだけ 整備して立て札を立てましょう。

「北海道最西端 尾花岬」って書きましょう。

ねぇ、せたな町さん。

 

これで解決する。

なぜなら、他の突端岬が物語っているのだ。

他の突端岬を見ればわかるのだ。

 

僕も数々の突端岬をご紹介しているが、碑が立っているのは必ずしも突端部分ではない。

なんだったら、ロマンを打ち消すようなので詳細は言わないが、結構大幅にズレている突端岬もある。それこそ「最突端はこの岬じゃないっしょ」ってレベルで。 

 

でも、それに対して「納得いかない」と強行突破をする人の話なんて、聞いたことない。

みんなニコニコ安全に記念撮影している。

 

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北側も道、狭いってさ。

 

 

僕ら旅人、突端マニアが追い求めているのは、真実の地理だけではない。

半分ロマン。半分夢。

これらをうまくブレンドさせて、人生を潤わせているのさ。

 

…大丈夫。

きっと尾花岬はもう一段階進化する。

僕もそうなるように力添えしたい。

作戦は、北風ではない、太陽だ。

 

そんな夢とロマンを抱くだけで、本当に尾花岬が愛おしいのだ。

 

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: 尾花岬
  • 住所: 北海道久遠郡せたな町大成区
  • 料金: 無料
  • 駐車場: 路肩等にスペースあり
  • 時間: 特になし

 

No:069【神奈川県】倒壊事件から10年!!「鶴岡八幡宮」の大銀杏のその後を追いかけた!

今夜はクリスマスイブだ 。

 

クリスマスは楽しいよな。
チキンを食べたりサンタが来たり。
運が良ければプレゼントをもらえるかもしれないよな。

 

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いつかの横浜のクリスマス

しかしクリスマスは一瞬で過ぎ去り、瞬く間に正月の準備が始まる。

 

あなたは初詣にどこに行くのかもうお決まりだろうか。

もしあなたが首都圏にいるのであればちょっとだけ思い出してほしい。

 

初詣の名所鎌倉の「鶴岡八幡宮」のことを。

そして今あなたの横にあるクリスマスツリーを見て、思い出してほしい。

鶴岡八幡宮には10年前まで 巨大なシンボルツリーがあったことを。

 

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いつかの大阪のクリスマス

 

 

大銀杏、倒壊する!!


さて、今回は鶴岡八幡宮にかつて聳えていた大銀杏の話をしたい。

 

この大銀杏は今から10年前の2010年3月10日に倒壊してしまった。

 

aumo.jp

 

ちょっと残念ながら手元に倒壊前の鮮明な大銀杏の画像が無いので、他のWebサイトをご紹介させていただく。

倒壊前の迫力のある大銀杏の様子を、まずは感じ取ってほしい。

 

…今は2020年だ。

あれから10年の歳月が流れた。

 

倒壊した大銀杏はこの10年はどのように過ごしたのだろうか。

今回はその物語を追っていきたい。

 

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応援メッセージ

鶴岡八幡宮の大銀杏といえば 、僕が物心ついたときからそこにあるのが当たり前の存在であった。

正確に言えば物心がつく前から僕はこの大銀杏を見上げていた。それこそ0歳児のときから。

 

小学生の頃、家族と一緒の初詣。

拝殿に続く階段。

 

進まない大行列の中、ふとその階段から左を見る。

階段脇の大銀杏の枝の間をリスが駆け回っているのを見付け、「あ!リスがいる!」と家族と共にほっこりしたものだ。

 

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境内1

近くのお店で飲んで酔っ払い、夜中の鶴岡八幡宮に突撃したこともある。

酒に酔っていたせいで写真はブレブレになったが、おぼろげながら大銀杏のシルエットは確認できた。

 

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こんな写真しかなくってすまない

残念ながら僕は大銀杏の写真をまともに手元に残していない。

きっとそれは写真を撮る必要すらないほどに、当たり前の存在であったからだ。

 

そんな大銀杏が突然倒壊したというニュースが、2010年3月10日の朝に、日課としてWebニュースを見ていた僕の目に飛び込んできた。

 

毎日新聞社の、当時の記事の内容を少し引用させていただきたい。

 

神奈川県鎌倉市雪ノ下の鶴岡八幡宮吉田茂宮司)の本殿前にある県指定天然記念物「大(おお)銀杏(いちょう)」が、根元付近から折れて倒
れているのを警備員が見つけた。

 

9日夕から続いた強風が原因とみられる。けが人はなかった。

大銀杏は鎌倉幕府三代将軍、源実朝(さねとも)の暗殺事件の「隠れ銀杏」として知られる。

八幡宮関係者は「あり得ないことだ」とぼうぜんとしている。

 

八幡宮によると、大銀杏は幹回り6.8メートル、高さ約30メートルで樹齢は1000年とされる。午前4時15分ごろ、当直の警備員が3回ほど「ドンドン」という音を聞いた。

警備員は「積もった雪が落ちる音だと思った」という。

 

その後、落雷のような音がしたため、様子を見に行くと大銀杏が倒れ
ていた。

市消防本部によると、当時の最大瞬間風速は12メートルだった。

 

大銀杏をみた東京農業大の浜野周泰教授(造園樹木学)は、2月以降の雨で地盤が緩んでいたことに加え、9日夕からの強風が原因と指摘。雪まじりの風は、通常の数倍の力がかかるとされ、傾きを支えられずに折れたとみられる。

 

土壌が薄い石段脇の斜面に立っていたことも影響したらしい。

浜野教授は「根元の状態から回復は不可能」とのコメントを出した。
 

八幡宮では09年末から保全に向けた検討を始め、浜野教授が診断したが、生育に問題はなかった。

八幡宮側は「吉田宮司はコメントを出せる状況ではない」と話し、午前5時に駆け付けたという神職も「あり得ないことだ。驚いている」と動揺を隠さない。

 

大いにショックだ。

再生も不可能だなんて…。

 

引用の通り、鎌倉時代に源家による将軍の歴史を実質終わらせた事件にかかわる重要な銀杏の木。

僕も小学生のころから歴史の本など読んでいて、実際に見るだけではなく歴史的な価値もそれなりにわかっていたつもりだ。

 

いてもたってもいられない。

見に行きたい。

 

調整し、現地に僕が現れたのは、倒壊から4日後の朝であった。

 

 

倒壊4日後の銀杏を目撃する

 

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境内2

「よし、梅が綺麗だ」。

境内の池のほとりで梅の開花を眺めた僕は、1人そう呟いた。

 

心の中は、これから見るであろう光景を想像してザワザワしっぱなしだ。

その前に花を見て心を落ち着けたかったのだ。

 

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境内3

3月14日である。

春になり、新しい生命が生まれようとしている。

 

それに反し、大銀杏はその命を閉じたというのだ。

今日はこんなにもポカポカしているというのに、ほんの数日前の、冬の終わりのみぞれまじりの暴風雨がトドメを刺したというのだ。

 

なんという皮肉だろうか。

 

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境内4

境内の白砂利の上をザクザクと歩く。

歩調が速い。

 

奥には本殿が見えてきた。ついに見えてきてしまった。

まだよくはわからないが、心なしか向かって左側の余白が大きい。

本来であれば、あそこに大銀杏が聳えているはずなのだ。

 

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境内5

「ウッ」っと胸を締め付けられるような感覚に襲われた。

 

写真の左端、人ごみの向こうに緑色のシートが見えている。

あそこが本来の大銀杏の場所だ。

駅構内の人身事故発生時のブルーシートのように、銀杏が囲われている。

 

この救いのない気持ち、どうにかしてくれ。

 

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最後の大銀杏1

人ごみの中から見えた!!

大銀杏だ!!

 

しかしぶった切られて、切り株状態になっている!

なんで?

処分するためにカットしちゃったのか。

最後の姿をしっかり目に焼き付けたかったが、既に解体されてしまったのか…。

 

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最後の大銀杏2

僕の見いる前で、大銀杏はクレーンに吊るされていた。

このまま撤去されていしまうのだろうか…。

 

ちょっとだけ角度を変えてみた。

 

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最後の大銀杏3

幕があってよく見えないが、白衣の人たちが根元でワチャワチャしている。

「無理です、手の施しようがない」・「お亡くなりです」、とか話しているのだろうか?

 

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最後の大銀杏4

コントラストを調整し、もう1枚ご紹介しよう。

これで、幕の向こうの大銀杏がいかに巨大か、そして白衣の人たちがわんさかいる様子がおわかりいただけると思う。

 

今まさに、僕ら一般人の前から大銀杏が永遠に姿を消す瞬間なのだろう。

クレーンの準備は着々と進んでいた…。

 

…ところで。

 

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最後の大銀杏5

その傍らにも、残骸がある。

 

赤い柵に包囲された切り株。

そして、その背後に横たわる、おそらく銀杏の上半身。

上半身は倒れた衝撃なのか、グッチャグッチャで見るも無残だ。

 

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境内6

妙にスッキリしてしまった、本殿に続く階段の左部分。

切ない気持ちでこの写真を撮影し、僕は鶴岡八幡宮を後にした。

 

 

次世代に命を繋げ

 

このあとの大銀杏はどうなのだろうか…?

数日間掛けてWebニュースや新聞から情報を仕入れ、なんとなくわかってきた。

 

以下は、10年前の僕の覚書である。

 

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10年前の記録

 

まだ大銀杏は復活する可能性がある!!

 

 

その一縷の望みをかけて、切り株の1つを基の階段脇付近に「ドン」と鎮座させたそうだ。

あれはそのためのクレーンだったのだ。

 

…さらにだ!!

根元からバッキリ折れた大銀杏だが、地中に残っている根っこ付近はまだ生きている可能性がある。

従い、ここも保護しつつ今後の経過を見守るというのだ。

 

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1ヶ月後の訪問1

さぁ、気になるじゃないか。

1ヶ月後となる4月の下旬にある日、再び僕は鎌倉にやってきた。

 

生命が最も活性化する春だ。

この時期に大銀杏が果たして踏ん張れるかどうか。

それが、1000年続いた命の行く末を大きく左右する。

 

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1ヶ月後の訪問2

初夏のようなポカポカの日だった。

季節は大きく移ろっている。

 

散歩がてら鶴岡八幡宮に向かう途中、「源頼朝」の墓があったのでお参りしてみた。

賽銭箱には「源頼朝会」って書いてあった。

アイドルのファンクラブのようだ。

 

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1ヶ月後の訪問3

鶴岡八幡宮に到着した。

 

これは藤棚だから、藤の花だろうか…?白いけど。

今まさにこぼれ落ちそうなくらいに 成長している。

春なのだ。

元気の象徴、春なのだ。

 

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1ヶ月後の訪問4

桜のシーズンは終わっている。

八重桜が最後の花を咲かせていた。

 

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1ヶ月後の訪問5

バラのように優雅に咲き誇る八重桜。

桜ってバラ科だしね。八重桜を見ていると、それがすごく納得できる。

 

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境内6

1ヶ月ぶりの本殿が見えてきた。

1ヶ月前と比べて、あきらかに緑が多くなった本殿周辺。

 

まぁでもそれはいい。

重要なのは、大銀杏がどうなっているかだ…!

 

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大銀杏再生1

 

切り株。

 

 

無造作に切り株が置かれていた。

これが、先月クレーンで吊り下げられているのを見た部分だな。

 

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大銀杏再生2

ただドスンと置かれているだけではない。

しっかり地に足がついている。

 

わずかな希望をかけ、きっと樹木医さんがいろいろ考慮した上で、この部分をこのように植え付けたに違いない。

 

そして、あなたはこれを見て1ヶ月前と何も変わりのない、タダの切り株に見えてしまっているかもしれない。

なのでズームしてみよう。

 

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大銀杏再生3

新芽。若葉。

命は繋がった。大銀杏は生きている。

 

なんか泣きそうになったよね、これを見て。

 

ただね、驚くのはまだ早いのだ。

本殿への階段を半分ほど上り、そして大銀杏エリアを見下ろそう。

 

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大銀杏再生4

はい、左下に注目。

 

これが何か。

前述の、かつて大銀杏が立っていた部分だ。

見えているのは根元から折れた残骸部分。

 

しかしこちらも、根は生きていたのだ。

 

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大銀杏再生5

かわいい新芽が無数に出てくる。

 

スプラウトみたいにサラダに散らして食べたくなるようなかわいさだが、古い命を土台に、今まさに新しい生命が産声を上げている。

 

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境内7

なんと素晴らし春の1日なのだろうか。

大銀杏はもともと1本であったが、これで2本になるのだ。

 

お参りをし、ルンルン気分で帰るとしよう。

 

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境内8

 

真夏の夜の夢

 

7月下旬となった。

あの倒壊事件から4ヶ月だ。

 

僕は再び鶴岡八幡宮に向かう。

妹との所要のついでだったので、妹と一緒に夕暮れの鶴岡八幡宮を訪れた。

 

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境内9

本殿へと続く参道の脇には一定間隔で木の棒が立てられている。

なんだろうと思ったら、8/6~9で実施される「ぼんぼり祭り」のぼんぼりを取り付けるための棒なんだね。

 

ぼんぼりに灯りがついたら、さぞや幻想的だろう。

あるいは、RPGのダンジョンでボスが出てくる直前みたいなシチュエーションを味わえるだろう。

 

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境内10

実際はかなり薄暗いので、手元もブレる。

しかし、こんな時間でも人が多いのが鶴岡八幡宮の魅力よ。

 

では、あの大銀杏はどうなっているだろうか。

夏バテせずに元気でいるだろうか…??

 

 

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大銀杏再生6

メッチャ元気。

「え?倒れた?ボク、春先に倒れたりしましたっけ??」

…って声が聞こえそうなほどだ。

 

痛々しい切り口(傷跡?)部分も緑の葉でだいぶ隠され、「もともとこういうズングリした木です」って言われたら信じてしまいそうなほどだ。

 

そして隣にある根っこ部分はと言えば…。

 

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大銀杏再生7

 

アフロ大爆発
…みたいになっていた。

 

笑った。本体どこ行ったよ、って感じだ。

モンスター化している。

 

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境内11

元気で何より。

安心した僕らは、本殿へのお参りをした。

 

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境内12

大銀杏の脇には、応援メッセージが数多く書かれたボードが設置されていた。

読んでほっこりした。

 

みんな大銀杏が好きなのだ。

誰から見ても、大先輩なのだ。

この命を、次の時代に繋げたい。

 

 

冬の初めの木枯らしと共に

 

初冬の早朝。僕は1人で再び鶴岡八幡宮の鳥居をくぐった。

 

少し遅くなってしまった。

本来であれば紅葉で黄色くなった大銀杏を見たかった。

まだ間に合うだろうか?

 

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境内13

ちょうど朝日が当たり始めた太鼓橋。

昔はこれ、渡れたんだけどね。今は通行禁止だね。

 

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境内14

閑散としていて寒々しい境内。木枯らしが身に染みる。

 

さぁ、大銀杏はどうなった?

倒壊してから初めての冬、無事に乗り切れるだけの生命力を保持できているのだろうか?

 

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大銀杏再生8

…おっ。

まだ紅葉しきっておらず、若干緑の葉もある?

 

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大銀杏再生9

とはいえ夏場に比べると、既に相当に葉のボリュームは少ないが。

紅葉の進みが遅いってのは、生命力が強いということなのだろうか?

 

じゃあ、根っこ側の大銀杏も元気かな?

 

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大銀杏再生9

ダメです。

 

こっちはなぜか全部枯れている。

針山地獄みたいな鋭いエッジが無数に天空を示しているのみだった。

同じ株だったのに、こうもキャラクターに差が出るとは。

 

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大銀杏再生10

 

こうして大銀杏にとって激動の2010年が終わる。

3月10日に倒壊し、それでもなんとか冬までは持った。

 

次は来年春だろうか?

倒壊して1年目となる3月中旬、あるいは新芽の出てくる4月か。

どっちかでまた再訪しよう。

 

 

…しかし、その願いは叶わなかった。

 

大銀杏倒壊からほぼ1年後となる2011年3月11日。

東日本大震災発生。

 

 

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正直、大銀杏どころではなかった。

それよりも、僕がやるべきことがあるだろう。

 

僕は被災地に向かった。

その後は変な冒険に目覚めたり、生活事情が一変したりして、長らく鎌倉を訪問しないこととなる。

 

そして年月は少し流れる…。

 

 

2018年、春うららか

 

倒壊事件から8年が経過した。

久々に僕は鎌倉にやってきた。

 

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境内15

まだ4月だが、むしろ夏だ。

8年ぶりで少々道に迷い、僕が汗をかいてしまっているせいもあるが。

 

しかし鎌倉のすぐ横は湘南ビーチである。

もうこの陽気であれば、湘南に忖度して夏と表現してもいいかもしれない。

 

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大銀杏再生11

えっと、どうなっている?

緑すぎて何が何だかよくわからない。

あるとあらゆる生命が元気すぎるのだ。さすが春。

 

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大銀杏再生12

切り株の方は、わりとノッペリしている。

まだ4月下旬だからか、葉はあまり生えていない。

 

しかしよく見ればちゃんと新芽も出ている。

何より顔色もよさそうだしな。肌の色つやいいしな。

大丈夫ということにしよう。

 

階段を少し登り、振り返る。

 

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大銀杏再生13

 

根っこ側がスゲー…!!

 

3mくらいの若木が出来てきている。

この8年で彼に何があったよ。

 

そして、切り株側も死角がやたらもっさりしていたよ。

スカートを引きずっているかのように、大量の新芽。

新芽って、そこに生えていて正解なのか?

 

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境内16

数年見ないうちに、大きく成長した大銀杏。

 

かたや8年経っても相変わらずアホなことばかりやっているYAMAさん。

身長も伸びていないし。

このギャップよ、フハハハハ…!!

 

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境内17

「身長よ伸びろ!そしてついでにソフトマッチョになれ!」みたいに元気よくお参りし、鶴岡八幡宮を後にした。


 

そして、10年後の大銀杏

 

さぁ、今回のエピソードもいよいよクライマックスだ。

倒壊から10年後の2020年。

その秋に僕はまた鶴岡八幡宮にやってきた。

 

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境内18

世の中はコロナウイルスでパニックだ。

東京に次ぎ、ここ神奈川もかなりの流行だ。

なんて世の中だ。

 

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境内19

観光業が軒並み大ダメージを受けている2020年。

 

鶴岡八幡宮も人が少なく感じられたし、マスクをつける人々の表情も心なしか曇っているように感じる。

それは、この曇天のせいもあるのだろうか…。

 

では、早速本題だ。

 

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大銀杏再生14

ダブル大銀杏。

左の切り株は、右隣にダイナミックなアフロを育成しているようだ。

向かって右側の根っこ側は、シュッとしたイケメンになりつつある。

 

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大銀杏再生15

これが切り株側。

側面から新しい幹が出てきて、育つタイプなのだろうか?

 

僕がかつて「屋久島」を歩いたときなど、「二代杉」と呼ばれる杉があり、それは切り株のまさに切り口から2代目の杉が誕生していたんだよね。

こういうのを「切り株更新」というそうだけど。

杉は二代目が出てくる場所が違うのかな?

 

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大銀杏再生16

根っこ側は文句なしの若木だ。

 

ギザギザに折れた部分が見えていたかつての幹の残骸は、土で覆ってしまったのだろうか?

もはや地上に見えているのはこの若木だけだ。

 

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大銀杏再生17

それぞれ、強烈な個性を放つフォルム。

彼らはこの先、どのような成長をしてくのだろうか?

 

元の大きさに戻るまでに、100年、あるいは数100年かかるかもしれない。

もちろん、僕らはその成長を見届けることはできない。

 

しかし、1000年生きてきたこの大銀杏を、1000年先の子孫にバトンタッチできるよう対処はできる。

新しい歴史は、まだ芽吹いたばかりなのだ。

 

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境内20

そして、バトンを繋ぐにはこのコロナウイルスを乗り切らねばならないだろう。

 

世界が崩壊しないように。

1000年先の子孫のために。
 

僕らの物語は、まだまだ終わらない。

 

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: 鶴岡八幡宮
  • 住所: 神奈川県鎌倉市雪ノ下2-1-31
  • 料金: 無料
  • 駐車場: なし。近隣の有料駐車場を使用のこと。
  • 時間: 特になし

 

No:068【栃木県】まさに生ける廃墟!!伝説の「老松温泉・喜楽旅館」の廃業から1年だ!

多くの廃墟ファン・秘湯ファンを魅了した温泉施設がかつてあった。

しかし、今からちょうど1年前、2019年12月の中旬に廃業してしまった。

 

当ブログ【週末大冒険】が始まったのは2020年の6月だから、リアルタイムで廃業の旨はお伝え出来なかったのだが、せめて1年後のタイミングで振り返りたいと、常々考えていた。

 

今こそ書こう。

「老松温泉・喜楽旅館」の伝説を。

 

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※ 営業中の温泉施設です

 

 

雪中行軍、そして出会い

 

僕が喜楽旅館に出会ったのは、日本5周目のときだった。

僕は日本1周ごとにテーマを設けているのだが、日本5周目は「昭和レトロ&ボロ」だったのだ。

 

※ 尚、日本4周目は「秘境・廃墟・廃村」だったので、現役営業中のこの旅館には食指が動かなかった。

 

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雪の出会い1

僕は、「那須湯本温泉」から小道に入った。

目指す喜楽旅館は老松温泉に属するのだが、老松温泉は喜楽旅館1軒しか存在しない。

そしてその立地は、那須湯本温泉のすぐ近くであり、余裕で歩けるような距離だ。

 

まぁ駐車場があるらしいし真冬でとんでもなく寒いので、行けるところまで車で行きますけどね。

 

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雪の出会い2

しかし、道は狭いし雪で覆われて来たしで、「ヤバいなー。無理して進んでスタックしたらどうしよう…。」と不安になり始める。

 

ちなみにこれは帰り道に撮影したものだが、いくらスタッドレスタイヤを履いているとはいえ、この先がどうなっているのかわからない、未知の雪道に入るのは精神衛生上よろしくない。

 

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雪の出会い3

あ、前方に空き地が見えてきた。よかった。

喜楽旅館まであとどのくらいなのかはわからないが、あそこから歩けば随分とラクなはずだ。

 

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雪の出会い3

ここが駐車場だった。他に車は無し。

どうやらここから喜楽旅館までは歩いて2・3分の模様。

 

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雪の出会い4

駐車場の片隅には、石碑が立っていた。

 

那須の珍湯 老松温泉 喜楽旅館

 

「珍湯」…。

お湯が珍しいと申すか。

まぁ100%の人が、お湯に入る前に建物を見て「珍しい」と感じるだろうがな。

 

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雪の出会い5

雪道を歩く。

空は晴れ渡っていて気持ちがいい。

 

雪の轍がついているが、これはおそらく喜楽旅館のオーナーさんの車のものだ。

一般車両がこの先に行ったところで、駐車スペースはない。

 

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ダメージ建築1

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ダメージ建築2

年季の入った木造の温泉旅館だ。

 

表札に「喜楽旅館」と書かれているようだが、字体がすんごいし、経年劣化で薄っすらしている。

左側にも何か文字が書かれているが、もはや読めないし。

 

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ダメージ建築3

僕は今、伝説の温泉の前にいる。

感動で震えている。この看板を拝み倒したいくらいだ。

 

ところであなたは、「冒頭に掲載したほどの廃墟っぽさは感じられないが、どういうことだ?」とお思いだろう。

 

その様子をお見せするには、駐車場方面とは反対側、この正面玄関の右手側から建物を見る必要がある。

 

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ダメージ建築4

…こんな感じだ。

 

バッキャバキャに破壊されている。

 

手前側、雪の中に残骸があるのがおわかりと思う。

これはかつてここまで建物があったことを示している。

 

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ダメージ建築5

老朽化・温泉の強酸性による腐食・雪の重み、などなど様々な要因で、この建物は手前側からジワジワと崩壊が進み、短くなってきている。

 

裏を返せば、他のWeb上の写真も詳しい人が見れば、大体いつ頃の喜楽旅館か推測することができる画期的な仕組みなのだ。

 

砂時計ならぬ、崩壊時計だ。

…イヤだね、そんな時計。

 

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ダメージ建築6

プライバシーがかなりオープンとなった部屋。

ちなみにこの部屋、床もオープンだから入っちゃダメです。地下までフォーリンダウンします。

 

もともとは客室だったが、朽ちちゃったからなすがままになっているようだ。

なんという自然体。

ある意味ナチュラリスト

 

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ダメージ建築7

家具も布団も備品も、そしてなんかFUJITSUの箱とかもある。

でも、全部まとめて「Let it be.(あるがままに)」だ。

 

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ダメージ建築8

僕は日本4周目において、数々の廃墟を探検した。

日本4周目終了と共にスッパリと卒業はしたのだが、興味を失ったわけではない。

自分にケジメをつけただけだ。

もう命に危険を及ぼすようなことはしないようにしよう、って決めたのだ。

 

「これは廃墟じゃない。だから見てOK。興味を持ってOK…。」

そう自分に言い聞かせる。

 

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ダメージ建築9

奈落が少し見えている。

四角いちゃぶ台の天板と思われる物体が、絶妙な配置で踏ん張って耐えている。

 

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ダメージ建築10

崩壊した部屋が右端に映っている。

 

写真中央の軒先(?)に小さな植木鉢があるだろう。

この配置をちょっと覚えて置いてほしい。

この植木鉢と軒先のすぐ後ろは、今まさにグッチャグチャに崩壊していると、覚えておいてほしい。

 

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ダメージ建築11

そして、次にこの写真だ。

軒先と小さい植木鉢は、手前側に見えている。

 

そのすぐ先に、スライド式のドア。

このドアがね、建物の入口。

 

つまり何が言いたいのかというと、崩壊は入口ギリギリまで進んでいるのだ。

これ以上崩壊したらヤバい。

建物に出入り出来なくなってしまう。

 

そんなスリリングな温泉。

それが喜楽旅館。

 

 

ジャングル行軍、そして再会

 

日本6周目、僕は再びここを訪れる。

冒頭で記載の通り、喜楽旅館は2019年の12月に幕を下ろすのだが、その数ヶ月前の訪問である。

 

喜楽旅館はいきなり廃業宣言をしたので、このときはまだ、これが最後の訪問になるだなんて考えていなかった。

(若干のカクゴはしていたが)

 

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ジャングル1

…廃墟。

僕は廃墟を見上げていた。

 

ここは、那須湯本温泉の静かな通りの一角。

廃墟となった旅館がチラホラと見受けられる。

 

那須湯本温泉の僕がいる付近の地図を、ここでご紹介したい。

 

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殺生石」は結構有名な景勝地だし、「鹿の湯」は相当有名な秘湯なので、参考として名前を載せた。

そして「雲海閣」はマニア垂涎もののボロ宿だ。

これらはまた機会があったら是非ご紹介したい。

 

まぁ何を隠そう、今回の僕はこれら全てを巡っている。

面倒なので徒歩で。

全て徒歩で充分に巡れる距離なのだ。

 

…ただ、地図を見ていただければおわかりの通り、喜楽旅館に行くにあたり、南側の車道からアプローチするのはさすまじい遠回りだ。

徒歩だとそこまで歩きたくない。今日は暑いし。

 

現在地から喜楽旅館まで、なんとか行けるルートは無いものか…。

 

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ジャングル2

…ま、あるんですけどね。

さっきの廃旅館の左脇に、こんな小道がある。

 

普通に車道を歩いていては気付かないし、気付いたところで入って行こうとは思わないような、かつては旅館専用の通用路だったかもしれない小道だ。

 

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ジャングル3

僕が確信をもってここを選んだのには、2つ理由がある。

 

  1.  前回訪問時、駐車場から宿まで歩いたさらにその先にも道が伸びていたから。
  2.  Webなどで訪問記録を読むと、「徒歩で廃墟を見ながら行った」という書き方が散見されていたから。

 

ほら、道の先に橋が見えてきたぞ。

これで川を渡れば、喜楽旅館は近いと思われる。

 

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ジャングル4

橋の先に、建物が見えてきた。

これは喜楽旅館ではない。

 

民家?現役??

とりあえず今回の僕には関係ないのでスルーし、さらに先に行く。

 

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ジャングル5

…ブッ!!

 

出たよ。ひどい雑草だ。

鹿の湯を出たばかりで汗が噴き出しているし、真夏の熱気で不快度はバツグンだ。

 

でも、掻きわけて進む。

進行方向にチラッと見えているのが、きっと喜楽旅館なのだから。
 

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ジャングル6

右手の眺め。

下に川が見えているのがおわかりだろうか。

それを挟んだ対岸に、さっきの廃旅館だ。

 

…さて、見えてきたぞ。

 

喜楽旅館、こんにちは。

 

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ダメージ建築12

安定の朽ちっぷりである。

雪が無いことで、さらにその破壊進行っぷりがよくわかる。

 

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ダメージ建築13

「うむうむ、今日も元気に崩れていますな」と、ちょっとほっこりする。

消火器は前回同様、ギリギリのところで落ちずにすがりついていた。

 

アクション映画のヒーローとヒロインみたいな絶妙のポジションだ。

「もう少し手を伸ばせ!俺が引き上げてやる!」みたいな感じで。

たぶん2回ほど失敗し、どうにか2人が手をつないだ瞬間、ヒロイン側の床が崩れ落ちて間一髪のシーンだと思う。

 

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ダメージ建築14

前回より一層崩れている。

天井の照明も布団の上に「ふこっ」って感じで顔面ダイブしている。

これ、気持ちいいヤツだ。

 

あと、FUJITSUの箱が消えている。

まさかオーナーさん、命がけで取りに行ったのか?

FUJITSUの箱の中、命をかけられるほど大事なものが入っていたのか…??

 

気にはなるが、まぁいい。

温泉に入ろう。

 

 

温泉への地下ダンジョン

 

まずは入浴受付についてご説明したい。

 

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受付1

上の写真で、喜楽旅館の構成がなんとなくわかると思う。

左が入浴施設。右がオーナーさんの住居(たぶん)。受付も右側だ。

 

奥が前項でご紹介した廃旅館であり、奥に続く道が僕が草を掻き分けてやってきた道だ。雪の訪問時は、カメラを構える僕の後ろ側からやってきた。

 

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受付2

反対側からの図をお見せしよう。

右が入浴施設。前述の軒下や植木鉢は右端に映っている。

左がオーナーさんエリアだ。

 

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受付3

サッシに「入浴・休憩 受付」と書かれている。

「すみませーん」と言いながらサッシをガラッと開けると、すぐ左にオーナーのおじさんいた。

 

冬のときはコタツ、夏のときは座卓。

そこでTV見てた。

一般家庭でくつろいでいるおじさんを突撃してしまった気分だ。

 

温泉に入りに来たことを告げ、入浴料の500円を払う。

おじさんは座ったまま腕と顔だけを動かし、外にいる僕からお金を受け取った。省エネな動作。

 

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受付4

ちなみに、「1回45分」と入浴時間の制限があるが、おじさんは「ゆっくりでいいからねー」と言ってくれた。

 

そして、「休憩・宿泊ができます」と書かれているが、宿泊はできない。

2012年とかそのくらいまでは宿泊業もやってきたそうだけどね、どうやらオーナーさんのお母さんが亡くなったり、オーナーさんもスタミナに懸念があったりで、入浴だけの施設なのだ。

残念だ。すごく泊まってみたかったが。生まれる時代が少し遅かった。

 

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受付5

おじさんにお礼を言い、サッシをまたガラリと閉める。

 

さて、ではいよいよ廃墟旅館の神髄を見ることになるぞ。

呼吸を整え、後ろの入浴施設を振り向く。

 

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受付6

内部潜入。

さっそく、靴を脱いでスリッパに履き替えるようだ。

 

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ダンジョン1

靴を履き、そして目の前の手すりから下を除く。

古(いにしえ)の迷宮が奈落に続いていた。

うん、浴場は下のようだね。

 

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ダンジョン2

螺旋階段を慎重に降りる。
木造だし写真のすぐ右側は前項でご紹介した大崩落ゾーンだからか、床は不安なくらいにギシギシいう。

 

生命をゆだねるハズの手すりは、異様に低い上にこれまた脆そうだ。

体重を預けたくない。

ついでに薄暗い。

ドキドキしちゃうぜ、最高だ。

 

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ダンジョン2

階段を降りた。

 

「竜巻でも通過したのか、この家は」

 

…みたいなロケーションだった。 

 

まぁでも大丈夫。

これが喜楽旅館の平常運転ですので。何も問題ない。

2回訪問すれば慣れる。

 

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ダンジョン3

天井のパーツは、何度数えても足りない。

1回目のときは、そりゃ少々驚いたさ。

 

天井って、こんな小学生が図工の時間に紙と糊で貼り付けるような感じで作っちゃっていいんだったっけ?…って。

 

僕も大雑把なO型なので大抵のことには動じないけど、これはO型の中でも最上級だ。王の中の王だ。

 

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ダンジョン4

あとね、2回目の訪問時はそれなりに補修されていたしね。

同じく階段の上の天井だ。

 

ちゃんとパーツが足りている。

うん、何も問題ない。きわめて正常な天井だ。

 

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ダンジョン5

ヤバいレベルで暗い。

たいまつが必要だと判断するよ、このダンジョン。

 

廊下に灯りはない。

無造作に置いてある洗面台に付属されているランプが、唯一の光源だ。

 

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ダンジョン6

正面奥が、浴場に続く通路。

右奥がトイレだ。

 

オブラートに包んでコメントしよう。

こういうレトロ系の施設では、女性に対して「確かに古いけど、掃除は行き届いていて綺麗なのだよ」っていうのが常套句だ。

 

しかしここはそれが通用しないぞ。強敵現る、だ。

 

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ダンジョン7

壁紙。

下から腐食の魔の手がやってきている。

「本当に壁に貼られた紙なのだなぁ、壁紙って」と思った。しみじみと。

 

 

そんな中での、極上の湯

 

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老松温泉の神髄1

地下の通路の途中に、浴場入口が見えてきた。

 

前項までの、入浴施設とオーナーさんの受付棟の立地を思い出してほしい。

狭い路地を挟み、その2つの建物が向かい合わせで建っていた。

 

たぶんだけどね、ここはその狭い路地の地下だ。

2つの建物のちょうど中間部分の地下だと思う。すっごい暗い。

 

そんな中でも、暖簾は綺麗だった。

「あ、さすが入浴施設。お風呂そのものは綺麗なのだろう。」

ちょっと期待して脱衣所を覗く。

 

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老松温泉の神髄2

 

なかなかにホラーな脱衣所であった。

 

 

温泉成分の腐食のためか、壁の鏡は周囲が真っ黒になっている。

じゃあ中央部分はちゃんと映るのかと言うと、これまたくすんでいて何1つ見えやしない。

 

まぁいいですけど。

きっと犬の糞を踏んだときみたいな顔をしているであろう、自分自身を見なくて済んだ。

 

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老松温泉の神髄3

脱衣所のロッカーは、鍵なんてない。

なんだったら扉も立て付けが悪くなっていて、半数ほどはしっかり閉まらない。


もういいや、風呂入る。

 

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老松温泉の神髄4

「あ、ステキかも」

 

ちょっとキュンとした。

 

浴場には窓があり、天然の光を久々に拝んだ気持ちになった。

平屋の地下に潜ってきたはずだが、実は裏側は川に面した崖だったのだ。

だから、地下なのだが川側には窓がある。

 

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老松温泉の神髄5

配管からは、ごぼごぼとお湯が出てくる。

かけ流しなのだな。

隣にはコップが置いてあり、飲泉もできるようだ。

 

浸かってみると、ややぬるめ。そして硫黄のやや癖のある匂いがする。

しかし柔らかいお湯。体の芯から温まる。

 

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老松温泉の神髄6

2回目のときには、常連と思われるおじいさんといろいろ話した。

 

「つい先日は、TVのクルーが来ていてね。俺の入浴風景を撮影していったよー。」みたいなことを話していた。

廃墟系温泉として有名なここは、度々TVやWebニュースなどで取り上げられるよな。

 

確かに特異な建物ではあるが、お湯は本物だ。

だからこそ、こんな状態でも人々に愛されているのだろう。

 

ふと天井を見ると、ベロベロに垂れ下がっていた。

これが落ちてきたら死ぬな、僕。全裸で死ぬな。

 

まぁいっか、気持ちいいし…。

そう思えるようなお湯であった。

 

 

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ダンジョン8

追加で少しだけ語ろう。

 

浴場のさらにその先は、漆黒の廊下が続いている。

ここからは、もうマジ真っ暗でほとんど何も見えない。

 

しかしスリッパを履いた足の裏で感じる床は、フニフニに柔らかい。

湿気を吸って朽ちて来ているのだ。

 

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ダンジョン9

数々の廃墟で見てきたが、朽ちた床は梁を残してグンニャリと陥没する。

歩く際にはこれに足を取られて床下に堕ちないようにしなければならない。

 

暗闇の中で、そんな陥没スポットを見つけた。

 

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ダンジョン10

この先は、かつての客室だったのだろうか?

もう放置されて荒れ果ててしまっているのかもしれない。

 

この老松温泉は硫黄などの酸性成分が非常に強く、あらゆるものを酸化させてしまうのだそうだ。

だから電化製品はすぐに壊れるし、建物も朽ちるのが早い。

しかもこのような半地下である上、常に温泉を通している以上、湿気の被害も甚大だ。

 

僕らには見えない、管理する側の多大な苦労もきっとあるのだろう。

 

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ここ数年、オーナーさんは「もう辞めたい」・「しんどい」と繰り返していた。

Web上では廃業のウワサが出回ることもあった。

 

それでもなんだかんだで営業を続けていた喜楽旅館のだが、2019年12月16日についに歴史に幕を下ろすことになったのだ。

 

Webニュースでそれを知った僕は、言い知れない切なさを感じた。

 

伝説が、終わったのだ。

 

 

しかし、お疲れ様、おじさん。

そしてありがとう。

1年遅れたけど、心からお礼を言いたい。

 

 

喜楽旅館のことは、きっと一生忘れない。

極上のエンターテインメントであり、極上のお湯であった。

僕の人生は、喜楽旅館を知ることで、また少し潤ったのだ。

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: 老松温泉_喜楽旅館
  • 住所: 栃木県那須郡那須町湯本181
  • 料金: 500円
  • 駐車場: あり
  • 時間: 年中無休 8:00~20:00

 

 

No:067【香川県】レトロな時計台はなぜ消滅した…?四国最北端の「竹居岬」を探ろう!!

四国本土の最北端。

 

 

そこは「竹居観音(たけいかんのん)岬」だ。

「竹居岬」と呼ばれることも多いが、本ブログではこのように呼びたい。

 

穏やかな瀬戸内海に面した、お寺の境内の浜辺に面した風光明媚な岬。

…少なくとも、2020年現在においてその岬を表現するなら、上記のようなフレーズが良いだろう。

 

しかし、僕は過去を振り返りたい。

過去、この岬の「四国最北端の碑」の上には、時計があったのだ。

 

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2020年現在はなくなってしまった、時計。

 

その経緯を知り、受け入れなければ、止まってしまった僕の時計は動き出せない。

前述の「過去を振り返りたい」は後ろ向きに聞こえるかもしれないが、そうではないのだ。

これは過去との決別の旅路だ。

 

 

庵治半島を徘徊する

 

北海道・本州・四国・九州。

日本の本土と言われるこの4つの大きな島、それぞれの東西南北端がある。

詳しくは、僕の書いた以下の【特集】をご参照いただきたい。

 

drive-ns.hatenablog.com

 

竹居観音岬は、この16岬の中で最も海に包囲された岬であろう。 

 

本州・四国・九州に囲まれた箱庭のような瀬戸内海に、チョコンと小さく突き出た岬。

豪傑・精鋭ぞろいの16岬の中では、「かわいい担当」だ。そんな気がする。

 

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そして実際岬からの景色やオブジェも、一般的にイメージされる岬とはちょっとテイストが違う。

 

「竹居観音岬って、他のどんな岬と似ている?」って言われても、答えられない。

全国各地の主要岬は全て踏んでいるにも関わらず。

 

だからこそ、竹居観音岬が愛おしい。

 

さぁ、ここからは過去5回ほど訪問したエピソードを配合してお届けしよう。

 

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アプローチ1

庵治半島

それは源平合戦の地で有名な「屋島」の半島の1つ東にある。

その先端へと向かう道を、僕は走っている。

 

半島の東側の付け根からアプローチし、そして気付けば半島の西海岸。

うん、全然気づかず先端をスルーしたらしい。

Uターンする。

 

そしたら半島の東海岸

明らかに岬の先端を既に通過している。

なんだここ。そういう系の怪談なのか??

 

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アプローチ2

そういえば、Webで調べたときに読んだことがある。

 

「すごくわかりづらかった」とか、「何10分も探した」とか、この岬に対する阿鼻叫喚の文言が並んでいた。恐ろしい岬!

※ 僕が初めて竹居観音岬を訪問した、日本2周目の時代の頃のこと。今はいくらでも地図情報が出てくる。

 

ここは無理せずに近くの人に尋ねてみよう。

 

近くに畑に焚き火をしているじいちゃんがいる。

この人、生まれてからずっとここに住んでいるに違いない。遠くに行っても高松市くらいまでな人生を歩んできたに違いない。

「ワシはここ庵治半島界隈のことなら何でも知ってそうな生き字引きじゃ」って顔して焚火を見ている。

 

YAMA:「あのー、僕は四国の最北端を目指して旅をしています。で、最北端の竹居岬に行きたいんですけど、どこですか?この近くだと思うのですが。」

 

じいちゃん:「ほぅ、四国の最北端がこんなところにあるのか?初めて聞いたわ。」

 

 

ダメこれ。

 

 

海岸ギリギリまで行き、海を見渡す。

最北端の竹居岬はここから見えているのだろうか。

近くに子供を遊ばせているおばさんがいる。今度はこの人に聞いてみよう。

すると、「ちょっとわかりづらいから気をつけてね!」って言い、丁寧に目印を教えて
くれた。

 

なるほど、何度も前を通過していたところなのか。

 

 

Googleマップストリートビューでは、ここだ。

右手前に大きく戻る方向の激坂。

これは気付かない。気付けない。

 

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アプローチ3

反対側から見ると、「四国北端 観音崎 竹居観音寺」と書いてある。

こっち方向であればわかりやすい。

ただ、記憶はあいまいだが、初回訪問の日本2周目のときは、この看板はなかったと記憶している。

 

件のおばさんは僕に対し、「たくさん幟が立っているところよ」と紹介したのだ。

当時はそのくらいしか目印がなかったに違いない。

 

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アプローチ4

「下ル」の文字がそそるね。

ポイントとしては、「竹居岬」・「竹居観音岬」とは書いていない点だ。

 

僕は初回訪問時は「竹居岬、竹居岬…。」と呟きながら探していた。

「竹居観音岬」として探していたら、幟だとか坂の入口に鎮座しているしている「竹居観音寺」の石碑を見て、「竹居観音寺=竹居観音岬」と連想できたかもしれない。

 

だからこの教訓を基に、冒頭の通り僕はここを竹居観音岬と呼ぶのだ。

 

 

激坂と最北端の碑

 

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アプローチ5

さて下ろうか、って感じなのだが、文字通り結構下るぞ。

「こんなに下っちゃっていいのでしょうか?」ってくらいの、奈落に続く激坂ですぞ。

 

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アプローチ6

ここで仮にブレーキが壊れたら、素晴らしい速度でこの坂をフォーリンダウンして、これまたうまい具合に隙間が空いているコンクリートブロックの狭間から瀬戸内海にダイブできる。

 

まぁその隙間の部分がまさに四国最北端の碑なのだが、後述するので今は待ってくれ。

こっちはエンジンブレーキを制御するのに必死なのだから。 

 

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アプローチ3

ちなみにだが、激坂を下らなくても坂の上に車1台がギリギリ停められるくらいの路肩がある。

日本2周目のステップワゴン、日本4周目のパジェロイオ、日本5周目のHUMMER_H3はここで待機してもらった。

「おい、バリバリ四駆のパジェロイオはなんで坂を下らなかった!」とクレームが来そうだが、僕はビビリかつ気分屋だからしょうがない。

 

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最北端の碑1

さぁここだ。

瀬戸内海に面した防波堤の切れ目。

 

そこを繋ぐように設置された朱色のレトロな時計。

その足元に四国最北端の碑がある。

激坂を降りてくれば、こうやって愛車と一緒に撮影もできるぞ。

 

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最北端の碑2

コンクリートブロックから覗く瀬戸内海の浜辺が美しい。

 

そして、1つ前の写真とは違い、時計の屋根がレトロブラウン(←今ネーミングした色の名前)に塗られている。

朱色がボロくなってきたので、きっと補修したのだ。

 

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最北端の碑3

うーん、でも僕は朱色の方が好きかな。

昭和テイストが溢れ出ている。

このくすんだオモチャのようなデザインの時計が胸にキュンキュン響く。

 

日本2周目を始めたころ、本土最突端16岬の存在を知り、Webを調べた。

そして竹居観音岬のこの時計を見たときの衝撃はすごかったね。

ひとめぼれした。

 

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最北端の碑4

「時計台のある岬」
まぁ探せばあるのかもしれないが、こんなにもインパクトがある場所を、僕は他には知らない。

 

この時計の屋根は、和風テイストだ。

竹居観音寺の敷地内にあるから、「寺」を意識したデザインなのだろうか?

変に洋風でないところが、また渋い。

 

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最北端の碑5

前回訪問時とは違う時間を指す時計の針が、年月の歩みも少し感じさせてくれた。

写真を見て、パッと訪問時の時間がわかるのもまた魅力であった。

 

ここには、数々の冒険の思い出がある。

 

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最北端の碑6

岬っぽくない岬。

武骨な防波堤の切れ目にある四国最北端。

 

少なくとも僕の中で、この岬の魅力を一気に押し上げていたのが、この時計だったのかもしれない。

 

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最北端の碑7

少し背後の激坂を戻り、時計の後ろに瀬戸内海を臨むのもまた好きだった。

 

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最北端の碑8

塗り替えられたとはいえ、相当年季の入った文字盤を見て、「この時計はいつまでここにあるのだろう?」と一抹の不安を感じたこともあった。

 

うん、正直深層心理は不安であった。

そして実際、近年この時計が撤去されてしまったのをWebで見たときには、少なからずショックであった。

 

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最北端の碑9

時計、オマエいったいどこに行っちゃったんだよ…?

戻ってくるの?

それとも、もう会えないの…??

 

それは、最後の項目で語りたい。

 

 

瀬戸内海を臨む浜辺

 

時計トークで熱くなり過ぎたので、竹居岬のロケーションについて、少々ご説明したい。

時計のある防波堤の裏は、 すぐ浜辺だ。

 

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浜辺1

時計のシルエットが浜辺に映るくらいに、すぐに浜辺になっている。

でも、浜辺すっごい狭い。すぐ海。瀬戸内海。

 

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浜辺2

その瀬戸内海がすごく綺麗なのだ。

穏やかで、心も安らぐ。

日本一、平和な気持ちにさせてくれる海かもしれない。

 

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浜辺3

小島が点々と浮かび、小舟が通過していく。

日本三景の松島かな?」とか思ってしまうような雰囲気だ。

 

僕はパッと見で島の名前とかはわからないが、「小豆島」も見えているらしいし、瀬戸内海を挟んだ先の本州も見えている。

 

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浜辺4

「最北端・最南端」、みたいに突端の地ってそれこそ文字通り「地の果て」っていうイメージがあるかもしれない。

しかしここは全然違う。

 

右も左も緩やかな海岸線。

そして対面には島もあるし本州もある。

 

地の果てではなく、むしろ世界の中心にいるんじゃないかなって気分だ。

ちなみに、大ヒット映画「世界の中心で、愛をさけぶ」のロケ地もここいら近辺に密集している。

僕は映画見たことないが、いいロケ地になったと思う。

 

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浜辺5

夕暮れ時、浜辺の端まで来てみた。

究極に静かで、もうここでそのまま寝てもいいんじゃないかと思うくらいだった。

 

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浜辺6

旅は心の洗濯だよね。

今の僕、洗濯されて汚れも落ちて、真っ白になりつつある。

たぶん柔軟剤も使っている。フワフワに柔らかい気持ちだから。

 

 

絶壁の竹居観音寺奥の院

 

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竹居観音寺1

時計から左側へと入ったところには、竹居観音寺の社殿等がある。

最北端の碑も境内だからね、ここに来たからにはお寺にも挨拶をせねば。

 

ここが本堂である。

すんごいガラス張りの本堂。

中から瀬戸内海一望の、オーシャンビュー本堂である。ステキ。

 

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竹居観音寺2

本堂から海沿いに少しだけ歩く。

この神社、まだ続きがあるのだ。この先が奥の院だ。

 

断崖の中にあるというのだから、見てみない手はない。

 

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竹居観音寺3

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竹居観音寺4

海ギリギリ。

いや、ギリギリどころか若干海上に、遊歩道ができている。

この断崖に沿ってさらに歩いてみる。

 

相変わらず海は穏やかだ。

なんだったら、ここから転げ落ちてもいい。

むしろ転げ落ちたい。

そんなレベルの静かな海だ。

 

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竹居観音寺5

まぁでもこの写真の通り、遊歩道はすごくガッチリしており安心感がある。

 

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竹居観音寺6

真新しい遊歩道だ。気の匂いが香ってくる。

 

たぶんだけど、2014年に綺麗になったのだと思う。

前年の2013年のときにも訪問したのだが、かなりの経年劣化が進んでいたからだ。

 

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竹居観音寺7

これが2013年版だ。

こっちのほうが「修験僧が修行している荒々しい地」って感じだ。

 

いや、でもそういう見方は失礼だよね。

お坊さんの足元、キチンと綺麗になってよかった。そう思おう。

 

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竹居観音寺8

最大のビュースポットがここであろう。

断崖の端の端にと立つ、奥の院の小さな鳥居。

 

こう言っちゃ失礼だけども、 さっきご紹介した竹居観音岬の四国最北端の碑のあったコンクリブロックよりも、よっぽど突端テイストを醸し出している。

あそこの端に立って、「四国最北端だー!」と言ったほうが絵になる。

 

でも、いいのだ。

あれはあれで最高。こっちはこっちで最高。

違った顔を楽しめる。

 

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竹居観音寺9

行き止まりだ。

正面は崖、左は洞窟、右は海。

ここが竹居観音寺の奥の院である。

 

中でお坊さんがお経を唱えている声が、ここまで聞こえてきたこともあった。

もちろん邪魔はできない。

 

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竹居観音寺10

奥の院が、これだ。お坊さんのいないときに訪問して撮影したものだ。

神聖な場所なので、これ以上踏み込んでの撮影は禁止されている。

 

どうやらここの由緒はね、昔「高松城」を作った人がここに観音像を奉納したことから、って感じなのだそうだ。

高松城から見るとここは鬼門の方向に当たるから、守り神が欲しかったのだろう。

なるほど、だから観音寺。

 

中に入り、そっと手を合わせた。

 

 

失われた時計

 

定期的に興味のある観光スポットのその後をWebで調べている僕は、もちろん知っていた。

その岬からシンボルの時計が失われてしまったことを。

 

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止まった時の中で1

日本6周目。

愛車の日産パオで激坂を下りながら、正面のコンプリブロックがやけにサッパリしてしまっている様子が目に入る。

 

「あぁ、やっぱりキミはいなくなってしまったんだね」

 

心のどこかで、少々落胆する。

 

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止まった時の中で2

少々雲は多いが、相変わらず海は綺麗だ。

しかし以前の姿を知っていると、少々寂しさがこみ上げる。

 

「これはこれでいいのだ。」

そう思いきることも需要だし、現にそう思う。

 

ただね、納得したいのだ。

僕自身が、時計のことをしっかり知っておきたいのだ。

 

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止まった時の中で3

そして、願わくば。

 

今後、ここを訪れる旅人・ライダー・観光客…。

かつて時計があったことも知らず、何も違和感を持たずに四国最北端到達を喜ぶだろう。

 

そんな人に、「かつてここに古くてかわいい時計があったんだよ」って、知ってもらえたら嬉しい。

そのためにも、僕は執筆する。

 

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止まった時の中で4

しかし、Web内のどこを調べても、時計がいつ撤去されたのか・なぜ撤去されたのか、情報を発見できなかった。

これでは供養も配信もできない。

 

11月末、本格的に調査してもらうことにした。

以下の内容は、「香川県観光協会」・「高松市観光交流課」・「竹居観音寺」の皆様に動いていただき、そして得られた貴重な情報だ。

 

調査期間中は、電話で進捗なども丁寧にご連絡いただき、大変に感謝している。

突端マニア冥利に尽きる。

 

①もともといつ、なんのために設置したもの?

1984年(昭和59年)度に、当時の庵治町高松市との合併前)によって設置された。
観光客の方へ庵治町の歴史・文化などなど庵治町のPRを行い、観光客誘致を図ることを目的としたもの。

香川県観光補助事業を活用して、設置したもの。

 

②いつ撤去してしまったの?
2016年(平成28年)度に撤去。

 

③撤去の理由はなに?
経年劣化によって故障し、正確な時刻を表示できなくなってしまった。

しかも、既に部品の生産が終了していて、修理不能な状態であった。

従い、止むを得ず取り外すことになった。

 

④今後代用品を設置するご予定は?
現時点では残念ながら予定はない。

 

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止まった時の中で5

…そっか。

もう代わりの時計も設置されないのか。

 

正直残念ではある。

でも、「止むを得ず」・「残念ながら」の単語の中に、時計への愛を感じた。

僕は竹居観音岬とは全然無関係な人間なのに、なんだか嬉しく感じた。

 

なーに。

まだ竹居観音岬には、四国最北端の石碑もある。

その足元には、四国の最北端と最南端を刻んだ地図プレートもある。

 

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止まった時の中で6

よく見ると文字がゆがんでホラーなことになっているけど、まぁいいのだ。

 

ホラー映画「リング」の呪いのビデオの1コマで、文字がこんな感じにゆがんで飛び散っていくシーンがあるけど、別にいいのだ。

 

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止まった時の中で7

最後のフレーズで盛大にズッコけて、何が言いたいのかわからない。

 

でも、 合併前の庵治町の文字があることや、香川県観光補助事業であることが窺える。

つまりは時計と同時期の、昭和後期の地図プレートなのかもしれない。

これはこれで貴重なのだ、きっと。 

 

過去に決別ができた。

止まっていた時間は、再び動き出す。

 

最後に、日本2周目で撮影した時計の写真を記念に載せておこう。

 

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お疲れ様、岬の時計

また来るよ。きっと日本7周目で。

 

ありがとう、竹居観音岬。

そして、ご協力いただいた各所の皆様、僕の稚拙な好奇心にお付き合いいただき、誠にありがとうございました。

 

※ ご担当様にはブログ掲載の旨の許可をいただき、当ブログも見ていただきました。わーい。

 

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: 竹居観音岬
  • 住所: 香川県高松市庵治町5340-1
  • 料金: 無料
  • 駐車場: 数台分あり
  • 時間: 特になし

 

No:066【長野県】ジョン・レノンの愛した軽井沢の喫茶店「離山房」で、思いを馳せよう!

2020年12月8日。

 

これが何の日かというと、偉大なるミュージシャンである「ビートルズ」のジョン・レノンの命日からちょうど40年目の日だ。

40歳でファンによって暗殺されたジョン・レノン

存命であれば今年80歳だ。

 

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そんなジョン・レノンが通った喫茶店が軽井沢にある。

これを機に、それをご紹介したいと考えた。

 

「だったら12月8日に公開すればよかったじゃないか」と考えた、あなた。

うん、僕もそう思ったのだが、気付いたのが遅かった。

12月8日は、どこぞの秘境駅の記事をニコニコしながら書いていたので無理だった。

 

まぁこの記事を執筆し始めたのが12月8日であるという、雑な言い訳をどうか受け入れてほしい。

 

 

隠れ家的な喫茶店

 

梅雨の来る少し前の、よく晴れたある日。

僕は友人と共に軽井沢に来ていた。

 

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軽井沢1

新緑が素敵だ。

植物たちは、今の時期が一番勢いがあるのではなかろうか。

 

そんな時期に、我々人間がワクワクしないはずはない。

これは本能なのだ。

ワクワクしながらドライブしてしまうことも、きっとDNAに組み込まれているのだ。

 

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軽井沢2

この日は、絶対にハズしたくない軽井沢の森の中のすんごい雰囲気のいいピッツェリアで、ピザを食べたのだ。

 

東北の某所で泥だらけになって震災復興のボランティアをしながら、「あのー、来週行きたいんですけど」と電話予約をしておいたのだ。

ズタボロの服装から一転、軽井沢に行ってもなんとか恥ずかしくないレベルの服装にチェンジし、本日こうしてやってきた。

 

気候もピザも最高だった。

人生史に残る、いいお店であった。

 

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軽井沢3

そして、ちょっと観光を挟みつつ昼下がりにやってきたのが、ここである。

 

「離山房(りざんぼう)」。

 

木立に囲まれた、知っていなければそのまま通り過ぎてしまうような隠れ家のような立地の喫茶店だ。

Googleマップストリートビューも、いい時期にここを走ってくれているので、以下に現地の写真を掲載しよう。

 

 

ここで優雅にコーヒーを飲みたかったのだ。

そうすれば、最高に軽井沢をエンジョイしている気分になれそうだろう?

 

そんな自分に酔いそうだ。

うん、そんな夢見がちな日があってもいいじゃないか。

 

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離山房1

ウッディな感じの温かみのある喫茶店

こじんまりとしているが、各所に草花が飾られセンスの良さを感じさせる。

 

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離山房2

このポーチのデザインがたまらない。

いつか庭付き一戸建てを建てられるとしたら、ポーチのデザインはここを見習いたいなって感じた。

 

 

テラス席でくつろぐ

 

オーナーのおばちゃんに迎えられた僕らは、テラス席をチョイスした。

この木漏れ日の下でコーヒーを飲んでみたいのだ。

それこそが軽井沢だと、勝手に定義づけたのだ。

 

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離山房3

丸太製のハンドメイド感のあふれるテーブルとイスが置かれたテラス席に座った。

 

上の写真は、テラス席から見る店内。

店内のカウンターもまた素敵そうだが、テラス席は風が通り小鳥のさえずりが聞こえる。森林浴も同時にでき、一石二鳥だ。

 

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離山房4

これ、好きだ。なんと呼ぶものかわからないけど。

数枚写真を撮っていた。

 

さて、何をオーダーしようか。

メニューを見て、僕はコーヒーとガトーショコラをオーダーした。

 

友人の1人は、「名物のカレーが食べたい」とか言っていたけど、カレーはランチタイムのみで既に終了しているとのことだった。

オーナーのおばあちゃんは、「次にボリュームがあるのはホットケーキよ」と案内してきた。

友人はその言葉につられ、ホットケーキをオーダーしていた。

食べ物の価値をカロリーでしか判断できないタイプか。

 

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ティータイム1

コーヒーとガトーショコラだ。
コーヒーはしっかり苦みが効いている。ガトーショコラは濃厚で、コーヒーとの相性がバツグンだ。

 

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ティータイム2

美味しいケーキは他でも食べたことはあるが、森の中で鳥のさえずりを聞きながら食べることは、あんまりない。

こういうシチュエーションで食べると、普段の3倍美味しく感じる。

 

僕は今、とても貴族的な気分になった。

軽井沢の別荘から、ふらりとこの喫茶店を訪れたような気持ちになった。

 

「泥だらけになって冒険したり、廃墟や廃村を探索したり、車中泊したりしている人の気が知れないね。休暇はこうやって優雅にコーヒーをたしなむに限る。」とか発言した。

 

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ティータイム3

ちなみにこの数日後、また東北の沿岸部で震災復興ボランティアをし、とんでもない土木作業をする。

だがこのときの本人は夢見がちなので、そっとしておいてやってほしい。

 

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ティータイム4

 

お布団。

 

 

…じゃなかった、ホットケーキだ。

フッカフカであり、そして巨大である。しかも2枚

 

その1枚だけでも、手を広げたよりも大きい。

これはとんでもないボリュームだ。

昼にピザを食べたばかりだというのに、友人の胃袋の宇宙的な広さに畏怖の念を抱く。

本人は大喜びをしていた。

 

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ティータイム5

シットリとフワフワの、ちょうど中間くらいの絶妙な記事のホットケーキ。

 

これは上質な飯テロ画像になるぞ。

深夜にこの写真を見ながら感想を執筆しようものなら、禁断の夜食に手を出しかねない。そのくらいの求心力のあるホットケーキだ。

 

僕も少し食べさせてもらった。

弾力に歯も唇も埋もれた。

「おいしい」よりも先に「うれしい」と感じてしまうような、ホットケーキであった。

 

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ティータイム6

ただただゆっくりと、時間が過ぎていった。

とても幸せなティータイムであった。

 

オーナーのおばあちゃんとも少々話したが、とってもユーモアがあって楽しいおばあちゃんだった。

 

 

ジョン・レノンの記憶

 

伝説のロックバンドであビートルズ

そのリーダーであり、世界的なミュージシャンがジョン・レノンだ。

ジョン・レノンは、この喫茶店に通っていた。

 

お店の歴史と共に、ジョン・レノンを振り返ってみたい。

 

 

*-*-*-*-*-*-*-*-*-

 

この離山房がOPENしたのは、1977年5月だそうだ。

 

一方、これまでビートルズとして忙しい人生を送っていたジョン・レノン

オノ・ヨーコ」との間に息子の「ショーン」が生まれたのを機に、音楽業を少々休止し、主夫となった。

 

そして1977年から、夏の間は3ヶ月ほど家族で滞在し、軽井沢もその拠点としていた。

「万平ホテル」というところに泊まっていたそうだ。

そこから家族と自転車でフラフラ近所を走っていたらしい。

 

とあるとき、離山房創立者の友人からここの存在を知った、ジョン・レノン一家がこの店を訪ねてきた。

 

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ジョンの追憶1

ジョン・レノンはこの店を気に入り、常連客になったそうだ。

 

そして、次の年である1978年も、さらに翌年の1979年も、軽井沢長期滞在時にはここに来るようになったという。

 

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ジョンの追憶2

さすがに超有名人なので店内ではいろいろ不都合がありそうだったので、一家がもっぱら使っていたのは、お店の敷地内にある東屋であった。

 

その東屋は、現在もしっかり残っている。

ジョン・レノンは、この東屋でノンビリと過ごしていたのだ。

 

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ジョンの追憶3

ジョン・レノンは、ここで幼いショーンの身長を木に刻み付けたりした。

 

そのときのシーンは店内に写真で残っている。

そして、その木は今もあり、身長を測った痕跡が残っている。

 

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ジョンの追憶4

また、最後の訪問の年であった1979年に、若かりし頃のオーナーのおばあちゃんと一家とで、東屋の前で記念撮影した写真も、パネルになっている。

 

この店には、いたるところにジョン・レノンの思い出があるのだ。

最後の1979年には、ジョン・レノンはこの店にメガネとライターを忘れていった。

 

「また来年に来たときに、返そう」と思っていたが、それを本人に返すことはできなかった。

 

 

1980年に音楽活動を再開し、にわかに忙しくなったジョン・レノンだが、今から40年前の1980年12月8日、暗殺されるからだ。

 

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ジョンの追憶5

世界中がショックを受け、嘆き悲しんだことだろう。

僕はビートルズの活躍もジョン・レノンの死もリアルタイムでは知らない。

 

しかし、2009年にキング・オブ・ポップと称されたマイケル・ジャクソンが急死したときの世界の衝撃なら知っている。

ジョン・レノンのときも、世界はあのようになったに違いない。

 

なお、忘れ物のメガネやライターはその後遺族に返却され、レプリカが今も店内に展示してある。

 

 

ビートルズファンの聖地である、この喫茶店

2020年現在はさらにオーナーさんも代わり、既に例のおばあちゃんは引退されているが、伝説の息づく貴重なスポットだ。

 

さて、さっきご紹介したホットケーキに再びご注目いただきたい。

 

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ジョンの追憶6

わかるかな?

お皿の右上から、ジョン・レノンが覗いているのが。

 

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ジョンの追憶7

3方位にジョン・レノンの似顔絵が描かれた、特別製のお皿だ。

これを見てみるのも楽しいかもしれない。

 

 

さて、少し日も傾いてきた。

このまま寝れるほどにいい気候だが、そろそろ僕らは家路につく。

 

おばあちゃんに別れを告げ、貴重な体験に感謝をして、車に乗り込んだ。

 

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: 離山房
  • 住所: 長野県北佐久郡軽井沢町長倉塩沢820-96
  • 料金: コーヒー700円、他
  • 駐車場: あり
  • 時間: 10:00~17:00(冬季休業・水曜定休)

 

No:065【宮城県】まさに仙台の秘境!!奥新川駅に行く途中で渓流を発見したので遊んだ!

杜の都、仙台。

東北一の都市である。

 

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しかし、この仙台市も西の外れまで来ると、都市とは言い難い大自然のアドベンチャーゾーンが現れる。

 

知的で洗練された都市としての表の顔と、ワイルドでアグレッシブな裏の顔

そんな相反する2つの魅力を併せ持つ町、仙台。

 

…なんだそれ。

恋愛マンガとかでこんなキャラいたら、女子どもを無双できるではないか。

仙台に対する嫉妬心から、書いててムカついてきた。

 

でも、一度決めたからには書こう。

今回は「奥新川(おくにっかわ)渓谷」のお話だ。

 

 

ダート走行

 

仙台市青葉区の「作並温泉」。

山形県との県境付近の山間部に位置する、宮城県内の著名な温泉の1つである。

 

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作並温泉1

宮城県山形県を結ぶ、この緩い峠の快走路を、ご老体の愛車である日産パオがゴキゲンにブリブリ走っている。

 

この子、これから自分がどんだけワイルドな道を走らされるのか気付いていない。

不憫な子、かわいそう。

 

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作並温泉2

国道48号の、ここ。

作並駅作並温泉の、ちょうど中間付近の何にも無さそうなところで、突如として冒険が始まるので注意だ。

 

 

念のため、ストリートビューも貼っておいた。

軽トラの後ろ姿が、この先の不安を象徴しているようでいい仕事してくれている。

 

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作並温泉3

赤い看板に示されている、「奥新川(おくにっかわ)駅」

これが今回の目的地だ。

 

しかし、その上からそば屋の「スグソコ 車で1分」の矢印に、若干覆い隠されている。

そば屋に押し負けている駅。

この力関係が正しいことを、この後僕は思い知る。

 

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これが、作並温泉と奥新川を取り巻く世界観だ。

今回の記事では、この中の「奥新川渓谷」に絞ってご紹介したい。

 

奥新川駅については、続編で執筆するからご期待いただきたい。

 

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渓流への道1

気持ちのいい森林浴だ。

初夏、最高。

コロナ禍で息の詰まるような思いをして来た2020年夏、この束の間の逃避行で、僕の心は再び息を吹き返そうとしている。

 

車の擦れ違いもギリギリ可能そうだ。

 

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渓流への道2

1分後。

アスファルトがお亡くなりになりました。

短い命だったなー…。

 

さっきの国道に「車で1分」と書かれていたそば屋を過ぎたら、アスファルト消えた。

アスファルトはそば屋のためのもの。

駅に行く人?そんなの砂利道を通ればいいじゃないか。

そういうヒエラルキーだ。

 

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渓流への道3

道はボコボコだ。

しかもそれなりの急勾配で登っていく。

非力な愛車のパオが唸る。がんばれ。

 

 

調子に乗って、もう1枚Googleマップストリートビューから画像をいただく。

擦れ違い不可。雨が削った溝が、えげつない深さ。

 

このときは梅雨の末期。

道路は泥グチャだし、路面も相当削られているし。

パオの馬力で果たして攻略できるかどうか、本気で心配になる。

 

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渓流への道4

路面がしっかりしていて、かつフラット、そして路肩スペースもちゃんとある場所を発見した。

さながら砂漠のオアシスか。ちょっと車を停めよう。

 

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渓流への道5

景色がいい。一面の緑。

僕は今、山に抱かれている。

 

でも、ここは宮城県の県庁所在地、仙台市なのだ。

仙台市内のとある駅に向かっているだけの物語なのだ。

 

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渓流への道6

山の中には、赤い鉄橋が見えた。

仙山線の鉄橋。

 

角度的に、廃駅「八ツ森駅」のあたりではなかろうか?

あとで八ツ森駅も探索してみよう。

 

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渓流への道7

写真を撮っていたら、後ろから車がやってきた。

よし、あの車をペースメーカーに利用させていただこう。

 

「アニキー!」みたいなテンションで着いていくんだけど、全然無理だった。

あっちは四駆。こっちはボッコボコで非力のパオ。

 1分で視界から消え失せた。

 

小さい頃、一生懸命ついてくる弟を、クラスメイトの亮二と共に自転車で彼方まで突き放したりしていたんだけど、そのときの弟の気持ちが今わかった。ゴメン弟。

 

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渓流への道8

昨日まではずーっと雨だった。

なんんだったら、今日もホントは雨予報であった。

晴れているのは、アレよ。僕の晴れ男パワーに他ならないのよ。

 

そんなだから、路面に水流が現れた。怖い。

 

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渓流への道9

写真ではよくわからないだろうが、すっごい流れているからね、これ。

もう名前を付けてあげたいくらいの川だ。

何級河川だろう?

 

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渓流への道10

国道から15分ほど走ったところで、トンネルが現れた。

「北沢隧道」という名前らしい。

 

これが出てきたということは、もう渓流は目の前だ。

 

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渓流への道11

ピカピカのトンネル。路面もアスファルトだ。

ここは文明に感謝するゾーンだ。さぁ文明を讃えろ、と。

 

 

渓流と吊り橋

 

着いた。

パオからはプシュ~って蒸気が上がりそうな状態になっていた。

 

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奥新川の渓流1

駐車場は無い。路肩に駐車する文化のようだ。

全部で7台くらいは停められるだろうか?

2台後ろが、さっき僕を突き放していった四駆である。釣り人だった。 

 

写真のすぐ右手が「新川川(にっかわがわ)」の川原だ。

後で知ることになるのだが、ここから奥新川駅方面に数10m走って橋を渡った先に、広い駐車場があった。

そこは20台くらいは停められそうだったし、公衆トイレもあった。

 

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奥新川の渓流2

これが駐車場とトイレだ。

青い車の左奥から、川原に下りることもできる。

 

しかし苔むしていて道も岩もメッチャ滑るし、木々の中で蚊も尋常じゃない数が発生している。

 

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奥新川の渓流3

結論、駐車場側から川に下りるのはキケンである。

木々の間から川を撮影しつつ、慎重に下にいってみよう。

 

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奥新川の渓流4

なかなか激しい流れ。梅雨だからだろうな。

でも、水はすごく澄んでいて冷たそうだ。

 

前述の通り、ここは山形と宮城の県境付近。

「関山峠」 というのが県境の峠だ。

この川の源流もそのあたりだろう。

 

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奥新川の渓流5

源流にほど近い、穢れのない水が流れていると感じた。

ステキだ。

僕は穢れしか知らないオトナになってしまったけど、この川を見ていると心が落ち着くわ。

 

そして、向こうには簡素な吊り橋も見えた。

 

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奥新川の渓流6

吊り橋、いいな。

橋が好きな僕はあそこに行ってみたい。

 

川のこっち側からアプローチは大変そうなので、車道の橋を渡り、向こうの橋のたもとまで直接行ってみよう。

 

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合流点橋1

うわー…。

アスレチック感がハンパないですぜ。

 

「合流点橋」という名前らしい。右の立て札にそう書いてある。

 わかりやすさとボキャブラリーの無さを兼ね備えたようなネーミングだ。

 

なんでそんなネーミングなのだろうか。

 地図を見てみると、新川川と南沢という小さな渓流がここで合流している。

なるほど、よくわかった。

 

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合流点橋2

しかし残念なお知らせだ。

この橋、渡るべからず。

 

倒木や土砂崩落もさることながら、橋自体も老朽化でデンジャラスなのだそうだ。

少々残念。

この貼り紙はかなり新しく今年のものであるような気がするし、Webサイトを見ても大体皆さん、こんな阻害行為に合わずに橋を渡ってらっしゃる。

 

僕、ちょっとだけタイミングが遅かったようだ。

 

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合流点橋3

橋板だけで見ると、そこそこ綺麗なように見えるのだがね。

たぶん支柱がくたびれて来ているのだろう。

 

先ほどの橋の全容の写真をご覧の通り、ただでさえ「定員5名」と書かれていた橋だ。

支えられる人数が徐々に減り、今は0名になってしまったというわけだ。

 

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合流点橋4

せっかくなので、川原から橋を見上げてみようと思う。

そっちの方がきっと、絵になるはずだ。

 

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合流点橋5

…ん?

橋の真ん中に、かまぼこ板みたいなものが引っかかっていますぜ。

よく見てみよう。

 

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合流点橋6

「合流点」

 

メッチャ書いてある。

そっか、まさにあそこで2つの川が合体しているのだな。
 

下から出ないとあのプレートの存在には気づけなかったが、上から合流ポイントを見下ろしてみたかった。

 

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合流点橋7

あぁ、この構図ステキ。

秘境の夏休みって感じ。

 

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合流点橋8

実際、周囲には誰もいない。

さっき釣り人が1人いたけど、ザブザブ川を歩いてどっかいっちゃったし。

 

そういやあの人、熊鈴をつけていたな。

人間はいないけど熊はいるのかな。怖いこと山のごとし。
 

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奥新川の渓流7

さらに奥側を覗き込む。

なんか川がもうもうと水蒸気を発生させている。

 

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奥新川の渓流8

ちょっと引きで見ると、こんな感じだ。

淡い緑色の渓流。大自然の代名詞のような色合いだ。

 

まさに仙台市の秘境である。

県庁所在地でありながらも秘境要素までカバーしている、仙台市の懐の深さよ。

 

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奥新川の渓流9

橋の下の川原に座り込み、僕はしばしこの渓流を眺めていた。

時を忘れるかのような流れであった。

 

…で、本当に忘れていたことがあったことに気付く。

 

僕は奥新川駅を目指していたんだった。

「国道から駅に行く」という、文字にすれば極めて日常なことをしたいだけなのに、なんだかアドベンチャーな感じになっていたのだった。

 

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奥新川駅へ!

立て札がある。

奥新川駅までは、ここから1㎞。

歩いて18分という。

 

いや、車で行くけどね。熊出るみたいだし。

 

…というわけで、続編の奥新川駅編は、またの機会にご紹介しよう!!

 

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以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: 奥新川渓谷
  • 住所: 宮城県仙台市青葉区新川
  • 料金: 無料
  • 駐車場: あり
  • 時間: 特になし

 

No:064【大分県】九州最東端の要塞跡地、「鶴御崎」!展望ブリッジから紺碧の海を臨む!

九州本土の最東端。

 

 

その地は「鶴御崎(つるみさき)」という岬である。

 

佐伯市の外れの外れ。

長いクネクネ道をひたすら走り、ようやく攻略できる岬だ。

 

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しかし、それだけの価値のある岬だ。

四国と九州に挟まれる「豊後水道」に突き出した地にて、最高のロケーションを味わってほしい。

 

僕も何度か訪問しているが、その中で日本4周目~6周目の3回の訪問分をブレンドして、その魅力をお届けしようと思う。

 

 

ゆとりを持った計画を

 

北海道・本州・四国・九州。

日本の本土と言われるこの4つの大きな島、それぞれの東西南北端がある。

詳しくは、僕の書いた以下の【特集】をご参照いただきたい。

 

drive-ns.hatenablog.com


この16岬の中で、四天王と呼んでもいいんじゃないかという岬が4つある。

「トドヶ崎」・「蒲生田岬」・「佐田岬」・鶴御崎だ。

 

うん、鶴御崎も四天王にエントリーしている。

判断基準が何かというと、この岬1つを目指すだけで(場合によっては)半日くらいを要するということ。

厳密に言えばそれぞれの岬の近所には他の景勝地もあるのだが、まぁそこは少し誇張して表現してみた。

 

※僕個人の見解なので、異論ある人もいるでしょうけど、そこはご理解いただきたい。

 

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しかしながら、16岬コンプリートのためにはここに行かねばならぬ。

今回の記事が、大いなる栄光を手にするための、ほんの少しのご参考になればと思う。

 

 

まずは、鶴御崎の位置をおおまかにご説明しよう。

 

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なかなかにワイルドな行程の果てに鎮座している。

 

佐伯市中心部からクネクネ道をアクセスし、その後どこに行くにしても、また佐伯市中心地近くの国道まで引き返すのがベターだ。

 

つまり岬へのアプローチを旅の行程に組み込むだけで、甚大な時間を消費する。

「スケジュールに余裕を」が、ここに行くにあたっての僕らの合言葉だ。

 

ちなみに僕はいっつもカッツカツで汗だくの到着であり、合言葉ガン無視である。すまない。

 

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アプローチ1

からしばらくは、国道388号の快走路が続く。

ここいらはノンストレスのドライブを楽しめる。

 

前述の図でいう「鶴見豊漁祭」のあたりから、ちょっと胸がザワついてくるかもしれない。

 

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アプローチ2

あ、ちなみに僕は前述の図内の各スポットは訪問済みだが、それはまたいずれかの機会でご紹介したい。

 

四天王の他の岬と比べると、立ち寄りできるスポットがやや多いように感じられる。

時間に余裕さえあれば、ちょこちょこ各所での観光や休憩を挟みながらのアプローチが実現するかもしれない。

 

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アプローチ3

海沿いの道がクネクネクネクネと続く。

道幅は極端に狭いというわけではないが、中央線もないしこのスラロームなので、スピードは出せない。

 

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アプローチ4

景観だけは、すっごいい。

のどかな漁港風景が、遮るものなく左手にすぐに広がっているのだ。

 

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アプローチ5

前方には、これから走る道がずーっと見えている。

終盤までひたすらに海沿いだ。

 

ちなみに、「夕日に間に合うかどうかギリギリだ」みたいな時間帯に、鶴御崎を目指すことはオススメしない。

クネクネして全然進まない距離に、じれったさMAXになることを保証できるからだ。

 

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アプローチ6

岬の駐車場まであと20分は掛かるというにこんな光景が見えてしまったら、絶望しか感じないだろう?

まぁそれ、僕のことなんですけどね。

 

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アプローチ7

たぶんだけど、少しずつ道は綺麗にメンテナンスされてきている。
やや狭いものの、路面状態はとてもいい。これはありがたい話だ。

 

最後の4㎞程は、一気に内陸部となる。

急坂を上り、グネッた道を攻略する。

 

 

 一箇所だけわかりづらい場所がある。

それを上にGoogleマップストリートビューから掲載する。

 

これは右が正解だ。左に行くと明後日の方向に迷い込むので注意だ。

もちろん、注意力散漫かつカーナビ未使用での訪問が多い僕は、道を間違えた経験ありだ。

あのときは困ったが、母親譲りのの天真爛漫さで持ち直した。

 

 

かつてのミュージアムパーク

 

そろそろ鶴御崎の先端だ。

岬一帯は、かつて「鶴御崎ミュージアムパーク」と呼ばれた有料の敷地だったためか、現在も綺麗に整備が行き届いている。

 

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ミュージアムパークの名残1

ここがかつての料金所だ。

ゲートが残るだけで、無料でスルーできる。

 

右側には「平成18年4月より入園無料」と書かれた看板がある。

平成18年は2006年だ。

ずいぶん昔の情報を掲げ続けている。

 

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ミュージアムパークの名残2

僕がこのゲートを最後に確認したのは、2016年のことであった。

 

その後、正確なタイミングは不明だが、このゲートは撤去された。

ただし、ゲートを支えていたコンクリートの擁壁は撤去が困難だったのか、残っている。

あるいは、木製のゲートなので老朽化による崩壊の懸念があったのかもしれない。

 

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ミュージアムパークの名残3

昨シーズンである2019年の秋、僕はここを再訪した。

そのときのゲート跡地が、上記だ。

きれいさっぱり。

 

しかし、右手に喫茶店の廃墟がまだ残されていた。

サンヨーコーヒー」の電光看板がまだ残っているのがもの悲しい。

 

ちなみにだが、僕は有料時代の末期である2005年秋にここを訪れている。

当時、ここのゲートで300円払ったと、手記に残っている。

 

2005年以前は、有料だっただけにもっと設備が充実していたりしたのだろうか?

ちょっと気になり、Web検索したのだが、情報は得られなかった。

古いツーリングマップルも見てみたが、特筆すべき情報もなかった。

 

また、2005年時の僕は岬の先端にしか興味がなかったので、それ以外のものは目に入っていなかったし。

 

とりあえず、無料開放に感謝。

 

 

展望ブリッジからの絶景

 

岬の先端の敷地内には、「展望ブリッジ」という設備がある。

 

突端マニアにとってここはメインとはならないが、一般観光客にとってはここがメインになると思う。

絶対見ておくべき絶景だからだ。岬の先端からの景色の比ではない。

 

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展望ブリッジ1

岬の先端で道路が行き止まりとなる1km手前に、この看板が出てくる。

これを絶対に見逃してはならない。 

 

1㎞も距離があるし、道路は狭くてクネクネなので、ちょっと歩きたくはない距離だ。

しかし展望ブリッジへの遊歩道脇に、専用の駐車場がある。

「行き止まりまで突っ走るな、1㎞手前で車を停めろ」をあらかじめ頭に入れておいてほしい。

 

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展望ブリッジ2

日本5周目で訪れたときは、「もうダメだ、絶対太陽沈んだわ」と諦めていたところ、ここで再度太陽が顔を出した。

これからダッシュで展望ブリッジまで駆け登れば、ギリギリ日没に間に合うかもしれないなって考えた。

 

説明書きを見ると、展望ブリッジまではここから上りの山道。

「10代で4~5分・20代で4~6分・30代で6~7分」だそうだ。

よーし、じゃあ僕は走って3分で行くわ!

丁寧な忠告を無視し、年齢の垣根を超越するわ。

 

真冬だけど、このあとのハードな運動を鑑みて上着は素早く脱ぎ捨てた。

このときの僕、きっとすごくかっこよかったと思う。

誰も見ていなかったのが残念だ。

 

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展望ブリッジ3

僕は既に薄暗くなってきている木立の遊歩道に突入した。

 

「うおぉぉぉーー!!」って階段を駆け上った。

中学時代の雨の日の部活と、通勤電車に乗り遅れそうなときくらいしか発揮しなかった、埃を被っていたガッツが久々に稼働した。

 

ガンガン走って、普段運動不足なのにムリするから「ゲホォッ!!」ってなったりした。

 

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展望ブリッジ4

だけども負けない。
ここで立ち止まったら、夕日が沈んでしまう。

 

せっかくここまで頑張って、狭い道なのにデカいHUMMER_H3で頑張って運転して来たのに、ここでの1分の甘えが、取り返しのならない事態を招く可能性もあるのだ。

休んでいる場合じゃない。

 

 

展望ブリッジが見えてきた。

最後の心臓破りの登りだ。

歩道橋みたいな展望台を、力を振り絞って駆け上る。

 

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展望ブリッジ5

3分30秒で丘の上の展望台に到着した。

 

これ、10代は4分で到着って書いてあったけど、ムリじゃね?

どっかで走らないと絶対間に合わなくね??

もう喘息のじいさんみたいにゼーゼーいってるけど、僕。

 

… で、夕日は …??

 

 

DEAD  or  ALIVE ??

 

 

 

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展望ブリッジ6

 

夕日に間に合ったーーー!!!

 

 

もう山の稜線ギリッギリよー!!

どうだ見たか、僕の筋肉!そして不屈の精神!!

 

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展望ブリッジ7

真冬の夕日は、他の季節とはまた違った魅力がある。

短い昼の終焉に、もの悲しさを感じる。

 

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展望ブリッジ8

展望ブリッジに到着してから日が沈むまでは、わずか2分であった。

無理矢理年齢をさかのぼって、出せない力を出したがゆえに見れた絶景だった。

 

そんで、日が沈んだところで少し冷静になり、思った。

「ん?なんで僕は最東端で西に沈む夕日を見れているんだ??」って。

 

冒頭に周辺図を載せた通り、奇抜なかたちの半島なので場所によっては西への見通しが効くのね。

そして、ここ高台であることも有利に働いたのだろう。

一番東で西の海への日没を見る、というファンタスティックな経験ができた。

 

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展望ブリッジ9

岬の先端である東側を見ると、淡い空と海の中に、灯台が浮かんでいた。

なんという素晴らしい眺め…。

汗が急激に冷えて身震いをしたが、この身震いは決して寒さだけが理由ではなかった。

 

ここを快晴の日に眺めたら、いったいどれだけの感動となるのだろうか…!!

 

 

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展望ブリッジ10

やってきた。

日本6周目の僕がやってきた。

 

「今日は暑いよー、クラクラするよー。」と、シチュエーションが変わったところで文句がとどまるところを知らないのは、以前と一緒だ。

 

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展望ブリッジ11

 


あおーーーーーーーーい!!



灯台のお手本」みたいな風景だ。

180度、水平線が見える。そして緑豊かな丘が連なる。

 

縁起でもないけど、死ぬ前にベッドの上で回顧したい風景の中にノミネートさせてやろう、って思った。

 

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展望ブリッジ12

ただただ、海の香りむせかえるような緑の匂いを肺一杯に吸い込む。

 

夏休みだ。

今の僕は、古来から伝わる夏休みの理想像を実現していると自負する。

周囲には誰もいないが、誇らしい気持ちだ。

 

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展望ブリッジ13

さぁ、次はあの灯台まで行こう。

 

よく見ると、灯台の白い建物が、若干灰色の古びた建物と融合している。

その理由も次項で話そう。
 

 

白亜の灯台と戦争遺構

 

再び車に乗り込んだ僕は、灯台を目指してアクセルを踏む。

軽く丘を1つ越えた先が、灯台である。

 

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鶴御崎灯台1

谷を挟んで対岸に灯台

目線の高さは、今一緒だ。なんかすごい高揚感。

 

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鶴御崎灯台2

駐車スペースこそないものの、ここからの眺めは穴場の1つだと思う。

頑張って駐車して撮影している人を、時々見かける。

 

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鶴御崎灯台3

僕もチャレンジしてみたことがある。

日本4周目を担当してくれた、パジェロイオだ。

 

白い愛車と白い灯台

どちらもほれぼれする。

 

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鶴御崎灯台4

車道の突き当りの駐車場までやってきた。

 

実はさらに車道は灯台までは続いているのだが、一般車両はここまでだ。

公衆トイレもある広い駐車場が実質の終点なので、覚えておこう。

灯台までは緩い登り坂を徒歩5分ほどだ。

 

ちなみに日本2周目のときは例外だった。

「ここから歩くの嫌だなー。もっとラクな人生を送りたいなー。」と思っていたら、トイレ掃除を終えたスタッフさんがそれを察してくれたみたいで、「ちょうどこのあと灯台まで行くから、この軽トラの助手席にに乗っていきなよ」って提案してくれた。

 

もちろんホイホイついていった。

「九州一周車中泊ドライブしていて、九州東西南北端巡りの最後がここなのだー」とか、スタッフさんに話したりした。

 

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鶴御崎灯台5

灯台前だ。

園芸職人さんが丹精込めてカットしたかのように、植栽が美しい。

ここからのアングルは、非常に絵になると思う。

 

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鶴御崎灯台6

どちらも2019年の昨シーズンの写真だが、もう1枚掲載しよう。

 

灯台の右側の灰色の建物。

これは鶴見崎砲台の遺構だという。

(岬は鶴崎だが、砲台は鶴崎と表記するようだね)

 

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鶴御崎灯台7

冒頭で記載の通り、鶴御崎は豊後水道に鋭く突き出す岬だ。

そして反対側の四国からは佐田岬が突き出している。

 

だからここに砲台を設置すれば、瀬戸内海への敵軍艦の侵入を防ぎやすいというわけだ。

 

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鶴御崎灯台8

ちなみに、2010年代の前半に灯台直下の植栽が少し変更されている。

以下に2011年秋の写真をご紹介しよう。

 

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鶴御崎灯台9

モジャッぷりがすごい。

着目点は2つある。

灯台の右下と、左奥の植栽だ。これが後年大幅にカットされているのだ。

 

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鶴御崎灯台10

あなたは、「園芸マニアでもあるまいし、そんなことどうでもいいよ」と感じてしまっただろう。

 

僕も園芸マニアではない。

しかし、周囲を見て回った後、これが次世代の鶴御崎の方針を示す大きな根拠になるのではないかと感じたのだ。

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鶴御崎灯台11

これはまだ植栽がジャングル化していたころに、灯台の左奥に入り込んで撮影した写真である。

 

右手に重厚感ハンパない壁面が見える。

これが、かつての要塞である「鶴御崎海軍望楼」の一部だ。

 

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鶴御崎灯台12

ちょうど植栽が変更されたくらいのタイミングで、ここにも変化があった。

 

白い綺麗なコンクリの展望台が上から被さるように設置されていて、しかもその柱は何本も戦争遺跡を貫通するような感じで建てられていた。

展望台には、カップルで一緒に鳴らす鐘みたいな、なんだかファンシーなもんがくっついていた。

僕はいつもロンリーなので、そういう鐘には1ミリも興味がなかったが。

 

とりあえずね、今までは鬱蒼としていて木々に隠れていた要塞跡。

綺麗さっぱりさせて、見せる部分はもう見せる。

そして、そのデザインを多少は流用し、新たな観光資源としての展望台設置。

 

過去を隠すわけでも忘れるわけでもなく、次の一歩に進んでいる。

いろんな意見があるだろうが、僕はそれでいいんじゃないかと考える。

 

 

九州最東端の碑

 

ついに、突端マニアの真の目的地だ。

ここは、先ほどご紹介した灯台の左奥、要塞を見ながら進んだ小道の突き当りの広場にある。

 

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最東端の碑1

広場の中央にブッ刺さる標柱。

その上にはミラー加工された鳥が舞う。

 

ここまで来る観光客は若干少ないが、僕にとってはこの碑が何よりも大事だ。

 

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最東端の碑2

素晴らしくいい天気。最東端の碑も、この青空に映える。

背後の海も美しい。

 

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最東端の碑3

下部にはここの経度・緯度の記載がある。

側面には、ここの住所も刻んである。

 

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最東端の碑4

「The east end of Kyushu」

英語圏の人も、これを見て喜べ。

 

…僕がこれだけ喜んで、この碑を撮影するのにはワケがある。

実は2000年代前半までは、この碑はボロッボロだったのだ。

 

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最東端の碑5

これが、日本4周目で撮影したもの。

 

デザインこそ同じだが、年季の入りようが別次元だ。

古民家に置いてあったら、薪と間違えて囲炉裏にくべてしまいそうなほどの木材っぷりだ。

 

印字もずいぶん薄い。近づかないと読めない。

 

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最東端の碑6

ちょっと離れて撮影すると、これだ。

ただの黒い棒と化す。何が何だかわからない。

 

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最東端の碑7

例えば、九州最東端を踏んだことでテンション爆上げの僕が、碑の背後で飛び跳ねたとしよう。

でも、こうなる。

「なんでこの人、柱の後ろで飛んでるの?」くらいになる。

 

柱の文字が読めずに、僕は撮影に苦慮していたのだ。

 

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最東端の碑8

だから、日没後のトワイライトタイムでもしっかり柱の文字が読めるようにリニューアルされているのを目の当たりにしたときは、とても嬉しかった。

 

しかも、以前のものと同じデザインということで、愛を感じたし。

 

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最東端の碑9

2020年12月現在は、まだWikipediaの鶴御崎のぺージにて写真が掲載されているが、先代の碑は本当に限界まで頑張ってくれたのだ。

 

ja.wikipedia.org


足元グラッグラになり、3方位から荒縄で繋がれてなんとか立っていた状態。

終電間際の酔っ払いのおじさんレベルに、周囲に介抱されてまで、役目を全うしてくれた。

すごいありがとう、って思った。

 

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最東端の景色1

この碑のある広場からの眺めだ。

木々が多く、広がりはあまりない。

 

展望ブリッジのレベルが高すぎるのでここの評価はかなり霞んでしまう。

しかし、木々の間から覗けば紺碧の海が覗いている。

 

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最東端の景色2

木々に抱かれるように見える海もステキじゃないか、って思う。

 

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最東端の景色3

佐伯市の中心地から遠く遠く離れた、緑多き岬なのだ。

戦争の記憶がなくなることは無いけれど、緑豊かな憩いの場として、今後も発展してほしいと心から思う。

 

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最東端の景色4

少し西側を振り返る。

太陽の下で、海はキラキラと輝く。

 

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最東端の景色5

夕暮れの中で、同じアングルで西を眺める。

海と空の中で、仄かに赤く染まる。

 

時間を割いてきたかいがあった。

なんと素晴らしい岬なのだろう。

 

 

そして僕は再び車を走らせる。

太陽の進む方角へと。

 

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以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: 鶴御崎
  • 住所: 大分県佐伯市鶴見大字梶寄浦字鶴御崎
  • 料金: 無料
  • 駐車場: あり
  • 時間: 特になし