週末大冒険

週末大冒険

ちょっと出かけてみないか。忘れかけていた、ワクワクを探しに。

No.254【奈良県】和製ピラミッドの「頭塔」!!今だけ丸見えで千載一遇の見学チャンス!

日本にもピラミッドがある。

正確に言うと「ピラミッドみたいだね」って言われている建造物がある。

 

それが「頭塔(ずとう)」。

 

 

今までは周囲全てを建物に囲まれていて、なかなか見るのにコツが必要だったスポットだ。

ただし2023年1月現在は、一部の建物が解体されてほとんど丸見えになっている。

これは千載一遇のチャンスだ。

 

はい、ここまで156文字。

Twitterであればあとはちょこっといらない表現を削って、上限文字数である140文字に収まり、ストーリーは完結する。

 

ただしこれはブログだ。

文字数の制限は半無限大なので、もう少し詳細をご説明しよう。

じゃ、行こうぜ奈良県!!

 

 

夕暮れの路地裏にて

 

特は夕暮れ。

…とはいってもまだ17時前なのだが、1月の日没は早い。

日没最速日から1ヶ月が経過したとはいえ、まだまだ早い。

 

頭塔に着くころにはもう日が沈んでしまっているかもしれない…。

ちょっと焦る気持ちで僕はアクセルを踏んでいた。

 

ピラミッド訪問1

悔しいので、到着20分前の写真を掲載しておく。

今日は快晴で1月なのに3月中旬並みの気温で、最高だったのだ。

 

ただし僕が頭塔近辺に到着するとほぼ同時に、太陽は地球の向こう側にお隠れあそばせた。

クソ、ちょっと飛鳥エリアの古墳巡りに夢中になりすぎていた。古墳が最高すぎたのだ、クソッ。

 

ピラミッド訪問2

やってきたのは、まるで江戸時代の宿場町のような古風でコミカルな町並み。

車の擦れ違いが難しいほどに狭いが、静かな雰囲気で車の通行はほぼ皆無だった。

 

だけどもここ、あなたも大好きな「奈良公園」の敷地のすぐ南側なんだぜ。

他にも「興福寺」・「春日大社」などからも徒歩圏内なので、気になるなら最後に掲載するGoogleマップを元に、あなたの奈良観光のコースに取り入れて欲しいんだぜ。

 

ピラミッド訪問3

どれだけ僅差で日没に間に合わなかったか、わかるよね。

電柱の上半分にはまだ日が当たっているのだ。

 

僕がもし身長4mであれば太陽を拝むことができるだろう。

だけども日本人男性の平均身長を大きく割っており「170cmない男は人権ない」と発言して炎上したという女性プロゲーマーから見たら人権無い僕なので、文字通りこれから日影でヒッソリ行動します。

 

ピラミッド訪問4

あ、路地の右手に「仲村表具店」さんがある。

 

ご説明しよう。

頭塔を見るためには、ここのお店の方に見学したい旨を申し出る。

そして頭塔の敷地に入るためのゲートの鍵を借りるか、あるいはお店の人に開けてもらって、晴れて頭塔見学ができるシステムだ。そう聞いている。

 

ピラミッド訪問5

どうにも入りづらいビジュアルのお店だけどな…。

 

そして気になっているのが、少なくとも2022年の暮れ時点では、Googleマップ上で頭塔は「臨時休業」と書かれているのだ。

奈良県自治体公式Webを調べてみると、このように書いてあった。

 

史跡 頭塔 見学の一時中止について

 

頭塔内部の修理工事等のため、見学の受付を中止します。

中止期間:令和4年(2022年)12月1日から当面の間

再開時期が決まりましたら、このホームページでお知らせします。

 

むむ、タイミング悪かったな…。

 

ピラミッド訪問6

僕は淡い期待を抱いてこの仲村表具店をあえて通るルートで頭塔に向かったのだが、見た感じ営業している様子ではなかった。

従い、頭塔の敷地に入る手段はない。

 

…ならばだ。

本題に戻るが、「今だけ丸見え」の特権を活用させていただこうと思う。

 

 

現れし荒野の頭塔

 

車を近くのコインパーキングに入れると、僕は頭塔の敷地の北東側を目指して歩き出した。

ここで頭塔の周辺のイメージMAPをご紹介しよう。

 

MAP1

頭塔はとんでもない守備力を誇る。

ご覧にように、建物に完全包囲されていて道路からはまったく見えないのだ。

 

仲村表具店で鍵を借りて南側から入るアプローチが一般的であるが、鍵を開けてからしばらく内部に進まないと頭塔は見えない。

 

ただ、1年ほど前に事件が起きた。

頭塔の北東に立ちはだかっていた「ホテルウェルネス飛鳥路」が取り壊されたのだ。

その要因は2020年にコロナ禍の影響で休館となり、そのまま廃業して2021年に解体されたそうだ。

 

コロナによる観光業のダメージは胸の痛くなる話だが、結果として頭塔の北東部に空き地が生まれた。

 

MAP2

これが今回のカラクリだ。

今までのように鍵を借りなくっても、車道から頭塔を見ることができるのだ。

 

しかも、今までは頭塔の周囲全てがピッチリ建物だったので、遠目で全体像を眺め、それをカメラに収めることは不可能だった。

だが今はそれができる!

 

現れし頭塔1

見えた!

階段状のピラミッド!

 

ホテル跡地の空き地が荒野のようで、なおさらピラミッド感が出ているなぁ!

…すまん、それは言い過ぎた!興奮しすぎた!

 

現れし頭塔2

東側から見た全容はこのような感じだ。

写真左奥が頭塔である。

 

手前に広がるホテルの跡地、右に看板が立っているが2023年1月現在は「売物件」である。

まだしばらくここに何か別の建物ができることはないだろうが、ずっと空いたままとも考えにくい。

タイトルに「今だけ」という文言を入れたのも、こういう理由からなのである。

 

写真の左隅にあるのは、「椿地蔵尊」といい、お地蔵様が祀られた小さなお社であった。

 

現れし頭塔3

すぐ横にはこの地蔵尊の由緒が書かれた説明板もあったが、ちょっと表現が古風なために僕はあんまり理解できなかった。

まぁ今回のターゲットは地蔵尊ではないので、サラッと流してしまおう。

 

重要なのはそこではないんだ。

僕はこの地蔵尊を見ていたときに気付いたポイントなんだ。

 

現れし頭塔4

地蔵尊の右から、頭塔方面に続いていそうな細い路地がある。

しかもここはギリギリ元ホテルの敷地ではなかったのだろうか?

境界線のようなロープがホテル跡地との間に張られている。

 

入っていいのか、ここ…?

手前に三角コーンが置かれており、それが向かって右手にある工事資材の一部としてただ単に置かれているだけなのか、それとも立入禁止を示しているのかわからない。

 

現れし頭塔5

ちょうど近所の人が地蔵尊に来ていたので、「ここ、入っていいんですかねぇ…?」と聞いてみた。

「大丈夫だと思うよ」という旨の返答をいただいた。

 

地元の方がどれだけご存じかは微妙だし、そのコメントに責任を押し付けてしまうわけではないが、心強いコメントをいただいたので入ってみよう。

 

現れし頭塔6

テクテク歩く。正面が頭塔だ。

右手の空間がすんごいな。

世界的価値のある奈良の町のかなりの一等地なのに、廃業してしまって残念だ。コロナの威力に改めて恐怖する。

 

現れし頭塔7

歩きながらもう1枚、荒野を撮影した。

写真では表現が難しいが、実際は青空だったんだよってのをわかっていただきたくて。

 

左端が頭塔である。

今でこそ住宅の中に埋もれているが、できた当時はどんなロケーションだったのだろう…?

 

現れし頭塔8

そんなことを考えているうちに、一瞬で頭塔前まで来た。

歩道はここで行き止まりだ。

 

それでは次章、頭塔をこの歩道の突き当りからと、いろんな角度の車道から見た図をご紹介したい。

 

 

頭塔とはなんなのか?

 

頭塔…、かっこいいよ頭塔…。

 

頭塔を眺めて1

この頭塔は一辺が32mの正方形であり、7段の段差で高さ10mまで石組みを積んでいるとのことだ。

雰囲気はエジプトのピラミッドよりも、マヤとかのピラミッドに似ているなって思った。

 

頭塔を眺めて2

「奈良のピラミッド」と言われるこの頭塔、そもそもなんなのか。

本当にピラミッドなのか。

 

結論、ピラミッドではない。

仏塔の一種なのだそうだ。

じゃあ仏塔ってなんだよって話にもなるだろうが、仏塔はデカいものは五重塔のようなもの、小さいものは燈籠みたいだったりする。

定義も形もバリエーション豊かであるが、偉いお坊さんの遺骨だとか経文とかを中に収めて祀る塚・塔・シンボル的なものが仏塔だ。

 

ただしこんな形のものは類がないらしい。

(正確には大阪の「土塔」がちょっとだけ似ている)

 

頭塔を眺めて3

じゃあこの頭塔は仏塔の一種とのことで、何が収められているのか。

 

正解はお坊さんの頭だ。

うぇっ、マジっすか!

奈良時代のお坊さん「玄昉(げんぼう)」の首塚との伝承があり、だから頭塔という名称がつけられたんだって。

そう聞くとなんだか恐ろしくなってきたぜ。

 

上の写真、本来鍵を借りたら歩ける歩道が目線のちょっと上に見えている。

歩道を使えば頭塔の周囲をグルリと歩けるそうだが、よほどの広角レンズを使わないと全体イメージを撮影できないのがネックだったのだそうだ。

 

頭塔を眺めて4

少し引きで見ると、ピラミッド頭頂部に「僕が仏塔と聞いてイメージしやすい物」がチョコンと乗っている。

なるほど仏塔。

そして下の7段は、アイツに箔をつけるためのオプションなのか?…とか思ってしまう。

 

頭塔を眺めて5

あの7段にももちろん意味はある。

瓦屋根がチョビチョビくっついているのがおわかりになるだろう。

あの屋根の下には仏像が彫ってあるのだ。その数、実に44体。

 

頭塔を眺めて6

仏像は浮彫り(2.5次元)、あるいは線彫り(2次元)であり三次元にはちょっと足りないこともあって、僕の写真ではわかりづらいと思う。

 

しかしこの1つ1つの瓦屋根がかわいいし、それぞれの屋根の下に仏像がいると思うとキュンとする。

奈良時代の仏像アパートだよ、これ。仲良く暮らしてほしい。

 

頭塔を眺めて7

頭塔がしっかりと発掘調査され、このように綺麗に復元されたのは意外と最近で、1986年から2000年までをかけて行われたのだそうだ。

それまではパッと見では遺跡・史跡とはわからない、木々の生い茂った小山だったらしい。

 

そういう扱いだったから、周囲全部建物になっちゃったのだね、納得。

それが再び日の目を見れて嬉しく感じる。

 

頭塔を眺めて8

そして、今後頭塔がどのような道を歩んでいくのかも、また気になる。

 

もうちょっと一般人が見学しやすいシステムで、そしてロケーションも整えられるといいけどなぁ…。

いや、でもこの鍵を借りるという面倒な見学方法もマニア心をくすぐられるしなぁ…。

 

頭塔を眺めて9

夕暮れの奈良の町。

そんなことを考えつつ、ホテル跡地を左手に見ながら、僕は残照に向かって歩き出した。

 

 

エピローグ

 

コインパーキングまで戻ってきた僕は、愛車の目の前を見て「あぶねっ!」ってつぶやいた。

 

エピローグ1

愛車の日産パオの前、なんか配管の蓋部分がハデに割れていた。

最初からだっけ?入ったときはどうだったっけ?

 

エピローグ2

とりあえず踏まないように気を付けて発進した。

ここでタイヤパンクとかしたら、このあとの旅路に多大なる影響が出る…。

管理会社とかに連絡した方がよかったのかな。そこまで頭が回らなかったな…。

 

エピローグ3

そのあと、奈良の山間部を走りながら残照を眺めた。

眼下には奈良盆地の夜景が見えていた。なんだこれ感動。

 

エピローグ4

ありがとう奈良県

最後に奈良盆地を振り返ったあと、このまま僕は次の三重県へと向かう…。

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: 頭塔
  • 住所: 奈良県奈良市高畑町921
  • 料金: 協力金¥300(敷地内に入る場合)
  • 駐車場: なし。近所のコインパーキングを使用のこと。
  • 時間: 9:00~17:00(敷地内に入る場合)

 

No.253【岐阜県】税金無駄使いと叩かれた「日本まん真ん中センター」!その実態を探れ!

「日本まん真ん中センター」。

 

「キング of 税金無駄使い」で真っ先にイメージされる建造物かもしれない。

 

その名称から想像がつく通り、日本の真ん中をアピールする施設。

岐阜県山間部ののどかな町に、22億円をかけて造られた巨大な町おこしプロジェクトの産物だ。

 

しかしわずか3年で「いや、オマエ日本の真ん中じゃないし」となり、従ってその価値も無くなり、訪れる観光客はほぼゼロに…。

 

 

…話変わるが、ここであなたに紹介したい男が1人いる。

その男、価値が無くなって以降のその施設に3回訪問している。

直近では2023年に入ってからも行っている。

 

この偉業を聞きたいだろう、そうだろう。

日本まん真ん中センターが歩んだ悲劇の物語と共に、それを語ろう。

 

 

かつての日本の人口重心

 

さてさて、まずは今回僕が訪問する日本まん真ん中センターが何なのかをご説明せねばなるまい。

この施設をひとことで言うならば、かつて(1995年)の日本の人口重心だ。

 

…どういうことだろうか?

 

 

それはこんな感じのイメージだ。

「日本人全員の体重がピタッと吊りあいの取れる点」ってことだ。

ちなみに日本の国土の重さは関係ない。人間の体重だけで吊り合わせる。

 

もちろん、1人1人の体重なんてデータベース化できないから、日本人が全員同じ体重だと仮定しての計算となる。

そして、「日本人全員、静止しろ」とか言えないから、住民票のある地にいると仮定しての計算だ。

その計算式が以下だ。

 

 

あー、はいはいなるほどねー、これがそれで、ああなって…。

…1ミクロンもわからない。

 

まぁとにかくだ。

5年に一度行われる国勢調査、1995年に実施したらだ、岐阜県郡上市美並町白山が人口の重心地だとわかったのだ。

当時はここは美並村っていう小さな村だったんだけどさ、いきなり「ここが日本の人口重心地です」みたいに言われて、村人は喜んじゃったよね。

 

まん真ん中の悲劇1

 

22億円をかけて、とんでもない施設を作った。

 

 

その名も日本まん真ん中センター

「ここが日本の真ん中である」とアピールしているネーミングだ。

1997年にOPEN。

 

さぁさぁ日本中の観光客よ、ドッチャドチャにここに集まれ!

日本の中心に集まれ!!

 

そんなテンションで造り上げてしまった施設ではあるが…!

 

まん真ん中の悲劇2

国勢調査は5年に一度行われるぞ。

つまり人口重心地も徐々にズレるってことだぞ。

 

悲しいことに、5年後、つまりまん真ん中センターOPENから3年後の2000年の国勢調査で、人口重心地はとなりの旧武儀町(現在の関市)に移ってしまったのだ。

 

まん真ん中の悲劇3

じゃあこれは何?

 

そうです、人口重心地でもなんでもない村にただポツンと残された、名前だけ「まん真ん中」の虚しい巨大施設です。

莫大な建築費と、莫大な維持費だけがかかるハード面でもソフト面でもカラッポの箱です。

観光客?ぜーんぜん来ません。

 

…ってそれは悲しすぎる!!

このままでは終わらせたくない!終わらせない!

 

 

僕は日本の中心を巡る

 

ほら、客がやって来た!

フガフガと心もとないエンジン音を山間の村に轟かせなからやってきたのは、日産パオ。僕の愛車だ。

 

まん真ん中の悲劇4

そしてダダッ広い日本まん真ん中センターの駐車場に滑り込む。

いや、ホント広いなこの駐車場。

東京ドーム何個分だよっていう広大なスペースに、車ゼロ!3連休なのにゼロ!!

 

なぜ僕がここに来たのかというと、ここが日本の中心の1つだからだ。

人口重心地だって日本の中心

だって自分で「まん真ん中」って名乗っているしな。

 

そして過去の日本の中心ではあるけれども、僕は時間軸とかはあまり気にせずに一様に日本の中心を愛す。

だからここを訪問したのだ。今まで3回も。

 

あ、僕は今しがた「日本の中心の1つ」と書いた。

そうなのだ、もうあなたも薄々勘づいている通り、日本の中心は複数ある。

 

drive-ns.hatenablog.com

 

ぶっちゃけその数、30ほどもあるのだ。

詳細については上記リンク先の【特集】をご覧いただきたいが、人口重心地しかり、日本の中心にはいろんな定義があるのだ。

 

定義の数だけ、日本の中心があるのだ。

そしてこの無数の日本の中心を全部巡ってみたいと夢見ているのが、この僕だ。アホでしょ。

 

まん真ん中の悲劇5

人口重心地だって、先ほどのご説明の通りズレて行っている。

つまり日本まん真ん中センターは人口重心地(1995)だが、人口重心地(2000)」人口重心地(2005)」もあるのだ。

ちなみに僕はそれらもちゃんと訪問して踏んでいる。

 

まずは2000年版が以下だ。

すごく辺鄙な山中にあって大変だった。

 

drive-ns.hatenablog.com

 

そして2005年版が以下だ。

ローカルな集落の山間部で、これまた大変だった。

 

drive-ns.hatenablog.com

 

人口重心地の碑はどんどん簡素化していき、2005年版を最後にあんまり耳にしなくなった。

もちろんその後も国勢調査をもとに割り出しているが、人口重心地は私有地になっちゃったりして、盛り上げ困難だったりするのだ。

それにどうせ5年ごとに移動するし。

 

だから僕も2005年版を最後に、追いかけるのを辞めている。

ちょっとこれ、キリがないしさ…。

 

では改めて、レジェンド級ともいえる1995年版の日本まん真ん中センターの話に舞い戻ろう!

 

 

それは巨大な日時計だった

 

車を走らせていて出てくる案内板に、僕は少しだけうんざりした。

日本真ん中苑・日本まん真ん中の駅・日本まん真ん中温泉・まん真ん中の里・まん真ん中広場…。

 

既にゲシュタルト崩壊している。

何回まんまん言ってるんだ、オマエは…。

 

怒涛の真ん中アピール1

そしてまんまん言えば言うほど、その後の傷が深くなることを、まだ当時のこの地は知らなかったのだ。

歯がゆい。未来人の僕から見たら、それが無性に歯がゆい。

 

怒涛の真ん中アピール2

まん真ん中センターは、まん真ん中の里の中にあるそうだ。

そこに向かって小高い丘へとハンドルを切る。

 

怒涛の真ん中アピール3

…すると行く手にまん真ん中広場が見えてくる。

はいはい、わかったわかった。

一周回って、僕はもう無表情なのである。

 

怒涛の真ん中アピール4

敷地内に車を乗り入れると、頭上にヤジロベエのようなオブジェが見えた。

日本の人口がここで吊り合うからヤジロベエなのだろう。

今は吊り合ってないけどな。バランス崩して倒れるだろうけどな。

 

驚異の日時計1

そして、改めて駐車場なのである。

すさまじく誰もいない。本当に開館しているのかと不安になった気持ちもわかっていただけるかと思う。

 

僕の愛車の背後の建物が、日本まん真ん中センターだ。

すごく不思議なフォルムの建物。きっと設計費・建造費共に普通の建物の比ではなかったのだろう。

 

実はこれ、日時計なのである。

世界最大級の日時計

 

驚異の日時計2

ほら、中央にピンが立っているようになっているでしょ。

あのピンの影が日時計の針になるの。

その時計のサイズ、37.3m(みなみ)。うわ、ダジャレ…。

 

しかしこの日時計、致命的な欠点が2つある。

1つ目は文字盤(つまり建物)が高すぎて、ピンの影が地面まで投影されないこと。

影を見て時間を判断するのが日時計なのに、その影が(ほぼ)できないのだ。致命的。

 

2つ目は、建物自体が文字盤だけど、その文字盤を見ることができなこと。

屋上に出れるのなら見られるかもしれないし、ドローン飛ばしたら見られるだろうけど、普通の方法じゃちょっと無理。

ま、そんな僕らが簡単にできる方法といえば…。

 

驚異の日時計3

はい来たー!Googleマップ衛星写真だ!

誰も見えないところに文字盤の数字が中途半端に「9・10・11・12・1」だけある!

 

あとは意外なことに建物の北部の地面に「9・10・11・12・1・2・3」がある。

これ、現地では気付かなかったわ…。

 

敷地内を巡る1

これは敷地の片隅にあった、普通サイズの日時計

…ところでなんでここ、そんなにも日時計をアピールしているのだろうね。

これはナゾ。

 

敷地内を巡る2

あと、駐車場の向こうには不動明王みたいなヤツもいる。かなりデカいぞ。

しかし造形がかなり独特だぞ。

こういう彫刻は細部まで作り込むのが難しいので、全体的にパーツが胴体にギュッと固まって人形焼きみたいになっている。

 

アレかな?

江戸時代の修験僧「円空さん」の作品がモチーフかな?

ここいらから円空の木彫り像が多く見つかっていると聞くし。

 

敷地内を巡る3

足元の台座を見たら、「夢と希望」と書かれていた。

それがこの彫刻の名前?夢とは?希望とは??

この不動明王にも、まん真ん中センターにも当てはまらないなって思った。

 

敷地内を巡る4

建物の程近くにはポストがあり、その上にはなんだかコミカルな博士みたいなキャラクターが座っている。

これ、当初は「日本の真ん中のポストです」みたいなアピールをしていたんだろうなぁ、間違いない。

ボロボロのポストに、色あせた博士が哀愁を誘う。

 

それではいよいよまん真ん中センター内に入館しよう。

 

 

まん真ん中センターの真髄を見よ

 

中はとっても静かで、そして誰もいなかった。

 

いや、正確には受付のある事務室みたいのがあり、1人スタッフさんがいた。

しかし入館無料なこともあってか、こちらを気にするそぶりも無かった。

 

お互い干渉しないほうが穏便…ってことだと思う。

「どうせチラッと見て2・3分で出て行くだろう」くらいに思われているだろうし、実際ほとんどの観光客がそうであろう。

 

センター内部1

センター内の一部には「円空研究センター」というのがあり、ここだけ入場100円だそうだ。

しかしここの受付には誰もいないし、奥の方が電気が消えている。

さっきの事務所内の人に声を掛ければ入れてくれるかもしれないけど、そこまでの情熱は僕には無かった。

 

センター内部2

500人収容できるというホールもあるらしい。

しかしそんな人数が集まる用途があるのだろうか…。

あとは会議室もあるそうだ。

 

それはそうと、もったいぶっていないでメインのエリアをお見せしよう。

 

驚異の日時計4

これがメインフロアだ。

「いや、何もねーじゃん。駐車場と一緒じゃん。」とか言わないでいただきたい。

似て非なる空間なんだから。

 

まずは写真中央を見ていただきたい。

天空からピンのようなものが床に刺さっている。これ、見覚えあるだろう?

 

驚異の日時計5

そうなのだ。

あの巨大な日時計の柱が建物の上空から伸びて、天井越しに建物内まで刺さっているのだ。

驚異の日時計!!

 

おや、その柱に何か文字が書かれているな。

 

驚異の日時計6

 

日本のまん真ん中 美並!!

 

 

もうとにかく隙あらば真ん中であることをアピールする。

それだけがアイデンティティ

柱の後ろ、見づらいけどポストの上にもいた博士キャラが座っている。

 

驚異の日時計7

この姿を見て思ったんだけど、ヤジロベエをモチーフにしたキャラなのかもね。

ポストの上では普通に膝をかかえて座っていたから全然わからないよね。どこにも説明が無かったし。

 

さて、これだけだったら「すごい日時計ですね」で終わりだが、着目していただきたいのはこの日時計の柱の一番下、つまり先端部分だ。

 

驚異の日時計8

日本列島にブッ刺さっている!!

どこ?日本のどこにブッ刺さっちゃっているの!??

 

驚異の日時計9

もちろん指し示している先は美並です。日本まん真ん中センターです。

あと、正確にはブッ刺さっているわけではない。よく見てほしい。

 

驚異の日時計10

はい、ミリ単位で寸止めだ。

大事なこの村、傷付けたくないもんな。

 

この寸止め技術は、日本で1人しか施工できない職人にオーダーし3億かかりました。

ウソです。

でもすごいこだわりを感じた。

 

あとね、実は3つ前の日本地図を見下ろすような構図の写真、ずいぶん前に2階のテラススペースから撮影したのだ。

2023年もそこから撮影しようとしたのだが、断念した。

 

センター内部3

なぜなら2階へと上る階段が真っ暗で怖かったからだ。

2階は図書館であり、休館することもあるそうだけど、この日は休館日じゃなかったのにな…。

事務室の人に聞けばきっとすんなりOKいただけたのかもしれないが、僕はビビリちらかして撤退した。

 

センター内部4

昔の写真だが、2階も真ん中アピールに余念がなかったぞ。

「もうやめて!とっくにまん真ん中センターのライフはゼロよ!」

 

ちなみに上の写真に写っているモニターのようなものは起動しなかった。

あと、数年後には写真内の日本地図は半分くらい剥がれ落ちたらしい。無残…。

 

センター内部5

1階に話を戻そう。

床の巨大日本地図を取り囲むように展示があるので、それを見ていきたい。

 

展示の内容の8割は日時計についてだ。

日時計の歴史、日時計の種類、日時計の構造…。

 

センター内部6

…あれ?ここって日時計センターでしたっけ?

僕らは日時計の勉強をしにここに来たんでしたっけ?

 

なんだかキツネにつままれたような気持になるが、とりあえず事実としてここは日時計博物館である。

真ん中センター?なにそれ。

 

センター内部7

例のヤジロベエ博士も、もう日時計の話しかしない。

日本の日時計、世界の日時計、いろいろだ。

 

…こう書くと日時計の情報や展示がさぞかし充実しているように思われるが、実は空間はスカスカで閑散としている。

ネタ切れをどうにか埋めようと必死になっている感じがうかがえる。

 

センター内部8

あとは、唐突に1階フロア内に巨大な天体望遠鏡が出てきた。

なにこれ。ワクワクするじゃん。

その手前には何やら説明書きとボタンがある。

 

センター内部9

北極星の説明が書いてある。

普通に考えると、天体望遠鏡北極星の方向を向いているのだろう。

 

手元のボタンには「押して下さい」と書かれている。

おや、昼間だけどもこのボタンを押せば北極星がちゃんと見えるとか、そういうハイテクギミックなのかな?

ちょっとドキドキしながらボタンを押し、望遠鏡をのぞいてみた。

 

…何も見えなかった。真っ暗。

 

センター内部9

つーか、望遠鏡のすぐ先に障害物あるじゃねーか、このやろう。

見せる気あるのか。

大人はウソつきだな、まったくもう…。

 

センター内部10

裏口付近には、「日本まん真ん中センター 薬草木園ボランティア」と書かれた大きな掲示板があり、おそらくこの周辺の草木の写真や標本が飾られていた。

ご案内パンプも傍らに置かれていた。

 

あ、これは好き。

内容が好きかは置いておいて、こういう地域の方を交えた活動がちゃんと生きているのが好き。ほのぼのする。

 

 

明日は我が身なのかもしれない

 

ここまで日本まん真ん中センターのことをマイルドにディスってしまった。

美並の方がこれを読んだらちょっと悲しい気持ちになってしまいそうで、その点は本当に申し訳ない。

 

しかし残念な位置付けの建物であることは事実だし、僕も正直ガッカリな気持ちになったのも事実だったのだ。

 

まん真ん中の悲劇6

今もこの施設には、維持のために年間3000万円が使われていると聞いた。

本当なのであれば、財政は大ピンチであろう。

だけども、このまま放置するわけにもいかないし、取り壊すのも巨額だし、にっちもさっちもいかないのかもしれない。

 

少し考えれば、5年に一度の国勢調査ごとに人口重心地は変わるのだから、一過性の注目を踏まえた上での施策が妥当だったのかもしれない。

まん真ん中センターが「今」しか見ずに突っ走ってしまったのは否めないが、他人事のように「アホだなー」と笑えるのだろうか?

 

どんなコンテンツも栄枯盛衰があり、箱モノは経年劣化し扱いが難しくなる。

例えば以前書いた兵庫県の「世界平和大観音像」も、似たケースかもしれない。

 

drive-ns.hatenablog.com

 

バブル期に流行った巨大仏像系は、劣化が進んで今後の10年後、数10年後の扱いに対する不安の声が聞こえ始めてきた。

鬼怒川温泉」・「清里駅前」のように爆発的に栄えたが、今は廃墟群となってしまっている場所もある。

 

いつかやってくる衰退までの過程を、ギュッと圧縮して見せてくれているのが日本まん真ん中センターなのかもしれない。

 

まん真ん中の悲劇7

敷地からは、もうすぐ目の前に東海北陸自動車道の美並ICが見えている。

こんなにもいい立地なのに。

 

難しいよね、観光業の未来を考えるっていうのは。

ジャンジャン壊して、常に時代のニーズに合う新しい物を作って行ければいいけど、地方都市はそうもいかないしね。

 

…だからこそ、ここが愛おしい。

僕はここがまぎれもない、日本の中心の1つだと思っている。

 

人口重心地が動かず、ここが人気を保持する世界線も見てみたかったけどな。

 

さよなら、博士

出発時に再びポストを見る。

博士、寂しさをまぎらわすように無理矢理笑顔を作っているように見えた。

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: 日本まん真ん中センター
  • 住所: 岐阜県郡上市美並町白山430-4
  • 料金: 無料
  • 駐車場: あり
  • 時間: 9:00~17:00(月曜定休)

 

No.252【宮崎県】白亜の火山「硫黄山」!噴火警戒レベルの高い「えびの高原」の山を登る!

晴れている日に九州の内陸部を疾走するのは、とても気持ちがいい。

 

鹿児島県の「錦江湾」から内陸に切れ込み、霧島の高原地帯、「えびの高原」、そして五木村の緑豊かな秘境を抜け、「通潤橋」など見てほっこりしたら、阿蘇でテンションをブチ上げ、「くじゅう高原」を抜けて、由布院に出る…。



それが僕の思い描く、九州の内陸部を縦断するスペシャルなコースだ。

これ書いていて早速泣きそうになった。

あぁ、最高だよ九州。また走りに行きたいよ。

 

 

今回ご紹介したいのは、えびの高原。

鹿児島県と宮崎県の県境付近に当たる内陸部の高原である。

 

僕がまだ駆け出しの青二才であった日本1周目にも立ち寄り、その最高のロケーションは目に焼き付いている。

そこを日本5周目で再訪したときの話をしたい。

 

 

えびの高原は危険と隣り合わせ

 

まず言いたいことがある。

えびの高原付近は火山の超密集エリアだということだ。

 

火山密集エリア1

Googleマップ衛星写真から画像を引用させていただく。

写真の左半分がえびの高原だと思っていただきたい。

もう周辺一面がボッコボコだ。地球がえらいことになっている。

 

この美しい円形は、全部火山の火口なのである。

しかもジャンル的には活火山だ。

今回は「韓国岳」・「不動池」・「硫黄山(いおうやま)」を主にご紹介させていただきたいが、全部火山だ。

不動池も"池"という名前だけども、火山の火口に水が溜まっているだけだからな。

 

今回は取り上げないけど、右下に「新燃岳」も映っている。

実は結構近所なのだ。

2011年・2017年・2018年と噴火しまくってニュースになったことを覚えている方も多いだろう。

 

かつての記憶

「あと5ふぅーーん!!」

トロール隊員が厳しい顔で腕時計を見ている中、ダッシュで夕焼けの新燃岳エリアを特別に観光させてもったこともある。

その思い出は、また機会がございましたら…。

 

…とまぁ、そういうエリアなのだ。

ついでに宮崎県の発表している2022年12月のえびの高原の警戒レベル情報をご紹介する。

 

火山密集エリア2

なんだかよくわからないが、とてもヤバい空気が漂っていることだけはわかる。

特に新燃岳がすごいオーラを放っているが、今回はそれは無視だ。

左上に位置するえびの高原、その中でも硫黄山に接近してみようと思う。

 

火山密集エリア3

こっちもただごとではない。

今回の記事は、まさに画面中央の立入禁止の赤いマークがモリモリついている部分のお話なのだ。

 

2022年1月現在、硫黄山に登るどころか付近を走行することすらできないエリア。

僕も日本1周目で感動したけど、それ以降はなかなか立入禁止で近づけず、日本5周目でようやく再訪できたのだ。

 

僕にとっては貴重な思い出、次からが実録である。

 

 

韓国岳と不動池

 

爽やかに晴れ渡った春の朝であった。

快走路「えびのスカイライン」を北上していく。

 

間もなく不動池が見えるいいロケーションの駐車場が出てきた。

ここ、いい感じ。ここの車を停めて散歩としゃれこみたい。

…が、まだ朝の7時台だというのに駐車場は満車であった。

 

さらに数100m走ると小さな駐車場があったので、そこに愛車を停める。

不動池を見つつ、その傍らに広がる「賽の河原」という荒涼とした火山ガスの噴出するエリアを散歩したい。

 

韓国岳1

車道をテクテク歩きだす。

その眼前に見えるのは、標高1700mの韓国岳だ。

うわー、絶景だなぁ!

 

この韓国岳もパワフルな火山。

上の写真、一見すると山頂が2つあるように見えるでしょ?

実は違うのだ。

 

韓国岳2

またGoogleマップ衛星写真から画像を引用させていただく。

 

バチクソ巨大な火口、その淵の一部が欠けてしまっているのである。

その欠けた両側が、下から見上げるとあたかも峰が2つあるように見えるのだ。

 

韓国岳3

よく見ると、火口から噴き上がったり転がって来たであろう無数の隕石が散乱している。恐ろしい山…。

 

韓国岳は日本4周目で時間があれば登ってみたかった山なんだよな。

もう最近は疲れるのは嫌なんで、登山をしたいとは思わないんだけどさ。こうやって見上げることで満足な人種となった。

 

不動池1

そして不動池である。

今朝の真っ青な空を映しこんでいて、見ていると吸い込まれるようになる。

 

不動池は直径200mの火山性の池。

大昔の噴火口に水が溜まって、そのまま池になったのだそうだ。

だから上空から見ると美しい円形だ。

 

不動池2

流れ込む川もなければ、流れ出す川もない。

鏡のように静かな池。

なんなんだ、この神秘的な世界は。現実離れしているようだ。

 

不動池3

しばしこの池に見とれた後、さらに車道を歩くと賽の河原への遊歩道の入口が出てくる。

 

この遊歩道を辿ると片道10数分で硫黄山の山頂まで行けるんだってさ。

そうなのか!じゃあ行くか硫黄山

 

 

白亜の世界、硫黄山

 

黄山は全体が真っ白な標高1317mの火山。

2013年から火山性地震が起こっている。

僕が訪問したのが西暦何年なのかはここではあえて言わないけどさ、訪問の2・3ヶ月前にはさらに大きな火山性地震も起きたんだ。

 

黄山1

その影響から、ほんの数日前までこの山の周囲1kmは立入禁止になっていたのだ。

マジで噴火の可能性があるから。

 

今回はそんな解禁ホヤホヤの山の足を踏み入れているのだ。

とても貴重な体験。

 

黄山2

ところどころで噴気が出ている。

神奈川県の「大涌谷」とか、長崎県の「雲仙地獄」とか、北海道の「硫黄山」を思い出すね。

あ、ちなみに北海道の同名の硫黄山は"いおうざん"と読むのだよ。こことは違う読み方。

 

そしてここが、その荒涼とした景観から別名"賽の河原"とも呼ばれているエリアだ。

冒頭で記載の通り、日本1周目のときもこんな感じの真っ青な天気であり、仲間とここを歩いて感動した思い出がある。

 

黄山3

ところどころに警告文の書かれた立て札がある。

『こっちは自己責任だぜ。有毒ガスを吸い込むなよ。』みたいな内容であった。

 

はい怖い。

こちとら、「阿蘇山」の火口で立入ギリギリのタイミングまでいたとき、微量の奮起を吸い込んでしまってやたらゲホゲホしたこともあるからな。

油断するとマジで死ぬかもしれない。

 

黄山4

…しかし、僕以外だーれもいないのだが。

何かあっても僕を助けてくれる人がいない。

 

駐車場に停まっていた車の人たち、いったいどこに消えたのよ?

ここまで人がいないと、本当にこの世かあの世か疑わしくなるような世界だよ。

 

黄山5

足もとが悪いので、ときどき足首が「グキッ」ってなりそうになりながらも、山頂付近にやってきた。


この山ね、標高は1317mあるけども、車道からの標高差は100mもないレベル。

車道からサクサク歩いて徒歩で10分くらいで山頂に来れてしまった。お得。

 

黄山6

でも、「ここが山頂」みたいな碑が見当たらないので、明確にどこか山頂なのかよくわからない。

少なくとも今回僕が訪問したときはそうであった。


とりあえず、パッと見で一番高そうな部分は踏んでおいた。

別に登山に来たわけではないのでどうでもいいんだけど。

 

黄山7

そして眺めが良い場所で自撮りをしておいた。

あぁ、こんな爽快なところでおにぎり食べたい。ここにおにぎりがないのが悔やまれる。

 

黄山8

山頂からの景観はこんな感じだ。

足元にえびの高原が広がっている。

あと数週間もすれば、この高原も緑に色付くのだろうか?

そうしたら最高の景色になるだろうね。

 

黄山9

絶景を充分に堪能し、また車道へと下山する。

僕の停めた駐車場、既に満車になっていた。

なんだか知らないけど、朝からこのエリアの駐車場は人気なのだね。

 

…当初は朝の高原なので肌寒かったが、いい運動したのでもうポカポカだ。

ちなみに満足して心もポカポカだ。

 

なお、この数ヶ月後には1日に数10回の地震が発生することもあったりし、本当に危険な状態となった。

2018年4月19日にはついに噴火した。

1768年以来の、250年ぶりの噴火だったらしい。

噴煙の高さは300mにも達した。

 

2022年1月現在も近づけない硫黄山

あの絶景をまたいつか歩いてみたい。

 

そして僕は

黄山を出発した僕は、新緑の眩しい山の深部へと舵を切る。

九州はどこを走っても楽しいのだ。

朝から硫黄山を登れた僕は、実にゴキゲンであった。

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

名称: 硫黄山

住所: 宮崎県えびの市

料金: 無料

駐車場: あり

時間: 特になし

 

No.251【北海道】戦慄せよ、圧巻の廃墟系喫茶店!60年の歴史が創り出す退廃美に心震えた!

日本6周目の北海道は、2回に分けて走り回った。

広大な北の大地ならではの地平線・草原・青い海・グルメ…。

 

そういうあなたも想像できるであろう思い出ももちろんたくさんあるが、その中でも僕が「あそこは本当に良かったなぁ、ウフフ…」と思い出す回数が最多のスポットがどこなのかというと…。

 


そりゃあなた、「ランプ城」ですよ。

 

えっ?城はどこかだって?城に見えないって?

そもそもランプ城ってどういう施設だって?

 

よーし、耳をかっぽじって聞いてほしい!!

 

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*

 


…12月にTwitterで開催したブログ執筆希望のすごい飲食店アンケートで、わりとぶっちぎりでランプ城が1位となった。

序盤は「いろり山賊」がトップだったが、残念ながら山賊は失速してしまった。

 

そうかそうか、みんなあの廃墟系喫茶店の朽ちゆく美しさを知りたいか、そうかそうか。

 

では参ろう!

室蘭の住宅地の奥の奥に佇む、不思議の世界へ!!

 

 

獣道・ジャングル・ピンクの看板

 

えっと…、ここでいんだよな…?

茶店ランプ城を目指す誰もが戸惑うポイントに、今僕はやって来た。

 

邂逅1

なぜなら、車窓から見える景色が「カフェにやって来た」っていう雰囲気ではないからだ。なんだこれなんだこれ。

とりあえず車を降りてみた。

 

邂逅2

んー…、降りてもよくわかりません。

これ廃墟?あ、断じて僕の車が突っ込んで破壊したわけではないよ。元からこう。

 

少なくとも舗装されている道はここまで。

そして僕は知っている。喫茶店はさらに奥にあるということを。

 

ガチ廃墟を探索する人ならわかるよね?

電線を見るのだ。

ほら、奥に続いている。写真の向かって左奥、山の中だ。

つまり喫茶店はあっちにある。

 

邂逅3

獣道のようなものが山の中へと続いている。

なんだか途中からジャングルチックになっているけど。

すぐ左は崖で、その下は海である。危ない危ない。

 

そして写真奥にも写っているけど、途中に軽自動車が獣道を塞ぐように停まっている。

これ、お店の人の車だな。

体を横にしてギリギリで擦り抜ける。

 

あ、車の窓開けっ放しなんだ…。小雨が入りますよ…。

出るときは延々バックなのかな?夜は暗くて危険じゃないかな…。

もう自分のことも含めて全てが不安だらけ。

 

邂逅4

その先に、なんだかガタついた階段。

奥に不自然なほどにピンク色の看板が見えてきた。

 

邂逅5

 

「ラ ン プ 城」

 

 

なんだか昭和中期のエロい施設みたいなセンスしていやがる。知らんけど。

しかしこれが、夢にまで見た喫茶店の看板だ。

数年前は海風のせいか"ン"以外は全部バッキャバキャに割れていたりしたけど、新調したのだね。

 

邂逅6

そのまま建物の脇を進む。

建物はかなり老朽化が進んでいて、カフェ感はゼロである。

こっちだとわかっていても、この異様な光景に僕のハートはドキドキしてしまう。

 

邂逅7

手前から2つ目の窓の先を右に向いたところに入口のドアがある。

「ここが入口です」とも「店です」とも書いていない、普通の人のうちのガラスサッシだが、ここが正解なのだ。

 

深呼吸してからサッシを引こうとすると、もう立て付け悪くて全然動かない。

「ギギッ!」・「メキッ!」っと音をさせながら少しずつこじ開け、とりあえず店舗内に入った。

 

ふぅ…、そして無人

 

 

徐々に朽ちていくものに対する美学

 

僕の眼前には、ボロボロになるほどの年数を経た洋館の一部屋があった。

誰もいなくて無音。すごい世界だった。

 

古(いにしえ)の喫茶店1

こういう感じの廃墟となったスナックやホテルのバー、昔結構探索したよな。

そんな日々を一瞬思い出した。

 

…しかし思い出に浸っている場合ではない。

「すみませーん!」と何度か声をあげた。

すると奥から女性スタッフさんが出てきてくれた。

 

実はこのお店、90過ぎのオーナーさんとその娘さんの2人で切り盛りしている。

オーナーさんにお会いしてみたかったのだが、このときはどうやらご不在のようだった。

さて、以後娘さんのことを「お姉さん」と表記させていただく。

 

古(いにしえ)の喫茶店2

ホントすごいなここは…。どう形容していいのかちょっとわからない。

とりあえず「すごいっすね。来れて良かった。」とお姉さんに感動を伝え、写真撮影の許可をいただいた。

 

ディスっているわけではないが、決して綺麗なお店ではない。

そして古いけど手入れが行き届いているかと言えば、そうでもない。

失礼ながら「退廃している」という言葉を伝わせていただきたい。

ただ、それが最高・最強すぎるのだ。

 

古(いにしえ)の喫茶店3

ほぼ同じアングルで別のカメラで撮影したが、こっちをメインにして撮影すればよかったな…。

薄暗く・くすみ・色あせ、このまま朽ちていくかのような空間。

 

創業61年になるらしいが、ほとんど当時のままのセットが今も使われているそうなのだ。

時間、止まっている。

いや、止まっているようでちゃんと動いているから、いろいろ朽ちて来ちゃっている。

 

古(いにしえ)の喫茶店4

あのあたりの天井はヤベーな。もうフカフカしちまっているな。

廃墟あるあるが現役の喫茶店で見られる。もうYAMAさん、ときめいちゃうぞ。

 

古(いしにえ)の喫茶店5

「あの青い棒はなんですか?」とお姉さんに聞いてみた。

昔薪ストーブがあったときの煙突らしい。

 

なるほどー。

お寺の鐘を突く橦木のようだと思ってしまっていたわ。

こんなところで橦木で壁をどついたらお店崩壊しちゃいますもんね、すみません。

 

古(いしにえ)の喫茶店6

この照明のセンスがブッ飛んでいて好きすぎる。

車輪のような造形も、無造作なチェーンの垂れ下がりも、200点。

 

「かっこいいかっこいい!」とつぶやいていたら、「初代オーナーが馬車の車輪を外して作ったんですよ」とお姉さんが教えてくれた。

マジもんの車輪だった…!

 

古(いしにえ)の喫茶店7

鹿のツノが部屋の真ん中に飾られている。

さすが北海道だな。

土台のかたちから、なんだか真田幸村の兜みたいなフォルムになっているけどな。

 

古(いしにえ)の喫茶店8

では、どこに座るか…。

向かって右側の壁側の席は薄暗いしホコリが溜まっていそうな雰囲気だ。

いきなりど真中の円卓に座るほどの強いメンタルはないし、円卓の中央にボールペンが1本転がっているので無言の圧力を感じる。

 

向かって左、窓際が一番居心地がよさそうだな。

 

 

時の止まった世界に浸りながら

 

柔らかい光の射しこむ、窓際のピンク色のイスに腰掛けた。

 

亜空間を旅する1

あー、なんだこのエモい世界は。どんなレトロ喫茶店にも出せない雰囲気だ。

これを表現できる語彙力が無いのがもどかしい。

 

亜空間を旅する2

クッションはさすがに60年前のものではないだろうが、なかなかに年季が入っていている。

 

その下のイスはボロッボロに破れていたりもする。

中のスプリングもたぶんかつての柔軟性は失われており、勢いよく座るとあなたのお尻がかわいそうなことになるので注意だ。

 

亜空間を旅する3

もともと黒かったのか。

それともピンクだったのが剥げたのか。

 

そんなどうでもいいことを考える時間がとても愛おしいのだ。

 

亜空間を旅する4

窓辺にはよくわからないオブジェが架けられていた。

 

このお店、ピンクのクッションや造花といったかわいらしいものと、天井の車輪照明や鹿のツノやこいつのようなイカついものとが混在している。

初代オーナーさんの趣味と、現在のおばあちゃん&お姉さんの趣味とのコラボレーションだろうか?

 

それが不思議とマッチしている。

 

亜空間を旅する5

カーテンは束ね方もかわいいし、ピンクのリボンもかわいい。

窓の外に見えるプランターは若干傾いたりと波乱を感じるが、オーナーさんたちはお花が好きなんだろうなぁと思わせてくれる。

 

お姉さんは僕が入店した後、カウンターにあったラジカセのスイッチを入れた。

店内のスピーカーを通じ、まずは「ジェットストリーム」が流れ出した。

すげー雰囲気バツグンである。

特に思い入れがあるわけではないのだが、懐かしさ・エモさが3倍増しになるのである。

 

 

曲は変わってしまったが、ルンルン気分で動画撮影もさせていただいた。

もし環境が許すのであれば、音量ONで再生してみてほしい。

実際の生BGM込みで見られるから。

 

亜空間を旅する6

壁側の席のテーブルは、電子ピアノと帆船で完全にスペースを失っていた。

ビックリするほど茶色い帆船だが、精巧でいいものだきっと。

 

このお店のランプ城という名前の由来も、初代オーナーさんが船乗りで世界各地を渡り歩いており、その中でもアラブエリアが印象的だったから名付けたとの事だ。

帆船模型が置かれているのもそんな経緯なのかな…。

 

ちなみに正面奥のドアはトイレである。

興味本位で使わせていただいた。

 

亜空間を旅する7

「1+1=3 そんな人間になりたい…」

これ確か、お客さんが置いて行ったものだよね。Webにご本人の記事があったりしたよね。

僕、見ましたよー。

 

亜空間を旅する8

水色のカウンターと、毒々しい赤のイス。ここまではまだわかる。

しかしイスの足元には武骨なブロック。
どこにでもあるブロックだが、喫茶店の中で見たのは初めてかもしれない。


ここにもチグハグを発見してしまった。

 

亜空間を旅する9

どこを見ても楽しい空間。

奥側の窓はステンドグラス風だが、どことなく造りが荒くて歪んでいる。

それがまた温かい。

 

このお店に他にお客さんがおらず、そして僕1人で訪問して本当に良かったと感じている。

エナジーをかけてこのお店を体感できているからだ。

 

 

400円のチャーハンとコーヒー

 

ちょっと時系列は前後するが、僕は入店してからササッとオーダーを済ませていた。

ちなみにここにはメニューブックのようなものはない。

店舗入口部分に一枚の紙が掲示してあるのみだ。

 

ランチタイム1

店内のインテリアはいろいろこだわっているのに、このメニュー掲示だけは用紙も文字もやたら庶民的なんだな。

 

コーヒー・紅茶・ココア・オムライスは500円。

チキンライス・チャーハンは400円。

オレンジジュース・グレープジュースは300円。

以上。

 

僕はチャーハンとコーヒーをオーダーした。

Webなどの情報によれば王道はオムライスだそうだが、僕はチャーハンを食べたかったのだ。

 

ランチタイム2

「待っている間にどうぞ」と、チョコなどが入ったガラスの器を出された。

この店の雰囲気に合う、いい器だな。

チョコを1つだけいただいた。

 

ランチタイム3

次にコーンスープとポテトサラダがやって来た。

これらもチャーハンのセットなのだ。ちなみにオムライスやチキンライスでもこれがついてくるらしいぞ。

 

ポテトサラダは温かいタイプだ。

ホクホクしていた。心安らぐ。

 

ランチタイム4

コーンスープはこんな絢爛豪華な模様の冬季の器に入っているんだぜ。

冷めないようにと蓋つきの配慮が嬉しいね。

 

スープ自体は、あ、これスーパーでお馴染みの風味だ。

誰もが思い浮かべる"当たり前"がここにある安心感よ。

 

このあとはお店の中をグルグルと旋回して見学していたら、メインのチャーハンがやってきた。

 

ランチタイム5

何か特筆するようなトピックスも無い、普通のチャーハンである。

しかし僕にとっては特別すぎるチャーハンなのである。

 

ランチタイム7

正直、味のことはよく覚えていない。

チャーハンを食べているのではない、僕はこのお店の雰囲気丸ごと食べているのだ。

チャーハンはその1ピースに過ぎないのだ。

 

…しかし、なんて幸せな時間。

ラジカセから聞こえる音楽を聴きながら、薄暗い店内でゆっくりとチャーハンを掬い、口に運ぶ。

それだけのことなのに、生涯忘れられないひとときになるような確信があった。

 

ランチタイム8

お姉さんがちゃんとドリップしてくれたコーヒーがやって来た。

なみなみと注がれており、運ばれる途中でソーサーに少しこぼしていたけど、それも愛嬌だ。

温かいコーヒーがジワッと胃に落ちていく感覚を、僕はしばらく楽しんだ。

 

ランチタイム9

食後くつろいでいると、お姉さんが「良かったら来訪者ノートにコメントを書いてください」と言って来た。

 

うん、書く書く。

中身を見てみると、来訪者はポツポツといった感じだ。

1日複数組が来る日もあるけど、数日置きになるタイミングもある。

 

まぁ、そんな感じなんだろうな…。

今でこそWeb等でマニアな人たちの間で知名度が上がって来たけど、一昔前は全然お客さんいなかったというし。

 

それでもこのお店はほとんど年中無休で夜までやっているのだ。

住居がお店と繋がっているということもあるのだろうけど、60年もこうやって営業を続けてきたことは、ただただすごい。

 

ランチタイム10

そういった感動をいろいろ伝えたいところだが、ノートはシンプルに。

このお店の歴史の1ページになれたこと、感謝です。

 

 

歴史の深部を垣間見る

 

お姉さんとはいろいろお話をした。

僕が小樽を起点に北海道ほぼ一周のドライブをしており、反時計回りに室蘭まで来た話とか、全国のレトロな純喫茶を訪問したい野望とか。

 

そんなお話をしていると、「じゃあ、お店の奥の方を見てみますか?」と提案してくれた。

ありがたい!実は気になっていたのだ!

 

深部へ1

お店の奥とは、上の写真でいうところの中央奥のガラスサッシの向こう側を指す。

この写真はお店に入ってきた位置から撮影したものだ。

入口から見て一番奥、そのサッシの向こうにはなんだかゴツゴツした岩で形作られた謎のエリアがあったのだ。

 

深部へ2

お姉さんは、このお店の歴史をポツリポツリと語りながら奥へと向かう。

 

61年前、おばあちゃんオーナーの旦那さんが始めたお店。

ジンギスカンなどの食事を提供しており、当時の室蘭は製鉄業でとても賑わっていたから、昼夜を問わずお客さんが来たのだそうだ。

 

深部へ3

これらは本物の岩だね。ハリボテではない。それがすごい。

戦時中に中国にいた人が、中国の「西湖」あたりの建物をモチーフにデザインしたのだそうだ。

 

お姉さんが、この岩石通路に点在する部屋の1つの扉を開けてくれた。

 

深部へ4

かつてはジンギスカンや宴会に使われたという個室。

金屏風が立派ではあるが、かなり痛みを感じさせるお部屋だった。切ない。

 

20年目くらいで一度お店を畳もうとしたが、地元の人たちからの要望があってジンギスカンをやめて喫茶店にしたのだそうだ。

 

深部へ5

岩場の上にチグハグに造られたドアがかわいい。

だけども今は使われていない部屋。次第に朽ちていく部屋。

通路の奥に静かに眠っている。

 

深部へ6

岩石エリアの突き当りのドアを開けると、その向こうは外のようだ。

うわっ、しかしこの隙間は狭いな。そしてなんだか歪んでいるな。

お姉さんに続いて建物の裏側に出てみた。

 

深部へ7

木々が生い茂っていてよくわからないが、断崖の岬の突端の、狭いエリアだ。

どんな感じなのかは、Googlemapさんの衛星写真を引用しよう。

 

深部へ8

今僕は、ランプ城の建物の左側を少し進んだところにいる。

すごい秘境地帯だ。

オーナーさんご夫婦は、60年前この地を切り開いてお店を造ったのだ。

 

深部へ9

今も転々と残るコンクリートのテーブル状のものは、かつてのジンギスカン台。

この岬の先端でみんながワイワイとジンギスカンをしていたのは、40年以上前になるのだな。

 

お姉さんはどんな思いでこの光景を見ているのかな?

60年の歴史の詰まったこのお店は、とても数分で語ることなんてできないほどの重みがあるのだろう。

 

二度と時間は戻ってこないし同じ光景も戻ってこないけど、大事にしたい思い出ってあるよね。

 

深部へ10

しばし岬の風に当たり、そしてまた喫茶スペースへと戻る。

 

くたびれた喫茶スペースではあるが、音楽が響きコーヒーの残り香があることで、「あぁ、この部屋はまだ生きている」としみじみ感じた。

 

お姉さんは最後、「旅の途中にどうぞ」と栄養食品をくれた。

ありがとう、とても助かります。

またいつの日か来ることを誓ってお店を出る。

 

さよなら白昼夢1

サッシを閉めようとするが、ギシギシいって全然閉まらない。

「そのままでいいですよーwww」とお姉さんが言うので、このまま失礼させていただくこととしよう。

 

さよなら白昼夢2

-*-*-*-*-*-*-*-

 

…ここで過ごした時間は、果たして現実のものだったのだろうか…?

そんなことを何度か考えた。

この後の行程が濃霧だったことも、そういう気持ちを助長させたのだろう。

 

僕はカメラのアルバムを確かめ、そして車内に栄養食品があることを確認する。

大丈夫、夢ではない。

現実に僕はランプ城を訪れたのだ。

 

あの岬の森の先にある、不思議な喫茶店を。

 

さよなら白昼夢3

僕のランプ城での思い出が、撮影した写真たちが、ランプの煙のように消えてなくなってしまわないよう、今回の記事を執筆した。

 

そしてこの記事を読んだことが、あなたの心の中にほんの少しでも記憶として残ってくれるととても嬉しい。

 

さよなら白昼夢4

― 海霧の町、室蘭での白昼夢 ―

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: ランプ城
  • 住所: 北海道室蘭市栄町1-127−3
  • 料金: チャーハン¥400他
  • 駐車場: あり(未舗装路直前の廃墟付近で良いとのこと)
  • 時間: 12:00~20:00

 

No.250【富山県】日本一のイケメン大仏!?日本三大仏の1つ「高岡大仏」を拝みに行くぞ!

大仏界にもイケメン至上主義の波が来ている…!

 

どうするよ諸君!!

これは由々しき問題ぞ!

ただしイケメンに限る!」が仏法の世界にも適用されてしまったら、僕らの居場所は此岸にも彼岸にも無いのではなかろうか!!

 

…いや、失礼。少々取り乱してしまった。

お茶を飲ませてくれ。

 

… …うん、そうなんだ、「高岡大仏」の話なんだ。

そうそう、なんだかんだで僕もきっとあの大仏が好きなんだ。

今まで4回も訪問しているしな。

 

始まりは今と同じ1月、すごく寒い日の夜明けだった…。

 

 

真冬の夜明けのグリーン大仏

 

あれは日本3周目の真冬のことだった。

年明け間もない1月だ。

 

本当は長野県の木曽路巡りをしたかったのだが、狙っていた宿が満室だったのと、「やっぱとことん冬らしいドライブをしたいよな」ということで、いきなり能登半島一周をすることにした。

 

真冬の出逢い1

これは深夜に見かけたすごい幻想的な風景だ。

枯れ木にサラサラの雪がまとわり付いて枝が真っ白になっている。

 

寒いか寒くないかで言われれば、「よくわかりません」だ。

この光景に興奮した僕は、上着も着ないでパウダースノーと戯れたよね。

 

真冬の出逢い2

間もなく能登半島に差し掛かる。

そして間もなく夜が明ける。

 

1日を充実したものにするためにも、夜明けと同時にどこか一箇所観光したい。

そこで選んだのが高岡市内にある高岡大仏なのであった。

 

高岡駅のちょっと北にあり、公共交通機関を使うのであれば駅から徒歩10分ほどでも行けるそうだ。

高岡駅には日本1周目で立ち寄った思い出もあり、懐かしい。

そんなことを考えながら大仏を示す標識に従って走っていると、「こんな路地裏にあるのかよ?」みたいな細い道に入った。

 

真冬の出逢い3

そして唐突に上の写真の光景が出てきた。

大仏の脇からの小道をノロノロ走ってきて振り返ったらコレだった。

路地にいきなりライトアップされたデカい大仏。

ビックリしたし、ちょっとホラーな気分になった。

 

まだ明けきらない夜明け。

大仏の前にいる仁王像と、鳳凰的な鳥の像のシルエットがブキミカッコいい。

 

真冬の出逢い4

境内に入ってみた。

大仏がグリーンにライトアップされている。独特だな。

あんまり広くない境内にはところどころ雪が残り、本堂からはお経の声が聞こえてきていて、荘厳な雰囲気。

 

確か夜はライトアップしていると聞いていた。

早朝でもライトアップしているのかは賭けであったが、結果としてこのようにちゃんと照らされている状態の大仏を見ることができて良かった。

 

真冬の出逢い5

ただし接近して見上げた大仏の顔は、なんだか怖いと思った。

緑のせいだ。緑のオーラを纏われては、こっちもビビってしまう。そうに違いない。

 

…と、ありがたみも無い失礼な出逢いであったと振り返るが、こんな感じの初回訪問だったのだ。

僕もまだまだ若かった。

 

どんな琴線に触れたのか未だに謎であるが、日本4周目・5周目・6周目とキッチリこの高岡大仏を訪問している。

冷静に自己分析するのであれば、この狭路の住宅地に大仏が現れるというシチュエーションが、なんらかのカタルシスを感じさせているのかもしれない。

 

 

大仏の中に入ってみよう

 

どうやら高岡大仏ができたのは1745年のことだったらしい。

木造だったそうだ。

そして火事で燃えた。2回燃えた。

2回目は1900年(明治33年)だったそうだ。

 

「やっぱ木は燃えるよね。今度は燃えないように金属にしよう。」となり、なんやかんや33年かけてできたのが今の姿である。

 

回廊1

さて、上の写真ではやや小さく映っていて見づらいが、大仏は建物の上に座っている。

それを回廊と呼んでいるそうだ。

朝から夕方まで無料で開放されているので、僕も2回ほど中に入ったことがある。

 

回廊2

中の回廊には13枚の仏画が飾られている。

 

実はこの仏画のキャンバスは近所に生えていた杉の大木から造られたもの。

昔からシンボルツリーとされていた高さ40mもある杉の木で、1900年の大火の被害にも合わずに生き残った杉。

だけども昭和の初頭に「道を拡張するからこの杉を切るわ」と伐採されてしまった。

なんてこった。

 

その杉が生まれ変わったのがこの姿だ。

伐採当時に高岡在住だった芸術家たちが絵を描いたそうだよ。

 

回廊3

この回廊の一番の見どころ、それは大仏の頭部!

これは2代目の大仏のものだ。1900年の火事で、頭部は消失を免れていたのだ。

 

よくわからなかったが、一部焦げているらしい。

「もう二度と火事を起こさないように」という教訓として、ここに安置されている。

 

回廊4

比較物が無いのでわかりづらいが、頭部はかなり小さい。

当時の大仏の大きさは座った状態で4.8mだったと言われているそうだ。

今の大仏は7.3mなので、それと比べると随分小ぶりだったのだね。

 

回廊5

こちらは現在の大仏の頭部が完成したときの記念写真だ。

こう見ると顔、バカデカい。

奈良の大仏の半分くらいのサイズなのだが、それでも巨大だなって感じる。

 

 

日本三大仏のジレンマ

 

高岡大仏は、日本三大仏の1つと言われている。

 

もう2つは何なのかと言うと、もうなんとなく想像ついているかと思うが「奈良の大仏」と「鎌倉の大仏」だ。

なるほど、その2つと肩を並べるなんて、スゲーな高岡大仏!

…と手放しで喜べるのかと言えば、そうではないかもしれない…。

 

奈良の大仏

奈良の大仏は、台座3m、仏像そのものは15mだ。

東大寺」の世界一巨大な木造建築である大仏殿の中に納まっていて、圧巻の光景だった。

ここスゲー好き。文句なしのナンバー1と言えそうな気がする。

 

鎌倉の大仏

鎌倉の大仏は、台座2m、仏像そのものは11.3mだ。

高徳院」の開放的な空間で日光浴をしている。

古都鎌倉観光と言えばここは外せない、くらいの定番のスポットだと思う。

 

高岡大仏1

高岡大仏は、台座8.4m、仏像そのものは7.4mだ。

奈良の大仏のおよそハーフサイズである。

ただ、高さが半分ってことは質量は相当に小さくなるよね。

 

それにこれ地味に大事なことだが、大仏の後ろのナゾのサークル"円光背"も含めて7.4mだ。

これがなければ7.0mくらいかもしれない。

それを言うと「奈良の大仏にも光背があるぞ!」って言われそうだが、奈良の大仏の高さは基本的にこの光背を含まずに表記されている。

 

まぁ結論、高岡の大仏は小柄である。

 

高岡大仏2

さらに言うと、これ悲しい事実なんだけど「日本三大〇〇」的なヤツって、トップと最下位の差が絶望的に離れているというものがある。

 

日本三大砂丘で例えてみよう。

1つ目は誰もが思い浮かべる「鳥取砂丘」。

圧倒的すぎて「日本三大砂丘の1つである鳥取砂丘」なんて表現はしない。

 

鳥取砂丘

他の砂丘を持つスポットが、「日本三大っていうカテゴリを作り、ウチもそこに含めることにしようぜ!」的な感じになる。

 

日本三大砂丘って2つ目以降は諸説あり、「中田島砂丘」・「吹上浜」・「九十九里浜」などがワチャワチャ争っている。

いや、これらもいいスポットなのだが、日本三大砂丘というカテゴリとしてはワチャついている感が否めないのだ。

 

高岡大仏3

江戸時代から、日本三大仏という言葉はあった。

しかしそれにエントリーされていたのは奈良の大仏・鎌倉の大仏以外では「京の大仏」だ。

奈良の大仏を凌ぐ巨大さで、大仏と言えばこれを指していたらしい。

しかし1793年に焼失してしまったのだ。(その後小規模バージョンが造られたが、それは含めずに記述する)

 

空席の日本三大仏のラスト1枠に対し、いくつかの大仏が名乗りを上げた。

高岡大仏の他には「兵庫大仏」・「岐阜大仏」というのがあった。

でも悲しいかな、奈良や鎌倉の大仏と比べると知名度が非常に低い。

奈良も鎌倉も、「〇〇時代」という時代名になっている町の名前を冠する大仏だもんね。そりゃ強いや。

 

高岡大仏4

写真の右端を見ての通り、「日本三大佛」と書かれている。

兵庫大仏や岐阜大仏に比べればグイグイとアピールしているしその成果もあるように感じるが、奈良や鎌倉の大仏は「自分、日本三大仏っすから」とは言わないだろう。

正直、格の違いが出てしまっているな、とは感じる。

 

ただな、なんかディスり気味のことを書いてしまったけどな、高岡大仏が一番のファクターはちゃんとある。

…それが何か、だって?

 

高岡大仏5

顔です。

 

 

イケメン大仏に惚れろ

 

高岡大仏は日本一のイケメン大仏とちまたでウワサになっている。

いや、渋谷の町とか歩いていてもそんな話が漏れ聞こえてくることはないけど、Web上では確かにそうなっているし、僕自身大仏巡りで耳にしたことがある。

 

イケメン大仏1

しかもこのイケメン説、昨日今日に言われ始めたことではない。

明治時代の歌人与謝野晶子」が言ったのだ。

 

彼女の歌で「鎌倉や 御仏なれど 釈迦牟尼は 美男におはす 夏木立ちかな」というのがある。

「高岡大仏は鎌倉大仏よりも男前だぜ」って言ったのだ。

はい鎌倉大仏、名指しで劣っているとディスられて涙目。これキッツいヤツだ。

 

イケメン大仏2

僕はこれがイケメンかどうかはよくわからないが、口ひげやアゴひげがあり、なんだがワイルドでちょい悪な感じもしなくもない。

オフの日はサングラスかけて帽子かぶって、海辺でウイスキーとか飲んでいそうだと感じた。

 

ただ優しいだけの顔立ちではなく、スタイリッシュさもあるし野性味もある。

はいこれ女性惚れますね。チクショウですね。

 

イケメン大仏3

なんだったら、その前に立ちはだかる仁王像もいい感じの細マッチョである。

仁王像といえばもっとゴリマッチョな要素を多く含むが、ここのは細く引き締まっているのである。

たぶん100mを10秒台で走るぞ、こいつら。

 

1位の奈良の大仏、2位の鎌倉の大仏には及ばないかもしれない。

しかし3位候補の中では有力であり、ちょっと顔も良くって女性人気がある。

この令和の世の中をうまく楽しく生きるには、高岡大仏タイプが一番いいのではないだろうか?

 

イケメン大仏4

あぁ…、僕は今気づいた。

なんで4回も高岡大仏を訪問しているのか。

憧れていたのかもしれない。こういう存在になれますように、と。

 

…というのは若干こじつけな気もしなくもないが、たぶん僕は日本7周目でもここを訪れるのだろう。

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: 高岡大仏
  • 住所: 富山県高岡市大手町11-29
  • 料金: 無料
  • 駐車場: あり
  • 時間: 特になし(回廊見学は6:00〜18:00)

 

【リアルタイムレポート】日本6周目最後の海岸線を目指し!愛知そして内陸部の宿題へ…!②

こんばんは、【週末大冒険】のYAMAです。

 

日本6周目最後の海岸線を目指すリアルタイムレポート、ご覧いただいておりますでしょうか?

「なんだそれ」って方は、まずは以下のリンクから前半戦をご覧下さい。

 

 

「海岸線、全然走っていないじゃないか!」・「愛知編みたいな書き方をしておいて、愛知県ほとんど走っていないじゃないか!」。

 

はいはいはいはい、わかってるっつーの。

それにまだ旅は終わってないっつーの。

だからまぁ落ち着いて、温かいお茶でも飲んでください。

 

 

では、ここからが旅の後半戦です!!

いきあたりバッタリに近い旅だし、そういう旅っていうのは後半になるほど前半のしわ寄せで歪んでいくものなんだけど、ちゃんと走ってちゃんと安全にゴールするつもりですので!

 

 

お伝えしておきますと、上の地図の青線が日本6周目の残存海岸線です。

ここを走りますので!

やっぱ一般道海岸線の走り残しは極力作りたくないので!

 

ただ、そういうスタンスで行くと「佐賀県東松浦半島を(台風接近のため)飛ばしたよね?」とか「もっと海沿いの道があるんですが?」とか言われそうです。

そりゃもちろんわかっているが、そこまでやるとマジ切りがない!!

僕はO型だから、ある程度ザックリいきます。

そこは恐縮ですがご承知おきください。

 

 

あと、さらに1つ留意点ですが。

日本6周目の海岸線はこれにて走り終えますが、日本6周目自体が終わるわけではありません。

ほら、まだ内陸部とかやり残したことも若干あるし。

 

そういう残務的なことをやり、最後にセレモニー的な意味合いのファイナル・ランをやるのが通例です。

 

それが終わったら、愛車を手放す…。

そこまでが、日本1周目から原則繰り返してきたルーティンなのです。

 


ファイナル・ランは桜の咲く時節になるだろうか…?

桜吹雪の舞う中、愛車の日産パオと気持ちのいいドライブをして、日本6周目のフィナーレとなったら最高ですよね。

 

だからそのためにも、まだまだ厳しく長い冬をがんばって乗り切りましょう。

それでは後半戦、今日も張り切って楽しみますか!!

 

■■■この下にtweetが入っていきます■■■

 

 

4日目(三重県・愛知県)

 

まずは3日目の夜のレポートから入る。

 

 

いやぁ、本当に楽しい夜だったなぁ。

こういうのがあるから、旅は辞められないよなぁ。

 

オーナーさん、掲載許可いただきましてありがとうございました!

次は日本7周目、激辛ラーメンを食べに行きます!

 

「うきなみ」、狭い店内はエネルギッシュだった

 

遊郭の旅館だそうだね。

ここ数日は季節外れの陽気で3月並みの気温だそうだが、伊賀の夜は寒い。

-3℃くらい行ったそうだ。石油ストーブが必須。

 

朝は愛車のパオちゃんがガリガリに凍っており、久々に霜取りをしたさ。

暖気も充分にやらないとご機嫌損ねるしな。

 

パオを解凍させる

 

 

土管坂

あまりのインパクトに「とこにゃん」のことしか書かなかったけど、いろいろ歩いたのだ。

 

常滑は陶器と招き猫の町。

「やきもの散歩道」を歩き、「招き猫通り」を眺め…。

中でも「土管坂」はよかったな。陶器の土管が壁にも床面にも埋め込まれているのだ。

まさに陶器尽くしの世界。

 

 

数日してツイートしたネタも、旅の行程の順序に合わせて盛り込んでおくね。

 

 

 

 

Twitterでコメントいただいたんだけど、鳥がとまるのを避けるための工夫の可能性が高そうだ。

こういう像、鳥がよくとまって糞しちゃうもんね…。

 

刈宿大仏

このあとは「半田緑地公園」で展望塔に登ったり、「刈宿大仏」を久々に眺めたり、「蛭子社」でネコを戯れたりしたんだけど、とりあえずスルーしちゃうわ。

 

 

ここから名古屋に戻るっす。ずいぶん東まで走っちゃったけど、名古屋に行くっす。

いや、もともとこの日は名古屋に宿泊するつもりだったのだ。

名古屋に宿泊することを前提に、「どこまで東まで走ろうかな」って考えていたのだ。

 

なぜ名古屋にこだわるかと言うと、訪れたいバーがあるからよ。

 

 

第3松竹梅ホテル

名古屋駅の西側って、ドヤ街だった歴史があるもんね。

そのころの簡易宿泊所がまだある。

Web予約もできるけども、直接乗り込んで最安オーダーした方がお得なプランがあるのだ。作戦成功だ。

 

 

5日目(愛知県・静岡県

 

昨夜の内容からスタートです。

 

 

 

ついつい「味仙」に行ってしまったが、ちょっとやりすぎたかな…。

お酒飲むときって、ご飯あんまりいらないもんね…。

 

 

 

いや、実は「喫茶マウンテン」のことはよーく知っている。

通算64品目のオーダー。

オーナーさんとはパオちゃんの話をいろいろできて嬉しかった。

 

このあと高速道路に乗って東へと走り、昨日の最後の海岸線である「蒲フォルニア」からまた一般道を走りだすのだ。律儀。

 

 

まぁそれなりに楽しかったけど、曇って来たこともあってちょっと残念な気持ちだったよね。

今日の午後から明日にかけて、2023年最初の低気圧が来るぞ。

東京は20日ぶりくらいに雨が降るらしい。

 

あと2日天気が持ってほしかったが、ポカポカ温かい日程でここまでドライブできたことに感謝。

 

 

 

 

昨夜も暴飲暴食だったし、朝に喫茶マウンテンに行ったのだから今日のご飯は以上!

…って思っていたのだが、やっぱ夕方になるとお腹が減るし曇天だとなんだか眠くなるし、コーヒー切れしてきた…。

そんなときには喫茶店でちょこっとご飯食べてコーヒー飲むのがいいよね。

 

茶店「あら波」、現る

そう思っていたらなかなか味わい深い喫茶店が出てきた。

ちょっと入るのに躊躇したが、ここで飲食してみよう。

 

 

 

やったー!

とりあえず祝杯のコーヒーだ!

 

夕暮れカフェタイム

そして飲み終わって出発すると同時にポツポツと雨が降って来た。

ナイスタイミング。

 

では、この後のことは翌日にリポートしよう。

 

 

6日目(愛知県・静岡県・神奈川県)

 

 

 

Googleマップでコンビニが近くにあるか調べ、「はぁ?道の駅 掛川の敷地内にコンビニ!?無いし!ウソつくなや!」って思ったら、営業の終わった道の駅の【建物内】でセブンイレブンが営業していた。

神!じゃあまたここでもコーヒー買っちゃう!

 

道の駅掛川セブンイレブン

 

この時間帯の走行、かなり怖かったぜ。

1月上旬の夜明けは遅い上、この日は雨だからさらに遅い。

精神力を消耗した。

 

吉田公園にて日本6周目の最後の海岸線スタート

そしてここから、日本6周目一般道海岸線の最後の区間が始まるのだ。

雨ー。カンベンしてくれー。観光もできぬ。

 

 

富士ICから高速道路で一気に神奈川県に行くことにした。

ご飯!ご飯!

 

 

パラパラ小雨が降る中の祝杯だった。

何度来てもここは楽しい。

 

 

…そんな道中。

最後に改めて走行図を掲載しよう。

 

6日間の旅路

北海道から鹿児島まで、ありがとうパオ。

あと少しだけ一緒にいようね。

 

【リアルタイムレポート】日本6周目最後の海岸線を目指し!愛知そして内陸部の宿題へ…!①

こんばんは、【週末大冒険】のYAMAです。

 

日産パオとの出会いは、2017年の秋。

5年と少しではあるけれども、数えきれないほどの思い出が詰まった車です。

北は北海道の「宗谷岬」、南は鹿児島県の「佐多岬」。

日本本土と呼ばれる部分は、一緒に走ってきました。

 

 

日産パオと行く、一般道だけで描く日本本土海岸線の旅、【日本6周目】

海岸線部分で残っているのは愛知県のほぼ全て、それと静岡県の一部となりました。

 

途中コロナ禍で2年近くまともに旅が出来ずに、歴代で一番時間がかかってしまったけど、日本6周目の旅もそろそろ終わりです。

 

さぁ、2022年9月ぶりにやりますか。

リアルタイムレポート、日本6周目最後の海岸線編 ―――

 

 

つまり僕が旅路を大体リアルなタイミングでつぶやくのです。

 

通常のブログ記事はしっかり後から時間をかけて加工した内容ですが、リアルタイムレポートでは生で粗削りで誤字脱字たっぷりでお届けしますぞ。

この形式、過去3回、いずれも2022年に実施しました。

 

 

紀伊半島編についてはTwitter限定配信だったのですが、四国・中国編と北海道編についてはブログでツイート内容をリアルタイム反映させながら走りました。

過去の旅路を覗いてみたいというあなた、以下のリンクからどうぞ。

 

drive-ns.hatenablog.com

 

drive-ns.hatenablog.com

 

今回の行き先ですが、最低でも愛知県。

だけどももう少し日数に余裕があるので、近隣の山間部にも足を伸ばす予定です。

海岸だけで「日本一周完了!」とはしたくないのです。

内陸県・内陸観光地も訪問しなきゃ。

 

 

そして配信方法についてご紹介です。

 

ブログにキチンと執筆したいのはやまやまですが、スマホでコツコツとフォーマットを整えながら執筆するのはちょっと大変。

そんな時間があるならアクセル踏んでいたい。

従い、Twitterで配信します。

 

twitter.com

 

ただ、Twitterアカウントが無い方も多いでしょう。

そんなあなた、PCだったら右側、スマホだったら下にスクロールすると僕のTwitter記事が出てきます。

…が、ちょっと見づらいよね、きっと。

 

だから同時並行(厳密にはやや遅れるけど)でTwitterのツイートをブログに転記する形式を取ります。

今日(1/8)の夜から、順次この記事の一番下にゴソッと貼り付けようと思うので、またこの記事を訪問してほしいのです。

 

寒い寒いこの時期、僕のモチベーションは続くのか?

雪道・凍結道路は大丈夫なのか?

僕自身いろいろハラハラしていますが、結末が見えないのがリアルタイムレポートの面白いところ。

 

それでは、生暖かい目で見守って下さいまし!

 

 

■■■この下にtweetが入っていきます■■■

 

0日目・1日目(愛知県・岐阜県滋賀県京都府大阪府

 

 

いきなり脱字!幸先の良いスタート!

 

 

閉店時間が23:00とのことで、遅い時間の入店も可能で助かった。

しかしこの日のランチは「ジョナサン」でメキシカンピラフだったんだよな…。

味こそ違えど、方向性とライスの色はほぼ一緒…。

ジョナサンでの選択、間違えたぜ!しかしメキシカンピラフ、マジうまいんだよな…。

 

ジョナサンのメキシカンピラフを思い出す

 

 

これな、覚えている人はいるかな?

2022年ゴールデンウィークのリアルタイプレポートで、四国・中国地方を走り終えた後に立ち寄り、「もう夕暮れでまともな写真が撮れなかった!」と悔しがったスポット。

 

2022年GW_サングラス大仏

今回リベンジを果たしたのだ。

もうこれで愛知の目的は半分達成したようなもんだぜ、イエスエス!ナイスサングラス!パーフェクトサングラス!!

 

 

 

ここいらのタイミングで、かつての人口重心地である「小安神社」・「日本まん真ん中センター」にも行っているし、「人口重心モニュメント」も訪れている。

その話はブログの個別記事内で追って…。

 

日本まん真ん中センター

 

 

岐阜レトロミュージアム

2022年ゴールデンウィークにスタミナがあれば行きたかったけども断念した場所。

今回が初訪問。

これで国内のレトロ食品自販機、山口県の1店舗を除いて全部訪問できただろうか?

 

 

 

なかなか観光できるところが少なく、モヤモヤした時間帯だったな。

でも「あのベンチ」でカタルシス感じられてよかった。

 

しかしここからまた試練。

夕食をどこにするか、お風呂はどこで入るか、そしてどこで車中泊をするか。

夕食は軽めにレトロ喫茶店とかで食べたかったのだが、その場で調べた5軒ほどはどれも行ってみたら休業だったりしてダメだった。

ただ、こういうドタバタも旅の醍醐味。

 

 

このあと大阪府に突入した。

大阪府南部まで行こうとしたけど雨麩が降りそうな気配がしたので、早めに中心部で車中泊することにした。

 

 

2日目(大阪府和歌山県大阪府

 

 

 

 

この日のランチ、「高野山」で11時台に…って予約していた。

この旅で唯一のアポだ。可能であれば11時ジャストを目指していた。

 

余裕かなって思っていたのだが、大阪府内の渋滞と、ここで目についた「PLタワー」に立ち寄ったため、11時ジャストではなく30分ほど遅れることとなってしまった。

 

 

 

高野山地蔵院

雪と快晴の空。なんていいタイミングだったのだろう。

パオ乗りの「櫻子さん」との語らい、車の情報交換もとても楽しかった。

お土産もありがとうございました!

 

 

 

西成のあいりん地区

ここで完全に変なスイッチ入った。

車は既にコインパーキングに停めてある。

だから飲む!今日は夜まで飲む!

 

…だけどもまだ今夜の宿を決めていないんだけどな。

なんとでもなると信じている。

 

 

何軒か簡易宿泊施設を回り、うち1つのところで宿泊できることになった。

部屋のカギは内側からしかかけられない。

つまり外出時には無防備。

…まぁいいか。治安悪い町だが、なんとかなるさ。

 

あいりん地区の「緑風荘」

 

「串カツだるま」で食べて飲む

「新世界」の「串カツだるま」についつい吸引されてしまい、軽く食べた。

そして軽く飲んだ。いい夜だ。

 

 

3日目(大阪府奈良県三重県

 

 

 

この日の朝の気温は大阪で0℃だったらしいね。

7時ちょいすぎにチェックアウトしたとき、寒かったなぁ…。

しかし西成の人々は逞しく動き出す。

 

 

 

 

大阪も奈良も、なかなかの混雑だったのだ。

せっかく朝7時台から動いているのに、朝ごはん食べて「屯鶴峰」見た以外はこれといったことをしていないではないか。

そんなイライラが少々あった。

だからこそ11時の開店ジャストに入った「涌本食堂」での交流が心に響いたのだ。

 

激渋「涌本食堂」

 

 

そうか、飛鳥エリアか…。

目に入った古墳群の案内標識。

あんまりメジャーなところに食指の動かない僕であるが、今日を充実させるために巡っておこうかなって急遽考えた。

2・3時間たっぷりかけて巡り、かなり歩いたけれども、とても良い時間だった。

 

高松塚古墳にて

 

 

唐古・鍵遺跡史跡公園

「唐古・鍵遺跡史跡公園」で家へのお土産を買い、奈良の中心地をかすめつつ和製ピラミッドの「頭塔」だけ見て、そして名阪国道を目指して峠を越える…。

せわしなく動いたけど、とても楽しい時間だった。

 

そして実は今夜も宿を取っているのだ。

三重県伊賀上野市にある、築100年以上の渋い旅館。

それが楽しみで楽しみで。

 

 

19時にチェックインすると宿に伝えていたのだが、ちょっと早く18時くらいに近所まで来てしまった。

そうだ、すぐ近くに激渋銭湯があるよね。そこでひと風呂浴びてから行こうか。

そうなったのだ。

 

前半3日間分の走行図はこちらからどうぞ

さて、チェックインしてからのお話は後半で語ろう。

宿も最高だったし、夕食を食べに出かけたお店も最高だったんだぜ。

では、以下のリンクへどうぞ!!

 

drive-ns.hatenablog.com

 

 

No.249【長野県】日本土(ど)真ん中って何!?緑あふれる「塩嶺高原」に探しに行こう!

そこに日本の中心があると聞けば、日本中どこへでも飛んでいくタイプの人間、それが僕だ。

日本の中心がどこなのか知りたいし、立ってみたいのだ。

 

あれは2022年、夏の暑い日であった。

僕は諏訪市の「日本土真ん中」を目指したのだ。

日本土真ん中。"土"は"ど"と読む。

つまりは"ど真ん中"に対する当て字だ。

 

 

深刻な猛暑続きの日本列島。

そんな中をエアコンの壊れた車でドライブするのは、一見すると自殺行為だと思われるかもしれない。

でも大丈夫。

信州の高原地帯はそれなりに涼しかったから。塩嶺高原、最高だったから。

 

あえて語ろう。

凍える1月から見たら懐かしささえ感じる、青空と緑の広がる夏のある日のことを。

 

 

日本の中心は塩嶺高原に?行ってみよう

 

まずは冒頭であなたにご理解いただきたいことがある。

それは「日本の中心は日本各地に無数にある」ということだ。

ぶっちゃけその数、30ほどもあるのだ。

 

あなたは今、「何を言っているのかわからない」という顔をしているだろう。

わかるわかる。

僕も最初はそうだった。

 

drive-ns.hatenablog.com

 

詳細については上記リンク先の【特集】をご覧いただきたいが、日本の中心にはいろんな定義があるのだ。

定義の数だけ、日本の中心があるのだ。

そしてこの無数の日本の中心を全部巡ってみたいと夢見ているのが、この僕だ。アホでしょ。

 

塩嶺高原1

今回ご紹介する"日本土真ん中"とは、そんな30近くもある日本の中心の1つなのである。

 

じゃあ"日本土真ん中"やらは、どういう定義から日本の中心を名乗っているのか。

それは僕と一緒にゆっくりと紐解いていこう。

僕だって訪問時はその定義、知らなかったのだから。

 

塩嶺高原2

場所は「塩嶺高原」の一角だと聞いている。

 

上の写真内の標識、「博物館・地球の宝石箱」というやたらキラキラしたネーミングのスポットが記載されていて気になる。そっちだ。

ちなみに地球の宝石箱には個人の方が収集した鉱石や岩石が展示されているそうだが、ちょっと今回のテーマはそれではないのでスルーする。

 

塩嶺高原3

ここか…??

「信州塩尻農業公園 チロルの森」という施設の広大な駐車場前に到着した。

たぶんここいら辺。少なくともここから300m以内。

 

しかし、チロルの森のゲートは封鎖されていた。

そして「閉園しました」というプレートが掲示されていた。

 

あれ!?これヤバくないっすか!

もしこの敷地内に日本土真ん中があるのだとしたら、もう誰も訪問できなくなっちゃうってヤツですか!?

 

塩嶺高原4

ちょっと焦った僕であったが、背後を見て冷静さを取り戻した。

「紅葉山」と書いてある丘。

そういえば、日本土真ん中は紅葉山にあると聞いたことがあったよな…。

 

だとしたらチロルの森の敷地ではない、車道から見てその反対側に進むのだ。

狭いしその先に日本土真ん中があるとは書いていないが、道はあるぞ。

 

塩嶺高原5

わっ!本当に狭ッ!!

でも行ってみよう!希望はこの狭路の先に!!

 

チロルの森は、オーストリアチロル地方をモチーフとしたテーマパークであったが、コロナウイルスの影響で2020年秋に閉鎖となってしまったそうです。悲しい。

 

 

日本のど真ん中ってここなのか!

 

紅葉山に向かう狭路。

脇をチラリと見たら標識があった。

 

日本のど真ん中1

よしっ!僕の推測は正しかった!

この狭路もMAXでもあと200mだ。そう考えれば楽勝だ!

 

日本のど真ん中2

狭い狭い。しかも舗装もなくなった。

しかしあとちょっと。

前方に見えている左右の分岐、あそこを右に行けばすぐに駐車場と土真ん中の碑があるぞ。

 

もっとも、チロルの森から土真ん中の碑までも300mなので、歩いて楽勝な距離だ。

チロルの森の駐車場は閉鎖されてしまっているが、うまいことあなたが路肩とか駐車するのであれば、歩いたほうがある意味ラクかもしれない。

 

日本のど真ん中3

うん、すっごくいいです…!

 

絵に描いたような夏空。高原の中の愛車の日産パオ。

夏はこういうドライブがいい。こういう写真がいい。

日本土真ん中の碑はさておき、まずは僕はこの高原のロケーションをしっかり堪能した。

 

日本のど真ん中4

僕の愛車の目線の先には、このような人工的な貯水池があった。

これはそんなに水の色は綺麗ではないが、それでも風景の中に水があるっているのはいいものだ。

 

で、肝心の日本土真ん中の碑はどこなのかというと…。

 

日本のど真ん中5

僕の愛車の後ろに立っている石柱。

あれが土真ん中の碑だ。

 

数年前までは木製であったが、最近石碑にバージョンアップしたらしい。

つまりはお金をかける価値があると判断されたのだな、嬉しい限りだ。

 

日本のど真ん中6

日本の中心は数あれど、愛車と一緒に写真を撮れるスポットは非常に少ない。

ここは貴重なのだ。

だから目いっぱい碑に近づけるようにして愛車を停車させた。

この車は今、限りなく日本の中心にいる。

 

日本のど真ん中7

それでは日本土真ん中の碑をしっかり見てみよう。

デザインはわりとシンプル。

基本、四角柱に『日本土真ん中』の文字が刻まれているのみだ。

 

日本のど真ん中8

ただね、その石碑の上をよく見てほしい。

なんだか小さくってかわいい3匹の生き物がいるーーー!!

 

日本のど真ん中10

これ、フクロウなのだ。フクロウ三姉妹なのだ。

 

すぐ脇にある説明板の内容をご説明すると、この森はリスやフクロウなどの小動物も住む自然豊かな森。

フクロウは「福を呼ぶ」ということで、健康長寿福・元気福・財来福の3つの守り神としてここに設置したんだとか。

こういうワンポイント、好き。

 

日本のど真ん中11

木立の向こうはキャンプ場のようで、ファミリーたちの楽しそうな笑い声も風に乗って聞こえてきた。

他には鳥のさえずりしか聞こえないような本当に静かな山の中であった。ステキ。

 

…ところでなぜ、ここが日本のど真ん中なのだろうか?

次の章ではそれを追求していきたい。

 

 

日本土真ん中とは何?調査しよう

説明板を読み解く

 

日本の土真ん中。

"土"っていうのが当て字であることは一瞬でわかるが、なぜ"土"なのか。

そして日本の真ん中である根拠は何なのか。突き詰めていきたい。

 

まずは現地にある説明板を読んでみよう。

 

土真ん中の根拠に迫る1

まずは"土"の意味について記載されている部分を抜粋する。

 

[土]とは緑豊かな大地を意味し、人や動物が集まってくる気持ちのいい所、という意味です。

 

なるほど、マジでステキ!

これについては理解した。

次に、日本のど真ん中である由縁だ。

 

日本のほぼ中央に位置する長野県、(この付近には経度緯度からの日本中心の標がある)その中心にあたる塩尻市塩嶺高原紅葉山、人の体に例えると「へそ」にあたり、「日本土真ん中」と名付けました。

 

うおっ、ちょっと混乱してきた!

まずは長野県を"日本の中央に位置する県"といきなり定義付けてきた。

その根拠として、「()」で囲った「日本中心の標」を引き合いに出してきている。

 

drive-ns.hatenablog.com

 

日本中心の標は上記リンク先の記事でもご紹介した、僕の大好きなスポットである。

長野県の辰野町にある。

 

しかしわからん。

「アイツ(日本中心の標)もいるんだから、長野県は日本の中心の県だよな。それは認めろよ。だけどもさらにその中心はアイツじゃねぇ。オレだよ。」と、いきなり中心の座を奪い取っている。

 

その根拠は明記されていない。

説明板の「()」の部分を省くと、文章は『長野県の中心にあたる塩尻市塩嶺高原紅葉山』となる。

…なぜ中心?

 

 

長野県を描いてみた。

うん、ここが長野県の中心というのはわからんでもない。

 

しかし「なんとなく」なのか「計算して」なのか知りたい。

塩尻市塩嶺高原紅葉山」まで明記しているということは、紅葉山が長野県の中心である確固たる根拠がある可能性を考えた。

しかし説明板からはこれ以上は読み取れない。

 

土真ん中の根拠に迫る2

…であるならば、帰ろう。

帰ってから追加の調査をすればよい。

 

 

観光協会に問い合わせる

 

僕は、回答をブログに掲載させていただくことを前提に、塩尻市観光協会に問い合わせすることにした。

 

塩尻観光協会様からは、さらに市内の北小野支所様に相談が行ったそうで、ここからの内容は北小野支所様にて調べていただいた内容だ。

なんとなんと、ここを日本の中心とした当時の関係者の方からの証言も得られたそうなのだ。

 

お忙しいところ面倒な質問にご回答いただき、大変ありがとうございます。

 

土真ん中の根拠に迫る3

まずは説明板の文言を以下に再掲する。

 

日本のほぼ中央に位置する長野県、(この付近には経度緯度からの日本中心の標がある)その中心にあたる塩尻市塩嶺高原紅葉山、人の体に例えると「へそ」にあたり、「日本土真ん中」と名付けました。

 

僕には、長野県の中央を塩尻市塩嶺高原紅葉山とした理由は、「人の体に例えるとへそにあたるから」というように読み取れた。

計算や測量ではなく、イメージ重視なのだ。

この推論が正しいかどうか、観光協会さんに聞いてみた。

 

結果、「その通り」とのご回答をいただいた。ありがとうございます。

加えて、「辰野町には経度緯度から日本ど真ん中とする標が設置されていることから、紅葉山もほぼ日本の中心と捉えている」との回答をいただいた。

 

日本中心の標

先ほどリンクも貼った、日本中心の標のことだ。

「隣町だけどもそんなに遠いわけでもないし、こっちも日本の中心って名乗って不自然じゃないよね」ってことだ。

 

アバウトな気もするが、そもそも日本の中心の定義自体がアバウトなのでそういう考えもアリだと思う。

では、なぜそんなアバウトな中でも塩嶺高原紅葉山を土真ん中と名付けたのか。

これについても観光協会さんからご回答をいただけた。

 

土真ん中の根拠に迫る4

2000年(平成12年)のことだ。

地元住民の方々が「紅葉山を地域の人々が憩える場にしたい!」って頑張り、ミズバショウの池を造ったり植樹したりと、この周辺を整備したんだって。

その結果、このような気持ちのいいスポットが完成した。

 

だけども住民には一抹の不安があった。

「とりあえず完成したはいいけど、この先ちゃんと整備活動を継続できるだけのスポットとして日の目が当たり続けるのだろうか?」と。

 

整備活動にも予算が必要だもんな。

予算を獲得するには、それだけの魅力を発信し続けないといけないもんな。

 

土真ん中の根拠に迫る5

はい、話が繋がって来たね。

 

紅葉山を観光スポットとしてPRすることで、多くの住民が関心を持ち、安定した整備に繋がる。

そのためにはもう1つパワーフレーズが必要。

「じゃあ、日本土真ん中って名付けようか?」ってなったのだ。

 

大体こんなあらすじではあるが、経過などの記録自体はあまり現存しておらず、関係者の方の記憶によるところもあったらしい。

 

だけども僕にとっては大満足の情報であった。

充分すぎる。本当にありがたい。

 

 

これからもみんなの憩いの地でありますように

 

僕は説明板を読んだ上で、「なぜここは日本の中心なのか」と、アレコレと嫌味ったらしい質問をぶつけてしまったかもしれない。

しかしこの説明板、この地域の人が本当に読んでほしいのは日本の中心の根拠ではなく、きっと以下の部分なのであろう。

 

土真ん中の根拠に迫る6

日本土真ん中の子の地点は標高960m 苦労ないよ

苦労(96)がない(0)ということね。

そんな当て字から始まる段落。

 

10年前から地域の人々によってもモミジ4500本、アカマツ数万本、ヒノキなども植えられてきた里山

しかも昔から村人が「ここは気が休まるね」って言って来た地なのだ。

 

いい空気・綺麗な木・マイナスイオン。それらが作り出す、居心地のいい空間。

僕もここに来てそれを体験し、"ど真ん中"を"土真ん中"と表記した理由がよくわかった。

 

土真ん中の根拠に迫る7

観光協会の方は、質問へのご回答の後に、このように書いてくれている。

 

平成22年には、「日本土真ん中の碑(当時は、木製でした)」が建立し、日本土真ん中ウォーキングという大規模イベントを開催したことで、全国から多くの人が訪れるようになりました。

現在も、中学生を含む多くの地元住民によって紅葉山は整備されており、「日本土真ん中」とした成果は大きいものと認識しております。

 

うんうん…。なんて温かい。

これからもこの地がみんなの憩いの場となるよう、僕も心からお祈りします。

 

そして紅葉山を下る

ふと興味を持ち、フラッと訪れただけの僕。

だけどもここにはアツい住民の方々の思いがあったのだ。

 

いや、どんなスポットでもいろいろ調べれば、人の魂がこもっているのだろう。

そういうのを感じられるから、旅は辞められないよね。

2023年で日本6周目は終わるだろうけど、まだまだ走りたいよね。

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: 日本土真ん中
  • 住所: 長野県塩尻市北小野
  • 料金: 無料
  • 駐車場: あり
  • 時間: 特になし

 

No.248【広島県】街は輝く!おとぎ話の世界のように!「ドリミネーション」すごかったぞ!

イルミネーションの最盛期はクリスマスなのだろう。知ってる。

年越しカウントダウン等で再度局所的な盛り返しを見せるが、新年になるとなんとなく終息してしまうことの多い、儚いエンターテイメント。

 

だからちょっと出遅れた感は否めないが、大晦日のこのタイミングでイルミネーションについて書くぜぇぇ!!

まだ間に合う!まだ夢は終わらない!

 

今回ご紹介するのは、広島の中心地をド派手に彩る「ひろしまドリミネーション」だ!

2回行ったぞ!どちらも1人だ!淋しッ!!

 

 

序章:おとぎの国に迷い込む

 

ひろしまドリミネーション

平和大通りなどを中心とした広島のど真中で開催される巨大なイルミネーションである。

 

おとぎの国へようこそ1

"ドリーム"と"イルミネーション"を合体させた造語で、おとぎの国をテーマにしたデザインが基本だ。

2022年は第21回であり、例年大体11月17日~翌年1月3日の48日間の開催なのだそうだ。

 

…あれはもう結構昔。確か2012年のことだったろう。

僕は意図せず、この幻想的な世界に飲み込まれたのだ。

まずはそのときの話をしたい。

 

*-*-*-*-*-*-*-*-

 

ひろしまお好み物語 広島駅前ひろば」という施設をご存じであろうか?

 

ひろしまお好み物語1

文字通り広島駅の南口すぐのビルの中にある、有名お好み焼き店が10数店舗入り乱れる総合施設である。

ビルの1フロアではあるが、それぞれの店舗が屋台風になっており、それらを眺めながら「どこのお店に入ろうか」とウロウロするだけでメチャ楽しい。

 

ひろしまお好み物語2

僕はそこに向かおうとしていた。

そこで夕食にお好み焼きをたらふく食べたいのだ。

間違いなくそれが、僕の今想像しうる一番の幸せ。

 

原爆ドーム

直前までライトアップされた「原爆ドーム」を眺め、「じゃあこのあとお好み焼きを食べて本日のミッション終了!」と意気揚々に広島駅に車で向かう僕。

 

しかしだ、平和大通りで異変に気付いたよね。

大渋滞で全然進まねぇの。何事?これ、何事??

 

おとぎの国へようこそ2

ノロノロと10分くらいかけて100mほどを進み、ようやく僕は理解した。

この渋滞の正体は、街中での盛大なイルミネーションによるものなのだ。

 

こりゃ、すごい界隈に突入してしまったものだ…。

サプライズで嬉しいやら空腹やらで、僕はどんな顔をすればいいのかわからなかった。

それが、僕とドリミネーションとの出会いであった。

 

おとぎの国へようこそ3

街中、狂おしいほどの電球で満たされている。

大通りの左右は路駐でギチギチ。

そして歩行者もわんさか溢れかえっていて、みんな写真を撮って楽しんでいる。

すごいぞすごいぞ。

 

おとぎの国へようこそ4

2012年の時点でも、140万球が街中に設置されているのだそうだ。

そして11月17日からスタートしたこのイベント僕の訪れた週末が、シーズン2回目の週末であった。

 

従い、なかなかの混雑っぷりだ。

秋の最後を迎える週末。まだ本格的な寒さになる前に、みんなイルミネーションを楽しんでいる。

 

おとぎの国へようこそ5

あれは鳳凰か!?それともフェニックスか?

どちらも一緒か??

 

他にも巨大なクジラ・ドラゴン・馬車・気球などなど、ファンシーな造形が続々と現れる。

写真には撮れなかったが、電球で造られたお城がすごかった。神戸の「ルミナリエ」を彷彿とさせられた。

 

おとぎの国へようこそ6

大きな波に乗る冒険の船。その後ろにチラッとクジラが見えている。

物語がそこにある。

 

ところで大渋滞で車はほとんど動かない。

ほとんど止まっている状態で、たまーに動く程度。

だから車中からこれらの写真を撮影させていただいた。

 

車中でよかったかもしれない。

周囲はファミリーとカップルだらけだから、1人でこのイルミネーションの雑踏を歩いていたら寂しさで死んでいたかもしれん。

 

おとぎの国へようこそ7

カーナビがあれば他の道を使って広島駅まで容易に行けるのだろう。

ただし僕の車のカーナビには西日本のデータが入っていないのだ。

地図とカンだけで西日本を走り回っている。

 

あ、広島の路面電車、近未来チックでバチクソにカッコいい。

 

おとぎの国へようこそ8

渋滞で進まないのは大変だけど、あまりのイルミネーションの規模感に、逆にこ
れを見れてラッキーだった。

人ごみの隙間からチラリと青く光るSLのイルミネーションも垣間見れた。

 

おとぎの国へようこそ9

距離にして数100m。一本道。

だからそこを車で通過するのであれば一気に全部見られるのだ。

すんごいお得な渋滞。日本一許せる渋滞。

 

おとぎの国へようこそ10

季節が冬へと移り変わるのを感じながら、僕は広島の町をゆっくりと車で走った。

 

さーて、腹が減ったな。

目指すお好み焼きのお店のある広島駅前、まだかなー…。

 

 

本章:星降る夜にいざなわれ

閑話休題:八昌のお好み焼

 

あれから数年が経過した。

クリスマスも既に終わり、世は年末年始休暇である。

 

八昌1

そんな中、僕は広島の中心地でお好み焼きを食っていた。

最高の年末の過ごし方である。

 

お店の名前は「八昌(はっしょう)」。

「広島でお好み焼きを食べたい」と思う人がWeb検索をすれば、大体目にするほどの超有名店である。

 

八昌2

薬研堀のお店が有名だが、すんごい混雑している可能性があるだろうと読んだ。

なのでその100mほど手前の流川店に入った。

ちょうどカウンター席が空いていて、そこに座ることができている。

 

八昌3

オーダーしたのは、オーソドックスに肉玉そば。

800円でリーズナブル。

そしてお店の人が手際よく作ってくれる様子をずっと見学していた。

 

八昌4

やっぱカウンターの方が、鉄板から直接食べれるからずっとアツアツでいいよね。

東日本ではなかなか体験できないこのスタンスにワクワクが尽きない。

 

そしてうますぎ、肉玉そば。

お酒が欲しくなるけど、今日はまだ運転しないとなんでガマンなのだ。

最後、車中泊のときに晩酌しようね。

 

閑話休題

 

イルミネーションに包まれて1

腹いっぱいになったところでふと冷静になった。

 

ここから10分もしないところでイルミネーションやっているよな。

ドリミネーション。

車はコインパーキングに停めてあり、今回は自分の足で自由に歩き回れる。

 

時刻はまだ18時台。僕も元気。

では、前回は渋滞の車の中から見ただけのドリミネーション、今回はゆっくり歩いて見てみても良いのではなかろうか。

 

イルミネーションに包まれて2

あ、見えてきた。

 

…そして、知らない町の喧騒を1人で歩くってなんかワクワクして楽しいよね。

そしてイルミネーションを1人で見るのもなかなかスリリングだよね。

 

そのダブル効果で、僕はシラフだけどもちょっとハイです。

「お酒飲みたい」ってさっき口走ったけど、なんか変な脳内麻薬出ているのでもういいです。

 

 

本章:ドリミネーション再び

 

平和大通りのすごい雑踏の中に、僕も潔く登場した。

わぁ、すごい。光の世界。

 

ドリミネーションを歩く1

そりゃ当然ね、周囲はカップルやファミリーだらけよ。

光のオブジェの前で代わる代わる記念撮影したりしている。

僕はちょっとそれを遠巻きに見て、人が少なくなったタイミングで撮影するのだ。

 

少し切ないような気もしたが、いや違う。僕は一人旅が好きなんだから、切ないハズがない。

これはきっと、年末特有の切ない気持ち。

そっか、年末だから切ないのか。そっかそっか。

 

ドリミネーションを歩く2

前回もチラッ見た記憶のあるSLだ。

目の前で改めて見てみるとファンシーでかわいいわ。

 

ちなみにイルミネーションの造形自体は毎年同じものが多いが、細かい色彩やライトアップパターンは徐々に進化しているぞ。

 

ドリミネーションを歩く3

前回に続き、ビッグウェーブエリア再び。

船とクジラと錨。

このエリアは青い光が溢れていて好き。

 

ドリミネーションを歩く4

その背後をフェニックスが飛んだりしている。

 

やっぱ車窓ではなく、歩いてみると角度も変えて見られるし間近に見られるしで、いろいろいい。

世界観にドップリと浸れることができる。

僕も光の世界の住人なのだ。

 

ドリミネーションを歩く5

だけどな、聞いてくれ。

当時の手記を読み返したら、「周囲が暗いのでなんとか1人で行動していても精神保てるわ」って、陰キャ丸だしなことを書いてあった。

 

全然光の世界の住人じゃなかった…!

YAMAのヤツ、あぁ見えてとんでもなく深い闇を抱えてやがる…!!

 

ドリミネーションを歩く6

しかし、思い返してみても特別な時間、ステキな時間であったことは事実だ。

こういう期間限定のシーンに巡り合うことは、僕の旅ではそう多くはない。

そんな経験をできて感謝。

 

ドリミネーションを歩く7

夜空に星は見えなかったが、イルミネーションの星は頭上に瞬いていた。

年末の、星降る夜のひとこま。

 

 

補記:ひろしまお好み物語 広島駅前ひろば

 

最初の章で僕が目指していた、ひろしまお好み物語 広島駅前ひろば。

これについてエピローグ的な立て付けで、ちょっとだけ触れたい。

 

ひろしまお好み物語3

原爆ドームからの3㎞程の道のりを、30分以上かけて広島駅前までやって来た。

早歩きと同じくらいの速度だ。

とても空腹。

 

ひろしまお好み物語4

駅前に聳える不夜城

最上階に「駅前ひろば」とネオンが燈っている。

行くぞ天守閣最上階!

 

ひろしまお好み物語5

まぁ内部については序章でお伝えした通りなのだが、10数店あるここのお店が屋台風になっていて、みんな陽気にお酒とか飲んでいて、これからまだ数100㎞走る予定の僕は「チクショウ!」って思った。

 

どの店舗も事前知識が無く、とりあえずグルリと一周したあと、座れそうな席のある「きゃべつ」という名前のお店に入った。

 

ひろしまお好み物語6

ユニークな店名だ。

どうやらキャベツにこだわりを持っているからこういう店名にしたらしい。

確かにお好みう焼きにおいてキャベツの存在はとても重要だが、なかなかに飛び道具な発想。嫌いじゃない。

 

特製もちチーズのお好み焼きをオーダー。

ヤベェ、このネーミングだけでヨダレものだぜ。

 

ひろしまお好み物語7

「これは富士山かな?」ってくらいの量のキャベツが生地の上に盛られ、最終的にドデンと上記のようなフォルムとなった。

なんだなんだ、この最強のミルフィーユは。

 

店員さんに「お皿を使うか、それとも鉄板から直で食べるか」って質問された。

ここはもちろん鉄板派でいきますわ。

 

ひろしまお好み物語9

キャベツふわふわ、チーズ濃厚、もちの重量感グッド、そばのカリカリに焦げた部分、最高。酒くれって思った。

 

いい夜だ。

イルミネーションとグルメ。

どっちもいいが、両方揃えば最高なのである。

 

*-*-*-*-*-*-*-*-*-

 

前述の通り、ドリミネーションは1月3日までの開催だ。

今季はあと4日間。

見に行きたい人は急げ!

 

さよなら、広島の町1

そして注意点だが今回掲載した写真、実際に眺めたのとは少し順番を組み替えているのでご容赦いただきたい。

 

しかしご紹介のイルミネーションについては、いずれも平和大通り沿いの6区画くらいに密集しており、数10分歩けば余裕で全部を眺められる。

順番はさほど気にはならないだろうと思う。

 

*-*-*-*-*-*-*-*-*-

 

年末にお好み焼きを食べ、イルミネーションを眺めた僕。

これは帰郷の旅へのひとこまだ。

 

さて、広島には元気をもらった。

遥か彼方の故郷を目指し、明日もまた走ろう。

 

さよなら、広島の町2

…という過去のエピソードでした。

これが2022年の最後の記事です。

 

今年はブログご訪問いただきありがとうございました。

来年も続々と楽しいスポットをご紹介します。

いろいろ既に対象スポットを考えてあります。

乞うご期待!!

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

良いお年を!!

 

 

住所・スポット情報

 

 

No.247【奈良県】現存する世界最古の木造建築「法隆寺」!王道だからこそ見に行くべき!

仮にいきなり知らない外国人に話しかけられ、「日本には何がある?」と聞かれたのであれば、僕だったら「日本には法隆寺がある」と答えるね。

「なぜ日本には法隆寺があるのか?」と聞かれたら、そりゃもちろん「聖徳太子がいたからさ」と答えるね。

 

その聖徳太子は、西暦622年に亡くなったそうだ。

ってことは、今年2022年は聖徳太子が亡くなって1400年だ。

そういうイベントもあると以前より耳にしていたし。

 

聖徳太子没後1400年記念。

僕はひそかにそれに合わせ、2022年内に彼の主要な功績の1つである「法隆寺」を取り上げようと思っていた。思っていた…。

 

なんてこった!(阿行)

しかしだ、各種聖徳太子没後1400年記念イベントってのは、2021年に行われていたのだ!

 

いっけね、没後1400年って、単純に1400を足すのではなかったのか。

1年も気付かずにのほほんと暮らしちまった。

Webを調べたら聖徳太子没後1400年記念実行委員会、今年の6月で全てのミッションを終えて解散していた。

もう更地に戻っていやがる。

 

なんてこった!(吽形)

この緊急事態に年の瀬の僕はしばし頭を抱えた。

でも、書くっきゃねぇ。

没後100年だろうと1401年だろうと、法隆寺がカッコいい寺院なのは事実なのだから。

 

 

クリスマスはジングル法隆寺

 

リア充は「クリスマスの思い出は?」って聞かれたら、恋人とのスウィートな思い出話でもすぐに出てくるのだろうが、僕が「クリスマスの思い出は?」って聞かれたら「法隆寺」と答えるに決まっている。

 

今日はクリスマスである。

なのに僕は1人、奈良に車中泊旅行に来ている。

なんて渋いクリスマスなのだろう。

 

どうしても法隆寺1

でも急に奈良に行きたくなったのだからしょうがない。

どうしても法隆寺を訪問したかった。

僕は南大門をくぐる。

 

おっと、ここで前提情報だが僕は法隆寺に5回ほど訪問している。

その中でも日本4周目と6周目の写真をミックスさせてお届けしたい。

ジングル法隆寺を実現したのは日本4周目の方だ。

 

どうしても法隆寺2

西院伽藍が見えてきた。

なんなんだ、この僕の視界に入る絵面は。

最高すぎるだろ。歴史の教科書が具現化し、矮小な僕に襲い掛かって来ている。

僕1人では到底太刀打ちできない歴史の重みだ。

 

正面に見えている西院伽藍の入口にあるのが中門。

そこに金剛力士像が立っている。もう上の写真、左右で構えている金剛力士像が小さく見えるぞ。

 

どうしても法隆寺3

「日本最初の世界文化遺産 法隆寺」と大きな岩に刻まれている。

自然と背筋が伸びる。

 

僕は子供の頃にもここに来ているが、何の興味もありがたみも感じていなかった。

子供の頃の家族旅行や修学旅行って、そんなもんだよね。

そんなもんだけども行っておくってのが、実は大事だったりするんだけどね。

 

どうしても法隆寺4

車の免許を取ってからも2回ほど来た。

自主的に法隆寺に来たのだ。子供のころと比べればすごいステップアップだ。

 

しかし無料ゾーンのみの見学だった。

西院伽藍(その他の設備との共通券だが)を見学するには2022年現在では1500円であり、当時はもう少し安かったけれどもやっぱちょっとお高い。

それをもったいないと感じたのだ。

 

どうしても法隆寺5

さっきも掲載した西院伽藍の外側。

つまりかつての僕は、上の写真のところまでを見て撤退したのだ。

 

そいつはいけねぇぜ。

だからクリスマスの日、僕は奈良にやってきた。

金を払ってでも西院伽藍の内側の世界を知りたい。

僕はそう思えるような渋くてダンディなイケメンになっていた。

 

サンタは僕に詫び寂びを理解する力をプレゼントしてくれた。知らんけど。

 

 

西院伽藍が放つ歴史のインパク

金剛力士

 

西院伽藍のゲートである中門を守るガーディアン。金剛力士像。

どれほどの戦闘力を秘めているのか。

 

西院伽藍1

はい、すごい迫力だ。勝てる気しません。

711年の作品と言われている金剛力士像。その高さは4m近くある。

ただただ圧倒される。

 

西院伽藍2

ここから先、彼らの守る仏の世界に足を踏み入れるのだ。

お邪魔します。粗相の無いようにしなければならない。

 

西院伽藍3

ここで料金所の登場である。

1500円ほどを財布から取り出し、お支払いした。

西院伽藍・東院伽藍・大宝蔵院の共通券だ。

 

これで僕は法隆寺に対し1500円以上の価値を見出さなければならない。

いや、そもそも法隆寺にはきっとそれだけの価値があるはずだ。

それを感じられなかったら、僕はそれまでの人間ということだ。

つまりこれは法隆寺との闘いなんかじゃない、自分自身との闘いなのだ。

 

 

五重塔

 

西院伽藍4

すっっばらしい!!

 

左が五重塔、右が金堂である。

ちょっと吹雪いていたが、一瞬の晴れ間を縫って撮影したのが上の写真だ。

 

まさにこれらが、世界最古の木造建造物といわれているもの。

法隆寺自体は西暦607年に建立されたのだが、670年に焼失している。

その後まもなく再建されたのが、今日の法隆寺だ。

いずれにしても1300年ほどの歴史のある建造物であることは事実。

 

西院伽藍5

そりゃ1300年も経っているので、いろいろ少しずつ木材は取り替えている。

こうやって外から見える部分は、飛鳥時代当時のものはほとんどないであろう。

 

ただし、この五重塔の中心を貫く巨大な柱は紛れもなく飛鳥時代のもの。

上質なヒノキを使い、そして五重塔の各階層とはガッチガチに固定させていないから、地震が来ても衝撃を逃がせる構造なのだそうだ。

これ、「東京スカイツリー」にも使われている工法らしい。

 

西院伽藍6

「すばらしい!」と先ほど思わず唸ってしまったが、果たして何が僕にその感情を抱かせたのか。

 

いろいろ改修してパーツは交換されているけれども、1300年前の人とほぼ同じものを見ているという不思議な感覚が、たまらなくエモいと感じたのかもしれない。

静かな境内で、お寺の人が竹ぼうきで白砂を掃く「ザッザッ…」という音が、神聖さを演出してくれたのかもしれない。

 

西院伽藍7

自分自身で振り返ってもよくわからない。

写真を見返してもよくわからない。

でも、ありきたりな表現かもしれないけど、現地でしか味わえない雰囲気を、僕は感じたのだ。

 

西院伽藍8

あとね、あなたも法隆寺に行くのであれば、ぜひこの五重塔の内部を覗いて見てほしい。

東西南北の四方から、内部をチラッと覗けるのだ。

写真撮影禁止だが、これがすごかった。

 

目を凝らしてギリギリ見えるくらいの薄暗い空間。

そこに巨大な木を削って作られたと思われる、仏教の世界感と多数の仏像。

711年に造られたままのものらしい。

なんだかドロリとしたその造形に、僕はある種の恐怖感さえ覚えた。

 

 

金堂

 

西院伽藍9

そして五重塔の隣の金堂だ。

軒がすっごい張り出ていて、「まるで鳥が羽を広げたよう」と形容されることもある建物。

 

これも飛鳥時代から残る、世界最古の木造建造物の1つ。

ちなみに一番下の軒は奈良時代に追加されたパーツだそうだ。

 

西院伽藍10

最上階では、張り出た軒を支えるための柱がある。

これは江戸時代に大規模な修復をした際、「この建物、軒が張り出し過ぎていつかバキッと行くんじゃね?」って心配されて追加されたものだ。

 

柱には龍が巻き付いているのが目視できる。

 

西院伽藍11

頭が下になっているのが下り龍だ。

すごい重厚感のある彫刻。「日光東照宮」を彷彿とさせる彫り方だ。

後世のものだが、なかなかにこの世界観に馴染んでいる。

 

西院伽藍12

別の柱の登り龍。カッケェェ!

何!?その目のあたりからほとばしっている青いヤツ、何!??

プラスチック?

…じゃないにしても、江戸時代にそんなカッコいい素材あったの!?

 

西院伽藍13

あと、この金堂の中も見学できる。

そこは撮影禁止なので写真はないが。

 

中に鎮座していたのは、釈迦三尊像薬師如来像・阿弥陀三尊像・四天王像などなど。

これヤベーぞ、教科書でお馴染みだった面々たちだ。

教科書の内容が「現実」として目の前に現れる、この興奮よ。

 

西院伽藍14

西院伽藍内の大講堂。

925年に焼失してしまい、990年に再建されたそうだ。つまり平安時代か。

中には薬師三尊像がいる。

これも再建時に造りなおしたものなんだって。

 

確かに法隆寺のメインどころはこの西院伽藍なのだが、もうここだけでお腹いっぱいだ。

既にお金を払っただけの価値を実感している。

 

 

東院伽藍、その他も見どころ多し

 

このあとは、次の有料ゾーンである東院伽藍に向かうのだが、ちょっと箸休めで無料スポットも見よう。

いや、箸休めなんて言葉を使うのはとても失礼なのだが、なんとなく言わんとしている意味だけご理解いただきたい。

 

東院伽藍・他1

これは三経院という建物。

 

大前提として、この法隆寺を造ったのがあの「聖徳太子」だ。

ちょっと難しい話になるんだけど、もともと勝鬘経維摩経法華経っていう仏教の経典があってさ、それを聖徳太子が注釈をつけた書物が三経義疏

そこから名前を取った建物だ。

 

この建物自体は鎌倉時代に建てられ、その用途は「聖徳太子三経義疏を講義するため」というものだ。

 

勝鬘経維摩経法華経も話すといろいろ長くなる。

特に法華経は日本最古の肉筆による物品であり、聖徳太子の肉筆と言われたりそうでない説もあったりとアレコレ論争があるけど、話すと終わらないので止める。

 

東院伽藍・他2

これも無料エリアにある、食堂である。

もらったパンフに「食堂」って書いてあり、お堂などの格式ばった名称が並ぶ中でメッチャ親近感のあるフレーズだったので「行かなきゃ!」って思って来た。

しかしなぜか最悪なほどにヘタクソなアングルである。申し訳ない。

 

聖徳太子の生きた飛鳥時代ではなく、もう1つ後の奈良時代のものらしい。

創建当時は法隆寺の寺務所だったけども、平安時代に入ってからはお坊さんたちの食堂として使われたそうだ。

 

ちなみに食堂(しょくどう)ではなくって食堂(じきどう)と読むんだって。

ここは現代人に親しみらしく"しょくどう"であってほしかった思いもある。

 

東院伽藍・他3

2つ目の有料エリア、東院伽藍にやってきた。

ここは少し小規模。

 

日本4周目のときにはここで急に曇り、雪がチラついてきた。メチャ寒い。

日本6周目のときは修学旅行っぽい生徒たちがいて、境内ワチャワチャと混雑していた。

 

東院伽藍・他4

左手に映っているのが鐘楼。鎌倉時代のものなのだそうだ。

しかし中に納まっているのは奈良時代の鐘。

いずれにしても想像できないほど昔のものなのだな。

 

東院伽藍・他5

東院伽藍のシンボル的な存在、夢殿だ。

八角形のデザインが珍しい、奈良時代の建物。

 

中には飛鳥時代の作品である救世観音像が収まっている。

これは1200年ほどに渡って封印されていた秘仏中の秘仏だけども、今は年2回公開されているようだよ。

 

東院伽藍・他6

ファンシーなネーミングと造形の夢殿であるが、その救世観音像こそが法隆寺最大のミステリーではないかと僕は思っている。

 

聖徳太子亡き後に、聖徳太子の等身大の仏像を造ろうってなってできたのが、この救世観音。

しかしその仏師が完成直後に謎の死を遂げる。

人々はなんだか怖くなって、木綿でグルグルにして未来永劫封印としたのだ。

 

東院伽藍・他7

その掟を破ったのが、1200年後の「岡倉天心」そしてアメリカ人の芸術家「アーネスト・フェノロサ」。

法隆寺側にメッチャ頼み込んで、ようやく封印を解く許可を得た。

 

扉を開けると数100mもある布でグルグル巻きにされた救世観音が出てきて。

でも奇妙なことに聖人扱いされている聖徳太子の等身、つまりは扱いは本人と同じくらいであってしかるべきなのに、いろんなところに釘が打ち込まれていて。

 

しかも極めつけは仏像の背後に設置する光背っていう、後光が射しているような演
出をするためのパーツがあるじゃないですか。

これは当然本来だったら仏像を傷つけないようにいい感じのポジショニングで設置
されるんだけど、コイツの場合はクサビで後頭部にモロに打ち付けられていたそうで。

ありえん。

 

何か強烈にネガティブな事情があったのだろう。

僕も機会があったらこの救世観音の特別公開、見に行きたい。

 

東院伽藍・他8

最後に、3つ目の有料施設である大宝蔵院に入った。

これはようするに博物館だ。

 

最新の設備で照明・温度・湿度が保たれた環境下に、厳重に歴史的価値のある物品が展示されている。撮影は禁止。

 

こう、これはあなたご自身の目で見ていただきたい。

歴史の教科書などで見たもののオンパレードだ。

だけども教科書の小さな写真と実物とでは、迫力が雲泥の差だ。

これはいつもTVで見ている芸能人と実際対面したときの気持ちとかと一緒かもしれない。経験したことないから知らないけど。

 

とくに有名なのは玉虫厨子だろう。

一面ビッシリにタマムシの羽が貼られ、虹色に輝く厨子だ。

息をのむような迫力だった。

 

1400年前の世界が、手の届くようなところに広がっていた。

 

 

1400年の時を越え、さらに未来へ

 

聖徳太子没後1400年。

すっごく昔の話であり、1400年で世界の技術も人々の暮らしもまるで変った。

それでもすごいものはすごい。

残るものは残る。

そう感じた。

 

…ん?

だけども1400年前って、そんなに古いか?

100歳まで生きる人が14回バトンを繋げば、聖徳太子の時代まで遡れる。

 

人間だから長く感じるけど、昆虫や動物であれば14ループはそんなに長くはないであろう。

だけども14ループ前の時代の遺物・遺構はあまりに少ない。

前時代のもんはどんどん失われていっている。

 

僕らが死んだら、何が残る。それはいつまで残る?

きっと切ないほどに少なく、そして短い。

 

だけども目に見えない、かたちに残らない何かが脈々と未来へ受け継がれていくのだろう。

それが人生であり、種として命を未来に繋げるということなのだろう。

 

 

僕はまだ物事をそこまで達観した目線で見ることはできない。

 

だから今はあがきたい。

束の間かもしれないけども、このブログが僕の存在している証明。

このブログがある限りは、僕の生き様をほんの少しだけ世間に知ってもらうことができる。

 

法隆寺を出ると、途端に世界は現代へと戻った。

交通量の多い市街地を走りつつ、次のスポットを目指してハンドルを握る。

 

僕は今日も走る。

そして来年も。

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

 

No.246【神奈川県】森の高台に現れる天空のカフェ「樹ガーデン」!残念ながら年末に閉店!

古都鎌倉。

三方を山、そして残る一方を海で囲まれた、天然の城塞都市である。

かつて幕府が築かれたのも頷ける。(あ、大河「鎌倉殿の13人」お疲れさまでした!)

 

特は流れて現代。

そんな山の中にとてもオシャレなオープンテラスのカフェレストランがある。

「樹(いつき)ガーデン」。

 

ここはすごいぞ。

"天空のカフェ"とか"ジブリのようなカフェ"と形容され、海外の日本案内の資料にも「鎌倉行くならここ行っとけ!」的な感じで書かれたりしたそうだ。

 

 

1980年に創業し、40年以上の歴史を誇るこのお店。

残念ながら2022年12月27日に閉店する。この記事を公開した時点で、あと2日だ。

 

11月に発表され、12月中旬にはWebニュースで大々的に取り上げられもした。

ちょっと待て、閉店前に行きたい。行く。

そして、なぜこんなにも歴史あるオシャレでインスタ映えするお店が閉店してしまうのか。

 

実際の滑り込み訪問記録と共に、そこいらをご紹介したいと思う。

ご紹介したところで、それを参考にこれから行ける人はほぼ皆無だと思うが…。

 

―  だからこの記事は、樹ガーデンが閉店しなかった世界線、樹ガーデンに奇跡が起きて復活した世界線に生きるあなたに贈ろう ―

 

 

ファーストロットを狙え

 

12月も後半である。

関東南部は温かそうなイメージがあるが、現場をナメるなよ。

そのように自問自答し、一番温かい上着をクローゼットから出し、カイロをセットした。

 

山の中のカフェへ1

平日の9:30である。

樹ガーデンの開店は10:00だが、顔込み客が殺到で週末の日中は3時間待ちまでいったと聞いている。

 

それはちょっとイヤなので、平日の開店と同時(ラーメン用語で言えばファーストロット)にありつけるような時間でやってきた。

あと、快晴であることをちゃんと確認してやってきた。

 

山の中のカフェへ2

7・8台分ほどある無料駐車スペースは残り2台であった。

あと、誘導員さんが常時立っていてくれていた。親切。

 

山の中のカフェへ3

車道沿いから見上げる看板もかわいい。

しかしこれだけ見てもカフェレストランだとはわからないから、知っている人でないと100%スルーしてしまうと思うがな。

 

山の中のカフェへ4

さて、ここからは「大仏ハイキングコース」という登山路である。

”大仏”とは「鎌倉の大仏」を指しており、この山を乗り越えた先には鎌倉の大仏が鎮座しているので、頑張れば歩いて行ける。

 

そのコースの途中にカフェがある。

かわいいレンガのゲートをくぐり、階段を昇り始める。

 

山の中のカフェへ5

階段はキチンと整備されているし綺麗であり、途中2箇所ほどにベンチもある。

 

結論から言うと道のりは想像していたより数倍余裕だった。

10数分は歩くのかと思っていたが、モリモリ歩いて1分ちょっとだった。

 

階段166段だ。ちょっとした駅であれば、電車に乗るまでこのくらいは普通に歩くだろう。(少しだけ息切れしたのはナイショ)

 

山の中のカフェへ6

階段の先に、店舗の裏側が見えてきた。

心躍る。

 

 

開店前30分の過ごし方

 

だがまだ開店までは30分あるため、テラス席スペースには入れない。

待機用のスペースが解放されており、そちらを案内された。

 

待機スペース1

上が待機スペースの写真。

一見屋内に見えるかもしれないけど、壁の無い半屋外の空間。

来た順に座るよう案内されたところ、僕の前には小さなストーブがあって少し幸せを感じられた。

 

待機スペース2

小さなコーンを渡された。

「5」と書いてある。僕が5組目ということだ。

ファーストロットは余裕でゲットできるな。よかった。

 

ちなみにWeb情報では「10時の開店と同時に行ったら、1時間待ちだった」と書かれていたりもした。

カフェだからみんな1時間くらいは滞在するのだろう。

ファーストロットかどうかで運命は大きく変わるのかもしれない。

 

待機スペース3

これ、僕の座っている位置の右側なのだが、まるで結婚式場の一角のような格式を感じる。

山の中にコレだぜ。

そしてコレがあと数日で閉店なんだぜ。悲しみ。

 

待機スペース4

そして僕の後ろ側のスペースがコレだ。メルヘン。

 

向こうの方では女性スタッフさんたちがテラス席にポインセチアを設置したり、なんやかんやと打ち合わせしたりと忙しそうだ。

しかしスタッフさんたち、12月の木枯らし吹きすさぶこの時期にワイシャツあるいは薄手のダウンだ。かなり寒いだろうな…。

 

チラリとしか見えなかったが、9:50時点でやってきたお客さんに「17」のコーンが手渡されていた。

 

待機スペース5

開店10分前の9:50、「1」の人から移動するように言われた。

やって来たのはオープンテラススペースの奥側。

待機用のイスが横並びにセットされていた。

 

メニューブックは3つほどしかないらしく、まず「1~3」の人がメニューを見てこの場でオーダーし、先に会計するらしい。

 

待機スペース6

上記がその図だ。

順々にオーダーと会計が進み、都度僕らは写真の向かって奥の方にズレていく。

会計まで終われば、晴れて一番奥の日向に到達できるぞ。

 

ちなみにここで希望者はブランケットを貸してもらえることとなった。

ありがたい。借りよう。

 

待機スペース7

「5」の僕にメニューが回って来たのは、ちょうど開店時刻の10:00だった。

ドリンクメニューは各種あるが、フードメニューは基本的に上の見開き2ページだ。

 

クロワッサン ワンプレート(ドリンク付き) ¥1500

ガーデン特性ミートソース クリームスパゲッティーニ ¥1500

ズワイガニ・フルーツトマト・九条ネギのスパゲッティーニ ¥1500

樹ガーデン・コーヒーゼリー ¥700

自家製チーズケーキ ¥700

クロワッサン アイスクリームサンド バニラ ¥800

 

僕は同行者と2人なので、クロワッサン ワンプレートとズワイガニのパスタにしよう。

あとはパスタには別注でホットコーヒーをつける。

それとチーズケーキ。

 

「3」か「4」の人が、スタッフさんに「追加注文できますか?」と聞いていた。

返答は「できますけどまたここでオーダーしてもらうこととなります。そして混み合っているので、提供まで1時間ほど待つことになるかも…」とのことだった。

コーヒーは食後派の人もいるだろうが、一緒にオーダーしてしまうのが安牌だ。

僕も普段は食後派だが、寒いので今日は最初がいい。

 

待機スペース8

この施設で会計をする。先会計だ。

「このあとはお好きな席へどうぞ。コーンをテーブルの上に置いておいて下さい。」

「今日は富士山が綺麗ですよー。」

的な感じのコメントをいただいた。

 

接客はどのスタッフさんも感じよかった。笑顔最高。

 

待機スペース9

この時点で10:05。

9:50に「1」の人にメニューが渡され、「5」の僕が会計するまでに15分。

つまり1組のオーダーに3分かかっているということだ。

 

10組であれば30分、20組であれば1時間。

もうすでに「20」くらいのお客さんまで来ているだろう。

なるほど、「10時の開店と同時に行ったら、1時間待ちだった」の理屈はこれだったのかもしれない。

 

待機スペース10

よーし、これで広大なガーデンに解き放たれたー!

 

しかし「お好きな席へどうぞ」とのことだったが、このタイミングで全くの初見。

そしてここの敷地の構造は結構複雑。

さて、どこに座ろうか…、アワワワ…。

 

 

天空のカフェ・樹ガーデン

 

僕はお気に入りの座席を見つけるべく、ここでザックリとオープンテラスを一周した。

眺めがいいことも大事だが、いかんせん12月の朝は寒い。

ちゃんと日が当たっている席であることも大事だ。

 

では、ウロウロした僕の目線で、樹ガーデンの全容をご紹介しよう。

なお、雰囲気を出すだめにちょっと彩度を上げて撮影した写真もあるのでご了承いただきたい。

 

天空のカフェ1

森の中に現れた、弧を描くレンガ造りの回廊。

そこに赤と白の鮮やかなパラソル。

 

…樹ガーデンを説明するなら、上記の2文に尽きると思う。

目の前に広がるこの光景に「わぁ」と思わず声が出る。

 

天空のカフェ2

鎌倉の遅い紅葉に、今朝日が当たっている。

 

座席は4人掛けと2人掛けがある。

Webでは70席あると書かれていたり、もうちょっと数が少なかったりする。

だけどもパっと見ではもっとありそうな気もした。

少なくともかなり広大な空間で、1組1組がのびのび過ごせるシチュエーションだ。

 

天空のカフェ3

シクラメンの植木。

こういう1つ1つのインテリアが丁寧で、とても好感が持てる。

 

天空のカフェ4

樹ガーデンでは、完全に屋内の座席というのは存在しない。

基本的にこのようなテラス席だ。

 

そして真夏だろうと真冬だろうと、雨だろうと風だろうと営業している。

まずはこちら側の装備をしっかり整えなければならない。

今回は目いっぱい厚着をした上で快晴の日を狙ったが、もし雨だったら3倍ハードな環境だったであろうな…。

 

天空のカフェ5

テラスタイプのお店である理由は、このカフェの成り立ちを知ると納得だ。

 

もともとはここ、オーナーさんの別荘だったのだ。

だけどもハイキングコースに隣接していることから、登山客から「休憩したい」・「ケガしたので助けてほしい」などの要望が続々と来ていた。

…であればということとで、登山客用の休憩所としてカフェ的な営業を開始した。

 

これが1980年のことである。

 

天空のカフェ6

つまり、僕ら一般人が想像するカフェが起点なのではなく、「登山の途中の休憩施設」が起点なのだね。

であれば、店舗の軒先でちょこっとコーヒー飲むとかもありふれた光景だ。

出発点はそこだったのだ。

 

天空のカフェ8

その後、山のかたちに合うように少しずつレンガを敷き詰めて座席を増加させ、今のように複雑な構造のテラスガーデンとなったのだ。

だから不規則な席配置であり、一部狭い通路や階段もあるが、それがまた楽しい。

 

天空のカフェ9

富士山も見えた。

位置を工夫すればもっと見える場所もあったと思うが、富士山目的ではないのでこれで充分。

 

天空のカフェ10

ここまで3分ほどウロウロし、座席も「ここがいいかな?それともあそこが…?」とちょっと悩んだりした。

まだほとんどお客さんがいない時間帯だからこその特権だろう。

 

そして結論、上の写真の一番奥にすることにした。

日当たりOK、紅葉OK、良物件ではないだろうか。

 

 

木枯らしの中のティータイム

 

最初のメニュー、チーズケーキがやって来たのは着席して3分後だった。

調理のいらないメニューとは言え、なかなか早い。

 

ティータイム1

これはデザートに食べよう。

しばらく放置することになるが、ここは天然の冷蔵庫なので問題ないはず。

 

ティータイム2

さらに3分後には、クロワッサンプレートとコーヒーが届いた。

あと、お店で焼いた1口大のガトーショコラがサービスでやってきた。

 

会計してから7・8分なので、なかなかの早さだ。

待ち時間の半分はガーデン内をウロウロしていたし、残り半分はテーブル席から周囲の景色に見とれていたので、全然待った感覚はない。

 

もちろんこの先どんどんお客さんが来るから、さっき見耳に挟んだ通りオーダーから1時間待ちとかになるのだろうな…。

 

ティータイム3

温かいメニューは、時間との闘いである。これマジである。

とんでもない速度で冷めるからだ。

 

クロワッサンは、パリの名店「メゾン・ランドゥメンヌ」の生地をこの店で熟成させて焼いたのだそうだ。ザックザクでうまい。

それにクラムチャウダーとフライドポテトがついている。

最初は温かくてとても癒される。

 

カフェタイム7

1・2分後にはズワイガニのパスタもやってきた。

ビジュアルが美しいぜ。

 

実はパスタ類は運んで来るうちに冷めないように、白い陶器のフードカバー(クローシュ)を被せてサーブされる。

これ、写真撮れるタイミングなかったな。

 

 

フードカバーでピンと来ない方のために、「いらすとや」さんで描かれている画像を上記に添付しておく。

これよこれ。なかなか実物を見る機会はない。

 

細い麺だがしっかりとした歯ごたえ、ズワイガニの風味、そしてオレンジ風味のオリーブオイルを使っているのが特徴だ。

とてもうまい。しかし冷めるスピードが気になる。

 

カフェタイム8

ガッツくのももったいないし、せっかくのカフェタイムなのである程度ゆっくりは過ごしたい。

だから普通のペースで食べていると、残り3分の1は冷製パスタになる。

これはこれでおいしいけどな。

 

カフェタイム9

そんなだから、スタッフさんたちもお客さんの元に運ぶのは大変だろう。

前述の通り、お客さんは既にオーダーを終えた上で好き勝手な場所に座る。

 

だからスタッフさんは、料理を運びながらお客さんを探すのだ。

しかもこの結構広い高低差のある敷地で。

さらには最初に提供された小さなコーンの数字を確認しながら。

 

わりとウロウロしてしまっているスタッフさんも多い。

ただし1分の提供の遅れで料理は結構冷めてしまうだろう。

真冬も雨の日もこのシチュエーションなのであれば、どうにかもっとスマートな運用を発明したいところだったね。

 

カフェタイム10

デザートのチーズケーキ、しっとりとしていてとてもおいしかった。

このタイミングで改めてアツアツのコーヒーがあれば最高なのであるが、コーヒー無くてもうまいもんはうまい。

 

カフェタイム11

10:45ごろ、席を立った。うまかったが、寒い。

食べ終わる少し前に、近くに「22」の人が来た。

まだ空席が目立つが、店の前にはまだ着席できない人が多く並んでいる様子だった。

 

カフェタイム

たぶんこれが最初で最後の訪問。

ごちそうさまでした。

 

美しい庭園と紅葉を目に焼き付け、僕は天空のカフェを後にする。

 

 

なぜ閉店してしまうのか

 

こんなステキな樹ガーデン、なぜ2022年12月27日で閉店してしまうのか。

ファンも多いし残念がる声がいろいろ聞こえてきているのに。

 

そこにはちょっとセンシティブな大人の事情が絡んでいる。

 

閉店騒動1

駐車場からの階段入口に掲示してあったプレートに力いっぱい記載してあったが、ちょっと要約しよう。

 

2019年、とある市民から役場に情報提供があったのだ。

「樹ガーデン、本来調理しちゃいけない設備で調理していると思うんだけど?」って。

すごく平たく言うと、一般人の住居を飲食店の厨房にしてはいけない。厨房はそれなりの設備を整えなければいけない、ってこと。

 

2019年秋、市役所は樹ガーデンに是正を求めた。

そこからの3年が、どうやら泥沼だったようだ。

 

閉店騒動2

オーナーさんは例外的に認めてもらえるよう交渉を続けた。

 

「ハイキングコースの休憩所としてやってほしいと言われたからやったんだし。売り上げは鎌倉の森林の保全の宛てているし。だからここいらの景観も保たれているし、国内外問わない人気スポットになったっていう側面もあるでしょ。

古都鎌倉は、最新のルールだけを当てはめてもうまくいかない部分もあるしさ、こういうった貢献も含めて例外措置にしてもらえないだろうか。」…と。

 

それに対し、役場は「例外はない」と跳ねのけた。

 

閉店騒動3

例えば駐車場付近で調理をし、ゴンドラで山上まで運ぶなどの案もあったそうだ。

実際食材等はゴンドラで上げ下げしているし。

だけども、オーナーさんは現在の運用を変えることは考えなかったそうだ。

 

ついにオーナーさんは交渉に疲れ、2022年11月に、年末閉店を決定した。

…というのが事の概要。

 

閉店騒動4

難しい問題だなー、どっちの気持ちもわかるしなぁ…。

 

オーナーさんはお店を開始した当時は「住居のキッチンを飲食店の厨房にしてはいけない」って知らず、そこの部分の確認と営業許可は取っていなくって、それは反省しているそうだ。

つまり1980年当時からそういうルールはあったのだな。

 

閉店騒動5

Webでは「1人の市民からのタレコミさえ無ければ」とか、「役場の対応が冷たい」という声も聞こえる。

 

まぁ前者はさておき、後者もルールに則っているだけだから「温かい冷たい」だけの問題ではない。

悪人は誰もいないのだ。

 

閉店騒動6

それよりも「なんでこんなルールがあるのかな?」ってところに目を向けないといけない。

 

ルールには理由がある。

「こういう設備で調理しないと、万が一のときに大事故になるでしょ?」みたいな基準だと思う。

防火・喚起などがこれの筆頭だと思う。

 

これが不適切であれば、いつか大事故になって多くの犠牲者が出る可能性もある。

「周囲に貢献したから例外的に認めてよ」は、その趣旨とはちょっとベクトルが違うように感じられる。

 

閉店騒動7

「基準を満たした設備で営業をする」っていうのは、きっと市としても譲れない部分なのだろう。

 

両者の折衷案を見いだすとすれば、「ルールに則った設備で営業はしてもらうけど、今までの貢献を加味してその費用負担は…」とか、そっち側になるんだと思う。

 

閉店騒動8

いずれにしても、悪人はいないのにみんな不幸になりそうで心配だ。

みんなから愛されているお店なのに。

 

僕だって、願わくばこんなモヤモヤした気持ちではなく、100%のルンルン気分でティータイムを楽しみたかったけどな。

 

 

また会える日を夢見て

 

退店しようとしたときだ。

閉店反対の署名運動の紙を見かけた。

 

また会える日を夢見て1

前項で記載した通り、僕は閉店は悲しいけども市の方針に反対しているわけではない。

だけども「閉店に反対」は事実だ。

そういう意味から署名しておいた。

 

また会える日を夢見て2

僕はカフェが好きなのだ。

そしてきっとこの時期にわざわざここに来る人もきっとカフェ好きだ。

カフェ好きにとって居心地のいい空間が無くなるのはちょっと嫌だ。

それだけは事実なのだ。

 

また会える日を夢見て3

ふと見ると、ガーデン部分とは反対側の建物の裏側には、しっかりと屋根のあるスペースもあった。

ただし壁はないのでほぼ屋外だが。

 

また会える日を夢見て4

ほんの少し目線を左にずらせば、ご覧の通りの屋外なのである。

 

満員状態でもここを使っていないということは、雨天専用スペースなのかな?

ここもとてもオシャレだ。

機会があればあえて雨の日にも来てみたかった。

梅雨の時期など、よかったのかもしれない。

 

また会える日を夢見て5

12月27日でこのお店は閉店するのだろう。

 

しかし、今と全く同じ…とはいかないまでも、またいつか復活することを祈っている。

ここまで愛着を持ち、一からあの天空のカフェを創設したオーナーさんであれば、次の作戦を展開できると考えている。

 

そのときはまた訪問してみたい。

からしばしのサヨナラなのだ。

 

また会える日を夢見て6

未来への願いを込めて、冒頭の文言を少しだけ改変して繰り返す。

 

―  この記事は、樹ガーデンが閉店しなかった世界線、樹ガーデンに奇跡が起きて復活した世界線に生きるあなたと、そして僕自身に贈ろう ―

 

ラスト2日の営業、鎌倉は両日きっと快晴ですね!

良いフィナーレを!!

 

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: 樹ガーデン
  • 住所: 神奈川県鎌倉市常盤917
  • 料金: クロワッサン ワンプレート(ドリンク付き)¥1500他
  • 駐車場: あり
  • 時間: 平日…10:00~15:30、土日祝…9:30~16:00

 

No.245【石川県】「聖域の岬」に「日本の重心」!?珠洲市三崎町の不思議スポットを巡る!

能登半島の先端に当たるのか当たらないのか…という場所にある町、珠洲市三崎町。

この町には超常的なスポットが2つある。

 

1つは「聖域の岬」。もう1つは「ここが日本の重心地の碑」。

どちらもその概念は目に見えないもののような気がして、最初は頭に「?」が浮かぶ。

 

そういうときはアレだ。

考えるのではない、感じるのだ。

 

…というワケで今回は、この2つのスポットを一気にご紹介しようと思う。

 

コーヒー飲みながら走ろうぜ能登

 

 

聖域の岬

謎が謎を呼ぶ

 

能登半島は昔から好きであり、よく走りに行っていた。

そんな僕が最初に「ファッ!?」って思ったのは、いつだっただろうか?

2009年頃だっただろうか?

 

聖域の岬1

何かと言うと、能登半島先端付近の珠洲市三崎町の道路に上記のような標識が設置されたのだ。

 

日本三大パワースポット

珠洲岬 最先端 聖域の岬

秘湯 ランプの宿

絶景 空中展望台

 

正直に言おう。僕は違和感を感じてしまった。

まずは"パワースポット"という言葉がそんなに好きではなかった。

まぁ神社参拝するし初詣も行くから矛盾はあるんだけど、「ここでこれをすればパワーを得られる、幸せになれる」的なことは信じないタイプの人間であった。

 

さらに能登半島の最先端は「禄剛崎(ろっこうさき)」ではないかと思っていた。

 

drive-ns.hatenablog.com

 

ただ、上記禄剛崎の記事にも書いたが、最先端の定義はとても難しい。

どちらが先端なのかは正解はない。

それであっても、思い入れのある禄剛崎から"最先端"の称号を取られて「アレレ」な気持ちになった。

 

聖域の岬2

さらに言えばこの看板の構成、左の文言が概念であり、右がスポット名称だと認識した。

つまり「秘湯(概念)―ランプの宿(スポット名)」・「絶景(概念)―空中展望台(スポット名)」。

「秘湯であるランプの宿」・「絶景である空中展望台」。

 

だけども一番上だけ「珠洲岬(概念?)―最先端 聖域の岬(スポット名?)」だ。

逆だろう。僕はそう思った。

珠洲岬である聖域の岬」?

 

国土地理院が"聖域の岬"と認めたのか?

国土地理院のページにも見に行った。

 

聖域の岬3

予想通り、"珠洲岬"だった…。

聖域の岬って、通称じゃないか…。なんてこった。

 

ところでせっかく今回は珠洲岬を取り上げるので、プチ情報。

実は珠洲岬って定義があいまいなのだ。

 

聖域の岬4

狭義では「金剛崎」を指す。

2つ上の国土地理院の地図でもそうであるように、国土地理院はこの狭義で考えている。

 

ただ、広義になると非常にあいまいだ。

禄剛崎を含める説もあるし、どこにあるのかわからない「宿崎」を含める伝承もある。

謎が謎を呼ぶ。

珠洲岬、さっき書いておいてなんだけど、やっぱ"概念"なのかもしれない…。

 

ただ、こうやって地図を描いていて気付くのだが、「三崎町ってきっと3つの岬があったからなんだなぁ」とか思うよね。

ふふふ、だから地名って面白い。

(だからよけいに"聖域の…"とかに上書きしてほしくない)

 

 

パワースポットを訪れる

 

数年後、実際に聖域の岬を訪れてみた。

日本4周目のことであった。

 

聖域の岬5

海沿いの県道28号をさらに海側に曲がり、こんな感じの林道を1㎞走る。

なかなかにワイルド。

 

聖域の岬6

…と思ったら、アホみたいに世界が開けた。

なんだなんだ、大型観光バスまでいる。アイツもさっきの林道を走って来たのか、すっげ。

 

そして目の前には海が広がって、その前にピカピカで真っ黒の展望塔がある。

 

聖域の岬7

しかし"聖域"をゴリゴリ推しすぎかな。

いたるところにここがどれだけすごいパワースポットなのかが書いてあるけど、これちょっと引くぜ。

 

ちなみにここが聖域である根拠は、対馬海流(暖流)・リマン海流(寒流)が沖合でぶつかるから、それと亜熱帯ジェット気流と寒帯ジェット気流もぶつかるから、だそうだ。

そういうことから2009年頃から「日本三大パワースポット」を名乗り始め、グイグイそれを押し出したんだって。

ちなみに他の2つは「富士山」と長野県の「分杭峠」だそうだ。

 

聖域の岬8

足元には「よしが浦温泉ランプの宿」が見えている。

この岬もあの宿の敷地。てゆーか、ランプの宿のプロモーションで、宿も岬もバッキバキのインスタ映えスポットに生まれ変わったのだ。

 

もともとは船でしか行けず、そして文字通り電線も無くってランプだけの宿。

そんな老舗の数100年の歴史を持つ宿だったが、すごい転換だよね。

 

さて、ここから先の展望台や岬の先端方面に行くには500円が必要みたい。

しかし料金所には誰もいなくって、近くの人に聞いたら「今の時間は普通に行けるよ」と言う。

 

聖域の岬9

なので僕も、展望台の空中に突き出たゾーンに行ってみたよ。

空中展望台っていう名前らしい。

これはなかなかいい眺めだね。海風、すげー感じた。

 

聖域の岬10

それからさらに2・3分ほど遊歩道を歩き、岬の先端に出る。

ここも本来は有料の敷地なのだそうだ。

 

聖域の岬11

…まぁまぁかな。

さっきの空中展望台付近の光景の方がインパクトはあった。

本来の500円分の価値があるかと言ったら、うんちょっとアレかな…。

でもこの地を開拓したりすごく綺麗にしているから、お金きっとかかるもんね…。

 

戻ってきてお土産屋を少し覗いたら、パワースポットグッズに溢れていた。すご。

 

ちなみに2022年現在は、展望台と海の近くまで下がったところにある「青の洞窟」との共通券のみの販売で、価格は1500円だって。

青の洞窟は僕は行ったことないので言及できないが、ライトで青く照らしているだけで1500円という情報もあり、世間の評価は「おいおいずいぶん攻めているな」って感じらしい。

 

僕が再びここを訪れるかと言ったらとても疑問だが、この時代においてこういうわかりやすいテーマを持つ景勝地はアリだと思う。

あなたがもしスピチュアル好きなのであれば、目指してみてもよいだろう。なにせ日本三大パワースポットなのだから。

 

 

ここが日本の重心地

小学校に行ってみよう

 

もう1つご紹介したいスポットがある。

それは同じ三崎町にある「珠洲市立みさき小学校」だ。

 

目指せよ日本の重心地1

さっきの地図にみさき小学校を追加しておいた。

広義の珠洲岬のド真ん中くらいにある。

 

…これも日本3周目のときだった。

海沿いを走っているとふと「ここが日本の重心地」というポールが見えた。

 

 

「うおっ、なんだあれは!…でもまぁいっか!」って、持ち前のルーズさ全開で通りすぎた。

いい感じの直線道路だから、もうブレーキ踏むのもメンドかったのだ。

 

同じく日本4周目・5周目でも、なんとなくスルーした。
しかし、ダメだ。僕は日本の中心に当たるスポットを全部行きたいのだ。

日本6周目こそはここに立ち寄る!

 

…はい、いきなり日本の中心というパワーワードが登場してしまった。

しかもそれがたくさんあるっぽいことを書いてしまった。

これはいったいどういうことだろう?

 

実は日本中心の定義って曖昧で、様々な定義により無数に乱立しているのが実状だ。

ぶっちゃけ30箇所くらいある。

 

drive-ns.hatenablog.com

 

詳細については上記リンク先の【特集】をご覧いただきたい。

そしてこの無数の日本の中心を全部巡ってみたいと夢見ているのが、この僕だ。アホでしょ。

 

そしてこの日本の重心地だって、日本の中心と呼べるスポットであろう。

だって日本の重心なんだもん。

 

目指せよ日本の重心地2

さて、まずは実際に現地訪問してみた。

春うららな最高の日であった。

 

みさき小学校に到着。

小学校は週末ということもあり、誰もいない。

しかし校門が開いている。

 

ちょうど通りかかった人に「ちょこっと日本の重心地の写真を撮りたいのだが、中に車を停めていいものですかねぇ?」と聞いたら「良い」と言われたので、校門を入ってすぐのところに愛車を停めた。

 

目指せよ日本の重心地3

小学校の校舎を眺めた。

『早寝、早起き、朝ごはん』

 

"朝ごはん"だけなんだかテイストの異なる文言な気もするが、人生を正しく送るための心理が書かれている。僕は全部できていないかもしれない。

子供たちよ、こんな大人になってはいけな…、いけ…、 … … …まぁいいんじゃないか?楽しいし。

 

目指せよ日本の重心地4

そしてメインの標柱である。

『ここが日本の重心地』

長い月日を経て、ようやく間近にこの碑を見れた。やったね。

 

 

日本の重心地とは

 

ところで、日本の重心地とはどういうことか。

 

日本の地図をプリンタとかで印刷してほしい。

そして出てきた紙を海岸線に沿って綺麗に切り取ってほしい。

で、この紙をたった一点でうまくバランスを取るとしたら、それはどこなのか。

そいつが日本列島の重心点の概念だ。

 

目指せよ日本の重心地5

まぁ実際にやろうとしたら紙はペラペラすぎて折れ曲がるし、北海道・四国・九州・離島などバラバラになっちゃって無理だろうから、偉い人が机上で計算するんだけどさ。

 

その答えが、陸から遠く離れた富山湾の海の中だ。

日本列島の重心点は海の中だった。

これは国土地理院のお墨付きの、確かな情報なのだそうだ。

 

ただし、これだと海の中で誰も行けないし見れない。この切ない想い、どうにかしたい。

そこで考えた。

「一番近い陸地に日本列島の重心を名乗らせちゃいませんか?」って。

 

一番近い陸地は能登半島【先端】の… …。

うん、ここで空気は少し不穏になる。

冒頭にも書いたが、能登半島の先端禄剛崎とする説が強い。

 

drive-ns.hatenablog.com

 

また「禄剛崎」の記事を引用してしまって申し訳ないが、上記のリンク先でも日本の重心地について語っている。

禄剛崎には「日本列島ここが中心」という日本の中心を示す碑があるのだ。

その根拠が、日本の重心地であるということだ。

 

丸かぶり!

これはヤバい。どちらかがニセモノなのか?

しかも禄剛崎日本の中心のほうが1000倍有名だ。マジで。

 

とりあえず僕がすべきこと、それはなぜこのみさき小学校に日本の重心を示す碑があるのか、正しく理解することだ。

珠洲岬みたいにより海に突き出た場所なら、気持ち的にまだ理解できる。

しかしなんでまた小学校に…。

 

目指せよ日本の重心地6

まずは碑の裏側を見た。

1942年(昭和17年)に「粟津国民学校」の初等科第1回卒業生が寄贈したものだった。

歴史古ッ!

もっと最近のポッと出のスポットだと思ったわ。恐れ入ったわ。

 

そして「北緯37度29分1秒・東経137度20分32秒」と書かれているな。

これは何かの手掛かりにならないだろうか?

Googleマップってさ、経緯度を入力して検索することもできるよね?

 

目指せよ日本の重心地7

絶妙にズレ、そして絶妙に海に沈んだ。

なんだこれ。よくわからん。

 

次にありったけのWeb検索をした。

ここを訪れた観光客、日本の中心マニア、みさき小学校のWebページ、市町村のWebページ…。


根拠情報ゼロ!!

どうなってんだこれ!

日本の重心地の碑、せっかく立ててアピールしたいのかしたくないのか、なんなんだ、このスポット!!

 

 

役場の観光課に問合せ

 

僕は珠洲市の観光交流課に問い合わせてみることにした。

回答までメッチャクチャ日数がかかり、「あ、これヤバい聞いちゃったのかな?踏み込んじゃいけない領域だったのかな?」って確信したあたりでお返事が来た。

 

結果は「わからない」であった。

観光交流課内には資料等がなかったため教育委員会やみさき小学校にまで問い合わせてくれたそうだが、なんの手がかりもなかったそうだ。

 

今まで他の日本の中心においても様々な市区町村に問い合わせをしたが、一番情報量の少ないお返事をいただいたのが、このここが日本の重心地であった。

1942年、戦時中か…。もうここまで古いと資料も無いのかな…。

 

いや、しかしながらわざわざ調査しお返事くれた珠洲市観光交流課さん、誠にありがとうございます。

わからないことがわかっただけでも、成果なのだ。

 

目指せよ日本の重心地8

ここからは僕が勝手に妄想しよう。

 

能登半島の先端は2つある。それぞれ属する町も違う。

1つは禄剛崎を有する狼煙町だ。ここは岬の先端に重心の碑を作った。

観光客の多く来る岬なので、観光客にアピールするためだ。

従い、重心の碑も有名になった。

 

もう1つは珠洲岬を有する三崎町だ。

町内の小学校に重心の碑を作った。

観光客が訪れるようなスポットではないので、知名度は全く上がらなかった。

…なぜ小学校に碑を作ったのか。

未来を担う子供たちが育つ場所に、大きなステータスを示す碑を作り、自信に満ちた子供になるよう願いを込めたのではなかろうか。

 

全部僕の妄想。でもそんな経緯があったらいいなって思う。

 

聖域の岬9

先程の聖域の岬の項目では、スピリチュアルなものに少し否定的な書き方をした。

しかしな、考えてみれば僕が足しげく巡っている日本の中心だって、形もないし定義も曖昧、もしかしたらスピリチュアルと同じジャンルのものなのかもしれない。

 

スピリチュアル、言い換えれば人の思い、人の希望。

それこそ人が生きるに一番大事なもの。

聖域の岬もみさき小学校も、そう考えれば目指す方向は一緒。

 

まだあんまりパワースポットの魅力をわかっていない僕だが、これも前向きに伸びしろだと捉えよう。

 

生きるのに必要なのはパワーだ!

よーし、じゃあ元気よくいくぞ!

 

エブリバディ・セイ!!

 

 


早寝、早起き、朝ごはん!!

早寝、早起き、朝ごはん!!

 

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

聖域の岬(展望台)

 

  • 住所: 石川県珠洲市三崎町寺家10-11
  • 料金: 1500円
  • 駐車場: あり
  • 時間: 8:30~17:00

 

 

 

珠洲市立みさき小学校

 

  • 住所: 石川県珠洲市三崎町粟津10-1
  • 料金: 無料
  • 駐車場: 基本無し
  • 時間: 日本の重心地の碑を見るだけなら特になし

 

No.244【熊本県】鉄道トンネル掘ったら水浸しに!だから諦めてクリスマスツリー飾るのだ!

クリスマスの近いこの時期に、お送りしたい記事がある。

 

ところで本記事、歴代で一番意味不明な記事タイトルのような気がして大変に恐縮だ。

ただし何も知らずに突撃した僕だって混乱したのだし、キチンと背景事情を把握すればこのタイトルだって「なるほどな」って思っていただけると思う。

 

今回ご紹介させていただくスポットの名前は、「高森湧水トンネル公園」という。

森?湧水?トンネル?公園?

情報量が多く、ちょっと混乱しかねない名称だ。

 

ふふふ…。

だがね、こんな程度で混乱するのは素人よ。

当時日本5周目であったYAMAさんはその点、かなり冷静である。

 

高森湧水トンネル公園のある南阿蘇地区は、九州有数の湧水エリアである。

ここはトンネルの周囲に水が涌き出ている…とかに違いない。

 

これは僕が飲み水を確保する話である。

ちょうど車内にストックしていた飲料水が無くなったところだ。

空のペットボトルを左手に、いざ高森湧水トンネル公園!!

 

 

僕は水を汲みたかっただけなのに。

 

高森湧水トンネル公園の標識に従い、僕は田園地帯へと車を進めた。

駐車場からもさらに標識があったので、それに沿って歩いて、両側が切り立った壁に挟まれた公園に入った。

 

トンネルへのいざない1

公園の中央は川になっていて、そこには大小の噴水がいくつもある。

その向こうにトンネルが見えてきた。


なるほど、トンネル公園の"トンネル"とは、あれを指すのだな。

たぶんだけども、あれはもともと鉄道トンネル。

この噴水のある川の部分がきっと昔線路だったのではないだろうか?

そう推理した。

 

トンネルへのいざない2

…しかしなんだかおかしいぞっと。

想像していたのと違うぞっと。

 

自然豊かな環境で、溢れ出る湧水を汲めるようなスポットだと思っていたのだ。

例えば北海道の「ふきだし公園」のようにさ。

あ、ふきだし公園をご存じでないあなたのために、以下に1枚ご紹介しておこう。

 

豊富な湧水を汲める、北海道のふきだし公園

しかしそういう雰囲気ではない。

トンネルの入口には料金所のようなものが見えている。

どうやらテーマパーク的な施設のようだ。

 

こんなところで「すみません、湧水どこで汲めますか?」なんて聞いたら、怪訝な顔をされるに違いない。

もちろん、噴水がジャボジャボ出ているこの川の水を汲むのもちょっとどうかと思うし…。

 

片手に持っていた空のペットボトルをそそくさとバッグにしまう。

喉は乾いているが、ちょっと訪問先の選択をミスった。

だがせっかくここに来たのだ。入ってみよう。

どんなところかわからないが、洞窟とかトンネルとか、そういう暗くて狭いところは好きなのだ。

 

トンネルへのいざない3

ここの奥に入るには、料金300円が必要とのことだ。

ところでなんだここは?

まったくわからないので、受付の人に聞いてみた。

 

「昔、ここに鉄道のトンネルを掘ろうとしたの。だけども工事中に湧水がすごい出ちゃって鉄道として使うことはできなくなっちゃったの。そんな跡地を活用して、中にイルミネーションとかいろいろ飾っているのよ。」

…と、そんな感じの説明だ。

(ちなみに高森は地名。ここが高森町。)

 

おぉ、なんか興味深いぞ。入ろう入ろう。

 

 

5月なのにクリスマスなのだが。

 

トンネル内、最初はいくつか休憩用のテーブルとベンチのセットが出てきたが、基本的には中央に用水路のように川が流れ、その左右に歩道がある仕様だ。

なるほど、この水路が外の噴水のある川に続いているのだな。

 

右が往路用、左が復路用となっている。

しばらくずんずん歩くと、イルミネーションが出てきた。

 

万年クリスマス1

うぉ、もしかしてアレはクリスマスツリーか!?

用水路に沿ってクリスマスツリーのようなものが設置されている。

 

「アレっ?」て思った。

今は5月だ。クリスマスの時期ではない。むしろクリスマスの正反対くらいの時期だ。

おかしな、時空がゆがんだのかな?

 

万年クリスマス2

やっぱである。

1つや2つではない。後から後から、行列のように出てくる感じだぞ、これ。

 

そしてこれらのクリスマスツリーは、水路の上に張られたワイヤーから吊り下げられているような感じだ。

ほうほう、ユニークではある。

 

万年クリスマス3

当然のように「Merry! Christmas」と書かれている。

しかし僕は5月に「メリークリスマス」と言われるのは初めてでして、ちょっとどんなリアクションをすればいいのかわからない。

なんか知らないキッズの写真も連なっているし。

 

万年クリスマス4

クリスマスツリーは手を休めることなくジャンジャカ登場してくる。

いろんなタイプがあってユニークだ。

 

そしてね、このイルミネーションによって川面もほのかに照らされているのだ。

これがまた幻想的なのである。

 

万年クリスマス5

僕以外の観光客はほぼいない状態のようだ。

せっかくなので1つ1つをジックリ見ながら進んで行こうではないか。

 

ただしあまりジックリ見ていると足元がおろそかになって水路に落ちかねないので、そこだけ注意だぜ。

 

万年クリスマス6

だんだん慣れてきた。

…というより、ゲシュタルト崩壊した。サブリミナル効果で脳がバグった。

 

そうなのだ。今はクリスマスなのだ。

ほらここ、すっごい寒いしさ。トンネルの奥の奥だからだろうけど、もう「冬」って言ってもいいくらいの涼しさだと思う。

 

万年クリスマス7

それに暗いし。もう今が昼かどうかもわからない。

たぶん夜なのだろう。雰囲気的に世界は今、クリスマスイブなのだろう。

 

 

七夕もやっちゃう、斬新な廃トンネル活用術。

 

僕はすっかり洗脳された。

クリスマスソングを口ずさみながら、さらにトンネル内を奥へと進んだ。

 

唐突に七夕

七夕!!

 

季節も文化もいきなり変わり、クリスマス一色だった僕の頭がパニックを起こした。

もう一度言うが、今は5月だぜ。

七夕飾りには少し焦り過ぎではなかろうか?

 

まぁ僕も順応性はそこそこあるから、30秒後には「七夕七夕☆」みたいな感じでルンルンしながら再び歩き出した。

 

後半の七夕ラッシュを過ぎると、いよいよ最奥部だ。

 

最奥部1

トンネルの一番奥は、水上様が祀られている。

その横にはウォーターパールっていうハイテクな滝みたいなギミックがあった。

 

細かい水流に特殊な光を連続して当てることで、水滴が空間に停止しているように見えたり、ゆっくりと上に向かっているように見えたりするの。

僕の場合は手振れしちゃってうまく写真に撮れなかったけどもな。

 

最奥部2

入場チケットの裏にもウォーターパールの説明があるので、それを掲載しようと思う。

あ、チケットがすんごいボロボロなのは太古の昔だからではなくって、カバンの奥底でクッシャクシャにしてしまったからだ。

僕の場合、扱いが雑で大体こうなってしまう。

 

あとは七夕の飾りについての説明もある。

『毎年7月7日を中心に行われー』とのことだ。

七夕まではおよそあと2ヶ月。"中心"の概念が結構広いな。

 

最奥部3

改めて、この施設の概要をご説明しよう。

鉄道用のトンネルをここに掘っていたんだけど、湧水がビッシャビシャに出てきてもう無理ってなって諦めた。

1975年ごろのことだったそうだ。旧国鉄時代だね。

 

それ以来、今もトンネルの中からは毎分32tもの水が流れ出ている。

ここ高森町の貴重な水源として役立っているそうだ。

 

トンネルの長さは2kmちょっとあるそうだけど、そのうちの550mが一般公開されている。つまりは往復で1100m。なかなかの距離。

 

最奥部4

その片道550mの間には、約60個のクリスマスツリーなどが設置されている。

とっても面白い企画だ。

「いらないトンネルを観光地化するにあたり、クリスマスツリーをいっぱい並べよう!」とはなかなか思いつかない発想だ。ステキ。

 

これもクリスマスツリー?

しかも季節や天候を問わないしな。

偶然だったが、とても良い出会いであった。

 

 

白川水源で改めて水を汲む。

 

高森湧水トンネル公園で満足したのはいいが、当初の目的だった"飲料水を手に入れる"というミッションが実行されていない。

ついでなので、最終章ではその直後の行動を少しだけご紹介する。

 

南阿蘇白川水源駅1

水、欲しい。

ここいらは湧水ジャンジャンあるエリアだから、本来は簡単に入手できるはずだ。

 

そう考えた僕は、有名な「白川水源」に行くことにした。

白川水源は日本1周目でも水を汲んだ懐かしい地だ。

 

こうしてやってきたのが、高森湧水トンネル公園から西に数㎞の地。

田んぼの向こうに「南阿蘇白川水源駅」が見えている。

 

南阿蘇白川水源駅2

南阿蘇白川水源駅、なかなかに長いネーミング。

しかしこの2つ隣が日本一長い駅名の「南阿蘇水の生まれる里 白水高原駅」だ。

そこも昔から知っている。有名な駅だ。

 

白川水源の近くの臨時駐車場的に愛車を停めた。

あまり水源に近いと混雑していたりして、車を停めづらいかなーと思って。

 

そしてテクテク歩いて白川水源の敷地に向かうんだけど、結果から言うと最寄の駐車場もガラガラだったわー。離れた駐車場に停める意味なかったわー。

まぁいい散歩にはなったけど。

 

白川水源1

阿蘇を代表する名水100選。

清流無限に湧き出ている。

 

水が綺麗すぎる。もう、透き通っていて川底までクッキリ見える。

水草も青々と茂っている。

 

白川水源2

阿蘇カルデラに降った水が、敷地内にある「白川吉見神社」の境内からコンコンと湧いているんだって。

その水量は、1分間に60tなのだそうだ。ハンパねぇ!

 

白川水源3

境内に向かって川沿いの遊歩道をしばらく歩くと、料金所が出てきた。

環境保全のために100円が必要なんだって。そっか。

 

ただ、かつて日本1周目でここに来たときは確か無料だった。

環境を維持するには、やっぱ資金が必要になったということなのだね。

そりゃそう。貴重な資源を守るためだ。納得。

 

白川水源4

これが白川吉見神社の社殿の1つ。

湧水スポットに夢中で、周囲の人は神社にはあまり興味を持っていない様子だったぜ。

そしてこの僕もだ。

 

白川水源5

ここは日本1周目で来たときのことを覚えているぞ。

僕らはここで水を汲んだんだ。


川幅がここだけボコッと広くなっている。ここだけ泉のようになっている。

そこで水が川底の砂を舞い上げながら湧き出しているのだ。

 

白川水源6

水が川底から湧き出している部分は、青く見える。

水が青いのか、それとも川底の砂が青いのか。

なんて神秘的なのだろう。

 

居合わせた人と挨拶し、お互い記念写真を撮ったりした。

 

白川水源7

満を持して、僕もここで持参したペットボトルに水を汲む。

じょうごやひしゃくが一緒に置いてあるのが親切だ。

 

ちなみにここの水は年中14度だそうで、すんごい冷たかった。

その場で飲んでみたらとてもマイルドでおいしかった。

これ、たちまち寿命がのびる系の水だ。 
                      

白川水源8

こうして、「ちょっと水でも汲もうか」から始まった寄り道は、思ったよりも時間がかかったが、思った以上に充実し楽しいものとなった。

自然豊かな阿蘇エリア。

山もすごいが水もすごい。

だが、山と水は密接な関係があるしね。

台地の恵みに感謝。

 

翌日撮影した阿蘇の雲海

…もう間もなくクリスマスだ。

 

「クリスマスにどこに行こうか?」とあなたがまだ考えているならば、高森湧水トンネル公園も検討してみていいかもしれない。

なんなら忙しくてクリスマスどころではなかったとしても、ここでは年中クリスマスだ。

そんなハッピーなスポットを、覚えておいてほしい。

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報