週末大冒険

週末大冒険

ちょっと出かけてみないか。忘れかけていた、ワクワクを探しに。

No.226【三重県】道路脇に5000ℓの巨大牛乳パック!牛はしゃべる!そんな公園行ってみた!

三重県民の血の色は何色なのか。

きっと白なのだろうと、僕は思う。

 

なぜなら、三重県の誇る「大内山牛乳」をこよなく愛しているからだ!

それはまさに、三重県民の血!

 

 

…はいー、いきなり根拠のないこと言いましたー!

三重県の人の血液、実は見たことありませんー!

こんなことを書いてしまい、炎上案件かもしれませんー!!

 

しかしだ、三重県の人のソウルフードならぬソウルドリンクが大内山牛乳であることはたびたび耳にしているし、各所に大内山牛乳をアピールする看板もある。

三重県の牛乳パックは、あなたが想像する以上のサイズがあることも知っている。

 

 

はい、デカいね。

 

この牛乳パック、冷蔵庫に入らないんじゃない?

むしろこの牛乳パックの中に、冷蔵庫がいくつか入っちゃうんじゃない?

 

今回は、そんなモンスター牛乳パックを目指してドライブした話だ。

 

 

インターを降りた瞬間に走馬灯のごとく牛乳

 

今回のお話は非常にシンプルでインパクト重視で、先ほどお見せした巨大牛乳パックの写真で物語の90%は終了だ。

だけどもそれだけでは味気ないし「じゃあTwitterで充分だろ」と言われてしまうので、もう少しだけ語ろう。

 

国道42号に現れる

巨大牛乳パックが設置されたのは、2011年だという。

僕がその存在に気付いたのは、翌2012年だと記憶している。

 

しかしその頃の写真が手元にない。

なぜなら、その巨大牛乳パックは紀勢自動車の紀勢大内山インターを降りてすぐの国道42号に出てくる。

 

あまりに突然の出現だ。

そしてこの頃の僕って紀勢大内山インターに来るのは大体深夜だ。

結構疲れている状態である。

そこにいきなり巨大牛乳パックを出されても、反応できないのだ。

サブリミナル効果みたいに脳の片隅にこびりついた程度だ。

 

実は駐車場もあるのだが、深夜は付近は漆黒の闇であり、停車もままならないと感じていた。

 

2013年、初めての撮影

そう、初めてこれを撮影したのは2013年の3月のことだった。

 

この貴重な1枚の写真を大事に大事に抱えて、そして時は流れて2022年である。

僕は奮い立った。

「いや、昼間の写真も撮っておかないとダメだろ!」と。

 

9年の月日が流れてしまったが、巨大牛乳パックの写真を取りに行こう、三重県へ!

 

 

5000リットルの巨大牛乳パックを見上げる

 

2022年、日本6周目を走る僕はかつての僕とは違い、とてもクールなナイスガイだ。

何が言いたいかというと、以前のようにアタフタせず、冷静に正規の駐車場に愛車を滑り込ませることができた。

 

牛乳公園1

ここ、正式には「大紀公園」というらしい。

Googleマップで見て知った。

 

ご覧のように駐車場もあるが、交通量の多く流れも速い国道にいきなり出てくるので、ちょっと入りづらい。

しばらく僕はここにいたが、他に誰も来なかったし。

写真撮影する僕を、国道を走る車が好奇の目で見ていたし。

 

牛乳公園2

巨大牛乳パック。

5000リットル。

 

高さは4mあるらしい。デカい、のひとこと。

もちろん中に実際に牛乳が入っているわけではなく、広告のためのオブジェだ。

 

牛乳公園3

残念ながら僕は本物の大内山牛乳を購入して飲んだことはないが、本物のパッケージを忠実に再現している。

デフォルメされまくった草原の絵が個人的には好きだ。

 

さて、まだコイツにはビックリな秘密がある。

巨大牛乳パックの裏面に回ってみよう。

 

牛乳公園4

デザインが違う!!

 

向こう側の2面とこっち側の2面で、パッケージが違うのだ。

こっち側から見ると「コーヒー」と書いてある。

コーヒー牛乳のことだろうか?

 

反対側に比べて少し劣化が進んでいるのが残念だ。

 

牛乳公園5

牛さんは一緒だが、草原のデザインも違うし虹も出ている。

間違い探しのような絵を眺めるのも楽しい。

 

こっちのコーヒーバージョンは車道からはちょっと見づらく、さらに公園中心部から見ても裏側にあたり、コーヒーバージョンをまともに眺めるのは今回が初めてであった。

感無量。

 

ちなみにだ。

Webで調べたところ、この牛乳パックは180度回転するギミックもあるらしい。

牛乳とコーヒーの位置を切り替えられるのだな。

 

しかし、未だかつて回転させたことは一度もないという…。

でもいつか動かしてみてほしいな!できればその瞬間に立ち会いたいな!

 

 

「モーっと牛乳を飲モー!」「モっと!モっと!」

 

巨大牛乳パックに夢中になりすぎてしまった。

この章ではもうちょっと物事を俯瞰して、この大紀公園に何があるのかをご説明したい。

 

大紀公園1

敷地の大半はレンガ敷きの綺麗な公園である。

実は巨大牛乳パックは駐車場に佇んでいる存在であり、ただでさえ狭い駐車場がさらに停めにくくなっている。

 

敷地を囲う塀には、ここ大紀町景勝地や特産物が描かれたパネルがある。

花火・漁業・渓谷…。

 

大紀公園2

…と思ったら、「がんばろう!!日本」とスケールがいきなり飛躍して戸惑う。

そういう規模の話をしていたんでしたっけ、僕ら?

 

大紀公園3

とりあえず、それらのパネルは「人のは何よりも大事」というありがたいお言葉で締めくくられた。

 

※「町是」って聞かない言葉だよね。Webでもほぼ記載が無くてかなり調べた。ようするに指針ということ。

 

大紀公園4

…で、そこから噴水のある広場に繋がる。

噴水は稼働していなくって静かだったが、季節性のものなのだろうか?

 

その背面の壁には大きく丸太で「大紀」と描かれている。

タイル帳の壁面に接近してみた。

 

大紀公園5

わー、すごいほっこりすることが書かれているぞ!

大紀町の子供たちが、夢や好きなことを刻んだのだろうな。

 

学校でこういうものを作り、こうやって施設に形となって残るのっていいな。

タイルの端には「着工2010、完成2013」と書かれていた。

このタイルを作った子供たちも、そろそろ大人だろうか?

ふとした機会に、ここを訪問して懐かしんでいてほしいよな。

 

大紀公園6

ちょっとだけパネルシリーズのところまで戻らせてほしい。

この「大内山酪農」のパネルがヤバかった。ツボに入った。

 

10秒の動画なので、以下を見てほしい。

ちなみに、音声をONにしないと見ても意味ないと思う。

 

streamable.com

 

センサー式で、人間が近付くとパネルの牛の親子が、吹き出しに書かれている通り「モーっと牛乳を飲モー!」「モっと!モっと!」と話し出した。

 

「モっと!モッと!」と煽る意味がよくわからない。

学生の無謀な飲み会か。

あと、「モーっと」・「飲モー」・「モっと」は、牛の鳴き声と掛けている。

…って、解説させるな。解説しているこっちが恥ずかしい。

 

ゆるゆるな脱力系のパネルだ。こういうの、大好きだ。

 

 

すごいぞ、地元に愛される大内山酪農

 

大内山牛乳を作る、大内山酪農。

三重県では絶大な勢力を誇るが、紀伊半島以外の方だとあまり馴染みがないだろう。

僕も正直、この巨大牛乳パック以外では馴染みがない。

 

鬼ヶ城」にて

ただ、紀伊半島をドライブしていると、よく目にするのだ。

それに三重県の学校給食にも多く使われているという。

 

どうやら大紀公園に巨大牛乳パックを設置しようと言い出したのは、当時の大紀町の町長さんだったらしい。

つまりは、大紀町のシンボルが大内山牛乳なのだ。

 

ドライブしていると牛乳瓶と牛

ただの広告ではインパクト不足で面白くないからと、あのようなユニークな巨大牛乳パックを考案したらしい。

大成功だ。インパクト絶大で、一度見たら忘れられない。

 

会社の前も通過した

でも、実は僕は牛乳は苦手なんだ、ごめんなさい。

 

でも、コーヒー牛乳なら飲める。

またいつか機会があって三重県内の入浴施設とかに入り、自販機にコーヒー牛乳が売っていたら買おう。

暑い時期に訪問し、そこに大内山牛乳のソフトクリームが売っていたら買ってみよう。

 

インターから国道に至る交差点

そう思い、僕は公園を後にした。

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: 大紀公園の5000リットル 牛乳パック
  • 住所: 三重県度会郡大紀町崎1125-8
  • 料金: 無料
  • 駐車場: あり
  • 時間: 特になし

 

No.225【長野県】日本の中心に立ち、そして絶景を掌握するのだ!「鶴ヶ峰」にいざ登れ!

そこに立てば、地球が丸いことを少しだけ実感できる。

遠くに列なる山々、草と土の香り。

信州を駆け抜ける爽やかな風。

 

僕は今、日本の中心に立っている。

…そんなスポットである。

 

おっと、「日本の中心に立っている」っていうのは比喩じゃあないんだぜ、ガチなんだぜ。

 

 

「日本中心の展望台」

 

このストレートかつストロングなネーミングの展望台に登り、日本列島を見渡そうぜ。

そういう物語だ。

 

 

ここが日本の中心である根拠

 

日本の中心がどこにあるか、あなたはご存知だろうか?

実は日本の中心って、いっぱいあるのだ。ぶっちゃけ30箇所くらいある。

 

drive-ns.hatenablog.com

 

詳細については上記リンク先の【特集】をご覧いただきたい。

実は中心の定義って曖昧で、定義次第で日本の中心も無数に乱立しているのが実状なのだ。

そしてこの無数の日本の中心を全部巡ってみたいと夢見ているのが、この僕だ。アホでしょ。

 

今回ご紹介するのは、辰野町にある「日本中心の標」である。

なんでここが日本の中心なのだろうか?

 

 

日本には、端数の無い緯度と経度が、本土の陸地上で交差する点が40個ある。

これを"ゼロポイント"と呼ぶ。

 

頑張って上の地図を作ってみたが、いかんせん手造りなので少し歪んだ部分は寛大な心で許してほしい。

(本州の最東部が思った以上にマッチョになっちゃった…)

 

その40個の中心に当たるのが、日本中心の標だ。

…いや、ゼロポイントが40個あるのはわかったが、なにをもって40個の中心を定義するのか。

 

上の図の黄色いを見てほしい。

南北に分けても東西に分けでも真ん中にはならない。

だけども脳内でそれらを優しい気持ちでミックスすると、確かにここが日本の中心になりそうな気もする。

きっとそうなのだ。ファジーさが人の心を豊かにする。日本中心の標は、その産物なのだ。

 

ちなみにガチでジャスト(北緯36度00分00秒・東経138度00分00秒)の地点は深い山間部でとても碑などは作れない。

少なくとも1970年当時はみなさんそう考えた。

 

従い、少しずらして「北緯36度00分47秒・東経137度59分36秒」を日本中心の地としたのだ。

 

雨の日に撮った現地の写真。経緯度に着目。

さてさて、僕の執筆した記事を満遍なくお読みいただいている方なんてほぼ皆無だと思うが、もしそんな方がいるのであればピンと来たかもしれない。

 

「YAMAのヤツ、以前にガチでジャスト(北緯36度00分00秒・東経138度00分00秒)の地点を目指していなかったっけ??」って。

 

ご名答だ。

 

drive-ns.hatenablog.com

 

「辰野ゼロポイント」。

今でこそ遊歩道が設置されたが、それ以前の2011年に突撃してアタフタしたのが上のリンクの記事である。

 

つまり、自治体は1970年には「正確なゼロポイント地点を日本の中心とするのは無理!」ってなったけど、30年後の2011年には「よーし、正確なゼロポイント地点を日本の中心としてみるかー!」ってなったのだ。

 

じゃあ、今回ご紹介する日本中心の標はもう過去の遺物じゃん。存在価値ないじゃん。

…って、そういう悲しいこと言うなよ!!

 

変わったっていいじゃない。

その時代時代に、正しいとされた日本の中心があってもいいじゃない。

大山のぶ代」だって「水田わさび」だって、どっちも「ドラえもん」なのだ。

 

正解不正解はない。どっちも大事だしどっちも正義。

それと一緒。…たぶん。

 

スタートは集落の中の狭路

では、行こう!!

「鶴ヶ峰」の絶景に聳える日本中心の展望台へ!!

 

 

未舗装路をバリバリ進め!

 

僕はここを幾度となく訪れているが、あれは最初の訪問のときだった。

カーナビもない車で道を見失ってグルグル走り回り、小さな集落内の交差点で、ようやく「日本中心」を示す看板を発見した。

 

道は険しい1

しかし、その看板の設置角度が微妙で、交差点のどっちを指しているのかわからない。

交差点の横の畑でカマを持って畑仕事をしているおばあちゃんがいるので車を降りて聞いてみた。

 

そしたら狭ーい道を持っているカマで指し示してくれた。

「舗装されていなくて大変よ」・「最後は歩かないと」とかいろいろ怖いアドバイスをいただいた。

ありがとう、カマのばあちゃん。

 

道は険しい2

それ以来、僕は何回この道を走っただろう。

お気に入りの場所なのだ。

道の名前は「玉城枝垂栗林道」だ。

 

数ある日本の中心の中でも、「景勝地」として最も高レベルなのがこの先にある日本中心の展望台だと、僕は考えている。

ちょっと地味なところも多い日本の中心シリーズだが、ここはすっごいのだ。

 

道は険しい3

ところで、ここの場所は先ほど書いた通り辰野町の山深くである。

 

実はここには半径数㎞内に日本の中心が3つある

半径10㎞圏内であれば4つあるので、興味のある方は一気に巡ってみると良いだろう。

 

この山間部にある3つのうちの1つは先ほど引用した「辰野ゼロポイント」であり、もう1つは「日本の中心の中心 チコちゃんポイント」だ。

後者についてはまたいずれ執筆しよう。

 

道は険しい4

すれ違いできないレベルで狭い道を、愛車をバキバキ言わせながら進んでいく。

「大城山」に登るルートだ。なかなかに急勾配だぞ。

 

だが、僕は何度もここに来ているが一度も他の車とすれ違ったことはないけどな。

でも対向車来たらヤバい。

 

道は険しい5

他の2つの日本の中心との分岐点が出てきた。

今回の僕は看板に沿って右に行くのではなく、真っすぐに進む。

 

目的地までラスト2㎞ってところで、道は未舗装路になるぞ。

ここからが本番だ。

 

道は険しい6

行ったことがある方なら誰しも印象に残っているであろう、この鬼のヘアピンカーブ。

2022年現在、ここから未舗装路が始まる。

 

以前はもっと手前から未舗装になっていたと記憶していた。

少し舗装化が進んだのかもしれない。

 

道は険しい7

この未舗装路は、なかなかに石の粒がゴロゴロと大きい。

しかも路面そのものがボコボコだ。

つまりとても走りにくい。車体がグラグラ揺れる。

 

道は険しい8

つまり車高を下げたトヨタbBとかだとなかなかに走りづらいということだ。

あと、ついでに標高が高すぎて雲の中に入った。つまり濃霧。

細かい雨が降ってきて、難易度を凶悪なほどに押し上げてくれた。

 

時速5㎞で走った。

永遠と思えるほどに長かった。

 

道は険しい9

三菱パジェロイオだと楽勝だ。

未舗装路を走る爽快感がなんとも言えない。

ただしそれでも、ヌタヌタの部分が突然出てきたり、アップダウンが激しい箇所もあるので注意が必要である。

 

走っていたら行きつけのカーディーラーの担当さんから電話がかかってきたので、車を停めて電話に出た。

「YAMAさーん!そろそろタイヤ交換ですねー!8万ですよー!とりあえず洗車だけでもいいので来てくださーい!」って言ってた。

なんてタイムリーな…。

 

道は険しい10

レトロな日産パオで走るとなかなかに地獄である。

いろんなところからバキバキ音が鳴るし、パオちゃんも「わ"ーー!!」って感じのエンジン音でずっと叫びっぱなしだ。かわいそう。

 

道は険しい11

それでも、この先に絶景が待っているのを知っているから頑張れる。

 

道は険しい12

徐々に空が広くなってくる、この感覚が好きだ。

 

道は険しい13

この丘を乗り越えれば、もうすぐに日本の中心だ。

想像以上に長く感じる2kmが、間もなく終わる。

 

 

日本中心の展望台から絶景を見よう

 

日本中心の展望台。ここで道は終わる。

駐車場と呼んでいいのかどうかわからないが、ロータリー的なエリアがあるのでそこに駐車をしよう。

 

日本の中心を見る1

なんという清々しさなのだろう。僕はここが大好きだ。

愛車の後ろに聳えているのが、目指してきた日本中心の展望台である。

 

日本の中心を見る2

なんか1本の柱だけで八角形の大きなプレートを支えていて心配になりかねない造形だが、その柱には日本地図とここが中心である旨の記載もしてあって、とても良い。

 

日本の中心を見る3

ズームするとこんな感じである。

ちょっと貼り付け方がチープだが、こんな山奥までこれを持ってきて貼り付けてくれたのだ。ありがたいとしか言いようがない。

 

ちなみに、これはここ数年のデザインだ。

長年通っている僕からしたら新しい。

 

日本の中心を見る4

しばらく前は、柱に「日本中心の展望台」という文字も無ければ、日本地図もなかった。

もうちょっと遡ると、展望台が大変なことになる。

次の写真でお見せしたい。

 

日本の中心を見る5

ボロッボロ。こんな時代もあった。

あと着目すべきは、展望台に登る螺旋階段が柵で覆われていないという点だ。

ちょっとスリリングである。

 

日本の中心を見る6

これが初回訪問時の展望台の写真。

裏側の朽ちっぷりがすごい。

排水口の奥をふと覗いてしまったときのようなショッキングな映像である。

 

…まぁとりあえず、展望台に登ろう。

 

日本の中心を見る7

景色、最高なのだ。

どこまでも山。360度の山。

向こうの平野部にかすかに見えているのは、さっきまで走っていた辰野町の市街地であろうか。

 

日本の中心を見る8

山の稜線は雲によってハッキリとは見えないが、こんなにもドラマティックな雲に感謝の思いすらある。

雲は空の表情だ。多少雲があったほうが、動きのあるいい絵が撮れる。

 

日本の中心を見る9

雲1つ無い天気の日であれば、八ヶ岳もクッキリ見える。

どっちを見ても山ばかりというこのロケーションが、「あぁホントにここは日本の中心なのだなー」と感じさせるのだ。

 

気持ちいいから叫んでいいと思う。僕は叫んだ。

安心してほしい、泣けど叫べど誰にも聞こえないから。(←使い方が違う)

 

日本の中心を見る10

余談でがあるが、展望台から愛車を見下ろすのも好きだ。

普段見れない角度から愛車を眺めることができる。

 

日本の中心を見る11

ここまで展望台直下まで車と一緒にくれる場所も、やや珍しいのではないかと思う。

愛車を眺め、そして景色を眺め。

最高のロケーションではないだろうか。

 

上の写真では霧でロクに景色が見えなかったが、展望台から愛車を見下ろしただけで満足した。

 

日本の中心を見る12

はい、肝心なことを忘れている。

 

日本中心の標を見なければならない。

展望台は素晴らしいけれども、オマケなのだ。

僕は日本の中心を踏みたくてここまで来たのだから。

 

 

歴史ある「日本中心の標」を拝め

 

日本中心の標は、展望台から少しだけ離れている。

距離にして150mくらい?

 

展望台からは戻る方面だ。

しかし車の駐車スペースは皆無と言ってもいい。

歩いてほんの2分ほどだから、車は置いて行くことをオススメする。

 

日本中心の標1

車の進行方向に向かってテクテク歩く。最高の天気。

 

冒頭で記載した通り、ゼロポイントにピッタリ碑を設置することが出来なかったから、少し離れて眺めのいい鶴ヶ峰エリアに日本中心の標を設置したのだ。

 

日本中心の標2

どうせズラすのであれば、ジャスト展望台のあるところにすればよかったのに。

実は日本中心の標がある場所は、周囲に木々が茂っていてそんなに展望は効かないのだ。

 

日本中心の標3

 

向かって右が、僕が来るまで登ってきた道である。

奥側から手前側へと来るまでやってきた。

 

一方、日本中心の標があるのは向かって左側の道である。

道と呼んでいいのかどうかってレベルで轍もなく緑に覆われているが、左に入ってほんの20mほどで道は終わり、そこに碑がある。

なんだったら上の写真、ズームすれば碑が写っている。

 

日本中心の標4

日本4周目で来たときなんかは、左側にもしっかりと轍があったんだけどね。

しかしわざわざ車で行くような距離でもないので、みんなも展望台から歩いたのだろう。

駐車したところでバックで出ないと行けないし。

その結果、左ゾーンは緑に覆われてきたのだろう。

 

日本中心の標5

これが日本中心の標だ。

リボンのようなちょっとユニークなデザインの石碑が、岩の上に乗っかっている。

 

周囲は木々に覆われている。

ずーっと前はもうちょっと気が少なかったんだけど、ここ数年でやたらとモジャついてきた。

 

日本中心の標6

「北緯36度00分47秒・東経137度59分36秒」、これは冒頭でご紹介した通りだ。

その下には標高1277mと彫られている。

どうりで涼しいわけだ。

猛暑続きの2022年の夏であるが、ここは快適で爽やかだ。

 

あと、「日本」の「日」の字が「◎」みたいになっているのオシャレ。

 

日本中心の標7

この碑の右側、よく見ると「中川紀元著」って書いてあるのだ。

「中川紀元さん」。

明治の中頃に生まれた、ここ辰野町出身の芸術家である。

 

Wikipediaで調べてみたら、1972年に亡くなっていた。

この碑が出来たのは1970年だ。つまり最晩年にこれをデザインしてくれたのだね。

僕はこの字体、大好きだ。

 

では、戻ろうか。日が沈む前に山を脱出したい。

 

日本中心の標8

そうそう、ここは自転車でのチャレンジコースでもあるのだよ。

もちろん上級者コースだ。

スタミナと未舗装路に自身がある方は突撃してみてはどうだろうか。

 

日本中心の標9

僕は再び愛車の日産パオに乗り込み、バキバキと車体から異音を奏でながら、鶴ヶ峰を下る。

老い先短いパオの寿命がさらに縮んだ気がしたが、パオでここに来れた思い出は永遠なのだ。

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: 日本中心の標
  • 住所: 長野県上伊那郡辰野町
  • 料金: 無料
  • 駐車場: 展望台直下にかろうじて3台分ほどあり
  • 時間: 特になし

 

【リアルタイムレポート】日本6周目の残存海岸線、北海道をちょっと走るわ!②(低気圧は2度来る)

こんばんは、【週末大冒険】のYAMAです。

 

北海道のリアルタイムレポート、ご覧いただいておりますでしょうか?

「なんだそれ」って方は、まずは以下のリンクから前半戦をご覧下さい。

 

drive-ns.hatenablog.com

 

…ってことで、無事に日本本土最東端の「納沙布岬」を踏んだようですね。

よかったよかった。

 

では、ここから後半戦です。

 

 

今のうちに告白しておきます。

ここまでは海岸線沿いにキッチリ走ることがテーマでした。

小樽港から半時計回りに海岸線をなめ尽くしてます。

 

しかし後半はその方針も信念も崩壊!

基本的に解き放たれます!

野に解き放たれたワンコは一体どこに行くのでしょう?

 

 

北海道とひとくちに言っても、途方もなく広い。魅力もたくさんある。

どこを巡ろうか考えるだけで、心はワクワク弾んでしまう。

 

 

旅人たちと現地で情報交換して得たら知識は、かけがえのない宝物。

逆に僕の情報も、どこかで誰かの役に立っていると嬉しい。

 

 

しかし、天気予報を見ると旅の終盤に再び低気圧が来るという。

先週の道内は快晴続きだったというが、今週はかなりの試練の週なのだ。

 

 

しかし僕はそれを「ハズレ」だとは思わない。

そりゃ天気がいいし越したことはないが、理想のままで失敗がない旅なんて、そんなの旅じゃない。

 

適度な波乱があるから面白いのだ。

何年かして人に話すとき、そういう旅は改めて「波乱万丈サイコーだったな」思っている。

 

 

まぁでも無事にね。笑顔でね。

きっと明日も僕はどこかを走っている。

 

では、後半戦Go!!

 

 

■■■この下にtweetが入っていきます■■■

 

6日目(根室~美瑛)

 

 

タイエーでは、焼き鳥の焼き台があって、その場でお肉を焼いてくれる。

そしてイートインスペースですぐに食べた。

あ、ちなみに「焼き鳥」だけども豚肉だ。

さらに豚モツ3本セットをテイクアウトし、宿での晩酌のお供にした。

 

なお、店内に朝はドリップコーヒーが70円との表示があり、また明日の朝に立ち寄ろうと決めた。最高。

 

 

サンマ丼、食いたかったぞー!!

しかし宿泊者がこれを食べられるのは朝8時以降だという。

 

僕は今日の走行ルートは定まっていないものの、明後日に「サロベツ原野」に到達していたい。

ってことは今日中に旭川エリアにはいたい。

なので、5:03の朝日を見たと同時に出発したのだ。

 

走れー!!

快晴!!

楽しーー!!

 

※タイエーで購入したコーヒーとパンを片手に。

 

 

ずっと走っている、それが幸せ

とにかく走り続けるが、それが苦ではない。

それが北海道ツーリング・北海道ドライブの楽しさなのだ。

 

ところで、ここ数年で「開陽台北19号」の人気が低下したよね?

以前は必ず誰かが写真撮影していたのに。

WebやSNSでの検索ヒット率も減っている。

 

開陽台北19号、何度走っただろう?

代わりに近年人気急上昇なのが、知床の「天に続く道」だな。

僕はどちらも好きだ。

 

 

日本5周目の旅路で美瑛の旅人宿「給食室」のオーナーさんとニセコ出会っており、本当はそこに泊まりたかった。

しかし満室だった。

 

続けて美瑛の旅人宿2軒にTELしたが、どちらも出ない。

あれー…、どうしよう…。

 

 

360度、パラダイス

津別峠を下り、訓子府とか北見のエリアに入る。

「ここいらでレトロな食堂に入りたいな。あるいは北海道で一度はちゃんとした海鮮を食べたいな。」って思って検索するのだが、4連続くらいで候補の店が閉まっていたりとなんやかんやだ。

 

もういい。どこでもいい。

チェーン店的なものでなければなんでもいいや。

 

 

道の駅でジンギスカンラーメンだ。

同じ敷地内のホルモン焼きそばのお店にも惹かれたが、やってなかったので。

なんだなんだ、食運が低いな。

 

ここで今夜の宿が確定した。

美瑛エリアの2の宿は何度かTELしても繋がらないままなので、3軒目にTELした。

そして宿泊できることになった。

 

しかし、もう午後になっているので夕食・朝食ともに提供できないとのことだ。

残念な気持ちもあるが、それによってチェックインが少し遅めでも良くなったし、そもそもジンギスカンラーメンがボリューミーでしばらくお腹が減るビジョンもない。

ポジティブに捉えよう。

 

 

「流星の滝」・「銀河の滝」も久々に見たよ。

もうここいらはかなりヒンヤリと涼しいね。

 

層雲峡の切り立った山々

ここで僕は再びWeb検索をし、前編で少し触れた「チョボチナイゲート」が復活したことを知る。

よーし、行くなら今日しかない!行くか!

 

宿の夕食が無しになったから、なんとかチョボチナイ経由で間に合うぞ!!

いい風、吹いてる!!きっと吹いてる!!

 

 

そして今夜の宿、「おかせん里」にチェックインする。

なんだかんだで、まだ明るい時間に到着できたのだ。

 

さて、夕食を食べに行き、そして帰って来てから飲むか。

 

 

7日目(美瑛~羽幌)

 

 

夕暮れの美瑛の駅前を徘徊する僕。

ジンギスカンラーメンがまだ胃の中にいらっしゃるので、軽く喫茶店とかイタリアンとかにしたかった。

美瑛はオシャレな町なので昼間ならそういうお店はたくさんあるが、夜はラーメン・定食・居酒屋くらいだ。

 

困った僕は、ふと見つけたお寿司屋さんに入った。

よし、これで北海道で回線を食べる夢、実現できたぞ。

握りセットは1200円くらいでお手軽だ。これにしよう。

地元の人たちと和気あいあい過ごし、帰りにセイコーマートでザンギを買って帰った。

 

 

宿泊客は10人ちょっといたらしい。

しかし夕食を食べるとみんな部屋に引っ込んでしまったらしく、食堂兼談話室には旅人1人しかいなかった。

 

「夕食抜きの僕を除いてみんなが仲良くなっていたらどうしよう」の不安は払拭されたが、「夜にみんなで一緒に楽しく飲めたらいいな」の期待もちょっと下回った。

でも楽しかったけどな。

1人の旅人、そしてオーナーさんと語り合った。

 

僕の車はレトロすぎてカセットテープしか聞けず、かつカセットなんぞ持っていない。

いつもラジオなのだが、ラジオ電波も悪くって、なぜか北海道ではクラシックと歌舞伎しか流れて来ない。

なぜだ北海道。台風情報も全然つかめなかったぞ。

酒を飲みながらそんなグチを語ってオーナーさんを困惑させた。

 

今回の台風、「経験したことの無いような猛烈な災害」と言われていたそうだね。

被害状況よくわからないが、みなさまのご無事を祈ります…。

 

 

激しい雨だった。

外に出ていた中では、全工程で一番ひどい雨だった。

 

そして白金の青い池、記載の通り劣化著しいな…。

駐車場を整備して500円徴収して、お土産物屋とかボンボンできて、肝心の青い池が劣化していくというジレンマ。

でもこれ自然の摂理…。枯れ木は朽ちる一方なのだ。「トドワラ」のように。

 

drive-ns.hatenablog.com

 

よかったら、遥か昔の上記の記事を見比べてみてほしい。

 

 

宿の朝ご飯が抜きになって、これまたよかった。

美瑛駅前にあるレトロ自販機のうどんを朝ご飯にできたのだ。

 

なかなかにボリューミー。

うどん・そばの2種類を食べる可能性も考えていたのだが、1つで充分すぎる。満足。

 

おにぎり、ありがとうございました!

さて、ザーザー降りの中を淡々と運転し、途中の剣淵でお土産を買いつつ、お昼に美深の町に辿り着いた。

 

ここでランチにしようと思っていたが、全然お腹が減らない。

おにぎりいただいたので、それが早めのランチになってしまったのだ。

 

では、美深のお店ではソフトクリームだけにしよう。

問題ない、寄りたかったお店はソフトクリームも有名なのだ。以前にも食べたことあるけど。

 

 

 

2022年10月2日現在、東京の「音威子府TOKYO」・「ぎん鈴旅館」の2店舗はまだ音威子府そばを提供しているぜ!在庫限りだ!

僕はどちらも行っている。行きたい人は急げ!

 

 

そして、旅が終わってからのツイートを1件さしこんでおく。

北海道北部のナンバーのパオであった。すごいぞ、パオ乗り!

 

 

ここだけ興奮して、時差ツイートではなくリアルタイムでツイートしている。

北海道のほぼ全域を覆っている雨雲だが、音威子府から北だけはほぼ雲が無いのだ。

チャーンス!!

 

 

後日、旅が終わってからツートした内容が以下だ。

 

 

利尻富士の夕焼け、心に染みる

 

宿のある羽幌町に入ると、とたんに雨が降ってきた。

しかも本降りだ。

本当に北の北だけ、晴れていたのだ。

快晴には程遠かったが、雨ではない「オトンルイ風力発電所」を最後に見ることができて良かった。

 

 

8日目(羽幌~苫小牧)

 

 

ゴメン、国内では「天売島」だけだったようだね。

国内では限りなく絶滅間近の、貴重な鳥だ。

 

 

10数年前からの常宿。

オーナーさんは「よぉ、YAMA君。今回もパオかい?」と出迎えてくれる。

コロコロ車が変わるので、オーナーさんも混乱するだろう。

 

夕食のメインは焼尻産サフォーク・ラムだった。

年に3・4回しか提供されない貴重なメニュー。僕も初めて。

うまかった。酒が進んだ。

 

 

起きたときには雨は止んでいたのに、8時過ぎから叩きつけるような豪雨になった。

なんてこった。

吉里吉里」ではチェックアウト時に1人ずつ写真撮影があるのだが、あまりにひどい雨なのでライダーさんと共に雨雲レーダーを見ながら少し待機。

 

意を決して出ようとしたらまた暴風雨で、みんなで「ヒィィーー!!」ってなりながらも写真撮影。

そして土砂降りの中での発進劇であった。

 

苫前もまだまだ暴風雨だぜ。

 

 

 

晴れを求めて旅をするのではない。

「楽しさ」を求めて旅をするのだ。

「楽しさ=天気」の要素も大きいが、完全にイコールではない。これ大事。

 

 

ネコバスと2台の車

やぁ、久々だな「BLUEayさん」。

 

ここの近くの道の駅で天気が変わるのを、ウニのおにぎりを食べながら待った。

結果、転機が訪れる。

暴風雨からの晴天。

北の大地は、最後に輝くのだ。

 

太陽はドラマチックに現れる

 

 

江別の「ハックベリー」というレトロなカフェ。

ここでお茶をしようかと思ってやってきた。

しかしラストオーダーを過ぎていた。

 

ハックベリー、空振り

ドアには22時閉店と書いてあったが、今日だけは16時ラストオーダーだったのだ。

現時刻は16:15。ほんのわずかに遅かった。

 

パンケーキやクレープも提供しているお店なので、もしかしたら「コーヒー一杯だけなんとか!」って言えば入れたかもしれない。

ただし店内を窺い知れる状態ではなく、ちょっとその勇気もなかったので断念…。

 

散歩が気持ちいい

近所の公園や河川敷を散歩した。

いいんじゃない、こういうので。

 

 

「最終版」ではなくって「最終盤」な。誤字。

 

旅路に失敗はない。自分が進んだ道が「正」なのだ。

そう思わせてくれるようなストーリーだよね。ごちそうさまでした。

 

 

 

モアイの前で迷子

真っ暗だし、時間が無いし、自分が広大な霊園のどこにいるかわからないし。

そしてモアイに見つめられているし。

そんな悪夢みたいな空間の中を、パオと一緒に駆け巡った。

 

ゲートが封鎖される数分前には、無事に脱出できたよ。

これで本州に帰れる。

 

シカがバンバン飛び出し、危なくぶつかりそうになる「支笏湖」を経由し、苫小牧の港近くで温泉に入る。

そして追って来てくれた旅人に挨拶しつつも、僕はフェリーに乗り込むのだ。

 

 

はい、唐突に写真に焼き鳥が出てきたが、これがどこの焼き鳥なのか…。

 

焼き鳥の正体

日中のうちに、鶴沼の町で口コミでちょっと話題の「焼き鳥 康」で買っておいたのだ。

国道沿いのちょっとボロくて小さな小屋だが、数年前まではこの3倍くらいボロかった、僕好みの佇まいのお店だ。

とてもうまい。

 

帰りのフェリーは、「苫小牧→八戸」だ。

では、明日の朝にはまた走行開始なので、酒を飲んだら速攻で寝るぞ。

 

 

9日目(苫小牧~八戸~自宅)

 

 

 

八戸港のすぐ脇にある朝市だから、もっと魚介系が多いと思っていた。

だけども食べ物はもっと多種多様でカオスであり、魚介系も焼き魚とかがメインであった。

 

北海道でもうちょっと海鮮食べたかった僕は、海鮮丼的なものを食べたかったが見つからなかった。

でもいいや、カレーにしよう。

牛スジカレーが300円なので、これに決めた。

 

岩壁でカレー食う

海を見ながらの朝カレー。最高すぎ。

 

 

 

こんな宣言をしておいて、ついついいつものクセで八戸道の八戸ICに入ってしまうのだ。

違うー!これでは東北道に行ってしまうー!!

 

ここでの修正に小一時間を要した。

なんてこった。先を急がないと今日中に家に帰れないぜ。

 

 

三陸道、とにかくPAがないぞ。

ICで降りて最寄りの道の駅に行くしかないぞ。

岩手県普代村宮城県南三陸町で休憩しつつ、ガンガン南下する。

 

 

食後、さらにピザ2枚を持ち帰りにしたぜ!

そして店員さんたちに車をいろいろご紹介したりしたぜ!

楽しい時間だった!

 

 

 

これ、茨城県の友部SAでのツイート。

そして結局ここでラーメン食べた。まだそんなにお腹は減っていなかったけど、食べた。

そしたらタイミングよく渋滞が解消した。もうちょっとだ。

 

 

 

-*-*-*-*-*-*-*-*-

 

改めて、今回の北海道内の走行ルートを貼ろう。

 

 

全然時間も足りなくって、かなり立ち寄りスポットを厳選した。

青空に乏しく、これまた調整を多く要した。

 

それでも、人生ってのは晴れることもあれば雨のこともある。

いろいろうまくやる。そして楽しむ。

 

それだけの、とてもシンプルな話。

 

 

以上、ありがとうございました!!

 

【リアルタイムレポート】日本6周目の残存海岸線、北海道をちょっと走るわ!①(迫り来る超級台風)

こんばんは、【週末大冒険】のYAMAです。

 

台風の進路予想図を見て、僕は「ジャスト――!」と叫んだ。

なぜならば。

 

 

僕の旅路にドンピシャのタイミングで、こんなにも美しく弧を描きながら日本列島を直撃する台風14号

「もうこれ芸術だよね」って思ったからだ。絶対殺すマン、来た。

 

なんだったら大外で台風12号も息をひそめている。

ここぞってときに切り込んでくる意外な伏兵かもしれない。前半の伏線が後半に生きて、視聴率爆上がりするパターンだ。

 

…まぁいいですけどね。

僕の北海道はいつだって波乱だ。

道内全域が停電するようなとんでもなく大きな地震は記憶に新しいが、そのタイミングで北海道上陸したこともある。

 

 

めったに台風の来ない北海道を、同時に3つの台風が襲ったこともある。

このときも僕は、台風と共に北海道に上陸し、さらに後続で来る台風を道内で食らった。

上陸時の台風もすごく大変だったが、道内で食らった台風は北海道の交通網を東と西で二分するような凄まじいダメージであった。

 

 

そのときと比べれば、台風の数は1個少ない。

…という無駄にポジティブな方向に変換しようとする僕がいる。

 

 

 

さて!ここまで長々と書き殴りましたが!!

 

リアルタイムレポート。

 

つまり僕が旅路を大体リアルなタイミングでつぶやくぞ。

2022年ゴールデンウィークぶりの開催だ。

 

行き先は"試される大地"、北海道である。

まずはこの台風接近の中を上陸できるかどうか試されそうだ。(そんな試され方、したくない…)

 

次にルートである。

何も決まっていませーん!!

 

出発時点ではノープラン・ノーフューチャーだ。

全部台風のせいにしておいてくれ。

 

 

ただ、上の地図の青線が日本6周目北海道編前半のルートである。

それ以外の海岸線を走り、日本6周目の北海道海岸線走破をゴールとしたい。

 

 

ちなみに愛車の日産パオで行く。1人で行く。

いつも通り、車が壊れないかとヒヤヒヤだ。

 

日本6周目北海道編前半では、マフラーがいきなり取れて爆音パオちゃんとなり、慌てて見つけた溶接工場に飛び込んだりしたし。

ああいう思いは、もうしたくない。

 

そして配信方法だ。

 

twitter.com

 

スマホでコツコツとフォーマットを整えながらブログを執筆するのはちょっと大変。

そんな時間があるならアクセル踏んでいたい。

従い、Twitterで配信する。

フォローしてくれている8000人ちょいの方々と一緒に盛り上がろうぜ!

 

なお、Twitterアカウントが無い方について。

PCだったら右側、スマホだったら下にスクロールすると僕のTwitter記事が出てくるのだが、ちょっと見づらいよね、きっと。

 

だからTwitterのツイートをブログに転記する形式を取ろうと思う。

1日1回目途、このページの下の方に貼り付けていくから、ときどきアクセスしてみてほしい。

 

では、遅い夏休みをエンジョイしてまいりますので!

 

 

■■■この下にtweetが入っていきます■■■

 

1日目(自宅~新潟~小樽)

 

 

仕事終わりの僕は、新潟港へと車を走らせる。

 

別に家の最寄りが新潟港というわけではない。

茨城県大洗港からの便が既に予約いっぱいだったからだ。

 

しかし、結果的に北海道での活動開始時間はあまり変わらない。

それに、台風大接近で大洗航路は欠航瀬戸際であった。結果オーライだ。

 

 

 

 

「トースター」と書いてしまったけど、「トースト」の誤字です。

 

3・4年ほど前には店舗の上に大きく「公楽園」と書かれた看板があったけど、撤去されたよね。知ってた。

トーストの自販機は歴史的価値があるけど、冷凍食品自販機は新しいものであることも知ってた。

でもいいのだ。トーストは2種類とも食べたことがるから、新しい経験をしたかったのだ。

 

 

イタリアンが朝ご飯、カレーが昼ごはん。

だけどもインターバルがあまりなく、なかなかハードなランチとなってしまった。

 

 

 

フェリーって、ノンビリしていて自由時間がたくさんあると思うだろ?

全然違う。

 

12時出航に合わせてカンパイ。

そのあと13時から夕方まで昼寝。

夕方に風呂入ったら、日没に合わせてデッキに出て、落陽見てまた酒飲んで夕食。

翌朝4時半に小樽港で、3時半ごろ起きなきゃいけないので、20時ごろには寝る。

 

日没後の夕焼けが最高

…忙しいでしょ?

「船の中で旅のプラン考えよう。小説も読もう。」って持ち込んだ本、1ミリも開いていないから。

 

 

2日目(小樽~函館)

 

 

 

3時半に船内放送で起こされたよ。

「レストランでは焼きたてのクロワッサンがあります」とかアナウンスされたけど、3時半にクロワッサン食べられるほど胃は活性化していなかったよ。

気付けにコーヒーだけ飲んだ。

 

小樽の朝市は4時OPENで、そこでウニ丼とか食べられたら最高だったんだけど、日曜日は市場やっていないのよね…。

出鼻をくじかれた。僕の海鮮…。

 

 

一応「島武意海岸」は見た。

でも天気のせいであまり綺麗ではなかった。

綺麗な島武意海岸は見たことあるのでまぁいいか。

 

神威岬」は朝8時以降のゲートOPENなので、この時間はやっておらず、遠望に留めた。

快晴であれば8時まで待ったかもしれないが、曇天だったのでスルーだ。

快晴の神威岬は何度も見たからもういいのだ。

 

島武意海岸、誰もいない…

 

この前に「弁慶岬」行っているけど、曇りだからツイートしなかった。

甲田菓子店は、「ニセコ旅物語」のオーナー五十嵐さんから10年前に教えてもらったんだっけかね?

おいしかったよ。ご報告。

 

 

そして、これは旅が終わってからツイートしたんだけど、時系列的にはここで「みつわ食堂」に入っているのだ。

 

 

この1ヶ月ほど前に、せたな町の役場に問い合わせをしていたのだ。

「碑はできないんですかー!作ってほしいんですけどー!!」って感じのことを、とても丁寧に。

 

でも夢叶わずなので、自分で叶えた。

フレームは「ダイソー」で買った。

せたな町さん、予算問題を気にしていたけど、ダイソーでできるよ!

 

 

 

 

そして初日の宿、「函館クロスロード」にチェックインする。

 

今日は早朝から1日半袖で過ごせる暖かさだった。

夜に宿の談話室で飲んでいても、汗ばむくらいだった。

台風接近中かつ南部なのでこの気温なのだろう。もう北海道の秋はずいぶん進行しているはず…。

 

 

3日目(函館~追分)

 

 

ラッキーピエロといえばチャイニーズチキンバーガーなんだけど、何度も食べているのでハンバーガー以外にしようかと。

焼きそばをオーダーしたのだが品切れだそうで、チャイニーズチキンカレーにした。

またカレーだ。でも好き。

 

 

 

 

今までのパターンだと八雲の「ハーベスター八雲」に行くんだけど、曇天だから辞めた。そして駅弁チャレンジしてみようとしたのだ。

 

どこかのどかなところでピクニック的な食べ方をしたいなと思ったら、八雲に入ったところでバケツをひっくり返したような豪雨だ。ホント怖かった。

いかめしは雨を見ながら車内で食べた。

 

 

あまりの豪雨だったので長万部駅で車内でいかめしを食べながら待機。

雨雲レーダーを見て小雨になったタイミングで水柱に行った。

 

ちなみにご存じかと思うが、水柱箱のちょうど1週間後の9/26にピタリと止まった。

不思議な現象でしたな。

 

 

ここは良かったなー。

知らないと絶対に足を踏み込まないようなエリアにあるけど。

 

この先に店がある

ここについても、後日ツイートしたのでここで以下でご紹介しよう。

 

 

92歳のオーナーさんにお会いできなかったのは残念だった。

しかし娘さんにいろいろご説明いただき、お店の裏側のエリアも見せてもらったのは本当にありがたかった。

また行きたいなー…。

 

 

いいの。快晴バージョンを知っているから。

1回くらいこういうのもアリ。

 

 

チェックインした「旅の轍」さんの車で送迎してもらいました。

そして同泊の人やオーナーさん、みんなと入った。楽しい時間だ。

 

 

4日目(追分~大樹)

 

 

うん…、正直ちょっと飲みすぎたかな…。

手作りのハスカップ酒、おいしくてスイスイ飲めたもんな…。

 

台風14号は昨夜のうちに、北海道のやや南部をかすめたそうだ。

進路が南に変わって良かった。

そうでなかったら、今日も大荒れだったに違いない。

 

 

ちょっと飲み過ぎてお疲れモードだったので、同泊の人たちを見送った後に8時すぎまで寝てた。

食事なしの宿だし、そして次の目的地の「かに太郎」が10時半OPENなので逆算し、休めるだけ休んだのだ。

 

 

涼しい朝であったが、はめ殺しのガラス張りの店であり、メチャ暑かった…。

暑さでヘロヘロになりながら食べたのだが、味は美味しかったしおじいちゃんのキャラも良かった。

今後も末永く続けてほしい。

 

 

 

日高門別灯台」近くの海岸にて撮影。

日高門別灯台って、どこから入る込めばいいのかわかりづらいよね。

 

かつて僕、がんばって灯台の足元まで行った記憶があるのだが、どうしたんだっけ…?

でも、そこまでこだわる必要はない。

海岸がよかったから、それでいい。

 

 

 

 

 

そして「黄金道路」を越えて、大樹町に向かうのだ。

台風の近付く黄金道路は、かなり荒れていた。

 

黄金道路はここから始まる

以前は海ギリギリを通っていた黄金道路だけど、今はほぼ全線がトンネルになったよね。

走るたびにトンネル区間が増えていて驚かされる。

 

海まで迫る日高山脈と、激しい波とのせめぎ合いに挟まれ、黄金を敷き詰めるがごとくの工事費用をかけ続ける道路、それが黄金道路。

 

こうして真っ暗になる直前くらいに、大樹町の宿「セキレイ館」にチェックインする。

 

 

5日目(大樹~根室

 

 

「チョボチナイゲート」は今回行けたらいいなーって思って、ちょくちょくチェックしていたのだ。

なのに台風14号で閉鎖され、昨夜飲みながら「おいおい皆さん、聞いてくださいよ」みたいに公開した。

 

後編で記載するが、その後また復活するのだ。

ライダーさんたち、チョボチナイゲートを目指す人たちがまた行けるようになって良かった。

 

 

北海道の旅人宿としては大御所クラスのセキレイ館、初めて泊まることができた。

オーナーさんの「じへいさん」もいいキャラだった。

笑いの絶えない夜だった。楽しかったなぁ。

 

 

 

 

今日は晴れだと聞いていたが、釧路で曇って来たのだ。

なにそれ、聞いてないんだけど?

まぁ出発前は今週全部雨だったけど、回復したんじゃなかったの?

持ち上げて落とすのかよ?

 

そしてここで僕は「釧路と言えばインデアン」と書いてしまったが、本店は帯広だったね。

ご指摘いただいた。すみません。

でも、今回の僕は「釧路でインデアンに入るぞ」と勢い付いていたのだ。そこだけはホント。

 

 

コンデジの写真

コンデジの写真の方が雰囲気があるので、1枚掲載しておこう。

最高の時間であった。

快晴だったらさらに最高であったが、これでもいいだろう。雰囲気バツグンだ。

 

 

後日、ラッコのズームをツイートしたので、それも以下にご紹介しよう。

 

 

 

16時台前半に「納沙布岬」に到着し、本日はここで宿泊する僕。

今までになく早い時間帯でのゴールだが、ここからがかなり忙しかった。

 

日本本土最東端の碑の前で撮影をし、そしてライダーハウスにチェックインしていろいろ説明を聞く。

さらに再び最東端の碑の前に行き、続きの撮影をし、お土産物屋でお土産を買う。

 

ふと本土四端踏破証明書の存在を思い出し、17時の閉館ギリギリでこれを発行してもらう。

そのあと夕日を見て、夕食を買いに片道25km、根室の市街地まで車を走らせるのだ。

 

ちなみにその道すがらの夕景が最強だった。

 

根室で最高の夕焼けを

-*-*-*-*-*-*-*-*-

 

こうして北海道旅の前半戦が終わる。

事前の予報では毎日雨だったが、なんとかこの2日間は晴れ間も見えた。

 

明日は唯一の快晴予報だが、明後日からまた雨続きだ。萎えまくる。

こんなにも天気が不安定な北海道は始めてだぜ、笑えるぜ。

 

 

ネタバレになってしまうが、後半戦も含めた走行ルートをここに掲載する。

では、続けて後編も見てくれるよな!

 

drive-ns.hatenablog.com

 

まだまだ北の大地を走るまくるぜ!!

No.224【大阪府】ドヤ街、西成地区の店頭で鉄板を囲んで肉を食う!立ち飲みの真髄を見た!

大阪で一番ディープかつデンジャーなスポットと言えば、西成区の「あいりん地区」かもしれない。

ここ数年で治安が良くなってきたそうだが、僕はドキドキしてしまう。

 

そんなあいりん地区のボロボロのホルモン屋さんの店先で、ホルモンを立ち食いしノンアルコールビール(ドライブ中なので…)を飲んだ。

ディープなエリアでディープな体験しているぞ僕、って思った。

 

こういうアンダーグランドな酒場を巡る方であれば、このお店の店名を一度は耳にしたことがあるだろう。

泣く子も黙る、「ホルモンやまき」である。

 

 

誰もが初回は躊躇するであろう。

どうやって位置取りし、どうやってオーダーし、どうやって食えばいいのか全くわからないであろう。

 

これは、そこにいきなり1人で飛び込んだ僕の物語だ。

 

 

ちょっとキケンなにおいの町

 

車を運転していたら、町のロケーションがちょっと変わった。

 

うまくは言えないけど、ニューヨークのダウンタウンというか、世紀末の世界観というか。昔のゲーム「ファイナルファイト」でゴロつき共が闊歩するメトロシティというか。

とりあえず、町が醸し出すワンパクなオーラに僕は早くも気付いたのだ。

 

あいりん地区1

コインパーキングがあったので、そこに愛車を停めた。

駐車場の端には冷蔵庫とタイヤと消火器が鎮座していて、なんでかなって思った。

有刺鉄線と崩れた家屋がなかなかワイルドだなって思った。

 

車にしっかり施錠をしたし、貴重品は忘れずに身に着けた。

 

あいりん地区2

それでも、かわいいこの子をここで残すことに少しだけ罪悪感を感じた。

 

空気が違うんだな。

あいりん地区は饐(す)えたにおいがする。

ところどころにゴミが落ちているし、道路がおうちの人の荷物だとかがグシャッとまとめて置いてあったりしている。

 

そういう大地と仲良しな先輩たちが、昭和時代みたいな自転車に乗ったりワンカップを片手に歩いていたりしている。

 

あいりん地区3

あぁ、ここが有名な「三角公園」か。

あいりん地区のセントラルパークだな。

 

20年近く前からWebですさまじい書かれ方をしているので、自分の目で見れたことが感慨深い。

ここで炊き出しだとか、大地先輩たちを対象としたレクレーションイベントが行われたりするのだな。

 

あいりん地区4

かつては日本一治安の悪い地区と言われていたあいりん地区。

 

日雇い労働者が多く住まう、いわゆる"ドヤ街"である。

だから人口の大半は大地先輩のようなおっちゃんだ。

三角公園ダンボールでマイホームを作ったり、その脇にロープを張って洗濯物を干したりしていた。

 

あいりん地区5

ちょっとお金がある人は、簡易宿泊所に泊まることも可能だ。

めっちゃめちゃ狭いけども1部屋1000円前後だったり、3・4万あればそこに1ヶ月宿泊できたりもする。

 

あいりん地区6

そんな中にローソンがあった。

買いたいものがあったので入った。

 

やはりちょっと特殊なにおいがし、客層も僕の知っているローソンとはちょっと違った。

店員さんはほとんどが東南アジア系の人で、ホスピタリティよりも動じない精神を大事にしている、屈強そうな人たちだった。

 

あいりん地区7

そんなあいりん地区であるが、実は10数年前くらいから治安が劇的に改善しているようだ。

橋本元府知事の功績だ。

 

僕が20年くらい前、最初にあいりん地区のことを知った際のイメージはこうだった。

  • 観光客は絶対行くな。マジ行くな。行くならホームレスを装え。
  • 仮に小奇麗なカッコで行くと身ぐるみはがされる。
  • 写真撮影とかしようものなら命の保証はできない。
  • 路上で違法なもの売っていたりケンカが耐えなかったり。
  • 寒さや病気のために路上で死ぬ人も多いが、普通の光景なのでみんな慣れている。
  • 治安も法律も無いに等しい。

 

あいりん地区8

僕はその時代のあいりん地区を知らないので真偽を確認する術がない。

だけども、そんな時代のそんなところに僕のようなインテリ眼鏡ボーイが1人で突撃したら、今の30倍はキケンだったかもしれない。

 

前述の通り今は治安が改善し、ヤンチャな感じの若者たちがものめずらしそうに歩いていたりしている。

外国人バックパッカーが安宿を求めてやってくることも多いそうだ。

 

まぁ「それであってもゴニョゴニョ…」ってなるかもけれども、それはもう個人の感性なので、この先はあなた自身で感じてほしい。

 

 

ホルモンやまきは大人気

列に並び、知らない人からよくわからない指示を受け

 

阪堺電気軌道、いわゆる路面電車今池駅

この駅は盛り土でちょっと標高が高いんだけど、その高架下にあたるところに僕が目指すホルモンやまきがある。

 

今池駅1

今池駅も大概だな。ディストピア感があふれ出ている。

 

この先にホームがあり、そこに電車が来るだなんてちょっと想像できない。

あるいは、そんなところに来た電車に乗ったら強制労働施設に送還されそうだな、とか勝手に妄想してしまう。

 

今池駅2

ちょっと引きで撮影した1枚だ。

中央の階段が今池駅に登るためのもの。

 

そして右端の人だかりが、やまきの行列だ。

若い人が多いし女性の姿も見える。やっぱあいりん地区は変わったのだね。

ほんの2・3年前まで、やまきはガチな労働者のおっちゃんしかいなかったと聞いていたし。

 

今池駅3

今池駅のフェンスに立て掛けられた、香ばしい看板にズームする。

 

『立小便禁止』とふりがなつきで書かれているが、上からチラシ類をベタベタ貼られているし、看板自体が著しく劣化して何かがんだかわからない。

当初はフェンスにちゃんと取り付けられていたのだろうか…?

 

記載内容・看板の位置・劣化具合、そのすべてがあいりん地区を物語っていると思った。

 

やまきに並ぶ1

行列に並ぶ前に、やまきの全貌をお見せしよう。

これがホルモンやまきだ。

 

店頭に大きな鉄板があり、その奥でおやじさんが黙々とホルモンを焼いている。

客は鉄板を囲んで酒を飲みながら肉を食うのだ。それだけ。

鉄板の手前に白いプレートがいくつか立っているが、コロナ対策のパーテーションのようだ。

 

はい、じゃあ並ぼう。

 

やまきに並ぶ2

前に並んでいるのは10人くらいかな?

僕のすぐ左は今池駅への階段だ。

 

やまき側には「コインロッカー」と書かれたプレートがある。

あのプレートの裏側が今池駅のコインロッカーなのだ。

預けるのが少しだけ不安になるコインロッカーかもしれない。

 

あと、並んでいる人はみんな複数名だ。

僕だけ1人でやることなくって寂しい。

「僕、常連ですし。1人とか当たり前ですし。」みたいな風貌だったらいいのだが、どうみても雰囲気に飲まれそうなおとなしめの外見だしな。不利。

 

やまきに並ぶ3

ちゃんとコロナ対策のアルコールも備え付けられている。

屋外の電光看板にくくり付けられている。

「消毒するには足りねーだろ。町中にアルコール撒けや。」とか言ってはいけないよ、あなた。

 

僕の後ろではビギナーの若者3人組が作戦会議をしながら並んでいた。

YouTubeによると、こんな風に注文して、こうやって肉を受け取って…」とか、いろいろイメージトレーニングをしていた。

 

その3人、僕に比べるとやや道路にはみ出していたのだが、そしたら道行くワンパクなおじいさんに声を掛けられていた。

「おうおうキミたちー。そんなにはみでちゃいかんよー。ここみんな通行してるんだから。自転車も来るんだから。すぐケンカになるぞー。ケンカ好きか、君ら?おぉ?好きか??」って言われていた。

 

「好きじゃないです…」という声が後ろから聞こえてきて安心した。

 

やまきに並ぶ4

普段を知らないのでわからないが、僕が見た限りやまきのおやじさんはほとんど言葉を発しない。

行列に並んでいる状態から、どのタイミングで鉄板の前に行けばいいのか、僕はオドオドしながら並んでいた。

 

しかし、途中でヘンテコなおじいさんがやってきた。

正体は不明だ。

路地の向こうからテクテク歩いてくると、鉄板の向こう側のおやじさんと一言二言話し、「おーい、ホルモン終わったってよ!」と行列に並ぶ僕らに声を掛けてきた。

 

マジか。少し残念だ。

やまきのメインメニューはホルモンとキモ。これで残りはキモのみとなった。

まぁいっか。

 

その後、おじいさんは行列を近くで見守りながら「次の2人、鉄板の前に来なー」みたいに声を掛けている。

誰だか知らないが、これはありがたい。

行列に並ぶこと10分ちょい、「兄さんおいでー。1つ空いたよ。」と言われた。

 

 

鉄板の前で肉を食い、そしてノンアルビールを飲む

 

鉄板を取り囲むロケーションのイメージをご紹介しよう。

 

肉を食う1

こんな感じだ。

コロナ前はお客さんが鉄板をギュウギュウに取り囲み、それが2重3重にもなっていたようだ。

しかし今は人数が決められ、そして待っている人は列を作っている。

わかりやすいシステムになったようだ。

 

鉄板の前に来ると僕は「えっと、キモ2つ…」と言った。

おやじさんは僕の方を全然見ずに「今、前の注文焼いているからさ、待っとれ」みたいに言ってきた。

実はこれ、作戦通りであった。

 

肉を食う2

おやじさんは寡黙だ。

「オーダーしてもリアクションがなく、でも実はオーダー通っている」みたいなのがデフォルトパターンらしい。

 

だから「おやじさんから『何にしますか?』って聞かれてからオーダーしよう」みたいに思っていると、一生オーダーできないのではないかと思ったのだ。

だから前のめりでオーダーした。

「待ってろ」というリアクションが得られたのも嬉しかった。

 

「はーい、じゃあついでにノンアルビールも」と、僕はちゃっかりオーダーした。

 

肉を食う3

キモとはレバーのことだ。

デカいビニール袋から、ドチャドチャっと大量のレバーが鉄板に投下される。

 

「臓腑…」って心の中でつぶやいた。

当たり前だが、なかなかにフレッシュでリアリティのある見た目だぞ。

 

肉を食う4

それを鉄板の上でしばしこねくり回す。

時間にして1分弱だろうか?

レバーの表面はかろうじて茶色くなってきた。

 

肉を食う5

そしたらそれをヘラで3つほどに切り分け、ほんの数10秒火を通して完成。

早いな。

ちゃんと火は通っていなくっていいんだっけ?

よくわからないけど、信じるよ?信じていいんだな??

 

焼き終わったレバーは、写真左に映っているバットの中のカオスな汁をかけて提供される。

これが中毒性があると評判のやまきのタレだ。

 

肉を食う6

よし、1人でカンパイだ。

肉は写真のようにプラケースに入れて提供される。

串が2本ささっているのは、「キモ2つ」という意味だ。最後の清算のときにこれでカウントする。

ケースの中にタレも入れてくれている。

これはコロナ仕様だ。

 

コロナ前は、お客さんは鉄板の上に出来上がっている肉を勝手に取り、そして勝手にバットの中のタレに漬けて食べたという。

そして最後は串の本数でお会計が決まるというイメージだ。

 

これまた一見さんにはハードルの高いシステムだったが、コロナ仕様となってちょっと難易度が下がったよね。

 

肉を食う7

コロナ前まではノンアルコールも無かったらしい。

ドライブで訪れる僕、ドリンクオーダーしないのはちょっと引け目を感じるかなって思っていたけど、ノンアルビールが登場して良かった。お茶もあったぞ。

 

そして、僕以外は複数名でそれなりに談笑しているが、コロナ対策のパーテーションのおかげで黙食してても普通でよかった。

 

数年前までは鉄板を囲んで知らない人同士もワイワイしていたらしい。

今回僕の前後にいた人はみんなグループだったから、なかなか会話に入り込むのは困難。コロナでなければちょっと疎外感を受けるところだったかもな。

 

肉を食う8

レバーは濃厚でうまい。臭みはあまりない。

タレも甘辛スパイシーで、みんなが絶賛する理由が分かった。

これ、また機会あったら絶対にホルモンも食べてみたいわ。

 

さらにコロナが落ち着いて世界が平和になったら、かつてのように鉄板をワイワイ囲んで知らない人と祝杯をあげたいな。

 

肉を食う9

キモもホルモンも1つ80円。

つまり僕はキモ2つで160円。

ノンアルコールビールを入れてもお会計410円だった。安。

 

みんなパッと入ってパッと食べて、立ち去る。

大体滞在時間はみんな15分ほどだそうで、僕もそうだった。

いいね、粋な立ち飲みじゃないか。

 

アルコールは全く摂取していないが、心がなんだかフワッと軽くなった感覚で、僕はお店を後にした。

夕暮れの近付くあいりん地区が、優しく照らされているように見えた。

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: ホルモンやまき
  • 住所: 大阪府大阪市西成区萩之茶屋2-2-7
  • 料金: ホルモン¥80 キモ¥80 他
  • 駐車場: なし。コインパーキング使用のこと
  • 時間: 14:00~21:00(雨の日はお休み)

 

No.223【徳島県】どう見ても廃墟な喫茶店!!店主自らレンガを積んだ巨大建造物を訪問!

その建物の存在に気付いたのがいつだったのかは、もうよく覚えていない。

しかし2014年に初めて外観を写真に撮った日のことはよく覚えている。

 

真冬の四国を走り回っていたとき、国道55号沿いのすごい廃墟テイストあふれる建物が目に入る。

「あぁ、そういえばここにこんな建物あったよな。何の建物かはわからないけど、すごいから写真に撮っておこうかな。」と、考えた。

 

その建物との出会い1

冒頭で、そのときの写真2枚をご紹介する。

 

すーーっごいレンガワールドだ。目のくらむほどのレンガで構成されている。

ツタが絡まっていて雰囲気があるが、真冬ということもあって枯れている。

これはこれで退廃的な雰囲気が出ている。

 

その建物との出会い2

もう1枚の写真だ。

窓枠は丸く、車輪のようなものがはめ込まれている。これが大変エモいな。

 

そして左端を見てほしいのだが、「ユアサボデー」と書かれている。

ここは何かの工場とかの敷地なのだろうか?

 

人がいれば声を掛けるところなのだが誰もおらず、無許可で写真を撮ること自体どうなのかと思う。

速やかに立ち去ったった方がいいであろう。

…そう考えて、これ以上キョロキョロせずに車を発進させた。

 

この建物の正体を知ったのは、帰宅後にWebで調査したときである。

大菩薩峠という名前の現役カフェ!!

マジか!そうだと知っていたなら店内突撃したのに!!

 

チクショウ!

またいつの日か、このお店でちゃんとくつろげる日を夢見ようじゃないか!

 

 

廃墟喫茶へようこそ

 

少し時は流れ、日本6周目。

ちょっとドロドロと空が曇り始めた初秋のことだ。

夢を叶えるためにやってきた。

 

廃墟喫茶1

 

どう見ても廃墟。

すっげぇな。

 

 

この曇り空とレンガの質感が、バッチリとフュージョンしている。

右端の街灯なんか、もうホラーな世界観だ。

 

ちなみに手前に停まっているレトロな車は、僕の愛車ではない。

これはお店の車らしい。

僕の愛車の日産パオはその背後の柱の陰。

 

廃墟喫茶2

少し角度を変えてもう1枚。

今回は日産パオもしっかり写そう。

こうやって見ると、21世紀な感じが全然しないけどな。

これ古城だ。きっと古城です。

 

廃墟喫茶3

建物の前には『営業中 10-8』という看板が立っていた。

10:00~18:00の営業ということだろう。

 

前回はこれ、なかったな。

休業日だったのか、設置するスタンスになったのは最近なのか。

もしこの看板があったら、前回も入ったかもしれないのに。

 

…って一瞬思ったけど、この建物が喫茶店なのかどうなのか、どこにも書いていないよな。

何も書かずに「営業中」とだけあっても、初見ではバリバリ警戒しちゃうよな。

知っている人じゃないとなかなか入れない喫茶店大菩薩峠

 

廃墟喫茶4

店の入口はどこか。

正解は左側の階段である。

 

右側のスロープは、実は屋上駐車場に上がるためのもの。

しかしこのお店は敷地が広くて、先ほどの写真の通りお店の前に充分駐車できる。

それにお店と愛車のコラボ写真を撮りたかったので、今回はこのスロープの先に車を進める意義は見い出せなかった。

 

僕は向かって左側の階段を昇る。

 

廃墟喫茶5

途中で軽くアールを描く階段。

左右共にレンガなので圧迫感があり、「カツーンカツーン」と自分の足音が響く。

まるで古城の塔を登っているかのような感覚になる。

 

廃墟喫茶6

2階に到着。ここで建物内に入るための入口が見えてきた。

チラリと内部が見えるが、中も総レンガ造りですんごい堅牢そうな気配だ。

ワクワクしてきたぞ、これホントに喫茶店かよ。

 

廃墟喫茶7

おっ、外と中の境目には重厚な鉄の扉があった。

悪い人が塔に幽閉とかされちゃうような、そんな分厚い鉄扉だ。

ちなみにこの扉の裏には巨大な鉄の金庫もあった。

 

ここから先は店内になるのだが、実はこのお店、内装は撮影禁止なのだ。

うん、知ってたけど一応店員さんに聞いてみたけど、やっぱNGだった。

ただしメニューの写真のみであればOKとのコメントをいただいたので、それは後程掲載させてもらおう。

 

では入店だ。

 

 

絶品ピザとアイスコーヒー

 

「こんにちはー」と怖々入った。

こんな廃墟みたいな建物だから、そりゃ初回に1人で突撃すりゃビビり散らかすわ。そうに決まっている。

 

店員さんが「あちらの窓側の席にどうぞー」と言ってくれ、日本で例えるなら縁側みたいな、メインフロアと少しだけ境界線のある窓際の席に僕は着陸した。

 

店内にて1

内装のイメージは、大体こんな感じであった。

店内も壁・天井・床のほぼ全てがレンガであり、茶色一色。

カウンター席もレンガ調で、なかなか渋い。

 

僕のすぐ脇には、冒頭でお見せした車輪付きの丸窓があり、それ越しに見る外はなんだか別世界のようであった。

 

店内にて2

店内にも2つほど、壁を巨大な円にくり抜いたゲートがあり、目を引いてた。

 

そして15:00という時間もあってか、わりと広い店内には僕以外にお客さんは2組ほど。

なかなかにくつろげるぜ。

 

店内にて3

メニューが出てきた。

黒い扇子を広げると、そこにメニューが書いてある。

他の店でこのような形式を見たことはあるが、毎度とてもユニークだなって思う。ワクワクしちゃう。

 

フードメニューは、サンドイッチ・ピザ・カレー・焼きそば・ハンバーグ・カツなど。

店員さんの人数に対し、かなり手広くやっている。

サラミピザが600円と安かったのでこれにし、そして300円のアイスコーヒーをつけることにした。

 

店内にて4

ビビってしまってブレてしまった写真ではあるが、これだけでもいくつかの情報は得られよう。

 

ピザはシンプルではあるがチーズたっぷりで、しかも複数種類のブレンドのようでとてもコクがあり、おいしかった。

アイスコーヒーは量がたっぷりであり、秋とはいえちょっと暑い日に涼を得るには最適だった。

 

そして木製のテーブルと、対面のレンガ調だが重厚でウッディなイスが少し写っている。

ここから店内は落ち着くテイストであることも想像できよう。

 

内装の写真撮影がNGなのは先ほども書いた通りだが、店員さんはそのとき「外観であればご自由にどうぞ。入口を出てすぐのところもなかなかいい写真が撮れると思いますよ。」と言ってくれた。

 

なるほど。

僕は階段を真っすぐ上がってきただけであり、この入り組んだ建物はまだ見どころがありそうだ。

 

しっかりと店内を堪能し満足すると、僕は外に出た。

 

 

店主が1人で建てた夢の城

 

さて、この章は再びお店の外観写真を貼り付けつつもい、2001年8月25日に掲載された徳島新聞の記事の内容を噛み砕いてご紹介したい。

 

2階の中庭①

ここを建造したのは「島 利喜太さん」。

大菩薩峠のオーナーさんである。オーナー自ら、1から店を作ったのだ。

 

時期はちょっとわからないけども、島さんは20代の頃(たぶん1950年代~60年代)に、数年をかけて日本一周をした。

 

2階の中庭②

山梨県の「大菩薩峠」に行ったとき、その景観に惹かれた。

「こんな峠に万里の長城のような建造物があったらステキ。自分の土地でそれを実現したい。あと、自分はコーヒーが好きだからそれを商売にしたい。」…っていう2つの野望を抱き、お店作りを始めることとなる。

1966年頃の着工だったらしい。

 

ふむ、確かに僕もかつてホンモノの大菩薩峠には登山で行ったことがある。

確かにステキな場所だった。

 

2階の中庭③

島さんはレンガでお店を造ろうとしたのだが、レンガ工場はそう簡単に個人相手にレンガを提供してはくれない。

 

なので島さん、裏山にレンガ製造用の窯を作り、そこでレンガ造りから始めたのだそうだ。やること徹底している。

あまりにストイックなので、最初は数人いた職人さんもちょっと引き気味になって姿を消してしまい、ほとんど全てを島さん1人がやったのだそうだ。

 

 

そのレンガの数、実に10数万個。

 

 

鉄扉に「1971」

そんなこんなで着工から6年後の1971年、大菩薩峠がオープンする。

先ほど掲載したお店の鉄扉に、このオープン年が刻まれていることに気付いたかな?

 

ちなみに店内のテーブルやイスなども全部島さんの手作りだ。

シンボリックな車輪付きの窓も、普通に農作業用で使われていた大八車を解体して車輪をはめこんだらしい。

 

2階までのスロープ①

少なくとも徳島新聞に掲載された2001年時点では、建物は未完成とのことだ。

…てゆーか、もう我が子のように思えてしまってちょこちょこ増築したり改装したりしちゃくなっちゃうよね。ライフワークだよね。勝手にそんな気がしている。

 

だからか、ここは「徳島のサグラダファミリア」とか呼ばれたりもしている。

ちょっと気が引けたので撮影はしていないが、2階中庭の奥には島さんの作業場というかアトリエというか…のような空間もある。

 

2階までのスロープ②

今も島さんは、そこにこもってこの城のバージョンアップを思い描いているのかもしれないね。

クリエイターの執念は、きっと無限大なのだ。

 

 

行くならちょっと注意して

 

なかなかにインパクトの強いお店だ。

しかし雰囲気最高のお店だ。

 

あなたも「実際に行こうかな」と心揺れ動いたかもしれない。

だとしたら、2つ注意点がある。

 

2階までのスロープ③

1つ目は、前述の通り内装は撮影禁止である点だ。

僕はそれを知っていて店員さんに念のための確認をしたりしたので、特に波風が立ったりはしていない。

 

しかしそのルールを知らずに撮影してしまおうものなら、かなり強く怒られると聞いている。なかなかにヘコみ、その後も尾を引くレベルと聞いている。

(オーナーの島さんはあまりお店にはいないようなので、それ以外の店員さんに)

 

インスタ映えとかエモいとかいう言葉ができる前から、それを先取りしているようなこのお店。

写真に残したい思いは強いが、ダメなのだ。

重々注意してほしい。

 

街灯

2点目は接客についてだ。(これまた島さんのことではない)

 

Webなどで読む限りは、ホスピタリティな対応は一切期待しないほうがいい。

僕は15時台という閑散時間に訪れたので、店員さんの心にもゆとりがあった時間だったろう。

最低限の言葉しか交わしていないが、特にそれ以上も求めていないので何も感じなかった。

 

2階テラスの店名プレート

しかし繁忙時間に訪れてお店側に確認・要求などを求めるシーンが生じると、穏やかではないようだ。

これまた渋い思いをするかもしれない。

 

それぞれお店のスタンスがあり、どれが正解とかどれが間違っているとかはないと僕は考える。

だから精一杯オブラートに包んで書いた。

 

もう少しリアルに知りたいのであれば、「食べログ」のコメントなどに目を通して予習しておくとよいと思う。

もちろん僕は記載内容の信憑性だとか、齟齬・トラブルの責任は負いかねるが。

 

徳島のサグラダファミリア

それでも、ここは魅力的である。

 

あなたも機会があったら訪問し、内装を目に焼き付けていただきたい。

廃墟でホラーで撮影NGだが、たぶん一生の記憶に残る喫茶店

1人の男が生涯をかけて築いてきた喫茶店

そんなエネルギーを感じることができるのではなかろうか。

 

大菩薩峠、またいずれ行きたいお店。

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: 大菩薩峠
  • 住所: 徳島県阿南市福井町土井ヶ崎115-10
  • 料金: サラミピザ¥600他
  • 駐車場: あり
  • 時間: 10:00~18:00(金曜定休)

 

No.222【京都府】京都府唯一の火山の産物!!「やくの玄武岩公園」の柱状節理を眺めよう!

柱状節理。

それは地球の生み出した芸術作品である。

 

旅の途中でふとそんな芸術作品を見つけ、しかもそれが天気のいい日であり、公園を散歩しながら眺めることができたら、最高だと思わないかい、あなた。

 

…かなり一方的な趣味嗜好の押し付けになってしまったが、そう思われても仕方がない。

ただ、春のある日の「やくの玄武岩公園」はとても気持ちのいい空間だったのだ。

純粋にそれをご紹介したいのだ。

 

 

緑の中の散策路

 

そう、あれは春うららな日であった。

国道9号を使って、兵庫県の山間部である朝来市を抜けて、京都府福知山市に入ったのだ。

 

京都府山間部にて1

すぐ10㎞くらい西に"天空の城"として有名な「竹田城跡」があると言ったらピンと来るかな?

雲海に浮かぶ竹田城跡を訪ねた話は、近々別途しようね。

 

閑話休題

京都府に入った直後のことだった。

国道9号の沿いで警察官と地域の子供たちが『安全運転してね』的な旗を掲げていて、ちょっとほっこりした矢先、看板が目に入った。

 

京都府山間部にて2

⇐すぐそこ やくの玄武岩公園 ごゆっくりお楽しみください』

 

なるほど。

興味を惹かれたのは"玄武岩"のワードだが、ハートにぐっと来たのは"ごゆっくりお楽しみください"だ。

 

よーし、ゆっくりするかー。

国道を反れて300mほどで、玄武岩公園の駐車場に到着した。

愛車の日産パオを停め、緑にあふれる空気を胸いっぱいに吸い込む。

 

新緑の公園1

駐車場から見た公園。

結論から言うと、この写真に納まっているのが大体公園の全部だ。

道路を挟んであっちとこっち。道路に沿って、200mほどの敷地。

一周サクサク歩けば5分とかからない規模。

 

なんにせよ、ポカポカと暖かい新緑の季節に公園を散歩できるワクワクが止まらない。

普段運動不足の僕は散歩をしていると「自分、イイコトをしているな」って自画自賛できるシステムなのだ。

お年寄りとかは、そういう動力で散歩しているのだと僕は推測している。

 

新緑の公園2

天然物の小川に沿って整備された公園のようだ。

調べてみると4月中旬には桜も咲くぞ。あと、季節を問わずに夜はライトアップもしているそうだぞ。いいじゃないか。

 

新緑の公園3

「京都の自然二百選」の1つなのだそうだ。

ちなみに"やくの"というのはここの地名で、夜久野町から取っている。

 

そして恥ずかしながら、京都の自然二百選自体を初めて知ったかもしれない。

あるいは、過去にいくつか遭遇しているかもしれないが、記憶喪失になっている。

 

いずれにしても、200も選定する時点で京都すごい。

古都だけじゃないぜ京都は!…ということなのだ。

一般の人がイメージする"京都"は、マジ京都のほんの一部だもんね。

京都府はやたらと南北に長くて、いろんなスポットがあるのですぜ。

 

新緑の公園4

気分のいいときの僕は、頭上の青空を撮影する。

このときの僕も、気分が良かったに違いないと振り返る。

 

2022年春。最高の天気がずっと続いていた春の旅。

この新緑の季節が好きな僕は、きっと有頂天だったのだ。

僕以外に観光客はカップルと老夫婦のみ。

普段1人旅をしていてカップルを見ると「爆発しろ」と念じる僕も、このときはほのぼのとしていたさ。

 

 

玄武岩と柱状節理

 

本題に入ろう。

そしてこの遊歩道を散歩しながら眺められるのが、柱状節理の岩だ。

それがこの公園のアイデンティティ

 

柱状節理1

そこそこダイナミックな柱状節理である。

福井県の「東尋坊」で有名な柱状節理。あんなダイナミックなものではないものの、ほどほどのスケールである。

 

…って、もしあなたが柱状節理をご存じでない場合は、この記事も全く面白くないものとなるので、ちょびっとご紹介しよう。

柱状節理とは、上の写真の向かって左側のような、岩が石柱を束ねたようなかたちになっている状態を指す。

 

柱状節理2

これ、古代の人が神殿を造ろうとしたけども途中で飽きて辞めた…のではなく、自然に作り出されているのだ。

作ったのは古代の石工職人さんではなく、母なる地球。

 

どうやってこんなことになるのかと言うと、まずは火山があることが前提。

流れ出た溶岩が冷えて乾燥して固まると、体積が減る。

堆積が減ると歪みが生じて、亀裂が入る。

難しい理屈は知らないけど、その亀裂は縦に真っすぐ、しかも断面が六角形か五角形か四角形になるように入るというのだ。不思議だよね。

 

柱状節理3

柱状節理をご家庭でお手軽な再現するには、水と片栗粉を1対1で練り込んでカマンベールチーズみたいな形に仕立て、1日乾かせばいいらしい。

乾いた片栗粉は軽く衝撃を加えると、縦に綺麗に亀裂を入れながら、端から崩れ落ちる。

 

これを「ブラタモリ」の知床の回でやっていて、スゲーと思った。

 

柱状節理4

ここのは六角形の柱状節理らしい。

本当に六角形なのか僕にはよくわからないが、垂直にズバッと切れたこの様はカッコイイと思う。

小川の向こうに聳えているのも絵になるな。

 

ちなみに小川のこっちの部分も柱状節理の一部となっている点にご注目いただきたい。

公園や道路で整備されているが、もともとはここいら一帯の全てが柱状節理だったのかもしれない。

 

柱状節理5

気になるのが、じゃあ溶岩はどこから流れてきたのかということ。

まぁ答はこの説明板にあるのだが、「宝山(別名:田倉山)」というここからわずか2kmほど北にある山のものなのだそうだ。近ッ!

 

この宝山は標高はたったの350mほどだが、京都府で唯一の火山。

今から30~40万年前に噴火し、ここまで溶岩が流れたのだ。

 

すごい昔。

以下の宝山はハイキングや紅葉スポット、バードウォッチングのスポットになっているらしいぞ。

残念ながら僕は行ったことないので、これ以上に詳しい説明はできかねる。

 

柱状節理6

小学校とか中学校の理科で習ったと思うけど、その溶岩が固まったのが玄武岩ね。

地中深くでゆっくり冷えて固まると斑糲(はんれい)岩だけど、地表で急速に固まると玄武岩

 

柱状節理7

柱状節理の天井部分の、スパッと水平に切れているところを板状節理とか平行節理とか言ったりもするよね。

上の写真では、そんな断面を見ることができる。

 

柱状節理8

複雑怪奇な石畳。

立入禁止だけども、もしワンパクな僕があそこを歩いたら1秒に1回はつまづく自信がある。

 

…??

写真の左端に白い紙が落ちており、それが気になった。

 

柱状節理9

ぶっちゃけ玄武岩公園には全く関係がないことなのだが。

日常に潜むバグを見つけるのが、僕は好きだったりする。

だからあえてご紹介する。

 

もう少しだけズームし、そして上下を逆転させよう。

 

柱状節理10

犬のフンの持ち帰りを促すポスターが落ちていた。

何か柱状節理について重要なことが小さく書かれていたと思ったら、違っていた。

 

京都の自然二百選なのだ。

犬のフンで汚してはならない。

 

柱状節理11

…ちょっと地味でしょ。

いや、失礼だが僕自身、興奮の坩堝(るつぼ)と化すようなスポットではなかった。

 

だけどもね、1人で少々長めの旅をしていていろんなスポットを見ていると、こういう光景を見たときにすっごく心が落ち着くのだ。

国道9号をタラタラと走っていたところ、ふとこのスポットを発見できたことが嬉しいのだ。

そういう思いで書いた。

 

こういう偶然の出会いを大切にしたい。

それはスポットとの出会いであっても、人と人との出会いであっても。

 

だからさ、いつかあなたも僕を見かけたら勇気を出して声を掛けてみてね。

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

 

No.221【長野県】この日本、海から一番遠い場所ってどこ!?ヘロヘロになり山を登るぞ!

ガクガクと笑いそうになる膝を、手で押さえた。

ヤッベ、なかなかシンドいな…。

 

沢沿いの獣道みたいな登山道を登りながら、僕はゼーゼー息をした。

ペットボトルの中身は、残り1口分。

既に17:00近く、少しずつ暗くなる山間部。

 

何もかもがあまりいい状況とは言えなかったが、この先にある栄光を手にするために、突き進むことしか考えていなかった。

 

僕が目指していたのは、「日本で海岸線から一番遠い地点」

読んでそのままの概念を持つスポットだ。

 

2022年現在から見ると、僕が訪問してから"ひと昔前"と言ってもいいくらいに時間が流れたかもしれない。

しかし、たぶんこのスポットは時間が流れようとも変わらず、あなたの訪問を待っている。

 

島国日本。

どれだけ海から逃げられるのか。

その答えを一緒に見に行こうぜ。

 

 

時間もないし装備も無いけど

 

長野県佐久市

あなたがこのあたりをドライブなりツーリングなりしたことがあるなら、この看板を見たことがあるかもしれない。

 

 

日本で海から一番遠い地点を示す看板である。

佐久市のところどころで見たことがある。

これは県道93号線に設置されているものだ。

 

ちなみに、この看板には「日本でから1番遠い地点」と書いてある。

ただしネタバラシになっちゃうけど、現地に立つ碑には「日本で海岸線から番遠い地点」と書いてある。

だから当ブログではスポット名を後者にそろえる。

 

どうやら日本で海から一番遠い地点まではここから10㎞だそうだ。

時速60㎞で向かうのであれば、10分の距離である。

 

楽勝だって思うだろ。実はそうではない。

僕は2022年もこの近辺を訪れており、「訪問してやろうかな」という思いが脳の片隅をかすめた。

しかし行かなかったのだ。

なぜなら「もうあんなツラい思いをしたくないから」だ。

 

海からひたすら逃げるために1

時は遡り、日本3周目の僕である。

巨大なタイヤを履いた日産サファリをうならせ、僕は山間部を目指していた。

 

道、狭い。対向車来たら擦れ違い怖い。

…だが、対向車全然いなかった。

いなかったらいなかったで不安になる。どんだけ僻地なのだよ。

 

 

精神が不安になる写真を1枚、Googlemapのストリートビューから引用する。

手元には僕自身が撮影した写真は潤沢には無いのだ。すまない。

 

この荒れた狭路に入っていく。

ちょっと恐怖である。

まぁでもすぐに駐車スペースが出てくるので、安心めされよ。

 

一昔前はね、ここに「保養センター湖月荘」っていう建物の廃墟があったんだ。

そこのかつての駐車場に車を止めさせてもらうことができた。

今は、上のストリートビューを少し進んだ林道の傍らに停めるような感じだと思う。

 

 

あそこに見えている、林道をふさぐ遮断機を乗り越えてひたすら奥へと歩いていくのだ。

 

登山路入り口の注意書きを見ると、『2時間~2時間半』と書いてあった。

マジかよ。

今の時刻は16:20。日の長い季節ではあるが、もう夕方である。山間部の夕暮れはなおさら早い。

 

これ、往復だよね?往復で『2時間~2時間半』だよね?

まさか片道じゃないよね?片道だったら確実に遭難するよ。

 

ただ、往復であってもこれはかなりキケンな時間である。

 

 

…でも急いでいけばなんとかなるかな。走れるところは走ればいいかな。

標準タイムの倍速で行こう。

 

しかし、手軽に持ち運べるカバンを持ってきていなかった。

いろんなスポットを巡る旅の行程におけるスポットの1つがここであり、長時間歩くことを想定した準備をしていなかったのだ。イタタ…。

 

しょうがないのでペットボトルだけ持っていこうとしたけど、最悪なことに残り2口分しか残っていない。

でもないよりかマシか。

 

あと、関係ないけどかなり眠い。

時間的にも所持品的にも何かあったら遭難必死だが、とにかく手ぶらにペットボトルで
登ることにした。

 

海からひたすら逃げるために2

※ 2022年現在の僕から見たら、わりとアホすぎる。あなたが行くのであれば、最低限キチンとハイキングができる装備をしてほしい。

 

 

道のりはワイルドだ

 

ここから日本で海から一番遠い地点までは2.2kmである。

しばらくは未舗装路が続いている。

今も林業の人とかが使ったりしているのだろう。名前は「滝ヶ沢林道」というそうだ。

 

ワイルド登山1

ゆるい登り坂ではあるが、ご覧の通り元車道なので道幅も充分だし、階段などもない。

かなり歩きやすい部類と言えるだろう。

 

僕はここぞとばかりにダッシュした。

春の夕方の山間部であり、ちょっと冷え込んでくる時間であったが、こうやって体を動かしていると気持ちが良かった。

 

でも、ときどきチラチラと木立から見える太陽が、次第に傾いてきて不安になった。

 

ワイルド登山2

1.2㎞、ほとんど問題もなく林道を辿っていた。

20分経過した時点で、残り1kmの地点まで来た。

ここで気に巻き付けられたポスターが現れた。

 

<注意!>

海から一番遠い地点までの道は、終盤の約1kmが、沢筋をたどる道のりとなります。
「スニーカー履き等の軽装備でのトライ」はご遠慮ください。

 

あと、クマ出るってさ。

僕はスニーカーである。軽装備どころかほとんどペットボトル1本持っただけの、ほぼ手ぶらである。

こういうことは最初に書いておいてほしかったな…。

 

ワイルド登山3

この残り1㎞地点で林道を反れて沢沿いの道となるのだ。

当たり前だが、林道を反れた瞬間に道は激変する。

 

傾斜も激しくなり、酸素が足りねーわ、ふくらはぎパンパンになるわ…。

でも、登山だと思えばこんな道は普通すぎる。

登山はそれなりに慣れているのだ。ザク


ザク進むぞ。時間がない。

 

丸太で出来た小さな橋で沢を跨いだり、横に流れる渓流を眺めたり…。

 

ワイルド登山4

数分進むと、道すらほとんどなくなった。

 

こっちであってるの?

この道、現役なの?

グッチャグチャなんですけど??

 

とりあえず登るか。

すんごいガレていて、足元おぼつかないけどな。

 

…って感じで沢に沿って登っているんだけど、沢を道と勘違いしていないよね、僕?

土砂崩れがあったあとみたいに木々が散乱しているし、倒木をくぐったりしてるし、沢に足は突っ込むし、沢の周辺の土壌はゆるくて崩れるし。

てんやわんやだ。

 

 

残り400mくらいのところに自転車が停めてあった。

は?なんで?

 

さらに進むと前方から降りてくる人が。

ビックリした。自分以外に人がいるとは思わなかったよ。

 

このお兄さん、さっきの自転車の持ち主で、あそこまで沢沿いを自転車かついで登って来たんだって。

ヒャー、凄すぎる!!何やってるんだ、アンタ!!

 

残りの距離を聞いた。あと10分だって。

「頑張って!」と励まされた。

うん、ありがとう。

 

 

海から最も遠い場所に立つ

 

到着した。

歩行開始からおよそ30分後のことであった。

たぶんここまでの標準的なタイムは1時間~1時間半くらいだろう。

僕はかなり早い部類かもしれない。

 

日本で海岸線から一番遠い地点1

 

「日本で海岸線から一番遠い地点」。

 

 

これを見たかった。これだけのために、ここまで来た。

逆に言うと、現地はこれ以外は全く何もない。少なくとも僕の訪問当時は。

トイレもない、ベンチもない、景色も歩行開始からここまで全然開けない。

本当に、ストイックにこの碑を見に来るだけの強行軍だったのだ。

 

日本で海岸線から一番遠い地点2

ここで、僕がちゃんと写真に撮っていなくてかなり後悔している、碑の後ろの看板についてご説明したい。

実は冒頭部分は以下のように書かれている。

 

日本で海岸線から一番遠い地点
1996年9月国土地理院の関氏等によって計算発見されたもので、地理的に「日本のへそ」とも言える地点です。

ちなみに北海道の場合は石狩山地内で、108.2kmであったそうです。

 

日本のへそ!つまり日本の中心

ここは数ある日本の中心の1つなのだ!!

それを目当てにここにやってきた!!

 

何言っているんだかわからない方も多いと思うので、リンクを貼ろう。

 

drive-ns.hatenablog.com

 

詳細については上記リンク先の【特集】をご覧いただきたいのだが、実は日本の中心というのは日本各地に無数にあるのだ。

ぶっちゃけ30箇所くらいある。

 

そしてこの無数の日本の中心を全部巡ってみたいと夢見ているのが、この僕だ。

そんな野望が空回りし、ロクでもない装備でこんなところまでやってきたのだ。アホでしょ。

 

しかし日本で海岸線から一番遠い地点を踏むことが出来て感無量だ。

ちょっとここで、改めて"日本で海岸線から一番遠い"の定義をご説明しよう。

 

 

 

随分細かく測ったものだな。

そして、うまいこと114㎞台に収まったものだな。

 

このスポットは、看板に書かれていた通り1996年に「海から一番遠い」と判明した。

なぜ判明に至ったのか。

 

茨城県つくば市の、国土地理院併設の「地図と測量の科学館」では、毎年夏に「なんでも相談コーナー」という、測量に関する質問イベントを行っている。

1996年、筑波大学の学生が「海から最も遠い地点はどこですか?」と質問したのだ。

国土地理院の「関さん」はこの質問に回答するため、あれやこれやと計算をし、このスポットであると判明したわけだ。

 

日本で海岸線から一番遠い地点3

なお、日本で海岸線から二番目に遠い地点は、北海道の石狩山地内で108.2kmだそうだ。

 

危なかった。まだ長野県の、しかも歩行距離が短い地点で良かった。

北海道の山奥だとか、信州の日本アルプスの深部であったら、遊歩道の整備も実際のアプローチも、今回と比べ物にならないくらいに困難であったろう…。

 

ペットボトルに残った最後の1口を飲み干すと、安堵の息を吐いた。

 

 

西日の中、ダッシュで下山

 

到着してミッション終了ではない。

もちろん、無事に戻ってこその完遂だ。とりあえずは車まで戻る。

そこまで戻れば安全が確保できたと言っても良いだろう。

 

ここからは完全に余談ではあるが、帰りもかなりのスピードで戻った。

序盤の沢沿いの道は、急な下り坂でズルズル滑り、駆け下りることが出来なかった。

とりあえず木々に擦って腕とか傷だらけになった。痛い。


しかも沢づたいで道がほとんど無いから、一瞬ネガティブになった。

「沢を下りすぎていない?どっか途中で普通の山道に出るところがあったんじゃない?」と、そんなことを考えて、かなり不安な気持ちになったのだ。

ホント山中に1人で心細い。

西日がさらに傾いてきたから、なおさら心細い。

 

でもルートは間違っておらず、20分ちょいで湖月荘跡の駐車場に戻れた。

ダッシュで往復プラス現地撮影込みで1時間だ。

マジ疲れた。

 

あさしな温泉

よーし、風呂だ風呂!

 

車で来た道を延々戻って佐久市の市街地に入り、「あさしな温泉_穂の香乃湯」というところで汗を流した。

まだ日は沈み切っておらず、明るいうちからの温泉は達成感も手伝って最高だった。

 

-*-*-*-*-*-*-*-

 

日本で海岸線から一番遠い地点。

一部マニア以外にとっては、時間とスタミナを浪費するだけのスポット。

わざわざ現地に立つ意味もわからないようなスポット。

 

僕ももう二度と行かないつもりではあるが、現地を訪問した記憶と記録は貴重な思い出であり、Webや地図でこの情報を見るたびに「僕はここに立ったことがあるんだぜ、ふふん」って思ったりするのだ。

それだけ、ここに立てたことは貴重な思い出である。

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: 日本で海岸線から一番遠い地点
  • 住所: 長野県佐久市田口字榊山209-1
  • 料金: 無料
  • 駐車場: 「保養センター湖月荘」跡を使用(そこから徒歩で往復2時間~2時間半)
  • 時間: 特になし

 

No.220【青森県】最初から最後まで宿主、大暴れ!「とびない旅館」の脅威の接客を受ける!

予約電話のときから、なんか変だった。

 

僕:「○月○日、1泊2食で」

飛内さん:「いいよ。ところで夜、何が出てもいいよね?

僕:「あー…、フルーツ苦手なんでそこだけ調整してもらいたいのですが…。」

飛内さん:「そうじゃない。オバケとか出てもいいよね、ってこと。」

僕:「オバケ。」

飛内さん:「オバケ。」

 

 

Twitterで開催したブログ執筆希望の宿アンケートで、手に汗握るデッドヒートの末、「とびない旅館」が1位となった。

そうかそうか、みんな無邪気な60歳児、「飛内さん」のワンパクっぷりを知りたいか、そうかそうか。

 

しかし、僕の文章能力でどこまであの宿の酔狂っぷりをお伝えできるだろうか?

とびない旅館の営業妨害になってしまわないだろうか?

 

最初に言っておくと、最高だった。

死ぬほどクタクタになり、ワケわかんなかったが、一生忘れられない体験が次々と襲い掛かってきた1泊2日だった。

 

それをご理解いただけるよう、頑張って語る。

では、日本6周目序盤のあの旅を、みんなで追体験しようぜ。

 

 

【1】その男、クセがあり過ぎる

 

青森県むつ市

霊場「恐山」で有名な町。

 

夕方の17:00、フロントガラスの向こうにとびない旅館が映り込んだ。

「いよいよ来てしまったな」と、僕はツバをゴクリと飲み込んだ。

 

いざ、最狂の旅館へ1

あなたであれば、旅館は体を休めるために使うだろう。

チェックインしたら「ふぅ、一息付けるぞ」って思うだろう。

 

違うんだ。

このとびない旅館の場合は違うんだ。

ここからが本番だ。ここからスタミナをギュンギュン吸い取られるんだ。

だから直前までこのすぐ近くのカフェでしっかり英気を養っておいた。

 

いざ、最狂の旅館へ2

相当に年季の入った大きな旅館だ。

これを1人で切り盛りしているのが、宿主の飛内さんだ。

 

「スゲー!こんな旅館に泊まる客全員を1人で対応できるのか!?」って思うかもしれないけど、宿泊客は連日ほぼゼロとのことだ。

毎年7月下旬の恐山大祭を除けば、宿泊客はとびない旅館に興味を示した物好きな客しかいないと聞いている。

あと、宿の大半は飛内さんの趣味の物品で埋まっているので、実際に宿泊用に稼働しているスペースは一部のみだと聞いている。

 

…この辺はおいおい話そう。

 

いざ、最狂の旅館へ3

旅館の建物の隣に車を停めた。

 

過去に読んだブログによると、この瞬間に飛内さんが大喜びの猛ダッシュで突撃してきて、もうその瞬間から怒涛のトークが繰り広げられるという。

 

しかし、僕の場合はそうじゃなかった。

飛内さん、飛び出してこない。

まぁいい。「客の車が駐車場に入って来ても宿主は飛び出して来ない」って、それ普通のことだから。

 

いざ、最狂の旅館へ4

玄関のカギはかかってなかった。

サッシをガラリと開けて、旅館内に入る。

 

視線を感じて左を向いたら、「ゲゲゲの鬼太郎」の生首がいた。

あと、人間サイズのロボットがいたりした。既に妖しさMAX。でも人間はいない。

 

「すみませーん」・「予約していたYAMAでーす」・「おーいおーい」。

僕の声は旅館内に虚しく響き渡った。

おっかしいな、17時に行くって事前に伝えておいたのに。

 

…って思っていたら、玄関のサッシの外側に気配を感じた。

 

 

 

 

いや、わからんし。

てゆーか、サッシ開けなよ。自分の家だろ。

 

「飛内さんね、ちょっと買い物に行っていたの」と言っていた。

確かにスーパーのレジ袋を持っていた。野菜が入っていた。

ちなみに飛内さんの一人称は「飛内さん」なのだ。不思議系女子のようだ。

 

こうして入ってきた飛内さんは、いきなり僕に「君はホビー系?それともスポーツ系?」みたいなことを聞いてきた。

両極端な質問であり僕はどっちでもないのだが、これは金の斧・銀の斧クラスの重要な2択だと思う。

脊髄反射で「ホビー系」と答えると、飛内さんは「僕もです!友達!!今日は楽しくなりそうですね!そう思いませんか!!?」とすごくハイテンションで返してくれた。

 

そっち方面には全然疎いので一抹の不安を感じたが、飛内さんは「ではお部屋を案内しますので2階へどうぞー!!」とニッコニコだ。

 

いざ、最狂の旅館へ5

旅館内、すごく広ーい。20部屋あるという。

 

ただし、前述の通り宿泊客が来るケースは少ない。

あとで説明するが、予約の電話のときに普通の客は断られてしまうのだ。

「飛内さんと過ごしても耐えられる」と判断した者のみが、晴れて宿泊できる。

 

あと、飛内さんによるマンツーマン接客が基本なので、20部屋もあるのに1組しか泊まれないっていう事情もある。

ここに来たからには、飛内さんから逃げられないぜ。

 

いざ、最狂の旅館へ6

部屋である。

布団が2つ敷いてあるのは、実は同行者がいたからだ。

しかし僕はこの部屋での記憶がほとんどない。その理由は、この記事を読んでいけばきっとご理解いただけると思う。

 

飛内さんは「YAMA君が希望していたのでね、座敷わらしの出現率が一番高い部屋を用意しておいたよ」と言う。

いや、希望していたっけ?オバケって言ってなかったっけ?

What is 座敷わらし。

 

 

実はこの旅館、座敷わらしが出ると言われているのだ。

そういう系では割と有名。

「全国の座敷わらしの出現する施設」みたいな本の1コーナーにも掲載されているのを、実際に見せてもらった。

 

あとはぶっちゃけ特に興味ないんだけど、最近の飛内さんまわりのニュースみたいなのを20分くらい聞かされた。

部屋の中で立ったまま。

 

あのー…、荷物とかとりあえず置いて整理したいのだが…。

 

 

【2】料理をしないシェフ・絶叫シェフ

 

「それでは、がんばって夕食の支度をしてきまーす!下に来ればお茶とかあるから、よかったら来てくださいねー!」と言いながら、飛内さんは1階に降りていった。

 

戦慄の調理1

さて、この部屋ではやることがない。

西日がとても暑い。

 

せっかくとびない旅館に来たのだから、1階の雰囲気を味わいながら夕食を待つのも良いだろう。

10分ほどで最低限の荷物の整理などを済ませ、1階の食堂へと降りた。

 

戦慄の調理2

いや、「食堂へと降りた」とか書いたけどさ、最初はここが食堂とは思わなかった。

待合室とか受付とか、そういう事務的なスペースだと思っていた。

だって、あまりに物が散乱しているんだもん。

 

まともにイスがあるのは4席分くらいだろうか?

僕がそこに座ると、その気配を感じたのか飛内さんがウッキウキな顔で厨房からやってきた。

 

「はい、お茶を出しておくねー」と言い、ペットボトルのお茶が登場。

「あとさ、飛内さんのTV出演したDVDがあるから、夕食待ちながら見ておいてよ」と、ポータブルプレイヤーを起動させる。

 

戦慄の調理3

僕はTVを見ないから詳細は知らないが、「久保みねヒャダ こじらせナイト」という番組に飛内さんがときどき出演しているということは知っている。

とりあえず見るか。

 

しかし再生すること数分、プレイヤーが「ボムッ」って感じでフリーズし、飛内さんの顔が中途半端な表情で止まった。

 

シンパシーを感じたのかなんなのか、超人的なタイミングで飛内さんが戻っていてなんかやんやで対処する。

 

戦慄の調理4

無事に映像が動き出すと、「でね、この番組のときにね…」・「このシーンはね…」と、飛内さんのマシンガン解説が始まる。

 

飛内さんはいつも怒濤の勢いでしゃべり、こちらが会話を挟む隙を一切与えない。

「飛内さん、ちゃんと息をしているのか?」っていう勢いでしゃべる。

「息は吐くのと吸うのを交互にした方がラクだぞ」と教えてあげたい。

 

僕は画面の中の飛内さんを眺め、そして目の前でしゃべり続けるの飛内さんを見る。

「同じ人だ」と思った。

それから「2人いると疲労がハンパないな」って思った。

 

戦慄の調理5

飛内さんの話は終わらない。

 

「これね、今作っているプラモデル。かっこいいでしょ。」と、テーブルのすぐ脇にある宇宙船を取り上げる。

「これはねこぜさん。子供に見せると喜ぶの。作り方教えてーとか。」と、青森好きのブロガーねこぜさんのキャラクターをいきなり紹介してくる。

ねこぜさんの話は度々急に出てくるので、カクゴしておいたほうがいい。

 

「このポスターの人わかる?この人と飛内さんのお父さんが知り合いでね…」

「飛内さんね、若い頃に自主製作映画を作ったの。それでね…。」

「遺産相続の揉め事は大変だよ。ホント大変。」

なにがなんだか、わからない。

とんでもない勢いで話が場面展開し、かろうじて「へぇー」・「そうですかー」の相槌くらいしかできない。

 

しかし飛内さんはお構いなしだ。

独特のなまりと抑揚の少なめのイントネーションで、とにかく休みなく話す。

 

そんで大体最後に「あー、もう人生嫌になったーー!!」と叫んで、話のちゃぶ台を引っくり返してエンドだ。

こっちはポカーンだ。

しかし目の前の飛内さんは出すもの出してスッキリした顔をしている。

なにこれ。

 

戦慄の調理6

気づけば飛内さんがテーブル越しに立ったままマシンガントークを始めて1時間半が経過していた。

あれ、この人は夕食を作るつもりじゃなかったんだっけ?

 

尋ねてみると飛内さんは「ハッ!」と大袈裟なリアクションで気付く。

「しまったー!わたくし、本気で料理させていただきます!!もう、お部屋で待っていてください!!」

 

なんか追い出された。

もともと飛内さんに1階に呼ばれたのに。

 

戦慄の調理7

しばらく2階の部屋にいると、下から「ギャーーー!!ハンバーグが焦げたー!!」という悲鳴が聞こえてきた。

気になる。

 

「あーッ!!もう7時10分だ!ギリギリだ、ひゃー!」という声も届いた。

そもそも夕食は19:00じゃなかったっけ?

ギリギリとは。


さらにしばらくすると、「うおー!ウホホホホーーー!!」みたいな愉快な声も聞こえてきた。

この広い旅館でここまで届く声。どういうことだ。お祭りですかな。

 

「ちょっとー!!YAMA君、ちょっとーー!!」と呼ばれた。

 

もう全然部屋でくつろいでいるどころではないではないか。今度は何が焦げた??

厨房に入るように言われたので、入った。

 

戦慄の調理8

予想に反して飛内さんはニコニコしていた。

「あのね、これ見て。僕ね、ご飯作るの早くなったの。」

 

"普段"を知らねーわ、予定時間をとっくにオーバーしているわ…。

開いた口がもっと開くわ。あご、外れるわ。

「もうちょいだから、お部屋で待っててくださいねー。」と言われ、再び戻る。

 

…30分くらい待っただろうか?

時刻は既に20時を回っている。

「ちょっとー!!YAMA君、ちょっとーー!!」って、また呼ばれた。

 

ようやく夕食完成かな。てゆーか、さっき自慢されてからかなり待ったな。

すると飛内さんは「これからいもすり餅を作ります!手伝ってください!」と言ってくる。

 

調理、まだ終わっていなかった。しかもヘルプを求められた。

予想の斜め上の展開だ。

「はい、ここで手を洗って、これで手を拭いて…」と指示通りに行い、準備OKだ。

 

戦慄の調理9

いもすり餅とは、もともと青森県むつ市の郷土料理であったが、ほぼ絶滅してしまったもの。飛内さんがお母さんのレシピを基に復活させたそうだ。

それを今から作る。

ちなみに実は僕、以前に調べて実際に作ったことある。

 

料理ブログではないので詳細は割愛するが、ザックリと以下の通りだ。

  1.  皮を剝いたジャガイモをすりおろす。
  2.  ふきんで力いっぱい絞る。出てきた汁は捨てずにボウルへ。
  3.  ボウルに溜まった汁が分離するまでしばらく待つ。デンプン質が沈殿したら、上澄みだけ捨てる。
  4.  「2」で絞ったすりおろしジャガイモを、「3」のデンプンボウルの中でコネコネ。
  5.  「4」を一口大の円形にする。
  6.  いい感じのダシを取った鍋に「5」を投入。他に鶏肉など入れて煮込む。

 

戦慄の調理10

ジャガイモは素早くすりおろさないと空気に触れて茶色くなってきてしまう。

飛内さんに「遅いよ」と言われた。

いやしかし、飛内さんの握力と腕力がすごすぎるのだ。僕には無理。

 

これらの写真は、ちゃんと飛内さんに許可を取って撮影させていただいた。

ひとしきり自分の担当調理を終えてからの撮影だったのだが、飛内さんに「なんだー、もっと早く言ってくれればいろいろ撮影してあげたのにー」と残念そうに言われた。

 

いやいやいやいや、ただでさえ夕食の時間がメッチャ遅れているのだぞ。

 

戦慄の調理11

こうして20:20、ようやく夕食タイムである。

 

 

【3】焦げハンバーグといもすり餅

 

飛内さんが「夕食を作ります!」と宣言してから実に3時間。

夕食が完成した。

 

夕食タイム1

トレーの上の皿の過半数にキュウリがあるのがチャームポイントだ。

メニューに普通にイカやホタテがあるのは、さすが青森県

その背後にDVD類とプラモデルが散らばっているのは、さすがとびない旅館。

 

夕食タイム2

序盤で飛内さんが叫んでいた、焦げたハンバーグだ。

なかなかに上質なダークマターである。

しかし大丈夫大丈夫、このくらいなら僕は食べられる。

 

夕食タイム3

合作のいもすり餅。

うむ、これは文句なしにうまい。

デンプン質の影響か、ジャガイモしか使っていないのにモッチモチなのよ。

簡単にできるから、ぜひあなたのご家庭でも試してみていただきたい。

 

夕食タイム4

そして目の前には飛内さんである。

飛内さんは宿運営の最低限の業務以外は、己の全てを投げ打って接客に従事するぞ。

食べている目の前でしゃべりまくっている。ネタは尽きない。

 

夕食タイム5

「すごいでしょ。それはね、イカの中にイカを詰めたの。」とか言ってくる。

 

サラッと自慢する系のネタは、これに続いて「頭カチカチの人だと思いつかないよね。この辺の人とかはだからダメなの。飛内さんみたいに柔軟じゃなきゃ。これをに売り込めばうんぬん。ほら、YAMA君もこういうネタを応用してこうすればうんぬん。飛内さんとお話できてよかったね。」みたいに妄想劇場がとめどなくドバドバと展開される。

大体このパターン。

 

夕食タイム6

40分くらいしたら、飛内さん疲れたのか座った。

でも口だけは元気だ。

 

飛内さんのネタは、大体はホビー系のネタ・政治のネタ・下北半島をディスり・地域の人との折り合いがつかない話などだ。

これらがガショガショ入れ替わりながらやってくる。

早口なので全部は理解できない。

 

やはり最後は「ウフフ、すごいでしょ。「もおぉーー!やんなっちゃう!!」で終わる。

 

そんなこんなで1時間40分が過ぎた。

とっくに食事の皿は空だが、飛内さんのパフォーマンスが終わらなかったのだ。

 

 

【4】100畳の宴会場は趣味に埋まる

 

食事タイム(トークショーとも言う)が終わったのは、22:00だ。

普通の旅館であれば、さすがに解放されるであろう。

ぶっちゃけ、僕は疲労困憊だ。飛内さんからインプットされる情報量が多すぎるのだ。

 

しかし、まだ終わらないぞ。

 

「では、これから宴会場を紹介しますね。どうぞー!着いてきてー!」と、飛内さんは無邪気に僕を先導する。

 

宴会場1

 

なんてこった。

 

 

100畳ある大広間がオモチャで埋まっている。

その昔、この旅館がにぎわっていた頃はここは宴会場であったし、披露宴会場になったこともあるという。

それが、なんということでしょう。

人間が宴会しているのではなく、オモチャが宴会しているわ。

 

宴会場2

飛内さんのテンションはここに来てさらに上がる。元気だ。

ルンルンでこれらの説明を始めている。

 

自分のオモチャを見せる子供のようなワクワクっぷりの飛内さんだが、まさにその通りなのである。

なんて純粋。なんて曇りのない瞳。

 

宴会場3

ほとんど実物大のプラモデル…の箱?

この箱だけでも価値がありそうな気がする。

飛内さんは、こういうのまでコレクションしちゃう。

 

マジな話、飛内さんはプラモデルやサブカルチャーなどに精通している上、自分で工作などをデザインすることもでき、その業界ではちょっと有名人なのだ。

飛内さんのサブカルを取り上げられた雑誌をたくさん見せてもらった。

でもいろいろ、お腹いっぱいだ。

 

宴会場4

銃のコレクションもすごい。

数々のプラモデルは、そのまま資料館にできるくらいの数量と価値があるのだろう。

後述するが、道路を挟んだ向かい側もこういったコレクションで溢れているからな。

 

あと、自分の顔写真が埋め込まれたキーホルダーとか見せてもらった。

一応販売もしているらしい。

なんかの教祖の、こういうキーホルダーってあるよなって思った。

 

宴会場5

「世の中では断捨離とか言うけどね、違うと思うの。好きなものを手放して幸せなワケないでしょ。捨てるなんて誰でもできるよね。全然すごくない。」と飛内さんが言う。

 

そりゃこれだけの空間があればね…。

そしてこの空間、わりとえらいことになっちゃっているけどね…。

 

宴会場6

ホント、ここに映っているのはごく一部なのだ。

本当はこの30倍はある。

プラモデルの未開封の箱だけで全ての壁が天井までギッチリ埋まった部屋もある。

 

宴会場7

右手を見てほしい。

広間には、戦車が走り回れる手作りフィールドもある。

 

飛内さんは実際に戦車を操縦しながら、「これで子供たちと遊ぶと、すごく盛り上がってくれるんだよ。ほら、こうやって撃つの!」って言ってた。

 

確かに僕も子供時代にこれを見たら興奮するかもしれないし、学校帰りにフラッと立ち寄ってこういうおじさんの家で友達と遊ぶのとか、なんか昭和っぽくて楽しそうだと思った。

それを母親に報告したら眉をひそめられる…までがセットだと思うけどな。

 

宴会場8

人間大のねこぜさんの人形もあるし、巨大て続くロボもいる。

GLAYのサイン入りポスターもあり、「また来ます!」と直筆メッセージもある。うん、マジに来ているんだよ、ここ。

 

宴会場9

「これね、飛内さんがデザインしたの。子供たちに歯磨きは大事だよって教えるためのロボット。こうやって動かすと歯ブラシで歯を磨いて…。」と、ペーパークラフトのロボットのギミックを見せてくれる。

 

こういうデザインができる才能はすごいと思う。

そして子供たちを意識しているのも素晴らしいと思う。

 

チェックアウト時、「YAMA君にもあげよう」と、このロボットのペーパークラフトをもらったのだが、2022年現在まだ組み立てていない。

もうしばらく寝かせておこう。

 

宴会場10

飛内さんはノンストップである。

もう1時間が経った。23:00過ぎだ。

立っているのもフラフラなくらいに疲れたし眠い。

 

Webでは「大広間では放っておくと3時間はトーク続く」と聞いているので、「じゃあそろそろお風呂に…」って言って切り上げた。

 

飛内さんは宴会場を出る直前、クルリと振り返ると僕に向かって「怪しい旅館にようこそ」と言って来た。

このタイミングで何言っているんだ。来る前から知ってるわそんなもん。

 

 

【5】おい、風呂の準備はどうした

 

「これからお風呂の準備しまーす!がんばりまーす!」

 

そう叫んで、飛内さんは1階の廊下の奥の暗闇に消えて行った。

ひとまず2階の部屋に戻って待機しよう…。

 

本当に疲れた。

お風呂の準備をしつつも、ウトウトしてしまう。

 

ふと時計を見ると、23:50だった。

もう40分以上経っている。ちょっと遅すぎやしないだろうか。

僕は様子を見に行くことにした。

 

ヒタ、ヒタ、ヒタ…。

薄暗い廊下を1人、歩く。

 

初めての空間なので、どこに何があるかわからない。ちょっと怖いな。

ふと右手に電気の点いている部屋が出てきた。

事務室だろうか…。

 

僕はドキドキしながらその部屋を覗き込む…。

 

そして内心「ギャーー!!」って思った。

 

 

お風呂パニック1

 

 

飛内さん、寝てる!!

事務室のイスに座ったまま寝てやがる!!

マジかよ!!

 

 

「飛内さん!!」って声を掛けると、跳び起きた。

そして「うわー!お風呂お風呂ーー!!溢れるーー!!」と言いながらお風呂と思われる方向にダッシュしだす。

 

手動で止めなきゃいけないタイプか。何やっているんだ。

そう思いながら、僕も飛内さんの後ろからダッシュする。

2人で連なって、暗い廊下をダダダッ…って走った。

 

お風呂、ザバザバに溢れ続けていた。

「イグアスの大滝かな?」ってくらいにザーザー流れていた。

 

お風呂パニック2

飛内さん:「わわわわわわ…、止めなきゃ止めなきゃ!」

蛇口をひねって、まずはお湯を止める飛内さん。

 

飛内さん:「わわわわわわ…、入浴剤入浴剤!!」

エメラルドグリーンの粉末が雑に散布された。

 

飛内さん:「わわわわわわ…、潜水艦潜水艦!!」

 

お風呂パニック3

 

潜水艦。

 

 

飛内さんがポイポイ投げ入れていた。

「そっか、潜水艦か」って思った。

 

ここまでの作業を終えた飛内さんは「いい仕事をした」みたいな爽やかな顔で、「お待たせしました。ごゆっくりお入りください。」と、やたらうやうやしく言って来た。

なにそれ。

いまさら紳士ぶってきた。

 

お風呂パニック4

深夜のお風呂に浸かった。

ようやくリラックスできる時間であった。

指でチョコンと潜水艦をはじき、ボンヤリと壁を眺めた。

 

お風呂タイム5

そういやこの絵も飛内さんが描いたと、どこかのWebサイトで見たな…。

思い出の風景…とかだったかな…。

そう思ったが、もうそれを飛内さんに聞く気力は無かった。

 

風呂上り、タオルを首にかけて「ふぅー…」と1階の廊下を歩いていると、飛内さんに出くわした。

「ふふふ、まるで旅館みたいですね!」って言って来た。

「旅館だと思っているよ!ちげーのかよ!!」っていう意味のことを丁寧に口にした。

 

その後、1階の洗面台でドライヤーを使い、髪を乾かす。

もう時刻は深夜の1時近い。

 

「YAMAくぅーん」と、飛内さんが柱の陰からニッコリ現れた。

「飲もうよ。2人でこっそりウイスキー飲んじゃおうよ。」って、いたずらっ子みたいに言って来た。少しかわいい。

これにつきあうと、マジで夜更けまで拘束されると聞いている。

 

確かに僕はお酒はそこそこ好きだ…。

でもね、無理なんだ…。もう、無理なんだよ…。

僕のライフはとっくにゼロよ…。

 

丁重にお断りし、布団にダイブすると秒で寝た。

 

 

【6】朝ご飯は栄養ドリンク

 

朝が来たようだ。

普通旅館の朝ご飯は7:00とか7:30が相場なのだろうが、僕が起きたら8:00だった。

しまった、疲れすぎて寝過ごした。

 

朝ご飯1

厨房を覗くと、飛内さんと同行者が朝ご飯の支度をしていた。

 

… …ん?

なんかおかしい気もする光景だが、もう気にならないし、気にするだけの気力もない…。

 

「座敷わらしに会えた?」って聞かれたけど、爆睡しすぎていた。

仮に座敷わらしが30人で僕の周囲を盆踊りしていても、きっと気付かなかったであろう。

 

朝ご飯2

朝日射す食卓。

ゴチャゴチャとテーブルの上に散らばった物品も、心なしか朝日で輝いていた。

 

テーブルにトレイがセットされたところで、飛内さんが「うわー!朝ご飯の栄養ドリンクを買い忘れた!これから急いで買いに行きます!!」と言って消えた。

数分待っていたらすぐに帰ってきたけど。

 

朝ご飯3

これが朝の布陣である。

トレイの一番奥に、飛内さんが買ってきてくれたばかりの栄養ドリンクがセットされた。

これもデフォルトの布陣である。

 

飛内旅館では、栄養ドリンクもメニューの1つなのだ。

宿泊客をヘロヘロに披露させたことに対する、せめてもの罪滅ぼしなのだろうか?

いや、飛内さんはそこまで考えていないかな?

 

朝ご飯4

そんで、あんまり聞きなれない銘柄のものが出てくるのもお馴染みなのだそうだ。

…これはどこかで見たことあるな。

飛内さんが即興で買って来たから、マイナー路線に走り切れなかったのかな?

 

そんなことを考えながら栄養ドリンクを眺めていると、飛内さんが「はい、YAMA君にはもう1本だ!」とさらにもう1本くれた。

「そんなにも疲れているように見えたか」という気持ちと、「栄養ドリンク2本程度でリカバリできると思うなよ」という気持ちがフィフティー・フィフティーになった。

 

あと、もう書くまでも無いけど食事中はやっぱり飛内さん、対面でしゃべりまくっていた。

「飛内さんと話すと勉強になるでしょ!これをうまく活用して社会を生き抜いて!」みたないことを延々言っていた。

 

朝食後、身だしなみを整え、荷物を整理し、チェックアウト…。

…しないんだな、これが。

 

朝ご飯5

 

「下北妖怪ハウス」。

 

 

飛内旅館の向かいにある、今回のラスボスである。

これも飛内さんの所有なんだぜ。

 

朝ご飯6

次の章にて、ここを攻略する!!

 

 

【7】下北妖怪ハウスへようこそ

 

昔はお土産屋さんだったというこの建物を飛内さんが買い取り、例によって自分好みのワンダーランドにしてしまっているそうだ。

 

下北妖怪ハウス1

飛内さんがガラリとシャッターを開ける。

めくるめく妖怪ワールドが、白日のもとにさらされる。

 

 

妖力と軍事力で空間を征す

 

下北妖怪ハウス2

まず目に飛び込んで来るのは、「ゲゲゲの鬼太郎」のキャラクターたちだ。

ほっこりするが、どことなく闇を感じさせる造形。

 

下北妖怪ハウス3

ゲゲゲの鬼太郎は何度もアニメ化されているが、昭和時代の古いバージョンに近いな、これ。

鬼太郎とネズミ男の比率が高いな、ここ。

 

下北妖怪ハウス4

なぜここが妖怪で溢れているのか。

それはこの地で2003年に「下北妖怪夏祭り」というイベントが行われ、飛内さんがその実行委員長だったからなのだそうだ。

 

ゲゲゲの鬼太郎の作者、「水木しげる先生」も来たらしい。

下北の恐山は霊山だから、そんな絡みで妖怪イベント開催の地となったのかな?

 

下北妖怪ハウス5

そのイベントにあたり、近所の人と共にいろんな物を作って町を盛り上げようと考えたのが飛内さんだったのだ。

でもまぁ、地域の人と折り合いがよろしくないんだよね。

このあたりは詳しくないけど、なかなかの確執なんだよね。

 

飛内さんは「この街はダメだ」とぶつくさ語る。

"妖怪・下北ぶつくさ"っていう名前をつけてもいいくらいに、恨み辛みの籠った顔で愚痴る。

 

下北妖怪ハウス6

これらは頭に被れるようになっているらしい。
いくつかは本当に不気味で、かなりクオリティ高いぞ。

 

さて、この空間にいるのは妖怪だけではない。

プラモデルもたくさんある。死ぬほどある。

 

下北妖怪ハウス7

あ、あなたは「またプラモデルの話かよ」って思ったろう。

だってしょうかないじゃない、あるんだもん。

現地にいる僕の方が、あなたの3倍くらいのうんざり顔で「またプラモデル…」と絶句していたぞ。

 

下北妖怪ハウス8

この下北妖怪ハウスも兵力がすごい。旅館と同じくらいすごい。

国の1つや2つは滅ぼせるくらいのプラモデル。

妖怪の持つ超科学的な力とこの軍事力を持ってすれば、飛内さんは無敵なのも納得だ。

 

下北妖怪ハウス9

なお、この空間に飛内さんが昔ながらの商店のハリボテを作ろうとした痕跡も見える。

飛内さんの思い描いた理想の世界が、ここにある。

 

下北妖怪ハウス10

今でこそ物置のような空間だが、思い描かれていたゴールはどのような世界なのだろう?

普段は日の目を浴びない妖怪たちが、少しだけ切ない。

 

 

手作りの地獄が口を開ける

 

「2階はね、飛内さんの作った地獄なの。見てきていいよー。行ってらっしゃい。」

飛内さんはそう言い、2階のブレーカーを上げる。

 

おや、珍しいな。

ここではマンツーマンディフェンスしないのか。

飛内さんがにぎやかに解説してしまうと、地獄の恐怖も打ち消されてしまうということかな?

 

地獄めぐり1



閻 魔 殿 。

 

 

飛内ワールドの集大成が、この奥に眠っている。

ドキドキしながら中に足を踏み入れる。

 

地獄めぐり2

いきなりエキセントリックな場面が展開された。

鬼が立ちはだかっており、その前で人々が何か懇願しているようなポーズをとっている。

右手には三途川と書いてある。

 

そうか、ここは三途川。

死んだ人がまず渡る川だ。

これから地獄なのか極楽なのか、ジャッジを受けるのだな。

 

地獄めぐり3

はい出たー、閻魔大王!!

 

なかなかに気合の入った造形とサイズである。2mくらいあるかもしれない。

実際に見ると結構な迫力だよ。

ここで判定される。

 

もちろん、行き先は地獄だ。

 

地獄めぐり4

はい、わっしょーーい!!

臼みたいなので人間がプレスされておる。

命乞いしようが無駄だ。そもそももう死んでいるし。

 

残虐だ。鬼たちの顔がイキイキしすぎている。

 

地獄めぐり5

いろんな地獄が次々に現れるぞ。

釜茹で地獄か?

人間を槍みたいなので突き刺して、灼熱にドボンですか。

 

地獄めぐり6

わーーー!!バラバラだーー!!

 

飛内さーん!怖いよー!

飛内さんの心の闇が見えているよーー!!

 

今まで陽気に接してくれた人がふといなくなったタイミングで、「実はあの人が真犯人です」って気付くパターン、サスペンスでよくあるよね。

アレだ。あのパターンだ。

 

地獄めぐり7

サスペンスドラマであれば、この数分後に僕は1階で飛内さんに会うだろう。

そのとき、飛内さんは「2階で何を見たの?」とちょっと鋭い目つきで聞いてくるだろう。

僕は「いや、何もなかったよ」と、ちょっと挙動不審に答えるのだ。

 

でもボロが出ちゃって、飛内さんが「俺の心の闇を見たなー!」と豹変して、なんやかんやだ。知らんけど。

 

地獄めぐり8

とにかく、各種地獄があって、地獄のオンパレードで、みんな阿鼻叫喚。

鬼たちは残虐ファイトでハッスルしすぎ。

 

地獄めぐり9

そんなこんなだが、最後救われるのかなんなのか、青空を模した部屋に青い観音様がいて、頭上を青い鳥が飛んでいた。

これはこれでちょっと狂気じみたものを感じたが、しっかりストーリーはまとまった。

 

地獄めぐり10

「すごかったでしょ!怖かったでしょ!」と飛内さんはルンルンで1階で待ち受けていてくれた。

 

 

【8】電話回線を通してもすごい人

 

最後の項目では、ここまでで紹介しきれなかった「まぼろし商店街」という下北妖怪ハウス内のコーナーの写真を挿入していくぞ。

 

予約時の諸注意

 

飛内旅館は、以下のような特徴を持つ宿である。

  1. 座敷わらしが出る
  2. プラモデルであふれる
  3. 妖怪グッズが多数ある
  4. GLAY好きの聖地の1つ
  5. 飛内さんのパワフル接客

 

原則「5」は逃げられない。

それ以外に「1~4」に興味のある方にとって、面白い宿であろう。

 

まぼろし商店街1

ただし、Web等から予約はできない。電話のみである。

そしてその電話が最初の関門だと思っておいていただきたい。

 

まぼろし商店街2

飛内さんは「はい」と言って電話に出る。

「とびない旅館ですか?」のように聞いてみよう。

「さようでございます」と言ってくるので、そしたら予約したい旨を伝えるのだ。

 

そうすると「えっ?どこで知ったの?」・「ホビー系ですか?」などとあからさまに警戒してくるので、「Web・ブログで知りました」・「〇〇に興味があります」と言おう。

これを言わないと、たぶん断られる。

 

まぼろし商店街3

例として、「100畳の宴会場に展示されているプラモデルをぜひ見せてもらいたいので!」みたいな感じだ。

 

そうすると飛内さんにスイッチが入る。

ホビー系の話から政治の話まで、20分くらい拘束されるからカクゴされたし。

 

まぼろし商店街4

飛内さん、なんかしゃべるだけしゃべると満足して電話を切りそうになったりするので、ちゃんと予約と氏名・電話番号の提示は忘れずにしておこう。

 

ここまでに書いた通り、飛内さんは相当にクセが強い。

世の中の全員と友達になれるとは限らないキャラだ。

そして、宿でゆっくりくつろぎたい人にも厄介なキャラだ。

 

そういう人は泊まらないほうがいい。絶対にお互い不幸になる。

 

まぼろし商店街5

「飛内さんのことをわかっていて、飛内さんを受け入れられる人」。

それが飛内さんの選ぶ宿泊客なのだ。

そういう人に徹底的に持論をぶつけたいので、1日の宿泊客が1グループのみなのだ。

 

これ、一番大事。

 

 

2022年晩夏、飛内さんとの電話

 

僕は飛内さんに電話した。

冒頭に記載の通り、Twitterアンケートで1位になったので、「ブログに書かせてください。写真掲載させてください。」というのが目的だ。

 

電話の向こうから、懐かしい飛内さんの声が聞こえた。

 

まぼろし商店街6

飛内さんは僕が元宿泊者だとわかると、「あのね、すっごいの!」って言い出した。

わけわからん。

続けて「すっごいドバドバ出てるの!」って言って来た。

僕は察しがいいので「座敷わらしですか?」と尋ね、それが正解だった。

 

「春には地元のTVにも出たの。座敷わらしを見に来たの。東京のTVだったらわかるんだけど、青森なのにこんなことを取り上げて、まぁなかなかやるよね。」と青森をナチュラルにディスる

「TVにも座敷わらし映ったの。そんですごいのが一昨日に親子が泊まったときにね…。あ、これはまだちょっとオフレコなんだけどね…(以下略)」と、話が止まらない。

相変わらずの飛内さんだ。

 

まぼろし商店街7

コロナ影響はどんな感じなのか、聞いてみた。

「全然お客さんいないよ」と、サラリと返ってきた。安定の、客を選ぶ宿だ。

 

「でもね、ウイルスバスターを3台入れたんだよ!バッチリ!」とのこと。

…ん??

トレンドマイクロ社が開発した、パソコンのセキュリティを守ってくれるソフトのことか?

 

でもたぶん飛内さんが言いたいのは、コロナウイルス対策の空気清浄機のことだな。

念のためコロナウイルス対策商品で"ウイルスバスター"というのが無いかWebで検索したけど、見つからなかった。

 

まぼろし商店街8

とりあえず飛内さんが元気そうで安心した。

 

あと、愛用の昭和レトロな黄色い車がブッ壊れたと言っていた。

「TVに出てお金をガッポリもらえればいいんだけどね」って言っていた。

 

とびない旅館の黄色い車

すっごい話が反れて20分くらい経ってしまったが、僕は「飛内さんの写真を掲載してもいいですか?」と聞いてみた。

予想の向こう側の答えが返ってきた。

 

「使ってもいいけどさ、そこは二段構えがいいのよ。まずは1枚目で、目にマスキングを入れるの。犯罪者みたいでしょ?読者には『あれ?この人は犯罪者?』って思わせておくの。そんでしばらくしてからの2枚目でちゃんと素顔をさらすことで…(以下略)」

ナニガナンダカワカラナイ…。

 

まぼろし商店街9

それでも僕は律儀だから、1枚目、つまりこの記事のサムネイルの飛内さんの顔には、目にマスキングを入れるよ。

読者の方がどう思うかは、あなたご自身の判断におまかせする。

 

とにかくありがとう、飛内さん。

 

*-*-*-*-*-*-*-*-*-

 

…あの日、下北妖怪ハウスの前で手を振る飛内さんに別れを告げ、曇天の中を車で走り出した。

そしてすぐに1つイベントを忘れてしまったことを思い出した。

 

「しまった!!飛内さんに旅客機の頭を見せてもらうのを忘れた!!」

 

飛内さんは自宅の倉庫に、切り取って持ってきた本物の旅客機の巨大な頭の部分を格納しているのだ。

それを見たかった。

 

 

…ま、いっか。

もう情報過多でおなかいっぱいだし。

旅客機の件は、この記事を読んでとびない旅館に訪れる、画面の前のあなたに託します。

 

では、お後がよろしいようで。(←よろしくない)

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: とびない旅館
  • 住所: 青森県むつ市田名部町8-6
  • 料金: 1泊2食¥6825
  • 駐車場: あり
  • 時間: ご自身で飛内さんに電話してください(0175-22-4261)

 

No.219【鳥取県】ピンク一色の世界へようこそ!「恋山形駅」のメルヘンワールドに酔え!

…あなたは最近、恋をしていますか?

 

えっ、僕!?

おいおいおい、僕から恋と愛を取ったら何も残らないだろうがよ、何言ってるんだオメェ。

 

…さて、茶番は置いておいて、今日は「恋山形駅」をご紹介する。

今回の記事の写真は一面ピンクだから、目への刺激が気になる方はお手元にサングラスをご用意いただきたい。

また、紙への印刷をご予定であれば、赤インクの在庫が充分かをあらかじめご確認いただだきたい。

 

準備は整ったか?

では行こう。

日本一メルヘンな恋山形駅

 

 

恋は突然。恋山形駅も突然。

 

鳥取県南部の山間部。

ゆるい峠の連続する、緑一色の風景。

とりおり出てくる田園集落。

 

恋の予感1

すっごいローカルな景観なのだ。

信号機もない・店もない・車も人もない…。

 

そんな中に、山形という集落がある。

昭和の気配がまだ漂う、ゆっくりゆっくりと時が流れているような、静かな集落であった。

 

お年寄りが畑の手入れをしている姿を見かけた。

窓を開けていると聞こえる、ウグイスの鳴き声が心地よかった。

 

恋の予感2



恋はいつだって突然だ。

 

 

地元の方が整えているであろう畑、その背後に墓場。

そんなの知ったことか。

バチコーンっていう勢いで、ハート型の看板である。

 

(゚∀゚)キタコレ!!

 

恋の予感3

すっごいブッ込んできたよね。

例えると、和食の料理人が腕を振るって作った繊細なお吸い物に、「味が足りない」と言いながらトマト缶の中身をドバドバ注ぐような暴挙。

『うさぎおいし かの山~♪』とか歌いたい景色なのに、パンクロックが流れて来ちゃう違和感。

 

てゆーかこの看板、いったいいくつのハートマークを使っているのだ。

(40まで数えてもうどうでもよくなった)

 

そんな恋山形駅まであと100mだという。

心の準備なら、全然できていない。

 

恋の予感4

坂道をゆっくり登る。

右手には田畑が広がっている。

ホウキを持ったおじいさんとすれちがった。

まだ信じられないのだ。この数10m先に伝説の恋山形駅があるだなんて。

 

あなただって、校舎裏に突然呼び出されたところで、ラブレターをもらえるだなんてすぐには信じられないでしょ?

ラブレターを渡される瞬間までは、まだ世界は正常であり均衡を保っているのだ。

 

知らんけど。

何言っているのか自分でわかんなくなってきたけど。

それだけ動揺しているってことなんだけど。

 

なんか道路の一部がピンク色のペイントになった。

恋ロードっていう名前の道だそうだ。

 

恋の予感5

 

ブッ … !! 

 

 

あなたの恋が叶いますように。

 

ヤベー!これヤベー展開だぞ!!軽くヤベェ!!

ちょっとビックリしてボキャブラリーも大体崩壊した。

 

恋する駅で1

レッドカーペットならぬピンクロードを車で登っていたら、左手にはピンク色の芝桜、その向こうにはピンク色の駅舎。

ちょうど今は芝桜のシーズンだったな、ピンクマシマシだ。

 

とりあえず僕はハンドルを握りながら「うわーうわー…」って目を丸くすることしかできない。

 

恋する駅で2

駅舎の対面に普通に愛車を駐車した。

そしたらアレだ。背後がアレだ。何かが何かを射抜いている。

 

僕、こんなところに1人でやってきて大丈夫だった?

致死量を超えるピンクを摂取することになりそうなのだが??

 

恋する駅で3

車から降りた。

遠目から見ても駅が一面ピンクである。あらゆるものがピンクの予感がしている。

人工物でピンクでないものは踏切の遮断機くらいかもしれない。

 

ものすごい快晴で青空なので、ピンクが一層映えるよね。

胸がキュンキュンしてきたね、これ。

 

恋する駅で4

足元のプランターもいちいちかわいいぞ。

とにかく余白があるならハートを描け。ここで学んだ教訓だ。

 

武骨なフェンスだってピンク色にペイントすれば、それだけで心躍るアイテムとなる。

 

恋する駅で5

恋ポストだ。

恋の手紙を届けてくれるらしい。

そういや手紙書いてないな、最近。こういう時代こそ恋の手紙もいいかもしれないぞ。

いや、僕は書かないけどな。

 

恋する駅で6

ポストの上に掲げられた立体のオブジェがいいセンスしているなって思った。

高度な技術が必要だ、きっと。

 

恋する駅で7

集められた手紙は、地元山形郵便局でハート型の風景印が押されるぞ。

とにかくハートなのだ。ハート以外の記号を知らぬ。

 

恋する駅で7

恋が叶う鐘が設置された、社もあるぞ。

駅構内の自販機でハート型の絵馬も売っているので、それをここに収めることもできる。

 

中央の大きな「恋」と書かれたハートのオブジェ。

真ん中にハート型の窪みがあるのだ。

ここに絵馬をはめこんで記念撮影もできる。

 

恋づくしだな。

あなたもだんだん恋愛成就しそうな気持ちになってきただろう。

 

ここまでお膳立てされたのであれば、もうカップリングしちゃう気分だ。

…ところで僕は1人だけどな。

周辺にはだーれもいない。さっきホウキを持ったおじいさんとすれ違っただけだ。

 

 

ピンクの駅舎で電車を待とう

 

もったいぶってしまったが、駅舎本体をご紹介しよう。

 

ピンクの駅舎1

改めて、ものすごい配色だ。目がチカチカする。

 

無人駅なので、駅員さんもないし普通にズカズカとホームまで入っていくことができる。

行こう。ホームに行こう。

 

ピンクの駅舎2

駅名板もハート型だ。なぜかこれだけはピンク色ではなかったが。

 

しかし業務用の電話はピンク色だ。

業務用電話にまで浸食するとは、このピンクかなりの攻めの姿勢だ。

たぶんこの駅をデザインするときの会議で「どこまでピンクする?」・「業務用電話はさすがにピンクにする必要ないのでは?」・「いや、食らうなら皿までだ」・「ここは夢と魔法の世界よ」みたいな激論が飛び交ったに違いない。

 

無人駅で幸いだったな。

駅員がもしいたなら、きっと制服もピンクに染められていたことだろう。

 

ピンクの駅舎3

こっち側のホームから、線路を挟んだあっち側のホームを見る。

 

上の写真ではわかりづらいかもしれないが、ホームの監視カメラのカバー・駅の背後の土地の柵・電線を繋いでいるであろうポールも全てピンクだ。

ゴミ箱は当然ピンクだ。

 

ここ山形の集落は高齢者が多そうだ。

おじいさんとおばあさんが並んであのピンクのベンチに腰掛けていたら、きっとこっちまで笑顔になってしまうだろう。素敵だ。

 

ピンクの駅舎4

踏切を渡って対岸のホームまでやってきた。

視界が大体ピンクだ。ヤベェ。ピンクの壁の圧力、すげぇ。酔いそう。

 

ピンクの駅舎5

駅舎はないが、敷地内に簡素な待合室みたいなものならある。

たぶん最近できたものだと思う。

 

もう説明する必要もないと思うが、ハートもモリモリあしらわれた自動販売機と、ハート型のテーブルだ。イスだけはちょっと武骨だ。

 

あと、トイレもある。

これも直近で設置された物らしい。

もともとこの駅にはトイレは無かったのだ。

バイオトイレだった。

 

ピンクの駅舎6

遮断機が下り、電車の接近が近いことを知る。

慌てて僕は死角に隠れた。

 

だってさ、このファンシーな駅に僕のような冴えないメガネ男が佇んでいたら、車内の人から白昼夢だと思われるもんね。

もし電車が停車するなら、人が下りて来ない前に立ち去ろうと思ったのだが、電車はゆっくりと駅を通過して行った。

 

恐ろしい。

ここに1人でいると他人の目が恐ろしい。

 

 

なぜ恋はここで生まれた?

 

恋山形駅

なんで”恋”という名前がつくのか。

そしてなんでこんなにピンクになっちゃったのか。

 

恋山形駅の謎1

文中でチラチラと触れてきた通り、ここは山形という集落である。

”恋”なんて単語に縁もゆかりもない。

 

じゃあなぜ恋というフレーズがついたのかと言うと、「来い」を文字ったからなのだ。

 

この駅の歴史はわりと浅く、駅ができたのは1994年である。

どんな駅名にしようかって考え、当初は"因幡山形駅"が候補であった。

 

だけども、もうちょっとインパクトが欲しいと考え、「もっと人が来てくれるように」という願いを込めて「来い」、それを「恋」と表現したのだ。

 

しかし1日の利用客数は2018年で5人とのことだ。

ちょっと控えめな数だね…。

 

恋山形駅の謎2

看板に書かれている通り、日本には「恋」と名前の付く駅は4つだ。

 

2013年、これら4つの駅が結託して「恋駅プロジェクト」っていうのを開催した。

「恋同盟としてなんかやろうぜ!」ってなり、そのころはなんの変哲もなかったこの恋山形駅が、変なスイッチ入っちゃって現在のようにピンク祭りにしちゃったのだ。

 

恋山形駅の謎3

同じ時期に地元の人たちが植えた芝桜も数年してしっかりと根付き、春にはこのようにピンク色の花を咲かせている。

 

完全にネタに振り切った駅だが、嫌いじゃない。

だからこそ、こうして来たわけだしな。

 

すごく小さな駅だし、駅の周囲に何かあるわけではない。

停車本数もすごく少ない。

 

だけども駅自体に特徴があるため、停車時にはちょっと長めに5分ほど止まってくれるそうだし、土日などは25分止まる電車もあるらしい。

なんて親切なのだろう。

 

恋山形駅の謎4

駅前には自撮りのためのカメラスタンドがあった。

1人だけども、とりあえず記念撮影をした。

 

ここで愛を育むカップルがたくさん生まれればよい。

僕はそんなカップルを見て「爆発しろ」と念じるかもしれないが、負けるな。

 

誰にも会わなくてよかった。

特にキラキラしたカップルに出会わなくってよかった。

安堵しながら、僕は再び車に乗り込む。

 

再び現れた田園風景が、僕の目を癒してくれた。

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: 恋山形駅
  • 住所: 鳥取県八頭郡智頭町大内159-3
  • 料金: 無料
  • 駐車場: あり
  • 時間: 特になし

 

No.218【愛媛県】太平洋戦争末期の幻の戦闘機「紫電改」!!国内唯一現存する機体を見る!

紫電改(しでんかい)という名前の戦闘機が、昔存在したようだ。

太平洋戦争の末期に開発されたものの、400機程度しか生産されなかった、幻の戦闘機と言われている。

 

そして、2022年現在それが現存するのはわずか4機であり、うち3機は海外にある。

わずか1機のみしか、国内に存在しないのだ。

その唯一の機体を、僕は愛媛県まで2回ほど見に行った。

 

1945年8月15日、終戦の日から77年が経過した。

ボケッとしている間に終戦記念日を1週間も過ぎてしまったが、この折に書こう。

戦争の記憶を現在まで受け継いでいる、紫電改のことを。

 

…あと、まぁ恥ずかしながらいろいろ予定通りに行かなかった行程なので、その枝葉の部分の話を。

 

 

イムリミットは17時

 

紫電改は、当然のことながら厳重に屋内に保管されている。

その施設のことを「紫電改展示館」という。

僕は日本6周目において、久々にその紫電改展示館に向かおうとしていた。

 

リミット間近1

紫電改展示館は17:00閉館である。

 

「ヤバいな」って思ったのは、その1時間前の16:00のことだ。

この直前まで、高知県の「竜串海中公園」で遊んでいた。

出発時にカーナビに紫電改展示館と登録したら、1時間7分かかると表示された。

 

リミット間近2

次に僕は紫電改展示館の閉館時間を調べたのだ。

17:00だ。

現時刻の16:00に1時間7分を足してみた。

 

17:07だ。

間に合わない。

そういう経緯で、「ヤバいな」って思った。

 

僕は油断していたのだ。

「資料館などは18:00くらいまでは営業しているだろう。今は1年の中でも日が長い時期。まさか17:00に閉館ということはないだろう。」、そう思っていたのだ。

 

リミット間近3

このあとなんやかんやありつつも、16:59である。

まだ到着していない。すなわち間に合わない。

だが、あとちょっと。あと1・2kmで紫電改展示館。

 

このときも僕は油断していた。

「確かに17:00閉館とは書いてあったよ。だけどもね、祝日だし日の長い時期だもん。実はもうちょっと営業している可能性も高いよね。もしそうじゃなくて閉館準備していたとしても、受付やドア付近にまだスタッフさんいるよね?『あれ!もう終わりですか!一瞬だけ中を見せてもらうこと出来ないですか?』って聞けば、きっと入らせてくれるよね。」

…そんな妄想をしていた。

 

リミット間近4

17:02。

僕は紫電改展示館の駐車場に滑り込んだ。

展示館の入口は駐車場からは見えないが、ここから見てすぐ裏手だ。

歩いて30秒もかからない。

 

さて、閉館時間を2分ほど過ぎてしまったが、まだ開いているはずだよな。

ボーナスタイム、用意してくれているよな。

 

リミット間近5

入口に回り込んだ。

ドアは閉まっている。

 

ただ、ドアには「引く」と書かれている。

つまりはドアが閉まっている状態がデフォルトであり、客は入る際に自身でドアを開け閉めするのだ。

 

まだ結果はわからないぜ。

ドアは開くのか開かないのか。

 

リミット間近6

僕はドアに小走りで近寄る。

そしてドアノブに手を伸ばす…。

 

あなたは「入れてなかったらこの記事を執筆できないじゃない。ドアは開いていて入れたに決まっているでしょ。」と、メタ的な考えをしていることであろう。

 

賢い人よ、あなたのその考え方、僕は嫌いじゃないぜ。

だけどもこのときの僕と一緒に、もうちょっとドキドキしてほしいんだぜ。

 

 

さぁ、Dead or Alive ??

 

 

 

 

 

 

D e a d。

 

 

ドア、ピクリともしませんでした。

終わった。

 

 

海中から引き揚げられた紫電改

 

さて、本当にこれだけでは話が終わってしまう。

そうならないのには、ワケがある。

 

察しのいいあなたなら気付いたハズだ。

この資料館の入口がガラスであったことを。

 

紫電改1

はい、ガラス越しに撮影ができた。

パッと見、ガラスを通さず見ているように撮影できただろう。

 

実際の僕の肉眼にはガラスがジャマであったが、とりあえずこの写真が撮れて満足だ。

もちろん、実際に入っていろんな角度から眺めたかったけどさ。

あと3分早く来て、そして2分あればそれができたのに。

 

遠くでチラチラとスタッフさんが動く姿が見えた。

だが、ガラスドアを叩きながら「おーいおーい、入れてくれー!」と交渉するほど無礼な人間ではないので止めておいた。

 

紫電改2

紫電改を簡単にご紹介する。

簡単に想像できる通り、これは紫電という戦闘機の改良型だ。

 

第二次世界大戦の前半までは、零戦が猛威を振るっていたのだ。

攻撃力とそこそこの機動力にステータスを全振りし、守備については紙装甲レベルのものだ。

 

だからちょっと攻撃食らっただけで優秀なパイロット死亡。

しかも急降下が苦手という残念なステータスがあったので、それがバレてからはボコられまくり。

 

これは広島県大和ミュージアム」の零戦

そんなこんなで戦争もジワジワ劣勢になり、パイロットも資源も少なくなり…。

もちろんこのあたりもいろいろあるんだけど、とりあえず全部省略。

 

とりあえず零戦に代わる戦闘機を開発しなくちゃいけない状態であった。

紫電という戦闘機が産声を上げた。

 

だけどもこの紫電、テスト段階で割りとポンコツだったので、「ちょっと計画を振り出しに戻そうかね」みたいな事態になった。

改良を加え、生まれたのが紫電改

1945年の終戦の年になってようやく生産開始の目途が立ったそうだ。

"遅すぎた零戦の後継機"というニックネームもある。

 

紫電改3

これはなかなかの高性能だったそうだ。

後世での評価も高い。

 

当時の日本は勢いづいて「よっしゃ、1万機作るぞ!」ってなったけど、実際に生産されたのはわずか400機ほどであった。

もう戦争末期で空襲もひどく、工場も人でもカツカツだったのだ。

そして終戦になったし。

 

紫電改4

はい、紫電改の後ろ姿だ。

なんでこんな写真があるのかというと、かつて日本4周目で訪問したからだ。

当時の僕のコンディションが悪かったのか、手ブレ写真が多いのが特徴だ。

 

さて、紫電改は冒頭で書いた通り世界中で4機のみ現存している。

うち3機はアメリカだ。わりと綺麗な状態で保管されている。

 

紫電改5

だが、唯一日本で展示されているこの機体は、ちょっとボロボロだ。

プロペラも90度近く曲がっている。

 

この機体は、終戦1ヶ月弱前の1945年7月24日に20機で出発し、愛媛県沖で200機のアメリカ軍と闘ったそうだ。

20機中、6機が帰って来れなかった。

 

その後長い年月が経過し、1978年に海底でこれが発見され、およそ34年ぶりに引き揚げられて空気を吸うこととなったのだ。

 

紫電改6

機内にはパイロットの人が所持していた写真が残されていたらしい。

その他の飛行機に残っていたものと一緒に、ここに展示されている。

海からの引き上げ光景の写真パネルも掲示されていた。

 

日本4周目で館内に入れたときの僕は、これらを1つ1つ丁寧に見たのだ。

そりゃもう、重い気持ちになった。

 

 

南レク馬瀬山公園を歩く

 

紫電改展示館があるのは、「南レク馬瀬山公園」という名前の広い公園内だ。

日本6周目の際には、ギリギリで入館できなかったので、失意の中でこの馬瀬山公園を散歩したのだ。

日本4周目のときにも散歩したけどさ。

 

紫電改展示館と一緒に観光する可能性の高いスポットなので、ここでご紹介しよう。

 

馬瀬山公園1

紫電改展示館からさらに先に歩くと、高いタワーが見えてくる。

宇和海展望タワー」という絶景展望台らしい。

 

上の写真の左に映っているパネルにも紹介が書いてあるのだが、ここの目玉だ。

ただし、もう休業してから久しい。

久しいのに、2022年現在もデカデカとパネルが立てられている。

 

馬瀬山公園2

1977年完成の、昭和レトロなタワー。高さは110mもある。

回転式の展望台で、上のほうに映っている展望フロアがグルグル回りながら上下していたとのことだ。

 

昭和時代って、そういう開店する展望台やレストランがチラホラあったイメージだ。

ただ、ギミック複雑だから強度もないだろうし、老朽化も早そうだけどね。

僕自身、そういう回転系の展望台は一度も行ったことなかったと思う。

 

馬瀬山公園3

実際ここも耐震強度が無いと判定され、2019年から休業しているのだ。

2022年現在、再開の予定はない。

 

中途半端なところで泊っている展望フロア。

宙に浮かぶ廃墟。

すごくレトロなデザインだが、まだ休業から3年なので内部は綺麗だろう。

これが20年先もこのまま放置されていたら…、すごく僕好みの廃墟になっているだろうな。

 

馬瀬山公園4

さらにその先には「南レクこども動物園」というのがあった。

ただしここも入口が閉ざされている。

 

馬瀬山公園5

鳥インフルエンザ対策で休園していた。

コロナ影響かなって思ったけど、そうじゃなかった。

 

どうやらこの動物園は小規模で、動物のほとんどが鳥だったとのこと。

あとは少しだけリスザルがいたのだが、今はもういないらしい。

なるほど、100%鳥類。鳥インフルエンザ怖いね。

 

そして、生きている施設が少なくて心配になるな。

これだけ広大な敷地に僕しかいないし。

 

馬瀬山公園6

東屋のある展望台があった。

そして1人だけ人間がいた。

 

あの人は、僕の少し後に車でやって来て、そして僕と同様に残念そうに紫電改展示館の入口を覗いていた人だ。

同志ではあるが、傷のなめ合いは性に合わない。だからこちらからは話しかけない。

 

馬瀬山公園7

なかなかいい眺めだ。

もちろん宇和海展望タワーに登ればさらにいい景色だっただろうが、ひとまずここからでも充分満足できる光景である。

 

馬瀬山公園8

細く伸びた半島の開眼に沿って、小さな漁港と集落が見えた。

その少し沖には、穏やかな海に点々と養殖イカダが浮いているのが見えた。

…平和だ。

 

馬瀬山公園9

紫電改に搭乗してアメリカ軍を迎撃するために飛び立ったパイロットは、最後にこの光景を見たのだろうか?

この平和を守ろうと飛び立ったのだろうか?

 

*-*-*-*-*-*-

 

戦争から77年経ち、当時のことを知る人も随分少なくなってきた。

しかし、語り継いで忘れちゃいけない記憶だと思う。

 

小さい頃、母方のじいちゃんが兵隊だったときの様々なグッズを見せてくれたのが、今もしっかりと記憶に残っている。

とても貴重な体験であったと、大人になった今に振り返って、改めてそう思う。

 

紫電改展示館

どの国がいいとか悪いとか、そういうことはさておき、戦争でしか物事を解決できないって野蛮で原始的だよね。

ロシアもウクライナもいろいろ事情はあるだろうけど、戦争は悲劇ばかりを生み出すし、犠牲になるのはいつも一般市民だよね。

 

戦争を知り、平和を愛し、そのありがたみを未来に伝えていきたい。

そんな高尚なことを一瞬考えつつも、次に気になるのは夕食を食べられるお店と入浴施設の閉店・閉館時間なのだ。

さぁ、再び走り出そう。ご飯とお風呂のある未来へ。

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

 

No.217【石川県】能登半島最先端「禄剛崎」!!だが同時に日本列島の中心だ!なんで!?

能登半島

それは日本有数の握りやすい形状の半島だ。

 

その先端にある岬の名は「禄剛崎(ろっこうさき)」という。

岬好きであれば抑えておきたいスポットだ。

 

 

さらにさらに、この岬には驚きのポテンシャルがある。

それは、ここが日本列島の中心にあたるという点だ。

 

なんとなんと!

半島の先端なのに日本の中心??

そんな相反する特性を併せ持つことができるのか?

遥か昔に初めて「やわらか戦車」という単語を聞いたときの気持ちを思い出した。

 

これは我が目で見ておかねばならない!

行こうぜ、禄剛崎!!

 

 

最果ての地、狼煙(のろし)の集落から

 

僕は禄剛崎には足しげく通っている。

全部の写真を放出したらえらいことになってしまうので、今回は日本3周目から6周目に訪問したときの写真を少しずつご紹介するつもりだ。

 

狼煙1

『さいはての地 狼煙』。

狼煙と書いて"のろし"と読む。なんてカッコいい漢字だろう。

 

狼煙2

明朝体が似合う。

書道の先生がデカい筆でパワフルに書くのが似合う。そんな狼煙の集落。

 

今僕は、「道の駅 狼煙」に来ている。

能登半島先端にある道の駅であり、まさに最果てということだ。

 

狼煙3

禄剛崎灯台があるポイントまでは、ここから徒歩で約10分ほどだ。

車道はないので、ここに車を置いて行くことにする。

 

狼煙4

ちなみに灯台は海を見下ろす高台にあり、その高台とは上の写真に写っている奥の丘を指す。

まぁ大した高さではないのだが、運動不足の僕には地味にキツい道だ。

 

高台へ1

何度も訪問した地なのに、なぜか坂道の一番キツいところの写真が無い。

展望ゼロで写真映えしないっていう理由もあるだろうが、単に登るのがツラくてカメラを構える余裕が無かったというのもあるのかもしれない。

 

いずれにしても、5分も歩けば気持ちのいい空が頭上に展開される。

控えめに咲くコスモス、いいな。これは10月のときの写真だ。

 

高台へ2

周囲の木々は桜だと思う。

この写真を撮ったとき、能登半島の南部はピンク色に包まれていたが、禄剛崎はまだツボミの状態であった。

桜の時期のこの岬も、歩いてみたかったな…。

 

高台へ3

丘の上は広大な空間だ。

すんごい綺麗に整備されていて台地状になっている。

 

この写真を撮るまでの間に、トイレがあったりオブジェがいくつかあったりしたが、ちょっとそれらについては後回しだ。

まずは最奥にある灯台の話をしたい。

 

 

この灯台の持つ日本唯一のステータス

 

禄剛崎灯台

それは"日本の灯台50選"にもエントリーされているエリート灯台なのである。

 

禄剛崎灯台1

なぜか僕はこの角度からの撮影が好きらしく、この構図の写真で禄剛崎フォルダがあふれ返っていた。


能登半島最先端』と書かれているのがいいよね。

端っこ好きにとってはたまらないフレーズよ。

 

ところで、目ざといあなたであれば気付いてしまったかもしれない。

一番冒頭でご紹介した写真と上の写真で、表記されている文言が異なることを。

 

禄剛崎灯台2

はい、冒頭の写真を再掲した。

こちらには『能登半島端』と書かれている。

この写真は、僕が日本3周目をしているときに撮影したものだ。今回掲載する写真の中では最も古いものだ。

 

さて、『最北端』が『最先端』になった理由ってなんだろう??

 

 

答えは割とシンプルだ。

最北端ではないからだ。

 

上のGoogleマップを見てほしい。

しばらく西に行ったところにピョコッと北に突き出した小さな岬がある。

この岬は先端まで行けなくって景勝地でも何でもないんだけど、「シャク崎」っていって、こここそが能登半島の最北端だ。

 

この事実に気付いて、標柱の老朽化による建て替えのタイミングで表記変更したのではないかと推測している。

 

禄剛崎灯台3

はい、これが直近の日本6周目の時の写真だ。

確かに最先端。

 

ただ僕は、この写真を見返していて気付かなくっていいところに気付いてしまったかもしれない。

上の写真の右端にチラッと写っている説明板を拡大してみよう。

 

禄剛崎灯台4

『最北端』って書いてあるーー!!

 

この説明板、かなり前からあるのだ。さっき掲載した日本3周目の頃にも同じものがある。

だから表記が古いのだな。

そしてもうボロボロだ。近いうちに差し替えられるかもしれない。

その際には『最端』ではなく『最端』になってしまうだろう。

禄剛崎が最端だった時代を記録に残しておきたい人は、急いだほうがいいかもしれない。

 

禄剛崎灯台5

キチッとパース取りされた構図の先にある禄剛崎灯台

実はこの石のタイルの先には幅広の下り階段があり、その先に灯台がある。

残念ながら階段そのものの写真は手元に1枚も無かったけど。

 

なんか映画の中で"ロッキー"が駆け上ってから「うおー!」とか叫ぶ階段みたいなヤツが、ここにあるのだ。

僕はそんなことしないが、あなたはぜひやってみると良い。

 

禄剛崎灯台6

芝生に建つ、ずんぐりしたかわいい灯台

もともと高台にあるから、灯台そのもの高さは不要だったのだろう。

 

それでも、建造された明治時代は灯台のための石材を船で運んできて、この先の48mもある崖の下からロープを使って引っ張り上げるという難工事だったそうだ。

 

禄剛崎灯台7

さて、この灯台には全国唯一という、すごい特徴がある。

それがわかるのは、この角度からの写真だ。

そしてすまない、僕はそれを意識して撮影したことが無いので、結果的に明示できるような高解像度の写真がないのだが…。

 

禄剛崎灯台8

写真中央の黒いプレートの最上部。

実はここに菊の御紋が刻まれている。

 

なぜ日本の象徴である菊の紋章がここにあるのか。

それは、この灯台は日本人が初めて作った洋式灯台だからだ。

 

これまでの灯台って、全部灯台先進国である外国人の人が作ってくれていた。

しかし明治16年(1883年)、初めて日本人の手で洋式灯台を建てたのだ。

偉大なる国家プロジェクトであった。

その記念に菊を刻んだのだ。

 

禄剛崎灯台9

それから140年。

変わらず禄剛崎灯台は、日本海を臨むこの地に立ち続けている。

 

とても歴史的価値のある灯台だ。

日本に23基しかない、Aランク灯台の1つでもあるのだ。

そりゃロッキーさんも咆えますって。

 

 

ここはなぜ日本列島の中心なのか?

ドラえもんおばさん

 

灯台に至る直前、綺麗に整備された台地状にいくつかのオブジェがあるのだが、その中でもインパクトの大きいものがある。

 

日本列島中心1

 

『日本列島ここが中心』

 

 

「マジかよ!」って思うよね。

誰もここを日本の中心だと思って訪問したりはしないだろうから、完全に意表を突かれた気持ちになるだろう。

心臓に持病を抱えるおじいさんとかにいきなり見せたら危険な石碑である。

僕は事前に知っていて来たものの、それでも初回の衝撃はすごかった。

 

そう、ここは数ある日本の中心の1つなのだ。

あなたが「数ある!?」って顔をしているので、ご説明しよう。

 

drive-ns.hatenablog.com

 

実は日本の中心ってたくさんあるのだ。日本各地に30箇所くらいある。

詳細については上記リンク先の【特集】をご覧いただきたい。

それぞれ定義が異なるので、どれが正しくてどれが間違っている、とかはない。

 

そしてこの無数の日本の中心を全部巡ることを生き甲斐にしているのが、この僕だ。

アホでしょ。

 

日本列島中心2

ではなぜ、ここが日本列島の中心なのだろうか?

 

思い返せば、僕がこの日本列島中心の碑に興味を持ったのは日本3周目の頃であった。

その頃はね、冒頭でご紹介した道の駅もまだなかったんだよ。

ここは交流施設っていう観光案内所みたいなところで、駐車場も有料だったんだよ。灯台に行くための駐車で320円かかった。

 

そして、僕は駐車場の受付をやっているおばちゃんに聞いたのだ。

「丘の上に日本列島中心の碑があったんだけど、なんであそこが日本列島の中心なんですか?」って。

 

日本列島中心3

そしたらおばちゃんは「ニホンレットーノチューシン??」って、ロボットみたいに復習した。

僕の質問があまりに突飛だったので、日本語として理解できずにバグッてしまったのだ。申し訳ない。

 

僕はニホンレットーノチューシンとは日本列島の中心であることを、おばちゃんに丁寧に説明した。

この時点でもう明かだけど、おばちゃんは禄剛崎に日本列島中心の碑があることを全く知らなかった。

 

「どれかパンフレットに日本列島中心について書かれているかしら?」

おばちゃんはそう言い、数あるパンフレットを物色し始めた。

 

日本列島中心4

ドラえもんがワタワタしながら「あれでもないこれでもない」とポケットからいろんな道具をポイポイしているように、おばちゃんはパンフレットをポイポイしていた。

面白いので僕も手伝った。

 

しかし日本列島の中心について書かれているパンフレットはなかったのだ。

はい、なんの情報もない、ただの僕とおばちゃんのハートフルストーリーの章になってしまい、すみません。

 

ただしその後、僕は自力で調べた。

真相は次の章でご紹介しようぞ。

 

 

日本列島を支えるポイント


日本列島の重心点。

真相をひとことで言うのであれば、そうなる。

 

では、日本列島の重心点とはなんなのだろう。

 

日本の地図をプリンタとかで印刷してほしい。

そして出てきた紙を海岸線に沿って綺麗に切り取ってほしい。

 

で、この紙をたった一点でうまくバランスを取るとしたら、それはどこなのか。

そいつが日本列島の重心点の概念だ。

 

日本列島中心5

まぁ実際にやろうとしたら紙はペラペラすぎて折れ曲がるし、北海道・四国・九州・離島などバラバラになっちゃって無理だろうから、偉い人が机上で計算するんだけどさ。

 

その答えが、陸から遠く離れた富山湾の海の中だ。

日本列島の重心点は海の中だった。

これは国土地理院のお墨付きの、確かな情報なのだそうだ。

 

ただし、これだと観光資源にならない。どうにかしたい。

そこで考えた。

「一番近い陸地に日本列島の重心的な碑を作っちゃいませんか?」って。

それがこれなのだ。

 

日本列島中心6

何も由来は書いていない。

重心点の話なんて1ミクロンも書いていない。

 

上の日本列島の図も、重心というより円の中心に禄剛崎があるような描かれ方をしている。

その円も北海道と九州を中途半端にかすめていて、意味不明だ。

「石工業者への発注ミスか?」って思う。

 

日本列島中心7

よくわからない概念図だし、それ以外には「日本列島の中心」だと書いてあるのみだから、これを見た人はみんな困惑する。

 

…それもよかろう。

なんでもかんでも知ることが正義ではないのだ。

「不思議だね」のひとことで済ませてしまうのも、悪くはない。

 

ただ、真実を知るのもまた正義。

この感動を、あのドラえもんおばちゃんに伝えたい。

そう思ったが、もう交流施設はないので、おばちゃんに会うことはできなくなってしまったな…。

 

 

ドライブインでカレーライスを

 

最後におまけでも書いておこう。

道の駅の対面、灯台のある丘のふもとの「ドライブイン狼煙」だ。

 

ドライブイン1

道の駅にも食事処はあるだろうが、あえて僕はこちらを選んだ。

昭和レトロなドライブインがたまらなくエモかったからだ。

 

ドライブイン2

店内は広かったが、お客さんは誰もいなかった。
最初にレジでメニューをオーダーするシステムであり、僕はカレーライスを頼んだ。

 

レジカウンターには年季の入った紙の食券がたくさんあり、僕はワクワクした。

しかしレジのおばあちゃんは「他にお客さんもいないから、このまま席で待っていていいですよ」と言った。

 

ドライブイン3

内心僕は「食券を使いたかったな」って思った。

普通に考えて、食券制の券売機のアナログ盤なのだろう。

 

わかっちゃいるけど、もらいたかったのだ。

なんだか幼い日の「さぁモノポリーをしよう」と言って、こんなカラフルな札を場にセットした父親のことを思い出したのだ。


まぁいいけど。写真だけ撮らせていただいた。

 

ドライブイン4

同じ店内だが、中でおおまかに2つに仕切られているお店。

あっちが喫茶スペースで、こっちがレストランだ。

上の写真は喫茶スペース。

 

普通に行き来できるけど、コンセプトが違う。

そういえば入口も2つあったな。何だこの店、面白いな。

 

ドライブイン5

喫茶スペース、とても雰囲気がある。

ワガママを言えば、こっちに座ってカレーを食べたかった。

 

喫茶スペースの渋さにほれぼれしていたら、カレーができたというのでレストランスペースに戻った。

 

ドライブイン6

なんかオシャレな皿だ。

スプーンも彫刻が施されている。

皿もスプーンもなんだか薄造りで華奢で、カレーみたいなパワフルなものを盛って似合うのか?って思った。

 

カレーに入っているじゃがいもがとてもミニマムであり、いっぱいあった。

辛さはほとんどなく、家庭的な味付けだった。

 

ドライブイン5

食器も味付けもドライブインぽくないなっていう発見ができた。

 

そんな些細な発見の積み重ねが、旅を充実させる。

チェーン店もいいが、いい意味でも悪い意味でも裏切られることがない。

そうなると感情の起伏も少なくなり、すなわち思い出にも残りにくくなるのだ。

 

だから僕は、できればその土地にしかないお店を選びたい。

ごちそうさまでした。

 

 

風光明媚な半島の先端を目指そう

 

禄剛崎

能登半島の先端だか北端だかの狭間で揺れ動く岬。

 

最後で恐縮だが、眺めもいいぞ

日本人が灯台を作ったことが嬉しすぎて、灯台に菊の紋章を刻んだ。

実はここが日本の重心地だと、国土地理院が認定した。

 

崖の下には千畳敷という岩場が広がる

ドライブインの入口は2つある。

そしてカレーは家庭的な味で、じゃがいもが細かい。

 

珠洲ロータリークラブの記念碑?

これだけの情報量を持つ岬。

僕が足しげく通うのも納得でしょ。

 

あなたも能登半島を一周走る際には、この地を是非踏んでほしい。

 

以上、日本6周目を走るYAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: 禄剛崎
  • 住所: 石川県珠洲市狼煙町イ-51
  • 料金: 無料
  • 駐車場: 「道の駅 狼煙」に停めて徒歩10分
  • 時間: 特になし

 

No.216【福岡県】水の中をジャブジャブ歩く!「千仏鍾乳洞」は猛暑の日でもクールだぞ!

2022年夏。

後世に語り継いでもいいくらいの猛暑続きの年である。

 

とんでもなく早い梅雨明け後、気温30℃台後半の日々が延々続いているイメージだ。

しかも愛車の日産パオのエアコン壊れたしな。

まぁパオ繋がりの皆さんのエアコンも大体壊れているので「ついにウチもか」くらいな感覚だが、とりあえず暑くて死ねる。

 

さて、エアコン無いなら天然のクーラーあるじゃないか。

鍾乳洞に潜ればいいじゃないか。

…となる次第なのだ。

 

ちょっとリアルタイムな執筆ではなくって過去のエピソードなのだが、九州一周した際に潜り込んだ「千仏鍾乳洞」の話をしたい。

オールシーズン間違いなくヒンヤリできるスポットだ。

 

 

嵐の中の平尾台突撃

 

嵐の日の夕方、日本三大鍾乳洞の「平尾台」に向かっていた。

 

暴風雨1

昨夜から今朝の未明にかけて、中国地方で見事に台風と激突し、それを突破したつもりなんだけどね。

一度は雨、止んでいたんだけどもね。

なんでまた九州に暴風雨が来てしまったのかと、首をかしげている。

 

暴風雨2

本来であれば、台風一過の青空の元、日本三大カルストの1つである「平尾台」の絶景を見たかったのだ。

だがこれでは絶景どころではない。命に係わる。

 

それでも僕は平尾台を目指して山の中、グングン標高を上げている。

それは目的を「平尾台にある千仏鍾乳洞」に変えたからだ。

 

鍾乳洞は全天候型スポット。

春夏秋冬、晴れも曇りも雨の日も、内部は気温も環境も一定だ。

信頼度100%のスポットなのだ。

 

暴風雨3

平尾台に着いた。

台地の上に広がる高原だ。

 

うわぁぁぁぁ、もう最悪だよぉぉぉ。

標高が上がれば雨も風も強くなるもんね。

周囲の木がバッサバッサ揺れているよ。そして木の破片が辺りに散らばっているよ。

 

まぁそのくらいはガマンできるんだけど、霧まで出てきた。

もう何も見えないんですけど?

 

暴風雨4

平尾台カルスト台地だから、山口県の「秋吉台」や愛媛県高知県の「四国カルスト」と同じように、草原の中に白い石灰岩(ピナクル)が点在している。

晴れている日は、そりゃもう綺麗なのよ。

実は日本1周目からここには通っているので、綺麗な風景なら知っている。

 

だが今回はひどいな。

こんなワイルドな平尾台は初だ。

 

暴風雨5

車外に出るような勇気はないので、停車して車内から写真を撮る。

車が強風でグワングワン揺れる。

 

そしてもう既にこの悪天で暗くなり始めている。

実はもう17:00を過ぎているのだ。

そりゃこんな天気でこんな時間なら、僕以外に車もいないよな。

怖いよ、寂しいよ。

 

暴風雨7

さて、もうすぐのハズだ。

車にはカーナビすらついていないし濃霧なので、カンだけど。

 

あと、この天気だしそろそろ17:30。

鍾乳洞は営業しているのか、というすごく大きな懸念があるのだけれども、それはあんまり考えないように努めている。

 

 

この鍾乳洞での正装はサンダル

 

17:30間際に千仏鍾乳洞の駐車場に到着した。

木々に囲まれた駐車場のためか、ドアを開けられないくらいの風だ。

 

だが、鍾乳洞はこの時間でこの天気でも営業しているのだろうか。

実はここから洞窟は見えないのだ。

どうやら駐車場から続く森の中の階段をしばらく下がって行かないと到達できない模様。

 

鍾乳洞までの歩道1

ただでさえ外出するのも憚られるのに、この薄暗い階段を降りて行かないと営業中かどうかすら確認できないのだ。

 

どうする?

ここまで来ておいて今さらなのだが、車外に出るのはやっぱり怖くて少々躊躇する。

 

…とそこへ、階段の下からズブ濡れになった大学生っぽい連中が登場した。

不幸にも強風で傘が壊れたようだ。

だけども皆笑顔だ。あれは満足しているときの表情だ。

 

なるほど、現時点では鍾乳洞は営業しているということだな。

行ってみよう!

急げ!もうラストオーダー終わっちまっている可能性もあるからな!

そのときは土下座で頼んでみよう!

 

鍾乳洞までの歩道2

激坂を下ることおよそ5分。

鍾乳洞の営業所が見えてきた。

 

受付の横にいたスタッフさんに「営業していますか?」と聞く。

「あ、はいこの時間であればまだやっています」と、ギリギリのタイミングであったことを臭わせるリアクションであった。

ぶっちゃけ、帰ろうとしていたような気配も見え隠れしていたけど。

 

後日調べたところ、土日祝は18:00までの営業。

そして所要時間の目安は40~50分。

つまり今現在17:30は、断られても不思議ではない、本当にギリギリだったのだ。

こんな時間にすみません。

 

洞内へ1

とりあえず受付し、そして指定のサンダルに履き替えて洞窟に入った。

なぜ洞窟なのにサンダルなのかって?

そりゃ後でのお楽しみですわ。

 

昔は1人で鍾乳洞に入るのはちょっとドキドキしたり受付しづらいような気もしていた
んだけど、もう僕は全国の鍾乳洞を1人で入っているから物おじしない。

むしろ1人の方がくつろげる。

 

洞内へ2

ちょっと雑な洞内マップを作ってみた。

観光客が無難に入れるエリアは全長900m。

ザックリ前半は地面の上を歩けるエリア。

そして後半は水流の中をザブザブ歩くエリアだ。だからこそのサンダル。

 

終盤は水中の上に照明もなく、たぶん事前予約だとかスタッフさんの同行だとかが必要なエリアだと思う。

今回はそのエリアはもうクローズしていた。確かにこの時間であればそれが妥当だ。

 

洞内へ3

たった1人の静かな冒険が、始まる。

 

 

1人きりの地底空間

陸上編

 

前提としてブレている写真が多くて恐縮だが、多少アップダウンのある暗闇を歩いているので、その臨場感の演出として許容いただきたい。

 

陸エリア1

もし対向の人がいたら擦れ違いも困難であろう狭い箇所も多くある。

そんな狭い洞窟内を淡々と歩く。

 

「ザワザワ…」「ザワザワ…」。

どこからか人の話し声のような、歩く音のような反響音が聞こえてくる。

 

「あれ?やっぱりこの洞窟には僕以外にも誰かいたのかな?」

そう思うんだけど、それは思い過ごし。

洞窟を歩く僕の反響音か、はたまた流水の反響音か。不思議不思議。

 

陸エリア2

大石柱・天景と名のついた鍾乳石の前で記念撮影をした。

ここいらのグネグネした鍾乳石のデザイン、ダイナミックで好きだ。

 

正直この千仏鍾乳洞は巨大な鍾乳石があるわけでもなく、ライトアップなどの演出に凝っているわけではない。

でも、なんだか自然体で好感が持てる。

あと、僕のお目当てはこの後出てくる後半の水中エリアだから、モチベーションはそっちまで温存している。

 

陸エリア3

鍾乳石の特徴的なデザインで、足を伸ばしたクラゲのようなものがある。

ちょっとキモいけど、これが数1000年かけて自然に出来上がるということに脅威を感じる。

 

陸エリア4

天景はその名の通り天井付近にあり、見上げるようにして眺めた。

見える部分が少なくって壮大さはないが、水の滴った軌道が複雑に天井に刻まれている感じだ。

 

陸エリア5

白亜殿はちょっと広くなった空間に現れる巨大岩盤みたいな鍾乳石。

ここでちょっと一息つける。

 

洞内の温度は季節を問わず14℃。

半袖だし外で雨に濡れた状態の僕ではちょっと寒い。

ただ、この寒さを味わえるのも洞窟系観光地の魅力だと思う。

 

陸エリア6

内部には階段もあったりする。

まぁでもそこまで起伏が無いタイプの鍾乳洞だ。

中にはビル2・3階分の昇り降りを繰り返すような鍾乳洞もあるので。

 

ここまで来てちょっと後悔したのが、カサを持ち込んで来ていること。

どっかに絶対カサ立てあったよな。

急いでいたので確認せずに突撃してしまった。

 

陸エリア7

天柱だ。

天上から地面まで、1本の柱となった鍾乳石。

水が滴る天井側の石が垂れ下がり、水が滴り落ちた地面側の鍾乳石もタケノコのように成長し、その2つが合体してできたもの。

 

すっごく長い年月をかけてできるものだ。

もちろんもっと巨大なものは他の鍾乳洞にあったりはするが、小ぶりであってもメチャすごいものなのだ。

 

陸エリア8

さてと。入洞からおよそ15分。

天柱まで来たということは、そろそろ陸上エリアが終わるということだ。

そろそろ地面ともお別れだ。

 

奥の細道を通過すると、いよいよ足元に水が現れた。

 

 

水中編

 

ここで今一度、洞内MAPを掲載しておこう。

 

水中エリア1

この鍾乳洞のアイデンティティ、後半の水中エリアの入口までやってきた。

平尾台には他にも鍾乳洞はあるが、この千仏鍾乳洞を選んだ理由がこれだ。

水の中をジャブジャブと歩いてみたい。そう夢見ていたのだ。

 

水中エリア2

まずは水に濡れないように裾をしっかり巻き上げておく。

 

玄関の"たたき"みたいにわかりやすく一段下がっているところから、僕は水中に偉大なる一歩を踏み出す。

月面着陸したアームストロング船長の気持ちだ。

 

ここでの水深は、足の甲くらいまでだ。

 

水中エリア3

 

 

うひょーっ!!冷てーーっ!!

 

 

…すまない。取り乱した。

でも本当に冷たいんだもん。

気温14℃の洞内を流れる水流だもん、そりゃ冷たいよね。

 

水中エリア4

だけどもそのうち冷たさに慣れるでしょ。

 

僕はかつて福島県の「入水鍾乳洞」も突撃してますからね。

入水鍾乳洞はいつか執筆したいが、危機を感じるレベルの冷水を膝上まで浸かりながらザボザボ歩く。照明もなくロウソクで照らしながら、体をねじ込まないといけなかったり四つん這いが必要なエリアもあるのだ。

あそこよりは100倍マシだ。

 

水中エリア5

すぐに水の冷たさは気にならなくなった。

むしろ心地よい。

 

この水中エリアも鍾乳石はポツポツと普通にある。

しかし視線はそんなのよりもむしろ足元の川の方に行っちゃうのだ。楽しすぎて。

水中エリア6

世界が青くなった。乳青色というヤツだろうか。

照明が青いからではない。足元の川底が青いのだ。

その上をサラサラと流れる小川。

すごい色だね。なぜこうなったのだろう。

 

水中エリア7

川底は石灰岩の一枚岩のような構成だ。

床は水で洗われたためかツルツルなので、サンダルで歩いても危険ではない。

真っすぐ歩いている分には、つま先をどこかにブツけたり引っかけたりする懸念が低いのだ。

 

かといって、滑ってしまうほどツルツルでもない。

石灰岩特有の若干のザラザラが滑り止めになっている。

 

水中エリア8

足首ほどの深さの青い小川の中をどんどん進む。

水流はやや強くなってきたように感じる。

 

水中エリア9

見てほしい。鍵穴のような形状の洞窟だ。

きっと水流が長年かけてこのように掘り進んできたのだろう。

 

美しさに鳥肌が立つ。

想像を絶するほどの長い長い地球の歴史の1ページに、今僕は挟まっていると、そう感じた。

 

水中エリア10

初音乳。この鍾乳洞における僕的ハイライトだ。

天井から鍾乳石が大きく突き出している、特徴的なかたちだ。

 

輪切りにすると楕円形のような洞窟の中で、いきなり尖ったデザインが登場するので映えるのだ。

これステキ。何枚も写真を撮った。

 

水中エリア11

初音乳を過ぎると、水深が深くなってきた。

ヒザくらいまで来たか?

もう捲り上げていても裾がビショビショだわ。

いいけど。どうせ外は暴風雨。遅かれ早かれ濡れる運命(さだめ)よ。

 

水中エリア12

そして通路も狭くなってきたし、岩肌が濡れているので、服もビショビショだ。

 

実はここ福岡県からスタートし、今日から九州一周ドライブするのだ。

記念すべき九州の初日なのに、貴重な衣類が初日からこのありさま。明日からどうしよう。

 

水中エリア13

なんだか水流も早くなってきたぜー!

そっかー!川幅が狭くなると水圧も強くなるもんなー!!

 

ヒャホホホホーー!!

足がすごい速度で洗浄されて気持ちいいぜーー!!

 

水中エリア14

おぉーーい!!

待て待て!!サンダル待て待て事件の発生だ!!

 

これ返却しないとあとで受付で怒られるから!

 

水中エリア15

…とまぁドタバタしたりもしたけど、ふと円形の神秘的な池が出てきて息を飲んだりした。

ここだけ上からスポットライトが当たっているような気がした。

 

ならばその下で照明を浴びるこの僕は、いったい何者?

そう、この物語の主人公のYAMAさんです。

 

水中エリア16

はい、そういうバカなことを言っているから照明落とされるようです。

あと50mで照明エリアの終了だ。

 

水中エリア17

『本日は、ここで照明を終らせていただきます。引き返してください。(入口より870m地点)』

 

照明区間の終点。

入洞からここまで25分であった。

大満足の25分。でも誰とも遭遇しなかった25分。

 

では、ここから来た道を全部引き返すぞ。

 

 

脱出、そして薄暗い高原へ

 

今回のゴールは、以下に提示されていた地点よりもほんの少し手前の870m地点であった。

まぁでもいい。120%楽しませてもらった。

 

帰路1

僕はまたザブザブと地底の渓流の中を歩き、スタート地点を目指す。

 

ちなみに、冒頭でも少し触れたが照明無しの闇エリアは懐中電灯が必須だ。

さらには通路を豪快に滝が流れ落ちていてズブ濡れになると聞いている。

さらにさらにその奥のゾーンもあり、そこは水流の中をほふく前進する危険エリアとのことだ。

 

今回はここまでで良い。

またいつの日か機会があれば、その先にチャレンジしても良いだろう。

あるいは、これを読んだあなたがその先にチャレンジし、その報告を僕にしてくれても良い。それで僕も満足だ。

 

帰路2

往復40分で、受付に帰還した。

もう外は相当に薄暗くなっていた。

夏だから本来はもっと日は長いのだが、暴風雨と霧のせいで、もう夜のようだ。

 

濡れた足を拭いて靴に履き替え、そして激坂の階段を登って駐車場の愛車のところまで戻ってきた。

 

…って後ろからもうスタッフさんが登ってきた。

受付をクローズさせて速攻で来たのだろう。

つまり僕が洞窟内から出てくるのを帰れずに待ってくれていたのだ。

すみません、ありがとう。

 

帰路3

うおぉ、相変わらず元気に吹き荒れているぇーー!!

前、全然見えねぇ!!

 

とりあえず最寄りの町へ行こう。行橋だな。

…こうして不気味なセピア色に色付く行橋の町に入り、そして一息ついた僕は温泉を探して入浴し、温まるのだ。

「あー、楽しい時間を過ごせたな」と振り返りながらお湯に浸かった。

 

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ワイルドな千仏鍾乳洞。

あなたもいかがだろうか?

まだまだ残暑は長いぞ。母なる地球が何万年もかけて作り出した地下空間で涼を楽しむ、そんな日があっても悪くはないだろう。

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: 千仏鍾乳洞
  • 住所: 福岡県北九州市小倉南区平尾台3-2-1
  • 料金: 900円
  • 駐車場: あり
  • 時間: 9:00~18:00(平日は17:00まで)