週末大冒険

週末大冒険

ちょっと出かけてみないか。忘れかけていた、ワクワクを探しに。

No.153【山口県】本州最北西端「川尻岬」!!ムカツク半島の最先端で荒々しい海を見よ!

普段は温厚で知的な僕が、いきなりタイトルで「ムカツク」とか言い出して会場をザワつかせてしまった旨、申し訳ない。

まずは誤解を解いておきたい。

 

ムカツクは漢字で"向津具"と表記する。

今回ご紹介したい「川尻岬」は、向津具半島の最先端にある岬だ。

だから別に半島や岬に対してムカついているわけではない。むしろ好きだ、愛している。

 

なぜならこの半島の先端にある川尻岬は、本州本土の最北西端という珍しい斜めの突端岬なのである。

これには突端マニアも胸キュンだ。

 

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…と言いたいところだけど、残念ながら知名度はイマイチだよな?

せめて僕がアツく語りたい。

 

 

東西南北端の次に来る試練

 

今回の記事は、日本の突端をいろいろご紹介する以下の【特集】の一環として執筆する。

本記事のみならず、どうぞ心行くまで突端を味わってほしい。

 

drive-ns.hatenablog.com

 

「のんたん、僕は川尻岬に行きたいよ。」

 

ある年の秋のことだ。

僕は助手席の「のんたん」にそう申告した。

 

彼女とは、この数ヶ月前に日本最北の有人島である「礼文島」のとあるクレイジーに突き抜けた宿で出会った。共に冒険をした仲だ。

そののんたんと山口県で再会し、今日は一緒にドライブをしている。

 

…っていうのが初回にこの岬を訪れた経緯だ。

日本3周目の前半戦であった。

しかし写真は日本3周目~5周目での訪問時のものをブレンドさせて掲載させていただきたい。

 

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ムカツク半島1

僕の運転する日産サファリは、向津具半島の狭路へと突入する。

この先に目指す川尻岬がある。

 

ではなぜ僕が川尻岬を目指しているのか。

 


冒頭でも記載の通り、川尻岬が本州最北西端だからだ。

珍しいだろ、最北西端とかいう斜めの突端岬って。

 

既にこのときの僕は、北海道・本州・四国・九州の本土の最東西南北端である本土最突端16岬は攻略済みだ。1回のみならず、既に2回目・3回目の訪問に入っている。

しかし斜めの突端はまだ行けていない場所もある。

山口県に来たからには、そこを踏まないわけにはいかないのだ。

 

…さて、まずはあなたにクイズを出したい。

 

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川尻岬はいったいどこにあると思う?

本州最北西端、つまり本州の最も左上だ。

 

…たぶん、少し迷われたことだろう。

 

「左」を優先すべきか、「上」を優先すべきか。

それによって回答は異なる。

左と上を公平に評価する方法も、パッとは思いつかないだろう。

 

まずは正解だ。

 

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ここ。

正解しましたか?

 

そして最北西端の根拠だが、すごく雑な言い方をしてしまえば、「言ったもの勝ち」だ。

そのくらいに斜めの定義は難しい。

あいまいで恐縮だが、だからといって「ムカツク!」とかは言わないでいただきたい。

 

ここいらの話は、日本本土の最北西端にあたる佐賀県波戸岬」のエピソードでも記載してあるので、興味があったら読んでみてほしい。

 

drive-ns.hatenablog.com

 

…いずれにしてもだ。

突端を名乗る岬にはロマンを感じる。

 

人は理論で動くのではない。ロマンで動くのだ。

だから僕は狭路に突っ込んでいく。愛車、日産サファリの巨体で突撃する。

 

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ムカツク半島2

 

日本海に荒波打ち寄せる

 

岬の駐車場に到着した。

そこは「川尻岬キャンプ場」の敷地となっている。

管理人のおばちゃんに300円を支払う必要がある。

 

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岬の先端へ1

日本4周目、パジェロイオで訪問したときだけ駐車場の写真を撮っていたので、記念にご紹介しておこう。

 

あと、2021年12月現在においては、Webから調べたところどうやら川尻岬キャンプ場は【利用中止】となっているようだ。

冬季だからなのか、それともサイト内に「2021年6月に漏水して水が出なくなった」と書いてあるためなのか、それはわからない。

もしあなたがキャンプ目的で行く場合は、要注意だ。

 

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岬の先端へ2

では、駐車場から岬の先端方面へと歩いて行こう。

 

現れるのは、綺麗に整備された芝生地帯。

ここいら一帯がキャンプ場のようだ。炊事場や東屋などがある。

 

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岬の先端へ3

上の写真を撮ったのは、まだ朝の5時台。日の出前の景色である。

なのでボンヤリした写真となってしまっているが、キャンプしてここで眺める青空はさぞや綺麗なものだろうと思う。

 

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岬の先端へ4

あのベンチの向こうは、一旦ガクンと標高が下がり、その向こうにまた小山が聳えている。

ここいらでキャンプ場エリアは終わりだ。

 

しかし岬の先端はまだ先だ。

どうやら岬の先端ヘは徒歩で10~15分ほどらしい。

 

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岬の先端へ5

う、うわぁ…。

 

思ったよりもワイルド、かつゴールは遥か彼方だぞ…。

僕はのんたんと顔を見合わせた。

 

実はのんたんと訪問した日本3周目のときは、もう1つの試練が僕らの前に立ちはだかっていたのだ。

 

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岬の先端へ6

それは、強風と荒波だ。

 

駐車場のおばちゃんには、「今日は時化てるから波にさらわれないようにね」って言われている。

さっきキャンプ場で擦れ違った釣り人のおじさんは、道を尋ねた際に「道が細くなってる部分が風が強くて海に落とされそうだったから行かなかったよ」って言っていた。

 

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岬の先端へ7

道が細くなっている部分、来た!

まさにナイフエッジ!

 

右も左も海だし、仮に強風でよろけたらそのまま眼下の海にドボンでサヨナラだ。

屈強そうな釣り人のおじさんですら行かなかったエリアだ。

…まぁでも行った。

「ヒィィィーー!」とか言いながら、2人で突破した。

 

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岬の先端へ8

怖かったが、海はとても綺麗だった。

 

日本海の荒波、力強くてかっこいい!僕らは今、大自然を満喫している!

人間にとって自然とは、畏怖するもの!!

言葉ではなく心で理解できた!!

 

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岬の先端へ9

灯台に到着した。

長門川尻岬灯台」っていう名前らしい。

 

川尻岬を目指す人は、キャンプ客や釣り人がメインのようだ。

僕のような突端マニアも少数いるが、後述する理由によりここまで来る人は少ない。

従い、人の気配のない静かな灯台であった。

 

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岬の先端へ10

…ただね。

僕の一番のお目当てがない。

 

本州最北西端の碑がどこかにあるはずなんだけど、岬の先端まで来たのに無いのだ。

あれ…??

 

 

本州最北西端を示す碑

 

突端マニアたるもの見逃すわけにはいかない、突端を示す碑。

「本州最北西端の碑」はどこにあるのか…。

実は前項で大きなヒントが出ていた。

 

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最西北端の碑1

これだ。

さっきナイフエッジのデンジャラスゾーンを通過する手前の、キャンプ場の端の部分だ。

赤く囲ったオブジェにご注目頂きたい。

 

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最西北端の碑2

北長門海岸国定公園 

自然と生命を大切に

山口県油谷町 向津具青年団

 

…このように書かれている。

往路でも目に入ったが、個人的には別に心に響くような内容でもないので、チラリと横目で見て「はーい」みたいなテンションで通過した。

 

しかしだ!

このオブジェの裏を見るのだ。

上の写真の通り、裏と言ってももうすぐそこは手すりで、その向こうは絶壁。

ざわざわ裏に回り込む理由も無さそうだが、とにかく行くのだ。

 

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最西北端の碑3

 

はい、『本州最西北端 川尻岬』。

 

 

この初見殺しには、正直僕ものんたんも参ったぜ。

知っていない限りなかなか気付かないよ。

灯台から戻ってきたときに必然的に裏側が見えるから、それでようやく気付いたぜ。

 

この碑だけを目的とするなら、暴風で転げ落ちそうなエリアも灯台も、行く必要はなかったのだ。…ま、行って良かったけどさ。

 

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最西北端の碑4

 

さて、ここで目ざとい人は「あれ?」って思ったろう。

 

今まで僕は記事内で「最北西端」という書き方をしてきた。

しかしここに彫られている文面は「最西北端」だ。

 

隣り合った2つの方位を並べる際、北と南を優先するように僕らは小学校で習った。

なのでそれに準ずれば「最北西端」であるはずなのに。

 

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最西北端の碑5

なぜなのか。

それはWebで調べてもわからなかったので推測の域を出ないが、西を強調したかったのだと思う。

 

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上図を再掲するが、本州最西端「毘沙ノ鼻」をベースとしての、本州最北西端なのだ。

これがもし本州最北端「大間崎」をベースとしていたら、本州最北西端は「竜飛崎」になるのかもしれない。

 

…と言ってもピンと来ない方もいるかもしれないので、地図を以下に埋め込んでおく。

 

 

逆に言えばだ。

本州最西北端の座は川尻岬がゲットした。

本州最北西端の座が、まだ確保できるかもしれないぞ…?

 

「そんなのアリかよ?」って思われるかもしれないが、斜めの定義はそのくらいファジーなのかもしれない。

フレキシブルに定義づけていく感覚が、面白いかもしれない。

 

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最西北端の碑6

碑の向こうから朝日が昇りだした。

綺麗だ…。

 

なんだかパックマンみたいな不思議なデザインだし、いつ来てもボロボロの碑だが、それでも僕は満足だ。

本州最西北端。このレアな響きが心地よい。

 

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最西北端の碑7

北であり、西である。

太陽の昇る東とは、一見縁の無い岬に思えるが、ちゃんと日の出を見れるのだ。ありがたい。

 

この日の日本海は、非常に穏やかだった。

いい日になりそうな予感がする。

 

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最西北端の碑8

岬の先端部分も碑の光を浴びて、クッキリ綺麗に輝いていた。

 

…完全に余談ではあるが。

僕とのんたんは、この岬の駐車場でランチにした。

僕は車に自炊道具や車中泊セットを乗せての旅をしている。

節約のために1日1回は自炊をしているのだ。

 

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岬のランチ1

「パスタでいいなら作るよ」ととか言い、麺を茹で始めた。

 

のんたんは「YAMAはどうせロクなものを食べてないだろうと思い…」とか言いながら、作って来てくれた唐揚げと玉子焼きを取り出した。

うおぉ、ありがたい。

 

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岬のランチ2

荒波砕ける岬を眺めながら、2人でパスタを食べた。

これが僕の、本州最北西端の思い出だ。

 

まだまだ日産サファリで西日本を巡る僕の旅はこの先長く、これからもいろんな旅人との出会いがあるし、いろんなトラブルや感動が僕を待ち受けている。

そんな中での、束の間の平和な時間であった。

 

のんたん、元気かな?

川尻岬に来るたび、僕の胸には初回のエピソードが去来するのだ。

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: 川尻岬
  • 住所: 山口県長門市油谷向津具下
  • 料金: 無料
  • 駐車場: あり(300円)
  • 時間: 特になし

 

No.152【山形県】「アメヤ」の幻の麺類自販機はどこへ!?行方を追い、当時を懐かしむ!

…これは、一台の自販機の運命を追いかける、壮大なドキュメンタリーである。

 

自販機にも人生がある。

飼い主(所有者)がいて、エサ(商品)を補充され、定期検診を受け、場合によっては住む家を与えられていたりする。

愛おしい存在だ。

 

そんな自販機が、もし飼い主の元を去り里子に出されるとしたら、どんな気持ちだろう。

僕は自販機の立場でも飼い主の立場でも、涙なしではいられないね。

 

別れももちろんつらいだろうが、例えば愛犬を手放し、犬のいなくなった犬小屋を眺める元の飼い主とか、マジ切ないよな。

自販機業界でも、きっと同じことが起きている。

 

…おっと、待ってくれよ!

あなた今、「何言っているんだコイツ」って顔してページを閉じようとしただろ?

わかったわかった、ちゃんと本題に入る。

だからもうちょっとだけお付き合いいただきたい。

 

 

イントロダクション

 

まずは今回この記事を執筆する、きっかけとなったニュースをご紹介したい。

 

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自販機小屋1

この小屋が解体された。

2021年11月22日のことだそうだ。今から約1週間前だ。

全国ニュースでもなければ、三面記事にすらならない、日本人の99.99%にとっては「あぁそうですか」レベルのニュースだ。

 

しかし0.01%の人は「ドヨッ」としたよな!

僕はそっち側の人間だ。あなたもこっち側だと嬉しい!

 

この小屋、いったい何なのか。

 

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自販機小屋2

日本に数台しかない、幻の麺類自販機を稼働させていた自販機小屋だ。

 

もっとも、その麺類自販機はとっくに壊れてとっくに撤去されている。

小屋だけがここに残っていたのだ。

その小屋が、もう用済みとなったか、結構長い歳月を経てこの度取り壊しとなった。

 

自販機がなくなっても小屋を見て当時を偲んでいた0.01%の人々は、この小屋の取り壊しで1つの時代の終了を悟るに違いない。

 

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自販機小屋3

…とまぁ、こんな感じのイントロダクションだ。

 

次の項目からは、僕の思い出をさかのぼり時系列で書いていくから、読んでほしい。

あと、カエルが苦手は人は薄目で読んでほしい。

 

 

黄昏のそばと東北の風

 

5月の夕暮れ。

僕は果樹園の広がるエリアをドライブしていた。

いつもの通り、車中泊での一人旅だ。

 

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黄昏ドライブイン1

まだ肌寒いが、風邪の心地よい夕暮れであった。

 

夕暮れというのは、どこを切り取っても絵になる。

刻一刻と暗くなっていく空を眺めながらのドライブは、「旅をしている」って感覚で大好きだ。

 

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黄昏ドライブイン2

そんな僕がどこに向かうのか。

それは「ドライブイン アメヤ」だ。今回の舞台となるお店の名前である。

 

静かな国道沿いにあり、なんなく発見できた。

アメヤは、ラーメン・そば・定食などを扱っている庶民的な食事処、つまりドライブインという位置づけである。店名にもドライブインって付いているし。

 

ただ、僕が興味を持っているのはこの食事処本体ではない。

併設の自販機小屋だ。

 

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黄昏ドライブイン3

これだ。

4人ほど入ったらギュウギュウになりそうな小さな建物。

今しがた僕はここを"自販機小屋"と表現したが、ドリンク自販機は屋外だ。

では、中には何があるのか…。

 

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黄昏ドライブイン4

 

川鉄自販機!!

 

 

天ぷらそばが出てくる自販機だ。

あなたも昭和時代のレトロ麺類自販機について、TV等で目にしたことがあるかもしれない。

よく出てくるのは昭和後期に製造中止となった富士電機製のもので、これはこれでとてもレアだ。全国探しても70台とかしかない。

 

だけども川鉄自販機はそんなレベルではない。

全国で2店舗。それが、僕がアプローチした当時の状況だ。

もう1店舗は僕も大好きで何度か通っている京都の「ドライブインダルマ」っていうレジェント級のお店なんだけど、その話はまた今度な。

 

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黄昏ドライブイン5

とにかくすごいのだ。

もう有名人に会ったときのように僕はドキドキが止まらなかったさ。

 

先客がいたのでちょっと待ち、入れ替わりで自販機小屋に入る。

よしっ。売り切れランプはついていない。

結構人気店は売り切れることが多く、それが最大の懸念なのだ。

 

自販機に300円を入れて待つこと27秒。

メニューは天ぷらそば1種類なので、お金を入れたら何もボタンを押さなくても自動的にそばが出てくるぞ。

上の写真、右下の四角い窓が取り出し口だ。

 

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黄昏ドライブイン6

はい、出てきたー!うまそうだー!!

小屋の中で早速食べるんだぜ。

 

これは実は、本格手打ちのそばだ。

隣のドライブインで作り、そしてドライブインで提供しているものをこういう形態で自販機に入れただけであり、中身はホンモノだ。

 

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黄昏ドライブイン7

麺はちょっと太目、そして東日本らしく強めの醤油ダシの汁。

木のテーブルとイスのセットがあるので、そこで外の車の往来の音を聞きながら食
べる。

 

こういうの、いいなぁー…。

しみじみとそう思った。

 

遥か遠方から車中泊で東北にやってきた僕。

まだ東日本大震災の爪痕を残す地も巡った今回。

ちょっと疲れた体と心に、このそばの濃いダシが染み込んだ。

 

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黄昏ドライブイン7

「またいつかここに来よう。そしてそばを食べよう。」

…そう思ったが、その思いは一生叶わないこととなる。

 

 

最後のメッセージ

 

時は流れた。コロナ禍だ。

そんな隙間を縫って僕は山形県を走っていた。

 

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小屋との再会1

別にドライブイン アメヤを目指していたわけではない。

あのお店からは、既に川鉄自販機は無くなってしまっているのだ。

 

2015年5月、あの自販機は故障してしまったのだ。

1970年から45年間もここで稼働してきたのだが、ついに終焉の時だ。

もう替えの部品も修理出来る人もほぼ絶滅。お店としては、どうしょもなかったのだ。

 

そんな話を僕もリアルタイムで聞いていた。ショックだったさ。

しかし、自販機がないならもういいやって思って、長らく立ち寄っていなかった。

 

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小屋との再会2

ダラダラと走っていたら、刺激的な赤い看板が目に入った。

 

アメヤ…。

…アメヤ…?

アメヤ!!あのアメヤか!!

 

忘れていた記憶が一気に蘇った。

そっか、ここはドライブイン アメヤの近くだったのか。

じゃあちょっと寄ってみよう。あの自販機小屋はどうなっているだろうか?

 

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小屋との再会3

ちなみにこっちが店舗本体だ。

入って食べたい誘惑にも駆られたが、このときは入っていない。

この先にどうしても立ち寄りたい食事処があったのだ。申し訳ない。

 

そして小屋は…。

 

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小屋との再会4

あったよ。当時のままだ。

久しぶりだなぁ。懐かしいなぁ…。

 

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小屋との再会5

屋根の上には当時と変わらず、天ぷらそば自販機コーナーの電光看板が乗っていた。

色あせていて最高にエモい。

 

この小屋は、今は無料休憩コーナーになっているそうだ。

中を覗いてみることにした。

 

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小屋との再会6

ガラン…としていた。

ここに座ったところで手持ち無沙汰になること必至、ってくらいに何もない。

知らない人と一緒にこの空間にいたら、結構ハイレベルな試練であろう。

 

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小屋との再会7

右奥のベニヤ板が貼ってある部分。

あそこがかつて川鉄自販機が設置されていた場所だ。

 

前回の写真をご覧いただければわかると思うが、自販機を壁に埋め込むようなかたちで設置していたのだ。

自販機のためにこの小屋を作ったのか、自販機を置くために壁をくり抜いたのか…。

どちらかはわからないが、45年も扱っていた自販機がいかに大きい存在だったかわかるだろう。自販機ファーストな小屋なのだ、ここは。

 

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小屋との再会8

当時を懐かしむ人も一定数いるのだろう。

ドライブインではあの当時と同じ天ぷらそばを食べることができる。

食べたら僕、泣くだろうな。

 

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小屋との再会9

僕が神と崇める人の書籍を宣伝する掲示物がある。

日本全国、大体全店舗行っているが、どれも最高の想い出であった。

そして年々こうしてレトロ自販機は少なくなっていく…。

 

ふと1枚の掲示物が目に留まった。

 

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小屋との再会10

内容を以下に転記しよう。

 

【懐かしの川鉄自動販売機】に関してですが、興味のある方が、未だ当店を訪れて下さるので、こちらでも【最後】のお知らせをさせて頂きたいと思います。

 

お嫁入しました自販機は現在、【神奈川県 相模原市の中古タイヤ市場】さんにて、隅々まで綺麗になって、元気に作動しているとの事です。

 

店主の方には親切にして頂き、取材のことなどか載った【本】まで送って下さいました。

 

新たに【きつねうどん】として皆さんに可愛がられているでしょう。

他にも、沢山の自販機がずら~り並んでいて圧巻です。

皆さんも、是非一度訪れてみてはいかがでしょうか。

 

うん、知ってた。

例の自販機が2018年に「中古タイヤ市場 相模原店」に行ったことも知っていた。

 

だけども、この貼り紙を見てジーンと来たね。

わざわざこんなことを掲示してくれたアメヤの店主さんの親切心、そして文面から自販機を大切にしていたことだとか、相模原で稼働して喜んでいることだとか、店主さん同士のやりとりだとか…。

どこを切り取っても最高過ぎるじゃないか。

 

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小屋との再会11

相模原の中古タイヤ市場ね…。

そこには複数回行ったことがある。

ただ、まだアメヤの自販機で食べたことは無い。

コロナ禍で首都圏は大変な事態ではあるが、どうにか行けるチャンスを作らなければならないな。

 

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小屋との再会12

とりあえず、ここでランチにすることは予定上で困難なので、せめてドリンク自販機を使わせてもらうこととした。

今日は猛暑なんだ。すごく喉が乾いているのでちょうどいい。

 

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小屋との再会13

そして、おいちょっと待て、ここを見てくれ。

わかる?

 

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小屋との再会14

絶妙なところでカエルがくつろいでいる。

おつりが必要だったら、僕はうろたえていたところだ。

 

そんなこんなだ。

ありがとう、ドライブイン アメヤ。

 

 

追跡劇は、神奈川県へ…

 

来たぞ!中古タイヤ市場 相模原店!!

数年前に爆誕し、一気にレトロ自販機の聖地となったとんでもないお店だ。

お店っていうか、もはやテーマパークだ。

 

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相模原にて1

レトロな自販機は、ずらーり100台ほどある。

カニックの社長が、なんでもなんでも引き取って直す。神すぎる。

 

例えば、以前に以下の記事でご紹介した「鉄剣タロー」の自販機だって、今はここで稼働している。

 

drive-ns.hatenablog.com

 

変に有名になり過ぎて、2021年秋にはカップルが貴重なハンバーガー自販機を殴って破壊するなど、全国ニュースにもなったりした。

とても悲しい事件であったが、いろんな人がワイワイ来るような一大スポットであることは事実だ。

 

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相模原にて2

本当だったらここの自販機群についてアツく語りたい。

2021年秋現在で20種類弱くらいの食品をここの自販機から食べているので、ジャンジャンご紹介したいところだけど、この記事の主役はアメヤなので、また今度だ。

 

さて、アメヤから嫁入りしたという自販機はどこにあるのか…。

 

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相模原にて3

あそこである。

幻の川鉄自販機が2台並んでいる。

 

向かって手前が2021年に登場した日本で唯一のお茶漬け自販機、そして奥側がアメヤからやって来た麺類自販機だ。

 

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相模原にて4

今はきつねうどんの自販機として第2の人生を歩んでいる。

一度訪問したときは残念ながら売り切れだったが、今回は在庫ありだ。

食べるっきゃない。

 

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相模原にて5

銀パネルに設置された四角いランプが、上から下へと下がっていく。

これがカウントダウンだ。

一番下まで行ったとき、きつねうどんが姿を現す仕組みなのだ。

 

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相模原にて6

さぁさぁ間もなくだ。楽しみだな。

そして、チーンと音が鳴る。

 

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相模原にて7

わぁ、油揚げがデッカいぞ!

しかも2枚入っている!

 

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相模原にて8

アツアツでジューシーなきつねうどん。300円。

アメヤで故障してしまったものを、2018年にここの社長さんが引き取って修理し、その年の夏にここで復活を遂げたのだ。

 

あの日、僕が夕暮れの中で食べたそば。

震災の爪痕がまだ生々しい東北を旅して味わった自販機そば。

その自販機が時空を超えて今神奈川県にある。すごい話だ。

 

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相模原にて9

メニューは変わったけど、心身ともに温まるのは同じだ。

ツルツルうどん、とてもおいしい。

 

アメヤのご主人!あなたが永年愛した自販機は、元気ですぞ!!

 

 

アメヤの小屋は役目を終える

 

話は冒頭に戻る。

 

あの小屋が解体された。

ドライブイン アメヤの自販機小屋だ。

2021年11月22日のことだそうだ。今から約1週間前だ。

 

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全国ニュースでもなければ、三面記事にすらならない、日本人の99.99%にとっては「あぁそうですか」レベルのニュースだ。

 

しかしそれが僕の心にはガツンと響いたこと、ここまで読んでくれたあなたであれば、ほんの少しだけご理解いただけたかな?

そしてもしあなたの心にも響いてくれたのであれば、とても嬉しい。

 

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あの日、そばを求めてルンルンで飛び込んだ小屋なんだ。

自販機ファーストだった小屋は、川鉄自販機という主を無くし、ついに役目を終えて解体されることになったのだ。

 

山形の歴史はこれで幕を閉じる。

しかし全てが終わったわけではない。

次の物語は、もう神奈川で始まっている。

 

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僕が生まれる前から現役バリバリの自販機たちが、ちょっとオンボロになりつつもどうにかこうにか、令和の時代を生きている。

 

「たかが機械」とは思ってはいけない。

その背景には、何10年も支えてきた人々の想いがあるのだ。

だから、殴って壊してはいけないよ。

 

どうかこれからも末永く、僕らに夢を提供し続けてほしい。

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: ドライブイン アメヤ
  • 住所: 山形県天童市山口1955-5
  • 料金: 店舗に関する記事ではないので未記載とします
  • 駐車場: あり
  • 時間: 店舗に関する記事ではないので未記載とします

 

No.151【新潟県】おじいさんに群がる野鳥の大群!白鳥飛来地「瓢湖」の冬は野鳥の楽園だ!

ヒッチコックの「鳥」と言えば、動物もののパニック映画の原点である。

 

公開は今から60年近く前の、1963年。

おびただしい数のカラスなんかが人に群がり攻撃してくる映画だ。

 

僕が生まれるよりもずーっと昔の映画であるが、何かの折にTVでやっているのをチラリと10分ほど見た記憶がある。

ちょっと現代の映画と作風や画像などのギャップがあり、10分ほどで番組を変えてしまった。

だけども、そんなわずかな時間であっても、カラスが人に群がるシーンは衝撃であり、今も記憶に残っている。

 

時は流れて令和の現代。

1人の老人が鳥に囲まれているのを見た。

 

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あの日10分だけ見たパニック映画だ!!ヒッチコックだ!!おじいさんが大ピンチだ!!

僕は思わずそう叫びそうになった。

 

ここがどこか、だって?

瓢湖(ひょうこ)」だ。現場は瓢湖だ。僕の目の前で事件は起きている。

一瞬、「そういや"ッチック"と"ょう"って少し似ているな」って考えてしまったほどに、僕も鳥乱している。いや、取り乱している。

 

落ち着け。

まずは深呼吸だ。そして目次から入り、話を整理しよう。

 

 

鳥鳥鳥鳥鳥鳥…

 

僕は瓢湖にやって来た。

晩秋から冬になると白鳥が集まると聞いていたからだ。白鳥が集まるなら、それを見るための人間も集まる。当然の成り行きだと感じた。

 

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鳥のパラダイス1

瓢湖を英語で表すと"HYOKO LAKE"だ。

さらにそれを日本語にすると"ひょうこみずうみ"ってなって、"湖"が二重換算される仕組みだ。

利根川(トネガワ・リバー)」や「チゲ鍋(なべ・なべ)」と同じスタンスで行こうという気概だ。良い。

 

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鳥のパラダイス2

天気も良く、駐車場は満車ギリギリであった。

しかし結論から申し上げると、鳥密集地帯の一番近くの駐車場に停めることができた。偶然だけど。

 

右奥に大きなケージが見えるだろうか。

 

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鳥のパラダイス3

あのケージにはクジャクがいる。

鳥の洗礼はもう始まっている。白鳥は飛来してくる外来者だが、クジャクはいつだってここにいる。主だ。

 

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鳥のパラダイス4

徒歩1分少々で湖が見えてきた。

人々はみんな湖面を見ていてワイワイ言っている。

あの人たち、いったい何を見ていると思う?

 

いや、「そんなのわかりきっているだろう」みたいな顔をしないで、場の空気を読んでほしい。

じゃ、せーので言おうか。

 

せーの…

 

 

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鳥のパラダイス5

 

鳥。

 

 

…当たった?簡単すぎた?

でも、こんなにいるって想像できた?

僕は正直、ビックリしたね。

 

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鳥のパラダイス6

ときどきTVとかで出る、ネコの多頭飼育の現場みたいなゴチャつきっぷりになっている。

ブロイラーの飼育環境がかなりかわいそうな話はときどき聞くが、この鳥たちは自ら進んでブロイラー並の密集度を実現している。なんてこった。

 

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鳥のパラダイス7

ほとんどがカモだが、ところどころに白鳥もいる。

白鳥飛来地として有名なので、白鳥がメインキャラクターの湖ではあるが、まだ真冬ではないので白鳥は少ないのだろうか?

安物のビーフカレーの中のビーフくらいの少なさだ。まぁいいけど。

 

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鳥のパラダイス8

しかし、なぜゆえにここだけ朝の新宿駅みたいな喧騒なのだろう?

写真に写っている木製の桟橋の内側が特にラッシュだ。駅構内みたいだ。

 

おかげであの桟橋には観光客は誰も近づけない。

ヘタに桟橋に行こうものなら、糞まみれかヒッチコックか、未来はその2択だ。

 

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鳥のパラダイス9

ちょっと物事を俯瞰で見てみよう。

僕はその場を離れることにした。

 

瓢湖は広いのだ。

なのにまだ湖岸20mくらいしか見ていないのだからな。

 

 

いったん、喧騒を離れよう…

 

僕は鳥パニックゾーンから徐々に距離を置いている。

少しずつ、鳥も人も少なくなってゆく。

 

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湖岸を歩く1

ほら、もう閑散としている。

 

ま、それでもかなりの数なんだけど、僕はもうそういうバロメータ故障しているので、閑散としていると感じた。

新宿駅から田端駅に来た感覚だ。

 

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湖岸を歩く2

100mほど向こうには、まだ新宿エリアが見えている。

なんなんだ、あのカオスなエリアは。

客観的に見ると異様だ。もっとも、渦中にいても異様だったけど。

 

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湖岸を歩く3

ここまで来ると、ようやく落ち着いて説明板を読むことができる。

カモだけで3種類いる、みたいなことが書いてある。

 

しかし僕の気持ち的には、ここまでウジャウジャいるとじっくり種類を確認しようという気持ちにはならない。

なんとなく全体像を把握するだけで充分で、意識を個体にフォーカスできるほどの鳥耐性がまだ身についていない。

 

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湖岸を歩く4

瓢湖に白鳥が飛来するようになったのは1950年ごろからで、そんな大昔ではない。

 

なんかイメージ的には太古の昔とか江戸時代から来ている感じだったが、普通に戦後になってからの飛来なのだそうだ。

ここからの歴史については、後の項目でご紹介しよう。

 

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湖岸を歩く5

いい感じのソーシャルディスタンスで休んでいるカモたちだ。

しかしこれはこれでシュールな絵だと思う。

どこまでもどこまでも、一定間隔のカモ。

 

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湖岸を歩く6

少し僕も冷静になってきたので、カモをズームして撮影ができる。

黒い子がかわいいかもしれぬ。

さっきの説明板によれば、キンクロハジロだ。

 

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湖岸を歩く7

もう少し進むと、突然滅亡した世界みたいな光景が出てきた。

ハスかな?ハスが枯れている。

 

よく見るとここにもカモがいる。ハスの陰で休んでいる。

新宿に進出できないコミュ障のカモは、ここで引きこもっているのだろう。

 

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湖岸を歩く8

湖を形成する一辺の端から端まで来た。

そこには白鳥の像が立っていた。

あ、そういや白鳥の湖だったね、ここ。カモだらけで白鳥のデータが埋もれていた。

 

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湖岸を歩く9

誇らしげに聳える、白鳥飛来地の碑だ。

いつか僕も、白鳥で真っ白に染まる真冬の瓢湖を見てみたい。

 

 

タッパーご飯を食うおじさん

 

鳥の密集地帯の近くに再び戻ってきた。

ここには無料休憩所がある。なんとなしに、そこに入ってみた。

 

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瓢湖を語る1

瓢湖関連の説明板が掲示されていたり、書籍などが置いてあるものの、閑散とした休憩所であった。

僕以外には1人のおじさんがいるのみであった。

 

しかし説明板は勉強になる。

瓢湖とはいったい何なのか、ここに記載されている。

どうやら江戸時代初期に人工的に作られた瓢箪(ひょうたん)型の池で、だから瓢湖っていうネーミングだそうだ。

そっか、全然知らなかった。

 

前述の通り、1950年ごろに急にこの池に白鳥がやってくる。

"吉川重三郎さん"というおじいさんが、「自分がこの白鳥を守る!池にはエサも少なそうだから、自分がエサをやる!」と言って保護活動を開始した。

 

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瓢湖を語る2

おじいさんは白鳥に好かれるようになった。

警戒心が強い白鳥がこんなにも人に慣れることは珍しく、もうこの時点で世界的なニュースになった。

 

まぁこのあと、2代目となる"繁男さん"は白鳥から完全にシカトされてションボリしたりといろいろあったんだけど、これまた最終的には仲良くなれたりするので安心してほしい。

 

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瓢湖を語る3

そんな繫男さんも1994年に恒例となってエサやりを引退した。

その後、ずーっとエサやりおじさんは不在であった。

復活したのは2014年だ。20年もの歳月が流れていた。

 

3代目の白鳥おじさん、"齊藤功さん"。

白鳥シーズンになると1日数回のエサやりをしている。白鳥たちはこのおじいさん以外には絶対になつかないのだそうだ。

 

「白鳥は2種類いて、クチバシの色が違う」

 

急に声が聞こえたのでその方向を見ると、この休憩所にいた唯一の人物である、おじさんであった。イスに座ってタッパーご飯を食べながら話しかけてきた。

 

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話が長いので、瓢湖の敷地内の風景です1

「そこに野鳥の冊子があるから見てみるといい。まだ今年は白鳥飛来数が少なくって、6159羽でね…。」

いろんなうんちく話が始まる。おじさんはタッパーからご飯を食べながら語り続ける。

 

「あそこに掲示されているパネルを見てほしい。あの頃はオオハクチョウが…。」とか語り、そしてまたタッパーご飯をひとくちほおばるのだ。

 

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話が長いので、瓢湖の敷地内の風景です2

察しのいい僕はピーンと来たね。

 

これだけ物知り。このタッパー飯を悠々と食べている余裕の貫禄。

まぎれもない白鳥への愛。

 

「あなたは…。あなた様はもしや…。」

ゴクリとつばを飲み込んだ後、そう口を開いた。

 

20年の歳月を経て復活した白鳥おじさん。そん眼差しは、まさに本物だと確信したのだ、僕は。

 

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話が長いので、瓢湖の敷地内の風景です3

その瞬間だ。

僕の腕時計が11時を告げた。

 

外の鳥たちがより一層とギャアギャアと鳴き喚く。

どうしたのだろうとチラリと外を見ると、冒頭の湖に架かる桟橋を、1人のおじいさんが歩いていた。

11時はエサやりタイムなのだ。

 

あれ?

あれが白鳥おじさん…。

ではこの休憩所にいるおじさんは…??

 

 

タッパー飯おじさん。

 

 

それ以上でも、それ以下でもない。

白鳥に詳しく、親切なタッパー飯おじさん。

 

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瓢湖を語る4

白鳥の飛来数を正確に把握しているからすごいと思ったが、おじさんの座っている位置から外を見ると、現在の飛来数がデカデカと掲示してあったわ。

 

おじさんは、まだうんちくを語り足りない&まだタッパーご飯を食べ続けたい、みたいな顔をしていたが、こちとら白鳥おじさんに興味津々だ。

タッパー飯おじさんにお礼をいい、すぐに湖畔に向かった。

 

 

鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥!!!

 

湖上の花道を、白鳥おじさんが歩く。

周囲で鳥たちが「ウホーッ!おじいさんサイコー!!」みたいな感じで盛り上げる。

そういうイベントが始まった。

 

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白鳥おじさん1

もう、とんでもない鳥の密集度だ。

こちとらコロナ禍で密集している生物を見るだけでヒヤヒヤしてしまうが、鳥たちは通勤ラッシュの小田急線みたいな感じに、お互いを潰し合っている。

これ、密集ではなくて圧縮だ。

 

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白鳥おじさん2

湖面がどこだかわからないほどだ。

序盤の鳥の密集度なんて、まだまだ序の口だった。

白鳥おじさんが出て来てから、この祭りは本番を迎えるのだ。

 

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白鳥おじさん3

白鳥おじさんは、給食で使うアルマイト製のお椀みたいな感じの容器でエサやりをする。

鳥のエサを入れた状態でフルスイングだ。

エサが美しい弧を描く。

 

カモも白鳥もそれに群がるが、ハトもやってきた。

何おじさんと呼ぶのが正解なのかわからなくなってきた。

 

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白鳥おじさん4

白鳥おじさん、エサをやる。

 

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白鳥おじさん5

鳥、群がる。

 

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白鳥おじさん6

白鳥おじさん、エサをやる。

 

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白鳥おじさん7

鳥、群がる。

 

この単純作業のループであるが、不思議と目を離せない。

人っていうのは、一心不乱に物を食べる者は動物でも人間でも、つい注視してしまう習性があるようなのだ。

さっきは僕も、タッパー飯おじさんにある程度の時間を費やしてしまったしな、納得。

 

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白鳥おじさん8

はい、ドバドバと…。

 

「うわー、おじさん!ついに肩が疲れてエサをダイレクトにブチまけた!!」って思ったけど、実は違う。

エサがすんごいつゆだくだ。配合が違う。

もう1種類のエサを取り出したのだ。

 

これにはつゆだくが好きなタイプの鳥たちも、狂喜乱舞だ。

そんなイベントがしばらく続き、そしてお開きとなった。

 

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狂宴の後1

…いかがだろうか?

これが瓢湖だ。

 

人工の池だし、白鳥に餌付けしているのも人間だ。

僕は今まで瓢湖を手つかずの大自然の、ラムサール条約的な景勝地だと思っていたが、ちょっと違った。

 

でも、とても楽しいスポットであった。

人が造った人工池にて、おじいさんを慕って鳥が集まり、その鳥を見に人間が集まり、鳥も人間もみんなで盛り上がる。

 

ステキじゃないか。

 

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狂宴の後2

あの山が真っ白に染まるころには、白鳥の数も数倍に増える。

瓢湖はさらに盛り上がる。

 

あなたもこの宴に参加してみてはいかがだろうか?

冬には冬の祭りがあるのだ。(ヒッチコック祭り)

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: 瓢湖
  • 住所: 新潟県阿賀野市外城町16-15
  • 料金: 無料
  • 駐車場: あり
  • 時間: 特になし

 

No.150【千葉県】絶壁の狭間の聖域!「燈籠坂大師」の切通しトンネルは写真映えも最高だ!

インスタグラムで爆発的な人気となる観光スポットが稀にある。

 

「濃溝の滝」・「モネの池」・「父母ヶ浜」・「清津峡渓谷トンネル」・「あのベンチ」…。

少なくとも四角いフレームに収まる範囲で言えば、どれもインパクトは絶大であり、文化と自然の融合した芸術作品だ。

僕もそういうところには、それなりに足を運んでいる。

 

そして今回ご紹介する「燈籠坂大師(とうろうざかだいし)の切通しトンネル」も上記の例に違わない。

ここ数年でライダーさん界隈に人気爆発中のインスタ映えするスポットである。

 

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ここだ。

インスタ映えスポットなので、正直この1枚の迫力をお届けすることでもうお話は90%くらい終わってしまう。

ただ、せっかくブログを運営しているのだから、もう少し多角的に書いて行こうと思う。

 

…僕がここを訪れたのは、ある晴れた冬の日…。

 

 

国道裏の切通

 

いやはや。僕は驚いた。

 

房総半島は以前よりちょくちょく走っており、ましてや海沿いの国道はお馴染みのドライブコースであった。

燈篭大師坂の切通しトンネルは、その海沿いの国道沿いにあると言っても過言ではない。

距離にして200mほどであろう。

 

にもかかわらず、僕は近年まで燈籠坂大師の切通しトンネルを全く知らなかった。

インスタで人気沸騰してから知った。

皆さんの調査能力、素晴らしい。

 

 

ではでは、国道からのアプローチイメージをまずはご紹介したい。

 

国道127号。

房総半島を一般道で一周するならば誰もが走る、内房の国道の一角だ。

トンネル手前に鳥居のような赤いアーチがある。ここが入口だ。

 

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切通しへ向かえ1

赤い柱にちゃんと「燈籠坂大師」って書いてある。

そして、その後ろで黒い車が停まっているのが駐車場だ。6台くらい停められると思う。

 

駐車場から切通しまでは非常に道が狭いので車での侵入はよろしくない。

徒歩2分で切通しまで行けるので、ちゃんと駐車場に停めておくのが無難だ。

 

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切通しへ向かえ2

午後13時台だけども、もう太陽は見えない。

そういう谷間の立地なのだ。木枯らしが身に染みる。

 

では、歩いて切通しに向かおう。

すぐにトンネルが出てくるが、それは有名な切通しではないのでバシャバシャ写真を撮るのは時期尚早だ。

 

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切通しへ向かえ3

立て札がある。

 

これより先は駐車できません

手前の駐車場をご利用ください

※地域住民以外の車両通行はご遠慮ください※

 

手前の駐車場というのが、さっき僕が駐車したところだ。

 

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切通しへ向かえ4

ゴチゴチの素掘りトンネルだ。

有名な切通しではないが、これはこれでハンドメイド感が素晴らしい。

 

ただ、仮に車で突入したら擦れ違いはできないだろう。

インスタ等にUPするライダーさんたちはもちろんここを通過してしまっているのだが、まぁあえてそれには僕は言及しない。

 

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切通しへ向かえ5

トンネルの出口が見えてきた。

人がいるのがわかるだろう。あそこはもう切通しの目の前だ。

あの人がいるところで道は直角に右に曲がり、そしてすぐに切通しだ。

 

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切通しへ向かえ6

はい、すごーい。

綺麗に垂直に削られた岩盤。その隙間の小道が現れた。

右奥が黄金郷みたいに金色に光っている。神々しい。

 

ここが今回の目的、燈籠坂の切通しトンネルだ。

 

 

古代遺跡のような空間で

 

では、実際に切通しを歩いてみよう。

ちょうど数人のライダーさんが愛車の撮影に勤しんでいたので、うまいことその合間を縫ってトンネルに入った。

 

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切通しを行く1

うん、確かにあそこに愛車を停めて撮影したらかっこいい。

僕の愛車の日産パオもできれば停めてあげたいが、さっき『通行はご遠慮ください』って書いてあったから辞めておくわ。

 

なんか途中で地元の方と思われる軽トラがすぐ目の前までやって来て、そしてバイクが数台停めてあったのでスムーズに通れずにマゴついてしまった事象も目にした。

うまいこと地元の方にも許容いただける状態が続けばいいけど…って思う。

 

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切通しを行く2

しかし、かっこいいな…。

トンネルの天井までの高さは10mほどはあるだろうか?

トンネルの上の木々が生えているところまでは20m近くはあるのだろうか?

 

見上げるほどにダイナミック。

そんな素掘りトンネルなのだ。

あえてライダーさんが写真に入っているのは嫌味からでも無いし、本来はフレームアウトさせたかったとかそういうわけでもない。

このスケールをお届けしたかったための媒体だ。

 

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切通しを行く3

少しだけ歩いて、トンネル入口を振り返った。

真冬の低い日差しがトンネル開口部から長く射し込んでいる。

 

それが神秘的ではなかろうか。

僕はまるで古代神殿のようだと感じたが、よくよく考えたら古代神殿を見たことがほぼゼロだ。お恥ずかしい。

 

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切通しを行く4

進行方向の図だ。

既にトンネル区間は終わっている。頭上にトンネルがあったのは、15mほどだろうか?

その後は、上の写真のように深いクレバス状の切通しとなって続いている。

 

ただ、その切通し自体も間もなく終焉だ。

山の傾斜に合わせてここから50mほどで消えているのがお分かりだろう。

 

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切通しを行く5

天を仰いだ。

わずかな隙間からは、冬とは思えない緑が覗いていた。

「天上界はまだ夏なのかな?」と思ってしまうような眺めであった。

 

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切通しを行く6

再び後方を見る。

まだ入口のバイクが視界に入っているが、そろそろ切通しも終わりだ。

切通し自体の長さは100mに満たない程度なのだろう。

 

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切通しを行く7

そして出口だ。

短かかったが、そこには確かに冒険があった。

「あのSNSで有名なスポットを歩けたんだな」という満足感があった。

 

 

燈籠坂大師を参拝する

 

よし、ここで重要なことを忘れてはいけないぞ。

今回訪問したのは燈篭坂大師である。

あくまで、あの切通しは"燈籠坂大師に行くための切通し"なのである。

 

…となれば、ゴールの燈籠坂大師とはどういうものなのか見ていかねばなるまい。

なにせ、燈籠坂大師のために切通しができたとも言えるのかもしれないからな。

 

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燈篭坂大師1

燈籠坂大師は、切通しを抜けたところから折り返すように山の斜面を登る立地だ。

 

上の写真の右上の隅に赤い社が見えるだろうか?あれが拝殿のようだ。

徒歩2分ほどの距離なので、あなたもせっかくここまで行かれるのであれば、ぜひ参拝も兼ねてほしい。

 

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燈篭坂大師2

石段を20段ほど登ったところで参道は二手に分岐する。

男坂は短いが階段であり、女坂は少し距離はあるがスロープが多く取り入れられていた。

 

僕は何も考えずに目先のゴールに飛びつく人種なので、ゴールに向かって一直線の男坂をチョイスした。

 

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燈篭坂大師3

谷間を脱出し、参道にも僕にも冬の日の光が当たる。

地下から天上へと出てきた気分だ。とても気持ちがいい。

さぁ、もう少しだ。

 

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燈篭坂大師4

そして到着。

うおぉ、なんか気持ちがいい!

 

ここは切通しの真上とまではいかないが、天井部分の真横近くに当たるのだろう。

道路からの高さは20mほどだろうが、なかなかに爽快だ。

 

拝殿付近には何名かの人がベンチに腰掛けて景色を見ていた。

SNS世代は下の切通しを眺めているが、シニア世代はここからの眺めだ。

人気が二分されているのが面白い。

 

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燈篭坂大師5

景色を眺めていたら、ちょうど眼下の線路を内房線が走って行った。

深い谷間ではあるが、ご覧の通り背後には海が見えている。東京湾だ。

ここは、海沿いの房総半島一周ルートからほんの少し離れた秘境なのだ。

 

 

なぜ切通しはできたのか

 

燈籠坂大師は、あの「弘法大師」が旅の途中に立ち寄って休憩した、という伝説があるらしい。

もっとも、弘法大師さんは神出鬼没で全国各地に足跡を残しているし、なんでもなんでも弘法大師さんに絡ませているような節もある。

だけどもそういう謂れは大切にしたいね。

 

どうやら江戸時代の人々は、海沿いから山を越えてこの燈籠坂大師を参拝していたようだ。

しかしそれはシンドいので山を削ってトンネルを作り、アプローチを楽にしたらしい。

 

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歴史1

こんな感じだそうだ。

まずは明治時代、素掘りで小さな切通しとトンネルが出来た。

まぁまぁ便利にはなったが、まだ地面との高低差があるし、切通し自体が狭くて不便であったのだろう。

 

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歴史2

昭和初頭、さらに切通しを掘り下げて、現在のようにほぼフラットな路面を実現したのだそうだ。

だから現在、バイクや車で切通しを通り抜けすることもできるほどに高低差がないのだね。

 

そして、これを念頭に改めて切通しトンネルの断面をご覧いただきたい。

 

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歴史3

こんな感じで、2段階工事の痕跡がわかるのだ。すごい。

ちなみに昭和のこのダイナミックな掘り下げは、地元の人たちが頑張ってやったそうなのだからなおすごい。

 

ただ、地元の人も素人ってワケではない。

石切りのスキルを持っている人たちだったのだ。

内房を走ったことがある方であれば、この"石切り"の単語でピンと来るものがあるだろう。

 

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鋸山1

内房景勝地、「鋸山」だ。

 

上の写真から窺い知れるように、この山は石切り場跡であり、大規模な石切りが江戸時代から昭和末期までずーっと続いていた。

房州石っていう、石のブランドになっていたのだよ。

 

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鋸山2

内房の人たちは、このスキルを要していたのだ。

鋸山をここまで削っちゃうくらいだもん、燈籠坂大師の10mや20mの切り下げなんて朝飯前だったのかもしれない。

 

こうして完成した切通しトンネル。

苦労して開通させた、燈籠坂大師への参道である。

 

昭和時代に成就した利便性と、令和に通じるカッコ良さの双方を持ち合わせたこのスポット。

今後も大事に守っていきたいね。

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: 燈籠坂大師の切通しトンネル
  • 住所: 千葉県富津市萩生8-2
  • 料金: 無料
  • 駐車場: あり
  • 時間: 特になし

 

No.149【沖縄県】頑張れば台湾が見える!国境の島、与那国島の「西崎」は日本の西の果て!

その岬の名は、「西崎(いりざき)」。

 

与那国島」の最西端であり、つまりは日本の国土の一番西の端である。

 

読み方は、決して"にしざき"ではない。

「"いり”だなんて読めねーよ。覚えられねーよ。」というあなた。

「太陽は東からあがり、西にはいる」と覚えておこう。

 

ちなみに与那国島の最東端の岬が「東崎(あがりざき)」だ。

すげー納得感であろう。なぞなぞみたいだ。

 

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僕ももちろん、与那国島に行ったことはある。

この日本最西端の島をグルグルとドライブし、知り合った旅人たちと毎晩酒を飲みかわした。最高の島だった。

 

では、今回はそんな国境の島から、日本最西端の西崎のお話をしたい。

 

 

その車は鍵がかからない。

レンタカーショップ、「与那国ホンダ」。

そこの受付で僕は朝一から「すみませーん、すみませーん!」と呼び続けていた。

 

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最西端を目指せ1

なんかちょっとあなたの知っているホンダのお店とは違うかもしれないが、ちゃんと世界に名だたる自動車メーカーのHONDAだから安心してほしい。

壁に直描きされたクワガタやハイビスカスが躍っているが、まぁ落ち着いてほしい。

あと、自転車もレンタルできそうだが、驚かないでほしい。

 

僕はこれからここで車を借りるのだ。

いや、正確に言うともう借りている。

 

昨夜与那国空港に着いた途端、「はい、これ君の車だから今から自分で運転して。あ、手続きとか精算とかはいいから。明日の朝にでも来てくれればいいから。」と言われた。

なので明けて今朝なのだ。ゆるい。

 

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最西端を目指せ2

…で、ようやく出てきたスタッフのおじさんから手ほどきを受け、料金を払って正式に車をレンタルした。


ホンダ・ライフだ。

なかなかにサビサビで、ツギハギだらけのボディだ。

鍵は壊れてドアロックが掛からないらしい。僕はそれをキーレスエントリーと呼ぶことにした。

 

おじさんは「ついでだからお茶あげるよ。」と、さんぴん茶くれた。ありがたい。

そして「晴れたねぇ。予想に反して晴れたねぇ、ハハハ。」とゆるく笑って僕を送り出してくれた。

 

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最西端を目指せ3

そうなのだ。

本来、今日は降水確率80%である。しかし晴れたのだ。

まだ車のフロントガラスも地面も濡れている。ついさっき晴れ間が出たのであろう。

この奇跡を大事にしないといけない。

 

まずは一番晴れてほしいスポット、西崎を目指したのはあなたもご納得の決断であろう。

レンタルショップのある集落から10分と走らないうちに、与那国島の西の集落までやって来た。

 

あそこが日本最西端だ。

 

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最西端を目指せ4

実はね、2019年に国土地理院の地図が更新され、西崎より260m沖の「トゥイシ」という岩が最西端となったのだ。

上の写真でいうと、画面右端の灯台の上あたりの海の中だ。

満潮だと大体沈む。

 

…とはいえ!

僕がやりたいのはそういう地理的観点の極めてギリギリに立つことではない。

世間一般的な突端に立つというステータスにロマンを感じたい人なので、トゥイシとかに命かけて行くようなモチベーションは無いわ。

 

さぁ登るぞ、あの絶壁の上へ!

灯台と東屋がチラッと見えている、僕の夢みた最高の舞台へ!

 

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最西端を目指せ5

よーし、道が狭いぞー!とんでもない登り坂だぞー!
そして左右がソテツの木だらけでテンション上がりまくるぞー!!

 

ボロボロのライフはブオンブオンと唸りながら、坂を登る。

そして到着だ。

 

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最西端を目指せ6

やった。来た。

ではあの展望台へ行こう。車には鍵をかけずに行こう。そもそもかからないから。

 

 

一般人が立てる、唯一の日本の端

 

西崎。日本の最西端の岬である。

国境の島、与那国島の西の端。もうとんでもなく西にいるのだ、僕は。

 

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西崎1

九州本土の最西端とか、与那国島から見たら遥かに東だ。

大阪から見た長崎よりも、長崎から見た与那国島のほうが西なのだ。

 

なんて広いんだ、日本。

だからこそ、隅々まで行きたい。

 

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西崎2

最西端の丘の少し手前には、カジキのオブジェがある。

見上げれば空を飛ぶようにも見えるカジキ、カッコいい。

与那国島の"町の魚"がカジキなのだ。

 

では、カジキの鼻の指し示す(?)、日本最西端の展望台東屋に登ろうぜ!

 

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西崎3

灯台の横にある、琉球テイスト溢れる赤瓦の東屋。

これが日本最西端の展望台だ。

すげーいい…。風、気持ちいい…。

 

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西崎4

どこまでが日本なのだろうか?

見えているあたりはもう隣国なのだろうか?

そういうドキドキ感がたまらん。それが与那国。

 

drive-ns.hatenablog.com

 

今さらながらのご紹介だが、今回の記事は上記の【特集】の一環である。

日本の極地や斜めの突端までをご紹介しているので、興味があったらあとで覗いてみてほしい。

 

ちょっと上記リンクから1つ地図を引用させていただこう。

 

 

日本が主張する領土の最東西南北端である。

結論から言うと、北東南の3つは一般人のアプローチは2021年現在で困難だ。

 

行けるのは西のみ。

(前述の通り、トゥイシの文言はスルーして考えてほしい)

 

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西崎5

そんな貴重な貴重な突端が、ここなのだ。

そりゃ晴れてほしいよな。

奇跡のように晴れ渡った国境の空を見上げ、僕は目を細めた。

 

…しかしだ。

突端マニアにとって真に重要なのは灯台でも景色でもない。

 

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西崎6

シンボルである。

こいつを何よりも見たかった。

マジで嬉しい。ゲロ吐くんじゃないかってくらいに嬉しい。

 

石板にはこのように刻んである。

『渡海の西崎の潮はなの清らさ与那国の美童の容姿の清らさ』

僕は教養がないので何言っているのかわかりそうでわからないけど、そんなことはどうでもいいくらいに嬉しい。

 

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西崎7

Webサイトで何度も見て、夢を馳せた場所に僕はいるのだ。

 

よくね、例えば日本最北端に立つと「今、俺が日本で一番北にいる!」って感じる人がいるじゃないですか。SNSなど見ても、そういう投稿は多い。

 

そりゃ事実だし、そう感じられるのはとてもステキだ。

だけども僕はなぜかそういう感情はない。

人と比べるのではなく、「日本は広いな」・「ここまで来れて幸せだな」って、なんかホンワカする。(僕の住む世界に、他人っているのかな?)

 

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西崎8

 

『日本国 最西端之地 与那国島

 

 

あぁ、いるんだよ。

今まさに僕はそこにいるんだよ。

沖縄本島石垣島と西へ西へと旅した最終到着地点。

 

日本はここで終わる。

 

 

西で果てで浮かれる僕の話

 

石碕にはいくつかのオブジェ・モニュメント・説明プレートなどがある。

突端でそういうのを見るの僕は好きなのだ。

いくつかご紹介したい。

 

まずは最西端の碑の裏のプレートだ。

 

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西崎9

上記の数字の単位は「㎞」だ。

特筆すべきは、日本国内よりも海外の方が近い点だね。

 

同じ八重山諸島石垣島に行くよりも台湾の方が近い点。

首都である東京に行くよりも、ソウルや北京やマニラの方が近い点。

距離感がバグる。

 

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西崎10

東屋の壁に埋め込まれていたプレートだ。

ここでも台湾への近さをアピールしている。

 

しかし、年間平均気温24度ってなんなのさ。

極楽か。そんな楽園で僕もヌクヌクと暮らしたいって思ってしまった。

まぁ実際はいろいろと苦労も多いかもしれないが、24度の魅力は恐ろしい。

 

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西崎11

あと、なんか黒潮与那国島に激突して無残にバラける図があった。

与那国島って固いんだなーって思った。

 

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西崎12

あと、日本最西端の碑のすぐ近くには「太陽の火」というモニュメントがある。

これは曇りの日に行ったときの写真しかなくって恐縮だ。

 

全然詳しくないんだけど、1987年に行われた「第42回国民体育大会」の主催地が沖縄で、そしてテーマが「海邦国体」だったそうだ。

そのときの採火を西崎でやったらしい。

だから上の円盤状の石に"沖縄海那国体採火記念碑"と刻んであるのだ。

 

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西崎13

最後に、やっぱもう一度日本最西端の碑を見てほしい。

手元のあらゆる写真を放出するから見てほしい。

 

これまで日本全国の突端に行ったのだが、ここは格別だった。

本州最東端の「トドヶ崎」到達と同じくらいの感動だった。

 

drive-ns.hatenablog.com

 

だからね、僕はこの碑の周りをニコニコしながら盆踊りみたいに何周もしたわ。

ちょっと下の写真を見てほしい。

盆踊りにうってつけなロケーションだから。

 

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西崎14

このとき西崎には僕1人しかいなかったが、碑の周囲ではソテツがギャラリーのように輪を描いていた。

 

日本最西端は、常にお祭りモードだ。

 

 

あなたには台湾が見えるか?

 

西崎、それは台湾が肉眼で見える岬だ。

前述の通り、台湾までは111㎞。論理的に見えない距離では全然ない。

 

でも、晴れれば見えるかっていったらそういうレベルではない。

年間数回とかそのくらいの激レアなイベントだ。

 

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台湾は見えるか1

これは、僕が3泊した旅人宿の壁に貼ってあった写真の切り抜きだ。

「台湾が見えたぞ」的な新聞記事になるほどレアだ。

住民らが歓声を上げるほどの事態だ。

 

まぁ僕だって夢見るお年頃さ。

あの日は台湾見えるかなって少しは期待したさ。

雨が上がって突然の快晴。つまりは空気中のチリが少ない状態だから。

 

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台湾は見えるか2

しかし、西の水平線上には雲がかかっていた。

無念。やはりそうそう簡単ではないのだ。

 

年に数回しか台湾が見えないのは、なぜだろう?

このように雲がかかりやすいのかな?黒潮の影響かな?

気象予報士ではないので、そこいらはよくわからなかったし、調べるほどの根性もなかった。

 

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台湾は見えるか3

日を改めて行ったら、台湾どころじゃないスケールで曇っていた。

本来は日本最西端で日本最後の夕陽を見て、あなたにもその感動を伝えたかったのだが、全然無理。

空のどこを見渡しても、太陽自体がナッシングであった。

 

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台湾は見えるか4

ちょっと絶望の顔して記念撮影をした。

さて、そんな僕にもあなたにも朗報だ。

現地で台湾ビューの追体験をできそうな場所がある。

それは先にもご紹介した日本最西端の東屋だ。

 

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台湾は見えるか5

はい、じゃじゃーん。

写真の中央を見てくれ。

 

ソテツの赤ちゃんの群れではないよ。

その後ろ、東屋の壁に大きな絵が描かれているであろう。

これが、台湾が見えた日の光景なのだ。

 

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台湾は見えるか6

なんというダイナミックな大陸なのだろう。

晴れればこんなにも大きく台湾が見えるのだ。それは先ほどの写真の切り抜きからも窺い知れる。

 

こんなにも大きな陸地が、普段は雲の中に隠れているんだね。

見えなかったのは残念だが、なんだかラピュタのようなロマンがある。

レアで都市伝説チックな方がワクワクするもんな。

 

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台湾は見えるか7

この後フラリと入った雑貨屋さんで、日本最西端到達証明書が売っていたので記念に買った。

これ系は日本1周目とか2周目くらいの初期の頃しか購入していなかったので、久々の購入だ。

 

それだけ、与那国島の思い出をかたちに残しておきたかったというわけだ。

 

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台湾は見えるか8

日本の西の、端の端。

普段は他の島も見えないような絶壁の孤島で、僕はたくさんのステキな景色を見て、たくさんのステキな人たちと知り合った。

 

一朝一夕で書ききれるほどの内容ではとてもないので、また機会がございましたら、故郷の島について語りたい。

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

 

No.148【鹿児島県】廃墟みたいで入りづらい!戦争関連資料をグチャッと集めた「戦史館」!

「あの!!このラーメン食べ終わったら!!戦史館も見学したんですけど、いいですかーーー!!!」

 

軍歌に負けないように、僕は叫んだ。

腹から声を出してシャウトするなんて、いつ振りだよ一体。

 

…何を言っているのかわからないだろう。

僕は今、薄暗くってお相撲さんがブチかましたら崩れそうな小屋の中にいる。

そんで、90歳近い老夫婦に見守られながら、"おいしい"の真逆に位置するラーメンを食べている。

 

普通の声量で会話をしたいが、軍歌がノリノリの大音量でズンドコかかっており、意思疎通が困難である。

 

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…何を言っているのかわからないだろう。

 

でも悲しいかな、全部事実なので呑みこんでほしい。

そういうちょっとスパイシーな世界線に僕がいるのだと、とりあえずご理解いただきたい。

 

どうしても詳細を知りたいなら、下記をクリックしてほしい。

ちなみにエンターテイメント性なら、今回の記事よりも以下のリンク記事の方が高い。

 

drive-ns.hatenablog.com

 

僕が現在テロンテロンのラーメンを食べているのは、「ドライブイン薩摩隼人」という名前の崩壊一歩手前の建物。

これから行きたいと咆哮したのは、「戦史館」という併設の資料館。

第二次世界大戦時代の貴重なグッズが展示されているらしい。

 

いや、怖いよ。行きたいないよ。絶対まともじゃないもんよ。

誰だよ、『行きたい』なんて書いたのは。

でも、たぶんこれは一生で一度のチャンス。そして他では味わえない体験。

これを自ら拒否してしまっては、なんのために旅しているんだよ僕は。

 

だから咆えたのだ。

軍歌がうるさいせいもあるし、おじいちゃんの耳が遠いせいもある。

しかし、何よりも自らを鼓舞するために咆えたのだ。

 

 

酒と軍服、「軍国会館」

 

「おぉいいぞ。案内しよう。」と、おじいちゃんが答える。

おじちゃんが答える。

そして食べ終わった僕を先導し、ドライブインの2階への階段を昇り始めた。

 

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軍国会館1

おじいちゃん、90歳近いとは思えないほど背筋がシャッキリ伸びていて、どんどん階段を2階へと登って行った。

逆に僕が猛暑とヘンテコラーメンでヘロヘロで、遅れを取りそうだった。

 

しかし、大音量の演歌が足元に遠ざかるに連れて、安堵感を感じた。

いや、ホントに大音量だったんだもんよ。小屋の壁、ビリビリ震えるかと思った。

 

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軍国会館2

ちょっと説明しよう。

 

上の写真はこの建物の外観の一部である。

もう「混沌とはこういうことだ」ってくらいに謎の看板が乱立しているのだが、どうやらその一部から汲み取れた情報によると、2階は「軍国会館」というらしい。

だから僕も本記事ではそのように表記する。

 

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軍国会館3

わぁ、すげぇ。

戦争関連のグッズがどうとか、そういう意味ではない。

「ゴッチャゴチャだな、おい」っていう意味での「すげぇ」だ。

まぁ1階がアレなので充分に想像はついていたが。

 

そしておじいちゃんはラジカセのスイッチを入れる。

割れんばかりの音量でBRMが流れ出した。

はい、出たよ軍歌。

 

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軍国会館4

おそらくは貴重な軍服の数々が、こうやって無造作に吊るされていると「労働者の休日」みたいに感じてしまう。

 

軍服そのものに意識が行くのではなく、「軍服の下にテーブルやイスがあるのって、座っている人はどういう気持ちだ?」とか、「扇風機が4つあるぞこの部屋!」とかに着目してしまう。

 

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軍国会館5

かといって服を着せるマネキンのセンスも問われる。

なんかみんなエスニックな顔立ちなので、いまいち感情移入できないのが僕の本音だ。

 

おじいちゃんに「これ、全部本物ですか?」と聞き、「ホンモノ」という回答は得た。

展示品に対し、おじいちゃんは丁寧に説明してくれた。

 

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軍国会館6

ぶっちゃけ雑然としているし、埃も被っている。

何もかもがメチャクシャであり、高級住宅街の綺麗好きな奥様をここに放り込んだら、狂ったように掃除を始めるであろうレベルだ。

 

だけども、ここに対するおじちゃんの思い入れは相当に強いんだろうなっていうのは感じた。

 

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軍国会館7

僕はこの部屋に対してドン引きの感情も半分くらいはあったが、展示品を見るおじちゃんの眼差しはマジであった。

きっと語り切れない思いや歴史が詰まっている。

 

おじいちゃんは語りだした。

これらは昔おじいちゃんが全国各地に足を運び、所持者から譲り受けたものなのだそうだ。

 

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軍国会館8

所持者の想いもあれば、おじいちゃんの想いも詰まっているだろう。

終戦から70年以上経過した現代において、一個人の収集物をこんな気軽に見ることができるのは貴重であろう。

 

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軍国会館9

『この鉄兜などはサイパン島の洞堀の中で見つかった鉄兜などと思います。鹿児島県遺族会の人が持って来られた軍用品です。一つ一つに霊が、魂が残っております。』

 

この貼り紙から、おじいちゃんのまじめな部分が伝わってくるよな。

1枚1枚、おじいちゃんがこれらの掲示物を手書きで書いたのだそうだ。

 

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軍国会館10

そんな熱い魂を持っていながら!!

惜しむべきはその展示センスとプロデュース力!!

 

貴重な遺品と同じ空間に飲み食い処を作るなや…。

右端をご覧の通り、割り箸や調味料が並べられている。

 

軍服と飲食物、どっちにも失礼にならないか?

清潔感についても…、うんこれはノーコメントとさせていただきたい。

 

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軍国会館11

機関銃はすごかった。男の子であれば誰しも目を停めてしまう逸品だ。

まだ弾丸がズラーッと残っているではないか。

 

そんな品々を見た後、おじいちゃんは「では続けて戦史館に行こう」と言って来た。

まだあった!

てゆーか本体はこれからだ!!

 

 

膨大な遺品、「戦史館」

 

2階の裏手には出入口がある。

ちょうど坂道の中腹へと出た。そこからおじいちゃんの後に続いて丘を登って行く。

 

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戦史館1

道端には何かの資材がゴロゴロと転がっていて若干デンジャラスなのだが、おじいちゃんは脇目も降らずにスタコラ登って行く。

 

すぐに左手の頭上にコンクリートの立派な建物が見えてきた。

あれが戦史館だ。

おじいちゃんが戦争資料を展示するためだけに造ったらしい。ハンパねぇ。

 

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戦史館2

そしてその入口である。

会議チェアが大層きたない。無数の貼り紙は充分なスペースのある館内に貼ればいいのにって思うけど、あえて屋外に貼っちゃうスタンスだ。

 

おじいちゃんが鍵を開けて重厚な扉を引くと、なんだかカビくさいような独特の酸性の香りが外に流れ出てきた。

 

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戦史館3

申し分ないほどしっかりとした建物。

そこに申し訳ないほどチープなベニヤ板とガムテープと白い布で彩を加えた資料館。

僕はそう感じた。

右端で「ようこそ」みたいなポーズをしているのは、ここのマスコットキャラかと思った。

 

おじいちゃんはザックリと一周、主な展示物を紹介しながら館内を回ってくれた。

 

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戦史館4

ただただ青い下地の上に、大量の軍艦のプラモデルが並べられている。

奥には「桜島」と書かれた岩山がある。

 

これはおじいちゃんの力作だ。

説明文の掲載があるのでご紹介しよう。

 

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戦史館5

『このコーナーは、私が小学校一年ぐらいのころ、鹿児島湾に日本海軍の軍艦が多く入港しまして私遠の部落の小さなポンポン舟で軍艦見物がありましてそれを思い出して作ったものです。セメントです。』

 

最後の『セメントです』で文章がグッと引き締まったね。

まさかの原材料を書いてきた。噴いた。

 

これは戦争が開幕するくらいのタイミングなのだろうか?

おじいちゃんは終戦時に中学生くらいだと思われるので、僕はそう考えた。

工作の技量はともかく、当時の光景が鮮明に目に焼き付いているのであろう。

 

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戦史館6

鹿屋航空隊だそうだ。

ズラっと並んでいるのは零戦だろうか?

ラバウルまで度々出撃して大変なダメージを追ったのって、鹿屋だっただろうか?

 

いくつか思い浮かぶイメージはあるが、しかしどれもこんな白い布地の飛行場ではない。

足元が悪すぎて隊列がバラけてカッコ悪いことになっている。

これ、厳しい上官にブン殴られるヤツだ。

でも何もかも、ズルズルになっている布地が悪い。こんなんじゃタイヤを取られて出撃どころじゃない。

 

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戦史館7

布・ガラス・ガムテープ・ベニヤ板。

この施設のそれらに当たる部分は、やっぱ外注しておくべきだったと感じた。

 

薄汚れたガラスの向こうに茶色いものがポテポテ置いてあるように見える。

これでは歴史的な価値があったとしてもB級テイストが拭えない。

 

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戦史館8

ビニール幕まで登場した。下部分の処理が甘すぎる。

DIY感が満ち溢れて洪水を引き起こしているかのようだ。

 

あと、軍服をズラッと吊り下げているせいで、その裏側のおじいちゃんの力作の文章が何1つわからないジレンマよ。

 

おじいちゃんは一通り説明をすると、「あとはゆっくり見ていってね。自分はさっきの2階の軍国会館にいるから。」と言って去って行った。

 

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戦史館9

改めて館内を見て回った。

一周目に比べてちょっと冷静になってきたので、各所のダメージが気にならなくなり、展示品そのものを見れた気がする。

 

…しかし、僕は元来マジメな人間ではない。

正直、展示品を見たところでおじいちゃんの本来の意思を汲み取れてはいない。

ここを訪問する他の人もそうであろう。

「戦争のことを勉強したいから戦史館に行く」という人はほぼゼロで、ネタ的な扱いで突撃する人が大半と思う。(統計を取ったわけではないので個人の主観だが)

 

今回この記事を執筆するにあたり、どんなスタンスで書けばよいのか、正直悩んだ。

戦争時代のことを軽々しく扱う気持ちはない。

ただ、戦史館というこの珍妙なスポットに足を踏み入れたいと考えた僕の経緯、そしてそのファーストインプレッションは正直に書きたい。

そんな思いからこのようなテイストで書いた次第だ。

 

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戦史館10

真面目さと天然さが入り混じった、狂気の空間。

これは他では味わえない、白昼夢のような体験であった。

 

 

記憶を紡ぐ者

 

この戦史館、及び併設のドライブイン薩摩隼人は、その歴史に幕を下ろした。

 

2020年秋、どうやらシンボルの天守閣部分が崩壊したのか取り壊したのか、なくなったそうだ。

2020年の年末から2021年の年明けごろには、数多くあった看板なども撤去され、建物の周囲が不自然に綺麗になってしまったそうだ。

 

つまり、もう営業している気配が無い。

 

 

2021年11月現在にGoogleマップストリートビューから見れる戦史館も、この状態のものに更新されてしまった。

どうやら2021年4月時の画像だそうだ。

 

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戦史館11(いただいた写真)

僕は2021年2月以降、何度も電話をした。

しかし呼び出し音が続くのみであった。

上記はそのころに現地を訪問した、Twitterのフォロワーの方から提供いただいた写真だ。

 

おじいちゃん、そしておばあちゃんはどうなったのだろう?

ドライブインや戦史館は閉鎖してしまったのだろうか?

SNSなどから情報を得ようと呼びかけたりもしたが、長らく情報は入手できなかった。

 

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戦史館12(いただいた写真)

ようやく情報を掴めたのは、2021年9月になってからであった。

情報源は、「ワンダーJAPON編集部」さん。

知る人ぞ知る伝説の珍スポット雑誌の「ワンダーJAPAN」を復刻させたSNSアカウントからの情報であった。

 

それによると、戦史館・ドライブイン薩摩隼人共に廃業。

理由はおじいちゃんが90歳になったことを機に引退を決意したため。

ただしおじいちゃんもおばあちゃんも2021年夏現在お元気、とのことだ。

 

そっか、元気か。

それは良かった。

あのスポットが閉鎖されてしまったことは残念だが、僕は安堵した。

 

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戦史館13

…ただし、だ。

おじいちゃんが半生をかけて収集した戦争遺品の数々。

それらが今後どうなるのかだけ、気がかりだ。

 

歴史的な価値っていう観点もあるのだろが、僕としてはそれよりも、おじいちゃんの強い想いの受け皿っていう観点で気になった。

 

人はいつか死ぬし、物はいつか壊れる。

だけども人の想いってのは、脈々と引き継がれるものだ。

自分の目指してきたもの、自分が生きた証を、なんらか紡いで行けたら幸せだと思うのだ。

 

 

さらば、傾く牙城よ

 

戦史館を回った僕は、再びドライブイン薩摩隼人2階の軍国会館に戻ってきた。

なんだか埃っぽいソファに腰掛けて展示品を眺めるおじいちゃんに「戻りましたー」と声を掛ける。

 

「来てくれてありがとう。また遊びに来てね。」・「九州一周頑張ってな。これは眠気覚ましだ。」とおじいちゃんは言い、冷たい缶コーヒーを1本取り出して僕にくれた。

それ、さっきドライブインでももらって飲んだばかりだけどな、もう1本くれるのか、ありがとう。

 

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最後におじいちゃんと記念撮影をした。

そしておじいちゃんに見送られ、ボロボロで崩れ落ちそうな天守閣みたいな建物の前に停めた愛車に乗り込む。

 

…たぶん、僕がもうここを訪れることがないことは、この時点で察していた。

だからこその今回の突撃であった。

一期一会。それもまた旅の醍醐味。

 

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僕はもう一度だけバックミラーから戦史館をチラリと見た後、鹿児島湾沿いを勢いよく走り始めた。

 

真っ青な海、そして桜島

さっきまでの体験は、まるで白昼夢のようにも感じた。

 

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しかし夢ではない。

一度きりだけども、忘れてはいけない体験。

普通の人がなかなか味わえない世界。

 

おじちゃんが眠気覚ましのために最後にくれた缶コーヒーをお守りのように握りしめ、僕は九州一周の続きを走る。

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: 戦史館(閉鎖済み)
  • 住所: 鹿児島県霧島市隼人町野久美田5540
  • 料金: 500円
  • 駐車場: あり
  • 時間: 不明(不規則)

 

 

 

 

 

 

 

No.147【群馬県】忘れちゃいけない思い出がある!ライダー人気の峠のうどんを記憶に刻め!

峠のうどん屋

 

そう呼ばれていたお店がちょっと前まであった。

とんでもない山奥で、そしてなかなかのボロボロで、しかしすんごい人気で、開店と同時にその日の供給量に達し、すぐに閉店するという電光石火のお店であった。

 

関東北部を走るライダーさんであれば、一度は耳にしたことがあるだろう。

峠のうどん「藤屋」の伝説を。

 

最後の営業からもうすぐ2年になるのだろうか?

既に無くなってしまったお店ではあるが、このまま忘れさられてしまうのは忍びない。

 

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あえて今、僕が執筆する。

かつて僕もこのお店を訪問し、ドカ盛りうどんと激闘を繰り広げた思い出を。

 

 

舞台は深淵、山ばかり

 

晩秋の山奥を、僕はドライブしていた。

 

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山奥にて1

とてもワイルドな道だ。

しかし晩秋の紅葉がとても綺麗であった。

日の短い季節ではあるが、このような光景を見ながらハンドルを握れる嬉しい季節だ。

 

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山奥にて2

やっぱ道路、ちょっと狭いな…。

これでは擦れ違いが困難だよ。道の両脇の落ち葉の堆積が著しい。

 

さて、なんで僕がこんなところを走っているのかと言うと、別に紅葉ドライブをしようだなんてシャレ込んでいたわけではない。

 

…もっといいものを見に行っていたのだよ。

 

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山奥にて3

話が脇道に反れてしまって申し訳ないが、今回の世界観を演出するためにも数枚だけご紹介させていただく。

 

2021年現在は自然倒壊してしまった廃屋だ。

もうたまらないよね、これ。お化け屋敷のセットなどではない。木造家屋は数10年放置されるとリアルにこうなるのだ。

悠久の年月が生み出した芸術。シビれるしかない。

 

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山奥にて4

知っている人は知っているだろう。

ここがどこなのかを。

 

そして知っている人は知っているだろう。

僕がこういうところのアドベンチャーに、結構ドップリ浸かっていたことを。

 

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山奥にて5

いつかもっともっとヤバい深淵を執筆するかもしれないので、今回はさわり部分のホントにライトな部分だけ、掲載させていただいた。

 

では、冒頭に話を戻そう。

こんなアドベンチャーをした帰り道。

僕と仲間たちはランチスポットを目指して車を走らせていたのだ。

 

アドベンチャースポットもとんでもない山だし、ランチスポットもとんでもない山。

このドライブ、全行程360度山ばかり。

 

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山奥にて6

ちょっとですね、僕の愛用のツーリングマップを見てほしいのだ。

関東は全区画、基本的に何らかの文字が入っているだろう。

何かしら町なり何なりが存在するのだ、さすが関東地方。

 

…しかし、仲間ハズレが1つだけあるな。

1つだけ、ポッカリ関東の空白地帯みたいに白紙になっているエリアがある。

 

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山奥にて7

 

「46」、オメェだよ!!

 

 

ちなみに今回のアドベンチャーもランチも、全部この「46」の中にあるのだ。

埼玉県・群馬県・長野県の県境付近のこのゾーン、深い山々と林道の織り成すワクワクゾーンだ。

46好きな人、僕以外にいたら手を挙げてほしい。仲間だ。

 

 

そしてそんな界隈の、もう笑いが止まらないくらいのクネクネ道に目指すお店がある。

峠のうどん、藤屋。

上の地図で示した部分がかつてのお店だ。

 

初夏に行こうとしたけど時間切れとなってしまってアプローチできず、晩秋である今回に行くこととなった。

「46」といい上の地図といい、すさまじい立地ではあるが、大人気だ

 

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山奥にて8

 

 

暖簾を出していた時間、3分

 

お店の前に到着したのは、10:46であった。

開店時間は11:30なので、40分前だ。

 

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藤屋1

簡素な建物である。

輪をかけて簡素な看板が横に少し斜めに掲示されているが、これがなければ一般家屋と思ってしまうかもしれない。

 

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藤屋2

オーナーは高齢のおじいちゃんだそうで、体調を崩して営業しないこともザラだそうだ。

それが心配。

 

しかし内部に耳をすませると、何やらせわしなく動き回る音がする。

うん、きっと今日は営業してくれるだろう。

 

お店の入口の前にはテーブルとイスがあるので、そこに座って待機とする。

まだこの時間、僕らの他にお客さんは一組しかいなかった。ゆっくり待とう。

 

 

せっかくなので、Googleマップストリートビューからのお店の画像も貼り付けておく。

 

いつ更新されてお店の画像が見れなくなってしまうのか、不明だが。

せめてそれまでの間、このお店が存在していたことをここに報告したいのだ。

 

そんなこんなで20分経過。

11:10となった。

オーナーのおじいちゃんが出てきて「中で待っててください」って言ってくれた。

 

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藤屋3

座敷席にスタンバイした。

ほっこりするような昭和な香りの漂う店内であった。

 

ちなみにメニューのオーダーはしない。する必要もない。

メニューは一種類で、天ぷらうどんのみなのだ。

1人1杯、自動的に作られるのでそれを待つのみ。

 

まずはおじいちゃんが、お盆にお茶と漬物を乗せて持ってきてくれた。

しかしおじいちゃん、メッチャ腰が曲がっているし、手がプルプル。

お茶を乗せたお盆は震度5くらいだ。

こぼれる!こぼれる!…こぼれた!!

 

…まぁ全然いいけどさ。

 

そして11:30、開店時間だ。

おじいちゃんが店の入口に暖簾をかける。

 

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藤屋4

それと同時に、驚くほど山盛りのうどんが運ばれてきた。

とんでもねぇ。

これはうどんを入れていい器じゃねぇ。3人家族くらいで使えるサラダボウルサイズだ。

 

開店から3分後の11:33。

1日に準備できる上限の40食分のオーダーに至ったようだ。

 

オーダーストップ。

おじいちゃんが店の入口から暖簾を外す。

 

もちろん後から来る人も大勢いたけど、予約だとかをしていない限り全員断られていた。なんてこった。

 

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藤屋5

これが藤屋のうどんだ。

ほとんど見えていなくって恐縮だが、麺は割り箸よりもひとまわり以上太い。

すすろうにもすすれない、天下無敵の極太麺だ。

そいつが丼の中に余すところなく、とぐろを巻いている。

 

その上にはゆで卵、そして巨大なかき揚げと天ぷらだ。

どうやら秋はこの付近の山菜などを使ってくれているらしい。山の幸、ありがたい。

 

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藤屋6

あまりアングルが変わらないが、もう1枚ご紹介する。

もう撮ろうと思っても撮れない写真だからね、せっかく手元にある写真はあなたにも見てもらいたいのだ。

 

しかし、写真ではボリュームは伝わりきらないだろう。

これを目の前にした僕の絶望感は、なかなかのものだったのだよ。

嬉しさと絶望が一緒に来る。どんな表情をしていたのだろう、僕は。

 

もう1つ上の写真と共に、横にガラケーを置いてあるので大きさ比較をしてほしい。

既に世の中にはスマホが出回りつつあったが、僕は結構それに歯向かってしぶとくガラケーを使う人種であった。

 

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藤屋7

記念撮影をしたら一気に食べる。

もたもたしていたら麺が汁を吸って永久に終わらない闘いとなるからだ。

普段あまり量を食べられない僕は、満腹中枢が刺激されるまでの20分が勝負。

 

麺、もっちもち。食べ応えあり過ぎて一瞬で満腹感を味わえる。

つゆは濃い醤油味。そして甘さも強め。

天ぷらはバリバリした歯ごたえのある食感。

これらのコラボだ、当然うまいぞ。

 

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藤屋8

僕は死にそうな思いをしながらも、仲間の中では1番に完食できた。

我ながら頑張った。

今年はもう思い残すことは無いなって思った。

 

仲間の1人は普段から食べる速度が遅いため、食べても食べても麺が汁を吸う永久機関みたいな現象が勃発しており、なんか運ばれてきたときと麺の体積があまり変わってなかった。不思議な不思議な現象となっていた。

がんばれ。僕はもう君を手伝うだけの余力はナッシング。


まぁ、なんだかんだでみんな完食できた。

これを戦友という。

ガッチリ握手したい気持ちに駆られた。

 

 

水とみどりの広場

 

食後、僕らはすぐに車に乗り込めなかった。

車に乗るということは、座るということだ。

座るということは、お腹を圧迫するということだ。

冗談じゃない。圧迫されるだけの余地を残すお腹なんて、僕らは持っていない。

 

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水と緑1

だからね、お店のすぐ隣にある「水とみどりの広場」っていうところでしばらくダラダラし、それからの出発とすることにした。

 

水はあるけど、緑はほとんどないね。

紅葉シーズンだからね。

しかしそれがいい。周囲は紅葉の赤と黄色に包まれている。そこに小川が流れ、さながら由緒ある公園のようだ。

 

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水と緑2

ツーリングマップルで、ページ丸ごと山で埋め尽くされるようなエリアにポツンと佇んでいた、伝説のうどん屋

アレでたったの600円だったのだ。コスパすごすぎる。

 

2021年の僕は振り返る。

あのときですら、腰が曲がって手がプルプルしていたおじいちゃん。

さらに数年、2019年まではお店で毎日うどんを打っていたのだから、相当に頑張っていたのだろう。

 

最後に閉店を知らせる手書きの貼り紙が掲示されたらしい。

どうやら体調を崩してしまい、もう続けられなくなったのだそうだ。

「長い間ありがとう」って、心から思う。

 

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水と緑3

このお店が営業していないらしいと聞いたのは、2020年の春ごろだった。
明確に「閉店」だとわかる情報は当時は無かったので、僕は信じていなかった。いや、信じたくなかった。

からしばらくこのブログの記事としても書かなかった。ずっと執筆候補としては考えていたけど。

 

だけどね、やっぱ閉店だったね。

そして、訪問時も執筆時の2021年11月現在のどちらも、紅葉真っ盛りの季節。

この折に書くわ、ってなったのだ。

 

user.uenomura.ne.jp

 

いずれ消えてしまうのだろうが、上野村のWebサイトにはまだ、店の前で微笑むおじいちゃんとおばあちゃんの写真が掲載されている。

 

今頃お二人は、ゆっくりと紅葉でも見ながら過ごしているのだろうか?

そんな思いを馳せながら、僕は色付く山を眺める。

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: 峠のうどん屋 藤屋(閉店済み)
  • 住所: 群馬県多野郡上野村楢原888
  • 料金: 天ぷらうどん¥600
  • 駐車場: あり
  • 時間: 11:30~売り切れ次第

 

No.146【宮崎県】これぞ南国!ヤシの木の下、青い海を見下ろせる絶景スポット「堀切峠」!

太陽の降り注ぐシーサイドを運転するのが好きだ。

頭上にヤシの木なんて生えていたら、さらにステキだ。

 

あなたが乗っているのが車なのかバイクかは存じ上げないが、あなたもきっとそんなシチュエーションが好きであろう。

そうだと信じて、「堀切峠」を執筆する。

峠という名前ではあるが、海沿いの絶景景勝地なのだ。

 

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うん、結構有名なスポットかもしれない。

しかし、普通に海沿いの国道を走っていては辿り着けない。そして、あらかじめ立地を知っておかないと駐車も困難かもしれない。

そんなスポットだ。

 

 

アプローチには県道を辿れ

 

まぁなんと素敵なことだよ、宮崎は。

僕はそう呟きながら、宮崎県の海沿いを疾走していた。

 

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日南海岸1

これだもんな。

超巨大なワシントニアパームだ。

 

"宮崎観光の父"と言われる「岩切章太郎さん」が「南国っぽくしたいので植えよう」と仰ったのだ。

最高の案だ。ありがとう、宮崎ダディ。

 

このテンション高めの道は、北から表記するなら宮崎駅前くらいから始まり、有名な観光スポット「青島」を通り過ぎて堀切峠や「道の駅 フェニックス」あたりまでミッチリ続く。

 

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日南海岸2

そんな中でのお気に入りが、堀切峠なのだ。

正確に言うと、堀切峠から道の駅フェニックスだ。

 

もう狂おしいほどにこの2箇所が好き。

九州一周ドライブをするなら、ここと本土最南端の「佐多岬」、そして阿蘇山だけは死ぬ気で調整して快晴の日に走れるようにするからね。

おかげで、僕は曇りや雨の堀切峠を知らない。

 

さて、アプローチ方法である。

 

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堀切峠も道の駅フェニックスも、なかなかエグい立地にある。

海沿いの国道をただただ走っていては、快適にトンネルを通過してしまい、堀切峠にも道の駅フェニックスにも、一生到達できないのだ。

途中で県道377号に意図的に入る必要がある。

 

これね、以前は堀切峠も道の駅フェニックスも国道220号だったのだ。

しかし2008年に上図のトンネル(堀切峠トンネル)が開通したことで、海沿いの道は県道に格下げになったのだ。

 

ちなみに直後にこの区間をボンヤリ走っていた僕は、「あれ?堀切峠も道の駅もない!?」とパニックになった。

従い、ここまで日本6周しているが、1周分だけこの海沿いを走れていないのだ。残念無念。

 

あとね、駐車場に入る際にも注意が必要だ。

 

 

北から来るならこのタイミングだな。

ここで左ウインカーを出さないと、駐車場に入れない。

このポイントもカーブの直後に出てくるから、判断は一瞬だ。

 

ちなみに一番奥に小さく見えているのが堀切峠だ。

知っていれば「はい、見えてきたね」で済むが、ここに絶景スポットがあることを知らないと悲劇だ。

「あ、いい景色だな」と思うポイントに着いたときには、もう駐車場に入れない。

 

逆に反対車線の南側から来ると、黄色い中央線を乗り越えて反対側の駐車場に入ることとなる。

ちょっとだけ面倒だ。

 

そんな時空のポケットのような堀切峠

 

 

南国のポケットパーク:堀切峠

魅惑のカーブ

 

では、お見せしよう。堀切峠を。

あんまり以前の画像まで並べてしまっては写真の枚数が多くなりすぎてしまうので、日本4周目から6周目のものをミックスさせてご紹介としたい。

 

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堀切峠1

まずは駐車場からだ。

 

駐車場から峠のハイライトまでは少々距離がある。

しかしズームを工夫して撮影すれば、愛車とヤシの木(フェニックスの木)がうまく一緒にフレームに入る。

「南国に来ました」とインスタグラムに書くと効果的かもしれない、素敵なアングルだ。

 

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堀切峠2

東海岸なので、午前中は逆光だ。

まぁこれはこれでアリだろう。あたたかい光あふれる峠だ。

 

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堀切峠3

そしてこれが、峠のハイライトから駐車場を振り返って撮影したものだ。

 

なんでこんな写真を撮ったのか、覚えていない。

HUMMER_H3が駐車場で1台、寂しそうにポツンとしている。

HUMMER_H3もフェニックスと一緒に映りたかっただろうけど、そんな写真はない。すまぬ。

 

では、峠に近づいてみよう。

 

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堀切峠4

このバス停・ワインディングロード・フェニックスの三重奏が、僕的にはたまらない。

この峠の魅力の全てがここに詰まっている。

 

あ、そして今さらのご説明であるが、堀切峠は一般的な人が想像するような山間部のグネグネした峠ではない。

北側からだと、とてもゆるやかなカーブが2・3現れた先のこのカーブが峠なのだ。

ここから南側はほぼストレート。

運転していてとても快適だ。

 

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堀切峠5

コーナーを曲がっていくバイクがカッコいい。

ビギナーは「あ!景色がいい!でも駐車場がない!」って顔をしながら過ぎ去っていくのですぐわかる。

 

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堀切峠6

ときどき観光用の三輪自動車トゥクトゥクも走る。

主にタイとかでタクシーとして使われている車だ。これが走っているだけで、南国レベルが30くらい一気に上がるな。

 

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堀切峠7

これは1月の半ば、1年の中でもトップクラスに寒い時期の写真。

しかしどうだろう。このフェニックスの木と海が見えているだけで、なんとなく温かく感じることができる。

よく見ると芝生は茶色で冬パワーに完全に屈しているんだけど、それでも堀切峠は南国テイストを失わないのだ。

 

 

フェニックスの下で

 

峠からは日南海岸の海が一望できる。たまらん。

 

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堀切峠8

この絵に描いたような南国テイスト。

宮崎県の絶景スポットと言えば、僕はここを思い浮かべてしまう。

小さな公園ではあるが、一枚絵として最強だ。100点だ。

 

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堀切峠9

もはや説明する言葉もいらない。

 

写真を見ていただければ、視覚的な部分は全てがわかるだろう。

これに加えて潮騒・風の音、そしてときおり峠を通過する車やバイクのエンジン音。

それら全部、旅のワクワク度がアップする要素だ。たまらん。

 

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堀切峠10

南国の日光は強烈だ。

「景色はいいけど、さすがに眩しいな。日焼けしちゃうな。」ってあなたは思うかもしれない。

安心されよ。

 

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堀切峠11

天然のパラソルが日差しを遮ってくれる。

まぁ天然というか植樹ではあるが。とりあえず宮崎観光の父、岩切章太郎さんにもう一度ありがとうを言いたい。

 

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堀切峠12

直近の日本6周目では、僕はこのフェニックスの木陰で読書した。

 

最高だった。5分くらいは。

ちょっとそれ以上は暑すぎた。どんでもない猛暑日だったので、デリケートな僕はすぐにヘロヘロになったのだ。

てゆーかそもそも、愛車の日産パオもクーラーあまり効かないからな。どんどんスタミナ奪われる。

 

 

ロンギヌスの槍

 

堀切峠に行ったことある人、以下のオーパーツに気付かれただろうか?

 

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堀切峠12

ほらほら見て、写真右端の海面を…。

気になる?もっとズームしてみる??

 

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堀切峠13

ポッキーだろうか?お箸だろうか?

海の中に2本の棒が刺さっているのだ。僕は毎回これを見るのも楽しみにしている。

 

ちなみにこれは通称ロンギヌスの槍と呼ばれている。

中二か。

ヱヴァンゲリヲンか。

 

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堀切峠14

 

…で、これの正体なのだが、難破船だ。

 

 

あれは2010年10月のこと。

中国の無人の浚渫(しゅんせつ)船がここで座礁したのだ。

浚渫船っていうのは、海底の泥とかを救い上げる作業をする船。

5910tもあるそうだ。デカい。

 

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堀切峠15

山口県からタグボートに牽引されつつ中国に向かっていたら、日向灘タグボートと繋いでいたロープがブッツリ切断。

無人の浚渫船はフラフラと8時間漂流し、そしてここで沈んだのだ。

 

おいおい、困った事件ですな。

そして船体は徐々に沈み、トップマストにあたる2本の棒だけが水面上に残ったのだ。

 

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堀切峠16

賠償金だとか引き上げだとか、数年はドタバタもめていたそうだが、近年はあまりその話を聞かない。

難破船、今後どうするのだろう…。

 

幸いにして見えているのは2本の棒だけであり、気付かない人は気付かない。

景観にはあまり影響していない。

しかし、海の資源としても国際問題としても、そのままにしておくのはよろしくないのだろうな、きっと。

 

夜にも珍しいロンギヌスの槍、僕は今後も情報を追いかけよう。

 

 

道の駅フェニックス

トロピカルな道の駅

 

堀切峠からほんの1㎞弱南に行くと、それはそれはテンションの上がる道の駅がある。

道の駅フェニックスだ。

 

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フェニックス1

道の駅フェニックスにはいろいろグルメ的な名物もあるらしいが、残念ながら僕はそれらを味わったことは無い。

あくまで景勝地として立ち寄ってしまっている。ゴメン。

 

だからあんまりめぼしい情報は無いかもしれないが、せっかくだから道の駅フェニックスもご紹介したい。

 

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フェニックス2

堀切峠から道の駅まで、こんな緩やかな下り坂をスイーっと降りていくだけだ。

この道も最高。

そして一瞬で道の駅フェニックスだ。

 

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フェニックス3

いやぁ、いい雰囲気だねぇ。

濃いピンク色の花はブーゲンビリアだろうか?これも南国テイストバツグンだ。

 

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フェニックス4

この道の駅は、眺めのいい海側ではなく、道路の反対側の山側に造られている。

道の駅になる前、「フェニックスドライブイン」と呼ばれていた時代から、山側にあった。

ちなみに僕、フェニックスドライブインをかつて一度だけ見たことある。

 

しかしドライブイン、普通であれば海側に造るのが好ましいのだが…。

実は、これまた宮崎観光の父である岩切章太郎さんの意向だ。

 

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フェニックス5

「この最高の眺めを一企業が独占してはいけない、みんなの日南海岸だもの!」って仰ったのだ。

 

…確かにね。

飲食店とかの敷地内に展望台があり、お客さん以外の人は敷地に入ることもままならず、ちょっとモヤったことなら僕にもある。

いいか悪いかは置いておいて、気持ちはわかる。なるほど。岩切章太郎さん、またまたありがとう。

 

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フェニックス6

これに伴い、海側はフェニックス並木を植えるのみとなり、山側にドライブインの建物ができた。

 

でも、上の写真の通り山側もすごいステキだけどね。

フェニックスの間に僕の愛車の日産パオがいるのがおわかりだろうか?すっごいかわいよ、パオ。

 

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フェニックス7

HUMMER_H3で訪問したのは真冬だ。

しかしそうは感じさせないこのオーラよ。フェニックスのせいで季節感が狂う。写真を見ていて脳がバグる。

 

では、駐車場に車を置いたら道路の対岸に行ってみようか。

 

 

日南の海と鬼の洗濯板

 

道の駅の、道路を挟んだ反対側。

ぶっちゃけどこに立っても眺めは最高なんだけど、バルコニーみたいになっている展望台がきっと一番メジャー。

 

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フェニックス8

紺碧の海を真下に臨むことができる。

北国の海も沖縄の海もいいし、荒々しい日本海もかっこいい。

 

しかし、この日南海岸の海もそれらとは全く違う魅力がある。

なんだか生命力・活力がすごい。

 

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フェニックス9

南側を眺める。雲1つ無い晴天だ。

冒頭で書いた通り、僕は快晴のときしかここに来たことがないのだ。

 

ここ、曇ったり雨降ったりすることもあるんですか?

そう問いたい。

 

白波が立っている部分をよく見てほしい。あそこが「鬼の洗濯板」だ。

 

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フェニックス10

ズームしてみた。

波に浸食されて線状にギザギザになっているのだ。

 

有名なのはもうちょっと北に行った青島の鬼の洗濯板で、あっちのほうが板の彫りが深い。だけどもこっちも鬼の洗濯板だ。

鬼だって選択する場所が一箇所しかないと不便なのだ。こっちで洗濯することも許容いただきたい。

 

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フェニックス11

干潮のときに撮影するとこうなる。

こんなところで服を選択したらボロボロになるよな。全部ダメージジーンズになっちゃうよな。

少しだけ鬼が不憫だが、彼らはワイルドさがウリなのでそれはそれでいいのかもしれない。

 

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フェニックス12

ベンチに腰かけ、そんな絶景を堪能しようじゃないか。

日南海岸のシーサイドは、全国の海岸を日本6周するほどに走ってきた僕から見ても、充分にTOP5に入る。

大好きなエリアだ。

 

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フェニックス13

宮崎県の"県の木"って3つあるんだけど、そのうちの1つであり最初に決定したのがフェニックス。

 

名前の由来は、もちろんあの不死鳥だ。

寿命も長いし病気や虫の害に強いのが、その名前の由来である。

 

宮崎観光への想いの詰まったこの並木、あなたも走り抜けてほしい。

これから冬だけど、それでも最高だ。

 

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フェニックス14

そして、僕もまた行くから。

何度でも走るから。

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

 

No.145【長崎県】まだ道は"橋で"繋がっているぜ!!本土最西端よりさらに西の世界へ!!

日本の本土。

そこを西の果てまで愛車と共に走って行こうと思ったら、僕らは一体どこまで行けるのであろうか?

 

…うむ、かすかに「長崎県神崎鼻だよー…」という声が聞こえた。

確かにそうだ。

僕は以前に、本土最突端16岬のシリーズの中で、日本本土最西端は「神崎鼻(こうざきばな)」であると書いた。

 

drive-ns.hatenablog.com

 

もちろん、長崎より西には沖縄もあるし、八重山諸島もあるし、最も西には「与那国島」がある。

だけども冒頭に記載の通り、「本土を愛車と共にどこまで西に走れる?」の観点で語りたい。

 

えっ、でも神崎鼻が本土の大地の一番西なら、それ以上は行けないんじゃ…。

いや、違った。

大地が無くても車は走れる。

 

大地の無くても走れる方法。それは

 

橋は繋がるのだ!さらに西の世界へと!

 

 

本土と繋がる西の果ての世界

 

今回の記事は、日本の突端をいろいろご紹介する以下の【特集】の一環として執筆する。

本記事のみならず、どうぞ心行くまで突端を味わってほしい。

 

drive-ns.hatenablog.com

 

さて、上記に引用した記事の中でも特殊な存在。

それが、今回ご紹介したい「宮ノ浦」という漁港だ。

 

その肩書は「橋で結ばれた日本最西端のみなとまち」

読んで字のごとくではあるが、なかなかトリッキーな肩書だな。

 

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しかし見てくれ!

めっちゃ西だ。

 

もう神崎鼻がかわいそうなくらい、西に世界は広がっていたのだ。

結構ノンキしていた僕も、この世界観にはビビった。

日本2周目で神崎鼻のみを踏んで満足していた自分を悔いた。

 

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平戸島へ1

さぁ、僕の目の前に架かるのは「平戸大橋」だ。

深紅の橋、カッコ良すぎるとは思わないか?

この橋が、僕らをさらに西の世界へといざなってくれるのだ。

 

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平戸島へ2

全長665mの橋。

つまりは本土と平戸島との距離は、660mも離れていないのだ。

これはもう、本土とか島とか言っている場合じゃない。行けるところまでいかないとダメだろっていう気分だ。

 

そりゃもう、平戸島もいろいろ巡ったさ。

 

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平戸島へ3

平戸城」とかベタなところももちろん行っているが、例えばこれは快走路で有名な「川内峠」だ。

日本2周目のころから訪問しているが、一度もスッキリと晴れてくれない憎き快走路だ。

まぁ、なんなら曇天でも気持ちいいからいいけど。

 

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平戸島へ4

「平戸ザビエル記念教会」だ。これも何度か訪問したな。

 

ディズニーランドっぽいと表現したら失礼だろう。むしろ本家はこっち側だから。

しかしこの点に聳えるデザイン、なんとも言えないグリーンの色遣いは秀逸だ。

 

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平戸島へ5

そんな僕に対し、キリストも両手を広げて「ウェルカーム!」だ。

…いや、でも目が笑ってねー!

なんなら顔も笑ってねー!

怖い。

 

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生月島へ1

生月島(いきつきしま)」にだって、車に乗ったまま行けてしまう。

僕のかつての愛車の背後に架かる、めっちゃカッコいいトラス橋が、平戸島生月島を結ぶ「生月大橋」だ。

 

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生月島へ2

橋のある景色。橋の袂の漁港から撮影した。

これらすべて、神崎鼻で満足していたら見れなかった景色だ。

橋、ありがたすぎる。

 

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生月島へ3

この島には、デカい観音様がいる。

島を1人で制圧できちゃうくらいに大きな観音様だ。

 

その名前は「生月大魚籃観音」。

僕も間近でその姿を拝見したが、あえて今回は民家の裏からヒョッコリな画像をご紹介する。ファーストコンタクトの衝撃をあなたにも共有したいから。

 

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生月島へ4

ダイナミックな柱状節理。「塩俵の断崖」だ。

駐車場からポカポカの朝の陽気の中、緑の丘の中の遊歩道を歩いてここまでやってきた。

最高だった。日本じゃないみたいだ。

 

長崎西部をドライブする人、ツーリングする人、ぜひ生月島までもう一足伸ばしてほしいって心から思う。

 

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生月島へ5

だって海、すごい綺麗だからな。

これ、飲めますよね?飲んでいいですよね??

…もう少しで若気の至りが暴走するところであった。

 

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生月島へ6

極めつけはここ、生月島最北端の岬である「大碆鼻(おおばえ)灯台」だ。

カッコ良すぎる。

 

ここ、右側のイーゼルみたいな看板と一緒に撮影するのが恒例だから、あなたも覚えておくと良いです。これ込みでカッコいいのだ。

 

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生月島へ7

振り返れば、塩俵の断崖へと続く荒々しい断崖。

ジュラシックパーク」の世界かな?…ってくらいにワイルド。

小さい島なのに、ポテンシャルは限りなくビッグなのだ。

 

…さて、興奮して語り過ぎた。

いよいよ自走で行ける最西端に向かおうか。

 

 

漁港を目指してひた走れ

 

結論から言う。

橋で結ばれた日本最西端のみなとまちである宮ノ浦の漁港を目指すには、そこそこストイックな精神が必要だ。

 

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宮ノ浦攻略1

「チクショウ、なんだこの土砂降りは!」って叫びながら運転したこともある。

おまけにもう夕方だった。

テンションの上がりようがなかった。

 

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宮ノ浦攻略2

そんな行程を1時間だ。

平戸島のほぼ最北部から南端付近まで走ると、最短ルートもでこのくらいかかる。

天気が良いのであれば最高かもしれないが、土砂降りの夕方では常人なら心が折れているかもしれない。

 

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宮ノ浦攻略3

ワイパーの激しく動く車窓から、特徴的なかたちの山が見えていた。

あれが「志々伎山(しじきさん)だな」、と僕はつぶやいた。

 

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宮ノ浦攻略4

天気がいい日にも攻略したことがある。

窓を開けて運転すると春の風が吹き込み、とても気持ち良かった。

まだ朝早い時間だということも爽やかさを感じられた要因だ。

 

島の中央部を縦断する国道383号には、特段これといった景勝地なども見つけられず、そして景観もそこまで開けず、おまけに車も少ない。

そんな道であったが、走ることがただただ楽しかった。

 

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宮ノ浦攻略5

ちょっとボケてしまったが、ハイライトはこの写真だ。

 

そして、こんなことを言っては平戸島南部の方に怒られるかもしれないが、なかなかに遠い。やっぱ1時間はそこそこの時間だ。往復で2時間だし。

僕は橋で結ばれた日本最西端のみなとまちに立ち寄るためだけに、この距離・この時間を走る。

 

それなりのカクゴが必要だ。

この時間を九州一周コースに充てていれば、今頃僕はもっともっと先まで進んでいる。

そうまでして行きたいのか。自問自答を繰り返すと自信を失う。

願わくば、「酒を飲んだ勢い」みたいなテンションで行ってしまいたい。

 

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宮ノ浦攻略6

グダグダ言っているうちに、なんとか到着した。

この港が宮ノ浦漁港だ。

パッと見、どこにでもあるやや小規模な漁港である。

 

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宮ノ浦攻略7

『がんばろう 車にたよらず 登下校』という標語がある。

学校、きっと遠いのだね…。

試しにGoogleマップストリートビューで見てみたら、結構寂しい道を乗り越えないと学校のある集落まで行けない感じであった。

 

さて、ここでの目的は1つだ。

 

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宮ノ浦攻略8

これな。

橋で結ばれた日本最西端のみなとまちの証明。

この1枚の写真のために、走って来た。

 

他の日本の突端には旅人とか岬好きだとかいろいろいたりするけど、ここには部外者はきっと僕1人。

港で働く人も、「なんだあの人?」的な目線で僕を見ている。

 

でもいいんだ。僕は本望だ。

 

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宮ノ浦攻略9

雨ザーザーのときも、愛車と写真を撮った。

外に出ることも憚れるような状態だったので、本当に一瞬だ。

 

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宮ノ浦攻略10

なかなかに大変であったが、これって相当に贅沢な時間の使い方をしたよな。

人生ってのは、こういう選択も必要だ。

 

そして、突端好きでもなかなか踏めない地を踏んだというステータスを得ることができた。

この事実はもう一生覆せない。それが大事だ。

これを僕は「誇り」と呼ぶ。

 

…とカッコつけたところで、最後にちゃぶ台をひっくり返そう。

 

 

見てくれ。

宮ノ浦から直線距離で1kmほど南西部。

 

「本土と繋がった道の最西端」

 

マジか。

こんなスポット、僕の訪問時には無かったぞ…。

 

ストリートビューでも行きつけない僻地。

どうやら未舗装で擦れ違いもできない過酷すぎる道らしい。

しかし、冒頭で書いた通り「自走で行ける最西端」は宮ノ浦ではなくここであろう。

 

まずは新たな最西端誕生おめでとう。

僕は行ったことがない。

悔しいが、これは大いなる目標だ。逆に嬉しい。そう思おう。

 

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宮ノ浦攻略11

スポットは増減する。

概念は変わる。

時間は流れ、歴史も変わる。

 

そんな変化を見れるのも、日本をグルグル走る醍醐味であろう。

また必ず行くよ、平戸島

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: 橋で結ばれた日本最西端のみなとまち・宮ノ浦
  • 住所: 長崎県平戸市野子町1260
  • 料金: 無料
  • 駐車場: 特にないが、漁港内にスペースあり
  • 時間: 特になし

 

No.144【宮城県】不穏な外観!荒ぶる店内!杜の都、仙台の年季入りまくりの食堂に突撃!

 

あなたは、もし空腹状態で仙台駅に到着したら何を食べる?

 

あ、僕はある程度人の心を読める能力者なのだが、あなたの脳内に牛タンがよぎったのを画面越しに感知した。

確かに牛タンはいい。他で食べるのとは一線を画す。

 

だけどもね、仙台を訪問した記憶をゴリゴリに脳みそに刻みたいのであれば、こんなお店もある。

 

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ここでランチだ。きっと一生忘れられない思い出となろう。

 

さぁ、いらっしゃい「三好食堂」へ!!

…あ、あれ??

立て付けが悪すぎて、ドアが開かないっ…!!

 

 

ボロッボロ食堂、登場!

 

1年近く前の、2020年の冬がやってきたタイミングの話だ。

僕は杜の都・仙台の中心地にいた。

 

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仙台中心地1

東北一の大都市だ。スゲーなって思った。

ここでこれからランチにするのだ。

 

これだけの都市なら食事処も群雄割拠しており、どんな店もが熾烈な争いを勝ち抜いた名だたる名店なのだろう、とか思っている。

 

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仙台中心地2

僕にはお目当てのお店がある。

仙台駅からも普通に歩けるような距離だ。

 

Webで見つけて、「ひとめぼれってこういうことなんだな」って思った。

今からそのお店に行けることに、ワクワクを隠せない。

 

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お店の外観1

はい、着いた。

なかなかアグレッシブなデザインのお店だ。

 

看板(?)も、ドア脇の樹木(?)もワイルドさに磨きがかかっている。

あと、歩道のギリギリ道路寄りのところにポツンと置いてある植木鉢が、心底ナゾである。

 

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お店の外観2

これが、三好食堂だ。

 

よーし、自分の顔がニコニコして来たのを感じる。

こんな僕を見たら母親は「あなたをそんな人間に育てたつもりはない」とか言うかもしれない。

しかし僕はこんな人間だ。老舗食堂、最高だ。

 

ちょっと店内に入る前に、外観を堪能しような。

古民家巡りのTV番組「ふるカフェ系 ハルさんの休日」でも、ハルさんはすぐには店内に入らずに外観を舐めまわすように見学するのだ。

僕だってそうだ。店舗はお店の顔だ。

 

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お店の外観3

 

「めし」

 

 

…ときっと読むのであろう。

「めん」みたいだし、「んめ」みたいでもある。

「し」がこんなに攻めたデザインになるとは。もはや、"辶(しんにょう)"のようだ。シビれる。

 

そしてどういう色落ちをしたら看板こんなになっちゃうの?

「し」からホラーなレベルで何かの色素がしたたり落ちてきている。

 

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お店の外観4

上を見上げたところに設置されている看板。

『定食・丼物・おにぎり・ビール・コーラ』。

人が生きるのに必要な要素の全てが詰まっているな、感謝。

 

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お店の外観5

何か悪しきものを封印するかのように、グルグル巻きになっている植木鉢群。軽くホラーである。

そんな植木鉢トルネードに巻き込まれつつある『営業中です』のプレート。

 

よかった、これが掲示されているということは、確かに営業中のようだ。

ドアからも窓からも店内の様子は全くわからず、ただただ恐怖しか感じないけどな。

 

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お店の外観6

さぁ、では入店しよう。

 

ドアの目の前まで来た。

ちょっと写真ブレた。ビビッちまっているからだ。当然だ。

呼吸を整えろ。

 

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お店の外観7

『A11~P2』・『P6~P9』。

雑な営業時間の貼り紙がナイスだ。

 

ドアに手をかける。手前に引く。

…開かない。

 

閉まっているのではない。奥に押すのでも横に引くのでもない。

単純にドアの立て付けが悪いのだ。

サッシと地面のこすれる「ゴギャギャギャ…!」という不快な音が響く。

 

「引くんだ!」

僕は心の中で自分を鼓舞した。

 

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お店の外観8

よく見るとドア自体も『引く引く』と汚い字で連呼している。

よーし、わかった。ありがとな。

 

…バギャッと音がして、窺い知れなかった冥界が僕の目の前に広がった。

80歳くらいの小さなおばあちゃん2人が不思議そうに僕を見ていた。

いやぁ…、すみません、ちょっとドアを開けるのに戸惑っちゃいまして…。アハ。

 

 

貼り紙ワンダーランド!

 

すげーなー…。

店内を見て僕は唖然とした。

 

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荒ぶる食堂1

4人掛けのテーブルが4つ…?

でもうち1つは雑貨山盛り大事件になっている。山盛りからの、地滑り発生大事件になっている。

つまり、座れぬ。

 

さらに1つは店主のおばあちゃんの知り合いと思われる、もう1人のおばあちゃんが腰掛けている。

僕は残る座席2つのうちの1つに座った。

 

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荒ぶる食堂2

ふむ、なかなかの景観ですな。いい眺めだ。

個性がハジけておられる。

 

これが、ドアに一番近い席に座った僕の全視界だ。最高だろ?

 

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荒ぶる食堂3

ところで、僕が頑張って開けたドアがどうにもうまく閉まらない。

ちょっとだけ隙間が空いてしまう。

木枯らしがコンニチハしそうで心配だ。

 

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荒ぶる食堂4

店主のおばあちゃんにその旨を申告すると、「そのままでいいですよ」とのことだ。

了解した、何事もほどほどで諦めよう。僕の得意分野だ。

 

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荒ぶる食堂5

ドアの横の棚。

情報量が多すぎて溶け込んでしまっているが、さすが飲食店。このコロナ禍においてしっかりとハンドジェルを用意してあった。3つ。

その横に魔法瓶とか、水の入ったコップにラップをかけてあるヤツとか、もう必要性が1ミリもわからないけどな。

 

こんな時間の止まったかのような昭和レトロな店内だが、安心してほしい。

ちゃんとここにも21世紀は来ているし、令和も来ている。

 

その証拠が、上の写真にもあるカレンダーだ。

2つもある。

12月なのか1月なのか、2020年なのか2021年なのかバラバラだが、バラバラになりかけながらもちゃんと時代に追いついている。

 

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荒ぶる食堂6

ふと自分のすぐ左手を見ると、そこにもカレンダーがあった。

カレンダーって、1部屋にそんなにたくさん必要なものなのか?

 

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荒ぶる食堂7

なぁなぁ、やっぱカレンダー多くないか??

数えてみた。9個あった。

どこを向いてもいいけど、現実から目を背けてはいけない。そっか。

 

…あっ、僕はメニューを選ばなければならない。

 

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荒ぶる食堂8

壁のメニューを見る。

おふくろ定食650円が看板メニューかな?

しかしどんな内容かわからない。その手には乗らない。

 

メニュー表、経年変化で色が茶色くなっているのはまぁ当たり前でいいとして。

値段更新の貼り紙が雑だ。

特に右側、芸術的だ。

 

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荒ぶる食堂9

メニュー表、最大で4枚重ねになっている。

歴史のミルフィーユだ。一番下に何が書かれているのか、知りたすぎる。タイムカプセルみたいになっている。

 

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荒ぶる食堂10

もう…、なんだこれ。なんだこのメニュー…。

どういう美的センスがこの配列を生み出したのだろう。

ずっと目が泳いでいる。

 

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荒ぶる食堂11

なんでもある。

春巻きもハムカツもとろろもコロッケもハンバーグもある。

 

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荒ぶる食堂12

魚肉ソーセージもあるし、茶碗蒸しもあるし、ゆで卵もある。

コーヒー100円は安いな。インスタントかな?

クリームカニコロッケカレーの単語の並び順に違和感があり、そして160円なのが少し怪しい。

 

あと、水道トラブル時の連絡先マグネットと綿棒と、コンビニ袋に入ったパンも一緒に掲示してある。

 

ホント、なんでもある。

なんでもありすぎて、逆に本当にオーダーしたら出てくるのか気になる。

 

ただ、僕はそんないじわるな人間ではない。

王道メニューを頼もう。

 

「カツ丼をください」と言った。

これ、ラーメンと並ぶ正解パターンだろう。

 

「ごめんなさい、ないの」と言われた。

…あれ??

 

 

究極うす味、肉玉子丼!

 

僕は肉玉子丼を食べることになった。

カツ丼を否定されて一瞬フリーズしたところ、おばあちゃんがすかさず「肉玉子丼はどう?」ってリカバリ策を提案してくれたのだ。

乗った。

 

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肉玉子丼1

店主のおばあちゃんは、もう1人のおばあちゃんとひたすら登山の話をしていたが、厨房の奥に入り、料理を開始した。

ガラス戸の奥に垣間見える厨房も、なかなかに荒れ狂っているように見える。

 

さぁ、そして来た。

肉玉子丼だ。

 

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肉玉子丼2

見た目は普通だ。

ちょっとお肉が少なめに見えるが、そんな細かいことは気にしない。

そしてタマネギがふんだんに使われている。

 

食べてみると…。

うん、味が薄い。

 

塩味が限りなく少ないのだ。

美味しいとか美味しくないとか、優しい味だとかそうじゃないとか置いておいて、ちょっと食べ進めづらい。

 

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肉玉子丼3

…とはいえ、いきなり塩をかけたら失礼だろうか…?

 

卓上を見ると七味唐辛子がある。これだ。

きっと合うだろう。

 

かけてみようとしたら、中身は空だった。

でも大丈夫だ。木の容器の中もきっと七味だ。

…うん、これも空だった。

 

やむを得ない、塩だ。

…しかし中がペタついていて出て来なかった。

 

醤油だ。

これ正解。ちょっとだけかけたら美味しくなった。

 

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肉玉子丼4

お味噌汁のこの具は、仙台麩だろうか…?

仙台の名物のお麩。あんまり食べたことないから確信を持てないけど、うまい。

 

料理を出し終えた店主のおばあちゃんは、またもう1人のおばあちゃんとの会話を再開する。

東北の厳しい冬がやってきたというのに、「年末はどこの山に登りに行く?」的な感じで元気ハツラツだ。まさかの雪山登山?とてもすごい。

 

僕にも気さくに「どこから来たの?」と声を掛けてくれた。

「あら、遠いわねー」と言われた。

 

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肉玉子丼5

僕は、「渋い食堂が好きなので思わずこのお店に入ったんですけど、どのくらい前からやっているんですか?」と聞いてみた。

 

おばあちゃん自身は昭和42年からここで働いているそうだ。

つまり1967年だ。50年以上も前だ。

だけども、いつからのお店かは知らないらしい。

 

なるほど、少なくとも創業50年。50年前から働くおばあちゃんが創業年を知らないということは、最低60年は経っているのではなかろうか?

とんでもない歴史だ。

 

おばあちゃんは「300万あったら店を立て替えたいんだけどねー」と笑っていた。

 

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肉玉子丼6

料金は750円だ。

これがテーブルにポンと置かれたとき、「例の紙だ!」って思った。

料金改定の貼り紙をするにあたり、このサイズの紙を大量に所持しているのかもしれない。いや、あるいはその逆かな?

あと、ご飯粒1つついているのが気になった。

 

では、ごちそうさま。

おばあちゃんは「また来てね」と言ってくれた。

 

僕はそれに応えるように、元気に「バキャキャキャ…!!」と入り口のドアを開け、木枯らし吹く仙台の町に出ていった。

 

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仙台中心地3

ありがとう、三好食堂。

 

 

また会えると願って…

 

少し時間が流れた。半年流れた。

2021年の初夏だ。

 

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仙台中心地4

杜の都仙台。

うん、この季節の仙台の並木道って、本当に綺麗だよな…。

再び仙台を訪れた僕は、しみじみとそう考える。

 

そして、あの食堂のすぐ近くに愛車の日産パオを停めたのだ。

「また来てね」と言ってくれたおばあちゃん。

会いに来たよ。また食べに来たよ。

 

たぶんだけど、僕がここを訪れるのは今回が最後だ。

この機会に再訪したかったのだ。

 

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再訪の日1

うん、ちゃんとある。

ほとんど何も変わっていない。

300万円、貯まっていないらしい。

 

夏だからか、店頭の木々がさらに元気になっているように感じられる。

あと、車道ギリギリに置いてあるのが2本のペットボトルに変更されている。

さて、お腹すいたな。入ろうか。

 

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再訪の日2

営業していなかった…。

 

なんてこった。

嫌な想像をしてしまう。

 

今日は週末。しかも昼どき。

前回は週末の昼のピークを外した時間だったのに、営業していた。

なのに今回この時間に営業していないということは、もしや廃業…??

コロナ禍であることや、おばあちゃんの年齢を考えれば、なんでもありえる。

 

残念だ。

ほとんどWebにも出て来ないお店なので、真相を知りようがない。

とりあえず僕は近くでランチにした。ラーメン二郎で食べた。

 

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再訪の日3

そう、あの二郎だ。日本最北の二郎だ。

もちろん死ぬほど満腹になった。久々に吐くかと思った。

 

そしてフラフラになりながら駐車場に戻る。

その直前、すぐ横にあるあの三好食堂をチラリと見る。

 

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再訪の日4

 

営業しているのかーい!!

 

 

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再訪の日4

ドア、フルオープンだった。

ちゃんと『営業中』って札が掲示されていあった。

 

まさかこんな昼過ぎに営業開始するとはね…。

前回見た店頭掲示の営業時間と全然違うじゃないか…。

 

入りたい気持ちはあるが、よりによって二郎の直後だ。もう米粒1つとして入らない。

あなたは「例の100円コーヒーでも飲めばいいじゃないか」と言うだろう。

うん、今執筆している僕もそう思う。

 

ただね、そのときはそこまで頭が回らなかったのだ。

ラーメン二郎っていうのは、そういう食べ物だ。人をダメにする食べ物。

とにかく早く、車の中で休みたいと思った。

 

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再訪の日5

結果として1度きりの訪問。

しかし、その1度がインパクトあるなら、それでいいのかもしれない。

 

おばあちゃんは今も、仙台のあのゴッチャゴチャの店内で陽気に料理をしているのだろう。

僕は遠い地でそう信じつつ、またやってくる冬を迎え入れるよ。

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: 三好食堂
  • 住所: 宮城県仙台市青葉区大町2-5-14
  • 料金: 肉玉子丼¥750他
  • 駐車場: なし。近所のコインパーキング使用のこと
  • 時間: よくわからない…

 

No.143【東京都】谷中の下町の一角を巡る!老舗「みかどパン」終焉と古民家カフェの朝食!

山手線の駅で言えば、上野・鶯谷・日暮里・西日暮里。

 

そこいらから徒歩でアプローチできるのが、「谷中(やなか)」というエリアだ。

昭和テイストを醸し出す商店街の食べ歩きなどが名物で、TVのバラエティー番組などでもちょこちょこ出てくる。

 

今回はそんな谷中の中心スポットからは少し外れるが、2軒のお店をご紹介したい。

「みかどパン」と「カヤバ珈琲」だ。

 

ちなみに前者のみかどパンは、2021年10月下旬現在はすでに閉店してしまっている。

当日突然の閉店宣言。

それを知り、数日後にお店の外観だけでも目に焼き付けておきたいと慌てて駆け付けたのが、今回の谷中訪問の経緯だったのだ。

 

 

「みかどパン」

僕が谷中を訪れるワケ

 

僕がみかどパンの閉店を知ったのは、2021年10月11日のことであった。

相互フォローの方からのTwitterの情報で知った。

既に事後のことであった。

 

 

正面の超巨大な木の下に佇む小さな建物が、みかどパンだ。

 

ぶっちゃけ、僕はみかどパンに行ったことがない。

知識も少ないし、思い入れもそんなにはない。

 

しかし、存在は知っていたし下町谷中のシンボルの1つであるとも思っていた。

あまりTVを見ない僕が、偶然「アド街ック天国」の谷中の回をチラリと見たのはまだ1ヶ月も経っていない9月18日のことだ。

その中でもみかどパンは取り上げられていた。

 

そんな店が突然の閉店宣言をしたのは、僕の知る1日前の10月10日のことだった。

 

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みかどパン1

行こう。

 

お店は既に営業していないが、まだ建物はある。

店主のおばあちゃんが閉店する旨を記載した貼り紙だって、きっとまだ店頭に貼ってあるハズだ。

パンは買えないが、最後のメッセージを受け取り、そして谷中のシンボルだった店舗を見る資格くらい、僕にでもあるのではなかろうか。

 

…というわけで、閉店数日後の谷中にやってきた。

 

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みかどパン2

店舗はかなり奥まった路地にあるので、付近のコインパーキングに愛車を停めて歩く。

天候は曇り、ときどき雨がパラつくような寂しい天気だ。

しかし幸か不幸か、暑くも寒くもない快適な気温。

明日は土砂降りでメチャクチャ冷え込むそうなので、今日を選んだのだ。

 

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みかどパン3

ドロボウはここより先は侵入禁止である。

「じゃあここまでは良かったのですね?」と、まるでドロボウとの共存が実現している地区のように感じてしまった僕の心は汚れている。

しかし、なんとも言えない下町テイストを感じる看板だ。ステキだ。

 

さて、店舗までもう少しだ。

上の写真には、実はもう冒頭で引用した写真にもある超巨大樹が写っている。

あまりに変わり果てた姿であるが、写っている。

 

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みかどパン4

到着だ。

僕が勝手に信じ込む、"定番の構図"からみかどパンを撮影してみた。

 

天高く聳えるのが、例の巨大樹である「ヒマラヤ杉」だ。

そしてその下の建物がみかどパン。

 

 

最期のメッセージ

 

…というわけで、これが数日前に閉店したみかどパンの10月中旬現在の姿である。

 

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みかどパン5

経緯を知らないと、冒頭で引用した写真のトトロの木のように茂ったヒマラヤ杉とのギャップにビックリするだろう。

 

実はこのヒマラヤ杉、2019年の台風で枝が折れ、みかどパンを直撃してしまったのだ。

このままでは危険ということで、バッサリと枝葉を切られてしまったらしい。

 

確かに安全が第一だ。

しかし、願わくばモジャモジャだったヒマラヤ杉を一目でいいので見てみたかった。

 

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みかどパン6

三叉路のちょうど分岐点にある、みかどパン。

そのすぐ横のヒマラヤ杉。

 

ヒマラヤ杉は、ウワサによるともともとは鉢植えだったらしい。

それがどんどん成長し、このような姿になったのだとか。

樹齢は100年だそうだ。

100年でここまで成長するのは、すごいな。そして景観重要樹木にも登録されている。

 

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みかどパン7

そして、レトロな店舗。

レトロ風に仕上げたわけでもなく、レトロな建物をリノベーションしたけでもない。

長年使い込んだからこそ醸し出せる、圧巻の容姿である。

 

どんなパンがどのように陳列されていて、どういう営業をしていたのか。

残念ながらそれを僕が説明することはできない。知らないから。

 

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みかどパン8

僕は店舗を見上げて想像する。

 

ここの店主さんは、87歳のおばあちゃんだったらしい。

創業は昭和2年(1927年)で、甘味処としてのスタートであった。

付近には「川端康成」などの文化人もちらほら住んでいて、そしてさらに周辺一帯はお寺なので参拝客も多い。

下町なので住んでいる人も多いし、住民同士の交流も多かったろう。

 

そんな人たちが甘味処として、そして少し時代が流れてからはパン屋さんとして、ここに通ったことだろう。

 

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みかどパン9

扉には、ヒマラヤケーキサンドのチラシが貼ってあった。

きっとヒマラヤ杉をモチーフにしたものだろう。

近年はパンはあまり売らず、ラスクやクッキーが中心であったと聞いている。

 

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みかどパン10

店頭には1枚の貼り紙がある。

うん、実はこれを見たかったのだ。まだ貼られていて良かった。

 

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みかどパン11

10月10日付けのメッセージだ。

この貼り紙により、Web上をみかどパン閉店のニュースが駆け巡ったらしい。

 

高齢のため、と書いてある。

87歳まで頑張ってきたのだから、本当にご苦労様・ありがとうとしか言いようがない。

…しかし、閉店の理由はそれだけなのだろうか?

 

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みかどパン12

Web上の情報であり真偽はどこまでなのか不明だが、近年はみかどパンに対し、立ち退きの話が進んでいたらしい。

ここを更地にし、マンションなど再開発の計画もあるそうなのだ。

 

…そうなると、開店・閉店レベルの問題ではない。

どうやらWeb上の情報によると、おばあちゃんは10月10日に既にここを去ってしまったそうだ。

 

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みかどパン13

このままだと、建物も取り壊されることとなるのだろう。

みかどパンのために存在し、みかどパンとして存在していた建物。

主がいなくなってしまっては、取り壊すしかないであろうことはこの外観を見れば想像がつく。

 

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みかどパン14

僕にとっては最初で最後のみかどパン。

記録と記憶に焼き付けよう。

 

お店の周囲を回っていると、やってきた人が貼り紙の存在に気付き、「えーっ!閉店だって!!」とショックを受けていた。

誰にとっても突然の事件。

 

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みかどパン15

更地になったら、このヒマラヤ杉もなくなるのだろうか?

どうみても厄介な場所に生えている木だ。今後が気がかりだ。

 

町は、姿を変えるのものだ。

時代も流れるものだ。

 

どんな店にもどんな家にもどんな路地にも、きっと思い出は詰まっている。

しかし、いつかサヨナラすることも必要なのだと思う。

 

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みかどパン16

この光景を、一目でも見れて良かった。

サヨナラみかどパン。

 

 

「カヤバ珈琲」

古民家は人気だ

 

さて、なんか湿っぽい感じにはしたくはないので、もう一店舗ご紹介する。

みかどパンから徒歩5分ほどの場所にあるカヤバ珈琲だ。

 

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カヤバ珈琲1

ここはとんでもない人気だ。

食べログではコメント400件近くあり、写真掲載は2000点を超えるほどだ。

 

結論、週末はとても混む。

ランチ時などは数10分~1時間以上と聞いている。

しかも今はコロナ禍だから並ぶこともできず、待ち時間は近くを徘徊するようなイメージだと聞いている。

 

とりあえず、朝の8:00開店だというので8:30ごろに到着した。

この時間であればいけるだろう、と。

 

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カヤバ珈琲2

建物を見上げる。圧巻の木造だ。

歴史はガチで古い。

 

1916年(大正6年)に建てられた町家だ。

1938年に「榧場(かやば)さん」が喫茶店を始め、70年間ご家族で経営するも、2006年に閉店。

しかしその3年後の2009年、有志により改装された新店舗として復活を遂げたのだ。

 

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カヤバ珈琲3

この谷中の町の歴史を100年以上見守って来た建物だ。

この建物ができた頃には、さっきのヒマラヤ杉ですら誕生していなかったのだ。すごすぎるぜ、カヤバ珈琲。

 

こんな建物の中でご飯を食べれるなんて、初恋かってくらいのトキメキだ。

すこぶる曇天だが、きらめいて見える。

 

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カヤバ珈琲4

中に入ってみると、1階はこじゃれた空間であった。

カウンターがあり、そしてちょっとレトロ調のテーブル席が16席分ほどあったと思う。

しかし、朝8時台なのにもうすべてのテーブル席が埋まっていた。

 

「しまった、この時間でも遅すぎたのか!?」って思ったら、2階を案内された。

そっか、2階もあるのか、よかった。

 

こうして店内に足を踏み入れる。

 

 

座敷席とサンドイッチ

 

2階へは、階段下で靴を脱いでから上がる形式であった。

階段はとんでもなく急だ。昔の日本家屋の名残で、転げ落ちそうな傾斜であった。

 

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カヤバ珈琲5

そして2階席だ。

座敷席で、全部で5卓。とても広々とした空間が広がっていた。

あ、ここ素敵。

 

この時点で、先客は窓際の1組のみであった。

しかし、僕の直後にぱたぱたとお客さんが続き、10分後には満席になった。

行くのであれば、9:00までが良いのだろう。

 

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カヤバ珈琲6

さて、ここで朝ごはんを食べる。

たまごサンドが名物だそうだから、それは食べようと思っている。

他にはどのようなものがあるだろうか?

 

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カヤバ珈琲7

モーニングメニューは8:00~11:00。

名物たまごサンドは1000円だ。

 

それと、クロックムッシュが気になる。

『きのこと玉ねぎの旨みととろけたチーズ、ハム。』と、微妙にボキャブラリーが心配になる文章構成なのも、また良い。

お値段1400円でなかなかだが、チャレンジする価値がある。

 

さらにコーヒーだ。

僕は1日3杯ほどのコーヒーがないと生きていけない。

 

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カヤバ珈琲8

まずはコーヒー来た。

ま、「先に欲しい。すぐにでも欲しい。なぜならコーヒー好きだからだ。」的なニュアンスでオーダーしたからなのだが。

左の木の器には、冷えたおしぼりがムギュッと詰まっていた。

 

コーヒーは酸味が強めで爽やか。

すっきりしないこの朝の天気を彩ってくれるような味わいであった。

 

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カヤバ珈琲9

たまごサンドも比較的すぐに来た。

ライ麦のようないい色のパンだ。どうやら最近パンの種類を変えたらしい。食べログなどを見ると白いパンであることが多いだろう。

 

しっかりもっちりとした食感のパンに、たまご焼きのようなたまごが挟んである。このタイプは関西で多く見られるんだっけかね。

たまごはふんわり柔らか。マヨネーズが効いていて食欲も進む。

 

添えられているのは、野菜がゴロゴロしているサラダと、グレープフルーツジュースだ。

メニューはワンプレートであり、ジュースかスープがくっついてくるのだ。

 

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カヤバ珈琲10

クロックムッシュも登場。

メニューが出てくるまでの時間、結構早くてラッキーだった。

僕の後に来た人はそれなりに待っていた。

 

表面は焼いてあり、かなり固め。

中にはハムとチーズとキノコだ。なんというナイスなコラボレーション。うますぎる。

 

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カヤバ珈琲11

1時間以上ゆっくりと過ごした。

2階はやばい。このまま住めるくらいの居心地の良さだ。

 

そして、サンドイッチは思った以上にボリューミーで満腹だ。

これはヤバいのだ。谷中ぎんざでの食べ歩きに大いに支障をきたす。

 

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カヤバ珈琲12

そして床の間も素敵だ。

お客さんがいるのでなかなか内部の撮影はできなかったが、窓際の席も素敵であった。

 

退店したのは10:00頃。

新規で入ろうとしている人が「もう予約でいっぱいで…」と店頭で断られていた。

その30分後、そしてさらに昼過ぎくらいにもこの店の前を通ったが、同様に店内に入れずに絶望している人を見かけた。

 

早めに来て正解であったな。つくづくそう思った。

 

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カヤバ珈琲13

…残る店、消える店。

 

東京下町にはいろんな店がある。

しかし、決して残った店が勝ち組というわけでなく、消えた店が負け組ではないのだろう。

 

ゆっくりと流れる時代の渦の中で、店も僕らも生きている。

入れたのもご縁、閉店に間に合わなかったのもまたご縁だ。

 

さて、今日はこのあとどのようなご縁が待っているだろうか?

まだ1日は始まったばかりだ。

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: カヤバ珈琲
  • 住所: 東京都台東区谷中6-1-29
  • 料金: たまごサンド¥1000他
  • 駐車場: なし。付近のコインパーキング使用のこと
  • 時間: 8:00~17:00(土日祝は18:00まで)

 

No.142【山形県】悪路の先の大秘境の「姥湯温泉」!!山々に囲まれた最高の露天風呂へ!

壮大な山々と紅葉に囲まれた渓谷で、露天風呂に浸かる。

 

…いいね!

自然との一体化だね!

 

日本人に生まれ、それを至上と感じる感性があって嬉しいが、もちろんこの喜びは日本人だけに留まらず、世界中の人たちと分かち合いたい。

 

山形県には「姥湯(うばゆ)温泉」という秘湯がある。

なかなかクレイジーなレベルの山間部の一軒宿だ。

 

それでね、僕はこの温泉に昔から興味があった。

遡ると、2009年にも姥湯温泉にいずれ行きたいとか、言っている。

 

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まだアホ丸出しでスタミナ全開で、温泉なんてほとんど興味なかった時代の僕が気に留めただけでも、すごい温泉だ。

 

そんな僕の願望がかなったのは、2020年の11月初旬だ。

そのときのことを執筆したい。

 

道路も温泉も紅葉もすごいから、刮目せよ!

 

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深山に誘われ

 

あなたもきっと、凍えているに違いない。

10月半ばまで変に暖かく、半袖でのほほんと過ごしていた僕らが厳しい木枯らしに晒されたのは、ほんの1週間ほど前の話だ。

 

いきなり気温が急落し、牙を剥きやがった。

夏の次の季節は冬なのだ、これよく覚えておいてほしい。

 

11月上旬になると、東北の山間部の温泉宿はもう冬季休業に入ったりする。

1年の半分は冬なのだ。

 

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秘境温泉へ1

1年前の僕は焦った。

なぜなら、姥湯温泉の冬季休業まであと2日と迫っていたからだ。

 

近年のブームである、「気温急降下」を待ってから山間部の秘境温泉に行きたいなーとノンビリ企画していては、間に合わない。

だから1年前の僕は焦った。

2021年のあなたはまだ間に合うかもしれない。でも急いだほうがいい。

 

僕は1人、東北をひた走る。

 

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秘境温泉へ2

国道13号、西栗子トンネルだ。

完成時には国内で3番目に長かったトンネル。

 

入口がスノーシェッドのように囲われており、その背後に管理棟のような重厚なビルが建つという、珍しい造りだ。

 

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秘境温泉へ3

そんな国道から脇道に反れる。

姥湯温泉まで15kmと書かれている。

 

この先はもう全部山。最終的にまたここまで戻って来なければいけない。

たかが15km。されど15㎞。

この先の険しさは、この写真の中でほのかに感じ取れる。

 

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秘境温泉へ4

廃墟があるから。

この時点で廃墟があるってことは、この先はヤバいぞってことだ。

 

僕も以前、「姥湯温泉に行くための最大の難関は、そこまでの狭路だよな」って思っていた。

YouTube姥湯温泉までの道のりの動画とかを眺めていた時代もあった。

そして「愛車のHUMMER_H3では危険だな」って諦めたこともあった。

 

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秘境温泉へ5

結論から言おう。

 

日頃から車を運転し慣れている人、擦れ違い困難な路地も入っていける人は大丈夫。いざというとき多少バック走行できるのであれば大丈夫。

未舗装部分は無いし、急坂はあるものの僕の日産パオでも突破できたので、パワーは無くても大丈夫。

 

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秘境温泉へ6

こういった工程を楽しいドライブの一環として捉えられるか、地獄として捉えるか。

それによって、あなたが姥湯温泉に行けるかどうかの分岐となるであろう。

 

ま、そりゃ多少肩は凝る。

しかし凝ってもいい。これから温泉でほぐすのだから。

 

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秘境温泉へ7

道はクネクネ。

ガードレールが無い部分も多いが、この色付いた林の中を走れるのは最高だ。

今しか味わえないドライブなのだ。

 

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秘境温泉へ8

何かの名残を横目に見ながら、さらに山深くへと入っていく。

 

食事処とかお店とか、基本はない。

基本はね…。

さて、唯一の例外が登場したぞ。

 

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秘境温泉へ9

さぁ、この分岐を見てほしい。

  • ⇐ 姥湯温泉 8㎞
  • ⇐ 滑川温泉 4㎞
  • 峠駅 0.5km ⇒

 

右に行けば、秘境駅ファン狂喜乱舞の「峠駅」だ。

この駅前には食事処がある。

2021年度の秘境駅ランキング第14位というとんでもない駅で、駅周辺に人家は2軒しかないが、食事処がある。

 

drive-ns.hatenablog.com

 

訪問時の記事が上記だ。

きっと楽しんでいただけると思うので、この記事を読み終えたらのぞいてみてほしい。

きっと話が繋がる。

 

 

狭路を越えて

 

国道を反れて7㎞だ。

まだあと8㎞もあるので、半分にも満たない。

むしろ山間部に行くほどに道は狭くクネクネになるので、時間的にもまだ中盤戦が始まったばかりと言えよう。

 

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秘境温泉へ10

いろんな分水嶺を見てきたが、トップクラスにハンドメイド感のある分水嶺の碑が出てきた。

こんなところで、太平洋と日本海を隔てているのだ。

 

ちょっとここでは車を停めてみたさ。

この付近だけ、少し路肩があって駐車可能だったのだ。

 

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秘境温泉へ11

光り輝く狭路。

対向車が来ないことを祈りつつ、突き抜けよう。

 

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秘境温泉へ12

そして、ここでこれだ。

 

この先、道路幅員狭いため対向車に注意

 

まるで今までは道路幅が充分で、対向車に注意しなくても走れたような言い方をしてくれる。

こっちはそれなりの修羅場をくぐってきたつもりだったのに。

 

…まぁでも事実だ。

ここまで来れた人であれば残りの区間も乗り越えられるとは思うが、道はさらに狭くなり、そしてアップダウンも顕著となる。

 

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秘境温泉へ13

姥湯温泉まであと3kmだ。

そして、看板には『ここより宿の玄関まで15分位です』と書いてある。

 

これ、何も意図せずに僕が訪問したら本当に15分ピッタリであった。

途中で川の流れのあまりの綺麗さに足を停めたりして2・3分は余計に消費したが、それはきっとあなたも同じことになるだそう。そういうのも含めて15分だ。

 

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秘境温泉へ14

さぁ、いよいよ温泉への道のりもクライマックスだ。

あまりの山間部のために晴れたり曇ったりと天気が急変するが、基本的には晴れだ。

 

紅葉、最高過ぎる。

こんないい季節なのに、姥湯温泉はあと2日で冬季休業なのだ。

信じられない。もうちょっと営業してほしい。

 

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秘境温泉へ15

 

最大・最後のアトラクションがやってきた。

 

 

ファンには有名な、スイッチバックの激坂ヘアピンカーブだ。

よ!待ってました!!

 

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秘境温泉へ16

車のスイッチバックを指示する標識。

すごくレアだ。

 

ちょっとわかりづらいかもしれないが、要するに僕らは「①→④」と行きたい。

だけどもあまりの急カーブのために曲がり切れないから、途中で「②→③」の行程を挟むのだ。

 

しかも激坂の途中で。

これポイントだ。

 

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秘境温泉へ17

こんな感じのカーブだ。

斜度22%の標識がある。

これは、東京23区で最も急勾配な「のぞき坂」と同じ角度だ。

まぁこっちはさらにヘアピン・スイッチバック付きだが。

 

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秘境温泉へ18

上から見るとこんな感じになる。奈落に転げ落ちそうだ。

 

そんな坂だが、昭和のスペックのエンジンである僕の車でも登れたので、あなたの車でもきっと大丈夫だ。

例え軽自動車であってもなんとかなる。

 

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秘境温泉へ19

お待たせ!

ついに見えたぞ姥湯温泉!!

 

山の中に小屋があるのが見えるだろうか?

あそこだ。あんなところに宿を作るなんて、人間ってすごい。

 

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秘境温泉へ20

さぁ、この写真をよく覚えておいてほしい。

これからのメインのストーリーは、この写真に納まる中で展開される。

 

さすがに露天風呂までは映ってはいないが、上の小屋から左側に1・2分歩いたあたりだと思っていただきたい。

もうちょっとだ!がんばれ!温かいお風呂があなたを待っているぞ!!

 

 

辿り着いた秘湯

 

車道の終点、そこが駐車場になっている。

愛車のパオはここでお留守番だ。

 

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姥湯1

ザッと見てほしい。

駐車している車には軽自動車もいるし、スポーティーなタイプもいる。

大体どんな車でもここまで来れる性能はあるのだ。あとはドライバーの頑張りだ。

 

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姥湯2

ラッキーなことに、愛車のパオは駐車場の一番奥に停められた。

つまり、温泉までの距離が一番短い。

 

写真の奥に写っているのが、「桝形屋」という姥湯温泉で唯一の施設だ。

姥湯温泉といえば、この施設を指す。

 

僕、以前はロクに調べもせずに「姥湯温泉までは車道は無く、最後は山道を歩いて行かないといけない」って思っていた。

まぁこれは間違いではない。

しかし、写真の通り歩くのは最後のわずかな区間だ。実際に計ったら立ち止まって写真を撮りつつ5分であった。

よっぽど足腰が悪くなければ問題の無い距離であった。

 

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姥湯3

さて、お風呂道具を持って歩こう。

 

最初に出てくるのはこの吊橋だ。

下は川だ。姥湯温泉の源泉が流れて川になっている。そこを渡るための橋だ。

 

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姥湯4

すぐ横には、荷物運搬用の小型ロープウェイがある。

桝形屋に荷物を運ぶ際、駐車場からスムーズに届けられるようにするための設備なのだろう。

こういうのは好きだ。動いているところを見てみたい。

 

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姥湯5

吊橋からの眺めだ。

渓谷に沿って流れる川。そして、桝形屋の施設。

向かって下にあるのは、管理施設か何かであろう。僕ら一般人には関係の無いものだ。

 

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姥湯6

川沿いの遊歩道を歩きながら、川面をのぞいて見る。

すっごい綺麗な青色だ。北海道にある「白金の青い池」みたいだ。

これが温泉成分なのであろう。心ときめく。

 

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姥湯7

源泉かけ流し。むしろダダ漏れ

なんという贅沢な温泉であり、贅沢なロケーションだ。

苦労した者だけが辿り着ける極楽の世界が待っている。

 

この温泉、発見されたのは1533年なのだそうだ。

メッチャ古い。今から600年も前の話だ。

 

桝形屋のWebサイトによれば、鉱山師だった人が鉱脈を求めて調査中にこの温泉を発見したそうだ。

ちょうどそのとき温泉に入っていた山姥(やまんば)が、鉱山師に「そんな仕事辞めちまいな。そんで温泉の管理をやりな。」と、なんか無責任な提案をしたそうだ。

 

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姥湯8

そこから始まり、今のオーナーが17代目なのだそうだ。

 

600年も、この山深く雪深く、1年のうちの半分しか到達ができないような過酷な環境の中の温泉を守ってきたのだなぁ。

感謝しかない。

 

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姥湯9

桝形屋の入口まで辿り着いた。

ガラス戸からチラリと見える内部はなかなかに迫力のあるレトロな景観であったが、それらは宿泊客のみ間近で見られるビジョンだ。

 

立ち寄り湯のみである僕は、内部に入ることなく写真右手の受付窓から係員さんとやりとりをする。

料金600円をお支払い。

 

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姥湯10

そして、建物に沿って川沿いの遊歩道をさらに奥へと行く。

写真中央の奥の方に小屋が見える。あれがメインとなる混浴露天風呂の脱衣室だ。

 

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姥湯11

まだ露天風呂に辿り着いていない時点で語ってしまうが、僕は露天風呂内で写真撮影はしていない。他のお客さんもいるので、マナー的なことから。

だから、せめてこれらの写真から、温泉から見えたであろう絶景を感じ取ってほしい。

あの奥の小屋のさらに向こうにある温泉に、これから浸かるのだ。

もう、その先は三方位全てが白い岩盤剥き出しの険しい山だ。そして、頭上にはどこまでに青い空が広がるのだ。

 

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姥湯12

逆光なのでちょっと写真映えはしないが、実際は最高の快晴であった。

標高は1300mあるそうだ。

11月上旬の山形県の標高1300m地点だ。結構寒い。そんな中での温泉だから、ありがたみもひとしおなのだ。

 

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姥湯13

露天風呂は全部で3種類ある。

桝形屋から近い順に、まずは女性専用の「瑠璃の湯」。

それから、小さめの混浴の「薬師の湯」。僕はこれはいったんスルーだ。最初からメインディッシュを楽しみたい。

 

一番奥が、ダイナミックな温浴露天の「山姥の湯」。

いろんなメディアに登場するのが、ここだ。

ちなみに混浴露天の脱衣小屋は簡素。カゴなどの最低限の荷物置き用の設備しかないと思っていただきたい。

 

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姥湯14

前述の通りここから先の写真は無い。

しかし、桝形屋のWebや、あるいは普通にWeb検索すれば誰しも調べられると思う。

 

山の中にポッカリ開けた谷間。

巨大な岩がゴロゴロ転がる窪地に、青い温泉が湧いている。

まるで日本庭園のようでもあるし、周囲の風景からもっともっと力強い印象も受ける。

 

お湯の温度はそんなに熱くはないが、周囲の気候が寒いので入った瞬間に幸せが訪れる。

後からやってきたツーリングライダーさんも「うひゃーー!!」って歓声を上げ、そしてお湯に溶けていった。

 

何もやることは無く、風の音と鳥のさえずりしか聞こえない。

ただただお湯に浸かるだけであったが、最高だった。

 

ちなみにこのあと薬師の湯にも入った。

泉質の違いなどはよくわからない。やっぱ最奥の露天風呂が至上だと感じた。

 

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姥湯15

温泉の知識がほぼ無い上、ボキャブラリーが無くって申し訳ない。

 

しかしこれは、行った人でないとわからないであろう。

だからこそ、実際に行く価値があるのであろう。

 

ポカポカに整った僕は、さっきの分岐の逆方向である秘境駅の峠駅へと向かう。

少し日が傾いてきた。

秋の1日は短いのだ。冬が来る前にいろいろ楽しもう。

 

…あと2日で冬季休業となる姥湯温泉

実はまさにこの2日後、初雪で真っ白になるのだ。

 

過酷な環境下で最高のお湯を600年守って来た姥湯。

これからも、多くの人に感動を与えてほしい。

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

 

No.141【佐賀県】日本本土の最北西端「波戸岬」!斜めの突端は朝日も夕日も見れる!お得!

日本の本土の最北西端。

つまりは九州本土の最北西端。

それはどこかと言えば、佐賀県の「波戸(はど)岬」と言われている。

 

最北端でもなければ、最西端でもない。

斜めである最北西端だ。

斜めの突端は少々珍しい。

 

いや、斜めの突端も僕やあなたが日本地図を広げて、「たぶんここだな」みたいにピンを立てることは容易だ。

しかし、「ここが斜めの突端です」と公表している場所は国内でもかなり少ない。

 

そんな貴重な岬、波戸岬について語りたい。

 

 

それは禁断の果実

 

今回の記事は、日本の突端をいろいろご紹介する以下の【特集】の一環として執筆する。

本記事のみならず、どうぞ心行くまで突端を味わってほしい。

 

drive-ns.hatenablog.com

 

さて、そんな中でも今回特筆したいのは、冒頭から連呼している通り、日本の本土の最北西端の波戸岬だ。

いったいどこにあるのか、まずは以下の地図でイメージしてほしい。

 

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よし、ゴメン、わかりづらかったな。

岬があるのは佐賀県だ。もう少し佐賀県にフォーカスしてみたい。

 

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ここだ。ここが日本本土の最北西端だ。

斜めの概念には正解がなく、定義がとても難しいと聞く。

 

僕であっても、仮に「九州の一番左上を指さして」と言われて何も考えなければ、「平戸島」に繋がるあたりを示すであろう。

波戸岬はある位置は、すごく北とも言い切れず、すごく西とも言い切れない。じゃあ斜めに突き出しているのかと言えば、そうでもない。

 

乱暴な言い方をすれば、「言ったもの勝ち」の世界なのかもしれない。

 

drive-ns.hatenablog.com

 

例えば、ちょっと前に上記の通り本土最北東端の「知床岬」の記事を書いた。

知床岬は北東に鋭く突き出しているので、かなり理解を得られやすい岬だ。

しかし波戸岬は…。

 

…おっと、これ以上余計なことを言うと、僕は闇組織に命を狙われることになりそうだから、このくらいにしておこう。

 

僕はこういう地理的なことを真剣に考えるつもりは無いのだ。

最北西端と名乗りたいなら名乗ればいい。オシャレな碑でも作ればいい。

僕はそれを喜んでホイホイ見に行くから。

 

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そして事実、2021年現在で4回だか5回だか忘れたけど、それなりの回数ここまで見に行っているから。

それも、ここが最北西端を名乗っているからこそ足しげく通った、といっても過言ではないだろう。

 

ただ、いずれにしても"斜め"とは迂闊に手が出せない、だけどもうまく活用すれば観光資源にもなる、禁断の果実なのだ。

だからこそ面白い。奥が深い。

 

 

斜め物件のメリット

 

斜めの岬のいいところ。

それは、(大概)朝日も夕日も見えるということだ。

 

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イメージは上記の通りだ。

まぁそりゃ、最北端と最南端も東西どちらにも開けている。

 

しかし、斜めメンバー4個所は、もれなく全員が東西に展望が効くのだ。

斜めって素晴らしいのだ。

話は反れるが、家だってピッタリ南向きで立てるよりも45度くらい斜めの方が、1日の中で四辺全部に日が当たっていい感じなのだ。知らんけど。

 

そして続けて悲しい情報なんだけど、僕はそのメリットに踊らされすぎて、日の出時間と日没時間しか波戸岬に行ったことがない。

 

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早朝の岬1

だから、あんまり広がりのある記事を書けない。

この岬には日本海側で唯一の海中展望塔もあるのですが、「へぇー、そうですか」としか言えない。

 

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早朝の岬2

サザエのつぼ焼きのお店も並んでいるのだが、何度行っても営業しているシーンを見たことすらない。

 

だからいざ執筆しようって思った段階で「しまった!」と思った。

僕はこの岬のことをあまり知らない。

 

だけれども、これ大事なことなんだけど、個人ブログで重要なのは情報よりもエピソードだ。

情報では、専門Webサイトや観光ガイドに絶対に勝てない。

現地に行ったからこその生々しい体験こそが、個人ブログの生き残る道だと信じている。

 

では、この記事で味わってほしい。

朝方と夕暮れの、曇ったりそうでなかったりしている波戸岬を。

 

 

早朝に東へ歩く

 

前項でも書いたが、サザエのつぼ焼きが名物の岬だ。

駐車場の周囲をグルリとサザエのつぼ焼き小屋が取り囲んでいる。

 

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早朝の岬3

すっごい包囲網だね、これ。

営業時間中に行ったら、もうどこにも逃げられないほどのにおい攻撃なのだろうな。

サザエの他にも牡蠣・アワビ・イカなどもあるようだ。

 

もし夕方の営業時間内に到着したらさ、ここでビール飲んでイカ焼いて食べて、そして夕日見てからそのまま車中泊できちゃうよね。

考えただけでパラダイスで、もう佐賀県住みたい。

 

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早朝の岬4

僕の訪問の際は、いつだって施設類は営業していないので、目指すのは基本的には1点のみ。

本土最北西端を示すモニュメントだ。駐車場からは徒歩で、300mほどある。

途中、左手に砂浜が見えたりする。

 

いきなり天気が不穏になったが、これは別の訪問時に撮影したからだ。

「寒いな。そしてこの天気じゃ朝日は期待できないな。」とボヤきながら歩いた。

 

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早朝の岬5

まだわりと距離があるけど、上の写真の赤囲みした部分。

あれが本土最北西端の碑だ。

 

この写真、右が東であり左が西だ。

実は岬はまだまだ西に突き出ているし、最北西端の碑なのになぜか東に寄せて建てられている。

 

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夕方の岬1

そんなアイデンティティを無視した立地に僕が憤慨するかと思いきや、別にどうでもいい。

 

ちゃんと突端を示す碑があることが大事なのだ。

その碑が真の端っこにあろうとなかろうと、別にかまいやしない。

シンボルっていうのは、「シンボルであること」そのものに意味があるのだ。

 

drive-ns.hatenablog.com

 

逆に、突端なのにそのシンボルが無いと人はどういう反応を示すか。

そんな貴重なデータについて以前書いたこともあるので、興味があったら読んでみてほしい。

 

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早朝の岬6

さぁ、ついたぞ。

これが日本本土最北西端の地の碑だ。

 

 

最北西端(The northwest end.)

 

「The northwest end(ザ・ノースウェスト・エンド)」。

帰国子女の僕であるが、慣れない横文字を並べてしまった。

 

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早朝の岬7

北西突端の地、という意味だ。

それが英語でカッコよく、このモニュメントに刻まれている。

棒の先に円形のプレートがくっついた、バス停の進化系みたいな不思議なデザインのモニュメントである。

 

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夕方の岬2

その背後、海に向かって伸びるのは「玄海海中展望塔」だ。

冒頭でちょっとご紹介した、日本海唯一の海中展望塔なのだ。

 

これについても語りたいが、僕はあそこに入ったことは無い。

むしろ他の海中展望塔にも入ったことがない。

僕は、水面下で何が起こっているのか知る由もない、哀れな人間なのだ。

 

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早朝の岬8

気を取り直して、northwest endの碑の足元部分をご覧いただきたい。

 

うっかりしていると気付かなかったりするだろうが、大きな円形の「N」と「W」がある。

これは「North(北)と「West(西)」の頭文字だ。

北と西が歯車状にガッチリと組み合わさって、北西を示しているのだ。

 

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夕方の岬3

ちょっとだけ意図が分かりにくいが、言われてみればなるほどだろう。

 

せっかくの歯車という映えるモチーフを使っているので、もう少しだけ配置やデザインを工夫すればもっとエモくなるだろうが、これもまた良しと思う。

この写真を0.1秒チラッと見ただけで、僕は確実に「波戸岬だ」と気付けるのだから。

シンボルって、そういうのが大事。

 

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早朝の岬9

 

岬を探索、ハートオブジェもあるよ

 

最後の項目では、ちょっと岬の風景などをご紹介したい。

 

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灯台

まずは灯台だ。岬と言えば灯台であろう。

 

灯台は岬の本当に先端にあり、本土最北西端の碑からもそれなりの距離さらに500mほどを歩かねば到達できない。

すっごい絵になる灯台っていうわけでもないし、そして歩行距離も長いためか、このあたりはあまり人がいなかった思い出がある。

 

じゃあみんなが何を岬に求めているのかと言うと…、

 

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恋人の聖地1

 

恋人の聖地。

 

 

はい、すごいの来た。僕の苦手なヤツ来た。

一人旅でこのフレーズを見るたび、僕のメンタルは少しずつ削られていくのだぞ。

僕は、望まれない存在なのだろうか…、って。

 

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恋人の聖地2

岬の敷地内に、ハート型のオブジェまである。

ここで記念撮影をするカップルもいる。

 

僕はあそこには近づけない。心が蝕まれてしまうから。

かなり遠くからズームを効かせて撮影した。

 

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恋人の聖地3

過去の写真を見返したら、2回撮影していた。

それも、たぶん全く同じ位置からだ。違うのはズーム比率の違いだけだ。

全然意識しないでこの結果はすごい。

 

ただ、ある程度の年数を経ているにも関わらず、僕はあの禍々しいオブジェに接近できる距離が全く縮まっていないことを露呈してしまった。

僕は全く成長していないということだ。悲しみ。

 

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夕方の岬4

ただ、景色は綺麗だ。広大な芝生が広がっている。

霞の空が夕方で赤く染まる光景もよかった。

 

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早朝の岬10

まだまだ暑い9月の九州にて、朝の太陽が高い位置に来るまでボケッと眺めていたのもよかった。

時間が経つにつれ、さらに海は青く色づいていた。

 

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早朝の岬11

次ここを訪問したときには、まずは海中展望塔に入ろうか。

まだまだ僕の知らない魅力が、この岬にはある。

 

旅に出るごとに、「これができなかった、次はこうしたい」・「帰って来てから調べて、〇〇があったことに気付いた、悔しい」などが生じる。

必ずそうなる。誰であっても100点の旅など無いのだ。

だからこそ、また出かけようと思うことができ、それが明日への活力となる。

 

…ま、でもそれをやり過ぎてはいけない。

日本を何周もするという、常軌を逸した事態にもなりかねないから。

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報