週末大冒険

週末大冒険

ちょっと出かけてみないか。忘れかけていた、ワクワクを探しに。

No.112【鹿児島県】廃墟のような建物!!その中で軍歌を聞き不思議なラーメンを食べた!

建物の前で、僕は躊躇する。

 

「これ、ヤベーぞ。マジでヤベー。1人で来るような場所ではない。

しかし、今入らなければきっと一生中には入れない。

逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ…!!」

 

意を決して、僕は建物内に入ろうとする。

 

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うむ、入口はどこかな?

 

*-*-*-*-*-*

 

…さぁ、刮目せよ!

コロナ禍の始まる少し前のある日、僕はとんでもない食堂に足を踏み入れる。

 

ドライブイン薩摩隼人」・「戦史館」・「軍国酒場」…。

いくつかの呼称があるが、ここではドライブイン薩摩隼人と呼ばせてもらいたい。

 

いやしかし、こんなドライブインは一生に一度だぜ、マジ…。

 

 

戦慄の車中泊で見たものは!

 

ちょっと話を遡ろう。

日本5周目のお話である。

 

薩摩半島最南端の「長崎鼻」で夕陽を見て、鹿児島市内のラーメン屋で夕食にした僕。

夜の鹿児島湾を大隅半島方面に走っていた。

 

「そろそろ眠くなってきたな」と思っていたところ、暗がりに店舗のようなものと広めの駐車場があったので、愛車をそこにピットインさせた。

 

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邂逅の記憶1

闇夜に浮かび上がった、そのシルエットに僕は恐怖した。

ボロボロの館…!?


なんかさ、深夜ドライブで車を停めたら太古に戦で滅んだお城で、怪奇現象がいろいろ起きて…っていうベタな怪談を彷彿とさせる。

 

なんなのか気になる。

しかし当然この時間はやっていない。

ちょっと、ここで朝まで仮眠させてもらおう。

 

いい夢を見れますように…。

 

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邂逅の記憶2

そして改めて朝だ。朝の5時台だ。

 

昨夜の建物を見上げた。

改めてクレイジーだ。朝日で浮き彫りになった天守閣のような屋根の部分の骨格が、相当に儚い感じに見えるぞ。

台風来たら全部飛んでいきそうだ。

 

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邂逅の記憶3

ジャンクさが大渋滞している。

雑多な感じがとんでもない。

波照間島の「たましろ」と那須の「戦争博物館」を足して2で割って、それに廃材をパラパラ振りかけた感じだなって思った。

 

文字情報もとても多い。

一番目立つ太字は『戦史館 強ぃ日本軍魂』って書いてある。

小さい「ぃ」が、一昔前のギャルのようだ。

 

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邂逅の記憶4

老兵は死なず ただ消え去るのみ

・燃ゆる思いは大阿蘇か たつすいさをは高千穂や

さつまの軍人さんは西郷さんの志をついておられたから出さなかったそうです。牛小屋のワラの中に隠し持っておられた物です。

大山大将は鹿児島市出身です。西郷さんの部下だったそうです。

・朝日に映ゆる高千穂の 聖き姿を振り仰ぐ 隼人の気魂烈々の 誓いに燃えて空を征く

・海とう天をつくところ 燃えて火を吐く櫻島 花はつぼみの稚児桜

・個人 日本一 戦史館 ヨコミチ

 

さぁさぁさぁ!

朝の5時台なのに胃もたれして来たな!

文字フォントがパワフルすぎて暑苦しいぞ!

 

・百聞が一見にしかず 耳で聞くよりひと目で見た方が良いと思います。

・国のために 戦死なされた人達の遺品が数多く供養されております

・現在の日本の発展は、この戦争で散華された幾多勇士の尊き犠牲に依ってもたらされたものである。この心理は今後幾星霜を経ても決して消滅することなく後世に継承されることを信ずる。 店主

・国のために310万人の兵隊さんの遺品・写真など数多く供養されて居ります

 

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邂逅の記憶5

なんなんだ、気になり過ぎる。

徐々にしっかり建物に日が当たってきているが、なんだこの奇抜すぎるデザインは。

 

凡人には描けないフォルムだ。

すっごい不器用な小学生が夏休みに造った割りばし工作みたいだ。

 

三角屋根をさかさまに乗せたような部分が気になり過ぎる。

 

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邂逅の記憶6

天文館で43年 隼人10線で38年 今だ現役 チスレ行ケ

 

天文館」とは、鹿児島市の繁華街の名前だ。

「隼人10線」は、国道10号線の薩摩隼人という意味だろう。

「今だ現役」は、きっと「未だ現役」ってこと。

最後のフレーズはわからん…。

 

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邂逅の記憶7

接続された建物の前には、「うどんそば」の立て看板。

あとは、元気なフォントで「ハチミシ.黒糖 たい焼」って書いてある。うん、ハチミシ。

 

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邂逅の記憶8

堂々たる「横道店」

あとでわかるのだが、横道というのは店主の名前だ。

 

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邂逅の記憶9

うん、知っている。

まだ会ったことすらない店主に、心の中でツッコミを入れた。

 

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邂逅の記憶10

この建物の名は、戦史館。

(後日、1階部分がドライブイン薩摩隼人だということを知る)

 

ご飯を食べることもできる。

オーナーの名前は「横道さん」。


ひとまずこれだけの情報は掴んだ。

過去も走っているはずなんだけど、気付かなかったな。

夜のことが多かったからかな。

 

愛車に乗り込んで、走行スタートする。

 

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邂逅の記憶11

口直しに、道路を挟んで反対側の「桜島」をどうぞ。

 

帰宅後、Webでこの施設の調べた。

内容は後述するか、「次回鹿児島をドライブをする際には絶対に立ち寄ろう!」と決めた。

 

…これが、僕とこの店との出会いであった。

 

 

突撃せよ、廃墟系ドライブイン! 

 

さて、少しだけ月日が流れた。

日本6周目の僕だ。

 

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ドライブイン薩摩隼人1

今日は朝イチから皮膚科に行くハメになって若干浮かない顔をしているが、天気は最高だ。

桜島がめっちゃカッコいい。シビれる。

 

昼前に、懐かしのドライブイン薩摩隼人にやってきた。

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ドライブイン薩摩隼人2

よしよし、今日は元気に営業しているようだ。

以前の 『強ぃ日本軍魂』の看板がなくなってしまっているが、大丈夫だ。このお店は、まだまだ強いままだ。

 

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ドライブイン薩摩隼人3

しっかし、このジャンクさよ。

「マッドマックス」に登場しても違和感ないぜ、この店。

世界観からして違うのだ。

 

営業中の立て看板があり、シーツのような白いのれんに「ヂャンボ からあげ屋」と書かれているが、不安しか感じない。

見たことないタイプのからあげ屋だ。

 

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ドライブイン薩摩隼人4

奥の方の三角屋根の前には、ハンドメイドではなく既製品の幟が数本立っている。

からあげとかうどんとか書いてある。

既製品を見たことで、ほんのちょっとだけ心臓の鼓動が落ち着く。

 

いやしかし、ここはドライブインの概念をどうみても超越しているだろう。

ドライブ中に「あ、ドライブインだ。ランチしていこう。」とはなりにくいビジュアルだ。

ことさらドライブデートの途中に立ち寄ろうものなら、嫌われるかある意味尊敬されるかのどっちかだ。(僕は後者がいい)

 

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ドライブイン薩摩隼人5

怖いよ。あぁ、怖いさ。

でも行くしかない。

チャンスは今回が最初で最後だと覚悟してきた。

 

入口はここか?

演歌だか軍歌が、中からすんごい音量で聞こえてくる。

 

中を覗くと、すぐ目の前は薄暗いバーカウンターのような場所だった。

帽子を被ったおじいちゃんが1人、座っていた。

オーナーの横道さんだな。御年89歳だそうだ。

 

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ドライブイン薩摩隼人6

「こんにちはーー!」と声をかける。

おじいちゃんは「どうしたー!?」、「戦史館!!?」と聞いて来ているようだ。

しかし、軍歌の音量がすごくて全然聞こえない。

 

僕:「ランチ!」

おじいちゃん:「はぁ!?」

僕:「お昼食べたいんだけど、やってますか!!」

おじいちゃん:「なにー!?」

僕:「お昼食べられますか!!!?ラーメンとか!!!」

 

ようやく通じたようだ。たぶん。

「じゃあこっちへ入りなー!!」

 

台風直後みたいにガッチャガチャに引っくり返った建物内の小道を抜けて、深淵へと誘導される。

 

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ドライブイン薩摩隼人7

なるほど、これだけ温暖でいい気候の鹿児島湾沿いで、この店には窓1つ無いのか、そっか。

アンダーグラウンドな気配が充満している。


おじいちゃんは僕をカウンターに座らせると、その向こうに佇むおばあちゃんに対し、「お客さん!!ラーメン!!」と叫んだ。

 

あ、もう僕ラーメンをオーダーしたことになったのか。

まぁいっか。

このクソ暑い中で、クーラーの無い店内でアツアツのラーメンを食べるのは、悟りを開けちゃうかもしれないけど。

 

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ドライブイン薩摩隼人8

…で、おじいちゃんからのオーダーを受けたおばあちゃんなのだが。

 

微動だにしない。

 

ダメこれ。

歌の音量デカすぎ、かつ店内ゴチャゴチャすぎてさ、おばあちゃんは僕が入ってきたことすら気付いていない。

もう、なんだこれ。

 

おばあちゃんもそれなりのお年なのだから、耳が遠いのかもしれない。

もうちょっと音楽のボリュームを絞るといいのでは?って思ったけど、そのアドバイスすら聞こえないであろう。

 

おじいちゃんは大きく息を吸い込むと、「ルァァーームェーーン!!」と、ヘビーメタルのヴォーカリストのようにシャウトした。

カウンターの向こうのおばあちゃんがピクリと反応した。

通じたのだ。

 

おばあちゃんが僕の方を向き、その口のかたちが「いらっしゃい」と動いた。

音は聞き取れない。今は演歌がうるさい。

 

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ドライブイン薩摩隼人9

さぁさぁおばあちゃん。

作ってくれ、僕のラーメンを。

 

って思ったら、おじいちゃんが「じゃあワシ、奥でラーメン作ってくるわ」と消えていった。

アンタが作るんかい。なんでさっきおばあちゃんにオーダーしたよ。

もう、なんだこれ。

 

 

施設内は軍歌吹きすさぶダウンタウン

 

おじいちゃんが奥でラーメンを作っている間、僕はおばあちゃんとカウンター越しで1on1だ。

 

軍歌のボリュームが大きくてほとんど聞こえないが、たぶん「はいお水」と言われてカウンターにグラスが置かれた。

飲んでみた。常温だった。

 

おばあちゃんが「どこそこから汲んできたいい水で…」と説明しているような気がするが、爆音軍歌の中では固有名詞はほぼ聞き取れず、高度のリスニング能力が必要だ。

いい水でなくっていいけど、冷たい水が欲しい気がする。

今日は朝8時から汗だくになるくらいに暑いのだ。南九州、ヤベェのだ。

 

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ドライブイン薩摩隼人10

カウンターの背面を撮影させてもらった。

つまり、僕の視線の先がこれだ。この写真の中央に、こっちを向いているおばあちゃんが立っていると想像してほしい。

 

情報量が多いな。

たぶんおばあちゃんがいなくなり、ラーメン登場まで1時間がかかっても苦にならない。

そのくらい、得るべき情報の多いカウンターである。

 

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ドライブイン薩摩隼人11

『昔の味で出しています』って、なんだろう。

そばやラーメンに文明開化ってあったっけ?

 

次に、僕が座っている位置から首を右に回してみよう。

 

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ドライブイン薩摩隼人12

伝説のダウンタウン、「九龍城」みたいなことになっている。

各所に貼り付けてある波状のトタン板は、どれだけの歴史を見てきたのだろう。

 

それと、延長コードが空中を横切っているのが壮観だ。

 

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ドライブイン薩摩隼人13

ここの部分とか、もうサーカスみたいで優勝。

 

あと、元気からあげ・大安からあげ・若とりステーキなどの貼り紙がある。

「大安からあげ」はたぶん「おおやす」と読むのだろうが、「たいあん」みたいでおめでたいことになっている。とても良い。

 

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ドライブイン薩摩隼人14

 『昔の味で出しています』

あくまでこの店は、クラシックスタイルにこだわるのだ。

大切なことだからな、2度言ったぞ。

 

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ドライブイン薩摩隼人15

先ほどの写真にも写っているが、カウンターの後ろ側にはとんでもないスペースがある。

 

これは…、「小上がり」と呼んでいいのか?

小さな小さなテーブルが無ければ、ただの荷物台だろう。

しかし、そこにテーブルがあるだけで、僕らはものの見方を変えねばなるまい。

 

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ドライブイン薩摩隼人16

おそらく手作りの木の台の上に、絨毯の切れ端。

そこに小さなテーブルを設置。

これで、幅数10cmのワンダーランドの完成だ。

 

座ろうとすると扇風機やコード類が絶妙にディフェンスしてくるけどな。

座布団もないので、あなたのお尻にとっては過酷な環境だろう。

 

…さて、おばあちゃんとの会話であるが、すっごい難易度が高かった。

とにかく軍歌と演歌のボリュームが大きく、聞こえないのだ。

 

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ドライブイン薩摩隼人17

声が聞こえないからお互いカウンターに乗り出すようにし、大声で会話した。

怒鳴るように声を張り上げていたが、決して怒っているのではない。

こうしないと意思疎通ができないのだ。

 

僕、ラーメンの待ち時間のうち、半分くらいは立ち上がっていたような気がする。

こうして会話した内容は、大体以下の通りだ。

 

おばあちゃん:「あの人は器用でね。なんでも1人で作るの。この建物の上のお城みたいなのも、あの人が作ったのよ。すごいでしょ。」

おばあちゃん:「えー!あなたそんな遠くから九州まで来て、1人で一周しているの!?青春ね!」

おばあちゃん:「以前は鹿児島の中心で軍国酒場をやっていたんだけどね、昨年にお店を畳んで、今はこっちがメインなの」

 

文字に起こすとシンプルだが、一節一節で「え!?なんすか!?」と言い、何となく聞き取れたら「~ってことですか?」と復唱する。

そして、おばあちゃんが「そうだ」とうなずいたら、「へぇー、すごいっすね!」と、アメリカ人のように大げさなジェスチャーをつけて返答する。

大変な労力なのであった。

 

 

摩訶不思議ラーメンと対峙する!

 

20分くらい待っただろうか。

おじいちゃんがラーメン持って登場した。

 

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とんこつラーメン1

  「うまいぞー!これを食べると元気になるぞー!」って、ニコニコしながら言ってた。

 

さてさて、具材の多くがフレッシュだなって思った。サラダだ。

キャベツとネギには火が通っておらず、きっと歯ごたえはシャキシャキだ。

 

ネギは切っているうちに途中で腕力がなくなったのだろうか。

薄い切れ込みが入っただけの、見事な筒状で転がっているケースが散見される。

ワイルドスタイルである。

 

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とんこつラーメン2

目玉焼きと、その下にあるなんか秘伝のタレを絡めたかのような鶏肉はおいしそうだと思った。

 

しかしスープが見えない。

最近では、まぜそばや汁なしラーメンなどが流行っているが、このお店もそれに追従しているのだろうか?

だとしたら、『昔の味で出しています』はどこ行った?

 

まぁごたくはいい。食べるか。

「いただきます」と言うと、おじいちゃんは「おぉ!食べてくれ!」と得意げだ。

 

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とんこつラーメン3

まずは、おじいちゃんがラーメンと共に割り箸を持ってきてくれてよかったなぁ、って思った。

 

なぜなら、カウンターにある箸立てにも箸袋に入った割り箸があったのだが、その箸袋がちょっとベタついて変色していたのだ。

おじいちゃんの持ってきてくれた割り箸の袋は、キチンと綺麗だった。うれしい。

 

最初にスープを飲みたかったが、スープが見えないのでまずは麺を食べた。

フニフニだった。

歯のない老人でも余裕の、優しさがほとばしる煮込み具合だ。

僕は固めが好きな人種なのだが、これは好き好きだろう。正解は無い。

 

次にキャベツを食べた。もちろん生だ。

味付けもないので、鶏肉と一緒に口に入れた。キャベツと肉の触感にギャップがあったものの、味のお裾分けが実現した。

 

スープが姿を現した。レンゲの登場である。

おじいちゃんが持ってきたレンゲは、なんだか黒ずんでいる。

卓上のティッシュで拭くと、レンゲは白く、ティッシュは黒くなった。

問題解決した。

 

ようやくたどり着いたスープ。

ぬるい。

ラーメンを作り終わってから目玉焼きを焼き始めたと推測した。

 

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とんこつラーメン4

カウンターの奥の貼り紙をまじまじと見た。

そして小首をかしげた。

「あつあつ」…。

 

おじいちゃんは、相変わらずニコニコしながら横に座り、「どうだ!うまいか!」と言っている。

いろんな意味で温度差があるなって感じた。

 

あと、おばあちゃんがおじいちゃんに「この人はすごいの。すごい遠方から来て、車中泊で九州一周しているの。」みたいなことを言っている。

もちろん演歌がだいたいかき消してくれて、僕の耳にはニュアンス程度しか届かない。

 

おじいちゃんは「ほう!そうかそうか!そういえば数日前に来た連中も…」みたいに語りだした。

あ、一見さんのお客さんも来るんだ。正直、失礼ながらそう思った。

 

おじいちゃんは「若いころにいろんな世界を見て回るといい」と言っていた。

これはすごく同感です。ありがとう。

 

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とんこつラーメン5

一度席を外したおじちゃんが戻ってきて、「これを飲んでいきなさい」と、キンキンに冷えた缶コーヒーをくれた。

とてもありがたい。

 

ラーメンの後半戦、僕はコショウをかけたいタイプの人間である。

しかし、卓上のコショウケースは湿気でペッタペタになっていて、1ミリたりとも出てこなかった。

 

まぁしょうがない。おじいちゃん、おばあちゃんとの会話がスパイスだ。

味に集中する必要がなくなるし。

 

ごちそうさま。

ひとまず完食できた。一生忘れられないラーメンだったよ。

 

 

あのお店の、2021年現在は…!

 

何度目だろう。

いつまでも鳴り響くコール音にため息をつき、僕はまたスマホを切った。

 

僕は2021年2月以降、何度もこのドライブイン薩摩隼人に電話をしている。

しかし誰も出てくれないのだ。

 

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いただいた写真1

3月26日、僕はTwitterを用いてフォロワーの方々に現地情報のご提供を依頼した。

数時間後、現地にて写真を撮ってくれた方がいる。

この度、許可をいただきその写真をここに掲載する。

 

天守閣のようなオブジェが無い。

あれほどあった看板もない。

 

閉店してしまったのだろうか…。

 

2020年、コロナ禍の中でも「コロナ割り」などの名目で、さらに値引きをして営業していたことを知っている。

2020年秋、どうやらシンボルの天守閣部分が崩壊したのか取り壊したのか、なくなったそうだ。

 

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いただいた写真2

かなり痛々しい写真である。

なぜか1つ残った立て看板、『いつまでもあると思うな親と金 ないと思うな地震津波、台風』。

これが皮肉に思えてしまう。

 

看板が撤去されたのは、2020年の年末から2021年の年明けごろなのだそうだ。

そのころから、この店が営業しているのを見た者はいない…。

 

せめて僕は、このお店がどうなったのかをしっかり確認したいのだが。

横道さんは、2021年現在は91歳だろうか?

人知れず、引退してしまったのだろうか?

 

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いただいた写真3

まだ建物内に軽自動車が停まっている。

ナンバープレートがあるということは、登録上は生きているということだ。

リニューアルをし、このお店にまた横道さんが現れることに、一縷の望みを託したい。

 

また、これをお読みのあなたがもし、このお店の情報を得たのであれば、僕に教えてもらえるとありがたい。

 

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*

 

ねぇ、横道さん。

今だから話すよ。

 

 あのラーメンはね、

「食べると元気になる」のではない。
「元気な人しか食べられない」って言うんだと思うよ。

ネギ、すごく辛くて涙が出そうだったよ。

 

僕が味わったのを「ラーメン」だとするなら、評価は限りなく低いよ。

 

しかしね、僕は味だけを求めているのではない。

店の雰囲気、店員さんの人柄、そこであったエピソード。全部ひっくるめた思い出を求めているのだ。

 

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「そんなボロボロのお店に入って、マズかったらどうするのさ」

人からそういう言われることも多い。

 

仮にマズかったとしよう。

それでも、個性的なお店に滞在したことや、店員さんとのやりとりに価値を見出せればいいじゃないか。

食事はエンターテイメントなのだ。

 

だからさ、もし僕がこの店で味わったのが「旅情」だとするなら、限りなく評価は高いものだと感じてる。

 

だから、ありがとう、横道さん。

 

*-*-*-*-*-*-*-*-*-* 

 

…時間軸を少し戻そう。

 

「あの!!このラーメン食べ終わったら!!戦史館も見学したんですけど、いいですかーーー!!!」

軍歌に負けないように、僕は叫んだ。

 

「おぉいいぞ。案内しよう。」と、おじいちゃんが答える。

 

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あなた、もしやラーメンの話だけでお腹いっぱいになったりなんて、していないよな?

 

ここからがメインだぞ。

横道さんが個人で収集し、作り上げた戦争博物館「戦史館」に行くのだ。

 

まぁでも、僕も鬼ではない。

少しだけインターバルを置こうな。

続編、乞うご期待。

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

 

No:111【北海道】丘に巨大な「牛」の文字!!北海道のスケールは君の想像を凌駕するぞ!

道東の草原地帯を走るのだ。

ただただ、緑色の大地を見ながら走るのだ。

 

するとあなたは間違いなく驚く。

前方の丘に描かれた、とんでもなく巨大な「牛」の文字に…。

 

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※この写真は合成ではありません

以上で、ぶっちゃけ書きたいことは全部終わってしまった。

これが全てなのだ。

 

あとは正直な話、蛇足になってしまうかもしれない。

しかし、せっかくなのでもう少しだけ語らせてほしい。

「牛文字」こと「モアン山」のことを。

 

 

ビーフインパク

 

一時期は、「松屋」の牛丼が主食であった。

国際線の機内で「ビーフ or チキン?」と聞かれたら、ノータイムで「ビーフ!」と回答しようとイメージしているが、未だにそのチャンスが回ってこない。

 

ようするに、牛が好きだ。

みなまで言わせるな。

 

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養老牛へ

2006年の秋のことであった。

僕はライダーの「katsu君」と共に道東の草原を疾走していた。

 

katsu君とは、昨日の弟子屈町の旅人宿で知り合ったのだ。

意気投合し、本日は一緒に裏摩周の「神の子池」を観光する予定だ。

 

先にkatsu君が軽快にバイクを走らせ、その後ろをヘビー級の日産サファリで僕が追走していた。

そのときふと、異次元な光景が目に飛び込んできたのだ。

 

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牛文字1

 

牛。

 

 

これが、僕と牛文字との出会いだ。

北海道の某所では「ディープ・インパクト」というレジェンド級サラブレッドが誕生しているが、これはビーフインパクトだと思った。

「katsu君、牛!牛!!」

…って思ったが、残念ながら教習所では「前方を走るライダーに対し、丘の斜面を注目させる方法」ってのを教えてはくれない。

 

心の中で「牛!牛!!」って叫びながら、神の子池まで走ったさ。

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牛文字2

「あぁ、確かに牛の文字がありましたねぇ。」

 

神の子池でバイクを停めたkatsu君がそう言った。

いや、落ち着き払っているんじゃねーよって思った。牛だぞ牛!って思った。

 

しかし、あの丘は見間違いではなかった。

ぶっちゃけ本当に夢でも見たのかと思ったが、現実であった。

 

そして心に決めた。

いつかまた牛文字の写真を撮ろうと。

まだ北海道をロクに知らない時代の、淡い野望であった。

 

※前述の写真は2006年当時のものではなく、後年再現するために撮影したものである。

 

 

牛文字の誕生

 

さて、ここまでがプロローグだ。

白昼夢のようなあの巨大な牛の文字は、いったいなんだったのだろう。

 

あの山、名前を「モアン山」という。

標高365.7mの、牧草に覆われたツルリとした山だ。

 

そして、あの牛の文字は「牛文字」・「牛の文字」などと呼ばれている。

縦100m横60mもある、超ビッグサイズ、それこそ北海道スケールの文字である。

 

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牛文字3

見てくれ、この木とのスケールの対比を。

「ワオ、クレイジーだぜ」とアメリカ人みたいに呟いてしまう。誰だってそうなる。

 

この牛文字は、2005年に爆誕したのだそうだ。

僕が最初に見つけて「アワワワ…!」ってなった1年前だ。

 

作成した理由は諸説ある。

以前聞いた中で有力だったのは、「牛乳をアピールするために『牛乳』と書こうとしたが、『牛』を大きく書きすぎて『乳』を書くのを諦めた」みたいなものだ。

なるほどおもしろいが、北海道の人はそんなに無計画じゃなかろうに。

 

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牛文字4

どうやら真相は、地元の農協とかの団体が作成したものだそうだ。

地域起こしのために、インパクトのある文字を丘に彫ろうと。

 

『牛』の意味は、「乳」・「肉」、そしてこの地域の地名である「養老」など、複数のものを連想させる。

見る人によって、そういった自由な発想をしてもらうことが狙いだらしい。

 

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牛文字5

こうして日本一大きな牛文字が誕生し、ときどき草を刈ってしっかり文字が残るように管理されているのだ。

 

ホント、とにかく大きい。

上の写真を見てほしい。車がゴミのようだ。

大文字焼きならぬ牛文字焼きをやったら、すんごいスケールになるぞ、これ。

 

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牛文字6

こうして、ツーリングマップルにも掲載され、多くのライダーも訪れるスポットとなった。

 

ちなみに、 牧草を育てている夏前後のシーズンは一般人は入れないので、もし山を登ろうとお考えなのであれば、冬から春までだ。

 

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牛文字7

2006年度版のツーリングマップルの同じエリアである。

2005年の実走データを基に作成されているのだが、タイミング的にまだ牛文字が掲載されていない、貴重なものだ。

 

だからこそ、情報ゼロの状態であの「牛」を見た僕が面食らったわけなのだ。

 

 

牛文字と愛車

 

牛文字は、少なくとも2021年現在は観光地ではない。

観光客用の駐車場などもない。

 

短い時間であれば、向かって南東の道道150号に車を停めて、冒頭に掲載したような写真を撮ることも可能だ。

 

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牛文字8

あとは、付近に張り巡らされている防雪柵の隙間、かつ駐車できそうな路肩スペースがあるところをうまく探すのが良いだろうか。

 

上の写真は、2006年のリベンジとして再度北海道を訪れたときのものだ。

若干霧が出ていてパッとしない天気であったが、牛のインパクトは何ものにも勝る。

 

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牛文字9

同じ車だが、これはまた別の訪問時のものだ。

ちょうどお盆で、かつ晴れていてカッコイイ写真が撮れた。

 

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牛文字10

牛文字もメンテナンス直後であったのか、剃り跡が新しいぜ。

どうやら人力で丁寧に刈っているらしい。頭が下がる。

 

何度も訪問しているが、こんなにきれいな「牛」だったのは、この回だけだ。

ほれぼれするような、美しい「牛」だ。

 

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牛文字11

これは日本4周目のときの写真である。

 

秋色に染まる牛文字もまた、美しい。

もうすっかり牛文字の虜であった。「牛」を見上げて、旅情を感じていた。

 

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牛文字12

日本5周目では天気が悪く、近くまで行ったもののスルーしてしまった。

だが、日本6周目で再び戻ってきた。

 

相変わらずご健在な「牛」に、僕はご満悦であった。

 

 

道東の草原を放浪する者よ

 

僕は道東の草原が大好きだ。

もうサポート期間が終了してしまったが、WindowsXPの、あのデスクトップ背景の草原みたいな景色が好きだ。

 

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900草原

道東にも有名な草原を眺めるスポットがいくつもある。

しかし、名前の無い草原の中をただただ走っているのが最高なのだ。

 

涼しい風を感じながら愛車を走らせ。

「なんかいいな」と思う景色があったら車を停め。

そばに共感できる旅人がいたら、挨拶をして情報交換をするのだ。

 

牛文字もそんなエリアにあり、そんなスポットの1つだ。

 

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牛文字11

草原を巡り、丘を巡りながらも、モアン山の牛文字に足を運んでほしい。

そうすればあなたもきっと、巨大な牛文字が書かれた理由を理解できると思うのだ。

 

そうだな…。僕も道東を1文字で表すとしたら、「草」か「牛」だ。

山に書くことを考えたら、シンプルに「牛」が良いと思うのだ。

 

ありがとう、道東。

ありがとう、牛たち。

そしてありがとう、日本の一次産業を支えてくれる人たち。

 

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再会

余談だが、冒頭のkatsu君とはこの旅の中で偶然に1回会い、さらに終盤に待ち合わせして3回目の邂逅をした。

 

その後も道内で会ったり道外で会ったりしている。

ライダー王国北海道。

その中でも、多くの冒険者が集う道東。 

 

コロナが収まったら、ぜひまた行きたいのだ。

あなたも、機会があれば行ってみてほしい。 

そしたらさ、牛文字の前で待ち合わせしよう。 

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: モアン山の牛文字
  • 住所:  北海道標津郡中標津町養老牛
  • 料金: 無料
  • 駐車場: なし
  • 時間: 特になし

 

No.110【徳島県】地球が生み出した山としては日本一低い!標高6mの「弁天山」を誇れ!!

山には2種類がある。

 

1つは、人間が土とかを盛って作った山だ。

もう1つは、絶えず地殻変動を繰り返す地球の歴史が生み出した自然の山だ。

 

どちらも山であり、ホンモノとかニセモノというのはない。

然るべき条件さえ満たせば、「国土地理院」に正式に山として認定されるのだから。

 

だが、我々の心象風景の中にあるのは、自然の山の方なのではないだろうか。

自然の山は、心の故郷だ。

 

さてさて、今回はそんな中でも極小の自然の山を探す物語である。

名前を「弁天山」という。

 

 

容姿端麗

 

持論だが、登山とは「人間VS自然」との闘いであり、ぶつかり合いだと思っている。

 

人間にとっては、自然は驚異だ。

そんな山を自分の足で克服することで、満足感を得たり、改めて畏敬の念を抱いたりするんだと思っている。

 

そういう意味で、山に登るなら自然の山を選びたい。

でも、僕は根性無しなので低めの自然の山を選びたい。

 

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ところで、これが僕が今まで訪問した「日本一低い山」だ。

 

日本一低い山とは、様々な定義から複数存在している。

何がホンモノで何がウソだ、とかではなく、いろいろあって全部正しいと僕は思っている。

 

詳しくは、僕の書いた以下の【特集】をご参照いただきたい。

 

drive-ns.hatenablog.com

 

僕は、この山を5回か6回ほど訪問している。

それだけ好きなのだ。

 

場所は徳島市の中心から少し南に行った田園地帯にある。

ちょっと道がわかりづらく、カーナビの無い車で行くときには不安で周囲をキョロキョロしながら進んでいく。

 

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弁天山へ

唐突に夕暮れで申し訳ない。

これから登山する人が撮影する時間帯の写真としては似つかわしくないが、こんな中を不安になりながら進んだこともある。

確か、「早くしないと暗くなるー!その前に山を見つけて登らねば!」って焦っていた。

 

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美しき弁天山1

そして、弁天山に到着だ。

 

僕はいろんな日本一低い山を見てきた。

一目見て笑ってしまうような山もあった。

 

しかしこの山は違う。

「美しい…!」って思った。

 

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美しき弁天山2

それはなぜか。

僕の心の中で無意識に定義づけられている山の条件を軒並み満たしていたからだろう。

 

1つ目は、周囲に対してこんもりしている。

前述の通り、周囲は入らな田園地帯だ。低いとはいえ、モリッとしていてインパクトがある。

 

2つ目は、緑に覆われている。

まぁ岩でも土でもいいのだが、緑が一番好きだ。

ちなみにコンクリートなどの人工物で覆われてしまうと、ありがたみが減るように感じる。

 

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美しき弁天山3

3つ目は、神聖である。

それは登山口に鳥居があることで一目瞭然だ。人々から敬い慕われているのだ。

万物に八百万の神が宿ると考える我々日本人にとって、山も神なのだ。鳥居、グッジョブなのだ。

 

小さくても山だ。そう強く感じた。

山をギューッと圧縮して、いらないところを全部省略して、"山らしさ"だけを残した山。

 

例えると、日本庭園における池だとか、テラリウムだとか、そんな感じだ。

アイデンティティの濃縮だ。

小さな小さなコーヒーカップに注がれたエスプレッソのような感覚だ。

 

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美しき弁天山4

夕暮れ時の弁天山も、また美しい。

シルエットが際立ち、そして鳥居の上にある街灯は、神が降臨しているかのように感じてしまった。

 

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美しき弁天山5

晩秋に訪問した際には、コスモスと一緒に撮影してみた。

弁天山が、よりチャーミングに映った。

 

似たような写真ばかりで恐縮だが、大体全部別々の訪問だ。

毎回テンションMAXで同じような構図の写真を撮ってしまうのだが、弁天山に敬意を表してズラズラと並べて掲載してみた。好き。

 

 

爆速登山

 

登山だ。来たからには登る。

ただ、その前に少しだけ周囲を観察しよう。

 

登山をする前には、地図を見てルートを考えたり、麓から登山路や山頂を見える範囲で確認したり、現地の看板や注意書きを読むのがいい。

低い山とてそれは同じだ。

 

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クライマー1

まずは登山口に向かって右手の麓。

『日本一低い山 弁天山』の看板がある。
 

続けて、『国土地理院認定 標高六・一メートル』の文字。

詳細は次の項目で補足したいが、とりあえず事実として標高は6.1mなのだ。

 

ちなみに哺乳類で一番体高があるのはキリンだが、大型のものはおよそ6mある。

キリンサイズの山だ。

 

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クライマー2

ちなみに山のこっち側は断崖だった。

岩山が見上げるように聳えている。

6mでこの貫禄はなかなかだ。ナメてはいけない。
 

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クライマー3

少し引いて撮影しよう。

 

改めて見ると、登山に必要な情報が全部入っている。

実はこの山、未だかつて遭難者が出たことがないらしいが、それも納得の「見える化」をバッチリ推進している。
 

じゃ、いいか?登るぞ。

 

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クライマー4

最初はスロープだ。

登山路はちゃんと舗装されているし、滑り止めもあるのでスロープでも安心だ。

手すりまであって、ありがたい。

 

奥の方に見えているが、5合目くらいからは階段だ。

そして暗がりで見えにくいが、この先登山路は大きく右にカーブする。

 

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クライマー5

そいて右に曲がれば、山頂の社と記帳所がもう目の前だ。

おめでとう。あなたは今、山頂に立っている。

 

ダッシュで登山した際の登頂時間は5.6秒であった。

練習すればもっとタイムを縮められると思うが、まぁこんなもんだろう。

自然を相手に無理をし過ぎてはいけない。

 

あと、かなり時間の遅い登山で周囲は暗がりだったが、安全に山頂に立てた。

最後まで舗装されていたし、道も一本で迷いようがなかった。

初心者向けの山だと感じだ。

 

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クライマー6

一度下山し、もう一度登ったが、疲れはほとんど感じなかった。

だが、喜びは2回分になった。お得だ。

 

この喜びを、何かに残したい。

どっかにしたためたい。

 

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クライマー7

記帳所がすぐ隣にある。

 

僻地の岬や個性的なお店にある"思い出ノート"みたいのとは違い、あくまでここは神社だから記帳所なのだね。

ちょっと緊張しつつ、木の扉を開けてみた。

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クライマー8

いい感じに古びた空間がそこにあった。

 

缶のボックスに入っているのは、「弁天山登頂記念記帳」と書かれたノート。

細い紐で製本しており、とても味わい深い。

 

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クライマー9

縦書きだった。みんな達筆だ。

僕の字が一番ヘタクソだったが、まぁいい。大事なのは気持ちなのだから。

 

木々が生い茂ってあまり展望はよろしくない山頂であった。

しかし、僕はその茂みの中で、確かな満足感を噛みしめた。

 

 

低山誕生

 

弁天山はどうやってできたのであろうか?

冒頭から自然の山だと連呼してきたが、その成り立ちを知りたい。

そこで、Wikipediaさんだとか弁天山の公式Webサイトから、お知恵を拝借した。

 

すると、平安時代末期ごろはここは海だったらしい。

弁天山は当時から存在してらしく、そのころは海の中にポツンと浮かぶ小島だったようだ。

 

それが、室町時代には水が引いて湿地帯の中の小山となったのだ。

周囲は開発されて水田になったそうだ。

 

もともと海だった山だから、海の神様である「市杵島姫命(イチキシマノヒメノミコト)」を祀った。

市杵島姫命は、後世の神仏習合では「弁財天」になるんだよね、確か。

 

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弁天山とは1

だから弁天山か。

そして弁財天繋がりで、「厳島神社」を勧請することとなったのだな。

 

この山のすぐ北側は、江戸時代は土佐街道と呼ばれていたらしい。

街道を行き来する人にとって、この弁天山は人気スポットだったのだそうだ。

 

自然の中で生まれ、神を祀り、古来から人々に慕われてきた山。

 

すごいじゃないか。

こんなに小さな山なのに、その価値の大きさよ。

 

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弁天山とは3

 先ほどの写真を再掲しよう。

日本一低い山 弁天山 国土地理院認定 標高六・一メートル』


実は、単純に「日本一低い山」を名乗っている山であれば、もっと低い山がある。

秋田県の「大潟富士」だ。

 

drive-ns.hatenablog.com


そして、国土地理院に認定されている山であっても、この弁天山より低い山がある。

宮城県の「日和山」だ。

 

drive-ns.hatenablog.com

 

しかしだ。

自然の山で、かつ国土地理院認定という定義では、弁天山が一番低い。

これは紛れもない事実だ。

 

弁天山の公式Webサイトからの文を1つ引用させていただきたい。

 

日本国内には他に、低い山(日本低山一覧表)2ヶ所ありますが、いずれも江戸時代に人工で造成した山であり、自然で古来よりある山では、弁天山(国土地理院認定)が日本一低い山となります。

(引用元:弁天山 公式Webサイト) 

 

この2つとは、前述の日和山と大阪の「天保山」を指していると思われる。

だが、『自然で古来よりある山』の部分に譲れない誇り、そして神を祀ってきたことによる誇り を感じた。

 

僕も同じだ。

この山を改めて振り返り、なんだか誇り高く感じた。

 

きっとだからなのだろう。

日本一低い山シリーズの中で、この弁天山が一番好きだし、最多訪問回数なのだ。

 

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遠くに徳島市街の「眉山」が見える。

次はあっち方面に走ろうか。 

 

さようなら、日本一低い山よ。

これからも、人々に愛される山であり続けてほしい。

アクセルを踏むと、すぐに弁天山は暗闇に溶け込んで見えなくなった。

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: 弁天山 
  • 住所: 徳島県徳島市方上町弁財天8-1
  • 料金: 無料
  • 駐車場: あり
  • 時間: 特になし

 

No.109【広島県】瀬戸内海の楽園!?エデンの海で車を停め、心の休息をしようじゃないか!

瀬戸内海。

冬でも温暖であり、名前の通り内海なので荒れることもほぼなく、非常に穏やかな海である。

 

それすなわち、楽園(エデン)だ。

 

実際、瀬戸内海沿いの竹原市には「エデンの海」という名称の景勝地がある。

今回は、そのエデンの海に3回ほど訪問した記録をオリジナルブレンドさせて執筆したい。

 

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5月病でお疲れモードのあなたへの、ほんの少しの癒しになれば、幸いだ。

 

 

悩めるヒッチハイカ

 

それは穏やかに晴れ渡った日。

 

いや、僕が瀬戸内海を走るときには常に晴れていて穏やかなので、もう瀬戸内海はそういう天国のようなところだと信じ切っているが。

…そんないつものような天国日和であった。

 

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エデンへ

僕は、「ニコル君」という関東北部からヒッチハイクでやってきた旅人を助手席に乗せ、この道を走っていた。

 

昨日夕方、 彼とは呉駅前で合流したのだ。

まぁ、実を言うと昨日初めて出会ったわけではない。

何年も前に、お互い九州を一周している際に出会い、その後はちょこちょこ一緒に冒険をしたりしていたのだが。

 

*-*-*-*--*-*-*-

 

時系列を昨日夕方までさかのぼろう。

 

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回想1

僕が山口県広島県内で遊んでいたら、そのニコル君がはるばるやって来た。

 

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回想2

こんなスケッチブックを掲げて、呉駅前にいた。

たまたま僕以外のHUMMER乗りが現れ、どっかに連れていかれずによかったなって思った。

 

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回想3

早速名物の呉焼きを一緒に食べ、2人ともバー好きなので僕のイチ押しのバーを紹介して酒を飲み、そして個性的なビジネスホテルにチェックインした。

普段は車中泊の僕だが、バーに行くのでわざわざ宿を取ったのだ。特別な日だ。

 

そして明けて今日なのだ。

ニコル君は今後のプランについて悩んでいた。

 

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回想4

 「西(九州)か、(四国)か、それとも(関西方面)に戻るか…」とか言っていた。

選択肢が多いなぁと思った。それから、北がかわいそうだなぁと思った。 

 

悩んだ末、彼は「とりあえず乗せてください。YAMAさんの旅に少し付き合います。どっか適当なところで離脱します。」って言ってきた。

自由だ。

 

こうして、瀬戸内海沿いに東に向かっている僕とニコル君は、少しだけ一緒に行動することとなり、今日の午前中を共に観光しながら走っているのだ。

 

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回想5

引き続き車内で「どっちに行くべきか…」と悩んでいるニコル君に対し、僕は1つ提案をする。

 

「この先にエデンの海という綺麗な景勝地がある。そこでいったん風に当たろう。」

まぁ実際はそんなロマンチックな言い方なんてしていないんだけど、とりあえず国道沿いで気軽に立ち寄れるこのスポットに行ってみようと提案をしたのだ。

 

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エデンの海1

 

 

瀬戸内はエデンだ

 

国道185号沿いに突如として現れる景勝地

Web上での紹介では「エデンの海パーキングエリア」と表記されることが多い。

 

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エデンの海2

駐車場の眼前は、小高い丘だ。

その頂上に東屋のある展望台。

あそこからの海の眺めが大変よろしいのだ。

 

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エデンの海3

ちなみに、ここまで走って来た国道185号は通称「さざなみ海道」。

"日本風景街道"にも指定されている。

この周辺をドライブするだけでもウッキウキになれるのだ。

 

そんな国道の途中にある展望所なのだから、そりゃもう期待しますわ。当然だ。

 

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エデンの海4

東屋に登った。

海が広がっていた。

 

そりゃそうだ。今までこの海を眺めながらドライブしていたのだから。

正直、意外性はゼロの光景である。

 

しかし、ハンドルを握る手を止め、心行くまで瀬戸内海を眺める最高の環境が、ここに用意されていた。

 

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エデンの海5

…美しいな。

これ以上の言葉はいらなかった。

 

「瀬戸内海に浮かぶ、あの小島の名前は何だろう?」ってちょっと思ったけど、考えるのを辞めた。

東屋のすぐ脇に説明板もあったけど、欲しいのは知識ではなかった。

ただただこの風景を受け入れる心があれば充分であった。

 

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エデンの海6

逆光で全体的に白飛びし、陰影に乏しい眺めだ。

しかしそれがまたいい。

水墨画を極めたら、こんな世界観になりそうではないか。

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エデンの海7

来た方向を振り返ってみよう。

さっき「すげーな」と言いながら横を通り過ぎた「竹原火力発電所」の煙突がチラリと見えている。

 

その手前には、海ギリギリに弧を描くように設置された国道185号。

新潟に「親不知」っていう景勝地があるんだけど、そこから眺める北陸自動車道がこれのもっとすさまじいバージョンでさ、それを思い出した。

 

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エデンの海8

逆側の光景だ。

すぐ足元には、コバルトブルーの海を見下ろすことができる。

肉眼ではすごい深い青色に見え、何人もの人が写真を撮影していた。

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エデンの海9

波がほとんどないのも、瀬戸内海の特徴であろう。

 

中国地方と四国地方に挟まれて、大波が打ち寄せることはない。

しかも、雨雲や風も、中国山地四国山地がブロックしてくれる。

穏やかで温暖な世界なのだ。

 

つまり、エデン(楽園)だ。

 

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エデンの海10

東屋の近く、海の見える丘の上に「エデンの海」と彫られた岩がデーンと鎮座している。

花壇の中央、花々に囲まれているのもまたエデンっぽくて素敵だ。

 

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エデンの海11

新緑の季節に訪問した際には、花壇が野草で溢れていた。

こんなロケーションもまた良し、と思った。

 

おっと、「雑草に埋もれてやがる」だなんて思わないでもらいたいよ。

「雑草という草は無い」と昭和天皇も仰っていたぞ。

1つ1つに名前があり、個性があり、精一杯に生きているのだ。

 

人間の都合で、ひとまとめにゴミのような呼び方をしてはいけないぞ。

「野に生える草たちに囲まれている」と表現するのだ。

エデンに生きる穏やかな人なら、きっとそうする。

 

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エデンの海12

遠くの島々を見ていて、僕はふと気づく。

あそこに見えている橋は…?

 

ちょっとズームしてみよう。

 

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エデンの海13

あなたには、あれが何かわかるだろうか?

 

橋だ。

しまなみ海道」。瀬戸内海の8つの島に10個の橋を架けて、中国地方と四国地方を結ぶ、とんでもない夢の懸け橋だ。

 

その中の1つ、広島県尾道市の「生口島」と愛媛県今治市の「大三島」を結ぶ「多々羅大橋」。それを遠望している。

 

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多々羅大橋(過去写真)

僕はしまなみ海道は幾度となく走っている。

多々羅大橋のすぐ横で車中泊をしたこともある。思い出の橋なのだ。

 

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エデンの海14

さらにズームしてみたら、相当に画質が粗くなった。

カメラの性能がイマイチなのだ。

実は愛用のカメラを2週間ほど前に壊してしまったのだ。

 

まぁ良い。

近いうちに、もっと肉眼でハッキリ見てやるさ。

僕はまた四国を走るのさ。

 

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エデンの海15

ところで、エデンの海というネーミング。

現地の説明板にも書いてあるのだが、同名の小説や映画が由来である。

全く知らないので、Wikipediaさんからの情報を集約してご説明しよう。

 

エデンの海とは、『1946年に発表された若杉慧の小説。3度にわたり映画化され、テレビドラマ化もされている。』…と記載されている。

とはいえ、直近でも1976年なのでメッチャ古い。

この舞台となった高校の目の前に、展望スポットを作ったのがここなのだそうだ。


由来がなんにせよ、エデンはエデンだ。

ここは僕らの楽園(エデン)だ。

 

 

旅人は、また旅に出る 

 

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出会いと別れ1

引き続き、僕は瀬戸内海沿いを東に走る。

相変わらず、右手で海がキラキラと輝く。

 

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出会いと別れ2

エデンの海を見て、何かふっ切れたのだろう。

ふと、旅人ニコル君が思い付いたように呟いた。

「YAMAさん、俺は西に行きます。あてはないけど、どこでもいいから西に行きます。」

 

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出会いと別れ3

そしてスケッチブックとペンを取り出すと、『どこでも…』と書き始めた。素直か。

 

なんでも、ニコル君はヒッチハイクの腕がとんでもなく高スキルらしく、分かりやすく書いてしまうとすぐに乗せてくれる車が見つかってしまって、つまらないのだそうだ。

だから最近は、「こんな書き方でも乗せてくれた」とか、「どこに連れて行かれるのだろう」というドキドキを味わっていると言っていた。

そっか。

 

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出会いと別れ4

今度一緒にヒッチハイクしないかと誘われたが、それはお断りした。

僕は自分で運転することでドラマを作り出したいタイプなのだ。

 

ただし、今度ヒッチハイカーを見つけたら、乗せてあげよう。

ヒッチハイクの極意もいろいろ聞けたので、僕も誰かにアドバイスできるかもしれないし。

 

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出会いと別れ5

とある町で、ニコル君と別れた。

じゃあ、良いお年を。

お互い旅人でいる限り、またどこかで巡り会うであろう。

 

旅先こそが、僕らのエデン。

ワクワクするような旅の舞台で、いずれ再会しようじゃないか。


以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

 

No.108【佐賀県】巨神が岩で無邪気に積み木をした名残!?「立神岩」の造形美に震えた!

古代、人は満天の星空に絵を描き、そして巨大な岩に神を見出した。

 

文化は違えど、世界中で巨石信仰の文化があった。

イギリスの「ストーンヘンジ」のようなものは、世界のいたるところで見られる。

日本では、秋田県の「大湯環状列石」がこれにあたるだろう。

 

岩には神が宿るのだ。

 

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二見の夫婦岩

全国には、いろんな巨岩・奇岩がある。

そんな岩との出会いも、また旅のスパイスなのではないかと、僕は考える。

 

僕もさまざまな岩を見ながら全国を走ってきたが、その中でも印象深い巨岩スポットを1箇所、佐賀県からご紹介したい。

過去に3回ほど訪問しているので、それらをミックスさせたエピソードにてお届けする。

 

 

巨石のもとへ

 

その日、本土と橋で繋がった「加部島」のドライブを終えた僕は、佐賀県の海岸線を東に走っていた。

数km走ると海の向こうにゴロンゴロンと無造作に投げ出されたような巨石群が見えてくる。

 

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巨石のもとへ1

ギザギザのボコボコである。

和歌山県の「橋杭岩」を彷彿とさせるようなノコギリタイプの巨石群だ。 

そのスポットの名は、「湊の立神(たてがみ)岩」。

 

そして、結論から申し上げると、僕はこの後あのへんまで行く。

 

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巨石のもとへ2

ダイナミックな「桜島」や、雄大な「阿蘇」のドライブの後ということもあり、市街地の多いエリアのドライブに少し物足りなさを感じていた僕。

 

彼方に刺激的な景勝地を見つけて色めきだつのは、いたって正常な反応だと自負している。

行きたい。あの岩山が得意げにピースしているかのような部分に行きたい。

なんだあれは。岩ってピースするのか。

 

 

ガソリンスタンドの手前に、めっちゃ小さな案内看板がある。

とても地味な案内だ。

知る人ぞ知るようなマイナースポットなのだろうか。

 

ハンドルを切ると、途端に道は細くなった。

しかし現地までの距離はわずか300mほどだ。気にしない。

 

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巨石のもとへ3

すると路面が未舗装になった。

快適な国道からわずか200mで、ワイルド・アドベンチャーゾーン。

車、跳ねる。実に愉快である。

 

一点、ご留意いただきたい点がある。

2021年現在は、この道は舗装されている。

 

僕がここを訪問したのは、ちょっと昔の話なのだ。

本当であれば2019年に九州を一周した際にも立ち寄りたかったのだが、雨な上に時間に追われていて、泣く泣くスルーしたのだ。

 

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巨石のもとへ4

さて、道の突き当りまで来た。

そこは空き地になっている。

最初の2回はここに車を停めていたが、3回目の訪問時には『原則駐車禁止。でも必要なときは宿の許可を。』、みたいな意味の立て札が建っていた。

 

そこは「立神荘」という民宿の敷地のようなのだ。

そりゃ、無断に停めたらダメだよな。前回以前は気付かなくって申し訳ない。

 

おそらくは長時間駐車する釣り人などへの注意喚起の立て札と思われたが、民宿の方に挨拶をしよう。


「岩を見に来たんですけど、10分くらい停めといていいですかー?」って聞いた。

そしたら民宿の方がステキな笑顔で「どうぞー!」って答えてくれた。

ありがたいご対応だ。

 

あと、空き地にサボテンがモリモリ生えていて異国情緒だった。

 

 

天に聳える立神岩

 

では、立神岩に向かって歩いていこう。

周囲は世紀末かのように巨石が躍り狂っているが、遊歩道があるので人間は安全に歩ける。


…いや、安全とは言い切れない。

落石注意の看板があったわ…。

 

※記事公開後に、現地近くの方から情報をいただきました。

2021年現在、立神荘より先は立入禁止なのだそうです。残念です。

あと、地元ではやはり「ピース岩」という愛称があるそうです。

情報ありがとうございました!!

 

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神の岩1

立神岩といえば、天に向かって聳える2つの巨石を指すようだ。

さっき遠目で見て、ピースしているかのような、あるいはウサギの耳のように見えたら岩だ。

 

しかし、それ以外の岩もなかなか個性的。

全部が合わさって、立神岩という景勝地を作っていると感じる。

 

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神の岩2

一度、干潮のときに訪問したことがある。

普段は波を被る岩が、完全に陸上に露出している。

 

すごい光景だと感じた。

これ、玄海灘の荒波が長い年月をかけて侵食し、できたのだ。

 

しかし僕はこの光景を見て、違う想像をしてしまう。

こんなことをできるのは神だ。

神が立てた岩だから、立神岩というのだろう。

 

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神の岩3

神と名の付く由来は、現地の看板にもWeb上でも見つけられなかったが、名は体を表すのだ。

 

その神は、山のように巨大だ。

しかし、わりと幼児だ。

巨石な岩を、まるで積み木のように、無邪気に積み上げるのだ。

 

しかし、途中で波が打ち寄せ、せっかく積み上げた岩がグチャッと崩れるのだ。

神はムカついて、その場を立ち去る。

 

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神の岩4

…まさにそういう光景な気がする。

無惨に崩れた、巨石なパーツの残骸なのだ。

 

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神の岩5

さて、岩の上を見上げると、フニフニしたデザインの物体が育っている。

なんだろう、あれは。

観音様かな?


巨石信仰の一環で、あそこに観音像を祀ったのだろうか?

それが風雨の侵食で、あのようにデフォルメされたのだろうか?

 

最初にあそこに観音様を持ってった人は、村の英雄だな。

僕ならできないね。いや、むしろ引き受けないね。

バランスを崩して、頂上から観音様を転げ落とし、首がパッキリ折れるシーンが鮮明にイメージできるから。

 

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神の岩6

間近まで来た。

眼前に迫りくる、この巨石の迫力よ。

そして、その前には説明板が設置されている。

 

玄界灘に面した玄海国定公園の一部に、玄武岩の大石柱が二個そそり立っているのが立神岩です。

これは玄武岩の断崖が玄海の荒波によって浸食されてできたもので、直径20~30センチメートルあまりの灰黒色の柱状節理が規則正しく並んでいるのが特徴となっています。

 

周囲6メートル、高さ約40メートルの男岩・女岩を、人々は夫婦岩として敬っています。

東部岬には第三紀層の福井層が露出するなど、諸種の溶岩が点在し、地層と海食現象を観察することができます。

 

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神の岩7

なるほど、まるでビルのようだ。

40mの高さはハンパではない。

 

こんなに近づいてしまって大丈夫なのかというハラハラドキドキがある。

倒れたら怖いぞ。

 

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神の岩8

特に立ち入り禁止の設備もないので、斜めになっている岩部分に足をかけた。

下界はなかなかの迫力だった。

 

迫力のある自然美と一体感できたように感じた。

とてもカメラを構えられる状態ではないので、写真はないが。

 

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神の岩9

尚、前述の通りこれは少し昔の写真である。

2021年現在はここまでは入れなくなっているかもしれないので、ご承知おきいただきたい。

 

…しかし、岩っていいな。

地球の歴史が無造作に地表に転がっているようなものではないか。

 

そして、立神岩のこのサイズがいい。

世の中には、超巨大な一枚岩もある。それはそれで圧倒されるが、岩と言われてもピンと来なくなる。

むしろ山であり、崖だ。

 

草や木が生えすぎていても、「こいつ、昔と違って落ち着いちゃったよな」みたいな気分になる。

 

僕が岩に求めるのは、擬態語でいうなら「ゴロン」としたもの。

そして「ゴツゴツ」したもの。

それでいて、限界まで大きい。

 

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神の岩10

立神岩は、まさにそれらを兼ね備えた理想形なのではなかろうか。

だから好きなのだ。

 

あなたにも、「岩を見たければ立神岩に行け」と、声を大にして言いたい。

そして、太古の神のいたずらでも頭に描きながら、ボーッとここで過ごしてもらいたい。

 

そう感じた、麗らかな春のある日。

いいものを見れたと立神荘の方にお礼をいい、僕はまたアクセルを踏む。

 

以上、日本6周目を走る旅人でした。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: 湊の立神岩
  • 住所: 佐賀県唐津市湊町
  • 料金: 無料
  • 駐車場: あり(立神荘のものを使わせていただくのが良いか?)
  • 時間: 特になし

 

No.107【神奈川県】ガリバーは家康に仕えていた!?観音崎からガリバー旅行記を紐解け!!

三浦半島から東京湾に突き出た岬、「観音崎」。

 

風光明媚な岬だ。

景色はもちろんのこと、「東京湾要塞」時代の遺跡を巡っても楽しい。

 

三崎にマグロを食べに行くついでに寄ってもいいし、「横浜みなとみらい」の観光から一歩足を延ばして訪問する人も多かろう。

僕も何度も訪問している、大好きな岬である。

 

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今回はそんな観音崎を、少し別の始点も絡めてご紹介したい。

 

もしこの記事を読み終えたあなたが、「観音崎にはそんな伝説もあったのか。現地を訪問してみたい。」と思ってくれるのであれば、大変に嬉しい。

 

 

観音崎公園に行こう

 

昨シーズン、2020年の秋のことである。

僕は観音崎に向かって愛車を走らせた。

 

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観音崎

横須賀の市街地を経由し、三浦半島を南下する。

 

上の写真、すぐ左は実は海だ。

なんと気持ちのいいシーサイドドライブ!ここは南国だろうか。

 

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観音崎公園1

着いた。

観音崎の有料駐車場だ。車ギッチリで、ギリギリで駐車できた。

人気の景勝地なので、大賑わいだ。

 

後ろに写っている建物をご紹介しよう。

 

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観音崎公園2

観音崎レストハウス」だ。

かなりの年季の入った建物だ。

 

だが2016年、空き家だったこの建物に「夢DREAM食堂 」という地魚の食堂が誕生している。

入ったことはないが、土地柄おいしいに違いない。一生続いてほしい。

 

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観音崎公園3

ちなみに僕は、この建物のこのあたりが好きだね。

 

かすれた「REST HOUSE」の文字が、観音崎の長きに渡る歴史と、海軍の町横須賀の異国情緒をうまく体現していると思うのだ。

 

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観音崎公園4

駐車場の片隅には、ミニ灯台がある。

こういうオブジェは大好きだ。

 

もしあなたも好きなら、積極的に写真を撮っておいたほうがいい。

こういうのって、突然なくなってしまうことが多いから。

 

灯台の左に見切れているが、大きな看板がある。

 

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観音崎公園5

観音崎公園のMAPである。

正直、すさまじく広い。

全部を一気に巡るのであれば、強靭な足腰と充分な水分をご用意いただきたい。

 

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観音崎公園6

今回の僕は、右上の一角を巡るだけで40分以上歩いているからな。

アップダウンも激しかったぞ。

そして、ネタバレになってしまうが、今回の記事に登場するメインスポットが「」の部分だ。

 

では、歩こう。 

 

 

悲願の観音像復活劇

 

まずはあなた、観音崎ってなんで"観音崎"って言われるか知っているだろうか?

 

いや、1秒考えれば予想はできるだろうが、いちいち考えることすらなかったのではないだろうか?

例えばここ神奈川県も、「なんで神奈川っていうのだろう?」 って日常の中で考えることってあまりないもんな。

 

観音プロジェクト1

恥ずかしながら僕も、最近まで観音崎の名前の由来について真剣に考えたことがなかった。

 

では、由来はなんなのか。

上記写真は駐車場から灯台に向かって歩いているときに撮影したものだが、ここをさらに奥に行ったところに、由来を記載した案内板があった。

令和になってから設置された案内板だ。新しいぞ。

 

観音プロジェクト2

はい。

これをあなたにスマホから一生懸命拡大して読んでいただくのは少し酷だな。

かといって、僕にはこれをテキストに打ち直すだけのモチベーションは無い。

なのでざっくりと概要をまとめたい。

 

  • 741年… 「行基さん」が彫った観音像をここに祀った。行基さんは「奈良の大仏」の建立に携わった超有名人だな。すげー。
  • 1213年… 鎌倉時代の「北条氏vs和田義盛」の闘いの最中で、観音像が行方不明になった。みんなで必死に探したが、見つからなった。
  • 空白の100年。
  • 鎌倉時代末期… 観音崎の沖で海が光っているのを発見した漁師が、「なにあれ?」って探索したら100年行方不明だった観音像だった。復活!お堂に大事に祀る!
  • 1880年… 観音崎に砲台をたくさん作って武装化東京湾要塞)する。観音様にはちょっとどいてもらおう。岬内のお堂を移転。
  • 1986年… 火事!!お堂も観音像も燃えて無くなった!!
  • 2018年… 観音像を復活させたい!プロジェクト始動。

 

1000年以上の歴史スペクタクルだな。

胸熱だ。

 

観音プロジェクト3

そしてだ。

復活したぞ。

 

2019年9月23日のことだ。

33年ぶりに観音像を復活させ、観音崎内の洞窟前に設置した。

わかりづらいが、写真中央の三角屋根の小屋、これがシン・観音様の住居だ。

 

観音プロジェクト4

観音様の身長は75cmだ。

小さい。僕、もっと何mもあるものだと思っていたよ。

 

2つ前の写真、実は僕の前には柵があってこれ以上は近づけない。

そして、すんごい逆光な上に小屋のガラスカバーがフニフニして光を反射し、観音様は非常に見えづらかった。

写真加工してもこんな感じよ。

 

観音プロジェクト5

あぁ、ちなみに海の向こうの千葉県房総半島に立つ、「東京湾観音」がここから見える。

観音崎の観音様よりもよく見えるくらいで、ちょっと皮肉だ。

 

…まぁ何はともあれ、おかえりなさい!観音様!!

めでたい!!

 

 

ガリバー旅行記の謎

ガリバー旅行記とは 

 

灯台方面に引き続き歩きながら、次の話をしよう。

観音崎は、「ジョナサン・スウィフト」の「ガリバー旅行記」にも登場しているといわれている。

これはすごいことだ。

 

海の向こうの房総半島

ガリバー旅行記は、全4章からなるガリバーの冒険譚だ。

 

  1.  小人の国
  2.  巨人の国
  3.  空飛ぶラピュタとその下界の国、降霊術の国、不死の国、日本
  4.  知的な馬と野蛮な人間の国

 

日本でよく読まれているのは、第1章・第2章だな。

僕も小学生のときに熟読した。

 

第3章の「ラピュタ」は、ジブリ作品のモチーフにもなっている。

第4章の野蛮な人間はヤフーと呼ばれている。

身近な話では、「オレたちはアウトローだぜ」って悪ぶっていたアメリカの大学生2人が、生み出した検索エンジンにこの名前をつけた。あなたも使ったことあるのではないかな、Yahoo。

 

東京湾越しの富津火力発電所

 

地名から探る

 

さて、第3章でガリバーが上陸した日本であるが、「ザモスキ」・「エド」・「ナンガサク」といった地名が登場する。

エドはもちろん江戸であり、現在の東京だ。

 

ナンガサクは最後にガリバーが日本を出航する際に使った港である。

発音的に、長崎っぽい。津軽のおばあちゃんが発音したら、こうなりそうだ。

ガリバー旅行記の時代設定は1700年前後であり、当時鎖国中であった日本情勢から考えても、唯一外国に対し開かれていた長崎に間違いない。

 

ザモスキは、ガリバーが上陸した地である。

でも、そんな地名は日本にはない。

「ひょっとして観音崎では?」という説が誕生したのは、どうやら割と最近であり、平成になった頃だそうだ。

 

発音は、似ているとはとても言えない。

僕もちょっと自分自身で考えてみた。

 

ザモスキとカンノンザキ

いろいろ調べると、ザモスキは「Xamoschi」だそうだ。

観音崎は、僕の想像も入れてしまったが、カンノンキではなくカンノンキと発音。さらに発音上、2つ目の"ン"がほとんど聞き取れずに「カンノサキ(Kannosaki)」となったと考えた。

 

その2つを筆記体で並べてみると、日本の地名を全く知らない西洋人であれば見間違い・書き間違いをしてもおかしくないほどに酷似していた。

 

うん、「ザモスキ=観音崎ではないか?

そんな発見をして浮かれたりもしたが、その後にWebを見てみると同じような考察をしている人がそれなりにいてヘコんだりもした。

そりゃいるわな。

 

横浜みなとみらい

 

内容から探る 

 

次に、旅行記内に記載されている内容から、地理的手掛かりを掴めないか考えてみる。

 

6日目に、わたしを日本まで乗せていってくれる船が見つかった。
15日間航海したのち、わたしたちは、日本の南東部にあるザモスキという小さな港町に上陸した。


町は、長い腕のようなかっこうで北にのびている細い湾の西の岸にあり、湾の北西部にあたる所には、首都のエドがあった。
わたしは、上陸するとすぐ、税関の役人に、ラグナグ国王から日本の皇帝にあてた手紙を見せた。

 

(引用元:「ガリバー旅行記」坂井晴彦訳)

 

よし、ここでザモスキが観音崎だと仮定し、東京近辺の地図に上記内容をあてはめてみようか。

 

ガリバーMAP

 

うん、すごくしっくり来た。

 

 

引用内の『日本の南東部』の部分については日本地図にて確認はしていないが、東京を『日本の南東部』と表記することに違和感はない。

そして、それ以降の地理的説明も、バッチリ「ザモスキ=観音崎を示していると考えた。

 

 

情報経路から探る

 

じゃあ、なぜ作者のジョナサン・スウィフトは、ここまで日本の地理を知っていたのだろうか?

 

当時日本は鎖国していたので、なかなか西洋にまで日本の地理情報は出回らなかったのではないだろうか?
ましてや観音崎なんていう、失礼ながら当時わざわざ海外に知らしめるほどの要素が無さそうな地名が、なぜ流出したのだろうか…。

 

横浜ベイブリッジ

「三浦按針(みうらあんじん)かな…?」って僕は思った。

 

本名は「ウィリアム・アダムス」。

かの「徳川家康」に仕えたイギリス人だ。

 

ja.wikipedia.org


家康から重宝され、武士として神奈川県三浦半島に領地も与えられたのだ。

つまり、三浦按針にとっての観音崎は、庭のような場所だ。

 

では、三浦按針とジョナサン・スウィフトはどう繋がるのだろうか?

三浦按針は日本を出ることなく死去したし、ジョナサン・スウィフトが生まれたのはそれから50年も先の話だ。

 

灯台前の展望所から

なんやかんやWeb情報を探していたところ、「ジョナサン・スウィフトは当時の三浦按針が母国に送った手紙を所持していた」という情報が見つかった。

 

何が書かれていたかまではわからなかったが、東京湾の地理情報が含まれていたのであれば、前項「情報経路から探る」内の引用文も書けるであろう。

そして、三浦按針の文字を読み違え、観音崎をザモスキと表示する可能性もあるだろう。

 

Web内では、三浦按針の直筆の手紙数点の画像を見ることもできる。

筆跡から、「ザモスキ=観音崎とならないか、鑑定しようとしたさ。

 

結果無理だったよ。

達筆だし、英語見ると頭痛くなるさ。帰国子女なのに。

これが解読できれば、「地名から探る」で僕が書いたザモスキと観音崎筆記体も、もっとリアルになっただろうけどね。

 

 

ガリバーの正体を探る

 

ガリバー旅行記に登場する数々の国は、ほぼ全てが実在しない。

実在する国は、日本だけである。 

 

なぜだろう?

ジョナサン・スウィフトの住むアイルランドから見て、遥か極東の日本。

鎖国しており、全く未知の国である日本。

 

その存在自体が既にフィクションに匹敵したのではないだろうか?

実在するファンタジーだ。事実は小説より奇なり、だ。

小説の題材として、これ以上の国は無かろう。

 

観音崎灯台は、日本最古の洋式灯台

次に、ジョナサン・スウィフトから見た三浦按針だ。

たぶん、とんでもなく波乱万丈な人生を送った冒険野郎だと思われたのではないだろうか。

 

オランダから5隻の船団で極東を目指した一行。

うち2隻は拿捕され、1隻はリタイアしてUターン。もう1隻は沈没。

三浦按針の乗った唯一無事な「リーフデ号」も、飢餓や病気、原住民との戦いで散々なことに。

 

出航時110人だったメンバーも、日本に辿り着いたのは24人だ。

しかも、そのとき立ち歩けるほどに元気だったのはわずか6人だ。

 

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日本の灯台50選の1つ

サラリと書いたが、とんでもない冒険活劇だ。

 

日本から故郷への手紙に、そんな冒険譚を熱筆したのだろう。

小説家のジョナサン・スウィフトがそれを読んで大興奮するのは想像に難くない。

 

ガリバーは、毎度毎度航海時に嵐だとかトラブルで仲間とはぐれ、そして1人未知の国を冒険することとなる。

 

まさに三浦按針だ。

ガリバーのモチーフは他にもあるかもしれないが、三浦按針がジョナサン・スウィフトに与えた影響は大きいだろう。

 

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日本で16箇所しかない、参観灯台の1つでもある

ガリバーは、日本に上陸。

観音崎から江戸に行き、天皇陛下に謁見。

ドキドキしながら"踏み絵"を体験し、なんかやんかかろうじて友好関係を築き、最後は長崎から出向して故郷を目指す。

 

少なくとも、ここの部分は三浦按針がモデルなのだろうと考えた。

冒険をくぐり抜け、日本の最高権力者である家康に会って認められ、そして家康に仕えた三浦按針。

 

かたちをかえてガリバーとなり、21世紀の今も世界中の人たちに読まれている名作の登場人物となったのだ。

 

…諸説あろう。

真実は歴史の彼方であろう。

 

だが、考察し想像する楽しさは失いたくない。

僕だって冒険野郎なのだから。


 

東京湾要塞の一角

 

最後の章では、ここまでの文中で2回ほど触れた東京湾要塞について少しだけ触れたい。

 

東京湾要塞というのは、明治時代から第2次世界大戦終了まで設置されていた、東京湾を丸ごと要塞化させて東京を守る巨大設備だ。

 

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東京湾要塞1

ザックリとしたイメージで、こんな感じだ。

 

東京湾に侵入する敵国の船からしたら、絶望的すぎる集中砲火を浴びることになりかねない。

観音崎には、とりわけ多くの砲台がギッチリと、そりゃもうミッチリと設置されていた。

 

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東京湾要塞2

その当時の遺構が、今も東京湾の各所に残っている。

それらはいつか特集などでまとめて書いても面白いとは思うが、今回はテーマ通り観音崎にフォーカスしよう。

 

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東京湾要塞3

「北門第一砲台跡」というところにやってきた。

灯台のすぐ後ろに当たる場所だ。

 

写真では立体感を見せられにくいが、階段の奥は半円形の舞台のようになっている。

ここに大きな砲台が設置されていたのだ。

日本最古の砲台だ。

 

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東京湾要塞4

似たような舞台は2つあり、それがレンガ造りのトンネルで連結されている。

ちょっとトンネルをくぐってみようか。

 

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東京湾要塞5

このトンネルの側面が、弾薬庫や兵員待機所への入口だったらしい。

 

上の写真もよく見ると、トンネルの壁が一部レンガではなくって灰色に塗り固められているのがおわかりだろう。

今では封鎖されている。

 

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東京湾要塞6

円形の舞台を取り囲む石壁。

胸墻(きょうちょう)という名前で、砲台を取り囲むように設置されていた。

 

ちなみに僕は砲台にはあまり詳しくないので、これ以上の説明はできかねる。

 

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東京湾要塞7

これは倉庫跡。

いたるところに、過去への扉がある。

もう開けないほうがいい扉なので、これらは封印されたままだ。

 

*-*-*-*-*-*-*-*-*

 

岬って、本当に面白い。

 

航海の要所であり、観音像や神社が祀られる。

地形柄、漂流者も流れ着くし魚もやってくる。

国防の要所にもなり、武装化される。

現代は絶景と魚を求めて観光客が集まる。

 

これらの特徴を兼ね備えた岬は、日本国内に散見される。

そして振り返ると、観音崎はこれら全ての要素を満たしている。

 

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奈良時代から現代まで、この岬の歴史をたどってきた。

 

さて、未来はどのようになるのかな?

それを作っていくのは、僕らだ。

 

もしかしたら、未来の"冒険者ガリバー"は、あなたなのかもしれない。

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。
 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: 観音崎 
  • 住所: 神奈川県横須賀市鴨居4
  • 料金: 無料
  • 駐車場: あり(ただし有料)
  • 時間: 特になし

 

No.106【香川県】21世紀に入り発見された山がある!!それは標高3.6mの日本一低い山!?

山というのは、古来からそこにあり、我々の生活を見守ってくれている悠久の存在であると思っていた。

 

しかし、2004年に発見された山がある。

僕よりも遥かに年下の山だ。

 

どこだ?

前人未到の秘境の奥地か?

 

いや、違う。

香川県の国道からほんの数100mだ。

 

そんな市街地にある山が、なぜ今まで見つからなかったんだ?

 

…それは、あまりに低すぎて誰も山だとは気付かなかったからなのだろう。

 

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さぁアルピニストよ、目指すのだ!

日本一低いと言われる、その山へ!

 

 

神社の裏から登山は始まる

 

少し昔の話をしよう。

 

2004年に発見されたその山。名前を「御山(みやま)」という。

僕が初めてその山を登るのは、5年後の2009年のことであった。

 

その後も登頂経験はあるので、今回は過去2回の登山記録をミックスさせて執筆したい。

 

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ところで、これが僕が今まで訪問した「日本一低い山」だ。

 

日本一低い山とは、様々な定義から複数存在している。

何がホンモノで何がウソだ、とかではなく、いろいろあって全部正しいと僕は思っている。

 

詳しくは、僕の書いた以下の【特集】をご参照いただきたい。

 

drive-ns.hatenablog.com

 

まずはね、この山の由緒とか低い定義だとかは置いておいて、登山記録をご紹介したい。 

山は登るためにあるのだから。

 

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白鳥神社1

御山に登山するのであれば、まずは「白鳥神社」を目印にしてほしい。

 

ここで安全祈願をするとよいだろう。

登山ってのは、命がけのエクストリームスポーツなのだ。

明日、僕らが無事でいる保証なんてないんだからな。

 

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白鳥神社2

だからこそ、ここでしっかり参拝をするのだ。

そうあるべきだ。

チャラチャラしたヤツは、登山界に足を踏み入れるべきではないのだ。

 

さて、御山はどこだろう。

爆誕からわずか数年なので、あまり詳細な情報がないのだ。

「白鳥松原」の中に聳えているということは聞いたことがある。

松原のありそうな方向に歩こう。

 

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御山を登る1

おぉ、松原だ。

境内の裏側が松原であった。

 

しかし山はどこだろう?

実は、後から振り返ればもうこの時点で僕は山を登っている。

何合目なのかはなかなか判断しづらいが、間違いなく山麓にはいるのだ。

 

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御山を登る2

『→ 御山山頂』と書かれている。

 

今一度、内容を噛みしめてほしい。

"御山"ではなく"御山山頂"と書かれている。つまり、ここはもう御山なのだ。

 

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御山を登る3

数年度に再訪したら、立派な石碑になっていた。

ここから90mの地点が山頂らしい。

 

しかし、この写真の背景を見ての通り、全然山らしくない。

「登山している」っていう感覚も、正直薄い。

 

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御山を登る4

…と自分で言って反省した。

その発言、完全に山をナメているよな。

 

そういうヤツって真っ先に遭難するよな。

パニック映画でもホラー映画でも、事態を軽んじているキャラクターは早死にする。

僕が監督でも、そうするかもしれない。

 

いけないいけない、気を引き締めて登山せねば。

 

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御山を登る5

そして、見てくれ!!

 

「松原?」とキョトンとしたあなた。

まぁその通りなんだけど、右端にもっと目を凝らしてほしい。

 

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御山を登る6

あの石柱だ。

 

あの石柱、何だと思う?

何を示していると思う?

 

もうちょっと拡大しよう。
 

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御山を登る7

 

僕らの目指していた、山の頂(いただき)である。

 

 

御山の山頂に、僕は立つ

 

僕は思わずつぶやいた。 

「バ…バカな…。か…簡単すぎる…。あっけなさすぎる… 。」

 

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日本一低い山1

「あ・・・ありのまま 今起こった事を話すぜ!

僕は山を登ろうと思って松原を歩いていたら、いつのまにか山頂にいた。

 

何を言っているのかわからねーと思うが、僕も何が起こったのかわからなかった…。

頭がどうにかなりそうだった…。

催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。

もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ。 」

 

…と、どこかで聞いたことがあるような独り言が自然と出てきた。

 

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日本一低い山2

しかし間違いなくここが山頂だ。

『御山 日本一低い山 三・六メートル』と書かれている。

 

登頂まで何秒なのか計測したかったが、そもそも1合目がどこだかわからなくって計測が出来なかったことだけ悔しい。

 

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日本一低い山3

とりあえず記念撮影だ。

僕はやりとげた男だ。たぶん。

 

スタミナはまだ2%くらいしか使ってない。

例えると、めっちゃトレーニングして万全の体調で迎えた格闘技の世界大会の場で、僕以外の全員が食中毒で倒れて、「おめでとう!君が優勝だ!」とトロフィーを渡されたような気持ちだ。

 

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日本一低い山4

確かに、物足りなかった。

でも、それは僕のこの山に対する理解が足りなかっただけなのかもしれない。

 

世の中には、いろんな山があるのだ。

個性はいろいろ、全部正しい。全部がオンリーワン。

 

さて、この山なのだが、冒頭で「2004年に発見された」と書いた。

「発見された」とは一体どういうことなのだろうか?

 

*-*-*-*-*-*-*-*-
 

 …2004年のこと。

大きな台風で、このエリアは浸水した。松原も浸水した。

 

その際、改めて松原の地形を測量し、一番高いところがどこなのかを調べてみた。

それが、標高3.6m地点のここである。

 

さらに、郷土史などを調べてみると、ここが「山」として記載があったのだ。

 江戸時代や明治時代は、ここは山として扱われていたそうなのだ。

 

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日本一低い山5

「だったら現代もここを山として扱っていいよね?」

 

こうして、御山が誕生した。

…いや、復活したと言ってもいいのかもしれない。

 

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日本一低い山6

翌年、2005年の8月には山開きのイベントも行った。

 

もう、まぎれもない山のような気がする。
すっっっごくなだらかな山だけど。

 

 

最低峰になれなかった山

 

次に、日本一低い山の定義について考えていこう。

 

前述の通り、日本一低い山は複数ある。

どれがホントでどれがウソかとかではなく、定義が複数あるのだ。

 

その中の定義の1つに、「国土地理院に認定されている」というものがある。

 

www.gsi.go.jp

 

国土交通省国土地理院

 

つまり国に正式に山と定められ、国の認める地図や地形図に掲載されるかどうかということだ。

これは大きなステータスである。

 

御山も、国に認められたかった。

しかし、結論としてその夢は叶ってはいない。

 

山であることの定義には、「自治体が山として認識しているか」・「地元民が山の存在を広く知っているか」・「山としての歴史があるか」などがあるそうだ。

具体的な評価結果は知らないが、御山は基準をクリアできなかったのだろう。

 

…では、「もしクリアできていたら」を考えてみよう。

「歴史に"if"はない」と言われるが、考えてもいいじゃないか。

そっちのほうがおもしろいんだから。

 

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上記は、大阪の「天保山」と仙台の「日和山」という、国土地理院に認められた2つの山の最低峰争奪戦の図である。

 

詳細が気になるのであれば、以下をご参照いただきたい。

 

drive-ns.hatenablog.com

 

着目すべきは、御山が爆誕した2005年部分である。

2005年時点で国土地理院に認められている日本一低い山は、天保山であり、標高は4.53mであることがおわかりいただけると思う。

 

もし、その当時に御山(3.6m)が国土地理院に求められていたら…!!

 

大阪の天保山(4.53m)を抜いて、日本一低い山の誕生だ!!

 

"if"の世界では、しっかりとここは日本一低い山なのだ。

 

現実ばかりを見ていちゃダメだ!夢を見るんだ!

 

…世間一般とは言っていること逆かもしれないけど、山に低さを求める時点で世間一般とは真逆だ、気にするな!!

 

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日本一低い山7

 

神話の時代の思い出を

 

白鳥神社に話を戻そう。

 

拝殿は1880年に建立されたのだそうだ。

僕の訪問時に修復作業をしており、トンテンカンと賑やかなサウンドを奏でていたこともある。

 

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神社と松原1

しかし、その由緒はもっともっと遥か昔、神話の時代まで遡るともいわれている。

 

神話時代のヒーロー「日本武尊」が病で亡くなった後、白鳥に転生した。

そしてその白鳥は、ここの松原に降り立ったそうなのだ。

そこを祀ったのが、白鳥神社である。

 

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神社と松原2

少し境内を歩いてみよう。

…大きなクスノキがあった。

 

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神社と松原3

樹齢800年で樹高30m・周囲7.6mあるそうだ。

"かおり風景百選"に選ばれているんだって。

 

説明板の写真を撮ってきたので、詳しくは以下の写真をご覧いただきたい。

 

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神社と松原4

クスノキを見上げる。

まだ今は4月だから葉は少ないけど、これから境内に大きな木陰を作るのだろう。

そう思ってワクワクした。

 

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神社と松原5

さて、では次のスポットへと向かおうかな。

 

この地に白鳥となって復活した日本武尊

この地を測量したことで復活した御山。

 

人も山も、こうして脈々と未来へと繋がっていくのだろう。

 

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神社と松原6

※ あ、でも境内にあった御山のイラストは、誇張表現すぎると思った。山頂に雪を被ってやがる。

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

住所・スポット情報

 

 

No.105【千葉県】まるでカリフォルニア!?「千葉フォルニア」は車&バイク好きの楽園だ!

2016年秋のことだった。

袖ヶ浦のこの地に降り立った、ロック界のカリスマが、こう言った。

 

「ここはハワイかよ!」

 

アメリカ西海岸のカリフォルニアに雰囲気が似ていることで少しずつ認知度が上がっていた矢先のこの場所は、彼の言葉をきっかけに人気爆発したという。

 

このスポットの名は、「千葉フォルニア」という。

 

以来、南関東の車好き・バイク好きにとっての聖地である。

 

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千葉フォルニアに車を停めて

 

2020年の最終日。

そんな節目の日に、僕は千葉フォルニアを目指した。

天気は文句なしの快晴だ。

 

千葉フォルニアは袖ヶ浦東京湾を埋め立てた工場地帯の一角の「袖ケ浦海浜公園」に続く道を指す。

南関東以外の人に話すなら、「アクアラインの千葉側からすぐ」と言えばイメージしやすいと思っている。

 

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千葉フォルニアへ1

すぐ近くには「木更津かんらんしゃパーク・キサラピア」という遊園地がある。

青空に観覧車が聳えていた。

 

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千葉フォルニアへ2

その他のアトラクションも公道から見えている。

 

興味をそそられるが、僕のような男ひとりで観覧車に乗っていたら、年末というより世紀末みたいな感じになりかねないので、自粛する。

 

 

アメリカ西海岸に思いを馳せて

 

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ここは千葉フォルニア1

さらに海へと向かうと、工場地帯の横の海沿いのヤシの木の並木が見えてきた。

ここが千葉フォルニアだ。

 

なんか正面奥の方に車がたくさん停まっている。

 

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ここは千葉フォルニア2

もう少し近付いてみた。

こんな感じだ。

みんなヤシの木の下で、いい感じのソーシャルディスタンスをキープしている。

 

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ここは千葉フォルニア3

このヤシは”ワシントンヤシ"というらしい。

ネーミングが既にアメリカンだな。

ワシントンは西海岸だはなく東海岸だけど、O型は細かいことは気にしない。

 

背の高いヤシが98本、袖ヶ浦海浜公園に向かって1.2㎞並んでいる。

その向こうは東京湾だ。

この光景が、カリフォルニアに例えられているのだ。

 

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ここは千葉フォルニア4

みんな、路肩に車やバイクを駐車して、愛車の写真を撮ったり、景色を眺めたり、同じ趣味の仲間同士で談話している。

 

あとはきっと、SNSとか投稿しているのだろうな。

世はSNS時代だ。

このスポットも、Twitterやインスタグラムの力で一気に有名になったのだ。

 

僕も愛車の日産パオを駐車してみた。

 

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ここは千葉フォルニア5

他のみんなはカッコいいバイクやとんがった車の人が多いので、パオは異質に見えるかもしれない。

しかし、パオもこの風景にとても馴染むのだ。

 

少し話は反れるが、日産パオは昭和時代の最後に発表され、3ヶ月のみの完全受注生産の車。

そして平成時代に世に出た車の第1号である。

 

日産が、令和の今では実現ほぼ不可能なほどに、凝りに凝ったデザインをし、世に送り出した。
そのコンセプトは、「電柱がヤシの木に見える」というものであった。

つまり、何気ない日常をワクワクするような冒険に変えてくれる車なのだ。 

 

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ここは千葉フォルニア6

電柱がヤシに見えるのだから、本物のヤシが似合わないハズがないよね。

そして、袖ケ浦の海もカリフォルニアに見えるのだ。

 

もう、見まがうことなき常夏バカンスなのだ。

晦日?明日は正月??

なにそれ。いいからアロハシャツ持ってこい。

 

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ここは千葉フォルニア7

少しアングルを変えると、放送事故のように日常感が垣間見える。

道の反対側は工場地帯だからな。

 

しかしな、モデルだってきっと自宅ではヨレヨレの部屋着だし、聖人君主だって密かにエロい妄想とかしているだろう。

物事はなんでも、裏と表があるのだ。いい勉強になったな。

 

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ここは千葉フォルニア8

道路の反対側から撮影してみた。

 

この道路の広さ、そして交通量の少なさ、なんだかアメリカンだな。

この先は前述の袖ヶ浦海浜公園があり、そこで突き当り。

だからそんなに交通量は多くはないのだ。

 

 

東京湾の大パノラマ

 

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そのロケーション1

愛車の後ろには、「東京湾アクアライン」の「アクアブリッジ」部分、そして川崎や横浜のビル群、さらに箱根の山や「富士山」が見えている。

すごいロケーションだ。興奮する。

 

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そのロケーション2

さらにアップにしてみた。

海の向こうのアクアラインと富士山が良く見える。

 

実はアクアラインの手前に、「千と千尋の神隠し」のワンシーンにも例えられる、海の中に続く電柱が写っている。

僕はこの後にそこで2020年最後の日没を見るのだが、その話はまた機会があったとしよう。

 

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そのロケーション3

そして、富士山だ。

わかりやすくコントラストを少し調整した。

 

カリフォルニアなのに、日本の象徴富士山だ。

もしあなたがここで写真を撮り、知人に「カリフォルニアを走ってきたぜ」と写真を見せようと考えているなら、富士山をどうごまかすのか、今からしっかり考えて対策を立てるといい。

 

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そのロケーション4

東京都心のビル群も見える。

「東京タワー」とお台場の観覧車だ。

 

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そのロケーション5

 「東京スカイツリー」も見えるぞ。

群を抜いて高い。

 

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そのロケーション6

頭上にはANAの飛行機が飛んでいた。

羽田空港」離発着のものだろうか?

 

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そのロケーション7

そしてこれはアクアラインの中継地点である「海ほたる」だ。

 

この記事を公開する数日前に「金曜ロードショー」を見たあなたは、「タイタニックか!」とか思われるかもしれないが、東京湾海上に浮かぶPAだ。

ジャックとローズがイチャコラしながら逃げ回っているわけではないし、音楽隊が斜めになりながら「主よ御許に近づかん」を演奏する必要もない。

とても安全なPAだ。

 

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そのロケーション8

あとは、「横浜みなとみらい」なども見えているのだが、アクアブリッジの向こう側でちょっと見栄えがしないので、割愛したい。

 

…というわけで、ここからは東京・川崎・横浜と言った大都市を、ちょっと外側から俯瞰して見ることができるのだ。

その距離感が、とても心地良いと感じた。


 

袖ヶ浦海浜公園にて

 

では、次は千葉フォルニアの延長線上にある袖ヶ浦海浜公園に行ってみよう。

車に再び乗りこんで、ほんの1~2分だ。

 

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海浜公園1

はい、到着した。

後ろには展望タワーが聳えている。

 

…が、タワーの上に乗っているボール、あれはなかなかにヤバいな。

乗せた人のバランス感覚もすごいが、もし地震で「ゴローン」と落ちてきたら、それこそヤバいな。気になる気になる。

 

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海浜公園2

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海浜公園3

振り返れば、千葉フォルニアのヤシの並木が見えている。

1.2㎞続いたカリフォルニア区間の終了だ。

 

では、展望タワーに登ろう。

どうやら無料のようなので、ここまで来たなら登らない選択肢はない。

 

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海浜公園4

あのタワーは、高さ25m。

ちょっとWikipediaさんの説明を引用しよう。

 

人々の夢をいっぱい乗せた未来の宇宙船を想像したアルミ製の銀色の球形の屋根が設置されている。

また「人や生き物にやさしい地球環境づくりのための自然エネルギー」を活用して公園内の電力をまかなうための風力発電施設が設置されており、新たなシンボルタワーとして、自然エネルギーの学習の場、さらには観光施設として多くの人々に活用されることを期待されている。

(引用元:Wikipedia

 

…だそうだ。宇宙船だ。

 

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海浜公園5

張り出しバルコニーのような、扇型の展望台。

高所恐怖症の人だったら、あそこに立つことを想像しただけで足ガクガクになりそうだな。

 

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海浜公園6

内部は狭いらせん階段だ。

灯台を登るときなどと同じような感覚だ。

グルグルと25m、ひたすら登ろう。

 

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海浜公園7

そんで屋上出ると、やっぱ怖いなこのボール…!

写真では伝わらないかと思うが、頭上に結構なプレッシャーをかけてくるよ、これ。

 

ボールを支えている華奢なアームが壊れでもしたら、「インディージョーンズ」第1作の冒頭をリスペクトすることになるよ、僕。

 

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海浜公園8

上からの展望だ。

特に左部分、異国情緒あふれるテイストである。

 

向かって右奥には、さっき走って来た千葉フォルニアが伸びている。

 

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海浜公園9

鉄塔が雰囲気を少し破壊してしまっているが、ヤシの並木とその背景となる海は、とても絵になる。

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海浜公園10

次は、公園のさらに奥側を見てみよう。

 

散歩したら気持ちが良さそうな緑地がずーっと続いている。

真冬なのに、緑が生い茂っている。

初夏だとかに来たら、さらに気持ちが良いのだろう。

 

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海浜公園11

東京湾の反対側に見える景色は、さっきの千葉フォルニアからのものと同様なので割愛する。

しかしここは高さが25mあるから、より海が広く迫力のあるパノラマが広がっていた。

 

 

ツーリングの新名所へ

 

冒頭で少し触れた通り、この千葉フォルニアが有名になったのは最近の話だ。

 

袖ヶ浦海浜公園が2004年にでき、その当時からヤシが植えられていたそうなので、千葉フォルニア誕生もきっと2004年なのだろう。

(間違っていたら申し訳ない)

 

毎年袖ヶ浦海浜公園で「氣志團」がロックフェスをしているんだけど、2016年に「矢沢永吉さん」がゲスト出演したときに「ここはハワイかよ!」と言い、そして人気に火がついたようだ。

 

また、2016年・2017年頃の各種雑誌で千葉フォルニアという名前が使われ、首都圏のインスタ映えスポット、ライダーたちの人気スポットとして紹介されたことも大きいだろう。

 

そしてなにより千葉フォルニアという秀逸な名前が誕生したことが、ここのスポットの人気の底上げになっていると感じた。

では、"千葉フォルニア"という名前はいつから使われ始めたのか。

 

おそらくは誰かが通称で使ったことが口コミで広がったと推測した。

…であれば、Twitterだ。

 

もしかしたら2016年あたりかな…と思って検索してみたら、チラホラ既に使われている。

2015年、2014年も、使用数は少ないが千葉フォルニアという言葉は存在している。

 

2013年、2012年もいた。

マジか…。僕は当時全然ここの存在を知らなかったよ…。

 

結論、2010年にわずか数人の人が千葉フォルニアというい言葉を使っていた。

もしかして彼らが始祖なのだろうか…。

ちょっと話を聞いてみたい気もしたが、彼らの最後のツイートは既に数年前であり、アクティブユーザではなさそうだったので、話しかけるのは辞めた。

 

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今もどこかで新しいスポットが誕生しているのだろう。

そして、ウワサになったりならなかったりしているだろう。

 

こうやって少しずつ時代は移り変わっていく。

だからこそ、僕はまだまだ日本を走りたいんだよね。

毎回新しい発見があるし、きっとこれからもあるのだから。

 

では、さらば千葉フォルニア!

さらば2020年!!

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: 千葉フォルニア
  • 住所: 千葉県袖ケ浦市南袖36
  • 料金: 無料
  • 駐車場: 並木の路肩、あるいは袖ヶ浦海浜公園駐車場
  • 時間: 特になし

 

No.104【熊本県】雄大な阿蘇に抱かれて眠れ…!そして神々しい朝日と共に走れよ旅人!!

 

「3K」とは何か、あなたはパッと答えられるだろうか?

そう、「危険・きつい・汚い」である。

 

かつてよりかは随分と一般的となり社会的認知度が上がったとはいえ、車中泊に対する一般層からのイメージは、いまだにこの3Kを脱却しきれていないと僕は感じる。

 

…確かにそうなのかもしれない。

牛肉の美味しさを知っている我々が、あえてネズミの肉を食べようとしないのと同じだ。

空調設備のある部屋のフカフカの布団で寝られるあなたが、わざわざ車中泊をすることに意味を見いだせない気持ちもよくわかる。

 

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HUMMER_H3での車中泊1

しかしだ。

考えて見てほしい。

我々も小さい頃、秘密基地を作ったり、あるいは憧れたりしなかっただろうか?

 

それはなぜか。

自分自身の寝床の方が確実に3K要素が低いのに、なぜ人は秘密基地に憧れるのか。

 

…まぁアレだ。

それをここで書いてしまうと味気なくなるので、辞めておこう。

 

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HUMMER_H3での車中泊2

今回僕は、「道の駅 あそ望の郷くぎの」を絡めて車中泊体験談を書く。

それをもって、あなたなりにご判断いただければと思う。

 

 

今夜の寝床を求めて

 

新型コロナウイルスが蔓延する4ヶ月程前の、2019年秋のお話である。

僕は、九州一周車中泊の旅をしていた。

 

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寝床探し1

高千穂から阿蘇へと向かう峠道を走り、18:40に「高森峠」から見下ろした阿蘇カルデラの夕焼けは、それこそ鳥肌が立つほどに美しかった。

こんな景色と偶然出会えるのも、旅の醍醐味である。

 

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寝床探し2

阿蘇カルデラに降り立ったころには、もう周囲には夜の帳が下りていた。

峠からたったの10分であったが、秋の日没は早いのだ。

 

あても無い車中泊の旅において、日が暮れた後にやることは原則3つだ。

 

  1.  夕食
  2.  風呂
  3.  野営

 

まさに昭和時代の亭主関白な人間の発する、「メシ・フロ・ネル」そのものだ。

 

夕食は、適当にコンビニなどで買って、野営地で食べるなどの方法もある。

だが、かなり空腹だったし、せっかくだからご当地のものをお店で食べたいなって考えていた。 

 

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寝床探し3

お店、見つけた。

ログハウス風の食事処で、阿蘇の赤牛のハンバーグを食べている。

牛をかたどった鉄板の上で、肉厚だけどもとても柔らかいハンバーグがジュージュー言っている。

 

すまないな、今だけなら僕は、全人類の中で一番幸せかもしれない。

ひとくちごとに溢れ出る肉汁と笑顔よ。

 

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寝床探し4

さて、日中は食事の時間すら最低限とし、ほとんど休むことなく観光を続けていた僕。

ハンバーグが出てくるまでの待ち時間は、ツーリングマップルを見ながらの今後のプランの考察タイムとして非常に貴重だ。

食べ終わった後のことをいろいろ考えていたのだ。 

 

まずはお風呂だ。

ちょっと見てほしい。

 

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明日の朝一は上の図の中央阿蘇山の山岳地帯の絶景を走りたい。

だから今日の活動は中央のやや下くらいで終えられるとベストだ。

 

メッチャいい場所に「南阿蘇 久木野温泉 四季の森」っていう温泉がある。

最高だ。そこで風呂に入ろう。

 

次に野営地だが、見つからない。

僕の手持ちのツーリングマップルでこの付近を調べる限り、道の駅が無いのだ。

 

まぁなんとかなるだろう。

この付近には数多くの水源公園がある。

確かそのいくつかは駐車場を兼ね備えていたはずだ。最悪、そこで車中泊だ。

 

お風呂施設、四季の森を目指して走り始めた。

一応、車中泊に適した場所が無いかキョロキョロしながら走る。

 

しかしその心配は無用であった。

道の駅の看板を見つけたのだ。

 

しかもお風呂に向かう僕の進行方向を、道の駅の看板も示している。

なんだこのラッキーは!

 

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「道の駅 あそ望の郷くぎの」だ。

入浴施設のメッチャ近くにある。1kmくらいの距離だ。

思わず「最高かよ!」と叫んだ。

これ、お風呂出て数分後には「すやぁ~」とできるじゃないか。

 

お恥ずかしながら、僕の所持していたツーリングマップルはだいぶ古い。

2015年に開設したというこの道の駅は、僕のツーリングマップルには掲載されていなかったのだ。

 

やはり持つべきものは、新しい情報だな。思い知った。

 

快適な車中泊スポットは重要だ。

あなたもツーリングマップルは、より新しいのを持っておくべきだ。

声高らかに、そう言いたい。

もう今夜の車中泊には困らないので、ドヤ顔でそう言いたい。

 

 

今夜のお風呂を求めて

 

まぁそれはさておき。お風呂入ろう。

道の駅あそ望の郷くぎのをチラリと確認した後、四季の森の前に到着した。

 

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お風呂探し1

うん、なんだかヤベー暗さだよね、これ。

嫌な予感しかしない。

 

入口まで行ったけど、ドアが閉まっていた。いよいよヤバい。

目の前の施設である四季の森に電話をした。

録音音声で「本日休館日です」と言われた。

 

お風呂に入らず、1㎞先の道の駅で寝てしまうべきか。

いや、それは許されざる野蛮な行為である。

紳士の代名詞であるかのような存在の僕は、ちゃんと毎日お風呂に入って清潔を保つべきなのだ。

ほら、今日も日中暑くて結構汗かいたし。

 

四季の森の暗い駐車場でツーリングマップルを開き、片っ端からWeb調査&電話を架けて営業確認をする。


しかし、この付近の温泉施設は営業時間が終わっていたり、オーナー亡くなって閉鎖してしまったりと散々だ。

絶望の波が押し寄せる。

 

ようやく発見した。

10km離れたところに発見した。

「南阿蘇村役場 総合福祉温泉センター・ウィナス」。

 

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僕は「よしっ!」って思った。

あと、「この辺の施設、全部名称が長ェ!」とも思った。

 

試しにウィナスに電話してみた。

「最終入場まであと30分、営業時間終了まであと1時間よ」と言われた。

人生ハードモードだ。

 

寝床はもう目と鼻の先なのに、短時間お風呂に入るためだけに往復20㎞。

楽しくなってきた。急ごう。

 

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お風呂探し2

ここが僕の命の恩人、ウィナスさんだ。

既に時刻は20:20だ。閉館は21:00だ。

速攻で飛び込み、頭を体を洗う。湯舟にももちろん浸かる。

 

誠に失礼だが、どんなお風呂だったのかはあんまり記憶にない。

しかし、お風呂から出てきた僕の顔の爽やかさから、ウィナスさんへの感謝の気持ちはうかがい知れると思う。
 

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お風呂探し3

再び、阿蘇山麓の真っ暗い道を運転し、道の駅あそ望の郷くぎのまで戻った。
 

 

高原にて安らかに眠れ

 

道の駅あそ望の郷くぎのだ。

もう後は寝るだけだ。

飯も食ったし、風呂も入った。完全にととのっている。

 

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車中泊1

真っ暗で全然見えないが、高原にすごく広大な駐車場が広がっているっぽい。

 

施設の営業はもう終わっているが、内部にわずかに灯りがついている。

まだ従業員さんが後片付けとかしているのかもしれないね。

 

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車中泊2

写真では明るく見えるかもしれないが、歩くのすら慎重になるほどに暗い。

上の写真で、ひときわ明るいのは月だからな。

 

どうやら駐車場には車が300台停まれるらしいが、たぶん今は5台もいない。

ガラッガラだ。

 

つまり寝るにはうってつけの環境ということだ。

 

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車中泊3

では、寝る。

軽くお酒を飲んでも旅情を感じられていいのかもしれないが、少なくとも今夜は飲まない。

 

なぜなら、明日は日の出と同時に行動したいのだ。

朝日が出る瞬間から、阿蘇の絶景を堪能したいのだ。

 

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車中泊4

ちなみにだが、道の駅で車中泊をしていいかどうかは、議論になることがある。

公式に「できる」と言っているところもあるし、「ご遠慮ください」と言っているところもある。

 

ここからは、大変に恐縮だが僕の持論だ。

道の駅は車中泊をするために存在している場所ではない。

 

仮に「車中泊をしていい場所である」とするなら、施設側にもなんらか最低限の管理責任が生じてしまう。

だからこそ、建前上は「車中泊のための場所ではない」と言うしかない。

仮に車中泊をするなら、施設側に迷惑をかけぬよう、ヒッソリとやるのがマナーだと考えている。

 

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車中泊5

例を挙げると、路線バスの中は原則食事は禁止である。

ただ、人が少ない状態にときであれば、オヤツやおにぎり程度はいいかな…という意見が多い傾向と思う。

 

しかし、ギュウギュウに混んでいるバスで豚骨とかのカップ麺をすすっている人がいたら、もういろんな面でヤバい。

 

仮にそういう人が大量派生したら、バス会社は「車内での食事禁止」と張り紙やアナウンスをするしかない。

どこまでがOKで、どこまでがNGっていう線引きは難しいから、「食事は全部ダメ」って言うしかない。

もともと食事することを想定した運用ではないのだから。

 

車中泊も、それと一緒と考えている。

善意でやらせていただいている。

 

だからせめて極力静かにすごし、早朝には去る。

連泊などは間違ってもしないようにしている。

それでも反対意見はあるだろうが、感謝の気持ちだけは絶対に忘れない。

 

では、おやすみなさい…。

 

 

壮大な夜明けの到来

 

さぁ、今回の記事のメインだ。

朝の5:00、僕は起きる。

 

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夜明けの阿蘇1

ほぼ真っ暗だ。

しかし山の稜線が仄かに明るい。

 

この時間から、徐々に朝になるのを見たかったのだ。

ふふ、楽しみ。

 

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夜明けの阿蘇2

スマホから天気予報を見た。

まぁわかっていたことだが、今日は1日メチャメチャ快晴だ。

 

笑いが止まらない。

快晴の阿蘇を走るため、昨日はわざわざ九州の海岸線一周を途中で中断し、急遽内陸のここまで来たのだからな。

 

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夜明けの阿蘇3

外に出てみた。かなりヒンヤリする。さすが阿蘇だ。

数日前に宮崎県で車中泊したときは「熱中症になりかねないな」って思うほどの暑さだったが、昨夜はとても快適に寝れたしな。

 

着替えたりトイレ行ったりしているうちに、みるみる空は明るくなる。

5:40でこんな感じだ。

「山が焼けている」みたいな感じだ。

 

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夜明けの阿蘇4

遠くにキャンピングカーが1台だけいた。

車中泊仲間だ。

 

あっちの人は起きているのだろうか?

勝手にあっちの人と感動を分かち合った気分になった。

 

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夜明けの阿蘇5

太陽が生まれるのは、あのあたりからだろうか?

目星をつけておく。

 

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夜明けの阿蘇6

道の駅の24時間トイレの向こう側は、阿蘇雄大な山々を一望するウッドデッキが広がっていた。

明るくなって初めて気付いた。最高のパノラマだ。

 

ボクシングのシャドーをしている人がいた。

99%、彼はボクサーではない。

僕に見られて少し恥ずかしそうであったが、僕は彼がシャドーをする気持ちがわかる。

男性はテンションが上がるとシャドーをする習性があるのだ。

 

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夜明けの阿蘇7

ちなみに僕は、ここで歯磨きしたね。

最高じゃないか。

車中泊ならではのイベントだ。

 

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夜明けの阿蘇8

ウッドデッキにて歯を磨き終え、愛車のもとに帰ろうとする頃には、もうかなり空は明るくなってきた。

 

あと、拡大しないと見えづらいと思うが、向こうの方に牛の親子のオブジェがいる。

これも明るくなって今気づいた。

さぁ、急ごう。

朝日が昇る前にやることがある。

 

僕はアルポットを使ってコーヒーを淹れる。

モーニングコーヒーだ。

コーヒーを飲みながら朝日を迎えるのだ。

 

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夜明けの阿蘇9

 

6:13、日の出。

 

 

ギリギリでコーヒーも間に合った!!

朝日にカンパイだ!

世界一おいしいコーヒーだ。車中泊して飲むコーヒーに勝るものはない。

 

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夜明けの阿蘇10

ヤバいだろ、これ。

 

これからあの山を越えていくんだぜ。

今が人生のピークとしか思えない。

 

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夜明けの阿蘇11

赤牛の親子のオブジェも、朝日を浴びてより赤く見える。

世界はキラキラだ。

残りのコーヒーを飲みほした。

行くぜ。愛車のパオ、エンジン点火。

 

 

最高の1日が始まる

 

6:28、僕は走り出した。

高原の空気は棲み、テンションはMAXであった。

 

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最高の阿蘇へ1

自分自身の寝床の方が確実に3K要素が低いのに、なぜ人は秘密基地に憧れるのか。

 

  • 自分だけの空間が欲しい
  • 自分の手で、自分らしさを求めたい
  • 不自由の中に創意工夫の楽しさを見出したい
  • 外の環境をより身近に感じたい
  • 非日常を求めたい
  • 普段とは違うワクワクが欲しい

 

車中泊には、それが全部ある。 

 

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最高の阿蘇へ2

今回、寝る場所を見つけられなかったり、お風呂に困ったりした。

 

そんなのは全然いい。

数日経って振り返れば、むしろいい思い出だ。

「何かをがんばったこと」っていうのは、忘れられない思い出になるのだ。

 

家にいたら「どこで寝ようか?」とか「お風呂はどこだ?」ってならないでしょ?

そんないつもであれば当たり前の環境を、知らない土地で自分1人で見つけるのだ。

これをワクワクを言わずに何と言う?

 

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最高の阿蘇へ3

そして、朝起きればスペシャルなご褒美だ。

 

まだホテルに泊まっている人は寝ているかもしれない。

そんな時間に僕はもう、走り出している。

1日がとても長い。

 

そして、今日どこで夕食を食べるか・どこでお風呂に入るか・どこで寝るか。

そんなことは全部決まっていない。

 

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最高の阿蘇へ4

自由なのだ。

 

九州一周をする人はたくさんいるだろう。

阿蘇を走る人もたくさにるだろう。

 

だけどもこの物語は、あなたが主人公であり、あなた1人だけのものなのだ。

 

 

僕は愛車日産パオのアクセルを踏んだ。

 

行こう、阿蘇へ。

最高の1日へ。

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: 道の駅 あそ望の郷くぎの
  • 住所: 熊本県阿蘇郡阿蘇村大字久石2807
  • 料金: 無料
  • 駐車場: あり
  • 時間: 店舗により異なる

 

No.103【岐阜県】ナニソレ怖い…!腕の無い聖徳太子像を追い、丘の上を目指した記憶…!

「あなたにとって、聖徳太子とはどのような人物ですか?」

 

万が一にも就職面接で、面接官がこのような質問をしてきたら、あなたならどうする?

 

聖徳太子」は、仏教の教えを政治や国民思想の根底に敷き、そして能力がある者が昇進することで、国の活性化を目指した。

その後も日本の歴史はいろいろあったが、21世紀まで続く我々の文化や政治の大本を築いたと言っても過言ではないだろう。

僕らは皆、間接的に聖徳太子の恩恵を受けているのかもしれない。

その点を絡めて回答すれば、きっと100点だ。

 

「ふふっ。実は岐阜県のとある町の山中にですね…。腕の無い聖徳太子の像があるそうなのですよ…。気になるじゃありませんか。あの聖人に腕が無いんですよ…?だから僕ね、実際に見に行ったんですよ…、ふふふ…。」

はい、0点だ。

 

www.shitennoji.or.jp

 

100点を取りたいあなた、日本仏法最初の官寺である「四天王寺」のWebサイトなどを見に行こう。他にも参考となるWebサイトはたくさんある。やったな。

 

0点に興味を示してしまった悲しきあなた。

このまま読み進めても得るものは無いかもしれないが、僕と一緒に冒険しよう。握手だ。

 

 

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…いや、失礼。

握手する手が、ナ イ ノ ダ ッ タ ナ …

 

 

 

妖しい森の精霊たち 

 

その日、僕は岐阜県内のミステリースポットを巡るドライブをしていた。

その過程でやってきた、揖斐郡大野町。

 

詳しい場所はわからないが、この町を見下ろす丘の上に「腕の無い聖徳太子像」があるという…。

従い、怪しそうな方向の山をキョロキョロ眺めながら、街中を走っていた。

 

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妖星乱舞1

あ、見つけた。

山の中にポツンと立つ白い像は、ここから1~2kmは離れているのだろうが、周囲から浮いていてすぐに発見できた。

 

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妖星乱舞2

あなたもお気付きになったか。

赤い丸の中に、例の聖人がいらっしゃる。

 

ちょっとズームしてみよう。

 

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妖星乱舞3

なるほど、ここから見えているのは彼の背中部分のようだ。

緑の大海原の中で半身浴しているかのような、彼の姿が確認できた。

 

よーし、会いに行こう。

聖徳太子に会いに行こう。

 

とりあえず近付ける方向に走って行くと、どこぞのグラウンドに入り込んでしまった。

引き返す。

大きく迂回し回り込んでみた。

 

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妖星乱舞4

うむ、この混沌としたテイストが、正解であることを物語っているように感じた。

妖しい場所を目指すのであれば、その入口もまた妖しい。当然だ。

 

メインとなる看板はチョコレートのように一面錆びていて、右上にかろうじて『ましょ』という文字が残っていることしかわからない。

とりあえずここを右に曲がってみましょ。

 

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妖星乱舞5

これは初夏の清々しい木漏れ日の中のドライブだろうか?

 

…いや、違う。

これは僕個人の偏見で大変申し訳ないのだが、どことなく禍々しい空気を感じていた。

狭い道の両側がジットリと苔むしていることが、そんな気分にさせるのだろうか?

 

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妖星乱舞6

おかしいな、おかしいな。

日はしっかり射しているのに、心は晴れずにどこか心がザワザワする。

 

そう、何者かの視線を感じているようなのだ。

森の陰から。
 

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妖星乱舞7

いる。

なんかこっち見て微笑んでいる。

 

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妖星乱舞8

一体だけではない。無数にいるのだ。森の中に。

朽ちかけた木に彫られた顔が、こちらをジッと眺めている。

 

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妖星乱舞9

なんでこんなところにこんなものが?

 

かわいくもなんともない顔たち。(個人の感想です)

どんな意図でこんなものを作り、こんな表情をさせているのだよ。

 

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妖星乱舞10

さいころの僕だったら間違いなくトラウマになっている。

デートでドライブしていて、万一ここに迷いこんだカップルがいたら、ロマンティックも吹き飛ぶであろう。

 

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妖星乱舞11

しかし残念だったな。僕には失うようなロマンチシズムは元からない。

なぜなら、この僕は今日は1人だ。…大体いつも1人だけどな。

 

そして、「ミステリーよウェルカム」なスタンスでドライブしている。

むしろ腕の無い聖徳太子のオードブルとして、このくらいは望むところよ。

 

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妖星乱舞12

奇妙な森の精が見つめる中、エンジンをブンブン唸らせて森の中の狭路を登る。

そして、ついに視界に聖徳太子を捉えた。

 

 

日出処の天子

 

森の中、大きく曲がるカーブの途中にポッカリと開けた空き地があった。

その草の生い茂った空き地の中に、大きな聖徳太子像が立っていたのだ。


うおぉ見つけた、ビックリした。

ビックリしたし、到着した。

 

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無翼の天使1

これは駐車場なのかな?

像の一段下にある、舗装されていない空き地に愛車を駐車した。

 

では、改めてご対面だ。

 

 

聳える3体

 

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無翼の天使2

はい、すごい。

10m程はある、巨大な聖徳太子だ。しかし腕が無い。

 

左右には赤い(返り血?)2人の僧侶を従えている。

RPGのボスキャラみたいな配置である。

だとしたら、補助魔法を多用してくる左右のを先にやっつけるべきだな。

 

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無翼の天使3

向かって左、マフラーをしている僧侶が「親鸞」だ。

浄土真宗を作った人だ。南無阿弥陀仏の人だ。

 

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無翼の天使4

向かって右が日蓮だな。

法華宗を作った人だ。南無妙法蓮華経の人だ。

 

聖徳太子飛鳥時代の人。西暦で言えば600年前後だ。

親鸞日蓮鎌倉時代であり、西暦1200年頃だ。僧侶ペアの方が600歳も後輩。

 

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無翼の天使5

なんでこのトリオが600年の時空を超えて一堂に会することになったのか。

 

仏教繋がりくらいしか思い当たるところがないが、正直そんなことは些細な問題だ。

世の中、年の差カップルなんでごまんといる。

 

幸せな幕引きとは言えなかったが、ここ数日ワイドショーを賑わせている"紀州ドンファン"だって、55歳差だったぞ。

だから年の差トリオだっていても不自然ではないだろう。たかが600歳の年の差じゃないか。ドンファンの、ほんの11倍だ。

 

そんなことより、気にすべきことがあるだろう。

 

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無翼の天使6

 

腕が無い。

 

 

これが、珍スポットのバイブル「ワンダーJAPAN」にも掲載された、世にも奇妙な聖徳太子像である。

なぁ、腕は一体どこに行ったのだろう…?

 

 

それは腕か否か

 

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無翼の天使7

「腕の前で組んでいるんだよ」、という説もある。

僕はその説、半分あっていて半分間違っていると思っている。

 

まずは疑ってかかる説の方からだが、端的には「腕ってこんなに小せぇか?」っていうお話なのである。

服らしきもので腕自体は隠れていることを前提に、服の中を推測してみよう。

 

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無翼の天使8

有名な肖像画に準じ、胸の前で両手で笏(しゃく)を持っている想定で描いてみた。

 

腕、ちまっとしている。

顔はダンディなのに、腕はありえないほど小ぶりな上、身体にピッタリとくっつけないと実現しないスタイルである。

 

ちょっと自分自身がモデルになってみよう。

 

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無翼の天使9

「しまりのないボディだなwww」とか、あなたの苦笑が画面越しに聞こえるが、「だまれ」って言いたい。

こちとら休日の完全オフだからな、身体もTシャツもダルダルよ。

てゆーか、見てほしいのはそこではないのよ。

 

聖徳太子像と同じような位置で笏を持とうとすると、ひじをかなり張ることとなる。

 

聖徳太子のポーズには無理があるのを、自分で体現できた。

 

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無翼の天使10

斜めから見てみた。

なおさらおかしい。

 

腕が短い上、胸の前に腕を持って来ることによる立体感が全然ないのだ。

胸にわずかな膨らみはあるが、そんなのそこいらのソフトマッチョや深夜にラーメン食べる食生活の御仁の方があるわ。

 

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無翼の天使11

再び僕だ。

しっかり胸を張り、かつ見上げる構図を再現しようとしたら、やたらと遠近感がついてデブっぽい写真となり、ひとしきり笑えた写真である。

 

…そんなことはおいておいても、やはりこぶしとひじは体から大きく出っ張る。

聖徳太子が胸の前で笏を持っている説は、普通に考えたら無理がある。

 

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無翼の天使12

ゆったりとした服で内部がわからないので、こういうパターンも考えてみた。

なんだか拘束衣だ。

腕を体にガチガチに密着させればできなくもないが、こんな聖徳太子はイヤだ

 

 

では、やはり「腕は無くなった」説の方が有力なのか?

 

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無翼の天使13

よく見ると、肩の先に腕があったかのような断面がある。

像はかなりボロボロだ。

最初に崩れるパーツが腕であることについては、とても理に適っている。

 

念のため、腕の残骸などが落ちていないか周囲を調査したが、それは見つからなかった。

 

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無翼の天使14

もうちょっと別角度から検証しよう。

この聖徳太子の服装についてだ。

 

このモチーフになった像や肖像画があれば、非常に大きな根拠となる。

胸の前のアレが服の模様なのか、それとも腕なのか、わかるような気がするのだ。

 

僕はWebサイトから、片っ端に聖徳太子の像や肖像画を調べた。

もし家族が僕の閲覧履歴を勝手に調べたら心配されるほどに、聖徳太子のことばかり調べた。
 

結果、完全に合致するものはなかった。

近いものはいくつかあったが、結局その中の1つは誰でも知っている「唐本御影」であった。 

 

ja.wikipedia.org

 

思い返せば、両脇の親鸞日蓮も、この唐本御影の2人の子供と同じ立ち位置だな。

ずいぶんと豪華なキャスティングだが。

 

 

僕の考える真実

 

さて、前項の唐本御影と聖徳太子像を見比べていただきたい。

 

僕個人としては、唐本御影を像で再現したかったのではないかと考える。

胸の前で笏を持っている構図だ。

 

胸の前の若干膨らんでガチャガチャした部分が「服である」という根拠は、Webでは見つけられなかったのだ。

あぁいう服が飛鳥時代に存在してるのであれば、「腕ではないですよ、服ですよ」って言えるのだが。

 

では、僕の結論だ。 

 

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無翼の天使15

 

胸の前のものは、腕。

やたら小さいのは、彫刻師がヘタクソだったから。
 

 

悩みに悩み、そう考えた。

顔がリアルだから、身体もリアルだろうと考えてしまったのだ。

そこが甘かったのかもしれない。

 

drive-ns.hatenablog.com

 

drive-ns.hatenablog.com

 

腕を作るって、かなりの技術が必要なのだ。

みんな苦労している。

 

ちゃんと充分な製作予算があり、一流の職人に頼めばうまくできるだろう。

しかし、後述するがこの像の設立に当たりそこまでの予算はなかった可能性が高い。

 

従い、顔は絵心のある人にてうまくできたが、手の再現については耐久性などの問題からもうまくいかず、身体に密着した小さなものになってしまったのではないだろうか?

 

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無翼の天使16

しかしまだ矛盾がある。

 

肩にある腕がついていたかのような痕跡は何なのか。

改めてよく見ると、腕にしては断面が小さすぎるような気もするが、果たして何なのか。

 

まさか、小さな腕が4本ついていたとか、そういうアクロバティックな像であったりしたのだろうか…??

混乱した僕は、Twitterを通してアンケートをした。

 

 

回答してくれた方は41名であり、63.4%の方が「腕はある」を選択した。

 

ふむ、実はちょっと失敗した。

  • 僕が充分に考察した文章を公開した後のアンケートとなってしまった。
  • スレッドの奥深い場所でのアンケートであり、みんなの目に留まりにくく、思ったほどの票が集まらなかった。

Twitterでのアンケートは初のチャレンジだったので、これは次回への課題としたい。

 

さて、結局謎はまだ解けていない。

しかし、謎は謎のままでもいいと思うのだ。

 

「腕の無い聖徳太子像」と呼ばれるミステリースポット、それがここの魅力なのだ。

 

 

崩れゆく太子

 

この項では、僕が台座の周囲で見たものについてご紹介したい。

 

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破滅への死者1

これは台座のすぐ脇だ。

台座は経年劣化でバキバキに崩れ始め、表面がこうして周囲に散乱している。

 

前項までにご紹介した聖徳太子像の本来も、言うに及ばずだ。

見ていただいた通り、相当にボロボロなのだ。

いつ倒れてもおかしくはない。

 

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破滅への死者2

これは近くに落ちていた、聖徳太子の剣だ。 

うおぉ、デカい。怖い。

きっと腰につけていたものが支えきれなくなって落ちたのだろう。

 

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破滅への死者3

当たり前だけど、聖徳太子がデッカいので剣もそれに準じたサイズだ。

電柱が転がっているように見える。

柄に手を置いてみるとこんな感じだ。スケールの違いにただただ驚く。

 

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破滅への死者4

聖徳太子の視線の先には簡素な展望台があった。

「野村山展望台」というらしい。


そこに立つと、大野町を眼下に眺めることができた。

あのグラウンドは冒頭で、ここまで登る道を見つけられずにキョロキョロしていたグラウンドだ。

 

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破滅への死者5

その向こうには、緑豊かな町と山々が広がっていた。

 

なんだか僕のいるここだけが異世界のように感じた。

さぁ、帰ろうか。現世へ。

 

 

謎も歴史も、忘却の彼方へ

 

いまさらで大変恐縮だが、僕はあなたにお詫びしないといけないことがある。

 

この腕の無い聖徳太子像、2021年現在は実在しない。 

2018年1月に解体撤去されてしまったのだ。 

この記事は、それを偲ぶ意味で執筆させていただいた。

 

*-*-*-*-*-*-*

 

そもそもこの聖徳太子はなぜここにいるのだろう。

誰かしら、腕があったのかどうか、往時を知っている人はいるのだろうか。

 

僕は8・9年ほど前からこの件でWebサイトを巡回しているが、結果として判明していない。

もしあなたがこれらに関する情報をお持ちであれば、是非提供していただきたい。

 

 

ただ、どうやら1980年ごろには存在していたようだ。

しかし、大野町に住む人も大半がこの像の存在を知らなかったらしい。

 

どうやらこの敷地は、とある宗教団体の所有する敷地であったようなのだ。

昔の地図にはここいらは「青い鳥の館」と記載されていたらしい。

 

世間一般に広く認知させていたわけではないことが、いくつもの謎が残る要因となったのかもしれない。

 

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おそらくだが、30年ほど前には宗教団体は解散。

ここには廃墟となった建物と、シンボルであった聖徳太子像のみが残った。

 

それらはどんどん朽ちていき、廃墟は2014年に撤去、聖徳太子像も2018年に撤去されたのだ。

 

もう、これらを探ろうとする人も出て来ないかもしれない。

人々の記憶からも消えていくのかもしれない。

それも、いたしかたないのだろう。

 

 

しかし考え方を変えればね。

「頭と体と腕と足の無い聖徳太子像」なのだ。

彼はいる。

きっとここにもいるし、我々日本人の心の中にもいる。

冒頭に記載した通り、日本の礎を築いた人物の1人なのだから。

 

そして、実は今年2021年は、聖徳太子の1400回忌なのだ。

 

少しでいい。

僕らは聖徳太子のことを思い出してもいいのかもしれない。

(僕もふと1400回忌を思い出し、この記事を執筆するにいたったのだ。)

 

以上、日本6周目を走る旅人でした。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: 腕の無い聖徳太子像(ただし現存せず) 
  • 住所: 岐阜県揖斐郡大野町大字野3081-2
  • 料金: 無料
  • 駐車場: あり
  • 時間: 特になし 

 

No.102【宮城県】仙台市の「日和山」は標高3m!2021年現在、正真正銘の日本一低い山だ!

宮城県仙台市には、「日和山(ひよりやま)」という標高わずか3mの山がある。

国土地理院にも認定されている、日本一低い山である。

 

…と、サラッと書いた。

感情を抑えて、あえてサラッと書いた。

 

しかしその裏で、この山は数奇な運命を辿ってきたのだ。

 

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ねぇ、宮城県のみなさん。

仙台市の皆さん。

僕が、この山のことを語っても良いだろうか?

 

どうしてもセンシティブな内容に触れざるを得ないが、せめて最大限の愛を持って執筆したいと思うんだ。

 

 

旧・日和山の思い出

 

2009年…。

東日本大震災発生の、1年11ヶ月前のことだ。

 

僕は宮城県石巻市まで桜前線を追いかけるドライブ旅行をしており、その際に仙台市に立ち寄った。

目的は、"元祖日本一低い山"と言われる日和山である。

 

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これが、僕が今まで訪問した「日本一低い山」だ。

 

日本一低い山とは、様々な定義から複数存在している。

その中で日和山は"元祖"の称号を持っているのだ。

 

詳しくは、僕の書いた以下の【特集】をご参照いただきたい。

 

drive-ns.hatenablog.com

 

日和山の場所はツーリングマップルには掲載されているものの、住宅地の奥にあってかなりわかりづらい。

カーナビにも出て来ないので、手探りで進む。

 

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旧・日和山1

大きな目印は、「三井アウトレットパーク 仙台港」の観覧車だそうだ。

前年である2008年の秋にできたばかりらしい。

それを横目で見ながら通過する。

 

うーん、ずいぶん曇ってきたな。

昼間の石巻はポカポカの青空で、そして桜も満開で最高だったのに。

もうすでに18:00近いということもあるが、この天気は残念だ。

 

日和山は、海ギリギリの「蒲生干潟」っていう干潟の中にあるらしい。

とりあえず大体のポイントを定めて海に向かって走っていると、日和山を示す看板を発見。

 

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旧・日和山2

しかしその先は車両通行止めだったので、付近の駐車ペースに愛車を停めて歩くことにした。

住宅の間の狭い路地を抜けると、池の向こうに小高い丘が見えた。

 

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旧・日和山3

あれが日和山だ。

相撲の土俵を彷彿とさせるような、台形状の山だ。

その標高は、6.05mである。

 

どうやらあれは人工の山(築山という)だそうで、明治時代に漁師さんがその日の天候を確認するために、小高い丘にしたのだそうだ。

 

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旧・日和山4

さぁ、登山口までやってきたぞ。

眼前に聳えるは、頂上まで続く急峻な14階段。

 

一気に攻略してやる。

僕は、昔日本に存在したというNINJA(忍者)のような素早い身のこなしで、この山を駆け上がった。

 

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旧・日和山5

4秒だ!


ダッシュ開始から4秒後、 僕は山頂で歓喜のジャンプを繰り返していた。

元祖日本一低い山、今攻略してやったぞ!

 

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旧・日和山6

山頂から見た、海側の景色がこれだ。

 

ビチビチの干潟が広がり、そしてすぐ先は太平洋だ。

あなたはわずか6mだと笑うかもしれないが、ほぼ周囲が海抜0m近い平地なので、この6mはなかなかに高い立地なのだ。

 

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旧・日和山7

ツーリングマップルの内容をご紹介する。

 

日和山の周囲が水浸しであることがよくわかるであろう。

まさに干潟の中の浮島なのだ。

 

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旧・日和山8

前述の、日和山の全容写真の左側にも写っているが、山のふもとには小さな社がある。

「川口神社」という名前だそうだ。

お参りをし、写真に記録をしておいた。

 

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旧・日和山9

登山口近くにある、日和山の看板である。 

 

かなり経年劣化が激しいが、『元祖 日本一低い山 日和山 標高6.05m』と書かれている。

「元祖」の部分だけ、印字が新しいのがポイントだ。

それがなぜなのかは、後述しよう。

 

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旧・日和山10

曇っているのが残念だが、これにてミッション終了。

もしまた機会があれば、晴れた日に来よう!

 

寒い寒い。

では、仙台中心地にあるお気に入りの牛タン屋さんでも行くか!

 

…しかし、その後に僕がこの状態の日和山を登ることはなかった。

従い、本記事内ではこの山を"旧・日和山"と呼ぶこととした。

 

 

あの山を追悼するために

 

2011年3月11日、東日本大震災

 

drive-ns.hatenablog.com

 

沿岸部にあった日和山は、巨大津波の直撃を受けて消滅したそうだ。

ニュースで知り、とてもショックを受けた。

 

しかしそれ以上に北日本を中心とした人的被害・町の被害が甚大すぎてショックだった。 

リンク先の通り、僕は福島県にボランティア活動に出かけたりしていた。

 

そんなこんなでいろいろあり、かなり遅れてしまったけれども、宮城県の海岸沿いを走るドライブにやってきた。 

 

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過去にケジメを1

えっと、確かこの観覧車が目印だったな…。

というより、ここは自身の津波、大丈夫だったのだろうか?

間違いなく浸水はしたと思うのだが。

 

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過去にケジメを2

蒲生干潟。

看板のこの文字を見るだけで、胸がキュッとする。

 

既に周囲はかつてのものとだいぶ違う。

不自然に建物が無いのだ。

きっと津波で全て消滅してしまったのだ。

 

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過去にケジメを3

そのうち、蒲生の集落跡に入った。

 

一面が荒野であり、残った家屋の基礎が、ここがかつて人々の暮らす地域であったことをかろうじて教えてくれる。

心が痛い。

 

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過去にケジメを4

家々は無いが、なんとなくかつての日和山があったであろう場所を見つけ、車を降りた。

かつての日和山はどこだろう…??

暗い気持ちのまま、僕は探す。

 

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過去にケジメを5

仙台市の沿岸部って海が遠浅だし、陸側も平野がずっと続いているんだ。

津波が来ても逃げ場はないし、波がすごいスピードで内陸に向かって進んで行ったのだろうな…。

 

干潟のすぐ脇には「七北田川」という比較的大きい川がある。

津波はこの川に突撃して行ったのだろう。

つまりはここいらは、そりゃもう甚大な被害を受けたと思うのだ。

 

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過去にケジメを6

見当をつけて進んでいくと、かろうじて続いていた未舗装の道すらなくなった。

この先は深いヤブだ。

 

津波で何もなくなった土地に、雑草が生い茂ってきたのだろうか?

とりあえずそのヤブを掻き分けながらさらに進む。

 

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過去にケジメを7

ヤブを抜けた先には…。

 

さらにヤブしかなかった。

 

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過去にケジメを8

もう、干潟があったのかどうかすらわからない。

どこが日和山だったのかすら、よくわからない。 

 

カクゴはしていた。

その上で、ケジメをつけるためにここに来たのだ。

 

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過去にケジメを9

僕がヤブ漕ぎをした地点のすぐ横には、「高砂神社」という神社があった。

 

ここもかなりの被害の痕跡がある。

鳥居は近年新調したのだろうが、その後ろの参道はひどい有様だった。

 

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過去にケジメを10

燈篭も石碑も、津波で倒れたり壊れたりしたのだろう。

それを丁寧に参道に並べ直してある。

その奥には、おそらく簡易的に設置したであろう拝殿だ。

 

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過去にケジメを11

狛犬も、なんだか表情がよくわからないことになっていた。

 

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過去にケジメを12

参道を後ろ側から見る。

大層立派な『日露戦役記念碑』が倒れたままだった。

デカすぎて誰も起こせなかったのかな?

 

右手には数本の松がしっかり聳えていた。

津波に耐えたんだろうね、すごい。今後も頑張ってほしい。

 

でも、僕がもうここに来ることは無いだろう。

全てが終わったことを見届けに来たのだから。

 

だけどもね、日和山はちゃんと記憶と記録に残しておく。

僕が震災前からWeb公開している【日本一低い山リスト】には、今後も残すからね。

思い出は永遠に…。

 

 

その山は復活し、返り咲く

 

2014年4月9日、日和山復活!!!

そのニュースで僕は泣きそうになったさ。

国土地理院が改めて跡地を測定し、「3mの山として認める」と正式発表したのだ。

 

山は復活した。

今まで国土地理院に認められていた日本一低い山である、大阪の「天保山」を下回る標高で復活した。

 

ヤベ、泣ける。泣けすぎる。

 

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復活した山1

偶然にも、その数日後に僕は仙台に出張していた

あの三井アウトレットパーク仙台港のすっごい近くのビジネスホテルに泊まった。

 

あぁ、日和山に行きたい!

うおぉ、行きたい!

そんな気持ちで昼休みに公園のブランコを漕いだ。

 

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復活した山2

結果、この出張中には日和山には行けなかった。

しかし、東北に訪れた春の気配が、すぐ近くに復活した日和山とリンクし、とても温かい気持ちになった。

 

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復活した山3

近いうちに、また東北をドライブしよう…。

その際には絶対に、復活した日和山(「新・日和山」と呼ぼう)を登ろうって、心に決めつつ、仙台の夕日を眺めた。

 

*-*-*-*-*-*-*-*-

 

― 3ヶ月後  ― 

 

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復活した山4

えーと、確かここいら辺だったよなー…。

 

三井アウトレットパーク仙台港の観覧車を横目で見ながら、愛車HUMMER_H3のハンドルを握る。

帰ってきたぜ、東北!!

 

僕は今、車中泊で東北を一周巡る旅をしてるのだ。

早朝6時台。

石巻市の沿岸部の真っ暗な津波被災地で車中泊をしていた僕は、夜明けと同時に車を走らせて仙台までやって来た。

 

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復活した山5

夏草に覆われた、津波被災地。

しかしそれらの草が生えているのは、かつての住居だ。

目を凝らせば家の基礎が見える。

 

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復活した山6

ボコボコに歪んだ道を進み、適当なところで車を停める。

日和山があると思われる方面に歩く。

 

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復活した山7

あぁ、この道とこの木は、少しだけ覚えている。

震災後は、この道の左端にトトロのぬいぐるみが置いてあったのだ。

 

そして…。

 

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復活した山8

新・日和山だ。

 

土手なのか何だかわからないような立地だけど、山頂には聖剣エクスカリバーみたいな木が刺さっていて、神々しかった。

 

手前に朽ち木で囲まれているのが、きっと登山道なのだな。

薄っすらと土の階段が見えている。

登ろう。久々の日和山登山だ。

 

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復活した山9

0.7秒で山頂到達。

登頂と同時に、ずっと晴れていたこの旅で初めての雨が降って来た。

しかし心は晴れやかだった。

 

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復活した山10

山頂からは、太平洋と干潟を見ることができた。

 

前回はなぜ干潟を見ることが出来なかったのか。

干潟が近年復活したのか、それとも僕の進路が少しズレてしまっていたのか。

それはちょっとわからない。

しかし、昔と似たようなおだやかな干潟に、安堵感を覚えたのは事実だ。

 

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復活した山11

干潟ってさ、いろんな生き物がいるんだろ?

そんな生き物たちがまた戻って来てくれているなら、とても嬉しい。

 

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復活した山12

上の写真、左下には2羽のカモがゆうゆうと泳いでいるのだ。

なんと癒される光景だろうか。

 

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復活した山12

看板はラクガキで結構汚い。

右下には『来た時よりも美しく』と書かれているのに、汚くされている。

いや、これが訪問者たちの美的感覚?

 

…まぁ、アレだ。

これで僕が嫌悪感を抱いたかと言うと、ぶっちゃけそうではない。

メッセージの中には山の復活を喜ぶものや、被災したこの地を励ますものが多かったからだ。

 

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復活した山13

過去、震災ボランティアをしていたとき、数多くのこういう激励の手書きメッセージを見てきた。

 

場合によっては、Web・SNSよりも手書きの方が思いが伝わるってのは、ある。

そういう柔らかい思考も持ち合わせたい。

 

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復活した山14

今日、ここに来れたことに、心からの感謝をしたい。

また会えてうれしいよ、日和山

 

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復活した山15

前回立ち寄った、高砂神社とその脇の松の木。

これらもほぼ同じ姿を見せてくれていた。

でも、鳥居は短い年月でずいぶん傷んだなぁ。潮風の影響かな?

 

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復活した山16

前回は取り上げなかったが、高砂神社の近くには1本のすっごい高い松の木がある。

「さんこやずの一本松」というらしい。

 

あまりWebなどでも出て来ない、レアスポットだ。

今後も力強く、この地に生きてほしい。

 

そう願い、再び僕は車に乗り込んで東北一周の旅を再開した。

 

 

初夏に輝く日和山

 

また少し、月日は流れた。

 

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新・日和山1

三井アウトレットパーク仙台港の観覧車だ。

うん、みんな知っているな。

 

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新・日和山2

蒲生地区の、かつての津波被災エリア。

もう草が生い茂っていて、昔からこういう草むらであったかのようになっている。

年月が経過したためなのか、それとも初夏の草木の生命力のなせる技なのか…。

 

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新・日和山3

 …と思ったら、復旧工事が始まっていたりした。

日和山を目指す人はごく少数なので、日和山を示すような看板があるわけでもなかった。

どこをどう行けばいいのかわからない。困る。

 

なんとか回り道をしながら、高砂神社を発見し車を停められた。

 

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新・日和山4

思い出の道と、特徴的な立ち枯れの木だ。

震災後は、この道の左端にトトロのぬいぐるみが置いてあったのだ。 

 

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新・日和山5

そして、日和山だ。

青天をバックに聳え、すごい生き生きした顔をしていると感じた。

 

絶好の登山日和だ。

あ、今僕は"日和"という単語をサラッと使ったな。

言語面でも日和山と握手できた瞬間である。

 

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新・日和山6

山麓にて、少し角度を変えてもう1枚撮影してみた。

上の写真といい、さらにもう1つ上の写真といい、正直山らしさはない。

土手のようだ。

 

しかし国土地理院が山だと認めたのであれば、これはれっきとした山なのだ。

胸を張ろう。

 

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新・日和山7

前回に比べて階段が整備された登山道。

足腰ラクになっただろう。

ちゃんとふもとに「登山道」と書いてあるので、遭難する人も激減だ、これ。

 

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新・日和山8

1.0秒後。

 

登頂した。

登山道が整備されたのに記録が0.3秒も遅くなったことにヤジが飛んできそうだが、そこは温かい目で見てほしい。人生はいろいろあるのだ。

 

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新・日和山9

今、一番低い山の一番高いところに、僕はいる。

こういうナンバーワンがあってもいいと思う。

 

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新・日和山10

改めて、山頂である。

前回刺さっていた聖剣エクスカリバーはなくなっていた。

どこぞのアーサー王が無事に引き抜いたのかもしれない。(おめでとう)

 

横にはヒマワリだ。

もうすぐ開花しそうだな。黄色い花が咲いたら、さぞや山頂は絵になるであろう。

 

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新・日和山11

そして、これが山頂からの絶景である。

蒲生干潟だ。

美しい干潟、ほぼ復活と言ってもいいのではなかろうか?

 

左のほうでは親子が水の中を覗いている。

何かいるのかな?

これも美しい風景に華を添えていると感じた。
 

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新・日和山12

日和山を示す看板の裏側には、例の復活の文字がしっかりと残っていた。

 

では、下山しよう。

次は軽く高砂神社を確認しておきたい。

 

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新・日和山13

なるほど…、残念ながら爪痕はしっかりと残っていると感じた。

だが、爪痕を後世に伝えることも重要なミッションである。

僕らは津波の怖さを忘れてはいけない。

 

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新・日和山14

未曾有宇の大災害をもたらした東日本大震災だが、その死者のほとんどは、地震そのものではなくその後に発生した津波によるものだ。

津波は本当に恐ろしいのだ。

 

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新・日和山15

地震の発生から津波の襲来までは数10分あった。

逃げようと思えば逃げられる時間であった。

しかし「逃げなければならない」と思わなければ、人は逃げない。

これが致命的であった。

 

津波警報が出たら、逃げなければならないのだ。

しかも、横への避難ではない。縦への非難が重要だ。

高いところに行くべきなのだ。

 

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新・日和山16

あなたは「そんなの知っている、当たり前だろ?」と思ったかもしれない。

その常識は、東日本大震災尊い犠牲を持って得られた常識である。

 

そして、これからもずーっと、この世のみんなが「そんなの当たり前だろ?」と言い続けられるよう、僕らはこれを後世に伝えねばならない。

 

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新・日和山17

だからこそ、僕はこの記事の冒頭に旧・日和山のことを書いたのだ。

 

現在の日和山だけしか知らない世代がたくさん出てくるのが恐ろしいのだ。

ちゃんと、日和山の歴史を忘れずに継承したい。

 

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新・日和山18

高砂神社に手を合わせ、そして僕はこの地を後にする。

さぁ、市街地に戻ろうか。

 

 

最低峰の争奪戦

 

冒頭からここまで、正真正銘の日本一低い山だの、元祖日本一低い山だの、国土地理院に認定されただの、大阪の天保山がどうだの、いろいろ書いてきた。

最後の項目では、ここを整理したい。

 

前述の通り、日本一低い山は複数ある。

どれがホントでどれがウソかとかではなく、定義が複数あるのだ。

 

その中の定義の1つに、「国土地理院に認定されている」というものがある。

 

www.gsi.go.jp


国土交通省国土地理院

 

つまり国に正式に山と定められ、国の認める地図や地形図に掲載されるかどうかということだ。

これは大きなステータスである。

 

そして、この日和山と大阪の天保山は、「国土地理院に認定されている日本一低い山」の称号を獲得するためのデッドヒートの歴史がある。

わかりやすく年表を描いてみよう。

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スマホからの方は、見づらいのでぜひ拡大してご覧いただきたい。

あと、もし僕の調査力が及ばず、ミスがあったならご指摘願いたい。

 

2つの山は、どちらも築山である。

さらに盛ったり削ったり地盤沈下したり、国土地理院に登録したり消滅したりと、様々な運命を辿って今に至るのだ。

 

これで、東日本大震災前に僕が旧・日和山を訪問したとき、"元祖"日本一低い山と書かれていた理由がわかったろう。

 

今では残念ながら天保山は日本一低い山ではなくなってしまったが、上の図を見れば良きライバルであったことが窺える。

もう、どっちも日本一低い山でいいのではないかと思ってしまう。
 

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*-*-*-*-*-*-*-*

 

見当違いかもしれないが、僕は考えてしまう。

 

東日本大震災で「日和山は消滅した」と言われたが、実は3mの残骸が残っていたのではないか。

2014年の国土地理院への再登録までの間に、"物理的に"山を復活させたわけでは、ないのではないか。

 

つまり、「日和山は消滅した」は、当時の宮城県民の心を反映している。

2014年の「日和山復活」も、震災を乗り越えて前向きに歩み始めた宮城県民の心を反映している。

…という側面もあるのではないかと考えた。

 

もしそうだとするなら、日和山は心の鏡なのかもしれない。

 

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*-*-*-*-*-*-*-*


僕らはいつだって、「上を目指しなさい」・「一番になりなさい」と、 教育を受けてきたよな。

確かに高みからの眺めは格別であろう。

 

しかし、そうではない大半の人間も、日々切磋琢磨しているのだ。

チビにはチビなりの世界があり、ドラマがあるのだ。

 

チビな僕は、ゴールデンウィーク明けの明日からもまた、仕事をがんばろうと思う。

日和山に勇気をもらいつつ。

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

 

No.101【新潟県】どういうこと!?川と川が立体交差するスポットをこの目で見てみたい!

山に降った水が、大地を流れて海へと注ぎこむ。

それが「川」だ。

みんな知っている。

 

その川と川が立体交差しているスポット新潟市にあるという。

うん、ワケがわからない。

とんち好きな一休さんでも混乱するんじゃないかってくらいに、ワケがわからない。

 

昨年度(2020年)の冬が北陸に訪れる直前、僕はその世にも珍しい川の立体交差を見に、新潟県を訪れた。

 

 

新川・西川立体交差

 

時刻はまだ15時台の前半である。

しかし急に雲が立ち込め、冬も間近な新潟市は既に夕方の気配であった。

 

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新潟市にて

目指す「新川・西川立体交差」まであともうちょっとのところまでは来ているが、もたもたしていると薄暗くなりかねない。

僕はあせる気持ちでアクセルを踏む。

 

 

ここの小道を入っていく。

 

Googleマップストリートビューでは、青い幟で「江戸時代最大級に川の立体交差工事」と書かれている。

僕の訪問時にはこの幟がなかったのが残念だ。

あったらさらに気分がブチ上がったのに。

 

駐車場と言えるような駐車場はないが、この小道の奥にかろうじて車を停められる路肩がある。そこが新川・西川立体交差の駐車場という扱いなのだと思う。

 

もしあなたが運転苦手というのであれば、すぐ隣に「ウオロク」というスーパーがある。

買い物がてらにちょびっと新川・西川立体交差を訪問してもいいのかもしれない。

 

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川の立体交差1

写真の左に見切れているのが、そのスーパーウオロクの裏手の倉庫だ。

写真の右ギリギリの橋の袂が、ストリートビューでは青い幟の立っているところだ。

 

そして、中央を流れているのが「西川」という川だ。

ここで後ろを振り返ろう。

 

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川の立体交差2

まぁ普通の川だ。

普通の川なのだが、遠くに橋の桁のようなものが見える。

トラス橋という種類の橋だ。

 

…はて?

「川に架かる橋」がトラス橋なのであれば、それは理解できる。

しかし、川そのものに橋桁がついている。

なんだかおかしい。

 

近付いてみる…。

 

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川の立体交差3

…川が!水が!!

橋を渡っている!!
 

 

ちょっと脳がバグるような光景であった。

 

日本の土木技術的にできないはずはないとは感じているが、自分の人生においてこんな光景はちょっと見た記憶が無かったからだ。

 

人は大人になると、どうしても今までの経験から物事の善し悪しを判断してしまう。

これに比例し、未体験な事項が怖くなる。 

そんな心の急所をグサッと鋭利なナイフで刺されたような、そんな感覚であった。

 

しかしまだまだこれでは終わらない。

この未体験という名のナイフ、刺すだけでは終わらずに傷口をえぐるぞ。

 

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川の立体交差4

 

川の下を川が流れているーー!!

 

 

まぁ賢明なあなたであれば、この記事とタイトルと冒頭の説明文から充分に予測できたと思うが、ひとまずここは僕と一緒に驚いてほしい。

あるいは、驚くふりをしてほしい。劇場型ブログだから、ここ。

 

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川の立体交差5

上も川。下も川だ。

それらが見事にクロスしている。お互いの行き先を妨げないようにしている。

 

わかりやすく、色をつけてみよう。

 

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川の立体交差6

下の川は「新川」という川だ。

 

当然人の手が加わらないとこんな立体交差は生まれないわけで、あなたは既にそこいら辺を疑問にお感じかと思うが、まずはこの光景を堪能してほしい。

川に成り立ちについては次項でご説明としたい。

 

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川の立体交差7

改めて、西川目線で川を眺めよう。

立体交差の目の前から振り返る。

 

冒頭のスーパーウオロク前の橋が見えている。

ホント、普通のどこにでもあるような川なのだ。

橋を渡りそうなそぶりは全くない。

 

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川の立体交差8

同じところから真後ろを見ると、これだ。

西川は空を飛ぶ。

 

その向こう側までは今回行っていないが、また西川は何事もなかったかのように流れていくのだ。

 

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川の立体交差9

次に新川目線で眺めてみよう。

 

新川は豊かな水をたたえ、新潟市内をゆったりと流れる幅の広い河川だ。

川岸に座り込んで愛を語り合ってもいいし、釣り糸を垂れて夕食の食材を狙ってもいい。そんな感じの風情ある川だと感じた。

 

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川の立体交差10

そんなところにいきなり、赤とグレーのオシャレなトラス橋がかかる。

 

まぁこの川には車道の橋も無数に架かっているので、別に驚くようなことではない。
普通に見れば、「少し狭そうだから歩行者用の橋かな」とか、「結構川面にスレスレなのが特徴的だな」くらいにしか思わないだろう。

 

すぐ脇にも車道の橋が架かっているが、きっと車窓から眺める人の大半は上記のように感じていると推測する。

 

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川の立体交差11

しかしてそれは、見る者を驚愕させる建造物だったのだ。

では、次に成り立ちをご説明したい。
 

 

こうして川はクロスした!!

 

大きい方の新川、町の景観にもしっかりと溶け込んでいて、昔からこの地を流れているように感じる。

しかしこの新川は、かつては存在しなかったのだ。実は江戸時代に人工的に作られた川なのだ。

 

それまでは、西川しか存在しなかった。

 

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クロスリバーの謎1

ここいらの内容は、現地に設置されている2枚の説明パネルにも書かれているので、是非あなたも機会があったら 現地でご覧いただきたい。

 

西川は、いくつかの用途はあるものの、主に舟運で使われていたようだ。

例えば江戸時代は、トラックも高速道路もないし、電車も線路もない。

そんなとき、船を使って川を行き来したり、さらには海を経て他の大都市との港運をすることは、町の生活においてすごく重要だったのだ。

 

ただ、ここいらの地域の人には同時に悩みもあった。

土地が低くて平らなので、雨が降るとビッチャビチャなのだ。

つまり、大雨が降ると水害が発生し、地域住民はとても困っていたのだ。

 

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こんなイメージかな?

山間部に降る雨は、平野部に流れ込む。

 

しかし、ここいらの地域で大きな川と言えば「信濃川」くらいしかない。

その信濃川も真っすぐ海に流れ込むのではなく、平野部を横切るようなルート。

わき腹を攻撃されると弱いタイプの川。

 

だから、山間部からの水が一気に流れ込むと、たまらず氾濫する。

そしてビチャビチャゾーンが生まれる。

 

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クロスリバーの謎3

そこで、人々は考えた。

上の図には「大河津分水路」とか「関屋分水路」があり、信濃川の水を効率的に海に流すための別ルートができているが、それは比較的近年のことだし、今回のスポットとは異なるのでひとまず置いておこう。

 

人々は「新川を作ろう」と考えたのだ。 

平野部がビチャビチャにならないよう、1本川を作りそこに水を集約させる。

これで万時解決だ、と。

 

しかし、改めてイメージ図を見てほしい。

新川を作ったら、舟運の大事な大事な西川とぶつかる。

そうしたら舟運がままならなくなってしまう。

 

どうしよう 

⇒ 川を立体交差させよう

 

こうして、前代未聞の作戦がスタートした。

実に200年前、江戸時代の話である。

 

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クロスリバーの謎4

冒頭で僕は、「江戸時代最大級に川の立体交差工事」と書かれた青い幟があるとご紹介した。

 

その通り、当時の技術で川と川を交差させるのは、とても難しかったようだ。

それも説明パネルになっている。

 

西川の位置を一時的に変えて、本来の位置に木製のトンネルを設置して新川を通せるようにしたりだとか、ビシャビシャの工事になるから踏み車っていう人力水車で延々と水を掻き出したりだとか。

 

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クロスリバーの謎5

とりあえず、これらの工事は当時の日本人が経験したことがなかった、斬新かつ難しい工事だったようだ。

 

こうして、初期の立体交差が誕生し、その後に何度も改修を加えて現在の姿になったのだ。

 

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クロスリバーの謎6

僕がここを訪れたのは、2020年。

奇遇にも、最初に立体交差が生まれた1820年から、ちょうど200年目の年であった。

 

今はもう西川を使った舟運は行われていないだろうが、新川による平野部の排水はしっかりと機能しているであろう。

 

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クロスリバーの謎7

 

『水を制するものは、国を制す』

 

 

武田信玄による「笛吹川」しかり、徳川家康による「利根川」しかり、日本史の裏側では常に暴れ川との戦いがあった。

川は我々にとって敵でもあったが、攻略すれば莫大な富をもたらす。

 

この地もそうだ。

平野部の排水ができたから、この地は安定した稲作ができるようになり、そして日本有数の米どころとなったのだ。

 

200年前の先輩に感謝だ。

 

最後の項目にGoogleマップを掲載するので、是非この周辺の立地を確認してみてほしい。

そして共に、今日もお米が美味しいことに感謝をしよう。
 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: 西川・新川立体交差
  • 住所: 新潟県新潟市西区新川
  • 料金: 無料
  • 駐車場: すぐ脇に2台くらいなら停められるスペースあり
  • 時間: 特になし

 

 

No.100【島根県】壁のような急斜面を車が登る!「ベタ踏み坂」をうまく撮影したかった!

あなたは「ベタ踏み坂」をご存じか。

 

かつてダイハツの"タントカスタム"という車のCMで登場した坂道である。

まぁ文章でご説明するよりも、CMそのものを見ていただいたほうが早いので、下記にリンクを貼らせていただこう。

 

www.youtube.com

 

…すごいよね。

タントカスタムもすごいし、坂の傾斜もすんごい。

 

実はこの坂道は実在するのだ。

島根県から見た「江島大橋」、通称ベタ踏み坂。

 

今回は、日本6周目のとある年のゴールデンウィークに、このスポットを撮影するために島根県を訪れたエピソードを執筆したい。

 

 

実走、ベタ踏み坂!

 

鳥取県境港市から、ベタ踏み坂のある「江島」という島に向かう。

走行シーンを撮影したいので、カメラは助手席に預けた。

 

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実走シーン1

新緑が目に眩しい。

車窓から吹き込む風も心地よい。

ドライブに最適な季節だ。

 

ところで、僕が撮影したいベタ踏み坂は、以下のサムネイルのような感じだ。

 

icotto.jp

 

まさに壁。

 

自分の目でこれを見て、そして撮影したいじゃないか。

それを目当てに、やってきた。

 

このベタ踏み坂と呼ばれる急勾配は、江島大橋島根県側である。

鳥取県側からやってきた僕は、まずは江島大橋を渡り切り、そして坂部分を振り返るようなイメージとなる。

 

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実走シーン2

見えてきた、江島大橋だ。 

まぁまぁの斜度である。心躍る。アクセル踏む。

 

ここでちょうど鳥取県が終わり、橋の始点から島根県だ。

こんにちは、島根県

 

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実走シーン3

写真ではわかりづらいかもしれないが、今、車は橋をグイグイ登っている。

さながら天空へと向かっているのだ。

 

…というのは言い過ぎかもしれないが。

この程度の坂道は、少し山の多い地域であれば普通にあるだろう。

 

しかしだ!

海や川に架かる橋を登るというのは、それらとはちょっとだけ感覚が違う。

大概のケースにおいて、左右に陸地が見えない。

つまり、視界は空と道路だけとなる。

 

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実走シーン4

だから、たぶんあなたの想像以上に僕はワクワクしているのだ。

 

例えると、ジェットコースターの最初の巻き上げエリアである。

あの心臓の高鳴りが、今の気持ちとほぼイコールなのである。

 

さぁさぁ、そう言っている間に橋の頭頂部分が見えてきた。

 

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実走シーン5

橋の登頂エリアを走っている。

駐車は原則不可能だ。

 

下にはきっと海が広がっているのだろうが、残念ながら車内からでは見えない。

しかし、空が広くて天空感がハンパない。

 

脇には歩道がある。

歩いて県境越えをする人や、下に車を停めてここまで絶景を見に来る人がいるのかもしれないな。

 

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実走シーン6

橋を下りだした。

ここがベタ踏み坂である。

 

「そんなに言うほど急斜面かな?」と思ったあなた、その感覚は間違いではないので、大切にしてほしい。あとでご説明しよう。

あと、正面の海のさらに向こうに陸地が見えている。

これも後々大切になるので、覚えておいていただきたい。

 

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実走シーン7

助手席に対し、「下り坂と正面の陸地をズームして撮影してほしい」とオーダーした。

 

海の向こうに平たく横たわっているのが、大根島という島だ。

「おおねじま」ではなく「だいこんしま」と読む。素朴なネーミングだ。

 

さらにその向こう、こんもりとした山になっているのが島根県本土である。

全部橋で繋がっている。
 

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実走シーン8

ベタ踏み坂を下りきった。

県境を示す看板は、ここで出てきた。

 

では、改めてベタ踏み坂を振り返ろうではないか。

 

 

江島からのベタ踏み坂

 

橋を下ってそのまま700mほど進んだところに、ファミリーマート江島大橋店がある。

ちょっと買い物したいものがあるのでここに立ち寄る。

ついでにベタ踏み坂を振り返ろうと思う。

 

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江島にて1

ベタ踏み坂を下りきった地点から、既に750mも離れている。

ここから坂を撮影する。

 

あなたは「そんな遠くまで来てしまって…。もっと近くで撮影できればよかったね。」って思われるかもしれない。

いや、しかし僕はあえてここの場所を選んだのだ。

 

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江島にて2

かなりズームして撮影してみた。

 

どうだろうか?

冒頭のCMの5秒目のシーンと見比べて見てほしい。

 

少ーしズレてはいるが、ほぼ同じ位置からの撮影であり、そして坂の斜度もCMそのままでフレームに収めることができた。

※ CMは結構余計な建物や電柱などを消去しているのね。


今回は、この「ズームしてみた」の部分がポイントである。

 

 

仮にベタ踏み坂を下りきった直後に撮影しようと思うと、上記のようになる。

あんまり迫力が無い。

アクセルをベタ踏みしなくっても、余裕で登っていけそうな角度の坂だ。

 

 

Googleマップストリートビューにて、ファミリーマート近くまで戻り、ベタ踏み坂を振り返った。

 

道路のずっと向こう側にベタ踏み坂が見えているが、小さすぎてほとんど見えない。

だからこそ、ズームをする。

 

 

同じ写真を思いっきり拡大してみた。

ストリートビューなので拡大するにも限界があるが、その限界が上記だ。

 

さらに中央部分だけを切り取って考えれば、僕の撮影した写真やダイハツさんのCMに相当近い構図になったと考える。

 

詳細は後述するが、「高さを強調したいのであれば、遠くからズーム」

これが基本だ。

まぁカメラが趣味の人は既に知っている人が大半かもしれないが、これは僕が大昔の無知だった頃の僕自身に投げかけるメッセージとでも、思っておいてほしい。

 

それじゃあ、もっと離れて撮影したらもっとすごいのか??

 

ちょっと付近の地図を見てみよう。

 

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はい、残念でしたー。

ファミリーマートがほぼベタ踏み坂から一番遠いところですー。

もうこの背後は海ですー。無理ですー。

 

 

…と言うとでも、お思いか。 

 

 

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 海の向こうに、大根島がある!!

 

ザックリ図ってみたら、ベタ踏み坂の終着地点から大根島の海岸までの距離(青線)は、およそ2.8㎞であった。

ファミマまでの750mとは次元が違う。

 

しかし、僕は大根島から撮影してみたいのだ。

できるのか?写るのか??

 

 

大根島からの超遠望

 

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江島にて3

大根島に向かって再び車を走らせる。

 

走りやすいフラットな道が続いている。

ご覧の通り、江島はほとんど傾斜の無い平らな島だ。

だからこそ、島のほぼ反対側からでも先ほどの通り橋のほぼ全容が見えたのだ。

 

そして海上の橋を渡って大根島に入った。

なんか不安になるくらいにベタ踏み坂から遠ざかってしまったぞ…。

 

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大根島にて1

こんなところに愛車のパオを駐車してみた。

ここからの撮影がベストと判断した。

 

別に「ここが撮影ポイントですよ」みたいな目印もないし、そして海と車道の間には土手があり、運転席から海は見えない。

だからどこからの撮影が良いのかは、ちょこちょこ車を停めつつ江島を眺め、微調整しつつ辿り着いたのが、上の写真だ。

 

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おさらいしよう。

僕は、上の図の青線の延長線上にある「」地点まで辿り着いた。

 

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大根島にて2

前述の写真で示すのであれば、写真上の「」地点である。

この写真だと結構近いが、実際はかなり遠いのだぞ。

 

さて、土手を登って江島方面を眺めてみようか。

 

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大根島にて3

はいー、海が綺麗だー!

しかしベタ踏み坂はどこだーー!

 

…と、一見こうなる。そのくらいに距離が離れてしまっているのだ。 

肉眼だとこうなのだ。絶望した。

 

正解を言うと、ベタ踏み坂は写真のやや右寄り、水平線のすぐ上が若干白っぽくなっているエリアにある。

あそこが江島の中でも建物が多いエリアであり、だから白く見えるのだ。

 

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大根島にて4

スマホでズームしてみた。

そしてこれがスマホの限界でもある。

 

おわかりいただけるであろうか?

ベタ踏み坂は確かに上の写真に写っている。

 

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大根島にて5

ここだ。

ズームしてもこうなのだ。

ムスカだったら「見ろ!橋がゴミのようだ!!」って言ってるくらいの小ささだ。

 

ここで僕は、コンパクトデジタルカメラに持ち替えた。

これで精いっぱいズームをする。

 

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大根島にて6

うん見えたね。

上は静止画ではあるが、カメラのモニターを見ると、小さな小さなアブラムシみたいなサイズの車がちょびちょびと坂を上り下りしていて面白かった。

 

帰宅後、自宅のPCに写真を取り込み、さらにトリミングをしてみることにした。

 

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大根島にて7

…うーん。

スマホから見て、ギリギリごまかせるくらいの写真だろうか…?

 

さらに画質が潰れることを承知で、本来の理想形くらいまで写真を引き伸ばしてみた。

 

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大根島にて8

そう、これこれ。

視力0.01の人の世界観みたいになってしまったが、高解像度でこのくらいの写真を撮れればよかったなって思うのだ。

 

 

ズームの世界

 

当たり前のことかもしれないが、近くにあるものは大きく見え、そして遠くにあるものは小さく見える。

 

しかし、対象物から離れた距離が同一の場合、等しく対象物が小さくなるかと言えば、そうでばないのだ。

今回の写真はその特性を利用したものである。

 

文章ではわかりづらいと思うので、図解したい。

 

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手を伸ばせば届くくらいの距離のところに、人間がいるとする。

 

その人を写真に撮れば、せいぜい胸から上くらいしか写らない。

10m離れれば、フレームに対しかなり小さめの人物像となる。 

観光地でカメラのシャッターをお願いした人が10m先まで行ってしまったら 、「あー、ちょっと遠すぎやしませんかね」くらいな気持ちになる。

 

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次は「富士山」を例に挙げたい。

 

例えば富士山から30㎞程離れた「河口湖」から富士山を撮影するとき、「うーん、富士山まで遠いからあと10m近付こう」とかするだろうか?

する人もいるかもしれないが、しない人が多いだろう。

 

なぜならば、10m近付いても遠ざかっても、富士山の大きさはほぼ変わらないからだ。

 

  • 自分から1mの距離に対象物がある場合、さらに10m(10倍)の距離を取ると、対象物はすごく小さくなる。
  • 自分から30,000m(30㎞)の距離に対象物がある場合、さらに10m(1.0003倍)の距離を取っても、対象物の大きさはほぼ変わらない。 

 

僕は算数苦手なのでここいらが限界だが、ようするに比率の問題だと思う。

 

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これらの要素を踏まえると、富士山の前で記念撮影をする場合、人物からなるべく離れてズーム撮影するとか、撮影した後トリミングをすると、迫力のある構図になる。

 

実際の例をご紹介しよう。

 

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これはこれでいい写真ではあるが、車から50mほど遠ざかってズームをすると…、

 

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こんな感じになるのだ。

車は1ミリたりとも動かしておらず、僕はただただ車に対し真っすぐ後ろに下がっただけだ。

しかし富士山の迫力が違う。 

 

観光パンフレットなどの写真はこの原理を利用して作られる。

マンションのチラシとかで「富士山を臨む立地」とか書いてあるものも、すさまじく望遠でマンションと富士山を撮影しているケースが多い。

 

ベタ踏み坂もこれと一緒の原理なのだろう。

「僕と坂までの距離」が離れれば離れるほど、「坂の下から坂の頂上までの距離」は取るに足らないものとなる。

結果、坂が縦に潰されて立体感がなくなり、壁のように見える。

 

裏を返せば、この原理を応用できる坂はいろんなところにある。

ベタ踏み坂は、その中でも見栄えがすごくよかったのだ。

 

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江島のファミリーマートに貼ってあったポスターが、これである。

ここまでのズームをするには、とんでもない高性能なレンズが必要であろう。

 

このレベルの撮影ができるとは最初から思ってはいなかったものの、それなりにズームの効くコンパクトカメラは持っていた。

 

しかし、この旅行に旅立つほんの10日ほど前に、そのカメラが壊れたのだ。

岩手県花巻市で、「SL銀河」の撮影をしたら壊れたのだ。

 

その後も予定がキツキツにあり、カメラを買い替えることが出来ずにこの旅となった。

この旅で使ったのは、家族が所有している10年ほど前のカメラであり、したがって今回掲載した写真が限界だったのだ。

 

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その後、僕は新しいコンパクトカメラを買った。

ズーム機能のすごいヤツ、っていう基準で選んだ。

とんでもないズームが効く。

 

これでまたベタ踏み坂を撮影したいのだが、昨年からのコロナウイルス蔓延で、山陰地方に旅立てずにいる。

今年、2021年のゴールデンウィークもまた、家で過ごすことになりそうだ。

 

せめてもの思いの丈を吐き出したく、今回の執筆となった旨をご容赦いただきたい。

 

 

…春 ― 。

ドライブやツーリングには最高の季節である。

早く以前のようにお出かけできるようになり、あなたとどこかでお会いしたいものですね。

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報