温泉好きの人の足元にも及ばないが、僕もたまーに温泉地に出かけ、旅館でゆったりした時間を過ごしたりしている。
以前は「体を洗うならシャワーで充分」・「ゆっくりしているヒマがあるならアクセル踏もうよ」・「寝るだけなら車中泊の方が自由度が高い」と豪語していた。それは今でも間違っていないと思う。ただ、旅の楽しみ方の多様性に気付いたのだ。
視点を変える、いろんな考え方があることに気付くことで、人生ってさらに深みを増すんだな。ステキ。僕って伸びしろあるぞ。
さて、そのきっかけとなった温泉地がある。「四万温泉」と、そこに建つ老舗旅館の「積善館」だ。
この外観に僕は心たれ、宿のおもてなしに心底くつろげて、温泉の虜になったのだな。
人生で初めていい旅館に泊まると全方向に戸惑う
「積善館に泊まりたい」と僕が言い出し、友人らと温泉旅行を企画した。
なぜならあのジブリ映画「千と千尋の神隠し」の湯屋のモデルだというからだ。
当時の僕は古い建物が好きなわけでもないし、温泉が好きなわけでも、ジブリ映画が好きなわけでもない。ただただ映画の中でシンボリックな存在であった湯屋のモデルがあるというから、そこに行ってみたら面白いかなって思っただけだ。
動機はシンプル。若さってそういうことなんだよ。それでいいんだよ。
積善館本館。
この写真が撮りたくて四万温泉企画を立ち上げたのだ。早速目的を達成した。ここは絵になるから、宿泊者以外の人も入れ替わり立ち代りで記念撮影をしていたよ。
川の上に設置された、本館と別館を繋ぐ渡り廊下。こういうのグッと来るよね。いいぞ、ここ。
ここは子供の頃に親に連れて行ってもらった旅行を除けば、この人生で一番高級な宿だ。友人らとの旅行でも、今までは1000円ちょいのバンガローにギュウギュウにメンバーを詰め込むというアウトローな旅が多かったからなぁ。ようやく人間になれるかなぁ。
そんな世間知らずの僕は、この宿のサービスの良さに戸惑ってしまった。荷物をスタッフさんが車から運んでくれるし。いやいや、自分で運ぶって、そんな汚いカバン。
担当の仲居さんがつくし。いやいや、部屋を教えてもらえば勝手に自分らで行くよ。
…そういう世界の住人だったのだ、僕は。
まずは外の木立が綺麗に見えるロビーに案内され、ウェルカムドリンクと共に宿の説明
を丁寧にしてくれた。
ウェルカムドリンクの梅ジュースがブレていることで、僕の緊張がわかるよね。
仲居さんが部屋まで先導して案内してくれた。内部の全てが歴史を感じさせる。みんなでスゲースゲーと驚きっぱなしだった。初めて東京に来た離島の民みたいだ。
部屋も旅館側の計らいがあり、ちょいと広めだ。嬉しい。
布団とか寝袋が人数に対し不足している宿で決死の取り合いバトルをしていた日々がウソのようだね。ここ、ちゃんと布団もシーツもあるし、なんだったら布団無くても寝れるよ。だってエアコンあるんだもん。部屋にエアコンあるって、マジすごい。
アメニティや浴衣もあるんだよ。天国かな?
当然だが温泉も良かったぞ。旅館内だけで4つのお風呂があるのだ。
「杜の湯」は露天風呂有りのお風呂。設備も充実してて、風が気持ちよくて、リフレッシュしまくった。
「元禄の湯」は積善館の目玉となっている内湯だ。なんか脱衣所が無くてビックリした。教会の入り口みたいな扉を開け放ったら目の前にいきなり湯船が広がる。「あれ?」と思って横を見ると、申し訳ない程度に棚が有り、衣服を入れるカゴが付いていた。
これは、当時の女性メンバーが撮影したものを後日もらった女湯側だ。当時思いっきり圧縮してしまったので画質が最悪につき、薄目で見てくれ。
どことなく洋風の作りの湯船。愛媛県の「道後温泉」みたいなカンジだなって思った。
「岩の湯」は混浴だ。お湯がすごく熱くて長居できなかった。ちなみに女性専用の時間帯もあるよ。最後のひとつは貸切形式の家族風呂なので、入らなくていいやって思った。
夕食は懐石料理で部屋食だ。当然ビールも飲む。
一品一品が芸術作品のようだね。仲居さんがいろいろと料理の説明をしてくれるんだけど、舞い上がっちゃってワケがわからない。説明された数秒後には忘却している。
「さ、さ、さっきのナス、チーズが乗ってて斬新だったね…!」って言ったら、仲間に「違う!あれはウニ!」って突っ込まれて「えーっ!」ってなった。
ナスもウニも普段食わないもん…。ウニなんて昨年北海道で生で食べて「うまい!」ってなって目覚めたばっかなんだもん…。
終盤に女将さんが部屋まで挨拶に来てくれました。
こういうシチュエーションも慣れてないから、オドオドしたよ。何話せばいんだろうってなったよ。もちろん女将さんが当たり障りなく会話を運んでくれてハッピーエンドになったけど。
満腹になった。7月も下旬の夏真っ盛りであり、部屋は冷房もつけていないのにすごく快適な温度。
窓からは山間部ならではの涼しい風が入ってくるし、宿のすぐ前を流れている川のせせらぎも聞こえる。さらには虫の鳴き声も。贅沢だねぇ、こんな安らぐ空間でゴロゴロできるなんて。
布団を敷くのも、スタッフの人が来てやってくれた。すげー…!なんでもかんでも至れり尽くせりじゃないですか。
つい数日前に北海道の礼文島にある「桃岩荘」ってところに泊まっていたんだけど、布団はもちろんのこと、自分で食器を洗い、掃除もしていたのがウソみたいだよ。ここ、食器洗わなくていいんだー!ラッキー!
翌日の朝食はカラクリボックスだ。そう開くのか!二重構造なのか!そしてこれにプラスでご飯、焼き魚や味噌汁にデザートが出てきた。大満足。
旅館の目の前の「もみぢや」で名物の炭酸まんじゅうを買い、食べながら帰路に就く。いいな、また機会があったらここを再訪したいな。
最初の地は思い出深いので、また行くことにする
一番高級な部屋はやっぱすごい
で、しばらく時間は流れるが、再訪することにした。
人生で初めて母親を旅行に招待しようと思って企画し、ついでに妹も誘った。調子に乗って積善館の一番高い部屋を予約した。
おっとーー!!これはすごいんじゃないのーー!?
積善館の佳松亭の最上階にある貴賓室。2024年現在は名前を変更して、"五ツ星客室_
最上階和洋特別室"っていうらしい。
もう仲居さんに案内された瞬間に「ヒョーッ!!」ってなった。すごすぎる。広すぎる。特に窓の外の松が雅(みやび)!窓が額縁のようだよ。この松、樹齢300年なんだって。
リビングスペースだ。大窓のすぐ近くに配置されたソファはふかふかで、ちょっとゴロンってなると社会復帰できなくなるくらいに居心地がよかった。
わずか3人のためにこれだけの設備。デカいソファ。もったいない精神が暴走して全部の場所に座りたくなる。
どうやらこの部屋、定員は8名だそうだからな、そりゃ贅沢だ。
和室もあるのだぞ。すごく広大だ。床の間だけで生活できそうなくらいの広さ。
転がってみると畳のいい匂いがした。普段畳と触れ合う機会なんて無いけどさ、こういうのもたまにはいいよね。
これも部屋の中なんだぜ。日本庭園みたいな小道が続いていて、途中にはししおどしみたいなデザインの水栓まである。詫び寂びがほとばしっている。
この小道に囲まれた空間には、小さなドアから入る和室がある。まるで1つの独立した建物のように。部屋in部屋みたいな構造だ。そこには蛇口もあった。まるで茶室のようだ…。
ちょうど浴衣を持った仲居さんが戻ってきたので、この部屋と蛇口の用途を聞いてみた。
するとやはり、ここは茶室であった。部屋の中でお茶会が実施できるようになっているのだ。そのお茶をたてるのに、この専用の蛇口を使うそうなのだ。
なるほど。であれば小さな入口もうなずける。そして中は居心地のいい隔離空間で、いいお茶会が開けるね。1つ残念なのは、僕らにはここでお茶会を開く予定が無いってことだけだ。
あとは簡易キッチンみたいなスペースがあったりとまだまだいろいろすごいところがあるんだけど、こういうご紹介をしているとキリがないのでそろそろ次に行くね。
改めて温泉を巡り最高だと思った
全開は初心者すぎてわけもわからずサルみたいに興奮していただけの僕であったが、ちょっと経験値を積んだので、冷静な目で温泉を見られるようになったよ。
本館館にある元禄の湯。もう一度言うけど、積善館の目玉となるお風呂。まずはもう入口からしてかっこいい。
積善館の本館って1694年(元禄7年)創業の、現存する日本最古の湯宿建築なんだよね。スケールが違う。
音開きの扉を開け放ったら、大正ロマネスクっぽい空間に5つの湯船があるのだ。なんか教会とかに入った気分になるよね。そんな神聖さを感じる。そんなところでハダカになるのはなんか変な気持ちだ。
前述の通り、脱衣所とお風呂スペースは完全に繋がっていて分かれていなんだ。脱衣所は扉の脇の死角に脱衣カゴがあるので、それを使う感じ。
お湯はかなり熱めだ。無色透明で泉質はよくわからないけど、この広大な空間でお湯に浸かれるのはリフレッシュできるよ。
壁にはアールを描く入口の小部屋が3つある。1つは洗い場。写真の一番左だよ。かわいいけれどもなんか使いづらい空気感を放っているね。
もう2つは蒸し風呂。小さな扉を開けると、中は戦闘機のコックピットみたいな狭い1人用の空間になっている。そんで暗い。それがちょっと面白いけど。
以前に友人らと来たときは、「トップ・ガン」のテーマを口ずさみながら乗り込んだ(?)んだぜ。ハダカだからあまり絵にならなかったと思うけど。
杜の湯はピッカピカで設備が充実している。脱衣所に広い鏡があったりドライヤーがあったりと、備品と空間が揃っているのはここだけだ。そして内部で洗い場もちゃんと複数あるのもここだけ。露天風呂もあるよ。
ちなみにだが、僕が入ろうとしたときに杜の湯のボイラー故障の館内放送がかかっていたそうなのだが、僕は気付かなくってね…。
洗い場のシャワーからお湯が出ず、中でちょっと泣きそうになったよ。でも翌朝には復旧し、リベンジすることができた。
岩風呂。程よく飲んだ夜遅く、女性専用時間が終わったのを見計らっていき、1人でノンビリ浸かった。酔っててあまりよく覚えていないが、「確かに岩ですね」って思った。
家族風呂の山荘の湯は2つあった。文字通り貸切使用が可能なお風呂だ。ちょこちょこ確認し、ちょうど空いたタイミングで入ることができた。
とりあえず、見たまんまだ。1人で入っているとなんか広すぎるな。
風呂上りには館内で買ったハーゲンダッツを食べた。うまいなぁ。
最後に、宿泊した部屋のある佳松亭と本館を繋ぐ廊下だ。ここだけなんだか別世界で面白かった。ここ、外から見るとどういう位置のどういう外観なのだろう?謎だ。
夕食のグレードも前よりアップしてるぜ
食事のご紹介をしよう。ちょいとグレード高めの懐石料理を頼んでおいた。もちろん部屋食なのである。
芸術的なデザインじゃないか。詫び寂びを感じる。
だが、手元にあるお品書きと見比べてもどれがどれなのかよくわからない。まだ僕も修行不足なのだ。しかしうまいのでどうでもいいや。ビールもうまいし。
鯖のけんちん焼きだ。初めて食べた。
ほど良く酔ったところで女将さんも挨拶に来てくれた。「さっきはボイラー故障、ごめんなさい」と言っていた。ここで初めて僕は、館内放送されていたことに気付くのだよ。
おい、上州牛のすき焼きが絶品すぎるぞ。僕は普段食べ慣れている牛丼チェーンもそりゃあうまいけども、これは別の食べ物なのだと感じた。
カマスご飯は3人分が大きな1つの石の器に入っていて、それがとても重厚感あるのだ。それを配膳係のおばあちゃんが持とうとしているので心配になり手伝おうとしたのだが、すんごい重くて僕の力では難しいと断念した。
ちなみにおばあちゃんはそれを片手でヒョイと持ち上げた。配膳筋が足りなかったわ、僕。
煮物碗。上品な味付けだ。
そんなこんなで他にもいろいろ出てくるんだけどもご紹介しきれないので少し割愛。最後はフルーツの盛り合わせが出てきて大団円だ。
食後、腹パンパンなのでちょいと夜風に当たるために外に出たときの、本館の様子がとても荘厳だったよ。
さて、それでは翌朝のご飯についても少しご紹介しよう。
朝食は部屋食ではなくて、大広間のテーブル席と聞いていた。だけどもそこに行ったら「急遽別部屋をご用意できたので、そちらにどうぞ」と、担当の仲居さんが個室の小宴会場案内してくれた。
すごく良い。これ、対応ってことでいいのかな?ブラックリストじゃないよね?
静かな裏庭の見える掘りごたつの席。とても落ち着く。このシチュエーションに朝からテンション上がるわ。
あぁ、なんか"正しい日本の朝ごはん"って感じですごく尊い。赤い漆器も綺麗。飲んだ翌日なので朝はこのくらいが胃に優しくてちょうどいいかもな。
だけどもハムエッグだとか飛び道具的なものもあってユニークだった。ハムエッグ、大好きだぜ。朝食にもいいし、居酒屋で酒のつまみにするのもオツだしな。
そんな感じで、ちょっと背伸びをした僕の積善館ライフも終わりをつげ、駐車場でスタッフさんたちに手を振られながら旅立つのだ。とてもいい宿だった。
四万温泉の少しレトロなスポットご紹介しよう
最後の章では、積善館以外の四万温泉の様子をご紹介したいと思う。
ちょっとレトロ、でもガチな江戸時代や大正時代風のレトロではなく、昭和中期くらいの匂いを感じるようなレトロさ。見る人が見れば「ちょっと古くて寂れている」とか思われてしまうかもしれないけど。
同じ群馬県には「草津温泉」や「伊香保温泉」などのビッグネームがあるが、それらのように観光客がドシャドシャいて、お店も観光客相手に賑わっていて…みたいなアグレッシブさはない。割とひっそりしている。
「そういう温泉街で、自分から興味を惹かれるものを探しに行く場所なのだ」って、初回訪問前にどこかで聞いた記憶がある。そういうのも面白いよね。
飲泉所の温泉を飲んでみた。何とも言えない塩とエグさがあり、僕は苦手だ…。でも、こんなふうに五感で知るって大事だよな。
焼きまんじゅう屋さんがあり、おばあちゃんがパタパタあおぎながらまんじゅうを焼いていた。群馬名物だよね、これっておいしいんだよね。200円なので1串購入しよう。
ちゃんと人数分つまようじを刺してくれた。ありがとう。
蒸しパンのようなふわっふわの生地に濃厚な味噌だれ。中身は特になし。この素朴すぎるまんじゅうが好きなんだよ、僕は。ちなみに口の周りは間違いなく汚れる。
洋服屋さんのショーウィンドウには、服を着ていない体がプレートみたいなヒゲのじいいさんのマネキンがあったりして、もう全方位からツッコめるような状況なんだけど、それがまたいい。じいさん、両手に華だな。
「柳屋遊技場」はスマートボールで遊べる超レトロなお店。スマートボール、知ってる?パチンコの原型の昭和のアナログなゲーム機だよ。
名物女将がずーっと正面で解説したり楽しい世間話をしてくれた。ほとんど実況生中継状態。
ビー玉がたくさん出てくるたびに喜ぶし、「あとはそこに1個入ればボーナスだから」とかいろいろしゃべりかけてくれる。盤面を孫の手で指し示しながら。あとはいろんな台にジャラジャラとビー玉を補充したりして、結構コミカルに動いていた。
最初は「すぐ終わっちゃうかな」って思ったスマートボールだけど、結構玉が入るぜ。同じくらいの玉数をずっとキープできてて面白い。たまに大当たりも来るし。
おばちゃんは僕らの記念撮影をしてくれたし、お茶やカリントウもふるまってくれた。「アンタみたいな若い人はカリントウなんて食べたことないでしょ」とか言ってくるが、別に僕は若くないし、カリントウくらい食べたことあるっすよ。
このお店には有名人も数多く来ているしTVで紹介されることも多くって、店内にはい
ろんな人のサインや写真があった。「千と千尋の神隠し」の制作中には宮崎駿監督もスタッフと一緒にやってきてここで遊んだそうだ。
母親は子供のころ、僕のじいちゃんとスマートボールをした思い出があるそうで、とても喜んでくれた。そりゃよかった。
そんな柳屋遊技場であるが、女将さんが一昨年2022年に亡くなってしまったそうだ。今は息子さんが継いでいるそうだが、あのマシンガントークが聞けなくなるのは寂しいな…。
四万温泉以降も僕は色んな温泉に行ったし、きっとこれからも行くのであろう。でも、初めてまともな温泉旅行をした四万温泉は、やっぱ僕の中では特別なのだ。
ウニとチーズを間違えたあの日から、僕は少しは成長できたかなぁ…。機会があったら、ツッコんできたあの日のアイツに聞いてみよう。いつも横にいるから。
以上、日本7周目を走る旅人YAMAでした。
住所・スポット情報