「日本三名泉」とは、兵庫県「有馬温泉」・群馬県「草津温泉」・岐阜県「下呂温泉」を指す。
温泉自体にはさほど興味がない僕ではあるが、温泉旅館でグータラしてチヤホヤされるのが快感だと学んできたお年頃だ。怠惰って、いい言葉だよねぇ…。一生続けたい。
ならば行くか、下呂温泉。何かあるのかはよく知らないが、有名だから行く。そんなシンプルな動機でいいんだ。知識は後からついてくる。
こうして紅葉に包まれる下呂温泉へとやってきた。向かうは温泉街の高台に鎮座する老舗旅館、「湯之島館」だ。ここに宿泊するぞ。
…という旅のエピソードを執筆しよう。日本5周目の11月、初冬の気配がしてくる爽やかな日だったな。
燃える紅葉に間に合うように
湯之島館へと上がる坂道は、まさに錦絵図であった。
「おぉ、これは桃源郷に向かっているのですかな?」とか思ったわ。
いずれにしても、日本の紅葉って素晴らしいよな。冬が来る前の一瞬の時期だけ、燃えるように、最後の生命を燃やすように色鮮やかになるんだ。心震える。
だからね、湯之島館の駐車場に到着したんだけどもチェックイン前に少し来た道を徒歩で戻って紅葉を眺めることにしたのさ。
もう午後15時を回っているので、もうすぐ日が陰る。チェックインしちゃったら次に外に出るときにはもう日が陰っちゃっているだろう。その前にこの光景を目に焼き付けるのだ。
あぁ、綺麗。でも明日の天気は晴天ではないようなのだ。今しか見られない、輝く紅葉。この光景を見られて心からよかった。
山の斜面に生えているモミジはまだ葉が黄色い。一瞬イチョウかと思っちゃった。完全に紅葉はしていないんだね。
だけども下呂温泉界隈の紅葉ライトアップイベントは今日で終了と聞いている。ちょっともったいない。確かにもうすぐ冬にはなるが、昨今の温暖化の影響で色付きが遅かったりしているのではないだろうか?もうちょっと長めにライトアップしてくれると嬉しいな。
眺めているとわずか2・3分で日が落ちて、紅葉の鮮やかさがダウンしてしまった。よかった、ギリギリでこの光景を見れたんだね。英断だったのだね。
しかし夜になったらまた紅葉ライトアップを見よう。どうやらこの斜面の下あたりがライトアップしている「温泉寺」っていうところらしい。日暮れの散歩をしたい。
改めて車から荷物を下ろし、湯之島館への数分の道のりを歩く。
すると木立の向こうに重厚な造りのレトロな建築物が見えてきたぞ。
はい、すっごいの。こんなところに宿泊できるなんて、興奮が抑えられないっすわ。
湯之島館は昭和6年、つまり1931年創業で国の登録有形文化財にもなっている。もうすぐ100年が経つという歴史的価値の高い建造物で1泊できるってわけだ。
僕、木造建築と窓ガラスとのコラボレーションって結構好きかも。うまく言い表すボキャブラリーが無いんだけど、なんかグッと来るわ。
そんでここ、広大な庭園を有しているんだけど、植栽の1本1本が丁寧に手入れされているじゃないか。落ち葉の季節だというのに、木の葉もほとんど落ちていなくってすごく綺麗。
僕も植物は好きだけども、こんなにも愛情かけるのは無理。登録有形文化財ってすごい。
さーて、重厚な入口からチェックインするぜ。
"あのお方"の献立も見られる歴史資料館
旅館のロビーは趣のある囲炉裏が設置されおり、その横でチェックイン手続きをした。そのあと居さんに案内してもらい、客室に移動。
僕が宿泊する部屋は本館。本館とか別館とか景山荘とかいくつかの建物があるのだが、その中でも一番古いのが本館。前述の木立から見えていた木造3階建ての建物。
今回は敢えて本館に宿泊するプランにしたのだよ。歴史に抱かれて眠りたい。
部屋はいい感じに眺めのいい角部屋。さっそく仲居さんがお茶も入れてくれ、ほっこりとした時間を過ごすことができた。
あ、お部屋の全容の写真は無いんだ、ゴメン。ちょいと同泊者が写ってしまっているので掲載するの辞めた。だけど僕の大好きな広縁のスペースはこうして無人の状態で撮影していたよ。
ピンボケしたけど、客室の床の間だ。掛け軸と生け花。この2つだけで部屋の印象がピリッと引き締まる。そんな部屋でグダグダできる背徳感が最高ではないかね?
部屋の隅にあった鏡台も、きっと年代物なんだろうと思う。でもここでは普段使いできる。どんなアンティークでも、道具は使われてこそ命が宿ると思うんだ。丁寧に、代々引き継がれて使われているものこそ、本当の価値があるんじゃないかな。
こういうもの、今後も大事にしていってほしいなぁ。
これは客室からの眺めだ。
本館の窓ガラスは昭和時代のものらしく、ほんのちょっと歪みのある独特の物。このガラス、好きなんだよね。ネジ式の窓のロックをいっとき外すと、その目の前には秋色に染まった庭園が広がる。あぁ、いい眺めだし、秋風が心地よい。
見下ろすと庭園を散歩している人もいるし、さらにその向こう側の車道からこっちを撮影している人もいる。そうなのだ、前述の僕が撮影した本館の写真も、あのあたりから撮影したのだったな。
これは同じ客室から別の方向を見たときの写真。さっきの庭園と言い、このチラリと見える本館の一部といい、渋すぎだよね。なんて贅沢なお部屋なのだ。
では、ここからは館内をいろいろ散策したときの写真をお見せしよう。
廊下には深紅の絨毯。ここ、いたるところがレッドカーペットだ。そんな廊下のところどころに美術品が飾られている。
これは酒盃。正直あまり説明書きを詳しくは見なかったのでよくわからないが、価値の高そうなのが様々展示されている。
かわいいよね。こういうのを見るだけでテンション上がる。
昭和初期から長い長い歴史のある旅館なのだ。その時代時代を象徴する品が、廊下のショーケースに並んでいる。
これは新館へとつながる渡り廊下の途中から眺めた、旅館の屋根。ものすごく多重に折り重なっていて芸術的ではないか。
そしてなんだあの真っ赤な壁の建物は。
僕、大分県で「合元寺」っていう真っ赤なお寺を見たことがあるんだけど、それを思い出したよ。戦の返り血を大量に浴びたお寺で、外壁を塗っても塗っても怨念で血が浮かんできてしまうの。だから「もういっそのこと赤くしてやれ」って感じで真っ赤にしちゃったお寺。
まさか湯之島館にそんな物騒な歴史は無いと思うけど、すごくビジュアルが似ている…。
翌日の朝ごはんは新館と呼ばれる景山荘の大広間で食べたんだけど、さすが新館はピッカピカだったぞ。展示品もひときわ洗練されている。
ただこの旅館、すごく構造が複雑。いくつもの棟が渡り廊下やエレベーターで繋がっており、自分が何階にいるのかもわからなくなる。景山荘は11階まであるし。
宿の公式Webで館内MAPを見たのだが、ラストダンジョンさながらの複雑さだ。
…だが、それがいい。どんどん新しい建物をくっつけていき、複雑になり…。そんな歴史の積み重ねが湯之島館なのだろう。
そうそう、湯之島館の展示物で絶対に見なくちゃいけない超貴重なものがあるんだ。
1958年(昭和33年)に昭和天皇・皇后陛下がいらしたときの写真だ。最上階の部屋にて下呂温泉の景色を眺望し、喜んだそうだ。
そのときのお部屋は貴賓室として一般客も使えるよ。僕のお財布事情では無理だけど。
そして1976年には、当時皇太子であり2024年現在の上皇陛下・上皇后陛下が宿泊に来た!親子2代でスゲーことだぞこれ!
皇室御用達でもないのに2代で宿泊に来るって、リアルに皇族内で「あそこはなかなかいいぞ…!」ってクチコミで高評価になってるってことだよね?そんなところに僕も泊まれて光栄だ。
陛下たちが食べたご飯のレプリカも展示!いや、蓋がされていて中が見えないよ!気になるよ!
でも、自分が食べたオリジナルメニューを未来永劫展示されるのも、ちょっと恥ずかしいかなぁ。
僕の場合、果物が苦手なんだけどさ、朝食券に「フルーツNG」って書かれていたんだよね。僕が皇族ならフルーツNG券も一緒に展示されていただろうね。まぁ僕、実は皇族じゃないので展示はされないだろうけど。恥さらしにならず、セーフだ。
そんなこんなで館内は見どころいっぱいなのだぞ!
ちなみにこのレトロな電話機は使えるよ。ここからタクシー呼べるよ。
展望風呂はまるで庭園、家族風呂熱い
温泉は広大な館内に複数ある。
最初に入ったのはおそらく目玉である展望大浴場。敷地内でも多分一番高いところにあるんだ。広々とした脱衣室、そんで内湯も外湯ももちろん広い。露天風呂も日本庭園みたくなっていた。
これは翌朝のすんごい早朝の誰もいない時間、スタッフさんに一声かけて撮らせてもらった写真。絵に描いたような庭園でしょ。鯉とかならまだしも、「人間が浸かっていていいの?」って感じなくらい綺麗なレベルでしょ。
お湯は無色透明なんだけど、サラサラしてていい感じだ。日本三名泉なんだからきっとメッチャ良いお湯なのだろうが、これ以上の表現を僕はできるスキルがない。
貸し切りの家族風呂があるのだ。僕は1人でそこに行った。
どうやら貸切風呂に至るまでの廊下のタイルや浴槽などは昭和初期のままの状態で現在まで残っているんだって。それが上記の写真だ。
タイルの模様をよく見てほしい。なんだかレトロで懐かしい風合い。いいねぇ。
だけどもアールデザインのこのニッチは、なんだか現代的じゃないか。これさ、ちょいとオシャレな注文住宅を建てる人がよくやりがちなヤツだ。
(…僕もやりたいけど、やりたかったけど、こういうメルヘンなデザインは却下になった。)
ここの廊下には5個ほどある貸し切り風呂への扉がある。札で使用中かどうかを表示させるようだ。いくつかは空いていたので、そのうちの1つに入った。
6畳くらいのゆったりした脱衣室がある。なるほど、ここにパソコンさえ持ち込めば、住めるし仕事もできるな。いつでも温泉にも入れるし、最高の居住空間だ。
浴室に続く扉から中を覗くと湯船。それのみ。
コンクリートのシンプルなデザインで、備え付けの備品類とかはほぼナッシング。大浴場で体を洗った後、ここで浸かるだけ…みたいな感じがスマートなのかもしれない。
んで、入ってみたら「アチーッ!!」ってなった。
すんごい熱いよ。そして、当然露天とか無いし窓すらないから、ひたすら耐えるしかないし、でも熱いし…。僕の敏感な皮膚にはちょっとハードルが高かったかもしれない。
だけどもな、誤解のないように言うと展望風呂はよかったのだ。景色もお湯も最高だったのだ。ただ家族風呂が熱すぎたのだ。みんな展望風呂をまずは目指せよ。
我が弟よ、焼き魚の頭まで食うな
夕食のご紹介をしよう。夕食は部屋食だ。リラックスできて、配膳から何から何までやってもらえて、最高だよな、部屋食は。
とりあえずおしながきが長すぎて、全フルコース全部食べられるのかと心配になる。あとは普段使わない感じがモリモリ出てきて自分の教養が心配になる。
そういうもんだよな、おしながきって。宿は「まずはおしながきで客を圧倒させろ」って考えていそうな気がする。
おい見ろ、小鉢が入っている箱、なんか左右にパックリ開いたぞ。からくりボックスみたいだぞ。まずはこのギミックを見て、初めてTVを見たサルみたいにはしゃいだ。
カンパチとマグロの刺身だ。ほどよく脂の乗ったカンパチと、さっぱりしたマグロ。どちらもビールとの相性が良好ですな。
飛騨牛と飛騨豚のしゃぶしゃぶだ。うおぉ、このサシの入り方はヤバいぞ。
実はお昼も飛騨牛を食べたんだけど、いけるいける、2食連続いける!むしろもっと食わせろ!
で、最高にうまかった。口の中でとろけ、脳髄を直撃するようなうまみが駆け巡った。幸せってのはこういうことだぞ。
飛騨高山の生酒"氷室"。スッキリして辛口、料理にもとてもマッチしていてスルスル飲めちゃうんだよ。おいしいね。
でさ、今回のメンバーには僕の弟もいたんだけどさ、てゆーか僕企画の家族旅行だったんだけどさ、弟はお酒が昔から弱いし顔に出やすいのでもう真っ赤なのだ。もしかしたら弟よりも若いんじゃないかっていう仲居さんに「大丈夫ですか…?」って心配されていた。
弟、酔いが回ってバグったのか、川魚のアマゴの塩焼きも「うまいうまい」と言いながら頭から尻尾まで全部食べている。他のメンバーが口々に「いや、さすがに頭は残しなよ…」と言うのに、食べちゃっている。勝手に原始人の血が騒いでいる。
弟は若い仲居さんに「普通全部食べますよね?」と聞き、「いや、あまり全部食べる人はいないですけど…」という苦笑いをもらっていた。
仲居さん、正直者。若いって素直。
鮭の塩麹焼き。こんな上品な鮭は初めて食べたわ。もうかなり満腹に近い状態であったが、スルッと体に吸収できる。
松茸のお吸い物もうまいね。このダシの爆発力って、一国を滅ぼすんじゃないかってくらいに強力だよね。
ほかにもいろいろ食事が来たんだけど、面倒なのでこのくらいのご紹介にしてボチボチ締めに入るね。
締めは松茸ご飯とお味噌汁。汁物が2連続で来た。松茸ご飯が香り高くて感涙ものだったよ。
あと関係ないけど、弟は酔いのピークを越えてなぜか普通の顔色に戻っていた。キャラだけが崩壊したままだった。
最後はデザートだ。若い仲居さんが運んでくる直前で、部屋の外から「ドガシャン!」と愉快なサウンドが轟いた。どうやら1つ引っくり返してダメにしてしまった様子だ。
僕らは明るく部屋のふすま越しに「ドンマイ!」って言うんだけど、「あわわわ…、料理長に怒られる…!」と青い顔をしつつ、でも代わりの1つを補充してくた。
黒糖のゼリー。これはすごくおいしかった。フルーツ苦手な僕に合わせてくれた一品。かたじけない。どれもこれもおいしくって満腹で、最高の懐石だった。
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ついでに翌朝の朝食についてザックリご紹介する。
だれかフルーツ食えないらしいよ、だれだか知らんけど、恥ずかしいね…。
前半にも書いたけど、朝食は大広間のテーブル席で食べるのだ。朝食券を持っていくとグループごとに席を案内してくれる。
スタッフさんに案内されてテーブルの前まで行って振り向いたら、母と妹がいないの。弟に聞いたら会場に入る直前でコーヒー大好きな母が無料のコーヒーコーナーを発見し、「あ、こんなところにコーヒーがあるわ」とか言いながら妹と立ち寄っちゃったそうだ。おい、どこ行ったんだよ。子供かよ。着いて来いよ。
でも数分待っていたらコーヒー持った母親が登場して、やたら上機嫌でニコニコしていたので許す。
胃に優しそうなラインナップ。固形燃料で炙っているものは何かと思ったら、朴葉味噌なのね。おいしそうだ。飛騨高山名物、大体この旅館で食べれちゃっているね。
だけどもご飯と一緒じゃないと食べにくい、味の濃いものばかり。必然的にご飯いっぱい食べちゃった。
バイキングコーナーにおかゆがあったので、これも食べちゃった。こりゃ、しばらくお腹は減らないぞ。太るぞ。
食後は僕もゆっくりとコーヒーを飲み、そして窓の紅葉を楽しんだ。
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下呂温泉の湯之島館。すごく充実した旅館でここだけで何もかもが満たされてしまった。
実はチェックイン後、夕暮れの下呂温泉も散策していたのだが、何よりも旅館の思い出が印象に残っているね。
いつもは1人、車中泊でストイックに日本中を走り回っている僕だけど、たまにはこうやって一箇所に落ち着くスタイルの旅もするのだ。こういうのも悪くない。そして、誰かと一緒だからこそのかけがえのない思い出ができる。
どっちがいいとかではなく、両方できるのが最高だよね。
そうそう、冒頭にも書いた通り、僕らが宿泊した日はその年の最後の紅葉ライトアップ。湯之島館の丘のすぐ下にある「温泉寺」のライトアップは、とっても幻想的でオススメだぞ。
また行きたいな、下呂温泉。
以上、日本7周目を走る旅人YAMAでした。
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