神田駅にほど近い小さな「珈琲専門店エース」は、東京の純喫茶界隈では知らない人はいないほどの名店なのである。創業は1971年であり、50年以上もこの町を見守り続けたのだ。
中でも名物の"のりトースト"は、創業当時から変わらぬ姿で提供されており、他では味わえない一品だ。
そんなエースなのだが、2024年5月末をもって突然閉店してしまった。まさに青天の霹靂。ショックだった。もっとこのお店に通いたかった。だが、それはもう叶わない。
ならばせめて、このお店の思い出を心を込めて執筆しようではないかと、筆を取る。
のりトースト
これは僕が初めてエースを訪問したときの思い出だ。
これまでWebで何度も眺めていたエースの特徴的なストライプの屋根が視界に入ったときは、興奮したなぁ…。
お店の単体側の角にのりトーストの幟が立っているのがわかるかな?こんなの掲げているのは、たぶん全世界でもここだけだよね?
この渋いお店の外観をもっと眺めていたかったんだけど、ドアの前まで近づいたら中から外の様子を眺めていたマスターがガチャリとドアを開けて「いらっしゃいませ」と声をかけてくれたので、早々に店内に引き込まれたわ。
渋いおじいさんマスターによる渋いエスコート、惚れるぜ。
これが店内。4人掛けのボックスシートがいくつか連なっており、その一番奥に1人で座ることができた。
さて、何をオーダーしようか…。初訪問なのでこのお店の発祥であるのりトーストは外せないよな。コーヒーは専門店だけあって数10種類もあり、まともに選ぼうとすると沼にハマる。ここはオーソドックスにブレンドだな。
のりトースト、来た。わかりづらいけど、8枚切りくらいの厚さの食パンを使っており、2段重ねになっている。1枚を三角形に2分割しているので、つまりはサンドイッチ4つある。これでわずか220円なんだぜ。すごくお得じゃないか。
うめぇ!!のりと醤油!でも和の風味なのにどこか洋風の香りも漂う。なにこれ!
…さて、こののりトーストであるが、1971年のエース開店時から作り方も味も全く変わらないものであるという。発想は「のり弁当のご飯をパンに変えてみたらどうかな?」ってものだったらしい。
チラリと中身を拝見した。
バターを塗ったトーストに醤油を垂らし、そして焼きのりを挟む。一見ミスマッチかもしれないが不思議とおいしくってコーヒーにも合い、そしてシンプルなのに奥深い味。
うんちく部分は店内のプレートから情報いただいた。恐縮。
しかしこれ、手書きで書かれているのがとっても味わいがあっていいよね。この感性、大事にしてほしい。
マスター兄弟にお礼をいい、お店を出る。
あぁ、居心地のいい空間だった。そしておいしかった。
コンビーフサンド
のりトーストは確かに唯一無二であり、必ずや通らないとならぬ道。
しかしのりトーストのみで終わることなかれ。王道だけではなく、次の一歩を踏み出せるかどうかが、その店を深く知れるかどうかに繋がると思う。
あれこれ迷った末、僕はコンビーフサンドをチョイスした。
上の写真には載っていないメニューですまんね。確か310円だった。他には上の写真以外ではハムトーストやクリームトースト、ミックスサンド、ドーナッツなどがある。
クリームトーストって何?そしてドーナッツってあのドーナッツ?揚げてるの?なかなかに方向性違うものも扱っているのだなぁ。
写真はこれ1枚きりだ。のりトーストと同じく4つセットであるが、四角くカットされている。
中身はコンビーフのみで、想像通りの味である。だがうまい。コンビーフ自体そんなに食べる機会はないが、それをトーストに挟むとこんなにもうまいのか。
コーヒーにもよく合う。
夏ではあるが、汗だくでもない限りなるべくコーヒーはホットにしたいタイプだ。そちらのほうがコーヒー本来の風味を感じられそうな気がするので。
これ、お店の外壁に掲示されているコーヒーメニューだ。世界中のコーヒーを集めており、大体40種類ほどあるらしい。
あまり聞きなじみのないものもある。何度もこのお店に通って少しずつ体験し、コンプリートを目指したいと思った。"本日のサービス品"という日替わりコーヒーがあり、それは少々お安めになっているので、それを狙うと効果的かも。
あぁ、至福の時間よ。
おじいさんマスターの兄弟が息の合ったコンビネーションで営んでいる純喫茶。レトロな造りではあるけれども若い女性1人客など、いろんな人がここに来る。一見さんっぽい人も多い。決して常連さんばかりで入りづらい空気などは醸し出していない。それがいい。
純喫茶文化を未来につなげていくには、こういうお店が必要だよね。
モーニングのハムトースト
2024年3月後半。結論から言うと、これが僕がエースを訪問した最後である。このときには、あと2ヶ月でエースがなくなってしまうだなんて、思ってもいなかったよ。
良く晴れたポカポカの日であった。ストライプの屋根が青空によく映えていた。
そして同行者と一緒だった。「神田にとってもいい喫茶店があるから紹介するよ」と言いながらエースに向かったのだ。
今から思えば、この機会に紹介できて良かった。これを逃すと一生紹介できないことになるのだ。
今回は10時までだというモーニングの時間帯を狙った。
「ブレンドコーヒー+のりトースト」と、「ブレンドコーヒー+ハムトースト」の2種類の組み合わせがある。特筆すべきは、コーヒー1杯お替り無料だという点だ。朝って素晴らしい。
2種類のモーニングを1つずつオーダーしてシェアすることにした。
まずはのりトーストのセットだ。かすかに芳ばしいのりと醤油の匂いが漂ってくる。食欲が刺激されますな。
そして安定の味。でもここでしか食べられない味。尊い。
続いてはハムトーストのセット。四角いタイプ。
ひとくち食べて「あぁ、これ間違いのないタイプだ」って思ったよね。
これが断面だ。厚切りハムの存在感が、朝から僕に勇気を与えてくれる。
コーヒーもお替りし、朝から大満足の時間を過ごすことができた。
数時間が経過し、ランチ時にまだ僕らはエースの徒歩圏内にいた。「どうする?ランチもまたエースに行っちゃう?」って冗談半分みたいな会話をし、そういう選択肢も無かったわけではないけれども、結局エースではない喫茶店でランチをした。
もしもう一度足を運べるなら、ローストビーフサンドを食べてみたかったかもなぁ。
そして名物のゴールデンキャメルを飲んでみたかったなぁ。
ずん喫茶
2024年5月の末日であった。エースが本日で閉店するという情報をWebから入手して驚愕した。
どうやら5月下旬はほぼ営業していなかったらしい。しかし明確に"閉店"という言葉を用いたのは、ここ2・3日のことだったみたいだ。だから常連さんやファンの間にも衝撃が走った。お別れする時間、ねぇじゃん…!!
Webでは閉店理由の推測・憶測も散見されたが、エース側が積極的に公表しているわけではないのでヘタに首を突っ込んでいくようなことはしない方がいいと判断した。
でもあのお店の雰囲気、マスター兄弟、のりトーストに二度と出会えないのは悲しいな。
Webで閉店を悲しむ情報の1つに、「ついこの間TV番組の『ずん喫茶』に出ていたばかりなのに…!」というものがあった。
「飯尾和樹さん」という喫茶店好きな人がお店を巡るドキュメンタリー番組だ。かつて1・2回だけ見たことがある。それにエースも出ていたそうなのだ。
…ということは、まだ見逃し配信期間だったりするのかな…?
調べてみると、6/1の22:00まで無料配信をしているということがわかった。明日までか。ギリッギリに知ることができて良かった。
6/1の21:30から時間を確保することができ、視聴してみた。
懐かしい空間。もう見ることのできない空間。
事前に知ることができたのなら、もっといろんな目線で店内を見たり食べたりできたであろう情報も盛りだくさんだ。そりゃそうだ。50年以上の歴史があるんだもんな。
マスター兄弟のご両親が始めたお店。時代を超え、世代を超えて令和のコロナ禍を生き抜いてきた。
番組の中では閉店を感じさせるようなそぶりは全くなかったが、実態はどうだったのかなぁ。結果としてこの番組は、老舗エースの最終盤を映像に残した大変貴重なものになってしまったよな。
いかに老舗だろうと、名店だろうと、いつまでもそこにあるものではない。それを思い知った。
正直、僕はずーっとそこにあり続けるものだと漠然と信じてしまっていたさ。そんなハズなのにね。
せめて、この思い出と味を僕自身が忘れませんように…。
以上、日本7周目を走る旅人YAMAでした。
住所・スポット情報
- 名称: 珈琲専門店エース
- 住所: 東京都千代田区内神田3-10-6
- 料金: のりトースト¥220他
- 駐車場: 無し。付近のコインパーキングを使用のこと。
- 時間: 閉業