おかわり自由なお店であれば、世の中に数多とある。
バイキングやビュッフェもこの類だ。
だが、それらは自分の意思でのおかわりだ。
もし店側が積極的におかわりを盛りつけてくるとなると、こちらの姿勢もガラリと変わる。
この代表例はわんこ蕎麦であろう。
満腹まで食べるのが大前提のエクストリームスポーツだ。
さらにクライマックスでは、満腹になっていようとも強引におかわりを盛ろうとしてくる店員さんの攻撃をどのように停止させるかという、一世一代の攻防劇が繰り広げられる。
フィナーレにふさわしく、最も視聴率の上がる瞬間だ。(自分劇場の中での妄想)
今回ご紹介するとんかつ屋さんはスゲーぞ。
もともとドカ盛りなのに、減った分だけ足してくる。
絶望の未来しか見えない。
だが、過去の偉人たちは絶望の先に明るい未来を見つけ、それを手に入れている。
だったら僕もやるしかないのだ。
行くか、「とんかつ一(はじめ)」。
もうすぐ目指すお店だ。
ドキドキでハンドルを握る手にも力が入るぜ。
「初めてならミックスでいいよね」
とんかつ一(はじめ)。
その店頭に僕は立った。これから激戦が始まる。
パッと見では普通の食事処だが、個性的な対象が個性的な接客をしてきて、勝手を知っていないと一見さんは慌てふためくこと間違いなしのお店である。
大丈夫、僕は予習してきた。
とんでもなくゆるいブタの看板が特徴的。
小学校低学年くらいのクオリティを感じ、微笑ましい。
…ただ、この顔で油断するべからず。
このブタ、とんでもなく鋭い牙を持っているぞ。
油断するとこちらが噛み殺される。
左側のポスターのお姉さんは極楽顔をしているが、隣のマッサージ屋さんのポスターなので無関係。
店内ではシリアスな戦いが繰り広げられているのだ。ヘヴンなんてこの世には無い。
店内に入った。
テーブル席もあるが、カウンター席がメインのお店だ。
体格のいい人たちがカウンターに一列に並んでいる。
ドカ盛りのお店なのでこれは頷ける。
一生懸命ムシャムシャ食べているのだが、カウンター越しの店員さんから次々におかわりを盛られて「ありがとうございます」やら「もうカンベンしてください」やら、どちらにしてもドM的なコメントが僕の耳に届いてくる。
少食気味の僕は場違いだぞ。
大丈夫かな、生きて帰れるかな??
カウンターは満員なので、カウンター裏の小さなテーブル席を案内された。
ここはカウンター席のデカい方々の死角となり、店員さんの攻撃を免れることができるかもしれないな。
カウンターの向こう側、テロンテロンの白い肌着みたいな服を着ている、2022年現在79歳の大将が僕に声を掛けてきた。
大将:「旦那、初めて?」
あぁ、ちなみに成人男性は一律"旦那"と呼ばれる。
人生初旦那を得た僕は素直に「初めてです」と言う。
大将:「初めてならミックス定食でいいねー」
質問でもなく強制でもなく、「太陽は東から昇るよねー」くらいにサラッと言われた。
このお店にはいろいろメニューはある。
ただ、初めての人は老若男女を問わずにミックス定食なのだ。
事前知識が無いと戸惑うこと山の如しだが、僕は知っていたので「はい」と言った。
ミックス定食。
今回の敵の名前である。
口の中でメニュー名を反芻し、そして水をゴクリと飲んだ。
「カレーかけていいですか?」
カウンターの内側では大将と奥さん・店員さん(娘さん?)が忙しそうに動いている。
メニューの到着を待っていると、店員さんが僕に「ご飯にカレーかけていいですか?」と聞いてきた。
提供後に聞かれるとWebで呼んでいたが、僕がカウンター裏にいるためかあらかじめカレーをかける作戦に出たのだろうか?
とりあえず「はい、お願いします」と言った。
「では受け取って下さーい」とのことで、カウンター越しに丼を受け取る。
丼にご飯。そして昭和っぽい黄色いカレー。
なかなかのボリュームである。お茶碗1.5杯分はある。
お腹ペコペコでなければ「これだけでよい」と判断してしまいそうなほどの量だ。
続いて味噌汁がやってきた。
かなり大振りのお椀であった。
そしていよいよ真打登場である。
宅配ピザのMサイズくらいの大きなお皿。
そこに茶色いカツがビッチリと鎮座しているプレートだ。
よく「凄腕の格闘家は相手と対峙したり握手しただけで、相手との実力差がわかる」と言うじゃない。
その言葉を借りるなら、僕はコイツと対峙した時点で負け犬の顔をしていたと思う。ダメこれ。
写真を見ているあなたには、どれもが茶色い似たような物体に見えてしまっているに違いない。
なので店先に掲げられていたメニュー表を基に内容物をご紹介する。
こんな感じだ。
大きなメンチカツ1つ・ヒレカツが4つほど・カニクリームコロッケ1つ・鶏のから揚げ4つほどだ。
女性だとヒレカツやから揚げの個数が減る代わりにエビフライになるらしいが、そこいらはよくわわからないので、もしあなたが興味あるなら実際に行ってみてほしい。
では、いただくとしよう!
…食いきれるのか、これ!?
「スパゲッティ、足しておくね」
食べ始めた。
カレー丼は辛くなくって食べやすい。
味噌汁には豚肉も入っていた。豚汁だこれ。敵は手ごわいぞ。
メンチカツには甘めのデミグラスソースがかかっている。
中は肉汁たっぷりでジューシーだ。
その他の揚げ物は、なかなかハードに揚がっている。ちょっと固くて芳ばしめのタイプ。食べ応えあるぞこれ。
メニューが登場するちょっと前の時点で追加のお客さんが来て相席になっていたのだが、このタイミングでカウンター席が1つ空いた。
奥さんが「よろしかったらカウンターへどうぞ」と言ってくれる。
この後に詳細は語るが、乗ったら敵の餌食だ。
でも僕は乗る。「わぁ、ではせっかくなのでカウンターへ…」と言い、巨大プレートをそそくさとカウンターに運んだ。
盛大な死亡フラグである。
さて、僕は序盤にスパゲッティとキャベツをモリモリ食べていた。
なぜそうしたのか、今となってはもうよく覚えていない。
たぶんスピーディーに食べることができ、そして無くなればお皿がスッキリして見えて"食べてやった感"を感じやすいからだったと振り返る。
大失敗だった。
カウンターの隣の席では、大将がお客さんに「おー、食べているねー。じゃあスパゲッティとキャベツを足すねー。」・「ご飯どうする?OK!じゃあカレーもかけるね!」とかやりとりをしている。
次は僕だ…。
「スパゲッティとキャベツ、足しておくねー」と言われた。
「はい」と答えた。
1回くらいはOKして敵を油断さえておきたかった。このやりとりもしたかった。
決してもっと食べたかったわけではないが。
バットからキャベツがドガっと盛られた。
大きなボウルに入っていたスパゲッティも無造作に盛られた。
おやおや。
最初の段階でキャベツってこんな富士山みたいに聳えていましたっけ?
スパゲッティもこんなにトグロを巻いて存在を主張していましたっけ?
端的に言うと、最初より増えた。
ゼロスタート、「振出しに戻る」どころではない、スタート地点より前に戻った。
ここは肉以外は無限におかわりを盛られる。
なので肉を最初に攻略すべきであった。失敗だ。
満腹中枢がビンビンに刺激されている。
既に腹8分目~9分目だ。これヤバいぞ…。
スパゲッティとキャベツのおかわりをを受け入れてしまったことを後悔し反省している。
こうしている間にも、奥さんや店員さんから続けざまに「ご飯足しますかー?」・「お味噌汁追加していいですかー?」って続けざまに聞かれている。
大将からの誘いを断っても、1分後には奥さんから同じことを聞かれる。
厨房内の情報連携が一切できていない。まぁ連携しようもないだろうけど。
絨毯爆撃と言うか、長篠の戦いの"鉄砲三段撃ち"というか、もう隙がないわ店の攻撃。愉快。でも苦しい。
隣の人は何度かおかわりしつつもダウン寸前であったが、大将から「せめてたくあんだけ!なっ!」と押し切られ、お皿に半ば強引にたくあん置かれていた。
カウンターの向こう側でも、店員さんが「スパゲッティ盛っていいですかー?」と聞きつつもまさにもう盛り付けんばかりに麺を掲げ、お客さんがアワアワしていた。
お客さんの目の前でスパゲッティを「ほーれほーれ」みたいに揺らしていた。
敵は全員ドSだぞ、気をつけろ!
店内のテーブル席にはご夫婦と小学校中学年くらいの女の子の3人連れもいた。
カウンターの中から大将が「旦那ァ!おかわりは!?味噌汁は!」みたいに頻繁に声が飛んでいた。
最初はご飯にカレーをかけるのを断っていた女の子にも、「ねぇカレーかけよう。その方がおいしいし食べやすいから!」って、はにかむ女の子に3回くらい積極的に交渉を持ち掛け、最終的に「じゃあかけよう。おーいオマエ、カレーかけてやってくれ!」って奥さんに指示していた。
店内各所が阿鼻叫喚となっている。
もうちょっとなのだが、胃がはち切れそうだ。
人生でTOP3に入るんじゃないかってくらいに食べている。
まぁ持ち帰りも可能だと聞いてはいるが、食べきれるのであれば食べてしまいたい。
しかしこのちょっとがどれだけキツいか、あなたも想像できるであろう。
ギリギリなのだ、本当に。
そう逡巡している間にも、カウンター内の3名から代わる代わる「ご飯足りてる?」・
「カレーだけでも食べる?」と聞かれている。
「もう限界です」とキッチリお断りする。…それでも聞かれるけど。
食べきった。
足元に置いてあったカバンに手を伸ばすときにお腹が圧迫され、本気で「うっぷ」ってなった。
歩くのも困難なくらいで油断すると口からミックス定食が出てきそうだが、平静を装って退店することだけを取り急ぎの人生目標とした。
大将はニコニコしながら「マズくてゴメンねー!」・「お腹いっぱいになった?」と聞いてくる。
お客さん全員にこんな感じで自虐気味に話しかけてくるのだ。
感謝とごちそうさまを伝え、店を出る。
駐車場までの数10mがシンドかった。
車に乗った後のシートベルトがシンドかった。
このあと2時間ほどは満腹すぎで車を降りる気力もなく、東伊豆を淡々と走った。
絶メシだけども頑張るお店
「絶メシロード」というグルメ系ドラマがあった。
2020年に放送された。
絶メシとは"絶滅してしまいそうな飯屋"のことであり、個人経営のレトロな食堂など、高齢の方が運営していて後継者もいないようなお店が主である。
もともと群馬県高崎市で「絶メシリスト」というWebサイトがあり、これをモチーフにドラマ化したものだ。
その中でこのとんかつ一も登場しており、それで知った。
お客さんと店との応酬もそこで知った。
絶メシロード、どの回もマジ楽しかった。
今回このような記事を書いたが、あなたにご理解いただきたいのは、僕が今回の記事をネガティブな気持ちでは書いていないということだ。
「客にメニューを選ばせない・強引におかわりを盛るなんて酷い店だ!」とは思ってほしくないし、僕もそういう気持ちでは書いていないということだ。
僕は心から楽しみ、ぶっちゃけかなり苦しかったけれども、自分のキャパの中で楽しんだ。
初回訪問の人にミックス定食を進めているのも、まずはいろんなメニューの要素を詰め込んでいるミックス定食を食べてもらい、2回以降に気に入ったおかずをメインとしたメニューを頼んでほしいからだ。
たぶんだけども理由があれば断ることもできるだろう。
おかわりをすすめてくるのも、お腹いっぱいになってほしいという強い気持ちから。
あ、でもちょっとS気質があるのは否めない。
これまたしっかり断ることも可能だし、持ち帰り用のパックもある。
お店の人はとてもフレンドリーでいい人なのだ。
お客さんの嫌がるようなことを臨んではいない。
もちろん万人受けするかと言われればそうではないだろうし、そもそも万人受けするようなお店なんてほぼ存在しないと思う。
ちょっと独特で事前知識があったほうがいいお店ではあるが、個性の尖ったこういうお店があってもいいと思う。
なんでもかんでも無難で丁寧でクレームを恐れて…という世の中であるが、多少のブレ幅があったほうが人生面白い。
絶メシロードのシーズン2が、今月(2022年8月)の末から始まる。
またこういう個性的でワクワクするようなお店を取り上げてくれることを期待している。
老舗食堂、それはエンターテイメント。
食が充実するということは、人生が充実するということのだ。
以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。
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