週末大冒険

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ちょっと出かけてみないか。忘れかけていた、ワクワクを探しに。

No.214【岡山県】世紀末感が漂う…!!水没ペンション村「グリーンファーム」がヤベェ!

瀬戸内海に面した牛窓(うしまど)という町をご存じだろうか。

別名"日本のエーゲ海"とも呼ばれる、本当に穏やかで綺麗なスポットだ。

 

そんなエリアの片隅に、なんだかドロドロした廃墟村のようなものがある。

そこだけ世界が暗転しているのだ。

 

現地で実際に撮った写真です

元廃墟ハンターである僕は、「これはゆゆしき事態ぞ」とか言いながらも、内心少しワクワクしながら岡山県に向かうのだ。

 

 

美しい牛窓

 

まずは本題に入る前に牛窓の美しい景色をお届けしよう。

なぜなら牛窓の美しい姿もご紹介しておかないと、「牛窓のイメージダウンの記事を書きやがって!」と僕がフルボッコにされなねないからだ。自衛、大事。

 

牛窓1

まずは公衆トイレだ。

公衆トイレなのにこんなに異国情緒あふれるファンシーなデザイン。

ギリシャ風車だろうかね?同じ瀬戸内海の「小豆島」にあるヤツの小さい版って感じだ。

 

こんなにワクワクするトイレはなかなか無いよね。

これが牛窓だ。

 

牛窓2

牛窓の港には「波濤崎」と書かれた石碑があった。

地図で見てもここいらは全然岬っぽくないのだが、昔は、岬の形状だったのかもしれない。港は埋め立てされた形跡があるので、岬だった頃の記憶の断片なのかもしれない。

 

牛窓3

穏やかな海にボートがずらりと停泊していた。

僕の写真の腕がイマイチなので、この写真だけでは日本のエーゲ海とは認識しにくいかもしれないが、とても静かでいい場所なのだ。

時間がゆったりと流れていると感じた。

 

牛窓4

かつての僕は、この港にあるレストランでランチをすることにした。

「昼どきなのにわりとガラガラだな」と思ったけど、気にしない。

1人旅なので周囲がカップルやファミリーだと心が折れるだけなので、逆に空いている方が良い。

 

このお店の名前は「シーフードグルメ館UOUO(うおうお)」という。

なんてネーミングセンスだ。

 

ただ、調べてみると2022年1月末で閉店してしまったらしい。

コロナの影響だろうか?それ以外だろうか?

いずれにしてもちょっと切ない気持ちになった。

 

牛窓5

ここでオーダーしたのは、牛窓の郷土料理である"水夫のじゃぶじゃぶ"。

なんてネーミングセンスだ。水夫、溺れてないか?大丈夫か??

 

海の男が食べる、ぶっかけご飯とのことだ。

シタビラメを骨ごとミンチにして野菜と一緒に汁ものにし、それをご飯にかけて食べ
るもの。汁は醤油ベースの甘めの味付けで、ワサビをつけて食べるのだ。

 

もう昔のことなので味は覚えていないのだが、当時の手記の『ちょっと変わった味付けだった』と書いてある。なんかオブラートに包んでないか、過去のYAMAのヤツ。

しかし同じ店で同じものを食べることは一生不可能なので、真相は闇の中だ。

ただ、海に向かって大きな窓のある居心地のいいロケーションで、居心地は最高だった。

 

牛窓6

あとはね、「牛窓オリーブ園」が観光地の目玉で、丘からの瀬戸内海の眺めとか最高らしいんだけど、1人で行く勇気がないので未訪問である。

 

…さてと、このくらいにしておこうかな。

では、次項からが本題だ。

 

 

水没した世界

 

2022年…。

僕は牛窓水没ペンション村「グリーンファーム」を目指していた。

水没ペンション村ね、Googleマップの表示からしてまずすんごいのよ。

 

水没世界1

Googleマップから画像引用させていただいた。

戦争時での各隊の配置を地図上に表すときって凸字を使うじゃないですか。

その凸字が海上に無数に並んでいて、並々ならぬ攻撃性を感じさせる。

「全軍北東に進軍!」って感じだ。何事だ。

 

まぁこれペンションの1棟1棟が上から見ると凸字なんだけどさ、廃墟を訪ねる僕としては事前にGoogleマップを見た瞬間に戦慄するわ。

 

水没世界2

夕刻が近付いてきた。

雲も広がってきた。

 

そんな廃墟探訪を盛り上げてくれるようなシチュエーションの中、僕は現地に到着した。

広い路肩があったので助かった。短い時間なのでここに駐車させていただこう。

 

水没世界3

そしてグリーンファーム跡を眺めるのだ。

はい、すごいね。

 

一面の水。立ち枯れの木。

日本の各所には、池の中に立ち枯れの木々があることで幻想的な雰囲気を作り出しているスポットがいくつかある。

代表例では北海道の「白金の青い池」とか。

 

drive-ns.hatenablog.com

 

ただし、ここにはそういう神聖さはねぇ。

ここあるのはただただ世紀末感、それだけだ。

映画とかで出てくるようなディストピア、つまりは退廃した未来世界、そんな感じだ。

 

水没世界4

水没しているのは立ち枯れの木だけではない。

人工物も水没しているのだ。

まずは目に入って背筋がゾクッとするのは、道路標識だな。

 

水没世界5

「徐行」の標識と、何かのネット。

徐行なんてしようがない。ブクブクと沈むしか選択肢の無い世界。

 

僕さ、数々の廃墟を見てきたし、火山灰や水や土砂で埋もれた地も見てきた。

しかしその中でも「怖いな」って思うのが、この道路標識が埋没している光景だ。

なぜなのか自問自答してみた。

 

それはきっと、「標識の下には道路があり、車が走り、人が歩く"生活"があった。それが埋没してしまった。」という連想をしているからなんだと思う。

道路標識、それは僕の深層心理の中では生活の象徴の1つなのかもしれない。

 

水没世界6

水没した木々にズームしてみた。

「おぞましい」という言葉がぴったりな木がした。

 

木々の各所には黒い鳥が止まっている。

実は水鳥なのだが、遠目にはカラスのようにも見え、それが世紀末感によりブーストをかけている。

 

水没世界7

ちょっと場所を変え、コテージ群がたくさん残る様を見に行こうか。

 

 

コテージ群の残骸

 

前述の通り、ここは水没ペンション村。

実は当時運営してしていたときのまま、数棟のコテージが放置されている。

ここの目玉である。

 

コテージ群1

水の中に残されたコテージ群。

随分と朽ちてはいるが、まだしっかりと自立している。

 

手前に残る街灯がまた怖い。さっき語った道路標識と同じ理屈で怖い。

あと、コテージの中で閉じられているカーテンが怖い。

 

コテージ群2

ここでは多くを語らないが、廃墟の内部において僕が怖いと感じるのは、布だ。

カーテン・布団・服…。

これらがドロドロに朽ちていくのを見るは、精神的になかなか来る。

あとはこれらを踏むと気持ちが悪いとかもあるんだけど、まぁその話は追い追い…。

 

コテージ群3

管理棟かな?

中央では平屋の建物が半身浴している。

そして見てくれ、その左手には車が2台停まったままだぜ。

 

コテージ群4

運転席周りしか見えていないということは、後ろ半分は荷台、つまり軽トラだな。

きっとこのペンション村で運搬等に従事していた軽トラなのだろう。

それが放置され、これまた水没している。やるせない気持ちになる。

 

コテージ群5

遠くの方には、ボス的な存在のひときわ大きい建物。

大人数用のコテージ?

 

あの中はさぞや魅力的なんだろうと、僕は想像する。

しかしその想像はかき消す。

僕はとうの昔に廃墟ハンターを卒業済みなので、こうやって安全圏から遠望するくらいに留めるのだ。

 

コテージ群6

電柱と、その足元の小さな倉庫。

この倉庫の土台が一番高いところにあり、そして基礎がしっかりしている。

なんか皮肉なヒエラルキー

 

この倉庫は静かに朽ちゆく廃墟群を、これからもここから高みの見物をするのだろう。

どんな気持ちでこの光景を見ているのは知らないが。

 

 

なぜ滅びたのか

 

そもそもこのペンション村はなぜビタビタに浸水してしまっているだろうか?

いつから廃墟になったのだろうか?

そして、「浸水したから廃墟となった」のだろうか、それとも「廃墟になってから浸水した」のだろうか?

 

あなたも気になるよな?

気になって気になって、もう夜しか眠れないよな?

では、そこのところをご説明していこう。

 

廃墟村はこうしてできた1

昔々、江戸時代はここいらは塩田であった。

穏やかな海、満ち引きのある海岸、晴れの日の多い気候…、そんなところがきっと好条件だったのだと考える。

 

でも、昭和も中期に入ると経営が厳しいことになる。

塩は海外で大量生産したものを輸入した方が安いしね。

コツコツ塩田で塩を作るのって、労力もかかるし大変なのだ。

 

こうして1970年代ごろ、このエリアの塩田の歴史は終わったらしい。

 

廃墟村はこうしてできた2

そしてこの地は、リゾート地として再開発された。

1980年頃だと言われている。

 

ペンション村ができたのも、このときだ。

正式名称は「鹿忍(かしの)グリーンファーム」。

僕の調査力がないのか、かつてどんな感じの施設あったのかを窺い知れる内容は、Web上では見つけることができなかった。

 

ただ、この地には1つ大きな特徴がある。

それは、かつて塩田にしていたような地なので、潮の満ち引きが大きい。

定期的にポンプで排水しないと水没する。

 

そんな土地だったのだ。

ペンション村は排水を繰り返しながら運営してきたのだ。

 

廃墟村はこうしてできた3

鹿忍グリーンファームが閉鎖されたのは、2000年頃らしい。

なんでなのかは調べたけどもよくわからない。

不況のあおりとか、施設の老朽化とか、娯楽の多様化とか、きっとそんなところだろうとは思っている。

 

グリーンファームはすぐには沈まない。

しかし2013年に一気に水没が始まったと聞いている。

 

廃墟村はこうしてできた4

2013年の春に浸水が始まり、秋ごろにはドップリと浸かったそうだ。

 

水流が一気に流れ込んだのではなく、ゆっくりとした浸水だったから、建物はその姿をしっかりと留めながら今に至る。

ゴルフ場やテニスコートのネットもこうして今も立っている。

 

さらには残った木やコテージなどが、水鳥たちの格好の住処となったのだ。

 

廃墟村はこうしてできた5

まぁ、本来ならば所有者が責任を持って解体すべきなのだろう。

それがなされずに20年経過しているということは、それが困難な状況であることは容易に想像できる。

 

僕の現地訪問時は感じなかったが、虫が発生したり異臭が発生したりと、周辺住民は迷惑しているそうだ。

確かに夏場はキツそうだな。

そして、景観・風評・治安の面でも影響はあるだろう。

せっかくの日本のエーゲ海牛窓なのにこれは残念だ。

 

廃墟村はこうしてできた6

自治体が費用を捻出しない限り、このペンション村はずっとこのままで、ジワジワと朽ちていくのだろう。

 

一瞬立ち寄っただけの僕はこの光景を「ユニークだな」みたいに表現できるかもしれないが、世の廃墟の抱える真の闇のことを考えると、重い気持ちになる。

廃墟は好きなのだが、胸を張って「好き」とは言えない理由の1つがここになる。

 

2022年。今回の牛窓では、時間の都合からもほとんどここしか訪問しなかった。

しかしまた次回、それは日本7周目になるのだろうが、そのときにはキラキラと輝く牛窓をご紹介したい。

ただ、これナイショだけどさ、やっぱ僕って廃墟は好きなんだからな。

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: 鹿忍グリーンファーム跡
  • 住所: 岡山県瀬戸内市牛窓町鹿忍830
  • 料金: 無料
  • 駐車場: 路肩等ならあり
  • 時間: 特になし