美深町にある「井上食堂」。オーナーさんが2022年12月に入院してしまい、それ以降は2024年8月現在に至るまで休業が続いている。
それまではね、ツーリングマップルにも掲載されているコアな人気店だったんだ。濃厚でおいしいと評判のソフトクリームはオーダーによっては超巨大なサイズにもできるし、ラーメンはオーダーの組み合わせが6700通り以上もあったのだ。
そんなクセが強めな名店。僕は休業以来ちょくちょくWebで確認しているのだが、復活の兆しは今のところ見えない。
あのお店を、このまま記憶の彼方に風化させるわけにはいかないよね。みんなで復活を願えるように、オーナーさんへのエールとなるように、今回の記事を書く。
日本5周目:一見さんはパニックに
多彩すぎてカオスなラーメン
最初の訪問は日本5周目だったなぁ。美深駅近くの国道40号沿いにこのお店を発見したのだ。
ツーリングマップルに掲載されているので「じゃあ行ってみようか」って思ってきたのだ。
想像を上回るレトロな店構えで、かつ看板も何もない。井上食堂かどうかもわからない。ビックリして一度通過した後、近くに車を停めて徒歩で戻って確認したくらいだよ。
あぁでも看板あったわ。店の横にボロッボロなヤツがさりげなく置いてあったわ。アピールする気あるのかな、これ。
店構えは昭和時代の大衆食堂風である。2024年現在の僕なら嬉々として突撃するが、当時の僕はまだちょっとこういうのは慣れていなくって、入るのに少々の勇気が必要であった。
カウンター席と座敷席の混合のお店である。僕は1人なのでカウンターを案内された。上の写真はカウンター席から振り返って座敷席を撮影したものだ。
お客さんはカウンター席に1人、座敷席に2人組。だが座敷席の人の方は、僕が入るのとほぼ入れ代わりで、ソフトクリームを買いがてら退店していった。だから店内は結構静かだ。
さて、何を食べようか。
メニューはいろいろある。カウンターの上の壁に、端から端まで貼ってある。
ラーメン・カレー・しょうが焼きやとんかつの定食・丼もの・チャーハン・ピラフ・鍋もの・グラタンまで…。
ところでメニューの記載が少々独特なのだ。カレーの場合だと以下のようになる。
- イ:お子様用 …甘口カレー
- ロ:肉きらい …シーフードカレーライス
- ハ:カレー味無し …ハヤシライス
- ニ:牛・豚きらい …チキンカレーライス
- ホ:豚・鶏きらい …ビーフカレーライス
おいおいおい、何が嫌いかより何が好きかで自分を語れよ。あと、ハヤシライスを『カレー味無し』と表現する人、初めて出会ったぜ。
ラーメンが目玉商品だというからラーメンにしようか。んー…、でもなんだこれ。何をどう見てオーダーすればいいのだ??わけわからん。
壁の端から端までワイドに展開されるラーメンメニューに僕は圧倒されて「あわわわ…」ってなっていると、厨房からオーナーのオッチャンがひょいとこちらに顔を突き出した。
オッチャン:「ラーメン?まずはスープを選んでね。6種類あるよ。鳥ベースのあっさり仕立て、ネギ油風味。もしくはチキンスープで鳥の油脂入り。それから、ビーフスープってのがあってね。乳脂肪入りでミルキーだよ。あと、とんこつの白濁スープ。こってりだけどもショウガ入りで若い女性にも人気でね…。(続く)」
グイグイ来る。オッチャンすごくグイグイ来る。
YAMA:「あ、じゃあそのとんこつの白濁スープでお願いします…。」
そう答えた。これで終わりだと思ったよね。でも、オッチャンのカウンセリングみたいな問答はまだ続いたよね。
オッチャン:「スープが決まったなら、次は味だね。味噌味・塩味・醤油味・カレー味・担担麺風味…。ま、とんこつであれば味噌か醤油が無難かも知れないけど…。」
YAMA:「あ、じゃあ味噌でお願いします…。」
これで終わりだと思ったよね。でも、オッチャンのトークはまだまだ続いたよね。
壁一面の貼り紙を指さしながら、「Aを選んだら、次はCDEから選択。その中のDを選んだら、さらに条件分岐でFかG。」みたいにフローチャート感がスゲーの。青色申告の用紙構成みたいになっている。青色申告、やったことないけど。
オッチャン:「じゃあ、製麺所を選んで。あの7つね。」
YAMA:「はぁぁぁ!??」
一見さんにいきなり製麺所を選べと。知らんよ、どれも。
もうヤケクソとなり、逆に落ち着き払って「では、西山製麺さんでお願いしましょうか。」とダンディーにオーダーしてみた。
麺の固さも聞かれた。これは想定の範囲。ちょい固めにしてもらおうか。
さらにオッチャンは「油の種類…」とか言ってくるけど、もうテキトーでいいや…。
そんで上のメニュー表、なんで一文字ごとに丸を付けているの?頭文字を繋げるとなんか暗号になるの?『シネトバキオゴス…』。…なんねーじゃねーか!
ラーメンもソフトクリームもうまい
無事にオーダーが終わり、僕はクタクタになりつつラーメンの到着を待った。
このお店、ラーメンだけで組み合わせが6700通り以上あるらしいぜ。全部食べるには6700回も通わないといけないのか…。
自分好みのラーメンをオーダーできる反面、お店のウリのラーメンがよくわからん…。
しかもな、オーナーのオッチャンはなんか耳が遠いのか無頓着なのか知らないけど、わりと大声で呼んだりして存在をアピールしないと厨房から全く出て来てくれない。
出てきたら出てきたで、すきっ歯のためかすごく話が聞きとりづらいんだけど、怒涛の勢いでメニューの紹介をしてくれるのだ。
オーダーするまでにとてもメンタル疲弊したぜ。いや、こういうの好きだけども。
とんこつ味噌の西山製麺の固めが出てきた。
なんだか見慣れないビジュアルのラーメンだ。TVの料理番組で、まだ調理する前に調理台の上にいろんな食材や調味料が入った小皿やガラスボウルが並べられたりしているが、ちょうどそんな感じだ。
盛り付けは?ねぇ盛り付けはセルフ?あと、麺どこ行った?僕の西山製麺。
西山製麺はスープの中に沈殿していた。珍しいタイプだ。「麺線が綺麗ですねー」とかそいういうのは無いの。海上からは麺、1ミリも視認できないの。全部サルベージ作業。
さらにトレイの上に僕専用の調味料セットが置かれている。しょうが・辛みオイル・ニンニクなど…。
カウンターにはコショウ・一味・七味・一味・コショウ。左右対称に配置させたい気持ちだったのかな。
味は無限大だ。なんでもありだ。それでも悔しいことにうまいんだよ。オッチャンの腕がいいのか、僕のチョイスが的確だったのかはナゾだけどもさ。
食後はソフトクリームをテイクアウトしよう。
実はここ、ソフトクリームでも人気なのだ。「こんな食堂のソフトクリームは本当にうまいの?」と思われるかもしれないが、地元の人にも認識だし旅するライダーさんにも人気だし、「北海道で一番うまい」・「今までで一番うまい」というコメントも散見するほどなのだ。
ならば食うしかあるまい。
オッチャン:「じゃあまずはコーンの種類を…」・「サイズを…」・「トッピング…」。
ま、さっきの通りだ。
ここは高さ30cmにも及ぶ巨大ソフトクリームとかあるんだけど、それを食ったらぬ。すでに結構満腹なので。ひとまずLサイズにしてみた。
お会計は、ラーメンが620円でソフトクリームが290円。支払って外に出て、青空を眺めながら駐車場で食べることにした。
あぁ、うまいね。北海道の爽やかな風に吹かれながら食べるソフトクリーム、極上。そして確かにここのはおいしい。あまり食べ慣れていないから他と明確な比較はできないけど、クセになりそうな濃厚さだ。
またいつか、今度はもっとスマートにラーメンをオーダーしてやろう。ソフトクリームもデカさがウリなので、もう少し大きめにチャレンジしてみようかな。
いいエンターテイメントを味わえたぜ。
こうして僕は再び北の大地を走り出す。
日本6周目:カウンターでソフトクリームを
あぁ、この懐かしのお店よ
2022年の秋のことである。結論から言うと、井上食堂が長い休業に入ってしまう3ヶ月前のことである。僕は再び美深町に来ていた。
今回はわかるよ。斜めからでも、視界に入った瞬間からでもわかるよ、井上食堂。僕はここに来るのを楽しみにしていたのだ。
前回とは反対側、向かって左側の駐車スペースに愛車の日産パオを停めた。
お、おぅ…。こんな風になっていたのか、左の側面は。パッチワークのようなつぎはぎっぷりに目を奪われる。
右上の部分、やや新しいけど増築したのかな?若干空中に飛び出ているけど、すごいデザインだな。なんかプログラミングに失敗したポリゴンみたいだ。
もうボッコンボッコン。室外機・ダクト・ドア…。それらの凹凸の数がすごい。色使いもすごい。「好きなもの、全部混ぜちゃいました」みたいな世界観になっている。
お店の正面方面に回り込んでみた。傍らのビール樽に目が行く。これだけの量の樽があるってことは、さぞかし地元の方々で賑わっているのだろうな。
それと、写真左の方にソフトクリームのオブジェが2つ重なるように配置されているところに、ソフトクリームに対する自信を感じる。でもなんで2つも…。しかもこんな近くに配置する意味無いのに…。
あと以前の訪問時には店頭のベンチもなかったと記憶している。ありがたい心遣いだ。
店内に入り、カウンターに座った。そして座敷席を振り返る。懐かしい空間…。いや、前回よりもだいぶ情報量が増えているような気がするな…。
時が経つにつれて物が増える。これ、自然の摂理なのかもしれないなぁ。
誰もいないタイミングで許可をいただきササッと店内を撮影させていただいたが、実はそこそこ賑わっていた。常連さんと思われるファミリーがワイワイしながら入店してきたりしたし。何10年も前から、この美深の町の胃袋を満たしてきたんだよ、この店は。
さて、ここで大変に残念なお知らせなのだが、僕はお腹が空いていない。
いや、ここでちゃんとランチをする予定で美瑛から走ってきたのよ。だけどもね、嬉しいことに途中で食料の差し入れをいただいてしまいましてね…。
そういうこった。運転中に体を揺らしたらカロリー消費できるかなって思ったけど、そんなんムリに決まってるだろ。
だからラーメンなどのメインメニューは食べられない。だけどもソフトクリームくらいなら食べられる。このお店にはデザートを食べるために来たんだよ。
だからオッチャン、ソフトクリームくれ!…って声をかけたが、全然厨房まで聞こえてないらしく、しばらく待ちぼうけとなった。
ラーメンに思いを馳せ、ソフトクリーム
出てきたオッチャンにソフトクリームをオーダーする。
少し価格は上がったが、あの日と変わらないパネル。今回は2Lにした。コーンの種類は聞かれなかった気がする。まぁなんでもいいや。
「店内で食べて行ってもいいですかね…?」と聞き、OKをいただいた。せっかく来た井上食堂、外で食べるのはもったいない。てゆーか外、小雨だし。
懐かしの店内の空気に浸りながら、ゆっくりとソフトクリームを食べたい日だってあるのだ。
ちゃんとスタンドに乗せてソフトクリームを提供してくれた。ワチャついたカウンターにそびえるソフトクリームがとりわけオシャレに見える。2Lだけあってなかなかの高さもある。美しいだろ。
そうそう、この味なのだ。濃厚だけどもしつこくなく、そして後味スッキリの井上食堂のソフトクリーム。これを求めていたのだ。満腹でもスルッと入ってしまう魔力を宿しているのよ、この子。
ソフトクリームを食べながら、カウンターに置かれている雑誌の切り抜きを読んだ。井上食堂について記載されているのだ。「じゃらん」の記事らしいな。
『いろいろ選べるのが面白い!味も抜群!の美深の名物食堂』だそうだ。
ソフトクリームとラーメンについて紹介されている。ラーメンのオススメの組み合わせは白濁豚骨スープのショウガ風味のみそ味なんだってさ。
なるほど、前回の僕は結構王道を射抜いていたのだね。
『味は驚くほど真面目に旨い』って書いてある。"真面目に"。ウケる。
値段はさておき、ラーメンメニューはほぼあの日のままだ。
今回は無理だが、また次回ここを訪問する際にはこれを見ながらカスタマイズしてみたいものだ。ラーメンのスープでカボチャスープなんてものもあったのか。今度は奇をてらったものも面白いかもな。
一方で、何箇所かメニューを剝がした跡もあった。あそこはラーメンの種類が書いてあったスペースだ。味噌・しょうゆ・カレー・しお・担々…などがあったんだよな。
店の奥側の壁も綺麗に下地がむき出しになってしまっている。あそこには定食や丼、飛び道具系のメニューが羅列されていたのだ。
見た感じオーナーさんもそこそこ高齢だしな…。いろんなレパートリーに手を出すのではなく、ラーメン・カレー・ソフトクリームに絞って提供しているのだろう。
じゃ、また来るよ。僕は井上食堂を振り返る。
しかしこの3ヶ月後の2022年12月、オッチャンは入院してしまうのだ。
オッチャン、僕は今年の2024年の夏の終わりにまた北海道に行くんだよ。日本7周目で行くんだよ。そのときはまだ再開できていないだろうなぁ。
もしかしてこのまま引退なのかなぁ。それとも後継者とかいるのかなぁ…。
僕は旅人として寂しい気持ちになるが、昔から長年通っている常連さんにとってのショックは計り知れないほどに大きいだろう。
もちろん無理はしてほしくないけど、これからも営業していないかどうか、ちょこちょこ確認するね。遠くから応援しているね。
6700通りのラーメンのたった1通りしか知らない僕だけど、それでも思い出のお店。またいつか。
以上、日本7周目を走る旅人YAMAでした。
住所・スポット情報