現代日本人は、時間に縛られて生きている。
束の間の安眠を妨げる目覚ましのアラーム。
一堂に人が動く通勤ラッシュ。
会議、締め切り、昼休憩。
チャップリンの「モダンタイムス」のように、人が時間を支配しているのか、時間が人を支配しているのか、うやむやな世の中だ。
…もうやってらんないよね!
山奥の温泉宿に逃避行しようぜ。
もちろん1人だ。
スマホの電波も入らない宿。食事も自分で作る。
好きな時間に風呂に入り、好きな時間に飯を食い、好きな時間に寝るんだ。
時間に縛られないひとときを過ごそうじゃないか。
山奥に現れしワンダーランド
その温泉の名は「夏油(げとう)温泉」。
すんごい山奥の突きあたりにある温泉だ。
積雪のために1年の半分、5月中旬~11月中旬のみしか営業できない秘境中の秘境の世界。
そんな温泉地に僕が向かったのは、日本6周目前半の梅雨時のことだ。
まずは北上市の市街地。ここのスーパーで食材を購入しておく。
酒も買う。当たり前だ。
詳しくは後で話すが、今回の宿は食事なしの素泊まりプランなのだ。
食材やビールをクーラーボックスに詰めた。
もうワクワクしかないよね。
小学校時代の遠足に行くときの気分が久々によみがえった。
そしてこの道のりである。
こんな感じのひび割れたアスファルトを、標高650mくらいまで山を登って行く。
途中にひなびた温泉はあるが、商店みたいのは無いし、コンビニなんぞもちろんない。
どんどん文明から遠ざかっていくぞ、僕。
あと、なんか天気がドロドロしてきた。
さすが梅雨。さすが山間部。
ここはちょっと前まで雨が降っていた模様だ。
ひたすら突き進んだ突き当たり、山がポッカリ開けたところが夏油温泉。
そしてここで車道は終わる。
いろんな建物が連なっているが、実はこれは全て「元湯夏油」という温泉宿のもの。
1軒で温泉街みたいな雰囲気をかもし出している。
夏油温泉にはこの元湯と「夏油温泉観光ホテル」の2軒しか宿が存在していない。
時刻は13:30。
とんでもなく早い時間だが、チェックイン可能である。
これから僕、ダラダラするんだからね。ダラダラするのに忙しいんだから、このくらいの時間にはチェックインしたいんだからね。
さて、ここからが重要な情報だ。
夏油温泉元湯には、大きく分けて2種類の宿泊プランがある。
旅館部と自炊部という。
- 旅館部 … 普通の温泉旅館を想像してほしい。1泊2食が基本で、所定時間に大広間でご飯を食べる。部屋もやや豪華。10000円ちょいとか、そのくらい。
- 自炊部 … 長期滞在を前提にした湯治宿の名残のプラン。ただ寝られればいいだけの部屋。食事は無い。自分で調理場で作るか食堂へ。最低料金2000円。
ワクワクゴロゴロしたいなら、そりゃあなた自炊部に決まっているだろ。
湯治という文化は、もう間もなく日本から消えていくだろう。
今のうちだ。今しかないんだ、湯治本来の楽しみができるのは。
ここの宿泊客も大半が旅館部と聞く。だからか、自炊部はすんなり予約出来た。多分当日予約も余裕だと思う。
時間に縛られず、好きなときに自分で作った安いもので食事を済ませ、長期滞在をする。
そんな湯治の考え方は、今の僕にピッタリだ。
行こう。自炊棟へ。
自炊棟と調理場のある風景
まずは最初に元湯の全体像をご把握いただきたい。
黄色い字が元湯の建物だ。本館と別館が旅館部、それ以外が自炊部の様子。
温泉は内湯も2つあるが、基本的には「夏油川」沿いに涌き出る露天風呂がウリ。
僕はこれから自分の部屋のある、自炊部の夏油館に向かう。
はい、最高。
4畳半。余計なものが一切ない。TVもない。
小型冷蔵庫があるのは嬉しい。
エアコンが無いのは日によっては厳しいかもしれないが、この日の夏油温泉は23℃であった。
湿度は高いが涼しかった。窓を開ければ充分。
もうこの部屋にレクレーション要素は無いし、スマホも圏外だからな。
文庫本を3冊持ち込んである。なんてステキなアイディアだ、YAMAさん。
ちょっと遡って外観もご紹介しよう。
まずはメインストリート、本館と駒形館の間である。
ちょいとボロいけど、両方を繋ぐ渡り廊下がある。
自炊部はこのずーっと奥だ。
次のエリア。別館と獄館の間部分。
ここだけちょっと異質で、無機質なアパートの隙間を歩いている気分になる。
そして次よ。
次が「これぞ夏油温泉!」っていう、各種ガイドブックやポスターで紹介されているエリアだからね。
来たーー!!!
マジこの光景好き!
左に夏油館、その向こうに昭和館。右側は紅葉館、その向こうに経塚館。
僕のイメージしていた夏油温泉って、昭和館の軒先で物品やラムネが売られていたりと、もっと活気あってザワついている感じだった。
なんかとりわけレトロな昭和館は閉鎖してしまっているみたいでちょっと味気ないけども、でも風情のある光景だ。
この紅葉館の昔ながらの長屋っぽい雰囲気が好き。
縁側で湯上りに休んだり、軒先に洗濯物を吊るしたりしていたのだろうな。
ただ、おそらく合計100人以上は余裕で収容できる自炊棟も、僕を含めて3名しか見かけなかった。
かなり施設も古びてきているので、ここでの湯治や自炊文化の継続に懸念を感じる。
ここで僕、急にお腹が空いてしまいましたよ。
しまった、このパターンは想定していなかった。
食材はたくさんあるけど、これは夜に調理したいもの。
すぐにパパッと食べられるようなものは入っていない。
そうだ、本館の売店に行ってみよう。
もともと山深い湯治宿。お客さんが長居できるように、食材や調味料など生活に必要なものは大体取り扱っている…と聞いたことがある。
…で、まぁ結論から言うとカップ麺とスナック菓子くらいしかなかった。
近年自炊の人はほぼいないのだろう。そういう文化の衰退、寂しいな。
カップ焼きそばを買った。
手軽に食べたかったので、今はこれで充分。
ここが夏油館内の共同調理場だ。こういう雰囲気が最高に好きだ。
とりあえずお湯を沸かす。
ヤカンを火にかけ、ボケッと待っている時間が愛おしい。
調理場の奥にはVIP席がある。ここで食べるに決まっている。
ここで食べれば何でもおいしいに決まっている。
"焼きそばバゴォーン"ですな。湯切りしお湯を使ってスープが作れるヤツ。
窓の外からは夏油川のせせらぎと、ミンミンゼミの鳴き声が聞こえる。
それ以外の音は無い。
それらを聞きながら、焼きそばを食べる。そんで読書をする。
おいおいおいおい、幸せ過ぎるだろ、これ。
そりゃ旅館部で豪勢な食事を食べるのもいいよ。
だけども、自炊せずとも町のスーパーでちょこっと買って来た地のものを冷蔵庫に入れておき、腹が減ったら食べるだけでもすごくいいと思うよ。
もっと人気出てもいいだろ、自炊部!
混浴露天風呂を巡る
おまちかね、温泉のご紹介だ。
今一度、敷地内MAPを貼り付けておこう。
滝の湯は女性専用。それ以外の露天風呂は全部混浴だ。
一部女性専用の時間帯が設けられたりもしているけど、とりあえず混浴前程の世界観。
まずは真湯と女(目)の湯に行く。
別館と夏油館の隙間の、割ととんでもないところから入っていくぞ。
ちなみに女(目)の湯は、名前からして紛らわしいが女性専用ってわけではない。
昔は"女の湯"と呼んでいたらしいが、最近は同じ読み方で”目の湯”っていう表記も使っているそうだ。
下の方に夏油川が見えた。
なんて透き通った綺麗な青色なのだろう。まさに山奥の清流って感じだ。
ちょっとワイルドな歩道であるが、基本的に浴衣姿でサンダル履きでどの温泉も行ける。
いくつもの温泉をハシゴしていくので軽装であることが好ましい。
右が真湯、小さな橋を渡って左が女(目)の湯だ。
真湯はしっかりした建物。男女別脱衣所があってその先は合流。
女(目)の湯は脱衣所も一緒で、そもそも温泉のある小屋お壁自体がすだれ1枚でセキュリティ低めである。
~ 露天風呂は撮影禁止なので、ここからは音声のみでお楽しみください ~
まず前提に。
夏油温泉の各温泉は、全部源泉が違っていて、だから色も温度も特徴が全て異なるのだそうだ。
あと、足元から温泉が湧いているので、お湯が空気に触れるより先に自分の体で受けとめることができる、超フレッシュ温泉なのだそうだ。
真の湯は、結構熱めの温度だった。
しかし周囲をアブが飛んでいる。ここは夏場はアブが多い。
アブから身を守るために、首までしっかりお湯に浸からないとヤバい。
必然的に長湯はできない。
橋を渡って女(目)の湯に向かう。
真湯からほんのわずかな距離なので裸のまま移動する人もそこそこいるようだが、僕はこういうときにはTPOを気にするタイプ。
面倒だし汗も引いていない状態で気持ち悪いが、ちゃんと服着る。根が紳士なのだ。英国紳士。
女(目)の湯はぬるい。これは快適。ずっと入っていられる温度だ。
しかもアブもいなくって平和な世界だった。
いるのはミンミンゼミだけだ。
川の向こうの方に、疝気(せんき)の湯・大湯のあるエリアが見えている。
先ほどのMAPではあえて点線で書いたが、ここから先は歩道はない。
階段をまた登って降りて、迂回するのが正しいルートだ。
ただし非公認でザブザブ歩いて移動する人もいるようだ。
ちなみに川の中で涼んでいる人もいた。ワイルドだ。
まぁ疝気の湯はマジで浴槽の目の前がすぐに川だったしな…。気持ちはわかる。
…というわけで、階段を昇ってからメインストリートを最奥まで行き、再び階段を降りて大湯に向かう。
この大湯が夏油温泉を代表する温泉とのことだ。
あそこに見えているのが大湯だ。立派な小屋。脱衣所も男女別だ。
ただし、この温泉は激熱で有名。
マジ無理。死ぬほど熱い。足首まで入ってもう限界。ひざまですら無理。
とりあえず浴槽のフチでチャパチャパ体にかけるのが精いっぱいだ。
夏油温泉では、熱いもぬるいも全て自然の恵み。
一切手を加えない源泉かけ流しなのだ。
近くにいたおじさんが「イテ!イテ!!」とか言う。
何事かと思ったら、アブに刺されたそうだ。
『アブ注意』の貼り紙があり、ハエたたきも置いてあるが、アブは素早いし多い。
とても対処しきれないだろう。
僕もここで刺された!!結構痛い!!
裸だしお湯にも入れず自衛手段がないので、そうそうに逃げよう!!
…って感じでここでは僕は無傷であったが、その後の夕暮れ時に真の湯に再度入ったときは僕も刺された。
テンション一気にガタ落ちだ。萎えるー…。
疝気の湯は川沿いの歩道に3・4人ほどしか入れない窪みがボコッとあるだけの、最強にワイルドな温泉だった。
上の写真は元湯様の公式Webから引用させていただいた。
何の囲いもないので丸見えだ。一応男女共同の脱衣所はあったが、これまた正面にすだれ1枚かかっただけの小屋であり、横方向は丸見えだ。
お湯はぬるめで快適だった。ここ好きかも。
洞窟・滝・内風呂を巡る
実は温泉巡りは数回に分けて実施しているし、翌朝にも入っている。
散歩もしている。
それらを時系列でいちいち書くのは大変なので、露天風呂以外のトピックスをここにギュギュッとまとめて執筆する。
洞窟と滝を探しに
再度MAPを掲載する。
気になっているのは左端の洞窟蒸風呂だ。
館内にあったMAPでは『現在は立入禁止』と書かれていた。入るのは無理でも、どんなところか訪問してみたい。よしっ、お散歩だ。
ちなみにこのタイミングで、滞在中唯一の青空が見えた。
ワクワクした。
目指す洞窟蒸風呂は夏油川の反対側。
位置的には女(目)の湯のすぐ裏なのだが、道のり的にはグルーッと「夏油山荘」の裏を通るようだ。
詳しくはすぐ上のMAPを見てほしい。
夏油山荘は廃業しているため、ドアや窓にはベニヤが打ち付けられていて生気を感じない。そんな廃墟チックな建物の裏に回るのだ。
「この道で大丈夫かな…」というドキドキ感を味わえる。
雨の後なので足元はぬかるみ、湿度もすごい。
もう体ベタベタだ。
またお風呂に入らなきゃ。あぁ入らなきゃ。そしてビール飲まなきゃ。ふふ、困ったなー。ふふふふふ。
なんだかアドベンチャーになってきた。
それはいいんだけど、誰とも擦れ違わないことが心配だ。人気ゼロなスポット。
そして洞窟蒸風呂がようやく姿を現す。
ここらしい。
最終的には橋を渡っていくのだが、その橋が通行止めになっている。きっと内部の岩盤崩れだとかが影響なのだろう。
このバリケードから向こうは行けないので、洞窟の内部の様子はよくわからない。
橋のたもとには「四郎左ヱ門の滝」という滝がある。
落差7mなのだそうだ。
実はこの滝を見ることも、この散歩の目的であった。
ここで歩道は終わる。
夏油山荘から数分なので、温泉を訪れた際にはここまで歩いてみてもいいだろう。
そして温泉や散歩の合間には水分補給。これ大事だ。
ビールがいいかどうかはさておこう。
しかしビールがうまい。これ最も大事だ。すみません、あたり前のこと言いました。
内風呂巡り
次は内風呂をご紹介したい。
ここに書く上ではいろいろ時系列をいじっているが、内風呂にはシャンプーやボディーソープもあるしシャワーもあるので、最初に入っておくとナイスガイだ。
まずは駒形館の小天狗(しょうてんぐ)の湯を目指す。
「おいおい、じゃあ大天狗の湯はどこだよ」という屁理屈を言いたいあなた。
実はさっき廃墟となっていた夏油山荘にあったらしい。
そう、大天狗さんは既にお亡くなりだ。悲しみ。
マジ綺麗。ピカピカ。
夏油温泉最大のウリである風情は露天風呂には叶わない。
しかしここもちゃんと源泉だし、体を綺麗にするという風呂本来の目的は1000%達成できる。
当時の手記を見たら、『綺麗・シャワーある・アブいない』と片言みたいに書かれていた。
アブがいないことに相当安堵したと見受けられる。よかったな。
もう1つある内風呂、白猿の湯に向かう。
本館の裏側から地下に下がっていくような立地だ。
実際は浴室に窓があったので、傾斜地に建てられたものと思われる。
先客のおじさん2人がいて、「東北のどこそこの温泉がいい」みたいな話になった。
なお、僕は温泉にはあまり詳しくないので、「ほうほうそうですか」と聞く側だ。
ここ夏油温泉にある様々な温泉も、熱いかぬるいかくらいしかわからない。
ただ、僕は旅情を楽しんでいるのだ。
こうしてダラダラ風呂に入り、語らい合うだけで幸せだ。
鬼剣舞と自炊の夜
時刻はどうやら19:00を回ったようだ。
時間を気にしない旅っていうのが今回のテーマなので現地の僕は時間を気にしていないが、写真のタイムスタンプからそうであると振り返ることができる。
夜の帳が下り、また一層雰囲気が増すメインストリート。
ここで僕は夜風に当たりながら、風呂上りのミルクコーヒーを飲んでいた。
館内に自動販売機があったので。
宿の人がやって来て、「19時半から本館前で鬼剣舞(おにけんばい)が始まりますよ、よかったらどうぞ」と声を掛けてくれた。
オニケンバイ…??
なんのことかわからなかった。だが、なんらかのイベントのようなので行ってみよう。
19:30ちょっと前、本館前に篝火(かがりび)が焚かれた。雰囲気バツグンである。
調べてみたんだけど、鬼剣舞って岩手県北上地方の伝統芸能だそうだ。
シンプルに説明するのであれば、鬼の面をつけて剣を持った人たちが勇ましく踊る。…って感じだ。
本館前の階段に10人ほどが腰を下ろす。
僕もその脇にヒッソリと立ち見をする。
祭囃子みたいのが始まった。
ゴザの上に座った人たちが、笛とか太鼓の演奏を始めた。
それに呼応するように篝火が強く燃え盛る。
幻想的だ…。
…いやこれ、ちょっと火が強すぎないか??
スタッフさんがときどき水をかけて、「ジュッ」とハデな音をさせていたけど、その後もちょくちょく想定以上の火力を見せていた。
演目が始まった。
10数演目あり、1人で踊るもの・2人で踊るもの・8人で踊るものなど様々だ。
どれもが力強い。
写真左下から奇妙なものが踊り手に向かって伸びている。
これは霊的なものではなくって、篝火にかけた水がデレデレと踊り手の方まで行っちゃったものなので気にしないでほしい。
夏油温泉では、7月・8月の土曜日の夜のみ鬼剣舞を呼んでいた。
しかしコロナ禍で2021年は2回だけ、2022年は完全中止となってしまったようだ。
これは寂しいね。
僕らが普段かかわり恩愛伝統に触れられる貴重な機会だ。
ぜひまた復活し、2023年には見られるようになってほしいと祈る。
刀を持ち、殺陣のようにアグレッシブに動き回っている。
かっこいい。
1本から徐々に刀を数を増やし、最大8本の刀を持って前転する演目だ。
「結構スリリングなので注目してほしい」というアナウンスが行われた。
僕の日常では8本の刀を持って前転する機会があまりないため、こういうことをできる人はすごいと思った。
そんなこんなで40分ほどの演目が終わる。
スゲー良かった。夢のような夜だ。
では飯だ。
序盤でも出てきた共同調理場である。
ここで調理をするメンバーは僕だけだった。
まぁ自炊部自体3人しかいないっぽいからそれもうなずける。
悠々自適にクッキングだ。食器はたくさんあるぞ。自由に使って、洗って返却すればよい。
この時点で初めて「ヤベー」と思いました。
「どこの相撲部屋ですか」って思いました。
ちなみに今夜のメニューはキムチ鍋です。
白菜が少ししんなりしてきて、エベレストレベルが水面張力レベルまで落ち着いた。
しかしこのボリューム、不安しかない。
明日の朝も続きを食べるとして、明日の朝までに食べきれるのか、という次元である。
とりあえず、この歪んだ鍋をよたよたと自室に運ぶ。
あぁ、自炊部では余裕で部屋食OKなのだよ。優雅でしょ。
このあと4畳半が戦場と化すんだけど、そのあたりを詳しく書いたところでアレなので、報告は以上とさせていただきたい。
味はともかく、腹がはちきれそうだ。
また明日の朝、温泉入って痩せなきゃ。
そう思いながら布団の中で天井を見上げた。
雨の降りしきる夏油温泉
翌朝は凄まじい豪雨だった。てゆーか夜中から土砂降りだった。
どうやら西日本に台風が上陸したらしい。
岩手県のここも強風だし、なんなら寒いくらいの気候だ。
夏油館には談話室という簡素な部屋があり、そこにだけはTVがある。
僕は6:00には起き、ここで台風中継を見ていた。
しかしだ、雨だろうと嵐だろうと、ここではマイペースに過ごしたい。
温泉にも入る。
何事にも縛られない時間を獲得するためにここに来たんだもの。
朝の目覚めのコーヒーを淹れる。
僕はコーヒーを飲まないと1日が始まらない。
アウトドアグッズのアルポットを使うと、どこでもお湯が沸かせて便利だよ。
じゃあ、露天風呂行くか。
もう既にシャワー浴びたんじゃないかってくらいにビッシャビシャだけどな。
ドワワワワワーー…!!!
あの綺麗だった夏油川が完全に濁流だ!!荒れ狂っている!!
しかし温泉だ。温泉入ろう。
真湯はこの天候だとぬるすぎると感じた。
歩道にポッカリと設置されている疝気の湯がちょうどよかった。
しかし頭上に天井がないのでスゲー濡れた。
だけども意外なことに、ここには3人ほど入浴者がいたぞ。
朝食は、昨日の鍋の残りを温め直して食べることにする。
ラーメンの麺とか買って来ていたんだけど、そういうのはキャパオーバーだ。
鍋しか食べぬ。
なんとか完食できたのでホッとした。
このあとまた内湯に入ってカロリー消費しておいた。
あ、ちなみにだけれども、各館は独立しているとはいえ電車みたいに連結されているので、雨に濡れずとも行き来ができるようになっている。
ちょっと横風が強いとひさしから吹き込んでしまうかもしれないが、一応は屋根がある。
だからこの日は屋内移動をメインとした。
では、自炊部の夏油館から本館まで歩いてみてあげましょうか。
こういうレトロな雰囲気の館内通路もたまらなく好きだ。
マットの敷いてある右手が調理場だ。
自炊棟では、擦れ違う人がいたら「こんにちは」と挨拶をする。そういう雰囲気。
自炊部がもっと盛り上がっていた時代であれば、一緒に調理場で料理をしたり、意気投合して酒を飲みかわすこともあったろう。
そういう経験は今回はできなかった。
この先もできないかもしれない。
もともと夏油温泉は自炊部のみの温泉だった。
東北を中心とした温泉地には、こういう湯治宿がかつて多くあったらしい。
別館を経由し本館に入った。
グレードが変わったことを空気で察知する。
とはいえ、なかなかに年季が入っている。
この雰囲気をずっと大切にしてほしい。
ピカピカの綺麗なホテル調にしてしまったら、夏油温泉の良さが失われてしまうような気がする。
日本にはまだもう少しだけ、こういう雰囲気の場所が必要なのだ。
あ、チクショウ大広間でございますね。
ここでご飯食べたら美味しそうだし楽しそうですねチクショウ。
さすが1万円以上を支払う方々は違いますなー。
あと、獄館にはシアタールームみたいのがあった。
ひっそりしていて誰もいなかったけど。
振り返れば記憶の中の宝石箱
こうやって自分のレポートを振り返ると世話しなく動いているみたいだけど。
実際の僕はありあまる時間をゆったりと過ごしていた。
温泉い少し入っては自室に戻って、常に敷きっぱなしの布団にゴロンだ。
持ってきた小説も1冊半読んだ。
マジで読書くらいしかやることがなく、むさぼるように本を読んだのだ。
なんて幸せな時間。
雨だっていいじゃないか。
日本には梅雨があるんだから。
ここの温泉が一切手を加えていないように、ありのままの自然を味わう。
それでいいじゃないか。
不便なこともあるだろうけど、心は豊かになるよきっと。
ボロッボロの夏油館を振り返る。
間もなく11:00になる。チェックアウトの時間だ。
僕は腕に時計をはめる。
できれば数日滞在してみたかった。湯治とはそもそも数日から1週間は滞在しないと胸を張って実施したとは言えないだろう。
一瞬の体験だったけど、それでも楽しかった。ありがとう、自炊部。
僕はこれで現実世界に帰らねば。
土砂降りの中、愛車の日産パオにエンジンをかける。
これからまた深い深い山道を延々攻略し、ふもとの町を目指すのだ。
少しだけ進んだところで、僕は車を停めた。
そして来た方向を振り返る。
おそらくここが、最後の夏油温泉を見られるスポットだ。
夏油温泉は豪雨に少し霞んでいた。
深い深い山奥で、1年の半分ほどしか営業できない秘境温泉。
僕はまたいずれ、ここに来ることができるだろうか?
そしてそのときここは、今と同じ建物で今と同じ営業をできているのだろうか?
未来のことはわからないけど、思い出は1つ。
しっかりと目に焼き付けた後、再び僕はアクセルを踏む。
以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。
住所・スポット情報