「東鳴子温泉」は、激渋温泉好きなマニアックな人種の聖地であると聞いた。"東"という一文字が付くだけで、「鳴子温泉」よりグッと渋みが数段跳ね上がるのだ。
その理由としては東鳴子温泉は湯治宿から栄えたから、らしいな。高級なおもてなしを主とするのではなく、庶民が長期滞在して自炊などしながらゆっくりと療養することを目的に発展したのだ。
だからか、僕が電話して「1泊させてください」と言っても「2泊以上じゃないと受け付けていないんです」と断られた宿があったほどだ。

とりあえず、日程的に1泊しかできないが、東鳴子温泉に宿泊してみたい。東鳴子温泉を象徴するような激渋な宿で、1人で自炊しながらゆったりとした時間の流れを満喫したい。
…こうしてピックアップしたのが「高友旅館」であった。
着物の仲居さんが案内してくれる懐石料理を食べるのもいいけどな、こういう年季入った宿で自由気ままにすごすのもまたいいもんだぞ…!
ダンジョンのような複雑な館内を歩く!
初冬の宮城県山間部はもう雪がチラついており、僕は少々驚いた。さっきまで快晴だったのに、山に入った途端にこれだよ。
今シーズン最初に見る雪が、この鳴子だ。これも何かの縁であろう。

道路を挟んだ反対側の空き地が、高友旅館の駐車場だそうだ。何とも言えない雰囲気の駐車場だなぁ…。
ちなみに屋根が白いのは雪が積もっているからだよ。すごい寒い。こんなに寒いとは予想していなかった。こんな日に温泉、最高じゃん。

車の目の前の建物のダメージがエグいレベルだ。「高友産業工事部_工事事務所」と書いてあったので、高友旅館と関連する団体なのだろうな。こっちを先に工事するか解体した方がいいかもしれないレベル。

ではチェックインだ。華やかさとは対極に位置する、茶色いオーラを放っている。そしてシーンと静まり返っている。スゲーなここ。
看板には『湯はやすらぎの泉なりけり』と書かれているが、やすらぎところかゾクゾクするような興奮に打ち震えているぞ、僕。

入口のサッシをガラリと開けた。薄暗い帳場が現れた。
受付窓から声をかけると、奥から宿の人が出て来たので予約客であることを告げ、宿泊手続きを行った。
ここは普通に2食付きのプランもあるが、僕はあえての素泊まり、かつ自炊設備付きの湯治棟を申し込んであるのだよ。そちらの方が普通の部屋より断然安いし。

この写真は、帳場のちょっと奥から入口を振り返ったもの。窓枠がレトロでオシャレで、令和時代には思い浮かばなそうなデザインだよね。
この旅館は1925年(大正14年)創業なのだそうだ。ほぼ100年だよ。すごすぎる。

さて、自炊棟はもっともっと奥だ。進んでいこう。見る景色すべてがレトロで唯一無二なデザインで、目を奪われる。
当時の自分自身の手記を振り返ってみたら『増築すごい・ラストダンジョンみたい・一部は廃墟かな?』って殴り書きをしてあった。ピュアな視点から見るとこうなる。うむ、そしてきっと全部正解。

少し話は飛ぶが、上記が部屋に備え付けられいた館内MAPである。周囲が黄ばんでいるところが、もう宝の地図っぽい。冒険の旅しちゃってるっぽい。旅館の中なのに。
そして僕の部屋が地図内で赤く色づけられている一番左上だ。同じ棟に属する数部屋が自炊用の部屋なのだそうだ。

ここが最奥にある自炊棟だ。もう何の飾り気もない。ただただ最低限の設備で日々をすごすために用意された棟。余計なものは限界までそぎ落とした棟。いいじゃないか。
ところで「マツコの知らない世界」っていう、「マツコ・デラックス」のTV番組があるんだけど、2・3年前にタイルマニアのゲストが「高友旅館の自炊棟の床の柄がすごく良く、色違いのものを探しているのだがどこにもない」とコメントしていた。
「マニア、なんてところにまでアンテナ貼ってるんだよ」って思ってお茶噴いたわ。

ここが客室。この壁紙の色がもともと何色だったのか考えると夜も眠れなくなるので辞めておくが、全部の色を平均すると間違いなくセピアになる渋み全開の部屋だ。
ここの部屋での自炊などについては最後の章で書きたいので楽しみにしてくれ。
エキセントリックな濃厚温泉を巡る!
部屋でお茶飲んで一息ついた後、温泉に行くことにした。
この宿は黒湯っていうので有名。黒湯というのは暗緑色の天然ラジウム泉を指すそうで、鳴子エリアにはここにしかないレアな泉質なのだそうだよ。

いやぁ、しかしチェックインの時にも歩いたルートなんだけど、館内なかなかに薄暗いよな。
ここがロビーなのだろうが、15時台とは思えない暗さだぜ。軽くホラー。
湯上りにあそこのソファでまったりくつろいでいる人がいたら、意外すぎてビクッとしてしまうかも。あと季節外れの扇風機が何個も鎮座していてチャーミング。

ソファの脇にはレトロな汎用自販機が置いてある。これは貴重だし珍しいね。
そんなに興味はないので詳細は見なかったが、中身は何だろう、この黄色い箱。カロリーメイトか?カロリーメイト専用の自販機として運用しているのか?斬新。

ロビーの片隅には小銭を入れると動く遊具が置いてある。なんてシュールなのだろう…。
試していないけど、これは動くのか?延長コードが取っ手部分にぶら下がっているけど、これを自分で配線して動かせってことなのか?

そして暗がりにトラもいる。シュールさに拍車がかかる。一瞬剥製のようにリアルだが、造り物だね。微妙なラインを攻めているレベルだ。"ブキミの谷"の動物版みたいな感じだ。

まず最初に向かうのは、名物の黒湯だ。この旅館には4つの源泉・7つの湯壺があるそうだが、まずは目玉を攻めておきたいのだ。
矢印に沿って奥へ奥へと進み、ついでに階段で地下へと降りていく。黒湯は地下なのか…。

これは地下へと続く階段の踊り場の写真。綺麗な花が活けてあるが、逆になんか怖いような気もする…。暗い景観の中にポツンと色鮮やかなものを配置するのって、ミステリアスな感じだもんね。

黒湯は混浴。ちなみに一部時間は女性専用タイムになるので、女性も安心だ。今日は女性客がいないと聞いているので、僕も気遣いなく突撃できるってヤツだ。

これが黒湯。むわっとガソリンのようなにおいが立ち込めている。こんなに油のにおいがするのって、他には北海道の豊富温泉しか知らないわ。
温泉オンチの僕であっても「これは尋常じゃないレベルに濃厚だぞ…!」って思うほどのインパクト。もしタオルを浸けてしまったら一生においが取れないだろうな。

同じ浴室内、黒湯の脇にはプール風呂という温泉があった。少しあっさりした泉質ではあるが、ポカポカがずっと続くいいお湯であった。
この2つの湯船のある浴室が気に入り、僕はここだけで3回入浴したよ。脱衣所はご覧の通り、相当にボロい。いい意味でボロい。
この浴室の隣には女性用の婦人風呂がある。僕は男性なので入っていない。

地下の黒湯に降りていく階段は実はもう1つあるようなのだが、どうやら朽ちてしまっているのか封鎖されていた。
まぁ階段はもう1つあるので全然不便ではないのだが、僕は朽ちた階段が気になってしょうがなかった。もともと廃墟好きなのだ。

日中から「暗い暗い」と思っていたが、夜になったらそんなレベルじゃなかった。
もう何も見えませんもん。逆にワクワクしてくらぁ。立ち寄り湯もやっている旅館だけど、このスリルは宿泊客にしか味わえないよね。

男性専用のひょうたんの湯だ。ここもやや油の香り。狭くて誰もいなくって、そして湯船以外は設備ほとんど何もない。
一応シャンプー等が備え付けられていたが、髪や体を洗うのであれば黒湯エリアが良いだろう。あそこにだけはシャワーあったし。ポンコツな性能だったけど。

暗い。こんなところを1人で歩いてい大丈夫なのか、って思ってしまう。
向かっているのはラムネ風呂だ。本来は女性用なのだが、前述の通り今日は100%メンズデーなことになっているため、宿の人から「入っていいよ」と言われている。
でもなんか前方に鉄格子があって不穏だ。

「地獄かな?」って思った。ドロドロの緑の泉に、ポコポコと泡が浮いているんだもん。エキセントリックなんだもん。
これ、健康にいいの?これがRPGの世界であれば、足を踏み入れるごとにどんどんライフが減っていく毒の沼地だと思うよ。

木立を掻き分けた深い茂みの中にある沼みたいな感じだ。カエルの鳴き声が似合いそう。
でも、結論すごくいいお湯だったんだぜ。ポカポカでヌルヌルだ。炭酸水素塩泉っていうらしい。こんなにも濃厚な温泉、他にはちょっと思いつかないぞ。
この湯めぐりをした後、外はおそらく氷点下なのだが体が火照ってしょうがなく、部屋でTシャツのまま冷水をガブガブ飲んだほどだ。温泉ってすごい。高友旅館すごい。

最後にご紹介するのは、翌朝に入ったもみじ風呂。家族風呂として貸し切れるお風呂だよ。
でもなんかゴミ箱に囲まれているすんごい立地にあった。ゴミ箱、温泉入口の脇に5つもある。もっと温泉を引き立てておくれよ。

お湯は無色透明であり、他のパワフルなお湯と比べると個性控えめだ。
ただし死ぬほど熱かった。水を入れて良いと聞いていたので備え付けのホースで水をドバドバいれるのだが、それよりも源泉が流れ込むスピードが早く、あっというまに熱湯風呂になる。

どのお湯も最高であった。そして湯めぐりはとても楽しかった。
清潔感を重視する方にはちょっと苦手な部分もあるかもしれないが、お湯は本当に全国屈指の良さではないかな。
赤から鍋とビールで夜をエンジョイ!
湯治宿の楽しみはやっぱ自炊だよね!適当に買ってきた弁当を食べてもいいのだが、ちゃんと自炊設備を使うことに楽しみを感じるのだ。
こういう自炊宿って日本から消滅しつつあるから、楽しむなら今のうちだしね。

さぁ、前半でも出てきたこの茶色い部屋でご飯を食べるよ。
自炊宿だと共同の炊事場がある宿が多いのだが、ここはなんと各部屋ごとに自炊設備がある。嬉しいね、ありがたいね。

部屋の奥の小さな小さなキッチンスペース。
ペロンペロンの歪んだまな板と、どんなに殺意を持って使用しても全然切れない包丁も、自炊宿あるあるだ。まかしとけ。

食器類も最低限のものはそろっている。だけども洋風のものを作るのにはあまり適していないから、和風の献立を考えた方がいいよ。無難なのは鍋だね。
だから僕も今回は鍋を作ろうと企んでいる。

具材は豚の小間切れ、ネギ・白菜・エリンギだ。
ダシは市販の"赤から鍋"のスープを買ってきた。普段は味噌のみで味付けすることが多いんだけど、この赤からスープ、前々から気になっていたのでつい買っちゃったのだ。

よーし、おおざっぱな鍋ができつつあるぞー。ビジュアルには全くこだわっていないが、そういうのでいいんだよ。酒が飲めれば料理なんて、こんなんでいいんだよ。
湯治宿まで来てこだわっていてもつまらない。日頃のストレスを解消しに来ているんだから、全方向ラクに行こうぜ。

あぁ、いいじゃん…!
懐石料理もいいけど、こういうのも詫び寂びがほとばしっていて胸がキュンキュンする。毎度のごとくかなりのボリュームであり、1人で食べきれるか心配になるんだけど、明日のチェックアウトまでチビチビと消費するのだよ。それが楽しいのだよ。

赤から鍋、思ったよりマイルドで甘味が強いかな?現代人、ファミリー層でも食べられる用に工夫されているのだろうな。
僕としてはもっととんがった辛みがあっても良かったなって思ったが、今回の記事は赤から鍋の批評ではないのでこの辺にしておく。
とりあえずうまいのだ。鍋もうまいし酒も進む。まだ体が火照っているのでビールがすごく浸透するんだ。

暗くなる空、なんかガタついている正面建物、屋根の雪、おぼろ月…。そのすべてが愛おしい。最高の時間を過ごしている。
TVをつけてみると、今日から冬本番であり、青森かどこかは早速雪が1m積もったと言っていた。

締めに鍋用のラーメンを投入した。多少煮込んでもプリプリでうまいヤツだ。既に満腹なのだが飲んだ後のラーメンは至高なのだよ。
鍋のスープにも具材からのだしが出ており、森羅万象をこの一杯で味わえる。小宇宙みたいなラーメンだ。

食べたら、もうダラダラするか風呂に入るかくらいしかやることがない。贅沢な時間だ。
前章の記載の通り湯巡りの続きをしたり、読書をしたりした。こういうときにはTVは最低限しかつけないのよ、僕。

ポカポカに暖まって眠りについたのだが、冬の東北の夜は厳しかった。ナメてた。
普段夜はぐっすり寝れるはずの僕が、寒さで起きたのだ。マジ寒い。掛け布団を追加した。この宿は毛布などはなく、全部ヒンヤリ冷たい昔ながらの重い布団だ。
体の上の重量がすごいことになってうなされそうだが、まぁいい。寝る。

無事に朝を迎えられた。実は午前4時ごろに寒くてまた起き、不本意ではあったがストーブを起動させた。これでバッチリ問題なく安眠できたのだ。
もうすぐ朝の7時なのにまだ薄暗い空。でも幻想的。夜間に雪がまた降ったみたいで、昨日よりも雪原はさらに白くなっていたよ。

モーニングコーヒーで目を覚ます。コーヒーカップなどはなく湯飲みしかないので、おうなっちゃう。そして朝の湯巡りをするのだ。

朝ごはんは昨夜残った鍋を使って雑炊にする。ご飯も玉子も用意してあるのだ。地獄の釜みたいにドロドロになってきた。においはすこぶるうまそうだ。

うめぇ。こんな生活をあと数日してみたい。それが本来の湯治の姿なのだから。
でもちょいと時間がないのでこのあとチェックアウトせねばならない。これが残念だよ。せめてチェックアウト時間ギリギリまではくつろがせていただこう。
…そして9:50。もうすぐチェックアウトの時間だ。

ちょっとボロくて、でもお湯は最高の高友旅館。
Webを見ると清潔感が無くて苦手というコメントも散見されているけども、みんなには昔ながらのこのスタイル、この景観を大事にしてほしいと思うよ。
でも宿に対しては、温泉成分が強いと建物の汚れや劣化も早くて大変だと思うけど、掃除と片付けにもう少し力を入れた方が印象良くなると思うよ。

お客さんも宿もうまく折り合いをつけて、この最高の温泉が今後も永く続きますように…。
玄関で靴を履き、最後に帳場を振り返る。あぁ、いい時間だったなぁ…!
以上、日本7周目を走る旅人YAMAでした。
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