週末大冒険

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ちょっと出かけてみないか。忘れかけていた、ワクワクを探しに。

No.197【岐阜県】忘れ去られしあの地の今は…?朽ちゆく2005年の人口重心の記念碑を偲ぶ!

よしっ、今回はね、Web上でほとんど情報が出て来ないスポットをご紹介する。

 

ただし、Web情報が無いからすごく価値があるというわけではない。

むしろみんなが忘れ去ってしまったからWebにも無い、という残念な方向で考えてくれても構わない。

なんだったら、ここ10年近くこのスポットを訪れた人の話をWebで見たことすらない。

 

さてさて、「そんなスポットを紹介して何になるんだ」と、会場を充分に不安にさせたところでスポット名をお伝えしよう。

 

 

人口重心地点(2005年版)」!!

 

 

 

…はい、わかっちゃった!!

画面を見るあなたの表情が1ミリも変化しないの、わかっちゃった!!

 

でもご紹介する!

反響ゼロを承知で執筆できるのが趣味ブロガーの強みであり、自由の国アメリカで幼少期を過ごした僕の胆力なのだから!

 

 

日本の人口重心地とは

 

まずは、今回の僕の目的である人口重心地について説明したい。

いきなり本題に入ってしまったら、あなたも「( ゚д゚) ポカーン」となりかねないからだ。

 

前提だが、僕は数多ある日本の中心を巡る旅をしていた。

「は?日本の中心ってたくさんあるのかよ?意味わかんね」と思われるかもしれない。

でも、事実としてたくさんあるのだ。

ぶっちゃけ30箇所くらいある。

 

drive-ns.hatenablog.com

 

詳細については上記リンク先の【特集】をご覧いただきたい。

 

さて、日本の中心の1つの概念が、人口重心地だ。

もう少し噛み砕いて言うと、「日本人全員の体重がピタッと釣り合いの取れる点」ってことだ。

 

 

もちろん、1人1人の体重なんてデータベース化できないから、日本人が全員同じ体重だと仮定しての計算となる。

そして、「日本人全員、静止しろ」とか言えないから、住民票のある地にいると仮定しての計算だ。

 

 

こんな感じの数式となる。

あー、はいはいなるほどねー、そう来たかー。

…1ミクロンもわからない。

 

なんにせよ、日本の中心って言うと普通は地理的な要素を思い浮かべてしまうが、完全に"国民"にフォーカスした、面白い日本の中心の概念である。

 

ただ、この概念には1つだけ注意しないといけないことがある。

国民の人口も居住地もどんどん変わっていく、ということだ。

 

だから改めて上の図を見てほしい。

僕は「日本人口重心地点2005」と表記した。西暦2005年に算出した地点だ。

5年に1度の国勢調査人口重心地が算出されているんだけどさ、その2005年版だ。

もちろんその前の回の2000年版も、さらに前の1995年版もあるのだが、今回のご紹介は2005年版なのだ。

 

 

山間部で路頭に迷う

 

…はい、とまぁここまでが冒頭なワケだ。

 

重心地はどこだ11

数少ない熱心な読者様は、前項が以下「日本人口重心地点2000」ととほぼ同一の文章であることにお気づきになったかもしれない。

 

drive-ns.hatenablog.com

 

しょうがない。

マジに語りたいことは大体同じだし、イチから文章をひねり出すなんてメンドくさいだろ。時代はコピペ。

 

ここからの冒頭のストーリーも、今しがた引用した"2000"とほぼ一緒だ。

これもしょうがない。だって同時攻略したんだもの。

 

"2000""2005"を一緒に捜索したがために混乱し、"2000"に行くつもりが"2005"に辿り着いてしまったりと、わけのわからんタイムトラベルしていたんだもの。

それもそのはず、これらの人口重心地は比較的近い場所にあるのだ。

 

前述の通り、5年に一度行われる国勢調査人口重心地は上記のように推移している。

 

わかりやすく言えば、「どんどん東京に近づいている」ということだ。

どういうことかというと、地方の人たちが「東京(あるいはその均衡)に住みたい」って熱望している比率が増えている。

だから東京近辺の人口がどんどん増える。

結論、人口の重心は東京寄りになる…というシナリオ。

 

drive-ns.hatenablog.com

 

上記にて「水晶山」の激坂をゲロ吐きそうになりながら這い上がり、"2000"を攻略したのだが、今回はその少し南東にある"2005"に向かっている。

 

"2000"は山の中だったが、"2005"は集落内と聞いている。

それだけでも、とてもありがたい。

水晶山の隣の山をまた登れ、とか言われたら僕は死にますゆえ。

 

重心地はどこだ2

「道の駅 平成」に辿り着いた。

人口重心の町っていう看板がデカデカと掲示されていた。

 

しかし目的地はここではない。

"人口重心の町"に辿り着くのがゴールではなく、まさに人口重心のピンポイント、正確に言えば人口重心を示す碑の前に立ちたいのだ。

 

ただ、ここに来るまでも随分迷っていた。

ちょっと疲れていた。もう諦めようかな…という弱い心も見え隠れしていた。

 

そしたら道の駅の前の道路に標識があった。

「←人口重心地」って書いてあった。

 

重心地はどこだ3

これは別の場所で撮影したものだが、イメージ写真として掲載しておく。

 

残念ながら、その矢印が示す方向は、僕が今走ってきた方向だった。

戻れと。そういうことだ。

そうか、案内標識は道路の片方にしかなかったんだ。

僕は険しい峠道を越えて来たので、普通のアプローチルートとは反対側。

だから標識も全然なかったのか。

 

「チクショウ…」と呟きつつ、僕はUターンした。

 

途中で、ポツンと存在していた集落内にある、かなりローカルな風貌のガソリンスタンドで給油をした。

ガソリンスタンドのおじさんに「人口重心がなかなか見つからなかったんですよ。」とグチった。

そしたら手書きで詳細な地図を描いてくれた。

ありがとう、心強いぜ。

 

 

走っているのは県道325号。

なかなかの狭さの峠道を行く県道だ。

 

ま、ついさっきここを山の向こうからやって来たんだけどな。

また戻されてしまっている次第。

この県道沿いに人口重心2005があったのだが、おそらく看板は"こっち側"を向いているものしかなく、向こうから来た僕は全然気づかなかったのだ。

 

重心地はどこだ4

「これより雁曽礼」の看板。"がんそれ"と読むらしい。

その下に人口重心地を示す立て札がある。左を指している。

裏側にはこの看板は無いので、道の駅平成側から来ないと僕のようにスルーしてしまう危険性がある。

 

でも、おめでとう。

ここまでくればもうあと一息だ。

 

文字通り人口重心地は左なんだけど、写真にチラッと写っている車がその道をふさいでしまっている。

しかしここから先はかなりの狭さと傾斜。

むしろここから自分の足で歩くのが無難と判断した。

 

 

激坂の先の人口重心

 

周囲をキョロキョロすると、近所の人と思わしきおばさんがいる。

道端に愛車を停め、おばさんに「すいません、ちょっと車を停めさせてもらっていいですか?」と聞いてみた。

快く了承してくれた。

 

激坂歩け1

数10m歩いたところに2台ほどが駐車できる駐車場があった。

だけども、さっきの道をふさいでいる車がいなかったとしても、そこまでは入っていきたくないようなロケーションだった。

 

この道の先に人口重心がある。

なかなかの傾斜の登り坂だ。既にゼーハー言って呼吸が上がっているぜ。

 

激坂歩け2

 

数分歩くと、ハンパない傾斜の山道になった。

写真では表現しきれないけど、なんだこの傾斜。

 

そして滑る!!

朝露で滑り落ちるほどの傾斜!

危険!!


ヒーヒー言っていると、頭上にようやく人口重心を示す碑が見えてきた。

汗だくだー。

11月の朝8時の山間部、かなり外気は涼しいのにもう汗だくだ。

ふくらはぎはパンパンだ。

 

激坂歩け3

これが2005年の日本人口重心地を示す碑だ!

 

まずはこの碑の写真を目に焼き付けておいてほしい。

Web上にもほとんど無いものだからな。

そして、たぶんあなたはここに行くことは無いだろうし、行ったところでこれと同じものは見られないだろうからな。

 

激坂歩け4

あまりお金をかけたようには見えないが、ツヤツヤピカピカの3本の丸太である。

中央の丸太に「日本人口重心地点_関市」と達筆な文字で書かれている。

左右の丸太に刻まれたマークは、どちらも関市を表すものだな。

 

ここが人口重心と判明したのは2005年だが、この碑が建てられたのは2007年だそうだ。

そしてこの、僕による初回訪問はその翌年のことであった。

従い、まだピカピカである。

 

ずるずるに滑る坂道をおそるおそる下り、また愛車のもとへと帰ってきた。

さっきとは違う近所のおばちゃんが、僕の車のナンバーを見てビックリしていた。

このときの僕の車のナンバーは、首都圏のものだったからな。遥か彼方。


おばちゃんは昔、僕の住む町にに勤めていたことがあるそうだ。

話が盛り上がった。

旅のいい思い出になった。

 

 

朽ちゆくコンテンツ

 

数年が経過したころ、僕は再びここを訪れた。

険しい峠を下り、集落へと入った。

うん、僕はここの雁曽礼の景色を知っている。記憶に焼き付いている。

 

しばらく走ったところで、「はいここー!!」と車を停めて後ろを振り返った。

 

ロストワールド1

はい、バッチリだ。まさにここだ。

向こう側からは見えない看板なのだが、僕はちゃんとこの場所を記憶しており、車を停めることができた。

 

…ただ、なんかおかしいぞ…。

 

ロストワールド2

看板、ボロッボロじゃないですか。

前回は茶色だったのに、色まで剥げてしまっている。

相当にかわいそうだ。

 

この時点で僕は結構イヤな予感がした。

看板がコレで、本体の碑は大丈夫なのだろうか…と。

 

ロストワールド3

前回使わなかった駐車場とやらに、愛車のパジェロイオを停めた。

すごく狭いし、足場が悪い。

四駆でよかったと思えるロケーションだ。

 

ただ、県道から脇道に入ってすぐの駐車はなので、前回に対する歩行距離はほとんど変わらない。

さて、歩くか。

 

ロストワールド4

懐かしいな、このメチャメチャ歩きにくい遊歩道。

急だし滑るしヌチャッているしで、ふくらはぎすんごい鍛えられる。

 

おまけに今回は雑草が多い。
これ、整備していないよね、きっと。

遊歩道の全てからニョキニョキと新芽が出てきている。

さすが春。さすが4月。

 

ロストワールド5

さらに前回も苦慮した後半の登山路みたいな激坂。

もう草ボウボウ。

 

枝もすごい。枝が容赦なく体にこすりつけてくる。

蜘蛛の巣に絡まる。顔面から蜘蛛の巣に飛び込んでしまった。うげげ…。

あと、トカゲとかチョロチョロ出てくる。

 

冬の間に整備が行き届かないのはわかる。

ただしもう春だ。

これからやるのだろうか?

あと数週間も放置すれば、きっとこの遊歩道は緑に飲み込まれる。

早めに整備しないとヤバイでしょ。

 

しかし、その可能性は低いのではないかと僕は考えた。

あの入口にあったボロボロの案内看板が、その全てを物語っている。

 

ロストワールド6

人口重心はマニアックすぎだ。

わざわざ目指す人も少なかろう。

それにさ、失礼な言い方になってしまうがここは都市部から相当に離れた山間部の集落だ。

公共交通機関で来るのは困難だろうし、カップルやファミリーがここに来ようと旅行先にチョイスするとも思えない。

 

ましてや人口重心は5年ごとに移動するのだ。

もう次の期にあたる2010年の国勢調査も実施されている。

八方塞がりに近いぞ、これ。

どうやったら盛り上がるのか、ビジョンが浮かびにくい。

 

ロストワールド7

ようやく見えてきた、人口重心の碑。

「懐かしい」と言うほどに時が流れたわけではないのに、その朽ちっぷりに少し衝撃を受けた。

 

なんだか傾いている。

そして致命的に色褪せている。

大事にされている感じが全然しないぞ、これ。

 

ロストワールド8

付近はやはり雑草でモジャモジャだ。

ここで休む人のために設置されたであろうベンチも、雑草で覆いつくされて何がなんだかわからない。

 

ロストワールド9

人口重心地になったことに対する記念植樹もあったが、これを見ても切ない気持ちにしかならない。

周りの木々は元気なのに、この木だけ元気ないぞ。なんてこった。

 

「ここに来るのはこれが最後かもしれないな…」と思いながら、車の元に引き返した。

何度かズルッと滑りながら。

 

 

移り行く時代


そして随分と年月が流れた。

2022年現在、僕は久々にこの地を思い出し、そして執筆している。

 

あのあとの人口重心がどのように推移したのかは、冒頭にご説明した通りだ。

引き続きジワジワと引き続き南東に進んでいる。地図には記載していないが、大体同じペースで同じ方向に進んでいる。

 

 

次期に当たる2010年人口重心は、確か個人宅であったと聞いたことがある。

当然碑などを作って集客するのは困難。

 

2015年人口重心は、これまた私有地だ。私有地の山だ。

人口重心の近くの「中之保公園」に「あっちに見えている山の中が人口重心だよ」みたいな簡素な立て札もある。

 

nihonheiseimura.org

 

2020年人口重心は、Web上で情報を探せなかった。

 

人口重心は、まだ細々とその存在をアピールしているのかもしれない。

近年の人口重心岐阜県関市を横断しているイメージなので、関市は"人口重心のある地"としてちょこっとアピールしているのを知っている。

 

www.city.seki.lg.jp

 

だが、少なくともピンポイントの人口重心については、「1995→2000→2005→なし→2010」と、どんどんモニュメントが簡素になっていった。

 

1995年の「まん真ん中センター」は、揶揄されながらもキチンと設備として残っている。

2000年の水晶山のオブジェは、登山ルートなので人口重心以外の目的の人も少しは訪れる。Web上で写真も見つかる。

今回ご紹介した2005年は、ダメだ。人口重心を目的に来る人しか、あの小道には入らないもんな。オワコン。

 

僕はGoogleマップを開く。

検索しても出てこない2005年人口重心を、雁曽礼集落の名と当時の写真や手記から、ストリートビューでウロウロしながら探す。

 

 

あぁ、ここだ。

人口重心を示す立て札は撤去されていた。

道だけは格段に綺麗になっていた。

 

…そっか。

撤去されたということは、もう観光客を望んでいないということ。

ストリートビューでは見られないが、この左奥、僕が滑りながら歩いた坂道や、人口重心の碑は既に朽ち果てているのではないだろうか?

 

そもそもWebにもほとんど掲載のないスポットなので、今後ここの場所を知る人も出ないであろう。

ひっそり寂しく消えていったのかな。

 

 

そんな場所だが、僕は執筆する。

僕にとっては大切な場所の1つだ。

 

もう未来には期待できないが、過去を偲ぶことならできる。

人口重心になったとき、あの碑が立てられたとき、この集落の人は喜んだろう。

ニコニコしながら地図を描いてくれたおじさん、僕の車を見て声をかけてくれたおばさん。

僕だけは、忘れない。

 

あなたも心の片隅に止めておいてほしい。

年々変動する人口重心の裏側で、こんなドラマがあったことを。

 

以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: 人口重心地点(2005年版)
  • 住所: 岐阜県関市富之保
  • 料金: 無料
  • 駐車場: かろうじて2台分ほどあり
  • 時間: 特になし