エメラルドグリーンの湖に、青々と葉の茂る林が水没している。
沖縄のマングローブの森だったらまだ納得だが、ここは東北の秋田県である。
なぜこんな事態になっているのか、林はこんな状態で大丈夫なのか、いろいろ不思議だ。
今回は、そんな神秘の「玉川の水没林」を見に行ったときの話をしたい。
宝仙湖_岩の目公園
まずは玉川と言われてピンと来ない方も多いと思うので、場所のイメージをお伝えしよう。
ここだ。
「八幡平」と「田沢湖」を結ぶ山間部の国道341号沿い、「宝仙(ほうせん)湖」・「秋扇(しゅうせん)湖」という2つのダム湖がある。
このどちらも水没林スポットだ。
これらをまとめて玉川の水没林と呼ぶのが一般的だ。
水没林の成り立ちとかベストシーズンだとか、小難しい話は最後にしよう。
まずは今からちょうど1年くらい前の2021年、僕が実際に行った訪問したときのエピソードを語りたい。
僕は八幡平を下り、この玉川エリアにやってきた。
1年の中でもわずかな期間しか出現しない水没林。
「頼む、まだ残っていてくれ!」と神に祈っていた。
道路脇には玉川の川の流れが見えているが、まだ木立が水没している気配はない。
DEAD OR ALIVE、運命はどちらに転ぶのか。
最初に車を停めたのは、宝仙湖だ。
ほとりには「岩の目公園」というスポットがあり、車はここに停めるのがオススメだ。
直近では日本6周目の最序盤に来ている。
そのときの写真がこれだ。
すっごい快晴で最高でしょ。
あのときは7月の初旬だった。
ちょっと遅すぎ、水没林はなかった。
ただし快晴だったし新緑は素晴らしく、この近辺を散歩しただけでも最高の気持ちにはなれた。
もともと水没林を見るのが目的ではなかったので、これでいい。
ここで僕はあなたに伝えたい事項は、ただの1つ。
宝仙湖は水没林を見るためだけのスポットではない。その他の季節も最高だってことだ。
はい、過去写真の引用はここまでな。
今回はご覧の通りの曇天だ。
なんならすごく寒い。
夏になるというのに上着をしっかり着ないとブルブル震えるくらいだ。
こんなかわいそうな境遇なんだから、せめて水没林くらいは見せてほしい。
ただ、これまでの行程から嫌な予感はムンムンする。
わずかな期待と共に、湖に架かる男神橋から宝仙湖を見下ろす。
うわー、微妙。
水没林、あると言えばあるのかもしれない。
しかしなんか期待と違うかもしれない。
カメラを思いっきりズームしないとわからないような水平線の彼方。
10数本の木がひっそりと半身浴を楽しんでいる。
ズームしてみれば少しは絵になるかもしれない。
ただ、肉眼で見ると感動には至らない、遠く遠くの情景だ。
真下を見ると、ここにも何本か水没している木があるな。
湖面ギリギリまで降りる歩道があるのは、前回訪問時に知っている。
湖面まで行ってみよう。
ちなみに今回の記事では、なんだか彩度の高い写真が度々登場する。
そういうモードで撮影したのだと、ご承知おきいただきたい。
曇天と思うような水没林がないというダブルショックを少しでも和らげるため、現場のYAMAさんが足掻いているのだと、暖かい目でご理解いただきたい。
うむ。
確かに水没している。
だけども神秘的とはちょっと違うな。なんか退廃的な雰囲気だ。
カラスが木々にとまっているのが似合う。このドロドロした天気も似合う。
しかし確実に、期待したのと違うな。
木々は必死に生きているのにこういう評価を下すのは非常に心苦しいんだけど、それが正直な僕の気持ちだ。要するに残念。
宝仙湖展望所
さらにしばらく玉川沿いに宝仙湖を南下する。
途中で展望スポットらしきものが出てきたので、車を停車させたりした。
そこには「玉川ダム移転記念碑」があった。
まぁここも語りだすといろいろ止まらないんだけど、今回の議題は水没林だから詳細説明はスルーしてしまおう。
猛烈に遠くに、少しだけ水没林が見えた。
ズームに定評がある僕のコンパクトカメラで、目いっぱいズームしてこれだった。
サバンナでキリンとか探すときのズームって感じだった。知らんけど。
結論、イマイチであった。
いやはや、テンションの上がりきらないレポートで大変に申し訳ない。
もう少し我慢してお付き合いいただきたい。
完全にネタバラシにはなるが、最後の最後でサムネイルにも使った絶景をお届けすることができるから。
さらに次に車を停めたのは、「宝仙湖展望所」だ。
実はね、ここに来る1・2㎞手前で、車道から割と見事な水没林が一瞬だけ見えた。
しかし停車するようなスペースが無かったから、ここまで来てしまった。
ここはちゃんとした駐車場がある。
さっき水没林が見えたことから、ちょっと期待している。
デカデカと「玉川ダム」と書かれている。
ここはもう玉川ダムの堤頂のすぐ近くだ。玉川の流れがすんごい堰き止められているってこと。
つまりは堰き止められたことで、より木々も水没しているのではなかろうか。
いや、水没してしまえ。
駐車場からの遊歩道を少し歩き、ダムを正面に見る展望所までやってきた。
展望所の周囲にはご覧の通り新緑が芽生えている。
ここで違和感を感じてほしい。
ほら、怪談とかでよくあるでしょ。
「窓の外を人影が通った。そっか人か、普通。…ん?待てよ、ここは3階だぞ。」みたいなヤツ。
それと一緒。展望所の外側に木々が生えているって、どういうこと?
あっち側は湖面のハズだぜ。
なるほど、水没林!!
ここに来てようやく眼前に水没林を見ることができた。
ちょっとスケール小さいかもしれないけど、キチンと見れたのはここが初であり、「水没林を見た」というステータスは今ここでちゃんと達成されたと感じた。
従い、ここでメッチャ写真を撮った。
正直、ちょっと物足りない。
水没はしているが、フォトジェニックかと言われればそうではない。
しかしこれも今しか見れない光景なのだ。
1つ1つの記録がきっと後々の宝となろうぞ。
なんかちょっとデロデロした木くずが溜まっているエリアもあった。
せっかく水没しているのに、なんだかそこだけ地面があるかのような絵になった。
あまり綺麗ではない。
ただ、少しだけ構図を工夫すれば、こんなにも湖面は綺麗だ。
ちょっとだけ解説すると、八幡平の麓の「玉川温泉」。
ここはこの玉川の上流に当たるんだけど、文字通り温泉が湧いている。
ここのすんごい強酸性の温泉成分が玉川に溶け込んでここに至っているんだけど、この成分が青色しか反射しないので、人間の目にはコバルトブルーに見えるのだ。
同じ原理で温泉成分を含む水面が青く見えるスポット、北海道の「白金の青い池」だとかが有名だから、よかったら読んでみてほしい。
他にも全国にポツポツ似たようなスポットはあるけどな。
ちょっと天気がイマイチなので、今回の青さはこんなもんだ。
もし快晴であれば、息を飲むような絶景なのだろう。その点は残念だ。
少し離れたところから宝仙湖展望所を眺めてみた。
展望所を囲むようにして水没林がある。
これはこれで幻想的なんだけど、僕的には今一歩足りない。
これだと陸地に近い木だけ水没しちゃったように見える。
もっと周囲全部水みたいなシチュエーションが欲しい。玉川の水没林って、そういう絵が有名だと聞いている。それを見てみたいのだ。
ちょっと北側に歩いてみた。
ちょびちょびと水没林が見えたものの、遠いし見栄えもイマイチだった。
では、再び車に乗り込んで南に行こう。
次は秋扇湖だ。ここに賭ける。
秋扇湖_新玉川大橋
結論から先に言おう。
秋扇湖の最北部、さっきの宝仙湖展望所からは南に2.5㎞だ。
ここがすごい。ここ最強。
名前は「新玉川大橋」。
しかし普通に橋なので、駐車場はない。
ただし橋を渡り切ってすぐ左に、かつて橋と並走していたと思われる旧道がある。
ここは通り抜けできない道であるため、車が通ることもほぼない。
しかも結構路肩スペースもあるため、ここに停めるのが無難と判断した。
あいにく、このタイミングで雨が降り出してしまった。
しかしつい今しがた、僕は新玉川大橋を走りながら眼下の湖面に水没林を発見している。
絶対にこれは歩いて橋まで戻り、写真を撮るべきと判断した。
カサをさし、新玉川大橋の歩道を渡る。
ついに見えてきたぞ、玉川の水没林だ。
ようやく僕の思い描くベストな光景に到達しつつある。鳥肌が立つ。
ちょっとここでご説明しよう。
この水没林を見るとこができるのは、毎年GWごろから6月中旬までのおよそ1ヶ月間だと言われている。
もともとこの下は玉川が流れているものの、その両側は湿地帯のようだ。
春になるとそこに、八幡平だとか周辺の山の雪解け水が流れ込む。
一気に水量が増えて、川の近くの木々が水没するのだ。
こうして水没林が生まれる。
ではなぜ、その光景を見ることができるのが6月中旬までの1ヶ月だけなのか。
それは、玉川が先ほどの通りダムとして機能しているからだ。
ダムは水を溜めておく。
しかし、稲作シーズンになると水がたくさん必要だから、水を溜めるのをやめて放水するのだ。
そうすると玉川の水量が減る。つまりは木々は水没せず、地表に姿を表すことになる。
そのわずかな期間、この神秘的な光景を見ることができるのだ。
そりゃ木々にとっては、はた迷惑な話かもしれない。
人間の都合で、1ヶ月ほどとはいえ完全に水没するのだから。
しかも前述の通り、魚などは生きていけないほどの強酸性の成分なのだから。
そんな過酷な環境下で、木々は枯れることなくこうして生き延びている。
毎年水没しながらも新緑の時期を迎え、こうして青々とした葉を茂らせる。
だからね、もしあなたがここを訪れたいのであれば、6月中旬に至るギリギリのタイミングがいいと思う。
より葉が茂った状態での水没林を見ることができるからだ。
枯れ木が水に沈んでいる光景よりも、それは一層神秘的に写るであろう。
小雨の降る中であったが、この美しさに僕は息を飲んだ。
ダム建設だとかの良い悪いはさておき…だ。
文明が介入されることで生み出される、美しい自然の情景の1つであろう。
人と木々の共生、そのギリギリの境界線を見ているのかもしれない。
玉川の色は、吸い込まれるような緑だった。
流れはほとんどないかのように思え、時間が止まったかのような景色だった。
長い冬、厳しい冬から目覚めた東北にて見ることのできる、雪解けからわずかな間の奇跡の景観。
こんな時期でのご紹介で申し訳ないが、もしあなたが興味を持ってくれたのであれば、まだ間に合うのか調べた上、急ぎ現地に向かってみてほしい。
きっと心のわだかまりも溶かしてくれるから。
以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。
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