「多摩川」。
東京都と神奈川県の県境を作る、大きな川である。
首都圏を代表する一級河川の1つといえるだろう。
東京・神奈川界隈の方は、多摩川といえば河川敷でのBBQっていうイメージだったりするかもしれない。
多摩川下流域である都市部の河川敷は、暖かい季節はいつだって人で賑わっていた。
僕も幾度となくここでBBQをしたことがある。
ただ、手元で多摩川の写真を探そうとしたが、風景のものばかりで川はあまり映っていなかった。
探せば川をメインとした写真もあるような気もするが、O型はメンドウなことが嫌いなので早々に諦める。
さて、今回は肉…じゃなかった、多摩川の源流のお話をしたい。
(肉食べたいね)
東京都多摩市・川崎市多摩区・多摩動物園・多摩丘陵・奥多摩…。
数多くのスポットにその名を刻む多摩川の源流って、いったいどんななのだろうか?
調べてみると山梨県の「笠取山」での一滴の水のしたたりから始まっているそうなのだ。
なんというロマンあふれる情報だ。
行くしかないだろ。
とある年の5月、僕は笠取山に単独で向かう。
たった一滴の水を求めに。
多摩川沿いの登山
まずは笠取山の大体の位置を把握しておいてほしい。
僕は今、この笠取山の登山口に来ている。
今回はガッツリ登山企画だ。
なお、もう5月なのだが山間部なので木々に緑は無く、とても寒い。
Tシャツ姿の僕は少し後悔している。
(カバンの中に長袖の上着はあるが)
8:30 作場平橋駐車場
20台くらい停まれそうな駐車スペース。半分くらい埋まっている。
この駐車場のほぼ対面は笠取山登山口だ。
ここの標高は1312m。目指す多摩川源流点は1865m。
ちなみに多摩川の源流近くは正式には「一之瀬川」というのだけれども、ここではレポートの趣旨的にも多摩川という呼称で統一させていただく。
すぐ脇にはチョロチョロとした小さな水流が。
あの力強い大河も、ここではこんなにも幼いのだ。ほっこりする。
そして今回のルートをご紹介する。
今回目指すのは「水干(みずひ)」っていうスポット。上の地図の一番上だ。
どうやら"沢の行き止まり"という意味なんだって。
そこからここから多摩川最初の一滴が染み出すそうなのだ。…運が良ければ。
その水干まで、赤く囲ったスポットを経由しながら登山をする。
距離は5.2km。標高差は553m。
所用時間は上の看板によると2時間20分となるそうだ。
では、行こう。
寒ーい。なんか寒ーい。
歩いて暖まるっきゃない。サクサク行こう。
さて、今回僕が多摩川源流点に興味を持ったのは、源流点が水流でも湧水でもなく、「一滴の水」だからだ。
僕もここに至るまでに「四万十川」だとか「最上川」だとか、その地方を代表する川の源流点はいくつか見てきた。
だけども最初の一滴が見れるってところはちょっと他に知らない。興味アリアリ。
しかしだ。
僕がアプローチした当時の話ではあるが、Web上で検索してみても、この最初の一滴の写真撮影に成功した人がすごく少ないのだ。
辿り着いても滴っていなかったり、滴っていてもうまく写真に撮影できなかったり、し
ょうがないからすごい引きで人物と一緒に撮影していたり、源流点の碑だけ撮影していたり…。
Yahooの画像検索をしても2・3件しかちゃんとまともに水滴の画像が出て来なかった。
しかも個人サイトとなると、ほぼ皆無。
ならば僕が個人的にデカデカと撮影してやるよ、ってな流れ。
しばらくは木立の中の平坦な道。
左手には多摩川のせせらぎが見えていて、いたって平和。
ちなみに看板とかの記載内容は物騒だ。
熊は出るわ狩猟事故は起こるわで、西部開拓時代みたいに全然平和じゃない。
2組ほど、他の登山者を発見した。
ちゃんとレインウェアと大型ザックの装備。しかも熊除けのスズを付けてた。
ヤベッ、僕は場違いな格好をしていますか?Tシャツ、ダメですか?
10分ほど歩くと、多摩川を渡るポイントが出てきた。…って言っても木の橋。
多摩川さんはチョロチョロですよ。
河口付近だと川も橋もものすごい大規模なのにね。
河口付近の多摩川には到底太刀打ちできないけど、このレベルの多摩川ならケンカで勝てるかもしれない。
水はとても澄んでいて綺麗だ。
ミズナラ林の急坂
8:54 一休坂分岐
1.1km歩いた。ここで悩ましい分岐が登場した。運命の分かれ道だ。
『一休坂(急登)を経て水干 3.6km』
『ヤブ沢を経て水干 4.1km』
…どうします?たぶん最初のコース表を見るに、一般的には後者みたいだ。
僕は頭が悪いから、短い方を選ぶよ。
距離が短い方がお得感がありますもんね。
うぐぉ…。勾配キツいな。そんで直射日光もキツいし周りに誰もいないし。
汗かいてきたです。展望イマイチであまり面白くはないです。
9:01 馬止分岐
数分歩いて、次の分岐が出てきた。
ヤブ沢方面に戻りたい人用の分岐。これが馬止分岐だろうかね?
最初のMAP看板の説明では、ここから先は『ミズナラ林の急坂』って書いてあった。
これを乗り越えれば40分ほどで「笠取小屋」まで行けるらしい。
よーし、心を無にして登りまくってやるぜ!
はい、20分ほど一心不乱に登った。
ちょっと周辺の雰囲気が変わってきた。
さっきまではカサカサの道で辺りが開けていたんだけど、鬱蒼としたジメジメした道
になった。
横には多摩川が流れている。
小さい橋で何度も跨ぐルートだ。
川沿いの道は楽しいね。
川に手を突っ込んでみたら、とびきり冷たいのな。ウヒャヒャ、楽しい。
そして間もなく登山路はまた急坂になる。
今度は石がゴロゴロした、登りにくい急坂。
横の多摩川もえらいチョロチョロした流れになっちゃってる。
もう、頑張れば堰き止められちゃうくらいの規模。
この水をもし今僕が堰き止めちゃったら、下流の人、困るかな?
BBQしている人たちが「あれ?川から水がなくなったぞ?」とか言い出すかな?
…うん、そんなことない。
しかし源流は近いぞ。
急坂をバリバリ登っていると、上の方が開けてきた。
あ、ついに「笠取小屋」に到着ですかね?
人工物だ、うれしー!
小さな分水嶺
9:39 笠取小屋
登山開始からちょうど1時間くらいで到着だ。
最初に撮影したMAP看板には所要時間は1時間50分って書いてあったから、およそ倍のスピードで到着できたね。
小屋の煙突からはモクモクと煙が出てて、その前でオーナーさんと思わしき人が薪
割りしていた。
のどかな光景ですなー。
てゆーか、軽トラが停まっているんですけど!?
バカな。どこに車が通れるような道があったのだよ?
山小屋のオーナーさんしか知らない秘密の道かな?
いずれにしても一般人は使えないよね?
ここの小屋ではトイレを借りることができた。
水干まではあと1.5km。
なんだかここから先はなだらかな気がするし、モチベーション上がるぞー!
小屋の裏から階段をテクテクと10分ほど登る。
木々もほとんどなく、空が広がっている。
ここまでの景色の中で一番開けているな。青空が綺麗で最高に気持ちがいい。
水干までは、あとわずか1kmだ。
あとちょっと。ワクワクしてきた。
最初の一滴、見られるといいなー。実は昨日は最近にしては珍しく、1日中シトシト雨だったのだ。
内心期待はしている。
出てきたのは「小さな分水嶺」の標識。
どうやら前方の小高い丘を指し示しているみたい。
分水嶺ー!興味ある!立ってみたいなー!早速丘を駆け上がる。
9:51 小さな分水嶺
分水嶺には石の杭が打ち付けられていた。
ちょっとわかりづらいけど写真をご紹介しよう。
左には「荒川」、右には「富士川」と書かれている。
この杭を境に、降った水はこの2つの水域に分岐する…。
…のではない!
石碑は三角柱だ。もう1つの面がある。
忘れちゃいけない、多摩川だ。
おぉ…!!
想像以上のスケールだった!いい意味で裏切られた!
確かに分水嶺と言えば普通は太平洋と日本海…みたいな規模の物なんだろうけど、この規模でもすごいと思うよ。
関東圏を代表する川だもんね、3つとも。
気分がいいから数分間丘の上に突っ立って風に吹かれていました。
…寒い。凍える。
いよいよ笠取山の山頂部分が見えてきた。
ピラミッドのような綺麗な三角形。
これが笠に見えることが名前の由来らしいよ。
肉眼では山頂に向かってよじ登る人々が見えている。
…僕は登らないけどね。
今回は登山しに来たんじゃないのです。一滴の水を見に来たんです。
だから山頂が近かろうと、目的以上の疲労することはしないのだ。
さぁ、「水干」まではあと500m!もう一息!
そしてもう登りは無いそうなので楽勝よ!
多摩川最初の一滴
「水干」まであと200mのところで、「多摩川最初の流れ」への分岐が登場する。
しかしこっちに行っちゃダメ。
僕が求めているのは、流れではなくて水滴ね。
流れはそのあと行くから、もうちょっと待っててほしい。
少し進むと、登山路に綺麗なテーブルとベンチが登場する。
その時点ではまだ見えていないのだが、10mほどさらに進めばすぐ先の山の斜面に一本の杭が立っているのが見えてくる。
そこが水干だ。
上の写真の、左にある杭のようなところが水干ね。
ここが多摩川の源流オブ源流だ。
歩き始めて1時間半ほどで到達した。
パッと見、なんの変哲もない登山路の途中の地点だけど、ここが今日の僕の目的地なのだ。
10:05 水干
お、源頭って表現、初めて見たわ。
その後ろ側が多摩川の生まれるポイントだ。
さぁて多摩川!
多摩川の最初の一滴は誕生しているのか!?
水干の岩場の洞穴の穴に首を突っ込んで確認する。
洞穴には水が溜まっている。
直径数10㎝ほどの水たまり。
各Webサイトで写真を見たことがある。
雨の少ないシーズンでもこれは存在しているみたいなので全く驚きはない。
穴の中の岩肌は湿っている。
頭上の岩肌も濡れている。触ってみたけど、うん、確かに水が染み出している。
問題は、水滴だ。…無い。
こんなに湿っているのに、水滴にはなっていない。
あれー…、昨日の雨量が足りなかったのか?
「異常気象でここ数年は見られない」とか、近年流行りのそういうパターンか?
どうしようね。
せっかくここまで来たのに、最大にして唯一の目的である多摩川最初の一滴が見れなかったらこのエピソードはお蔵入りか?
実はこの4日前に、「辰野ゼロポイント」という長野県のスポットを捜索しに行って空振りしている僕は、ちょっと落ち込んだ。
辰野ゼロポイントを知りたい方は、上記リンクから飛んでほしい。
ちなみにこの数日後、僕は辰野ゼロポイントを再捜索してちゃんと到達している。
閑話休題。
水干内部をくまなく観察する。
常に滴り落ちていなくてもいい。水滴スポットを発見できれば、何10分だろうと滴り
落ちるまで待機してやるよ。
そんな覚悟で探したら、洞穴の天井部分にそれっぽいところがあったた。
10分くらい待ったら水滴になるかな?それまで休憩してよう。
持ってきたパンを食べたり景色を見ながら、しばし待機した。
10分経過した。
では、そろそろ穴の中を覗いてみましょかね。
ヘンテコな体勢なのでヒザを付かなきゃいけないし、そうすると洞穴内部は湿っているので服とか汚れるんだけど、もういいや。
一滴の水滴に全てを捧げるっすよ、僕。
そして、ついに ―――
HAPPY BIRTHDAY、 多摩川ーー!!
生まれたよー、今、あの壮大な多摩川の最初の一滴が生まれたよー!!
おぉー、感動した!
ほとんどWeb上に公開されていない多摩川最初の一滴。
自分の目で見て、さらにカメラに収めることができたのだ。
多摩川は今、僕の前でプルプルと儚げに揺れている。
守ってあげないと1人では何もできないような、弱い存在だ。
それが今、ポトンと落ちた。
僕は思わず手を差し伸べた。
多摩川キャッチ!
なんか嬉しい。
さらに慎重に見渡すと、岩場の天井の苔を伝って数10秒間隔で滴り落ちている水
滴も発見。
やった!2つ目の水滴ポイント、見つけた!
それはまるで、1つの小宇宙のようだった。
だが確かに、この多摩川がどんどん大きくなり、下流に行くにつれて、多くの動物や魚が育ち、そして僕ら人間もその恩恵にあやかるのだ。
まさに1つの世界。
ボロボロのコンパクトカメラで2cmくらいまで接写してみた。
美しい…、そのひとことだ。
多摩川はこんなところで一滴一滴、ドモホルンリンクルみたいに丁寧に抽出されているんだぜ。
河川敷でBBQしてゴミをそのまま捨てて帰る連中にこれを見せてやりたい。
多摩川最初の流れ
じゃあ、ついでに多摩川最初の流れに行こうか。
水干で誕生した水は一旦また地面に吸い込まれる。
そして再び地表に登場するのが"多摩川最初の流れ"なのだ。
水干から200mほど、かなり急な山道を下りる。
10:27 多摩川最初の流れ
はい、到着した。
ホントにチョロチョロだ。
ここ多摩川は、初めて「川」と呼べる状態になるのだな。
握手握手。多摩川と握手。
そして記念に水を汲んでいこう。
煮沸すれば飲めるよな?家に帰ってからコーヒーでも淹れよう。
(無事、お腹壊したりはしませんでした)
はい、多摩川お持ち帰りだ。
なんか子犬や子猫をペットショップで買って家に連れて帰るときのようなワクワク感がある。
まぁ僕はペット飼ったことないけど、たぶんこういう気持ちだと思うのだ。
水干方面を見上げてみよう。
ここ、"多摩川最初の流れ"の真上に水干があるのだ。
上の写真だとほとんどわからないと思うけど、中央やや右寄りに登山路を支える石垣が見えていて、その奥が水干なんだ。
そして川は笠取山を下り、冒頭で説明した通り東京湾まで138㎞の旅をする。
…あなたは考えたことがあるだろうか?
日頃眺めている川の源流のことを。
身近に感じていた川も、その源流は装いも全然違っていて、未だ知らない世界を見れるかもしれない。
それを追いかけてみるのもロマンではなかろうか。
以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。
住所・スポット情報