妖しく光る、夜のネオン。
それを見上げて僕は覚悟を決めた。
今夜、僕はこの扉を開ける。
10年以上止まっていた時計の針が、今動き出す。
いや、別にオトナの階段を昇ろうとかそういうのではないのだ。
ハンバーガーを食べに来ただけよ。
その店の名は、「ブルースカイ」。
佐世保で一番の老舗と言われている店だ。
そして、夜しか営業していない。
ハンバーガーの町、佐世保
義務教育のごとく、みんな知っている。
駅前にも巨大なハンバーガーのハリボテがあった。
どうやらマクドナルドなどが日本に上陸し、ハンバーガーが日本人にとってメジャーな食べ物となる前から、佐世保の人々はパンとパンの間に肉を挟んでいたらしい。
偉大な人々である。
だから海軍の人を通じて、早い時期に日本にハンバーガー文化が入っていたというわけなのだ。
佐世保の人たちは空気のようにハンバーガーに慣れ親しんでいたので、「あれ?もしらして自分らってハンバーガーへの依存度が著しい??」って気付いたのが1999年ごろ。
2003年に「佐世保バーガー」というブランドを立ち上げ、日本中に佐世保はハンバーガーの町であるとアピールした。
ちょうどその頃、ご当地グルメブームも来ていて、佐世保バーガーの知名度は一気に全国区となった。
もちろん、僕もホイホイ釣られた。
佐世保に通い、パンとパンの間に肉を挟んでもらうことを至上の喜びと感じた。
いや、マクドナルドさんも安定して美味しいよ。僕の期待のジャストなところを的確に突いてくれるよ。
しかし佐世保バーガーは違うのだ。
スケールがアメリカン。1店舗ごとに全然テイストが違う。
なのにどこも美味しい。
何店舗か回って僕はわかった。
「これが文化ということなんだな」と。
いろいろあって、それが全部正しくって、それらが町のアイデンティティになっている。それこそが文化。
その中で1店舗、10年も気になりつつもアプローチできていない店があった。
それがブルースカイ。
今回ご紹介するお店だ。
前哨戦:「Sasebo C&B Burgers」
日没後。
クッタクタに疲れた僕が佐世保の町にやってきた。
大分県の国東半島から、一般道で海岸沿いにここまで観光しながら走ってきたのだ。
1日でこれは結構疲れる。
しかも、明日以降の旅路で悩ましい問題がたくさんあるのだ。
まぁ、これは今話すことではなかったな。やめよう。
※ヒント:以下の記事の夜のことである。
コインパーキングに車を停めた僕は、日本一の長さの商店街という「さるくシティ4〇3アーケード」に入る。
全長960mだ。なかなかに長い。
この商店街から脇道に反れたところにブルースカイがある。
何度も前を歩いているので場所は知っている。
しかし、すぐにはブルースカイには行かない。
なぜなら、ブルースカイの営業時間は21:00~深夜2:00である。
そこが今までなかなかそのお店に訪問できなかった理由の1つでもある。
※Webサイトによっては「20:00~」と記載されているものもあります。
どちらが本当かはわからないが、当時の僕自身の認識として表記します。
ちなみに今の時間は19:50。
開店予想時刻まで1時間だ。
じゃあ何をして時間を潰すか。
佐世保バーガー食べながら時間を潰そう。
この近辺では、歩いていれば佐世保バーガーの店が目に入る。
今回選んだのは、ここ「Sasebo C&B Burgers(佐世保・シーアンドビー・バーガーズ)」というお店である。
「艦これ」はさておき、アメリカンな店構えが期待をUPさせてくれる。
「なんでオメェ、ハンバーガーを食べる前にハンバーガーを食べているんだよ」と突っ込まれるかもしれないが、思惑がある。
1つに、次に佐世保を訪問できるのがいつになるかわからないからだ。
やれることはやれるうちにやっておきたい。
もう2つは、巨大なことがアイデンティティになりつつある佐世保バーガーではあるが、ブルースカイのものは小ぶりなのである。
腹ペコな今の僕は、小ぶりバーガーであれば2つ食べられるくらいの獰猛さを持っている。
メインディッシュがハンバーガーなのであれば、オードブルもハンバーガーだ。
そういう世界線からやってきたのだ、僕は。
そんな意気込みで店内に飛び込んだ。
わーお、オシャレ。
ベーコンバーガーに、ポテト・ドリンクセットとした。
ちょっと調子に乗りすぎたかもしれないが、今の僕のテンションはこうであった。
欲望の赴くままだ。
1時間後の未来については、1時間後のYAMAさんがどうにかしろ。
はい、これを絶対正義と呼びます。
「美味しさ」が具現化した姿だ。
レタス・トマト・ベーコン、全部ワイルドに「コンニチハ」している。
佐世保バーガーの定義は、地元食材を使い、注文を受けて作り始めるこだわりハンバーガーらしい。
ちまたではどんどん巨大化している佐世保バーガーだが、大きさは関係ないのだ。
ここも特にすごく大きくはない。
野菜のみずみずしさの効果ですごく食べやすく、ペロリであった。
ちなみに、店内には日本地図と世界地図が貼ってあった。
来た人は、「どこから来たのか」をここにピンで示せるのだ。
日本は見事に関東から九州北部にかけて、横一直線にピンが密集している。
これさ、小学校の社会の時間で習った「工業地帯の太平洋ベルト」だ。一緒。
東北と北海道の空白が物悲しいね。
全国から持ってくればいい。コロナが明けたら。
それでは、ごちそうさまでした!
本戦:「ブルースカイ」突撃!
20:30。まだ開店予想時刻よりも30分早いが、僕はお店の前にフラリとやってきた。
何か嗅覚が反応したのだ。
お店、やってた。
妖しげなネオンがついている。
こういうお店って、気まぐれで開店・閉店時間が前後することがあるので、念のため見に来てよかった。
10年ほど前に存在を知ったお店。
最初の項でご紹介した「ヒカリ」と並ぶ、佐世保のハンバーガー店の最古であり元祖である。
何度か店の前まで来たこともあるが、営業していなくって入店の機会が無かった。
あと、「なんか小さくて入りづらいお店だな」って思って、そこまで熱心にアプローチしようとも思っていなかった。
だけども、やっぱ入ってみたい。
月日が経って思い直した僕は、スケジュールを合わせて、こうして夜の時間帯に佐世保にやってきたのだ。
だからこそ、この見上げる昭和レトロな看板が尊い。
僕はそっと合掌したさ。
あ、この場合の合掌は仏教的なものではないぞ。
ハンバーガー教の合掌は、パンとパンが重なる様を表現しているのだ。知らんけど。
ちょっと勇気を出して、扉を開けた。
カウンターのみの6席ほどの、狭い店内であった。
先客が1人だけいた。
どうやら持ち帰りでハンバーガー10数個をオーダーしているようだった。
店主のおばちゃんが、カウンターの上にバンズを並べ、黙々とハンバーガーを作っていた。
カウンターのすぐ横で、僕はその様子を眺めていた。
慣れた手つきで大量のハンバーガーが完成し、先客は手さげバッグいっぱいのハンバーガーを持ち帰った。
今夜はハンバーガーパーティーか?なんか想像しただけでワクワクする。
さて、僕の番だ。
ここで初めて、寡黙なおばちゃんが僕にオーダーを聞く。
僕はベーコンチーズエッグバーガーをオーダーした。
おばちゃんは「はい」とだけ言って作り始めた。
食べログとか見ると、「おばちゃんすごく無愛想」・「戸惑う」などのコメントで満ち溢れている。
まぁ、これマジであろう。おばちゃんはクールだ。
しかし、ちゃんとこちらとの距離感を取ってくれている、とも表現できる。
おばちゃんはハンバーガー職人なのだ。
僕らはハンバーガーをオーダーし、それが完成するのを待てばよい。
ハンバーガーが運ばれた。
「はい」と無表情で僕の目の前に置かれた。
さぁ、試練の時だ。
緊張で写真がブレた。それはなぜか。
ここからハンバーガーをひとくち食べるところまでが、この店で一番緊張すべきタイミングだからだ。
そんなことを書くと、あなたは下記の記事を思い出すかもしれない。
最初のひとくちで客が次から次へと退場宣言になったと言われる伝説のラーメン屋。
まぁ今日の昼ごはんがそこだったんだけど、夜も夜でなかなかの緊張だ。
しかし、僕はWebで予習してきている。
おばちゃんが無愛想ながらも僕の所作を注意深く観察しているであろうことを、僕は視界の隅で捉えている。
いいか、あなたに言っておく。大事なことだ。
このハンバーガーは、裏返しだ。逆さまなのだ。
それを知らないと、このあと大惨事間違いなしだから、ちゃんと知っておこう。
そして次に、このハンバーガーの持ち方だ。
これもお店のルールがあるからちゃんと守らなければならない。
まず、あなたはハンバーガーとお皿との隙間に、両手の人差し指から小指までをゆっくりと滑り込ませるのだ。
ポイントは小指だ。小指までしっかりとバンズに触れるように差し込まなければならない。
なんかカウンターの向こうでおばちゃんも「小指もよ」とエールを送って来た。無愛想なエール来た。
ありがたい。がんばれ、僕の小指。
そして、残った親指をバンズの上に軽く乗せるのだ。
上の図のようになったハズだ。いいぞいいぞ…。
そしたらな、そのままゆっくりとハンバーガーを上昇させる。
落ち着け。ゆっくりとだ。
ハンバーガーが顔の近くに近づいてきた。
もうかぶりつきだろう。しかしちょっと待て。最後のアクションだ。
直前で手首返しだ。クルッとハンバーガーを逆さまにしてくれ。
つまり、かぶりつく一瞬だけ、ハンバーガーが本来の上下となる。
再びお皿に置くのなら、またハンバーガーを天地返しして、逆さまの状態でお皿においてくれ。
ふぅー…。
最初のミッションを終えた。
ようやく心も平穏になり、ブレない写真を撮れた。
カウンターの向こうのおばちゃんも、表情は変えないながらも、心なしか肩の力が抜けたように見える。
このイニシエーション(通過儀礼)が大事なのだ。
一見さんだと、ここで食べ方を間違って、おばちゃんに厳しめに指導を受ける人が多いと聞く。
某ラーメン屋のように退店騒ぎにはならないものの、緊張走る儀式である。
ちょっと面倒かもしれないが、「このように食べるとハンバーガーが崩れにくい」ということから、これを徹底するのがこのお店のルールなのだ。
…しかし、ここは不器用なO型の僕である。
後半になるにつれてハンバーガーが崩れてくる。
それでもとりあえず頑なに持ち方は順守する僕。
手首返しの動作のせいで、なんか具材が落ちたりズレたり、大変な惨事だ。
もうこうなると、おばちゃんも飽きれて指摘はできない。
「ほら、ティッシュ使って」と無愛想なフォローをいただいたのみだ。
無事に食べきり、退店。
入れ違いで4名ほどのメンバーがお店に入ってきて、 店内はなかなかにギュウギュウになった。
ちなみに肝心のハンバーガーの味であるが、確かにおいしかった。
…なんだろう?
ひとくち食べて感動するようなインパクトのあるおいしさではなかった。
しかしおいしいのだ。
バンズはフニフニの白パンみたいな感じだし、ソースも塩コショウとマヨネーズがべースでかなりシンプルなのだ。
具材の質がいいのか、それともすべての食材が合わさったことで奏でるハーモニーなのか。
伊達に夜だけの営業で50年続いているわけではない。
確かな実力がそこにあるのだ。きっと。
佐世保最古のこだわり
僕は、ブルースカイを「佐世保バーガーの店」とは表記しないように注意してきた。
また、店内でもそのような発言をしないように注意した。
おばちゃんはそう言われるのを嫌うという話を、Web情報から事前に仕入れていたからだ。
これは推測だが、広島の人が「広島焼き」と呼ばずに「お好み焼き」と呼んでいること、そして明石の人が「明石焼き」と呼ばずに「玉子焼き」と呼んでいることと同義なのだろう。
自分たちにとっては、日常のものなのだ。
地域名を冠して呼んでほしくない、って思っているのかもしれない。
地域の人にとっては佐世保バーガーではなく、ハンバーガーなのだ。
佐世保バーガー認定店というのがある。
冒頭の項目で紹介したお店らは、全て認定店だ。
上記のようなキャラクターが店の前に立っている。
「佐世保バーガーボーイ」という名前で、アンパンマンの作者である「やなせたかしさん」がデザインしたキャラクターだ。
ブルースカイにはこのキャラクターは立っていない。
店主のおばちゃんの意思は不明だが、 この企画に乗っからないこだわりがあるのかもしれない。
食後、お店の外観の写真を撮っていたら、1人の女性から声をかけられた。
「中で食べてきたの?」・「いいわねぇ。私はいつもタイミングを外していて開店していなくって。あなたラッキーよ」・「今日は開店しているけど、混雑しているようでどうしようかしら」・「あなた九州一周しているのすごい!」などといろいろ言われた。
たぶんまだ1・2席の空きがあるから、がんばって突撃してみてはどうかと勧めてみた。
僕は入店できずに10年過ごし、今回ようやく入れた。
でも、もたもたしているうちに閉店してしまったお店もたくさん知っている。お店はいつもそこにあるとは限らない。
後悔しないためにも、行けるときに行くのが賢いのだ。
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…2021年現在、コロナ禍の中で、改めてそう思う。
コロナが世に出る数ヶ月前の旅の物語。
早くまた、あのときのようなワクワクする旅ができますように。
僕の佐世保バーガー巡りの旅は、まだまだ途中なのだから。
…青空が見えない時間帯の営業なのに、店名が"青空"なお店を訪問した物語。
以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。
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