ヤーキーズ・ドットソンの法則というのがある。
適度な緊張がパフォーマンスを向上させてくれるという理論だ。ぬるま湯では人間ダメになるのだ。ストレスを乗り切った先に栄光があるのだ。
2023年の秋、僕は夜しか営業しない小さなハンバーガショップで1人緊張に包まれていた。
「ハンバーガーをキチンと持って食べないといけない…!店主のおばちゃんに怒られるような食べ方をしてはいけない…!」
無言のプレッシャーを放って来る店主のおばちゃんの前で僕は子猫のように震え、手に持ったハンバーガーのレタスもそれに共鳴していた。
大丈夫、適度な緊張でこのデリケートなハンバーガーをこぼすことなく、崩すことなく、綺麗に食べきれると信じている。
ではでは!以前にも取り上げた佐世保最古のハンバーガーショップの1つ「ブルースカイ」再訪の話をするぞ!
あなたがもしこのお店に行きたいと思うのであれば、予習は重要だぞ!ぜひ読んでいただきたい!!
夜だけの名店
21:00、僕は佐世保のお店にやって来た。
佐世保と言えばハンバーガーの町なのである。"佐世保バーガー"という名前で各店がでっかいアメリカンなハンバーガーを提供している。
だけどもさすがに21:00ともなるとその大半のお店がシャッターを下ろしている。うん、知ってる。
昼だったらいろんなハンバーガー屋で賑わっていただろう。これから歩く商店街も観光客であふれていただろう。
でも、僕は旅の行程的に佐世保に昼にくることが間に合わなかったというわけでは無い。あえて夜に佐世保に着くように調整したのだ。
なぜならこれから向かうブルースカイという名前のハンバーガーショップはちょっと特殊で、21:00~深夜2:00という営業時間なのだ。
これじゃあどこがブルースカイなんだか全然わかんないよね。夜しか営業していないならブラックスカイじゃないか。まぁいいけど。
上の写真のアーケード商店街からちょっと脇道に反れた暗がりの中にそのお店はある。
何度も前を通っているので場所はよく知っているが、入店するのは今回が2回目だ。僕はドキドキワクワクしている。
これがブルースカイだ。
こじんまりした武骨なビルに、エロく輝く紫色のネオンだ。はぁ、すごくいい…!
渋い店を堪能しろ
ガラス扉からチラッと見える店内にはお客さんが1人だけ。そのひともちょうどこれから退店しようとしているところであった。
これはなかなかラッキーなことだよ。名店なのに6・7席しかない店内は、入ろうとしてもなかなか入れないケースも多いらしいしな。
せっかくなのでこのブルースカイの外観をじっくり見てから入店しよう。
もうこれ、ビル自体も昭和レトロという言葉が似合うし、ネオンも看板も昭和スナックみたいな感じで胸がキュンキュンするんだ。
いいでしょう、この角度。配管がいい。ここの配管工、いい仕事しているぜ。
ネオン、すごくいい。もう令和の時代では、こんなのを大真面目に作って取り付けるようなお店は無いんじゃないかな?あっても昭和レトロを模したような、"なんちゃってレトロ"なお店くらいなんじゃないかな。
一色ではなく"ハンバーガー"の文字が赤くって温かみがあるのがいいよね。
そしてブルースカイ。この文字は青なのだ。空は黒いが、ここに青空があった。
看板2つを見上げる角度からの撮影だ。
このレトロすぎる『ハンバーガー』の文字、これだけでもう「このお店のハンバーガーがうまういのだろうな」ってわかる。
『ハンバーガーコーヒー』と2つのメニューを繋げて書いているのもチャーミングだ。コーヒー頼んでいる人はなかなかにレアでコアっぽいけどね。
この店、創業は1953年だ。今から70年も前。日本にはまだマクドナルドも無く、ハンバーガーショップもほぼ存在しなかった時代。
そんな時代に、アメリカ海軍の基地があったことから佐世保にハンバーガー文化が上陸した。日本にハンバーガーが正式に上陸したのが、そのときの佐世保と言われている。
つまり佐世保最古のハンバーガショップと言われるこの店は、日本で最初のハンバーガショップかもしれないのだ。
では、店内に入ろう。
L字カウンターの小さなお店。ゆっくりくつろぐような雰囲気はあんまりなく、サクッと食べてサクッと出て行く系のお店ではないかと僕は思っている。
後述するけど、店主のおばちゃんの圧がなかなかすんごいので、逆にここでゆったりまったりくつろげたら僕はその人を尊敬する。そういう者に、私はなりたい。
質素で不要なものが全くない店内。まさにハンバーガーに向き合い、ハンバーガーに集中するためだけの仕様だ。
「すみませーん、こんばんはー」とか言ってると、奥から店主のおばちゃんが出て「はい」と言った。愛想とか接客用の声とか、そういうのは無い。寝起きの第一声みたいな接客だが、それがここのデフォルトだ。
自分でおばちゃんを読んでいてなんだが、緊張するぜこの間合い。
あ、コロナ直前のときと比べて全メニュー100円UPしている…!
でも物価急上昇しているから仕方ないよね…。
さて、今回は何にしようか…。前回はベーコンチーズエッグバーガーだったよな…。
よしっ、2つにしよう。ノーマルなハンバーガーとベーコンサンドだ。サンドが気になるのだ。少し前にX(旧Twitter)でこの店のことを投稿したら、「サンドイッチを頼むと皿の上で包丁で切り分けるからキコキコする音で鳥肌が立つよ」って教えてくれた方がいた。なにそれ、その音聞くわ僕。
それらを注文するとおばちゃんは「はい」と言って奥の厨房に消えて行った。
よくわからないけど、調理の前半は奥の厨房で、そして後半の焼きや挟み込みはカウンターの対面部分でやっているみたいなのだ。
ふふふ、楽しみ。
緊張の食事タイム
秘儀・天地返し
おばちゃん店主は無言で調理を続ける。客は僕1人。静かにチョコンとイスに座って待つしかない。並の世間話は逆効果にしかならないだろうからな。
僕のすぐ横のTVの中で、「正しい深呼吸をすればいつまでも体型を維持できる」と医師が言っていた。「明石家さんまさん」が「へぇ」と言っていた。
そうだな、まずは僕に必要なのは深呼吸だ。深呼吸して落ち着こう。
「はい」とクールな表情で僕の前に皿が置かれた。ハンバーガーとベーコンサンドが一緒に乗っていた。
ちょっとTVに夢中になっていて、皿の上でキーキー音をさせながら包丁で切るシーンは気付かなかったわ。別にいいけど。
2つとも全体的に白っぽいのが特徴だね。特にハンバーガーは白パンっぽい。
さーて、前回の記事を読んだ方はご存じかとは思うが、ここからは最大の試練だな。
おばちゃんは僕の前に立ち、僕の所作を眼光鋭く見つめている。一見さんはこのあとハンバーガーの1口目を食べる前におばちゃんからの叱咤を受けるからだ。
僕は…。
「写真撮っていいっすか?」と聞いた。
おばちゃんはちょっとあっけに取られた表情で「いいですよ」と答えた。
前回は緊張で震えたためにちょっとポンボケしたハンバーガーだが、今回は綺麗に撮影できた。僕、成長しているぞ。
では改めて、この後の試練をご説明しよう。
それはハンバーガーの持ち方だ。これを間違えるとおばちゃんから強烈な指導が入る。
まずは大前提の知識。
このハンバーガー、逆さまだからな。
それを知らないと次に進めない。
ハンバーガーとお皿との隙間に、両手の人差し指から小指までをゆっくりと滑り込ませるのだ。ポイントは小指だ。小指までしっかりとバンズに触れるように差し込まなければならない。
前回は僕は小指を怠ってしまって惜しくも及第点にならず、おばちゃんから「小指もよ」と無愛想なエールをいただいたのだ。
同じ轍は踏まない。
8本の指をバーガーの下に入れたら、残った親指をバンズの上に軽く乗せるのだ。上の図のようになったハズだ。
そしたら食べる直前で手首返しだ。クルッとハンバーガーを逆さまにする。
こうして1口目を無事に食べた。正面で僕を監視していたおばちゃんも、僕の100点満点の所作を見て、ちょっと肩の力を抜いたような面持ちとなり、奥へと消えて行った。
ちょっと独特ではあるが、こうやって食べるとバンズがズレることなく、最後まできれいに食べることができるというのがこの店の理論である。
にもかかわらず前回僕は途中から崩壊しかけてしまってヘタクソな食べっぷりだったのだが、今日の僕ならできると確信した。間違いなく免許皆伝を狙える。
世界崩壊への歩み
おっと、味についても触れなければなるまいな。
これがね、アメリカンなハデさはないんだけども不思議とうまいのだよ。
塩コショウ・マヨネーズ・ケチャップだけと思われるシンプルなソース。具材もパティとレタスとタマネギだけ。なんでうまいのか不思議なんだけども、「うまいうまい」しか出てこない。
パティの旨味がすんごい。タマネギは生のままでシャッキシャキで、これもいいアクセントになっている。
あぁ…、でも御覧なさい。崩壊が始まってきた。ちゃんと天地返ししながら食べているんだけど、その手首返しの遠心力でズレが生じてきた。
「天地返しなんてせずに、そのままそーっと垂直に上げ下げした方がバンズがズレないのでは?」っておばちゃんに意見してみたいが、そしたら僕の命の危機なのでできない。お店が歩んできた70年分の重みを乗せた右フックを食らうことになるであろうから。
あ"ー、もう見てよ!白いスラックスにソースを垂らしたよ。なんで白い服で来ちゃったのだろうと後悔した。手もベタベタだ。
ソースのついた足を眺めていたら「トンッ」と軽い音がしたので前を見たら、おばちゃんが無言で僕の前にボックスティッシュを置いてくれていた。なんだツンデレか。好き。
なんで上の方のバンズだけこうやって小っちゃくなっちゃうんだろうね。悪戦苦闘しつつハンバーガーを食べ終えた。
そうだ、もう1つ注意点だ。
この店のハンバーガーを"佐世保バーガー"とは呼ばないこと。これまた渋い対応を受けるらしいぞ。
この店ができた70年前は、佐世保バーガーなんて定義はなかった。もっともっと昔からやってきたプライドがあるので、「佐世保バーガー認定店」にも加入していない。そういうレジェンド店なのだ。
続いてはベーコンサンドだ。ベーコン・レタス・タマネギが挟まっており、ソースの味付けはハンバーガーと一緒だと思われる。
だけどもパンの軽やかな口当たりがハンバーガーとは違う点だ。うま!これもうま!
野菜類がみずみずしくって最高なんだけど、その分水分が垂れるしパンがズレる。
もう皿に敷かれたナプキンがベショベショになっているでしょ?ダメよ、O型が食べる皿にナプキンなんて敷いちゃ…。
なんとか食べ終え、ちょっとに気を取られている隙に、おばちゃんは無言で僕が手を吹いたティッシュの塊を皿の上に乗せて食器を下げていた。目線を正面に戻したらカウンターの上に何もなくなっていたので軽くビビった。
終始1人だった。
元気よく「ごちそうさま!おいしかったです!」って言うと、おばちゃんから「はい、ありがとね」という言葉が返ってきた。
さっきまでよりちょっとだけ声のトーンが高いような気がしたし、一瞬おばちゃんと目が合ったような気がした。
ヤーキーズ・ドットソンの法則というのがある。
適度な緊張は僕をグダグダにしてくれた。サンキュードットソン。
…でも、こういう出会いがあるから旅って面白いんじゃないですか?
以上、日本7周目を走る旅人YAMAでした。
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