横浜市との境界ギリギリの横須賀市に、追浜(おっぱま)という町がある。
日本で初めての自動車量産工場である「日産自動車追浜工場」もあり、かつて駅前の商店街などは工場に勤める人でものすごい賑わいだったそうだ。もっとも、今は日産がちょっと元気なくって、追浜での車両生産を2027年度末に終了すると発表した際には世間がザワついたよね。

追浜駅から徒歩数分の所には、「はびき野」という1969年創業の激渋食堂があった。しかし2026年5月末で閉店し、57年の歴史に幕を下ろした。
僕がこの店を訪問したのは、その最後の56~57年目にかけてであった。歴史の最後の最後。
なかなかのインパクトを放つお店であり、以後の人生でなかなか同じようなお店を探すのは難しいかもしれない。なのでこの折に、訪問した思い出を書き記しておきたい。

しかしこの店、エッジが効きまくっているので、うまく執筆できるかわからないけども!
わからないけども…!!
追浜駅付近はとにかく渋い
まずは追浜駅の周辺の光景を少し見てほしい。なかなかに生活感があり、全ての情報がギュギュッと密集したような活気のある町なのだ。

メインロードを1本反れただけで、車だとかなり運転しづらい。道は曲がりくねっているし狭いし人は多いし、ハンドルを握る手にも力が入る。
でもそれがこの町の魅力のようにも感じられる。メインロードには長大な商店街があったし、裏手にはレトロな商店がたくさんある。町の人がそういうお店を大事にしてきたからこその光景なのであろう。

とうふ店と書かれている重厚な建物だ。僕は生まれてこの方、スーパーでしか豆腐を買ったことが無い。遠い遠い昔、母親と一緒に豆腐屋さんに行ったような記憶が1回分だけあるのみだ。
そんなお店がここに実在している。営業は…しているのかな?今はシャッター締まっているけど。

「高橋商店」。""タバコ・御菓子"と書かれている。何屋さんなのかわからないが、かつては何屋さんだかわからなお店が"商店"と呼ばれていたのだろう。コンビニの前身みたいな感じなのかな?

これは目指す食堂、はびき野のすぐ向かいくらいの場所なんだけども、とんでもないスナック街があることに気付いた。シャッターの奥に続くスナック街。
中が気になる。じゃあ、深淵を覗いてみようか。ドキドキしながらシャッターに近付いた。

うーむ、すんごい。思ったよりも綺麗で、そしてオシャレ。でも昼間だということもあって生命反応がほぼゼロ。夜だと少しは活気づくのだろうかね。そうであると信じたい。
今の僕はまだこういうお店には食指が動かないけども、いつかは興味を持ったりするのかな…?

こんな界隈に、激渋食堂はびき野が出てくるのだ。いい感じに追浜の町に溶け込んでいるのだ。
だからこそ、令和のこの時代まではびき野が生き残れたっていう感じもする。ありがたく、ここでランチにしようではないか。
かつ丼とラーメン
さぁ、はびき野の話をしていこうか。
大阪に羽曳野市ってあるよね。この食堂を創設した、現在のご主人のお母さんが羽曳野の出身だったので、店名を"はびき野"にしたっていうウワサを聞いたことがあるよ。

暖簾はボロッボロ。ガラス戸の向こうは全く見えず、店内がどうなっているのか想像もつかない。もうこれ、勇気を出してサッシを開けるしかない。…開けた。

大体茶色の渋い空間が目の前に広がった。コイツ、なかなか年季が入っているな。何10年か時間が凍結している世界だなって思った。
僕以外にはお客さんはおらず、ご主人と思われるダンディが客席で雑誌を読んでいたが、僕が来たことですぐに厨房にスタンバイしてくれた。勝手に高齢のおじいさんおばあさんのお店を想像していたが、ご主人は働き盛りのダンディだ。

テーブルの数は5つだ。詰めればそれぞれのテーブルには4人ずつ座れるのだろうが、うち2つのテーブルはイスが少ない。おひとり様専用シートかもしれん。
それでは、何を食べようか…。メニューは壁に貼ってあるスタイルだ。厨房の上の壁を見上げる。

ラーメン400円・チャーハン500円・かつ丼500円・親子丼500円・マーボー豆腐500円。このあたりが目につくよね。10年前であれば「まぁまぁ安いね」レベルかもしれないが、僕が最後に訪れた2026年に入ってもこのままの価格であった。
ワンコインでこれだけパワフルなメニューを提供できるのはすごいよな。

メニューは左側にまだまだ続く…。丼系のメニューが再び登場するのもご愛敬だ。
かつ丼のパワーアップ版として上かつ丼もあるんだな、なるほどなるほど。ならばとりあえずかつ丼だ。それと、ラーメンも食おうか。2つ合わせても900円だし。

まずはかつ丼が結構な早さで来た。なんか丼の外側にいくつかご飯粒が付いている。おちゃめだ。
丼を覆っている玉子の時点で、結構黒っぽい色だ。なかなかに濃いタレが染みているとみたぞ。
食べてみると…、アレだ。正直に言うと僕との相性はそんなに良くない味だ。僕は全国でいろんなものを食べているし、味覚オンチということもあって、古い食堂のものであっても大抵はおいしく食べられる。でもここのはなんかちょっと違うぞ…。

あと、かつが絶望的にミニマム。上の写真で僕が箸でつまんでいるのが、かつの一番大きな部分だよ。たぶんかつ丼全体でも肉はポテトチップ1枚分くらいの大きさしかないだろうし、厚さはスライスハム程度だと思う。
なるほど、それであれば500円の玉子丼と価格差が無いことも納得できるかもしれぬ。
そして、上の写真からもわかる通り丼の下の方には漆黒のタレがたまっている。本来であればつゆだくが好みの僕も、ちょっと違和感を感じたのだ。なんだ、この闇の奥底から上ってくるような味わいは…。

思いがけずかつ丼に苦戦していると、ラーメンも来た。
「このかつ丼、全部食べても大丈夫かのかな…?」って思っていた矢先のラーメン。とんでもなく濃い色のラーメンだ。ラーメンとしてはあまり嗅いだことの無い匂いが漂ってきた。

これはこれは…。何を煮詰めるとこういうスープになりのだろうか…。
ほんの少し思い出したのは、名古屋に2012年まで存在していた「大丸ラーメン」という、深夜2時から早朝5時くらいまでしか営業しない、店の外も中もラーメンも大変なことになっている伝説のラーメン屋さん。気になるなら僕のブログから探してくれ。
そんな一世一代のチャレンジの記憶が呼び覚まされた。

そんな状態でも食べきった。「僕は食堂の中で遭難するのか…??」みたいなネガティブな思いが去来した瞬間もあったが、ご覧の通り完食したのだ。食後しばらくは「ウップス…!」とか言っていたけども。
終盤、常連と思わしきおじいさんが入ってきて普通にかつ丼を頼んでいた。なかなかにタフな先輩だなって思って、その背中を眺めていた。
サンマーメンと餃子
前章ではかなり分厚いオブラートに包んだ表現をしてしまった。なかなかにワンダーランドなお味だったので、僕と同じ味覚の人は2回目の訪問する人は稀かもしれない。

でも、来ちゃったんだなー、僕。
予想通りに美味しいお店は安心だけども、予想以上に美味しくないと、2回目は行かないかもしれない。逆に予想を斜め下に裏切ってくるお店は記憶に残るのだ。気になるのだ。

お店に入ると、今回もお客さんは無し。ご主人が「うお、またアンタか」みたいな顔で僕を見たような気がしたが、たぶん気のせいであろう。
前回と同じ席で写真を撮ったが、前回との違いがほぼない写真ですまない。でも30年前にこの席で写真が撮った人がいたとしても、たぶんほぼ同じ写真だと思うぜ。

サンマーメンって知ってます?横浜のご当地グルメで、ラーメンの上にモヤシとかの野菜や豚肉を炒めてあんかけをかけたものを乗せたものだよ。それをオーダーしてみた。550円だ。
前回のラーメンよりかは食べやすい。野菜のダシが優しいクッションになってくれているのかもしれない。でも独特の苦みも感じた。緊張感を強いられる味わいだ。

あ、豚肉だ。この繊細なサイズ、見覚えがある。前回のかつ丼だ。かつ丼にはきっとこれと同じサイズの豚肉を使っていたのだ。小ささ、おわかりいただけただろうか…?「豚肉を感じられる玉子丼」みたいな感覚で食べると人生ポジティブに生きられるよ。
「コショウをかけたらもっと食べやすくなるかな?」って思って卓上のコショウを手に取ったが、ペッタペタの瓶の中にわずかにあるコショウは1ミリも出てこなかった。ホワッツハップン…。

餃子も一緒にオーダーしておいた。それがやってきた。かたちが揃っていないところが手作りっぽい感じもするけど、どうなのかな?
それと、一瞬「最初から醤油がかかっているのかな?」って思ったのだが、そうではない様子だ。

コゲと肉汁のハーモニー。餃子って、ご飯をガツガツ食べたくなったりビールをグビグビ飲みたくなるものだけども、ここの餃子はちょっと違った。真顔でゆっくり食べた。ご飯やビールは特に不要だな、って思った。
餃子を噛み締めていると、地元と思われるおばあちゃんが3人ほどわイワイ入って来た。「私、昨日はかつ丼だったから、今日はサンマーメンにするわ!」みたいにウキウキしながら話していた。
あぁ、地元の人には愛されているんだなって思った。それは何よりも強い。外野の僕があーだーこーだ批評するよりも、地元の人が最強なのだ。余計な感想を抱いてゴメンって思った。
マダムが来たことでご主人の表情も柔らかくなり、薄暗い店内も心なしか明るくなったように感じた。そんな空気を感じながら、僕はお会計を済ませた。
カツカレーライス
2026年の厳冬期である。僕は再びここにやって来た。そしてこれが最後の訪問になる。なぜなら冒頭に書いた通り、2026年5月でこのお店は閉店してしまうからだ。60年近く続いたお店の、最終盤の姿だ。

雨が降り出してしまったので、駐車場から小走りでお店に向かう。
我ながらなんでこのお店に向かっているのかわからないが、これはエンターテインメントだと思っている。おいしいとかおいしくないとか、そういう問題ではないのだ。
「さぁ今回はどうズラしてくるかな?どんな違和感を提供してくれるのかな?」ってルンルンしながら思っている自分がいる。
えっ?これって恋愛初期のドキドキと一緒?相手を知り尽くしてしまうとそれはきっと倦怠期という名のフェーズなのだろうが、このお店に対してはずっとトキメキを感じられるかも、僕。

いつもの席に座った。ご主人もいつも通りだ。
そういえば、数年前までは先代のおばあさんと今のご主人とで、親子2人で切り盛りしていたという話も聞いたことがある。おばあさんは既に引退されているのだろうか?
1人でお店を営むのはかなり大変であろう。なんだか物が多くなってきたり、調味料の瓶の管理まで手が行き届かなくなってしまっているのかな…?

…というワケでもないかもしれんな、実際。
SNSでは40年以上前にこのお店に通っていた人からコメントをいただいたのだが、40年前でもかなりの年季だったと言っていた。昭和時代からずっとこのままだったのだろう。
この令和の時代、変わらないってすごいことだ。貴重なお店だ。

今回は800円のカツカレーライスにした。量はそこまでは多くは無い。やや黄色が強い、タマネギが豊富に入ったカレーライスだ。
食べてみると、うおぉしょっぱいーー!!このカレー、すごい塩味だぜ!「さすがにカレーはあまりブレようがないだろ」って思ってオーダーしたら、すごいアクロバティックな味だった。
水をゴクゴク飲んだ。水はうまい。かつの肉は以前と同じように控えめなボリュームであった。
ご飯はちょっとだけベチャついている。カレーのときは、個人的にはもう少し固めが好きなんだけどな。しかし違う文化圏のカレーを食うのは楽しいな。

…そんな激渋食堂はびき野。2026年5月末でわりと突然の閉店となってしまったそうだ。なぜなのだろう?調べたが僕には理由はわからなかった。
しかし、60年近くも日産でにぎわう追浜の町の一等地で、令和の時代まで格安の価格でご飯を提供してくれた食堂。その存在は限りなく尊いよねぇ。
今後、追浜の町はどう変わっていくのだろうか?それが楽しみのような、切ないような…。そんな思いで僕は小雨の降る中、車に乗り込んだ。
以上、日本7周目を走る旅人YAMAでした。
住所・スポット情報
- 名称: はびき野
- 住所: 神奈川県横須賀市追浜本町1-26
- 料金: ラーメン¥400他
- 駐車場: 無し。付近のコインパーキングを使用のこと。
- 時間: 11:00~20:00(火曜定休)