大阪で一番ハードルの高いカフェと言われるのが、「喫茶nest」である。
値段が高いのだろうか?それとも敷居が高いのだろうか?どちらも違う。じゃあ何がハードルなのかというと、その営業日と営業時間の短さなのだろう。
どんくらい短いのかというと、週3日のみで、1日当たりの営業時間は1時間ちょいだ。
ストイックなさぬきうどんのお店とかだったらありえるかもしれないが、ゆっくりくつろぎたいカフェ形態においてこの営業時間は確かにハードル高めだ。営業時間開始と共に訪問しないとドキドキしちゃう。
しかもその営業日が平日の昼間だというから、一般的なサラリーマンの訪問はさらに難しい。
そんなレジェンドクラスの喫茶店を訪問したのは真冬のある日だったよなぁ。
真冬だけどもまるで南国のような写真に見えてしまうのは、天気がいいからだけではなくってお店の前の公園に南国植物が植えられていたからなんだなぁ。
では、行きたくてもいけない喫茶nest、ご紹介しよう!
営業時間は平日3日間、わずか1時間20分
公園を通り抜けて、お店の前までやってきた。
真ん中に写っているお店の張り出した屋根部分に達筆な文字で「nest」と書いてあるのがわかる。
しかし、うおぉぉい!なんかシャッター閉まっているぞ!やっていないのかよ!せっかく針の穴を通すような営業日・営業時間をめがけて来たというのに…!
…って一瞬だけ思ったけどな。
慌てるでない。実は僕は気付いていた。シャッターの前にご覧の通りプレートが出ていることを。
つまりは営業しているのだ。店舗はたぶん2階だ。なんかの事前情報で知っていたので、1階の閉まったシャッターを見てもそんなには狼狽えなかった。
ほら、2階へとつながる階段への扉は開いているのだ。
…とニッコリしたのも束の間、その扉の裏側には「CLOSE」と書かれたプレートが下がっていて、また真顔に戻ったけどな。
やっているのかやっていないのか、どっちなんだよこのお店ー…。
お客様 各位
毎週(月) 午前11:40
(火) ~
(水) 午後1:00 まで
営業致して居ります
喫茶 nest ママ
これがこのお店の営業日時だ。週の前半、お昼どきのほんのわずかな時間にしか営業していない。営業時間が1時間だけのことも多いという。しかもメニューはコーヒーと紅茶のみと聞いている。
近くに努めていて別のお店でランチした後にちょっと休憩するために来るのであればいい具合だと思うが、それ以外だとなかなかアプローチが難しいかもしれないよな。
現在の時刻は12:10。いい頃合いを狙ってきたつもりだ。1段1段、ドキドキしながら狭い階段を登っていく。
店内がどんな雰囲気なのか、外からも階段からも窺い知ることはできない。気軽に入れるような雰囲気ではないのだ。スケジューリングも含め、「行くぞ」という強い意志が必要。
ふぉ。階段を登った先は、なんか初めて1人暮らしする女子の部屋みたいな世界観になっていた。知らんけど。
先の見えないドアが正面と左にあるが、結論から言うと左が正解だ。
さぁ扉を開けたまえ。進む先は宇宙だぜ(←マジで)。
82歳のおばあちゃんと宇宙遊泳しようぜ
扉を開ける。外から中が見えなかったために、一歩店内に足を踏み入れてから右に行けばいいのか左に行けばいいのか誰に声を掛ければいいのかわからず、一瞬立ちすくむ。
すると死角からオーナーのおばあちゃんが出てきてペコリと頭を下げてくれた。
すぐ脇にはカウンター席があり、そこに座っていた常連風のおじさんが「ママはね、ちょっと喉を傷めているのよ、ゴメンね。好きな席に座ってくださいな。」って言ってくれた。
黒い革張りの4人席にボフッと座った。1人なのにこんないい席で良いのかと思ったが、カウンター席は一見さんには難しそうな雰囲気なので、こっちにした。
先客は2組いて、食後のサラリーマンのようだった。
うむ、我ながらいい席を選んだと思っている。特等席かもしれないぞ。では、僕の視点から見えるものをご紹介していこう。
nestの店内のモチーフは「宇宙」なのだ。僕の正面の壁にくっついている2つの円形のオブジェは、太陽と月をイメージしているのだそうだ。
上から吊り下げられている照明は星だ。昭和時代の人の思い描く、レトロフューチャーな感じの宇宙だよね。
この壁がnestの象徴。あなたもここを訪問したら、必ずこれをガン見しておいてほしい。
あぁ、ソファに深く腰掛けて見上げる、この革張りの天井の星々よ。まるで宇宙遊泳しているような気持になるじゃないか。静かでくつろげる。
壁や天井の繋ぎなどに丸みがるのは、これまた宇宙をイメージしているから。宇宙に直角はないもんね。
白衣のような白い服を着たおばあちゃんが笑顔でやってきて、声が出ないためにほとんど口パクで「ご注文は?」と言い、僕はホットコーヒーをオーダーした。
またゆっくりと厨房に戻っていくおばあちゃん。月面を歩く宇宙飛行士のようだ。
ゴメン、ちょっと写真がブレちゃったけどさ、床に置いてあるこの岩は隕石をイメージしているそうだ。面白い。
随所に遊び心のある喫茶店。創業は1964年なのだそうだ。ちょうど世界が宇宙に進出しようと勢いづいており、人々の夢が宇宙に向かっていた時代…だったかな。
そういうかつての人々の思いを乗せているようにも感じたよ。
こんな宇宙なお店でコーヒー飲めるんだぜ、ワクワク。
そういや、持ってきてくれたおしぼりは独特な畳み方をされていたな。アッツアツで、マジにホントびっくりするくらいにアツアツで。真冬なのでありがたかったけど、しばらく蒸気が立ち昇っていた。
コーヒーと紅茶だけのお店だが、最高だ
前章であれこれ書いてはいるが、実はオーダーしてからわずか2・3分ほどでコーヒーが運ばれてきている。
白いテーブルに白いカップ、素敵だね。一緒にチョコが2つ備え付けられていたのも嬉しい。日によってはおせんべいなどのこともあるそうだよ。
程よくビターでおいしい。ホッとする味わいだ。
おばちゃんがまたやってきて、僕に1枚のコースターを差し出した。
「これね、以前にお店で使っていた紙のコースターなの。今はもう紙のコースターは使っていないから、これはあなたにプレゼントするわね。」ってニッコリとほほ笑んでくれた。
えっ、何この嬉しいサプライズ!
宇宙空間のような、はたまたコーヒーのような漆黒に描かれたnestの文字。コーヒーに溶けていくクリームのようにも見える、オシャレなデザインじゃないか。なんでくれたのかはわからないけども、これは大事にしよう。
今回はおばあちゃんは喉を傷めているので、おしゃべりできないのが残念。雰囲気からだけでも、フレンドリーで話好きそうなのが伝わってくるのに。
なのでおばあちゃんから直接聞いた情報ではなくって、他の方法で調べた情報で恐縮だが…。
会員制の高級バーだったところから、60年前にOPENしたこのお店。ソファも天井から吊るされた照明も、創業当時のままなのだとか。
おばあちゃんは日本舞踊もやっていて忙しく、お客さんが長居をしてなかなか帰らないと困るので、50年くらい前にはもう営業時間を1時間程度に切り詰めていたのだそうだ。
なんだ、そうなのかよ。てっきり高齢で大変になって…みたいなネガティブな理由だと思ったら、自己を優先するために若いころからこういう営業形態だったのだ。そんなおばあちゃん、好き。
ただ、営業日数が週3日である件については、おばあちゃんの体力的な問題もあるみたい。そろそろ引退を考えているのだが、常連さんからの熱烈な要望もあって続けている…というウワサも聞いている。
おばあちゃんは82歳らしい。確かに大変だろうけど、こういう昭和の栄華を感じられる純喫茶が無くなってしまったら僕は悲しいな…。跡を継いでくれる人とかがいてくれたら嬉しんだけどな…。
僕の後もチラホラと数人のお客さんが来た。たぶん最後のお客さんは12:40くらい。
12:50になった。閉店は10分後だしまだ何人かお客さんもいるけど、ギリギリにならないうちにそろそろ退店しようかな。
おばあちゃんにお礼を言って1000円札を渡す。おばあちゃんは「おつりはそのトレーから自分で取ってね、ありがとね。今回は声が出なくてゴメンね。」と言ってくれた。
小銭がたくさん載っているトレーからおつりを自分で数えて取る。ちなみにコーヒーは400円だ。これだけ貴重な体験ができたというのに、良心的なお値段。
お店を出て振り返る。
2階をあおぎ、「あの窓の隙間から見えているのは惑星かな?」って思った。いや、普通に換気扇だろう。しかし僕の心は、まだ少しだけ宇宙に残っているようだ。
それではおばあちゃん、お元気で。
またいつか機会があったら、そのときはちゃんとお話をしてみたい。
以上、日本7周目を走る旅人YAMAでした。
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