青森駅からほど近い路地に、「はるえ食堂」という小さな小さなお店がある。
戦後の闇市みたいな雰囲気を残す本当に狭い路地に、バラック小屋がギュギュッと並んでいる中の1つだ。
"食堂"という名前ではあるが、4畳ほどの広さしかなく惣菜等の持ち帰り販売のみを行っているお店だ。店主は「はるえばあちゃん」という90歳のおばあちゃん。
このばあちゃんが七輪で焼いてくれる焼きおにぎりが絶品だというのだ。
Webを見ても、「何度でも食べたい」・「ばあちゃんの人柄に心を打たれた」・「おにぎり食べるためだけに青森まで行く」などの愛のあるコメントがあふれている。
焼きおにぎりのレジェンドに会いに行こうではないか。
2023年の夏、僕は動き出す。
プロローグ:雪の日の奔走
実は僕は2023年の春に一度このはるえ食堂についてブログで取り上げている。それが以下だ。
特に読まなくっても本記事には影響しないが、たぶん読んでくれた方がカタルシスを感じられるし僕も喜ぶ。
ザックリと説明するならば、レジェンド焼きおにぎりのウワサを聞きつけた僕が2023年初頭に雪を踏みしめてはるえ食堂へと向かう。だけどもお店は休業中。
横の「奈良商店」のおばちゃんに聞いたらはるえばあちゃんは骨折してしまったそうで。
では来月は…、と考えて1ヶ月後に訪問しても休業中。じゃあさらに1ヶ月後は…って思ってさらに訪問しても休業中。
行くたびに横の奈良商店のおばちゃんに「はるえばあちゃんはどうしているかなぁ?」って聞きながら惣菜を買わせてもらっていたので、奈良商店のおばちゃんとも仲良くなってきた。
しかし気になるのははるえばちゃんのことだ。ばあちゃんはもう90歳になるというし、これで引退してしまったのかな…。
って思った矢先、2023年ゴールデンウィークごろに営業再開したという嬉しいニュースを耳にした。
僕はスマホを握りしめて「うぉぉ!」と獣のように歓喜の咆哮をした。
行くしかない。それもなるべく早くに、だ。
青森名物、しょうが味噌おでん
2023年初夏。僕は再び青森の地を踏んだ。
あぁ、季節は流れたのだ。前回は周囲すべてが銀世界であったが、今は暑くもなく寒くもなくでとても爽やかな気候だ。首都圏とは全然違う、湿度の少ないカラッとした空気。胸いっぱいに北国の空気を吸い込んだ。
「青森魚菜センター」。のっけ丼のお店と言った方がピンとくる方も多かろう。市場風の店舗の中を白米の入った丼片手に巡り、好きなお刺身を乗せてオリジナル海鮮丼を作れるのだ。
いや、しかし今回の目当てはのっけ丼ではない。
目的地はその奥、既に見えている。ブルーシートに包まれた一角だ。
「あれ?ここは戦後間もない時代かな?」って思ってしまいそうなバラック小屋が連なっている路地。
でも初夏の日差しでブルーシートも生き生きしているように感じた。真冬の豪雪の時期に来たときは、もう肩を寄せ合って寒さをしのいでいるように見えたもん。雪すごくって、道幅もこれの半分くらいだったし。僕は滑ったし。
ブルーシート群が始まるところに、各店舗の店名プレートが掲げてある。看板を出して言いないお店もあるので、店名はここでしか確認できなかったりする。
その中の真ん中に、僕の目指す"横山はるえ食堂"の文字もある。もう、たまんねぇな。この年になると涙腺緩くなるよ、まったくもう。
僕は内心ドキドキしながらこの店舗群の枠を歩く。
はるえ商店まではあと3区画かな…?やっていなかったらどうしようって思っている。2023年だけですでに3・4回、こうしてドキドキしながら歩いては、誰もいない店舗の前でガックリ肩を落としているのだ。
再開したというニュースは聞いているものの、90歳のおばあちゃんなのだから体調に波もあるかもしれない。営業していないかもしれない。そのカクゴも必要だ。
営業していた!はるえばあちゃん、いた!
嬉しいぜ。以前はガランとして寒風が吹き込む店舗を眺めていたが、営業しているとこんなにも物が多く賑やかな店内よ。
しかし小さな店舗。僕はこの写真をお店の入り口から撮影しているが、左右の壁も写っているし奥行きもそれほどないのがわかるだろう。
広さは4畳ほどだろうか?全方位に物がギッチリ置かれており、中央にいるはるえばあちゃんはほとんど歩くことなくそのすべてに手が届く感じだ。
僕が来たとき、はるえばあちゃんは店の入口に腰かけたマダムと談笑しているところだった。「こんにちは、焼きおにぎりはありますか?」って聞いてみた。
残念ながらまだお昼だというのにおにぎりはないそうだ。では明日の朝とかならあるのかな?そう聞いてみると「朝はご飯がまだ炊けない。でも明日の昼なら準備できるよ。何個ほしいの?」って聞いてくれた。
実際は半分くらいしか聞き取れず、マダムが通訳してくれた。ありがとう、マダム。あなたに出会えたことはビギナーズラック。
ついでにはるえばあちゃんに「写真撮っていいですか?」って聞いたのもマダムが仲介してOKをいただいた。
ただ、ここままのこのこ帰る僕ではない。
なぜなら店舗の隅で火にかけられたお鍋では、おでんがいい匂いを充満させているのだ。
ちなみにその奥の七輪でおにぎりを焼いているらしい。そのおにぎり、食いたかった…。
おでんはこんにゃく・玉子・厚揚げの3品を購入した。
はるえ食堂は"食堂"という名前はついているものの、店舗が狭すぎることもあって中で食べることはできない。昔はイートインできたというウワサはあるけど。
何にせよ今回はテイクアウトだ。宿で食べようか。
おでんは新聞紙で包まれていた。
"春うらら"と書かれ、見つめあうサルの親子の記事。僕は新聞紙の包装の場合、どんな記事が見えているかで占うよ。はい、これ大吉。いいチョイスだ、はるえばあちゃん。
では、おでんを食べよう。あ、左に写ってるのは僕の好きな泡の出るドリンクです。おでんを楽しむには必須だと思って購入しました。
パックの中には味噌だれがたっぷり入っていて、しょうがの香りがした。青森市の名物であるしょうが味噌おでんだ。
戦後、青森の厳しい寒さで凍える人をちょっとでも温めようと闇市のおでん屋さんで始まったのがルーツだ。
あぁ、温まるよ。心が確かに温まる。
念願の焼きおにぎり
翌日の昼のことである。僕は再びはるえ食堂に向かう。
昨日約束したんだもん。絶対行かねば。もう焼きおにぎりを食べるまでは青森を去るわけにはいかないと心に決めていた。
はるえ食堂を覗き、ばあちゃんにご挨拶。
「昨日ご挨拶したものです。焼きおにぎりを買いに来たいんですけどー。」と言うと、はるえばあちゃんは「あいよー、あるよー。」みたいな感じで返事をしてくれた。
店内のトレーに焼きおにぎりある!6つある!やった!
なんかゴマがいっぱいまぶしてあるっぽいな。うまそうだ。2つほしいと頼んだ。上の写真は、その残りの4つを撮らせていただいたものだ。
ばあちゃんが新聞紙におにぎりを包んでくれている間、僕はばあちゃんに冬からのことをちょっと語ってみた。
年始から何度も足を運んだこと。骨折したと聞いて復活できるのか、正直不安に思っていたこと。復活したと聞いて、ばあちゃんの絶品焼きおにぎりを食べられるこの日を待ちわびていたこと。
ばあちゃんは「そうかいそうかい、ありがとねー…」と目を細める。
僕は骨折した腕の調子はどうか聞いていた。「まぁまだ痛いけどね。大丈夫。」とばあちゃんは微笑んだ。
そうか、どうかご無理をなさらぬよう。お会いできて本当によかった。
この喜びをだれに伝えようか。よしっ、隣の奈良商店のおばちゃんに報告しよう。
1m隣の奈良商店のおばちゃんに声をかける。…というより、どちらのお店も建物の前面に壁もドアもないので僕がはるえばあちゃんと話していた声も丸聞こえだったかもしれないけどな。
「おばちゃん、およそ3ヶ月ぶりの僕です」と奈良商店のおばちゃんに声をかける。おばちゃんはどうやら僕のことを覚えてくれていた気配で、「あぁ、お久しぶりね」と言ってくれた。
「あのとき何度も訪問したはるえ食堂、やってたの!」・「おばあちゃんもいたの!」・「おにぎり買ったの!」と小学生女子みたいなテンションで口早に報告した。
おばちゃんも「よかったわねぇ」と合わせてくれた。
奈良商店でも惣菜を買っていこう。カレイとサワラを購入した。
はるえばあちゃんがいない間に何度も僕と話してくれた奈良商店のおばちゃんにも感謝だ。このおばちゃんが僕に親身に接してくれたから、きっと僕はまたここに来ることができたのだ。
ぶっちゃけガマンできない。なぜなら僕の手の中にあるおにぎりがほんのりと温かいのだ。すぐに食べたい。
歩いていて見つけたのは「青い森公園」。青森らしい、いい名前の公園だ。ここで食おう。
石段に腰かけて新聞紙に包まれたパックを取り出した。
「奥入瀬渓流」の新聞紙だ。あぁ、奥入瀬渓流行きたいな。奥入瀬渓流は春夏秋冬全部行ったことあるけど、今の時期が一番新緑がきれいで好きだよ。
焼きおにぎりはこんなビジュアルだ。
正直言うとね、想像していたのとちょっと違った。焼きおにぎりと言えば表面に醤油を塗ったセピア色のもの、っていう先入観があった。
しかしこれは違う。塩とほぐした鮭を混ぜたご飯にたっぷりのゴマをまぶし、丁寧に七輪の炭火で焼きあげているのだ。
一般的に想像するもの一線を画す、このバージョンの焼きおにぎりはちょっと他では食べられないぞ。
ひと口食べるとゴマの風味が口いっぱいに広がり、そして次に芳ばしさが脳からドーパミンを放出させてくれた。さらには鮭の奥深い味わいが訪れる多重奏よ。
もちろん外側はややカリッとしており、中はもちっとしている焼きおにぎりオリジナルの食感は、あなたの想像通りだ。
至福。とりあえず半分だけ食べ、残りは夕食にする算段だ。
…そして夜である。
暗い宿泊地の魔法陣(円形テーブルとも言うね)に、儀式のための供物を並べる。魚は奈良商店で買ったカレイとサワラだ。
こういう儀式には酒も捧げるのが常だそうなので、トリスハイボールも用意した。
ふふふふ、完璧だ。
僕は自分の身に食欲の神を降臨させると、供物をムシャムシャ食べた。そしてトリスハイボールを飲んだ。
幸せである。これで今年も来年も、日本はきっと平和になるであろうぞ。
盛夏の再会、そしてまたいつか…
青森には梅雨はほとんど存在しないと聞いたことがある気もするが、その日は今にも雨が降りそうなドンヨリ天気であった。おっかしいな、天気ではそんなこと言っていなかった気がするのに。
前回からおよそ1ヶ月後、再びはるえ食堂を目指していた。
霧が立ち込めたかのような路地。雰囲気がムンムンである。
お店を覗くと、焼き立てのおにぎりがたくさんトレーにあった。ナイスタイミングだ。2つ購入し、また温かいうちに青い森公園とかで食べようと思う。
はるえばあちゃんは「あら?見た顔ね。また来てくれてありがとうね。」と嬉しそうに笑ってくれた。
お店を出たとたん、パラパラと雨が降り出した。これは公園で食べるわけにはいかないな。かといって、せっかくできたての焼きおにぎりを冷ましてしまうのももったいない。どこかいい場所はないものか。
上の写真の中央に写っているのは、はるえ食堂から徒歩2分くらいのところにある八百屋さんなんだけど、そこに軒下にベンチが置いてあるのを発見。ここを活用させてもらおう。
ところで上の写真、一番奥にかすかに「田中惣菜」という僕のお気に入りのお店が写っている。
この記事に興味を示してくれた人は間違いなくこっちも気に入ると思うから、よければ読んでみてね。
ちなみに前章の魔法陣の中に設置した惣菜も、ここで購入したものだったのだよ。
話を戻そう。本日は営業をしておらずシャッターを閉めていた「ヤオケン」という名の八百屋さんの店先。
『ご自由にお座りください』と書かれたベンチに腰掛けた。
ワクワクしながら新聞紙を開く。アツアツの焼きおにぎりの登場だ。
ひと口食べれば幸せがこみ上げる。
新聞に書いてあるサラリーマン川柳を読みながら食う。雨が目の前でパラパラと音を立てて降る中で食う。
こういうささやかな幸せ、忘れたくない。
否、なんとなくの確信だけども、僕は今日のこのときのことを生涯忘れることはないだろう。雨の中、八百屋の軒下で食べた、はるえばあちゃんのおにぎりのことを。
…また少しだけ時間は流れる。
こっから先は、この記事のエピローグだと思って読んでいただきたい。
あぁ、暑いね。関東や関西と比べると湿気がなくって快適だけども、それでも暑いものは暑い。
はるえ食堂の並びの商店群は、ドアもないしエアコンもないだろうから真夏は大変だろうなぁ…。狭い場所で火を使うから熱気もこもりそうだし。
はるえばあちゃんは今日も元気に営業していた。
僕は今回も焼きおにぎりを2つ買う。ただ、今回は家まで持ち帰る魂胆だ。このはるえばあちゃんのおにぎりの味を、家族にも味わってもらいたい。
これから急いで帰路について、家まで5時間くらいだろうか?今は昼だから夕食には余裕で間に合う。夏ではあるが、保冷剤で冷やしていけば大丈夫だろう。
今日も焼きおにぎりはできたてだった。
その場で食べたい衝動にも駆られるが、お土産にして一緒に食べたい人がいる。我慢だ我慢。
はるえばあちゃんに「またいつか来ます。お体に気を付けて。」とお伝えした。
手を振って見送ってくれるばあちゃんに別れを告げ、僕は家路につく。
その日の夜、家でおにぎりを開封した。衝撃だとかで焼きおにぎりは三角というよりパックのかたちに馴染むような感じに形状を変えつつあったけど、大丈夫だ。
冬からの探訪劇、そして夏の数回の思い出などを語りながら2人でおにぎりを食べた。
焼きおにぎりを噛みしめた。
しばらくは僕は青森を訪れることはないだろう。でも、またいつか食べたいなぁ。
以上、日本7周目を走る旅人YAMAでした。
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