池の平とか、幻の池とか、そう呼ばれる「奇跡」がそこにある。
しかし、Webを検索しても出てくるのはありきたりなオフィシャル情報をまとめた記事ばかりだ。
ならば、僕が書く。
竜神が出現してどうだとか、無念の涙が湧き出てどうだとか、そんなのひとまず置いておいて、僕のアイデンティティである、幻の池にいかにして到達したのかという体験談を、しっかりあなたにお届けしたい。
なぜ、Webには幻の池に到達した人の記録がないのか
とはいえ、幻の池に到達するための最低限の事前知識は知っていただきたい。
これを書かねば、カレーがどんなものか知らない人に対して、うまいカレーの作り方を説明するくらい難儀になってしまう。
この池は、7年おきに出現すると言われている。
1950年以降に発生した記録は、以下のとおりだ。
1954年
1961年(前回から7年後)
1968年(前回から7年後)
1975年(前回から7年後)
1982年(前回から7年後)
1989年(前回から7年後)
1998年(前回から9年後)
2010年(前回から12年後)
異常気象のために近年の出現パターンが変わってきていると言われているが、とにかくレアなことには変わりはない。
ちなみに2011年にも出現して2年連続となったというニュースもあるが、小規模かつごく短時間で消滅してしまったそうで、これを正式な出現と捉えていないサイトも多くあるように見受けられた。
とりあえず、その後は2020年現在までは出現していないっぽい。
どうしたんだ、幻の池。最近元気ねーぞ。
でも、元気かどうかはひとまず無視して、出現年から当時の文明を判断してほしい。
1989年は現在のようなインターネットそのものが存在していない。
1998年はインターネットはあるが、まだ黎明期であり、個人でサイトを持っていたりデジカメを所持している人も少数だし、携帯電話にカメラなんてついていない。
…ということは、だ。
2010年の出現時が、この幻の池にとっての「デジタル化・元年」となるわけだ。
そのビッグチャンスである2010年に何が起きたか…。
詳しくは後述するが、幻の池に行くための車道が土砂崩れで埋まり、完全に通れなくなるんだよね。誰も行けないよね。
そんなわけで、これがWeb界の幻の池が、一層に幻である所以である。
Webで検索して出てくるのは、1998年以前にフィルムカメラで撮影して大事に保管して置いた人のものか、地元の第一発見者などプレスリリースに使われたものが大半であろう。
2010年、幻の池に行くために僕は考えた
あなたは何歳だろうか?
仮に現地の登山口まで車を運転し、そして元気に現地まで登山ができる年齢を、18歳~75歳と仮定しよう。
その元気な57年間の間に、幻の池が7年おきの出現であれば、8回の出現。
もし直近のようにヘンテコなスパンで12年おきとかになってしまったら、5回弱しか出現しない。
既にあなたは何回のチャンスを見逃してきた?
あなたのチャンスはあと何回ある?
出現してから消えるまでは、あっという間だ。3日とか、4日かもしれない。ボケッとしていていたら、計画しているうちに消滅してしまう。とにかく初動が大切なのだ。
僕もアワアワしていたので偉そうなことは言えないが、2010年に僕が何を考え、どういうアクションを取ったのかは、次に訪問するあなたの参考になるかもしれない。
そんな思いで、2010年7月の出現時に時を遡ろう。
池が現れると毎回多くの見物者でにぎわうが、今回は現地へ向かう林道は先週の大雨で落石があり通行禁止に。同協会などによると、幻の池が現れるのは佐久間町境に近い標高880メートルの亀ノ甲山の中腹にある「池の平」と呼ばれるくぼ地。ふもとの登山口から山道を約1時間半ほど歩いてようやくたどり着く。
スギやヒノキに囲まれた場所に、7年に1度ほどの周期で7~9月にかけて突如として池が現れ、数日から1週間ほどで消える。出現の謎は解明されていない。池の広さは約70メートル×約40メートルで、水深は1.2メートルほど。
21日に行政職員が確認に訪れたところ、深さは約1メートルと水位は下がり始めていて、今週末には消えるかもしれないという。引用元:中日新聞(2010.7.22)
この記事を、僕はリアルタイムでWebから読んだ。そして興味を持ち、すぐに調査を開始した。
林道が通行止めだと。それは具体的にどこだ?
手前に車を駐車し、徒歩で乗り越えたりはできないのか?
20日の昼過ぎに水深1.2mで、翌日の21日には1.0mということは、1日に最低20㎝は水位が下がっていると見ておこう。
記事が発表された今日は22日だから、既に水深80cmは切っているはず。ちゃんと"池"と呼べるサイズを保っているのは、水深40㎝となる24日がギリギリか?では、それまでに落石が撤去される可能性は?
ダメだ。調べれば調べるほど、絶望の渦に飲み込まれる。
落石の被害は甚大だ。猛烈な土砂崩れだ。被害状況を調べると、撤去に数ヶ月かかると判明。
そして、道なき山間部を突っ切っていくのも不可能。経験豊かなマタギとかじゃないと厳しいってさ。僕のようなインテリ眼鏡ボーイには無理な相談だ。
もう無理無理!
7年後か、運悪くまた12年後か、それまで幻の池には行けない!!
僕は諦めかけた。
だけども、もう一度ニュース記事を読んだ。疑問が浮かんだ。
なんで第一発見者や行政職員は現場に行けたの?
上記が、一筋の光明を見出すきっかけとなった。
第一発見者は、マタギレベルの山岳のプロかもしれない。
しかし、翌日に訪問した行政職員は、登山家ではないだろう。一般人に違いない。つまり、特殊能力がなくっても現場に行けるのではないか。
では、土砂崩れした道をどうやって乗り越えたのか…。
いや、その視点がそもそもおかしいのでは?乗り越えていないのだ。道は他にもあると考えたほうが良い。
ではなんで、記事には「行くのは見合わせてほしい」と書いてあるのだ?
きっとその道は脆弱なのだ。例えばアホみたいに狭路であり安全面に問題があるとか、アクセスが極端に悪いとか、駐車場がないとかだろう。そういう地理的な事情。
あるいは、政治的な事情からだ。
記事は水窪観光協会に対してのインタビューだ。幻の池も水窪観光協会も、天竜区の水窪地区、つまり水窪町にある。
でも、幻の池は「佐久間町境に近い」と書いてある。
もしかしたら、水窪町としては仮に佐久間町側からアプローチできたとしても、あくまで水窪町としてのインタビューなのだから「(水窪町からは)行けません」と回答したのでないだろうか。
じゃあそれに対し、仮に佐久間町側からアプローチできるのだとしたら、なぜ佐久間町は「こちらからは行けます」と言わないのか。
それは前述の地理的な事情、そして水窪町に位置する幻の池を隣町の佐久間町が宣伝できない葛藤があるのではなかろうか。
まぁここまで全部推測。佐久間町からのアプローチルートが存在しないのであれば、この理屈は全く成り立たない。
現にWebで「幻の池_登山路」とか、「池の平_登山」とかいくら調べても、幻の池に行くルートは水窪の町からほど近い登山口を使うパターンのみ。佐久間町から行けるだなんて、どこにも書いてない。
再び僕はガックリうなだれたが、ふと案が浮かんだ。
亀ノ甲山の中腹880m地点に現場があるらしいが、亀ノ甲山への登山ルートは1つなの?
つまり、目的地を幻の池とするから惑わされるのだ。目的地を亀ノ甲山として考えれば、可能性が見えるかもしれない。
…うん、あったぜ、亀ノ甲山へのもう1つの登山ルート。
それは東から行く水窪町からのルートに対し、南の佐久間町ルートであった。GoogleMAPには記載されていないが、Yahoo地図をガッツリ拡大すると発見できる。
※さらにいうと、GoogleMAPには「池の平はある・亀ノ甲山はない」、Yahoo地図には「池の平はない・亀ノ甲山はある」という状態で、すんごくわかりづらいが。
それだけマイナーなスポットなのだろう…。
ちなみに、西からのルートもあるけど、これたぶん無理。西側は廃道マニアの聖地なんだ。とても僕なんかは足を踏み入れられない。
南ルートは山間部の小さな集落の奥の奥から始まっていることを、併用している手元の地図から確認。(これな、2010年当時のYahoo地図には存在すら載っていなかったんだよ、確か。そして2020年現在も、集落名は書かれていない。)
どんなところか全くわからないが、これが唯一の希望。
亀ノ甲山の山頂付近を経由するので、水窪町からのルートよりは困難そうだが。
しかし、この希望を基に現地に行ってみるだけの価値はありそうだ。
現在の時刻、2010年7月23日23時。
急げ、おそらくチャンスは明日のみだ。僕はすぐに出発準備を整える。
…こうしてネタバラシをしてしまえば、「そんなこと誰だってわかるよ」と思われるかもしれない。
しかしね、じゃあここまで考えて実際に行動できた人が何人いたか。
1998年や1989年の幻の池の出現時には登山路が渋滞し、万単位の人が訪問したそうだが、僕が訪問した2010年はおそらくいても数10人~200人規模。
正しく行動を起こせた者は、ごく少数なのだ。
幻の池への1時間半の登山
2010年7月24日の朝7時。
僕は1人、今田集落という斜面に造られた、小さな集落の茶畑の中を歩いていた。
茶畑を育てている、斜面集落。
山肌に九十九折りに狭路が続き、とてもよそ者が車を停めるスペースなんてない。
一度車で集落内に入ってそう判断したのち、遥か彼方の県道沿いの空き地に愛車を停めて、徒歩で集落内に戻ってきた次第。
畑仕事をしている人や、集落内を歩いているじいちゃんばあちゃんは、みんな「おはようございます」と声をかけてきてくれる。あ、いい雰囲気。
集落の奥へと急な坂道を登ると、もう汗をかいてきた。まだ涼しい朝の7時なのに。
振り返ると、雄大な山々と、眼下に今登ってきた集落が。
下宮神社の鳥居が斜面に見えてきた。社はまるで掘っ立て小屋のようだ。
ここ、注意。この神社から北に向かって伸びる道から、さらに坂を上る。こうやって集落の北端を目指すのだ。
いや、合っている保証は無いので内心ドキドキだが、そう信じている。
…茶畑の脇の急坂の路地をヒーヒー言いながら登る。汗かくー。
ここでいいの?なんか普通の民家の庭の脇の道っぽい。幻の池だとか、亀ノ甲山を示す看板なんて一切ないよ。
集落内を歩き始めておよそ20分後。急坂の道が突然終わる。
結論、これが正解だ。ここから登山路に入る。あとはちゃんと山道を見失わないように、北へ北へと歩く。
しかし、目的地を示す看板は皆無。人もいない。ホントにこれ、亀ノ甲山とか幻の池に向かっているのかね?不安が募る。
だが、足元をよく見ると比較的新しい足跡がある。これに少し勇気をもらう。
左手はそそり立つ絶壁、右手は遥か下まで断崖、って感じの道が続く。
路面自体が右下がりなので歩きづらい。崩れかけている部分もあり、また不安になる。
登山路に入って30分ほどのところで、男性2人組を見つけた。
同じく幻の池を目指す人たちで、やっぱ僕と同様に不安らしく、必死に地図を見ていた。仲間がいて安心。
以降、この2人組とは抜きつ抜かれつ、池を目指すこととなる。
まぁ1度僕が道を間違えたので抜かれたんだけどな。
その、僕が道に迷ったのがここだ。鳥居があり、その近くに上の立て札。
今田集落から延々歩いて、初めて出てきた立て札。自分の歩いてきたルートが正しかったのだと、ここでようやく100%の確信を得られた。
でも、そこからだ。
立て札の裏側、道と思われるところを5分以上歩いたのだが、どこが道でどこが林だか、境界がわからん。何が何だか。
一度立て札に戻ろう。
そして気付く。
死角にもう1つ立て札あったぜ。
角度が違うということは、それぞれの行き先を示しているのだろう。メッチャわかりづらっ!
どうやら僕は亀ノ甲山方面を目指していたようだ。そしてどうやら幻の池へは、亀ノ甲山の山頂を経由しなくても行けるみたいだ。
目を凝らすと、確かに池の平を示す看板の先に道らしきものがある。
ここからは下り坂。先に行かれた2人組をもう一度抜かし…。
…着いた、のか…??
べろんべろんに崩壊した池の平の立て札。この後ろに幻の池が…
… …
ない。
呆然とする僕。
後ろから来た2人組もガックリと肩を落とす。
遅かったのか…。
いや、希望はまだある。
「僕、探してきます」と2人組に告げて、林の中をガサガサとさらに下に行く。
標高の低い場所であれば、まだ残っている可能性がある。
奥から中年ご夫婦が登ってきた。僕の表情を見て全てを察したようだ。
「まだ残っているわよ!すぐそこよ、見ておいで!」
ニッコリと微笑まれた。
そしてついに幻の池とご対面。
視界がちょっと涙で霞んだよね。
「あったーー!!」
林の上にいる2人組に聞こえるよう、声を上げた。
幻の池と対面する
歩き始めて1時間20分。登山路に入ってからは1時間。
まぁ僕は普通の人より歩くの1.5倍~2倍は速いから、ゆっくり歩くと登山路だけで2時間くらい。
ようやく到達した。
…こう来ましたか…!
僕の池の概念を超える池がそこに広がっていた。
透き通った水。鏡のように林を映し出す水面。
絶妙な木漏れ日がその水面にスポットライトを当てている。
水の底には、堆積した枯れ葉やシダがキラキラと輝いている。
植物って雨に当たると一層みずみずしく、緑も濃くなるじゃないですか。水没しているのでより一層きれいに見える。
このシダと木漏れ日が、幻の池を演出するアクセント。
なんていうのかな、実際に本物のフルーツが入ったゼリーって言えばわかる?
水が森をそんな感じで閉じ込めている。
水は森のショーウィンドウ。
目測だが、池の水深は50cmくらい。かなりの遠浅なので手前側はもうほとんど水がないが。僕の予想よりも消滅は早かった。
明日のこの時間には、もうほとんど池はないのだろう。
池の裏側に回り込むと、それはそれでミステリアスでダーティな一面を見せてくれる。
僕は40分ほど池のそばにいたが、例の2人組以外に新たな来訪者は来なかった。
では、帰る。2人組に挨拶をする。
この人生の中で、またいつかこの池を見れますように。
帰り道では、今田集落に至るまでに4組の人とすれ違った。
「あのどのくらいですか?」・「まだ池はありましたか?」
不安げなその人たちに、僕は笑顔で見てきた内容を答えた。
幻の池って、なんなのだろう?
僕は地理も気象も素人である。
素人ながらも考える。素人にだって考える権利がある。
森の中に水が出現するという事実。
普通に考えて、水がそこにある理由は、「溜まった」か「湧き出た」のいずれかであろう。前者であれば雨であり、後者であれば地下水だ。
池の平は盆地である。少なくとも溜まる条件は満たす。
佐久間町の過去の降水量を開示しているWebサイトがあった。非常に多くの雨が降った1・2週間後に幻の池が出現しているケースが複数回あった。
幻の池の出現は7~9月が大半であり、梅雨から台風シーズンの降水量が多い時期であった。
2010年も幻の池の池の出現1週間前に大雨洪水警報が発令されている。この大雨で、例の水窪の道路が崩壊したのだ。
森に降った水は一度染み込み、地下水脈に流れ込む。
そして土地の低いほうに行き、河川に合流する。
もしキャパオーバーになるくらいの降水量だったら?盆地に湧き出すということはないだろうか。
池の平の地層はどのようになっているのだろうか?
砂礫などではなく、泥岩で形成されているのであれば、なおさらその確率は上がるのではなかろうか。
いかんせんインターネットの歴史がまだそんなに古くは無いのでソースが少ないのだが、全ての記事が「消滅する」・「水深が下がる」という表現をしている。
「水がどんどん増えているよー、明日には池がもっと大きくなるよー」という記事は1つも見たことがない。
「約70m×40m、水深1.2m」の水量が、一瞬で出現するとは考えにくい。近くの河川の氾濫とかない限り。
とすれば、実は徐々に水が増えているだけど、「その様子をたまたま見た」という人がいないのだと考える。
それは夜か大雨だ。そんなシチュエーションでわざわざ登山はしない。
僕は「大雨」がその回答だと考える。
…としても、7年に1度という奇跡的なスパンはどのように説明するのか。
ここから先は、民俗学も絡んでくるのではないだろうか。
亀の甲山への登山記録は、Webを探しても非常に少ない。あまり人気はないみたいだ。
もっとも、林業の人とかは定期的に立ち入るのかもしれないが、普段はほとんど人がいない静かな山。
幻の池をたまたま発見するシーンは少ないと推測する。
7年に1度、幻の池が出現されると思われる年になると、地元の人が出現するか気になってちょくちょく池の平を見に行くようになる。
うまいこと大雨のちょっと後に見に行った際に、幻の池を見つける。
出現する年以外については?
…実はたまたま出現したのを見つけた年もあったんじゃないかな?
しかし伝承は「7年に1度」。インターネットがない時代であれば、地元の人が外部に漏らさない限り、出現の事実が広まることはない。
たまたま外部から来た一個人が池を発見し、新聞社やTV局に飛び込む確率は、現代のSNSに気軽に情報をUPし、それをニュースサイトが取り上げる確率よりも遥かに低い。
逆に言うとSNSが氾濫している現代は、幻の池が出現する確率が高い。2011年の出現もその例なのだと考える。
まぁ数10年前と比べると娯楽も多彩だから、逆にわざわざ亀の甲山や池の平に登山する人も少数になっているのかもしれないが。
エピローグ
…幻の池を見た僕は、再び山を下って今田集落に帰還した。
茶畑にいたおじさんに、「お疲れ様。池はどうだった?」って笑顔で聞かれた。
もちろん「すっげぇ良かったです!」って答えた。
集落を歩いていると、いろんな人に声をかけられた。
編み笠を被ったばあちゃんには、「実はあなたを朝早くに見かけてね。無事に池に行けたのか心配していたのよ。」と言われた。
フフフ。いろいろあったけど、ちゃんと大丈夫です。
ま、前項であーだーこーだと考察したけどさ、深く考えるのは僕の性に合わないよな。
幻の池は、あった。
幻ではなかった。
気温35℃に達する猛暑の中、僕は愛車のエンジンをかけ、今田集落を後にする。
さよなら、伝説よ。
…そして2020年6月を生きる同志よ。
幻の池が出現するのは、今年かもしれない。来月かもしれない。
願わくば、そのとき幻の池の前でガッチリ握手を交わそうぞ。
以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。
住所・スポット情報
- 名称: 池の平_幻の池
- 住所: 静岡県浜松市天竜区水窪町
- 料金: 無料
- 駐車場: 今田集落から行く場合、なし。集落付近で自力で駐車できる場所を探すこと。
- 時間: 7年に1度、数日の出現。ただし確約はできない。