鉄剣タロー氏(てっけん・たろー = 昭和の食文化の1つであるレトロ自販機を令和の時代まで継続に貢献)が31日、コロナウイルスによる影響で死去。32歳だった。後日お別れの会を開く予定。
それは昨日、2020年5月30日の夜のことであった。
旅友からの速報を受け取った僕は、まどろみから一気に覚醒した。
握りしめたスマホには、ここ最近コロナウイルスに苦しめられていた鉄剣タロー氏の命がついに燃え尽きるであろう旨の文字が、無機質に表示されていた…。
レトロ自販機とは
さて、誤解を招いてしまったが、鉄剣タローとは人名ではなく、店名である。レトロ自販機を数多く有する貴重な店舗であり、一部マニアの間では非常に有名であった店だ。
…とそんなことを言われたところで、あなたのキョトンとした顔が手に取るように浮かぶ。そこでレトロ自販機とは何なのか、少し紹介させてもらおう。
もしあなたが「そんなことを知っているよ」という"こっち側"の人間なのであれば、それは失礼した。上の目次から次の項目に飛んでほしい。
レトロ自販機ってのは、例えばこんな感じでうどんやラーメン、トーストなどがアツアツに出来上がった状態で購入できるもの。
昭和の中期以前って、まだまともにコンビニもなかったそうじゃないですか。
そんな折、旅行者や長距離トラックドライバーなどの貴重な休憩スポットだったのは、今よりずっと数多く存在していたドライブイン。
食堂の閉まっている夜間、こういう麺類自販機で安価で購入できる食べ物は、当時のトラックドライバーさんたちにとってとてもありがたいものだったようだ。
まさにドライブインは、トラックドライバーたちのオアシス。
現代はコンビニが爆発的に普及し、24時間いつでも誰でもどこでも、手軽にカップ麺もお弁当も缶コーヒーも入手できるようになった。
必然的にドライブインは消滅していく。レトロ自販機もまたしかり。
特にレトロ自販機は、メンテナンスしようにも、もう部品も業者もほぼ皆無。
デッドストックでなんとかやりくりしている店舗がほとんどだ。しかも麺類自販機なんて塩分を含んだ水を扱うからね。どんどん劣化する。
メンテナンスの手間、補充の手間、維持管理のコスト、どれをとってもコンビニのカップ麺などには太刀打ちできないだろう。
しかも、これらレトロ自販機を有するドライブインや商店のオーナーが高齢化している。なんだったら店舗自体も高齢化している。もちろん自販機自体もボコボコになるほど高齢化。
もう、レトロ自販機の存在自体がギリギリなのだ。
どんどん遠くなる昭和の時代。
サラッと5枚のサンプル画像を掲載したが、この5枚だけでもなかなか価値のある写真なんだからな。
マニアだったら「うおぉー!」とか鼻息荒く、どれがどこの店舗なのか当てにくるのだろうな。
僕は、そんな消えゆく文明を追いかけている。
ありし日の鉄剣タロー
本日(2020年5月31日)、Yahooのトップニュースにこれが取り上げられた。
鉄剣タロー、本日閉店。
新型コロナウイルスの影響で4月から営業停止していたが、24時間無人営業のスタイルでは、今後の「新しい生活様式」を実現できないと判断しての苦渋の決断だったらしい。
残念だ。
レトロ自販機の聖地が、その32年の歴史に幕を閉じようとしている。
営業中の店が「いついつ閉店」と宣言するのであれば最後に食べに行くことも可能だが、既に営業自粛中の状態。お別れもできやしない。
だからせめて、思い出を書かせてくれ。それを追悼とさせてくれ。
今、なんでもかんでもリモートが流行っているからさ、リモート追悼させてくれ。
…それでは、少しだけ過去の話をしよう。
看板からして、もう格が違うよな。
年季の入った電話機マークはまだいいとして、その「鉄剣タロー」のフォントはいったいどういう精神状態で書いたんだよ。
昭和の番長とかが猛り狂って、筆で書いたような字体だ。
建物の中は薄暗く、やや入りづらい雰囲気。まぁでも好奇心が勝る。ズンズン入る。
だだっ広いホールのようである。
向かって奥側半分は、本当に何もない。床のコンクリート打ちっぱなしな空間。
かつて隆盛を誇っていた頃は、あの奥半分のホールにも、ゲーム機なり飲食ブースなどがあったのだろうか。
そして、黒い天井と紫の壁もここの特徴の1つだ。ドライブインらしからぬ、このケガケバしい配色。夜になるとムーディーに、全体が紫色に染まるのだ。
なにそのエロい感じ。
では、順番に自販機を見ていこう。まずはこのレトロなアイス自販機だ。
残念ながら現在は稼働していない。
張り紙には『2012年初夏まで動いていましたが、冷却装置が壊れて冷凍できなくなったため、現在は動いていません。部品がないので直せる見込みはありません。』と書かれている。
僕はアイス自販機にはあまり興味を示さないタイプの人間だが、なんだか切ない気持ちになる。
わざわざ故障した年と、"初夏"というさらに詳細なシーズンまで書かれていること、そして故障原因や復旧見込みがないことまで丁寧に書かれていることに、オーナーさんの無念が垣間見える。
…そっか、アイスの本格シーズン直前で壊れてしまって残念だったろうな、って思ってしまう。
では、レトロ自販機の御三家と呼ばれるヤツを順番に見ていこう。
まずは麺類自販機だ。昭和製のものだろう。すんごい存在感。
ベタベタと貼られた掲示物も歴史を感じさせる。そして個性も感じる。
- 天婦羅の種類・具材は仕入状況により変わることがあります。
- 丼を持ち帰らないでください。ゴミを減らすため、再利用できる丼を使っています。まずが減ると困ります。
- 丼に貼り付けてある唐辛子は、お湯などでテープがはがれてしまわないよう、テープがかなり長くつけてありますので袋を持って引っ張ると袋が破れることがあります。テープの右側からはがすとはがし易いようになっています。そのようにしてお使いください。
- うどんの食べ方 よくまぜて食べてください
…メッチャ丁寧!好感しか感じねー!
うどんの食べ方の詳細を記述した用紙。
そして、「うどんの丼をテーブルまで運ぶためのお盆」を示す貼り紙。
すっごいやさしい!
オーナーは聖人か。ちょっと拝ませろ。
24時間の無人ドライブイン。無人だからこそ、オーナーさんがいないところでもお客さんが快適に過ごせるためのアレコレを考えていたのだと、感じ取れる。
では、うどんをいただこうではないか。
自販機にはそばのボタンもあるのだが、そばは仕入れていないそうなので、メニューはうどんのみ。
料金300円を投入する。
天ぷらうどんのボタンを押すと、ニキシー管がカウントダウンを始め、調理完了を教えてくれる。20数秒でアツアツのうどんが下の取り出し口から出てくるぞ。
このワクワクは、何度やってもたまんねーもんあるぞ。初デートの待ち合わせみたいな気分だ。
貼り紙に書いてあった通り、唐辛子のパッケージが丼に貼りついたかたちで登場。
具は大きなかき揚げになると、そして小松菜みたいなヤツ。
うん、まぁまぁボリューミーではないか。店内の紫色の照明のせいで、ちょっと毒々しいビジュアルだけど。
そんでうまい。安心して食べられる味。だしはちょっと濃いめ。
これら麺類自販機の規格、代替通常のお店のうどんの8割くらいの分量と感じる。
まだもう少し食べられるぜ。
次は御三家の2つ目、トースト自販機にアタックしよう。
これがトースト自販機とハンバーガー自販機だ。どちらも絶滅危惧種。
トーストは右側。西日本にはもう1台しか残ってないくらいに貴重なのだ。
パネルの写真が何だか時代を感じさせるぞ。
生きているボタンは1つ。
220円のハムサンドだ。ボタンに掲載されているイメージビジュアルは、あきらかにピザトーストっぽいけど気にしない。パンも変に焦げているイメージ写真だが、これも気にしない。
硬貨を入れ、ボタンをゆっくり押す。
「トースト中」の電灯が点り、中でパンがゆっくり焼かれる。
あー、ワクワクするな、チクショウ。
コトリと音がし、アホみたいにアツアツになったアルミに包まれたトーストが取り出し口に落ちてくる。
素手で触ると危ないケースもあるので、僕はいつもこのときはハンカチでつかむようにしている。
アルミをはがすと、いい具合に焼けたトーストが登場。
16枚切りみたいな、ちょっと普通じゃ見られないレベルのペラッペラのパン2枚にハムが挟まっている。
あ、ハムだけじゃなかった。
写真では見づらいけど、トロトロに溶けたチーズも入っていた。
それから、食べてみたらマスタードがいい感じに効いていてうまかった。
では、最後だ。ハンバーガーも買うぞ。
さすがに結構腹いっぱいなので、ハンバーガーはここで食べずに持ち帰りにするけどな。
さっき掲載したハンバーガー自販機から購入する。
メニューはチーズバーガー一択で220円。
ボタンを押すとこれも内部で60秒ほど温められたのち、紙箱に入った状態でゴロンと登場する。
これはこの日の夜に食べることになるのだが、その写真を下に紹介しよう。
可もなく不可もなくの、安定品質。
フニフニのパンに、コロッとした小さめのハンバーグ。そしてちょびっととろけるチーズ。冷めていたけど、それなりにうまかった。
では、最後にトイレに続く大空間を紹介しよう。
さぁ、これがトイレのエントランスだ。どうだい、落ち着かないだろう。
その脇にはティッシュの自販機と両替機。
このレバーをグイッと下げて購入するタイプのティッシュ自販機、子供のころに駅で見たような記憶があるぞ。懐かしい。
こうして店内をひとしきり堪能した僕は、鉄剣タローを後にした。
…
また訪問したかったなぁ。(できれば夜間のエロい照明が輝く時間帯に。)
そんでまたうどん、食べたかったなぁ。
ただね、唯一の希望が、前述の記事内の次の文章だ。
休業期間中、「いつ再開しますか」と利用者から問い合わせがあるたびに胸を痛ませていたが、御三家の自販機を世話になった同業者に譲り渡すことで、気持ちに踏ん切りをつけたという。
まだ自販機は生きている。昭和の魂は、まだ燃えている。
またどこかであの自販機に会えるかもしれない。
そうだったら、うれしいよね。
最後に、地元民でも常連でもないけど、言っていいかな?
「今までありがとうございました!!」
以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。
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