「瀞峡(どろきょう)」という、奈良・和歌山・三重にまたがる雄大な渓谷がある。
まさに秘境という表現がふさわしい、荒々しい岩壁の中を流れるエメラルドグリーンの清流。
僕はかつて日本1周目の際にこの景勝地を見て以来、ここのとりこだ。
今回は三県境(さんけんきょう)に絡め、奈良県側からこの瀞峡を訪れたときのエピソードをご紹介したい。
三県境とは
三県境というのは、 3つの都道府県が1点に集まっているスポットを指す。
つまり、以下のような感じだ。
「珍しいのか?」と言われれば、正直そんなには珍しくはない。
全国で48箇所ある。
点を打ったところが全て三県境である。
あなたも県境付きの日本地図を見れば、即座にチェックできるであろう。
※ちなみに四県境以上は存在しない。
しかし、「三県境」という言葉を聞いたことがある人の大半は、おそらく上記のうちの2地域に対してのみなのではないかと思う。
○ … 栃木・群馬・埼玉の三県境(柳生の三県境)
○ … 奈良・和歌山・三重の三県境
なぜこれらの2地域のみが有名なのか。
大多数の三県境が高山の山頂や大きな河川の中央という、人が立つには少々難易度が高い場所であるのに対し、緑丸は平地にあり、気軽に徒歩で踏める日本唯一の三県境であるからだ。
赤丸は、5つの三県境が入り乱れるという前代未聞の事態が勃発しており、「これはただごとじゃあないぜッ!」ってマニアたちが注目しているからだ。
前者の「柳生の三県境」については、またいずれ語りたい。
今回は、後者の赤丸が密集してわけがわからなくなってしまっている、奈良・和歌山・三重の三県境について、紐解いていこうと思う。
奈良・和歌山・三重の三県境
なぜ、「奈良・和歌山・三重の三県境」が5箇所も存在するのか。
上の図を見ながら考えてほしい。
事前知識の無い方に対しては、なかなかのトンチになってしまうと思う。
ウソのようだが、事実として5つあるのだ。
その答えが、以下だ。
和歌山県、子供を産み落としている。
これが有名な「飛び地」というヤツだ。
このおかげで、5つの三県境が1地域に密集して存在することが可能となっている。
飛び地について語ると話が長くなるし、飛び地は和歌山県に属するので、それについてはいずれ和歌山県の項目で語りたい。
ちょっとこの飛び地部分を、Googleマップ上でおさらいしてみようか?
わかりづらいかもしれないので、さらに着色してみよう。
これで、5つの三県境がわかりやすくなったと思う。
では、今回はこの5つのうち、「A・B・C」の3つを実際に現地からご紹介させていただこう。
「A・B」の三県境、攻略
僕は、早朝の国道168号を走る。
和歌山県新宮市の海沿いから「熊野川」沿いに山間部へと駆け上がっていると、どんどん秘境テイストがUPしてきた。
ここでちょっと車を停めて、川の写真でも撮ってみるか?
熊野川の上流は「北山川」。
その北山川が目指す三県境を有する「瀞峡」である。
僕はそのあとさらに北山川をさかのぼり、道路が崩壊して行き止まりになるところに残る廃村まで行こうかと考えている。
だからまだまだ序の口だぜ。
ここは「道の駅 瀞峡街道 熊野川」だ。
あぁ、ここいらからは「瀞峡」って名前を使っていいエリアなのだね。
道の駅から見えるのは、荒涼とした熊野川。
そんな風に見えてしまうのは、この薄らドンヨリとした天気のせいかな…って思った。
だけども、理由はそれだけではないことに気付いた。
対岸、すっげぇ崩壊しているし。
キケンキケン!瀞峡はキケン!
そういえば、2011年の9月に超巨大な台風12号が紀伊半島を襲った。
ここいらのその被害が甚大だったと聞いている。
あれもその影響かもしれないな…。
そうこうしているうちに、「A」の三県境に到着した。
いかがだろうか?
見事なS字を描いているのが、熊野川の上流に当たる北山川だ。
僕の立っている奈良県の端の端から、左右それぞれに三県境が見える。
2つの三県境を同時に見れるスポットなんて、国内でもここだけだろう。
そして、写真の腕がヘッポコであることを、あなたに深くお詫びしたい。
どんな高級食材を入手しても、料理の腕がなければ美味しい食事を提供できないのと同じ理論である。
これでは、片方の三県境を遠望しているだけだ。
恥を忍んで、ほぼ同じ位置からの景観を、Googleさんにお借りした画像で改めてご紹介しようか。
北山川のS字部分を正面に捉えた。
これに県表示をするのなら、以下のようになるだろうか?
実際に見えない境界を想像するってのは、難儀だなぁ。
そんな難儀な境界に興味を持ってしまう僕もまた、難儀な人間である。
では、次の三県境を目指そうか。
擦れ違い困難な断崖ギリギリを攻めながら、さらに北山川を遡上する。
「C」の三県境、攻略
アプローチ
国道169号の旧道を進む。
狭い狭い狭いー!
なかなかスリリングで楽しいぞ。
動画で撮影している方がいるので、ご紹介させていただく。
ワイルドな感じをご理解いただけると思う。
またすぐに奈良県に戻るけどな。
ここいら辺、もう自分が何県にいるのか理解できなくなる。
「C」の三県境は、国道沿いではない。
国道169号を離れ、これまた狭めの道で後述する「瀞ホテル」や北山川のある方面に突き進む。
この道はドン詰まり。
さらに細く、Googleのストリートビューの車ですら、2020年現在も立ち入っていないようですぜ。
秘境感モリモリだ。
1人旅でこんな喧騒を離れた場所をふらついていることに、いいようのない快感を覚える。
狭路を走ること15分。「C」の三県境前に到着した。
ここはギリッギリで奈良県に属している。
看板は陽気に「よう来たのら」とか「ようきたのし」とか言っている。
ちょっとさ、こんなノンキなキャラに愛想笑いなんてできる余裕がないくらい、ハードな道だったんですけど?
駐車場に愛車のパジェロ・イオを停めたあと、しばらく遊歩道沿いを歩く。
眼下に不気味なほどに緑色の北山川が見えてきた。
さらに進むと、おそらく川面方面に下りれるであろう階段が出てくる。
さぁ、この先が瀞峡のハイライトであろう。
瀞ホテル
わっ!
いきなりホテル出てきた!
すごい秘境のすごい立地に、めちゃめちゃレトロなホテル出現だ。
ビックリした。
名前は「瀞ホテル」。
ホテルの概念を超越する勢いでレトロだ。
断崖の上、渓流を見下ろすように佇むレトロな施設。
その建物からは、ボロッボロな吊り橋が対岸に向けて伸びていた。
…あれ?
まっったく同じシチュエーションを、僕は知っているぞ。
岐阜県にある幻の渓谷「深沢峡」の、廃茶屋「いさまつ」だな。懐かしいぞ。
ここがホテルの入口かな?
見上げた看板は、文字が右から左に書かれている。そんな時代の一品なのか。
そして、もはやホテルというより神社と呼んだほうが共感が得られそうなほどに、古風な建物だ。
帰宅後に知ったんだけど、このホテルはここ数年はオーナーさんが亡くなったために営業していなかった。
だけども僕の訪れる数日前に、息子さんがカフェとして再オープンさせたんだんだって。
あー、このとき知っていれば!
レトロ好きだしカフェ好きの僕、きっと数10分待てばきっとここのカフェに入れたのに!
残念!またいつか!
瀞ホテルのほんの数m下には『台風12号水位』と書かれた石が置いてあった。
前述の、2011年9月の台風12号のヤツだ。
こんなところまで水が来たのか。川の水面はまだ2・30m下なのに…。
ここいらは確か一番被害が出たエリアだったんだよね?
さぞや大変だったであろう…。
ホテルを見上げるような構図になった。
ここまでくると、先ほどちょっとだけ触れた「対岸に向かって伸びるボロッボロの吊り橋」がよく見えるようになる。
さぁ、よく見ようぞ!!
その朽ちっぷりを!!
スタートからゴールまで、まんべんなくデンジャラス。
吊り橋は「葛川」という北山川の支流をまたぎ…。
はい、一緒の吊り橋の行く先に目線を移そう。
わわっ、この辺は静岡県の「夢想吊り橋」にも匹敵するディストラクションレベルだ。
その向こうに、何か見えてきたぞ…。
瀞ホテル別館。
正直、笑いしか出てこないような立地だ。
もちろん、今は使用されていない。
吊り橋が渡れないもんね。
でも、かつては使用されていた。
その事実に、身の毛もよだつほどの興奮を覚える。
僕は懸け造りの建造物が好きである。
断崖に半分せり出したこの建物を、数本の華奢な足のみで支えている現実に震える。
台風12号の際、増水して建物ギリギリまで水位が上がったが、押し寄せる水流にこの華奢な足は耐えた。
しかし吊り橋は耐えきれず、ご覧の通り崩壊した。
ちなみに懸け造りって神社仏閣が多いけど、これは宿泊施設だ。
今しがた表記した通り、かつては使用されていたのだ。
それがどういうことか。
雨の日であっても、宿泊客は旅の荷物を、吊り橋を通って別館に運んだのだろう。
食事も本館から吊り橋経由で運んだ可能性が高いだろう。
すごい時代だ。
おそらく、この先吊り橋を架け替えることはないであろう。
目の前にあるのに、別館は永久に人が到達できない場所。
このまま朽ちていくのを、対岸から見ることになるのであろう。
これもまた、崩壊美。
ちなみに、瀞ホテル本館は奈良県である。
吊り橋の先の、瀞ホテル別館は和歌山県の飛び地部分。
複雑だ。
瀞峡の渓谷美
いよいよ、瀞峡のハイライトに当たるスポットが、僕の前に姿を現した。
息を飲むような、静けさの中に力強さを持つ渓谷であった。
瀞峡は、日本唯一の飛び地の自治体として有名な和歌山県北山村から、和歌山県新宮市にかかる北山川沿いの渓谷。
上流のほうから「奥瀞・上瀞・下瀞」とネーミングされている。
下瀞の中でも上瀞に近い部分が「瀞八丁」と呼ばれるハイライト。
まさに、ここから始まるエリアだ。
眼下に見えているのは、瀞八丁を巡る観光船と「田戸発着場」。
観光船はここで20分上陸し、休憩をするプランとなっているそうだ。
ちょうど今は休憩の停泊中なのかな。レアシーンだ。
観光船は、「ウォータージェット船」というタイプ。
川の水を取り込んで、後方から噴射することで進む仕様。
これまた非常にレアな船で、国内で一般人が乗れるスポットはここ以外に知らない。
岩壁の上を移動し、少し見る角度を変えてみた。
渓谷は綺麗だ。
だが、おそらく2011年の台風12号の被害と思われる痕跡がそこかしこに見える。
短時間の停泊スポットなので、施設が仮設テント程度なのは、台風以前からなのかもしれない。
しかし、背後の山の斜面には大量の流木が転がっている。
これらが台風被害のものと推測した。
反対側、瀞峡の上流側にギリギリまで移動してみよう。
足元に注意しながら岩壁を辿る。
深い深い緑の渓流が見えてきた。
高さ30mほどの絶壁の渓谷、瀞峡の瀞八丁。
対象物がないのでわかりづらいが、目も眩むような絶景だった。
僕はしばらくここで座り込み、大自然の創り出した景勝を堪能した。
ちなみに、この写真のど真ん中が、三県境「C」である。
奈良・和歌山・三重の3県が、僕の目の前で交わっている。
目に見える瀞峡の渓谷美。
目に見えないレアスポットの三県境。
そして、この地で歴史を紡ぐ瀞ホテル。
五感を全開にし、これらを感じ取ろう。
紀伊半島の奥の奥。
秘境、瀞峡。
日頃のオフィスワークのストレスが、溶けて流れてなくなっていくのを感じた。
以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。
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