吊り橋。
この言葉には、どこか不安定でドキドキしてしまう要素がある。
もちろん、ひとことに吊り橋といっても「明石海峡大橋」のように重厚で車もギャンギャン走っている、すごいヤツもある。
不安定とは対極の安心感である。
しかし、「桜」が春の季語であるように、吊り橋の持つ固有イメージは「不安定」なのかもしれない。
そんな僕らの持つ吊り橋のイメージとは、やはり車が走るか走らないかで大きく異なるのではないだろうか。
日本の架橋技術が携わる限り、車は走るからにはガチガチに安定感があろう。
しかし人のみが渡る吊り橋は、なんだか細くてユラユラしそうである。
今回は、そんな歩行者専用吊り橋の日本最大規模、446mを誇る「竜神大吊橋」を訪ねたときのエピソードである。
竜神峡、上から見るか・横から見るか
新型コロナウイルスに大きく活動を制約される、2021年の日本。
3月、その隙間を縫うように僕は春を探しに茨城県に来ていた。
まだ山は緑にも桜にも遠く、少し遅めの梅が残っている程度であった。
しかし、冬には無い陽気の中をハンドルを握るのは、この上ない幸せであった。
そんな折、竜神大吊橋を示す標識が目に入ったのだ。
今はランチできるお店を探して走っている最中なので、あまり時間は使いたくない。
あまりランチを先延ばしにすると、僕の胃袋が切ない音を奏でるであろう。
しかし、竜神大吊橋は立ち寄ってみたい。
以前にも訪問したことはあるが、ずいぶん年月が経ってしまっているし、何より今日のような快晴の日に吊り橋を眺められたら最高であろう。
数秒迷った末、僕は標識に合わせてハンドルを切った。
駐車場に愛車を停め、橋のたもとに行ってみた。
かたわらには黄色い「G」みたいなかたちのオブジェがある。
これ、龍か?それとも違うナニカか?
この写真ではわかりづらいが、頭には2本の三角の突起があり、馬のようにも見える。
しかし謎だ。何の説明書きもなかった。
吊橋のワイヤーを支える主塔があまりにも高いので、ちょっと離れないと全容を掴めない。
だから少し距離を置いてみた。
青空に、スカイブルーの主塔だ。
高さは35mもある。
ギザギザしたデザインは、きっと龍をイメージしているのだろう。
中二が喜びそうなデザインだ。それつまり、僕も喜ぶ。
橋を吊っているメチャメチャ頑丈なワイヤーを、橋のたもとでしっかり繋ぎとめているのが、このアンカーレイジだ。
巨大なコンクリートブロックである。
凄まじく重いこの塊が、橋の手綱を握っているのだ。
その表面には、なかなかに歌舞いた画風のイラストが描かれていて、かっこいいんだぜ。
かっこいいなーとつぶやきながら、何枚も写真を撮った。
この446mある巨大な橋が、「竜神峡」という眼下の渓谷の左右を繋いでいるのだ。
まさに天を飛ぶ龍のように。
僕は今、迷っている。
この橋を渡るべきかどうか。
料金320円。
そして、以前に渡ったことがあるので、橋の反対側まで行ってもその先に続く何かがあるわけではなく、またすぐに引き返して戻ってこなければならないことも知っている。
絶景を眺められることも知っている。
うーむ。
1人寂しい僕が、トボトボと吊り橋を渡るのは絵的に許されるのだろうか?
…とか言いつつな、足は一歩一歩料金所に向かっていたさ。
せっかくここまで来たのだ。空はこんなにも青いのだ。
龍の背に乗ってやろう。
ポケットから財布を取り出した。
僕は今日、天空を歩く
橋の上に足を踏み出した。ドキドキする。
橋が頑丈なのでほぼ揺れることは無いが、幅は2mほど。
風を感じられるし、空を感じられるのだ。
新型コロナ対策のため、橋の上にはコーンが置かれて、行きと帰りの人とがゴチャゴチャにならないようにされている。ありがたい。
さて、それでは意を決して下を覗いてみようか。
「竜神ダム」だ。
遥か100m下のV字渓谷、竜神峡に設置されたダムである。
ここから見るとオモチャのように小さい。
橋の上は、それだけの高度だということだ。恐ろしい話だ。
よく見ると、ダムの堤頂部分に三角屋根の建物が連なっている。
西洋の城のようでかわいい。
少し角度を変えてみた。
「竜神川」の水面がよりよく見えるようになった。
堤頂の三角屋根は、まるで湖上の城のようではないだろうか。
そして、上の写真ではV字谷がよりハッキリとわかるであろう。
深い深い谷間なのだ。
竜神川は、僕らの想像もつかないような長い年月をかけ、山を削ってこの谷を形成したのだろう。
川は、まだ冬色の山の合間をゆっくりと流れていた。
あと1ヶ月ちょっともすれば、山には緑が増え、そして秋には紅葉で錦絵図のようになるに違いない。
素晴らしい絶景だな。
中間点までやってきた。
中間というからには、地面までの高低差が一番あるのだろうか?
日本最大級の高度である、100mダイブができるのだ。
…やったことないし、やらないけどね。
ここから見下ろすだけでお腹いっぱい、胸いっぱいなのだ。
ところどころ、足元にはグレーチングがある。
ここから下が少しだけ垣間見えるのだが、網目が細かいのでそこまでの恐怖はない。
いつぞや岐阜県の「深沢峡」で廃橋を渡ったときのグレーチングのほうが、スッカスカだし安全の保障もなくって怖かったな。
まぁその上で僕は座り込んで読書しながらパンを食べていたのだが。
…ってことで、もし興味がある方は上記から「五月橋」をご覧いただきたい。
ワクワクするぞ。
お、吊橋や展望タワーでおなじみの、ガラスの床のご登場だ。
しかしコロナ対策で『密になりますので、立ち止まらないでください』の貼り紙がされている。
ガラスの大半が覆い隠されてしまい、下がほとんど見えない状態だ。
前後100mほどに誰もいないのを見計らい、僕はガラスの床のわずかな隙間にスマホを押し付け、足元を撮影してみた。
こんな感じだ。
さらに下部に柵があり、間違っても水面に落下することは無い。
しかし遥か下でキラキラしている水面を見ると、なんだか心臓がフワッと浮くような気持になるよね。
さてさて、そして写真中央あたりに白い幕のようなものが設置されていることにお気づきだろうか?
画像を右回転させ、さらに上の写真ではすっごい斜めから見ているために、画像をムギュっと縦圧縮してみた。
『ryujin Bungy』
飛ぶのも勇気入るが、下に見えているアミアミの上に立ってスタンバイするのも、なかなかに勇気が必要だな。
「もういいです、スリルは充分に味わいました」とか言いそう。
いよいよ446mのゴールが見えてきた。
こっち側のアンカーレイジは、「日光東照宮」の鳴き龍みたいな渋いデザインだ。
龍が「試練をくぐり抜けし者よ。よく来た。」とか言いそうな顔をしている。
こんにちは。少し腹減った。
吊橋の反対側の世界にて
竜神峡の谷間の反対側までやってきた。
橋の終着地点には、なんだか小さなドーム状の構造物があった。
これはなんだろう?
ここまで辿り着いた者が、竜神の洗礼を受けるための聖なるスペースだろうか?
中には「木精の鐘」と書かれた自動販売機がある。
龍のレリーフがカッコイイ。
<やり方>
- お金を入れる
- お好みの鐘ボタンを押す。
- メッセージカードを受け取る
愛の鐘ボタンは両サイドにありますので、手をつないで二人同時に押してください。
なるほどなるほど、この昭和エンターテイメント感、100点満点だな!
レリーフの左右にあるボタンが見えるだろうか。
これをカップルが手をつないだまま推すのだ。
なるほど、リア充、爆発してください。
これ、僕が1人でやったらネタになるのかもしれないが、ネタを作るために生きているわけではございませぬ。
何より1人では、この左右のボタンを同時に押せるのか怪しいものだ。
従い、ここは出費をせずに写真撮影だけにとどめたい。
『木精の鐘』
竜神大吊橋の対岸にあるカリヨン(組鐘)施設は、竜神峡の山々に鳴り響く鐘の音を、森の精(森の小人)が集まって聴く音楽界をイメージして名付けられました。
「愛の鐘」・「幸福の鐘」・「希望の鐘」と3種類の音色が楽しめて記念のカードも出てきます。
特に「愛の鐘」はカップルで手をつないで鳴らすと、よりいっそう愛が深まるかも?
エモいな、このギミック。大好きだぜ。
そしてついさっき「昭和エンターテイメント感」って書いたけど、この竜神大吊橋ができたのが1994年(平成6年)なので、これも平成時代のものなのだろうな。
昭和の名残のある、平成レトロだ。
そして、この見上げた屋根の裏側についているのが、きっとカリヨンだ。
音色を聞くことはできないが、 目には記録しておこう。
アンカーレイジの手前には階段があり、龍の目の前まで登ることができた。
そこから振り返ると、反対側からの吊り橋の全容を眺めることができる。
…デカすぎて近すぎて、全く全容をフレームに収められないけどな…。
まぁ良い。
充分に素敵な空中散歩ができた。
再び吊橋を引き返し、駐車場へと戻ろうか。
かつての日本最長の歩行吊橋
さて、前述の通り竜神大吊橋の全長は446mである。
そして中央支間は375mだ。
ちょっとわかりやすく表現すると、全長はアンカーレイジ同士の間の距離。
中央支間は支柱と支柱の間の距離。
"橋としての構造"であれば446mだが、人の歩ける部分は375mだ。
吊橋の長さとしては、一般的に中央支間が判断基準となる。
この橋は、1994年に歩行者専用の観光橋として造られた。
当時は歩行者専用の吊橋としては日本最長だったのだ。
僕も、日本最長時代にこの橋を歩いている。
しかし、その記録は2006年に抜かれた。
大分県の「九重"夢"大吊橋」だ。
中央支間は390mあり、地上からの高さは173mと、とんでもないスケールだ。
僕、ビックリしてこれが完成した3ヶ月後くらいには現地に行き、渡った。
感動した。
竜神大吊橋はこのタイミングで、「本州最長の歩行用吊橋」と肩書を変えた。
しかしこの記録も2015年に破られる。
静岡県の「三島スカイウォーク」だ。
中央支間は「九重"夢"大吊橋」よりわずかに長く400mである。
地上からの高さは大きく劣って70mであるが、それでも目のくらむ高さだし、長さは文句なく現在の日本一だ。
残念ながら2021年現在で僕は未訪問なので、 Wikipediaさんへのリンクに甘んじたい。
竜神大吊橋はこのタイミングで、「日本最大級の長さ」と肩書を変えた。
今では日本一ではないが、それでもかつては天下を取っていた橋。
今でもこの空に聳えるギザギザ主塔は、見る者の心を躍らせるのだ。
さぁ、あなたも行けばいい。
誰かと一緒にカリヨンを打ち鳴らせばいい。
僕はそれを、耳をすませて待っている。
以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。
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