まるで深海に潜む潜水艦のようなバーがあると聞いていた。
その潜水艦は、場所を知らない限り絶対に行きつくことはできず、むしろ場所を知っていても行きつくのは至難の業だと聞いていた。そんな到達レベル最高難度の店。
なんだかワクワクしてくるよね。大人には大人の秘密基地が必要なのだ。それが大阪の市街地にヒッソリと存在しているのだ。潜水艦のかたちで。一握りの、存在を知って辿り着く者を待っている。行きたい。
僕は1人、その潜水艦を求めて市街地をさまようことにした。
潜水艦バー「深化(しんか)」。
こいつぁ行かずともブログを見るだけでも一見の価値があるぞ。心して潜水せよ、諸君。
静かな夜の谷町六丁目を彷徨って
町は思ったよりも暗かった。居酒屋が軒を連ねているわけでもない。煌々と光を放つコンビニがあるわけでもない。
電灯があるもののやや薄暗い町を、数人の人が家路を急ぐようにヒタヒタと歩いているだけだ。とても静か。こんなところに目指すバーがあるのだろうか?そんなバーにニーズがあるのだろうか?僕は半信半疑であった。
…ん?待て。
手に持つスマホにGoogleマップを表示させていたにも関わらず、僕は目的地を通り過ぎてしまったようで足を止めて振り返った。その図が上の写真だ。
ここから見ると道路の反対側にお店があるはず…。写真左側にて光を灯している白い建物が一見すると目指すバーだと思われるかもしれない。でも違うのだ。
Googleマップを凝視する。この画角で、あの白い建物の右隣だ。
白い建物の正面近くまで来た。その建物の右側、ポッカリと暗い部分がある。よく見ると路地だ。果てしなく漆黒に近いが、物理的に路地を奥の方に進むことができそうだ。
まさかこの奥が目指すお店…!?
ドキドキしていると、小さいお子さん連れのお母さんが僕の方を不思議そうに見ながら通り過ぎて行った。
お気持ちはわかります、お母さん。でも怪しいものではございません。怪しいのはお店の立地なんです。
じゃあ行きますか。路地へ。いや、路地っていうかむしろ隙間へ。
周囲を見渡して誰も見ていないことを確認の上、ネコちゃんのように隙間に「ヒュッ」と入り込んだ。
だってさ、誰か見ていたらやっぱ泥棒とかと思われて怪しまれるか、神隠しだと思われちゃうじゃない。
るおぉぉぉ…!!
画面の向こうのあなた、見ている?ついてきている?
路地の奥の奥に、スゲーもんが見えているの、気づいている?
心臓バクバクさせながら突き当りまで歩いた。そして鉄の壁に対峙した。
深化。
扉の下半分にそのようにペイントしてあった。うむ、ここだ。間違いない。
しかし来るものを拒絶するかのような、ものすごくゴツい鉄の扉。
あなたは1人でこの扉を開ける勇気、ありますか?僕はオルウェイズ・ノーフレンドで1人なので、がんばって扉を開けるよ。よーし…!
計器あふれる潜水艦の腹の中で
店と思われる空間に入った。
ほぼ真っ暗であり、その中に薄っすらとゴツい機器や計器類が見えている。右も左も正面も機械と配管だらけの空間。
BGMもない、人の気配もない空間で、機会が「カションカションカション…」・「プシュー…」などのわずかな音を奏でている。
右上を見ると、古い映写機みたいな機械がゆっくりと回っていた。それが上の写真。
恐る恐る足を踏み出して「こんばんわー」と言う。
進むと左手にバーカウンターがあり、右手はなんか空間があるけど暗すぎて全然見えない。
後から知るんだけど、右手は小上がりの座席だそうだ。ちなみに僕の訪問時にはお客さんは誰もいなかったよ。
スキンヘッドにもやや近い、少しコワモテのお兄さんが出てきた。マスターだ。「どちらの席でもどうぞ」と言ってくれたので、一番手前の席に座った。
「上着とかカバンとか、後ろに掛けていただいていいですよ」とのことで、後ろを振り返った。
…どこに??
この写真はかなり明度を上げて撮影している。実際はほぼ真っ暗な壁。なんとなくゴツゴツした配管などがあるな…くらいのレベルなのだ。フックだとかハンガーとか、ないっぽいのだけども??
僕が思ったままに「どこに掛ければいいですか…?」と聞くと、マスターは「ハンドルとかでっぱりとか、うまくそこいらに…」って言った。
なるほどなるほど、Webでは表情やや少なめでちょっと怖いと言われているマスターだが、面白い人だぞ、コレ。僕はそこいらのハンドルに手探りで上着を掛けた。
では、ドリンクが出てくるまでの間に店内をいろいろ見させていただこう。
これらの写真はマスターに許可をいただいて撮影させてもらっている。僕はワクワクしながら誰もいない店内をところ狭しと徘徊したさ。
上の写真、なんかのレーダー。"なんか"でいいのだ。それっぽい雰囲気がたまらない。名前も目的もあやふやなくらいでいい。
斜め後ろを見上げる。隣の機械室みたいなところから明かりが差し込むシャッター…、みたいな雰囲気の部分。これだけでいろんなドラマが生まれてきそうじゃないか。
プロペラは暗闇の中、一定間隔で「カチッ、カチッ…」と回っている。ただそれだけなのにずっと見てしまう。
肉眼では暗闇でボンヤリとしか見えない機器類だが、性能のいいカメラで明るめに撮ってもこのクオリティよ。ディティールすごすぎだろう。どんだけこだわっているのだろう。
これはカウンターの上部分だな。確か右奥が冷蔵庫。丸窓からはときどき艦内まで光が差し込んだりする。
もちろん造り物だ。実際はこの店に窓などないのだろう。なのにこの臨場感。100%ここは潜水艦に違いない。
よーく目を凝らすと、闇の中にストーブがあったりする。今日は寒かったのだ。
だけども普通にしていたらストーブだと気づかないし、ストーブのデザイン自体もメカニカルでこの空間に溶け込んでいるよね。
それでは、この潜水艦内でお酒を楽しもうじゃないか。
ジントニックのグラスを傾けて
このお店にメニューはない。フードも基本ないらしい。一部乾きものが少々ある程度だと聞いているが、僕はドリンクのみで攻めるこことした。
まずは名物と聞いているジントニックだ。たぶん開店直後だったのだろう、マスターは若干「あわわ…」って感じで、「すみません、ちょっと時間かかります…」って言ってた。
全く問題ない。待ちながらゆっくりと店内を見られるから。前章の写真は、その時間にいろいろ回らせてもらったときのものだ。
これが僕の席からの光景だ。人がいないのでわかりづらいが、グラスが乗っているのがバーカウンターであり、その向こうでマスターがカクテルを作ってくれるスタイル。
ときどきボンヤリ光る丸窓を眺めているだけで楽しい。
反対側には小上がり席があるようだ。しかし肉眼ではコの字型になっている座面すらほぼ見えなかった。この小上がり、テーブルはあるの?
知る人に聞くと毎晩お客さんでいっぱいになるそうで、お客さんが誰もいなかった僕は結構ラッキーらしい。確かに自由に写真を撮れたしマスターといっぱいおしゃべりできてよかったな。
15分くらいゆっくりと待ったかな?まずは冷えたアルミプレートが置かれ、そしてジントニックのグラスが丁寧に置かれた。
あ、これおいしいです。マジに今まで飲んだジントニックの中でも最上位だ。
極限まで薄いグラスは口当たりがいいし、丁寧にアイスピックで削られた氷もおいしい。キリッとしているのにどこかマイルドで、そしてフワッと香るジン。なんて幸せなひと口なのだろう。
聞くと、このお店はショートカクテルは扱っていない。ジンが中心、あとはラムなどあり、「できるものは作りますよ」とのことだった。そして外国産のビールを何種類もストックしてあるらしい。
僕はマスターに「大阪でゆっくり夜を過ごせる日にここに来たいとずっと思っていた!」みたいに語った。
マスターは近くのオススメのたこ焼き屋さんだとかラーメン屋さんをいろいろ紹介してくれ、僕はそれをちゃんとメモっておいた。今回は行けないかもしれないが、いつか行けるように書き溜めておこう。
そして気になっていたので「この建物はもともとなんだったの?」って聞いてみた。するともともとは大正時代に建てられた民家だったそうだ。
うわぁ、すごい古いんだね。この路地の奥にあるから、たぶん民家だと思った。そして周囲を取り囲むこの環境から昭和時代以前だとは思ったが、まさか大正だったとは…。
そして直近はうるし屋さんだったそうだよ。それもすごいな…。
そんなお店をご自身の趣味で、某劇団の美術担当さんなどにオーダーしてここまでカスタムしたそうなのだ。
突き抜けている。マジここまでこだわり抜いた世界観って、あんまりないよな。
こういうテイストで死ぬほどこだわり抜いたスポットに、神奈川県の「電脳九龍城」ってのがあってね。
あの香港のスラム街をめっちゃリアルに再現して、わざわざ現地のゴミを持って来て盛り込んでいるほどにディティールにこだわっていたんだけど、もう閉鎖しちゃっているのだ。マジこれ残念。
2杯目はボリュードッグのビールをいただいた。スコットランドのビールだね。
パンチが効いていてフルーティ。味わい深いのでおつまみがなくっても満足できちゃう系のビールだ。このお店によく合うと感じた。
さて、ここで店内の動画を1枚撮ってみたので見てほしい。
BGMの無い静かな店内、だけども耳を澄ませば機械音が聞こえてくるという、不思議な空間を感じ取ってほしい。あと、カウンターを照らす不規則な光にも注目だ。
あらかた飲み終えたころ、お客さんが入ってきた。女性2人組で初めての来店だと言っていた。それでは2人がこのお店を心行くまで堪能できるよう、僕はそろそろ撤退かな。
しかし最後にやりたいことがある。このお店でのイベントのクライマックスだ。
最後にトイレは見ておけよ、と
最後に僕がやりたいこととは、いったい何なのか。
それはトイレである。
いや、別に下品な意味で行っているワケではないよ。このお店のトイレのデザインがすごすぎる、絶対に行っておけと聞いているのだ。
第一機関室。これがトイレ。
ここのドアは押しても引いても開かないとウワサに聞いている。じゃあどうすればいいのか自分自身でチャレンジしてみようとしたら、マスターが「ちょっと特殊なので自分が開けますね」と率先して開けてくれた。
実はここのドア、下から上に持ち上げるようにして開けるのだ。どういう構造なのか、どうやって開けるのか、もうちょっとよく見たかったんだけどもマスターが暗がりでササッと開けてしまった。
たぶんお客さん少なくって手が空いたからやってくれたのだな。ありがとう。
そんでトイレ。
うわぁお。こんな酔いの覚めるタイプのトイレは初めてだ。肉眼では青く照らされている部分以外はほぼ見えないぞ。真っ暗な中に青白く浮かび上がる和式の便器。斬新&クール。クールジャパン。
トイレは狭いので引きで撮影できないのだが、すぐ横に潜水服の人がいる。上の写真、潜水服の頭の部分だけ写っている。
あなた、50cmくらいのすぐ横にいる潜水服の人に見守られながら用を足したこと、ありますか?僕はある。それが今夜だ。何だこの気持ち。
手洗いボウルは昔のお釜を使っているね。これはわかっちゃった。でも肉眼ではほとんど見えないので、配管の一部のように思ってしまうけどね。
お釜の左上にはトイレのロックが写っている。よーく見れば、少しだけ現実が見え隠れしているのだ。
トイレのドアだ。んっと…、アレ?そっか、下から上にあげるんだっけ??
開け方をわからないと、一生潜水艦に閉じ込められるぞ。潜水服の人と一緒にな。
…ってことで、すごく現実離れした体験ができた。マスターもいい人だった。
お礼を言って店を出る。
分厚い扉の向こうは別世界だった。潜水艦の中の世界だった。それを垣間見れて本当に良かった。
路地を抜けて住宅地に戻ると、本当にそれが夢の中の出来事のように感じた。
でも、確かに実在した世界。
潜水艦バー深化。
今も大阪の深い深い闇の中を、その潜水艦は航行しているのだろう。
あなたも興味があったら一緒に夜の海を漂ってみてほしい。きっと人生の記憶に残るステキな1ページになるだろうから。
以上、日本7周目を走る旅人YAMAでした。
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