「東洋の魔窟」と言われた、香港の「九龍(クーロン)城」。
126m×213mの極小の敷地にグシャグシャのビルを500個も建て、 5万人もの人が密集して暮らすアジア最大のスラム街。
その人口密度は世界最大で、約190万人/k㎡。
1畳に3人が暮らす計算だという。
さらに警察も介入できない無法地帯。
ドラッグ・ギャンブル・売春、なんでもござれ。
他人事なので、ぶっちゃけワクワクが止まらない。
そんな九龍城だが、1994年に取り壊されて今は更地だ。
もう四半世紀以上も前の話だ。
僕が九龍城の存在を知ったころには、もう九龍城は存在しなかった。
残念な話だ。
機会があれば見に行きたかった。
しかし…!!
神奈川県にあった。
伝説の九龍城を模した施設が。
さぁ、47番目のエピソード、つまり「全都道府県から1つずつのスポット紹介」のラストを飾るのは、神奈川県の九龍城だ!
電脳九龍城、潜入!
ここで大変申し訳ないが、重大かつ残念な前提事項をお伝えする。
『神奈川県にあった。伝説の九龍城を模した施設が。』と書いたが、これは過去形と捉えていただきたい。
つまり、2020年現在は既に神奈川県からも消滅してしまっているのだ。
2019年11月17日、つまり1年近く前に閉鎖してしまったのだ。
今回の記事では、僕が閉鎖前に訪問したレポートを振り返るかたちでご紹介する。
年末の近付く川崎駅前にやってきた。
九龍城はこの近くだ。
とりあえず目についた地下駐車場に愛車のHUUMER_H3を駐車しておいた。
これから向かう九龍城にも駐車場はあるそうだが、どんな駐車場かはわからない。
狭い駐車場だと僕の愛車は停められないので、都市部では目についた無難なところに駐車するのがセオリーだ。
少しだけ歩く。
見えてきた、九龍城が。
うわ、きったない。
錆びついてドロドロだし、ヘンテコな漢字が書かれているし。
超娯楽魔窟煩悩覚醒
贅沢三昧
一日五食
電脳九龍城三升五合
うん、煩悩が覚醒してきた。
廃墟ビル?いや、ここが九龍なのだから現役だ。
施設名は「ウェアハウス川崎」。実はゲームセンターである。
「あなたのウェアハウス」って書かれている。
いや、「あなたの」って何さ。そんな汚い体でなれなれしく近づいて来ないでくれない?こっちの服が汚れそうだ…。
…って思うかもしれないが、安心してほしい。
これはわざと汚れているような塗装をしているだけだ。
このビルは、九龍城になりきっているだけなのだ。
ビルの入口である。
この内部が九龍城を模した廃墟系ゲームセンター、「電脳九龍城」である。
18禁。
17歳以下は入っちゃダメなんだぜ。
無法地帯のスラムは危険だから??
いや、本当の意図は「オトナが落ち着いてゲームを楽しめる空間造りのため」らしい。
要塞のようで全く中を窺い知れない重厚な鉄の扉。
だけども自動ドアなので簡単に開いた。
狭い廊下があって、その先にまた鉄の扉。
不安を煽る、お化け屋敷のような効果音が流れている。
この扉も自動ドア。
前に立つと「プシューッ!!」って蒸気機関みたいないい音が鳴って、扉が開いた。
僕が通過すると、扉が閉まった。
まぁ自動ドアだから当たり前なのだが。
念のため後ろを振り返ってドアの前に立ってみたが、もう開かない。
つまり、この扉は外から中への一方通行なのだ。
ちょっと待って、ちょっと待って!!
帰れるよね、これ!?
このまま九龍の住民になって、スラムで一生を送ることにはならないよね?
焦ってウロウロしていたら、ちゃんと別の扉を発見。
こちらは中から外に行ける。
出口から建物内部側を振り返って撮影してみた図。
なんか魔法陣みたいなところから出てきた。
まだ中に入って何もしていないのだけども、「無事に魔窟から生還できてよかった」みたいな感情が早くも芽生える。
ちなみに足元にはドライアイスみたいなのが焚かれているが、さらにその下は池だよ。
飛び石から足を踏み外すと、ビショ濡れになるよ。
上の写真は、内部側から外側を撮影したもの。
奥の方に駐輪場が見えている。
手すりっぽいけど、水道管。
ちゃんとバルブがある。
しっかし、こんなクレイジーな動線の水道管は初めてお目にかかったぜ。
蘇るスラム街
では、改めて内部に入ろう。
この電脳九龍城は、写真撮影禁止である。
閉鎖直前には解禁されたようだが、少なくとも僕が訪問したときは撮影禁止であった。
従い、事前に取材意図やWeb掲載許可を取った上での突撃&撮影としている。
…暗い。
そして通路が狭い。
さらに、ガヤガヤ・ボソボソと中国語での会話が聞こえてくる。
お化け屋敷のようだ。
狭い路地には、いくつもの家屋が軒を連ねている。
試しにその1軒の窓から内部を覗いてみた。
半裸の売春婦が寝ていた。
おっととーー!!いきなりR18来たー!
失礼。ジャマして失礼!
路地の突き当りは、エレベーターとエスカレーターだ。
どちらもボロッボロ。
あ、ゲームセンターなのに1Fにはゲーム機1つもないんだな。
世界観を作り出すことに徹底している。すんごい。
では、エスカレーターにて2Fに行こう。
エスカレーターは、ステップもサイドのガラス板も、茶色く薄汚れていた。
汚さを極めている。
もちろん、これらも本当に汚いわけではない。
そういうダメージ加工をしているだけなのだ。
エスカレーターに沿い、壁面に貼られている数々の中国語の怪しいポスターを見ながら、2Fへといざなわれる。
うお。
スラム街だ。
まごうことなき、ガチなスラム街が頭上に広がっている。
この時点で、ビル内にいるという感覚はほぼ失われた。
僕は今、夜の九龍にいる。
肉屋もある。
「今夜はクリスマスですかな?」ってくらいに、ダイナミックなチキンを陳列している。
30元・48元・60元…。
正直、高いのか安いのかよくわからない。
でも、そういう価値観の異なるフィールドで非日常を楽しむのも、海外旅行の醍醐味だと思う。
食べ歩きするなら、15元のこのサイズかな…。
ま、実際には打っていないし作りものなので食べられないけど。
しかしこのリアリティよ。
実に食欲をそそられる造形だ。
次は、バランスを取るために食欲を削ぐスポットをご紹介しよう。
トイレ。
キング・オブ・不浄スポットである。
もう入口前に立つだけで、「この先はヤベーぞ…」と足がすくむ。
注意!!!可疑人物
可疑人物ってのは、中国語で「不審者」だね。
はい、こちらの不安を煽ってきているね。
梅毒と淋病に特化した、診療所のポスターだな。
しっかしこの2つの病気ってさ…(以下、自主規制)。
中国語での『滑るので注意』の注意プレートと、『小便するな』の落書き。
トイレの前で立小便するかな?
あと一歩のところで限界来たのかな?
それとも観光バスがジャンジャン来て、すんごい行列だったのかな?
まぁどうでもいいや。
中に入ろう。
おおぉぉぉぉーー!!!
どうだ、この写真からでもかぐわしい臭いが漂ってきそうな迫力は!!
この汚さはヤバいだろ!!
…と思いきや、これも汚れデザイン。
実際は綺麗だ。便器をよく見ればわかると思う。
しかし、気持ち的にはなかなか理解しづらいデザインだな。
それだけリアルだということ。
洗面台も汚ーーい!!
鏡もボロッボロ。
何を洗っても綺麗にならなさそうな、このジレンマよ。
ちょっと変なアングルの写真しか残っていなくって恐縮だが、コインロッカーもボロボロの塗装を施されている。
徹底しているな、ホントに。
楽しくってしょうがないぞ。
レトロゲームセンター
そういやここ、ゲームセンターだったな。
ここまで読んでくれたあなたにとって、どこがどうゲームセンターなのか理解不能であろう。
従い、ゲームセンター部分を少しご紹介したい。
ゲーム機。
九龍の路地にポツンポツンと設置されている。
全然コロナの時代ではないのに、ソーシャルディスタンスがバッチリな配置だ。
◆手前のテーブル型のゲーム機は、昭和時代に喫茶店に置かれていたりしたものだな。
幼少期と、全国のレトロスポット探訪にて見たことがある。
内蔵されているゲームは「平安京エイリアン」だ。
1980年に稼働開始した、超有名ゲーム。
僕はプレイしたことないしどんなゲームかも知らないが、名前だけはよく知っている。
1986年のゲーム。名前だけ聞いたことがあったが、今回初めて見た。
◆左奥の大きな筐体は、TAITOの「ダライアス」だな。
これも1986年。
これはプレイしたことないが、よく知っている。
続編出ているうちの1つをやったことある。敵機のデザイン秀逸。クジラ好き。
横3画面分を繋ぎ合わせた、伝説の筐体だ。
現存しているゲームセンターは非常に少ないと聞いている。
退廃的な世界の中に、煌々とデジタルディスプレイの光。
ミスマッチなようだが、意外と溶け込んでいるようにも感じてきた。
ディストピアな雰囲気が溜まるところを知らない。
こういうところにシレッとゲーム機を配置するセンスな。
天才か。
アパートの住民も「さて、洗濯も終わったし、じゃあ1階でちょっとワンゲームしてくるわね」という気軽さだ。
申し訳程度の、ゆがんだひさしの下にある筐体。
100点。
非の打ち所がない。芸術性がダダ漏れして大洪水を起こしている。
なぜ、スラム街とゲームセンターを融合したのか。
どことなくアンダーグラウンドなイメージが合致したのだろうか…?
九龍というエッジの効いた題材を選んだ、その感性に僕のできる得る限りの賛辞を贈りたい。
九龍を味わえるこの幸せに、心からの感謝をする。
UFOキャッチャーと自動販売機だ。
古代兵器のブリキのロボットのようになっちまっているけど。
こいつ、サビッス台
…もしかして、サービスとサビ(錆)をかけているのか…!?
『できる得る限りの賛辞を贈りたい』って書いたばかりだけど、少し萎えた。
自販機で売っているものは普通。
だけどもパネルが汚くって、中身がやや霞んで見える。
全体的にセピア色に見える。
先ほどのチャイニーズ・ケンタッキーの横の路地から、バイクの尻が見えている。
これもライド系筐体だ。
いたるところにゲーム機が潜んでいる。
それが電脳九龍城。
伝説のゲームセンター。
九龍の生活
実際の九龍は、前述の通り狭い敷地に500ものビルが建っていた。
完全に違法建築。
ただただ無造作に階を積み上げていくようなイメージなので、ガッタガタ。
子供の積み木のように、今にも崩れそうな感じであった。
唯一のルールは、最上階の高さを守ること。
すぐ隣が空港なので、高すぎるビルは飛行機との接触の危険性がある。
飛行機は、本当にビルのギリッギリ頭上を掠めるように飛行していたそうだ。
ビルが倒れないように、隣と密着させるように建造していた九龍。
当然、内部には全く日がささない。
路地は迷路のようだし、いつもジメジメして真っ暗だったという。
そんな中でも緑を育てたいと思うのは、もはや人間の本能なのだろうか?
緑を見て、少しでもすさんだ心を癒そうと思っていたのだろうか?
そんな環境下で、洗濯物はちゃんと乾いたのだろうか?
「おひさまのにおいがするー!」みたいな、フッカフカのお布団にダイブすることはできたのだろうか?
水道管は整備されておらず、地下から汲み上げるスポットが何箇所かあったようだ。
あとは、汲み上げスポットからパイプで引っ張ってきたり。
しかし下水は無いのでそこいらに排水。
なかなかの不衛生。
電線とかも適当に引っ張ってきて接続。
従い、パイプやケーブルが縦横無尽に張り巡らされた、カオスな世界となる。
商売をするのに、資格は必要ではない。
だって無法地帯だから。
九龍には歯医者が非常に多かったという。
上に掲示されている「牙科」というのは、歯医者を指している。
スラムで無免許の歯医者に治療を受ける…。
なかなかにスリリングな思い出造りをできそうだな。
そして、上の写真内には「鮮菓」の看板も…。
こういうところで「鮮」の文字は、正直使ってほしくないよね。
衛生状態が悪いから、病院や虫歯の人も多かったのだろうと推測。
だから医者が求められる。
崩れ落ちそうな危ない世界の中で、需要と供給が握手をしている。
なんだかよくわからないけど、飲食もできるみたいだな。
九龍ではありとあらゆる商売があり、その中だけで生活は完結できるだけの環境はあったらしい。
エネルギッシュなのだ。何をやってもいいから、いろいろチャレンジしていたのだ。
そんな人たちが、ここでたくましく暮らしている。
さらに階を登り、2Fと3Fの間の空間から九龍を堪能しよう。
薄暗いビルの一室。
生活空間が完全に再現されていた。
「IKEA」のモデルルームに、こんなのが1つあってもいいかなって一瞬思った。
絶対やってくれないだろうけど、とんがったコンセプトがあってもいいじゃない。
多様化の時代なんだから。
そこかしこに、生活の匂いがする。
たかがゲームセンターに、ここまでの力を注ぎこむ決意は、並ではないだろう。
ゴミや一部の備品・ポスターなどは現地から取り寄せもしたそうだ。
こだわりのメーターが完全に振り切れている。
川崎スラムの終焉
そんな九龍を身近に感じられる存在であった、電脳九龍城。
冒頭に記載した通り、2019年11月で閉鎖してしまう。
一部マニアに人気だったのに、いきなりの閉店発言。
閉店予定のニュースを見た僕も、動揺を隠せなかった。
店側は、閉店理由は「諸般の事情により」としか公開していない。
取材に対し「建物の賃貸契約期間が満了したため」と返答したとの情報もある。
マニアたちは裏事情を知るためにいろいろ動いたり推測したりしていたようだが、僕はそこまでの興味はない。
ただただ、貴重な財産が失われてしまうことを残念に感じた。
こんな施設、2度と現れないだろう。
昭和レトロを再現した施設などはそこそこ見かけるが、アンダーグラウンドに真正面から突っ込んでいった、稀有な施設。
そして妥協を許さない、その作り込みの精度。
「らしさ」を表現するために、並々ならぬ調査や検討を重ね、それなりの費用を投じたのであろう。
あの日、出会えたことを感謝する。
さらば、電脳世界のスラムよ。
以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。
住所・スポット情報
- 名称: 電脳九龍城(2019年11月閉店)
- 住所: 神奈川県川崎市川崎区日進町3-7
- 料金: 入場は無料
- 駐車場: あり(有料)
- 時間: 月〜金9:00〜23:45、土日祝7:00〜23:45