「白金にあるっていう、青い池を一緒に探しましょうよ!明日の朝に!」
とある旅人宿での宴会の中で、僕はこのように提案した。
その池は、観光地でも景勝地でもない。
名前すらない。
知る人もほとんどない。
しかし、あるのだ。
…たぶん。
美瑛の白金地区の森の中にヒッソリと、その池は眠っているという。
Webサイトを見てもほぼ情報は無い。
しかし、わずかな情報を繋ぎ合わせれば、おぼろげながら輪郭が見えてきそうな気がする。
…となれば、あとは実行あるのみだ。
5名のライダーさんが名乗りを上げてくれた。
よし!
決行は明日の朝5:30。
幻の青い池を探しに行こう!!
…これは、美瑛の人気景勝地「白金の青い池」が一般に公開される前の、「エピソード:0(ゼロ)」の物語である。
道楽者は夢を見る
9人の旅人と共に、宴会をした。
ここはドミトリー形式の旅人宿で、同室のライダー「岡崎さん」とはここまでのルートの話をした。
岡崎さんには、僕の1日の走行距離に驚かれた。
うん、僕って北海道に来るとすごく頑張っちゃうタイプですからね。
でも、観光もかなりしているのよ。走るだけじゃないのよ。
みんなで旅の話をしながら酒を飲む夜。
マジ楽しい。
ひと仕事を終えたあとの、海賊の宴のような感じだ。
酔っ払って、戦の自慢をしたり歌を歌ったりと、陽気な海賊だ。
まぁ実際そこまでハデな飲み会ではないけど、僕らはまるで現代の海賊だ。
僕はこうして毎日、旅人宿を渡り歩いている。
毎日最高なのだ。
赤ちゃん連れの旅人がいた。
赤ちゃん、飲み会に最中に初めて歩き出した。
みんな大喜びだ。
赤ちゃんにとってもここは、新たな一歩を踏み出すにふさわしい地だったらしい。
この宿の置いてある資料や、持ち寄ったツーリングマップルや「0円マップ」を広げて、オススメ情報を交換し合う。
僕は隣に座っている名古屋のライダー「吉村さん」に、「この近くに知る人ぞ知る、名も無い青い池があるそうだ」という話をしてみる。
吉村さん、すごい食いついてきた。
じゃあ、明日の朝にこの宿をチェックアウトしたら一緒に探してみようか。
僕も以前からこの池の存在は知ってはいたけど、正確な場所がわからないのだ。
Webにも断片的な情報しかないから。
誰かと一緒であれば、ちょっと心強いぞ。
改めてメンバーを見渡す。
もうちょっと仲間がいたほうが楽しいだろうか?
「白金にあるっていう、青い池を一緒に探しませんか?」
僕は呼びかけた。
ちょうど、ライダーさんカップルが、青い池を探す話をしていたそうだ。仲間に加わってくれた。
このカップル、Webから印刷した青い池の所在に関する断片情報も持っていた。
これはすごく心強い。
僕もそのWebサイトは知っているが、印刷はしてこなかった。
紙の地図はきっと役に立つ。
明日の朝食前に十勝岳のすぐ近くの「吹上温泉」までバイクを飛ばして温泉に入ってこようとたくらんでいるライダーさんがいた。
彼、「波多野さん」も誘った。
…であれば、宿をチェックアウトした後ではなく、波多野さんに合わせて早起きして朝食前に青い池を探してはどうだろうか?
たぶんここから約25㎞だ。
捜索含めて、40分あれば到達できるだろう。
5:30起きで向かおうか。
…こうして、着々とメンバーが集まってきた。
オーナーの「sottoooさん」は、そんな僕らを温かい目で見守ってくれていた。
僕はわかる。
sottooさんはおそらく青い池の場所を知っているし、行ったこともあるだろう。
sottoooさんは北海道中を駆け巡る、凄腕のライダーなのだ。
でも、僕らには余計なことは言ってこない。
僕らの冒険を、僕らの成長を、何も言わず見守ってくれている。
…あるいは、ただ単に酔っている。
sottoooさん、料理中から今に至るまで、アホみたいなペースで飲んでいるから。
宴会がお開きとなり、自室に戻る。
宴会中は距離が遠くてあまり話せなかった岡崎さんに、「一緒に行きましょうよー」と誘ってみる。
「うーん、そうだね…。起きれたら行きたいかな…。」
岡崎さんはそう言って布団を被った。
うん、言ったね。
ってことは起こせばいいのだね。
こうして、6名の調査隊がそろった。
吉村さん・ライダーカップル・波多野さん・岡崎さん。
そして一番若いであろう僕が、僭越ながら幹事を務めさせていただこう。
車1台とバイク5台。
みんなで明日の朝、冒険に出る。
今日はいい夢を見れそうだ。
フロンティア・スピリッツ
翌朝5:30。
岡崎さんを叩き起こし、出発準備。
真夏なので、この時間でもすっかり明るい。
今日も快晴、最高だ。
しかし 気温は10℃台だ。さすが北海道。
バイクのエンジンが次々にかかる。
静かな上富良野の空気が震える。
いやー、みなさんかっこいいね。
僕も、愛車のbB点火。
ちょっといかついマフラーから威勢のいい鳴き声が聞こえる。
…行こう、皆さん。
キリッと清々しい空気が窓から流れ込む。一気に目が覚める。
僕はライダーさんたちに続き、美瑛から「十勝岳」方面に最後尾を走る。
風を切って疾走するライダーさんたちが、カッコ良すぎる。
そして道道966号の白金地区の樹林帯、「白樺街道」に入っていく。
僕も過去ここを1人で走り回ったりしたんだけどね。
こんなところに幻の池があるだなんて、そのときは知らなかったな…。
「白金インフォメーションセンター」が見えてきた。
ここが1つの目印だ。
全員いったん、ここの敷地に入った。
ライダーカップルが、例の地図を取り出して内容を確認する。
もう少し先だ。
入口を間違えると、森の中のクレー射撃場に入ってしまう。
場合によっては射殺されかねない。
「自己責任で」ってWebサイトに書かれていたので、僕はドキドキしていた。
しかしこの日は射撃は行われていないことを、僕は確認済みだ。
道を間違っても死にはしないが、念のため確認するのだ。
…ここか?
ライダーさんたちが立ち止まり、地図を確認したりする。
うん、そこだ。
僕は後ろからみんなに合図を送る。
目印はこれだ。
右側にある「山火事注意」の看板。
ここを左に曲がると、狭い未舗装路が現れる。
この後も分岐はあるが、まずはここに入らねばならない。
この先は本来、入林手続きが必要。かつ、土日は入林できない。
しかし僕は事前に調べていた。
ほんの2ヶ月前に、入林手続きは不要となったのだ。
全てがラッキーな方向に動いている。
未舗装路を進む。
四輪自動車は擦れ違い不可能なほどの狭さだ。
左右のミラーが茂みにこすれる。
吉村さんのバイクが滑り、あわや転倒しそうになったりした。
なかなかデンジャーな道だ。
この後、分岐が出てきたので左に行く。
僕らは緑の茂みを、奥へ奥へと進んでいった。
そんな折、右手の木立の向こう側に真っ青な水をたたえる池がチラリと見えた。
予想以上の青さだ!!
全身に鳥肌が立った。
途中停車するようなスペースも無いのでそのまま走ると、突き当りに大きな空き地が出てきた。
「美瑛川」の河川敷だ。
幻の青い池は実在した!!
空き地で僕らは、「見えたよね!」・「あぁ、確かに見えた!」・「メッチャ青かった!」と口々にコメントした。
しかしちょっと待ってほしい。
この空き地から見えている美瑛川が、既に青いのだ。
これはすごいぜ!
とても自然の情景とは思えない。バスクリンか。
誰もいない静かな森の中を流れている不思議な色の川。
なんだかここだけ別世界のようだ。
僕ら6人、今すごいものを見ちゃってるよ。こんな色は初めてだ。
この川の水が流れ込んでいる部分が、僕らの目指すメインスポット。
期待が高まり過ぎて心臓バクバクですわ。
さぁ、少しだけ歩いて戻ろう。
その先に青い池がある。
先ほど青い池がチラリと見えたあたりから、茂みを掻き分けて水辺に出る。
視界が開けた。
僕らの目指した伝説の池だ。
Webサイトでは「白金の青い池」とか「青い池」の通称だが、名前はまだない。
川から水が流れ込んでいるので、正確には池ですらない。
地元民すら知る人の少ない、アプローチ条件の困難なスポット。
そこに僕らは今、立っている。
全員しばらく息を飲んだ後、「お…、おぉ…!!うおぉぉ!!!」ってなった。
現実離れした光景と、ここを突き止めた感動で、一瞬思考がストップしたのだ。
そしてみんな次々と写真撮影する。
夢中だ。
吉村さんもゴツいカメラを取り出した。
カラマツの枯れ木が、無数に池の中から生えている。
この部分はこの池のアイデンティティなのだろう。
水が流れ込んだことで、カラマツが立ち枯れてこのような景観となっている。
池の周囲の茂みが深く、あまり歩き周れる範囲は広くはない。
そんな場所だが、僕らは思い思いに歩き回り、写真を撮った。
そして最後に僕のカメラを使い、全員で集合写真を撮った。
短い時間だが、最高だ。
よく見ると、池を取り囲む人工的な擁壁が見える。
このまま池は緑に飲まれていくのだろう。
森の中に人知れず眠る、青い池。
今後、この池はどうなるのだろう?
永久にひっそりと存在し続けるのだろうか。
それとも、開拓されて観光地になったりするのだろうか?
いずれにしても、今日ここにみんなと来れたことは、一生ものの大切な思い出になるに違いない。
みんな、本当にありがとう。
青い池ってなんだろう?
ところで、青い池とは一体なんなのか。
いつできて、なぜ青いのだろうか?
青い池の成り立ち
ここで、前述の「十勝岳」の話を少々したい。
十勝岳は、この近くに聳える活火山だ。
過去何度も噴火して、その裾野にあたる白金地区や美瑛の町中に多きな被害を出したこともある。
1988年の12月にも噴火しやがった。
マジ怖い山だ。
そこで自治体は考える。
麓の地区に影響が出ないよう、火山泥流を塞き止めるバリケードを、「美瑛川」に沿っていっぱい作ろう。
そして1989年、実際に美瑛川にたくさんの堰堤を作った。
堰堤とは、簡易式のダムのようなものだ。
その1つの堰堤付近で、川の本流から水がゲボッと溢れて脇に流れ出ちゃった。
これが白金の青い池だ。
池ではないし、自然のものでもない。
ダムの溢れた水をたたえる、人口の水たまりみたいなスポットだ。
そして、カラマツが生えていた林に溢れ出てきたので、カラマツ水没して枯れちゃった。
これが有名な、青い池の中で立ち枯れた白い木々だ。
ここまで、それなりに年月もかかったのだろう。
白金の青い池の発見は、1997年に地元のカメラマンによるものと言われている。
まだ発見から20数年の新しい景勝地なのだ。
その青さの理由
では、なぜ池が青いのか。
それは、青い池から十勝岳方面に2.5kmさかのぼったところにある、「白金温泉」に由来する。
ここには白髭の滝っていう、美瑛川にサイドから流れ込む滝がある。
この滝の滝壺は、青いのだ。
僕も何度か見に行ったことがあるが、マジに綺麗だ。
その下流域もしばらく青く、「ブルーリバー」と呼ばれている。
なんでこのエリアだけこんなに青いのかというと、滝は上流から水酸化アルミニウムという物質を運んできているからだそうなのだ。
(このあたり、僕は化学不得意だからこれ以上突っ込んでほしくはないが)
この水流が美瑛川の水と交わると、コロイドっていうのが生成される。
水や大気の中に微粒子がメッチャ浮きまくってフィーバーしている状態のことだ。
そこにいい具合に太陽光が差し込むと、チンダル現象で青く見える。
実際に水そのものが青いのではなく、このロケーションで光の波長の短い青色の光だけを捉えているので、青く見えるのだ。
はい、難しい。
でも、僕は気になる。
しかし、ブルーリバーゾーンは一部のみ。
しばらくは普通の川が続き、そして青い池の辺りで再び一気に色がつく。
ここいらはいろんなWebサイトを見たが、具体的な説明はなかった。
流れが衰えて水酸化アルミニウムが沈殿したのだろうか?
それとも、水に深さがあると色がつきやすいのだろうか?
であれば、青い池の部分が極めて青いことにも納得だ。
でも、何だかんだでこういう真っ青な池の類いは、完全には科学では解明できていないらしい。
世の中、そのくらいあやふやなくらいがちょうどいいのかもしれない。
青い池のその後
さて、その後の青い池がどのような歴史を辿ったのか、2021年の僕の目線から少しだけご紹介したい。
とりあえず、ご存じの方も多いと思うが、「白金の青い池」っていうのが正式名称になっちゃった。
めでたい。当時僕らが呼んでいた名前が今も通用するのだから。
実は今回の物語の舞台は、2008年の真夏だ。
その秋、「山火事注意」から始まる林道が少し綺麗に整備されたらしい。
翌年の2009年には、青い池を示す簡単な立て札も、車道入り口に立てられたらしい。
白金インフォメーションセンターにも簡単な地図が貼り出された。
そういった情報を、僕はリアルタイムで逐一追っていた。
2012年、アップルのMacの壁紙のデスクトップ画像に採用され、爆発的に知名度が上がる。
2015年には、「奇跡の地球物語」というTV番組に取り上げされ、さらに知名度が加速したそうだ。
遊歩道が整備され、広い駐車場ができ、ガイドブックなどにも頻繁に登場するようになった。
今や、美瑛を代表する観光スポットだ。
付近は数㎞に渡って大渋滞したりする。
夜はライトアップもする。
2020年には駐車場も有料になった。
僕もその後に複数回訪問しているが、その進化には驚くばかりだ。
もうすでに青い池には、100万人くらいは訪れてだろうか?(←ただの推測)
僕らが、その中のTOP数100人だか数1000人だかに位置しているかもしれないことに、ちょっとだけ誇りを感じる。
北の大地を彷徨う旅人よ
青い池を見たあとの我々は、バラバラの別行動をした。
旅人同士、意見が合えば一緒に行動するけれど、目的を果たせば1人なのだ。
僕は美瑛の丘をアドリブで巡りながら、宿に帰ることにした。
吉村さんも写真を撮りながらブラブラ帰るという。
岡崎さんと波多野さんは、十勝岳の中腹にある「吹上温泉」まで行って温泉に浸かるそうだ。すごいアクティブ。
宿に帰ると、屋外スペースを使ってのおかゆパーティーの準備が進んでいた。
みんな飲んだ後だから、朝は優しいおかゆ。
それがこの宿のポリシーだ。
朝ごはんギリギリのタイミングで、吉村さんやカップルが帰還した。
青い池に行かなかったメンバーに「すごかったよー!」とか話しながら、みんなで楽しく朝ご飯タイムのスタートだ。
すぐに温泉に寄ってきた岡崎さんや波多野さんも帰ってきた。
これで全員集合だ。
直接しゃべらなくても、なんだこの一体感。青い池メンバー同士の心のつながりを感じる。
そしてすぐに僕は旅立つ。
幻の橋と言われている、「タウシュベツ橋梁」を朝のうちに攻略したいのだ。
じゃあみんな、お元気で!
行ってきます!!
日本3周目を走行中の僕は、オーナーのsottoooさんに「次回は日本4周目でまた来ます!」と宣言する。
ちなみにこの宿は、日本3周目の中だけでも2回訪問している。
「おぉ、また来いよ」とsottoooさんが言う。
宿泊客みんなの声援を背に、僕は愛車のアクセルを踏んだ。
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…ねぇ、吉村さん・岡崎さん・波多野さん・カップルさん。
あれから 12年以上が経ちましたね。
お元気ですか?
みなさんは、あの日の冒険を覚えていますか?
ほんの短い時間の冒険だったけど、僕は昨日のことのように覚えています。
青い池のニュースを見るたびに、みんなのことを思い出します。
あのときは、本当にありがとうございました。
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あ、ちなみに吉村さんとは、数日後に「摩周湖」でバッタリ再会した。
エゾシカバーガー食っていたら出会った。
以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。
※登場人物の名前は全て仮名です。
住所・スポット情報
- 名称: 白金の青い池
- 住所: 北海道上川郡美瑛町白金
- 料金: 無料
- 駐車場: あり(駐車料金は2021年現在500円)
- 時間: 特になし