日本の道路で最も急坂と言われる、奈良県と大阪府を結ぶ「暗峠(くらがりとうげ)」。
特に大阪側の傾斜が殺人級で、その斜度はなんと最大勾配37%だ。
通常、10%を超えると普通の人は「ヤベー坂だな」って感じる。
その4倍弱だ。
「ヤベー」どころではない。「地獄に堕ちる」と感じてしまっても、それは大げさすぎることは無いであろう斜度だ。
僕はこの暗峠を奈良から登り、大阪に降りる。
殺人坂は下りとなるわけだ。
もし登りであったら空しか見えないだろうが、下りだと奈落が見えるに違いない。
果たしてブレーキが焼けついたりしないだろうか。
激狭の道で対向車が来て擦れ違えずにゲームオーバーにはならないだろうか。
暗峠の頂上部で、僕は深呼吸をし、愛車の日産パオにエンジンをかける。
さぁやってみようぜ、日本最強のダウンヒル!!
暗峠の奈良編おさらい
冒頭から極めて攻撃力の高いご説明をしたが、なんと暗峠は一般国道だ。
国道308号。否、酷道308号。
さて、実は今回の記事は前後編の"後編"に当たるものである。
前編は暗峠の奈良側であり、峠の頂上部までのヒルクライムのフェーズを執筆した。
前編が気になる場合は以下のリンクからご覧いただきたい。
簡単に言うと、「狭い!しかも左右が住宅!そして激坂…、でもカクゴしたほどではないかな…?」みたいな感じで峠の頂上部の奈良・大阪県境に到着。
歴史ある峠の石碑や国道の石畳部分を見学し、頂上にある「峠の茶屋 すえひろ」でおばあさんやおじいさんに囲まれながらコーヒーを飲んだ。
そういう話だ。
暗峠の特徴は2つある。
- 鬼のように狭い
- 鬼のように坂が急
なのに住宅がひしめき、さらに国道だからヘタなカーナビだと奈良と大阪を行き来する際にこの道を案内してしまうこともある、という凶悪なロケーション。
数々のWebを見て収集した、暗峠のすごさを物語るトピックスを以下に列挙しよう。
- 「普通車で行くなよ!運転自信ないヤツは行くなよ!もし対向車とのすれ違い時に脱輪とかしたら国道を封鎖することになるんだからな!」という脅し文句多数。
- でも同時に「軽自動車で行くなよ!馬力ないから登れないぞ!」とのコメントも。
- 二輪やマニュアル車は、登り坂で一旦停止するとその場で再発進できないらしい。あと、マニュアル車はクラッチ焼けて壊れる。
- 対応車が来た場合、下り側の車はバックで坂を登ることはできないので、登り側の車がバックする。とんでもない狭い激坂を延々バックするカクゴがないと無理。
- 下りもヤバい。ギヤを1速にしてもスピードを殺せず、ブレーキが煙を噴く。
- 大阪側の日本最強の斜度部分は、ビジュアル的にもすごすぎて写真撮影ポイント。
- そんなこうばしい峠なので、自転車でのヒルクライマーに人気だし、YouTubeに走行シーンをアップする人もそこそこいる。
そんな過酷な峠を、昭和時代の最後に設計された日産パオというボロボロで非力な車で攻略する。もういろんな意味でスリリング。
では、大阪側へのダウンヒル、次章からスタートだ!!
最狭区間の攻略
この県境前後のわずか50mではあるが、酷道は石畳である。
実はこの暗峠を含む国道308号ってすっごく歴史が古くって、江戸時代は参勤交代のルートだった。
だがあまりの斜度で人も馬も滑ってしまうので、その滑り止めとして石畳が設けられた。その名残だ。
現存する区間はわずかだが、国道の車道部分が石畳なのは、ここが全国で唯一である。
走り心地はどうか、だと?
うん、最悪。
時速10数㎞で走っても「ボゴボゴボゴボゴッ!!!」ととんでもない振動。
僕の愛車はサスペンションとかその他もろもろの構造があんまり良くはないから、結構ダイレクトに振動を感じる。
もしこれあなた痔だったりしたらね、一生治らなくなるからな。
車自体も「バキッ!ミシッ!」といいサウンドを奏でている。
壊れる壊れる!!
そして車道の幅、メチャクチャ狭いからね。
これで国道、これでちゃんと対向車来るからね。
Googleマップのストリートビューで、この区間の画像を貼り付けるから、適宜イメージ走行して震えてほしい。
ただ、県境からの大阪側への100mほどは傾斜がそこまでえげつくない。
ジェットコースターに例えると、最初カタカタ言いながら巻き上げし、コースの一番高いところに来るじゃない。
そのあとビッグ・ドロップが訪れるんだけど、その急降下の直前、嵐の前の静けさみたいな数秒の区間があるじゃない。今がそれ。
ほら、もう道の先が見えないでしょ。あそこで急降下が始まるのだ。
はい来たー!
見通しの良い激下りに背中がゾワワッとするし、かつ道幅はとんもでなく狭い。
ここいらが、奈良側・大阪側あわせても一番狭い区間だ。
これで対向車が来たら本格的にヤバい。
ちなみに対向からチャリダーさんなら来た。人力なのでヒーヒー言いながら登って来ていた。
お互いギリッギリ端に寄り、なんとか擦れ違いができた。
…ただしだ。
これ、これでもここ数年でずいぶん道幅が拡張されているよね?
ちょっと前までは左側のガードレールなんてなかったよね?
実際に走行しなくっても、10年ほど前からYouTubeやGoogleマップで何100回もここいらは見ているのだ。
それと比べて、かなり路面環境が良くなっている。
車道のやや左寄りに、切れ目があるでしょう。
たぶん以前はそれが道路の端だったと思う。
この道の2012年のストリートビューで、反対側から見てみよう。
軽自動車がアホかってくらいにシンデレラフィット。
しかも左側、ガードレール無いしな。
あと、軽自動車でよく見えないけど、この先って左側にカーブしていて見通しも悪いのだ。
マジ凶悪の極み。
そう、このイメージ。暗峠って。
全く同じ位置の、2022年のストリートビューだ。
すっごい平和になったよね。まぁこれでも全然擦れ違いなんてできないんだけど、これだけ改善された。
今、僕はここまで下ってきた。
ちなみに気温は5℃だ。春だけど。
凍えるような気温だけど、もうなんか脇に変な汗をかいている。
そして汗をかくようなシチュエーションはまだ続く。
てゆーかこれからが本番。
日本最大傾斜を堕ちる
間髪入れず、とんでもない下り坂が出てくる。
まぁ最狭区間は通過したので、じゃあ道は広くなったのかと言うと、相変わらず擦れ違いはできない。
それでかつ激坂だ。
写真ではわかりづらいが、すっっっごい下りだ。
坂ってのは、下りの方がビジュアル的に怖い。
登りは「挑んでいく」という感覚があるが、下りはひたすら奈落に堕ちるのだ。
そんな地球のGを食い止めながら進まなければいけない。
ここの車道の左側に切れ目がある。この分が昔は無かったに違いない。
大蛇がのた打つようにカーブする道路。
それをギヤを1速に入れ、すごい音で唸りながら下っていく。
1速だが、それでもブレーキを踏んでいないとダメだ。
あと、エンジン回転数がヤバいことになっていて、このままでは壊れかねない。
ごくごく短い区間であれば、このくらいの斜度は経験したことはある。
例えば、宮城県石巻市のシンボル「日和山」の下りルートなんて、車道脇の歩道が階段なんだからな。
しかも車道部分の滑り止めは洗濯板のような激しいギザギザのものなんだからな。
…そんな坂でも、短い区間であり終点が見えているのであれば精神的重圧はそれほどでもない。
暗峠は違うんだ。
ずーーーっとこれなんだ。しかも途中で停車して休めるような場所はない。
車と人間の(精神面での)スタミナが心配になるのだ。
狭いので対向車が来ても怖いしね。
来たーー!!
最大勾配37%スポット!!
暗峠のハイライトであり、日本で類を見ない傾斜地だ。
しかもこのヘアピンカーブ。
えぐるように、めり込むように、カーブを曲がって下がっていく。
上の地図を見てほしい。
右下から左上を貫いている道が、国道308号だ。
赤いピンが立っているのが、最大傾斜ポイント。
思いっきりコの字にカーブしている。
そしてここで車を駐車することは不可能。でもこのカーブの写真を撮りたい。
そんな時に使えるのが、向かって左側に見えている「不動明王石像」だ。
ここに車を2・3台停められることは事前に確認済み。
車を停めた。
久々に肩の力を抜くことができた。そして「ふぅぅーー…」って大きく息をついた。
愛車のパオのエンジンを切る。
ちょっとコイツを休ませてあげたい。
そして僕は不動明王を見学がてら、さっきの最大傾斜ポイントを歩いて見に行こう。
ここから300mほどの距離なので、歩くには何ら問題のないレベルだ。
地獄坂を撮影するために
まずは駐車したところにある不動明王石像をご紹介しよう。
この不動明王の敷地は、国道308号を挟んで左右に分割されている。
もし僕のように大阪側へのダウンヒルでやってきた場合、道路の左側に出てくるのが上の写真。
鳥居があり、そして古い石碑が一堂にギュッと集められている。
そして車道を挟んだ反対側には不動明王の石像だ。
わりと小柄で、慎重は1mちょっとかな?
立て札が横にあるがここの不動明王の由緒などを書いているわけではなく、『御不動様の御誓願は…』から始まる不動明王の基礎知識的な内容であった。
Webなどちょっと調べてはみたが、由緒はよくわからなかった。
ただし、いずれにしてもこの国道が非常に古い時代からのものなので、旧時代の旅人等を見守ってくれた存在なのだろう。
険しい顔つきではあるが、どこかユニークで親しみやすそうな顔立ちであった。
では、改めて最大傾斜ポイントに戻ろう。
雨がポツポツ降っているのでカサをさして歩き出す。
今車で降りてきた坂を300m歩いて戻るのだ。
しっかしすんごい勾配だな。
車で下ってきた坂だけど、自分の足で踏みしめるとまた味わいが違うぞ。
いや…、すっごいシンドいんですけど…。
この傾斜、足に来る。
階段だったらまだいいのだが、斜面というのは常につま先が上を向いている状態となり、立っているだけでも負担のあるなのだ。
そこを歩き続けるって、疲れるのな。階段発明した人、偉いな。
数分前に車で下ってきたばかりだから知っているんだけどさ、カーブまでの激坂をようやく登っても、そのカーブの向こうから見えるのはまた激坂。
たった300mなのに、なかなか疲労するぞ。
狂おしいほどの斜度。
だけども、これでもまだ最大傾斜ポイントには劣るのだ。
道路についたブレーキ痕が生々しい。
今日のような寒い雨の日は、本当に注意しなければならない。
はい、戻ってきたぞ、最大傾斜ポイントだ。爆裂コの字カーブだ。
ちょっとゼーゼー言っている、僕。
しかしここの写真をゆっくり撮りたかった。
歩いて戻ってくるだけの価値は1000%ある。
このくらいの角度からが、一番迫力のある構図だろう。
自転車の人なんかは、この最大傾斜に沿って自転車を停めて撮影したりしているようだよね。
車じゃこんなところに停車するわけにはいかないから、愛車との撮影はできないけど。
たった1つのカーブ。
右下の橋の欄干と、左上の橋の欄干を見てほしい。
これら、曲線の開始から終了までの距離は20mほどだろうか?
それだけの距離で、一体どれだけ高度を上げた?ビル何階分の高さだ?
斜度37%というのは、100m進んだ時点で高度が37m上がっているという意味。
単純計算、20mだと7.4mだ。
目で見てもすごいけど、理屈でもすごい。
こんな道が、今も実用されている立派な国道なのだ。
峠からの生還
カサをさして最大傾斜ポイントを往復した僕は、再び不動明王石像に停めた愛車のもとに戻ってきた。
最大傾斜は乗り越えたワケだが、まだまだ試練は続く。
この先も狭い激坂がずっと連なっている。1ミクロンも気を抜くことはできない。
極端な話、ここから先の方が怖かったかもしれない。
ここまでは強いカーブの連続で、そのために多少傾斜にも緩急があった。
しかし暗峠の終盤は、カーブが少なくストレートに落ちていくような斜面が多くなったと感じた。
スキーで例えると、上級コースでワインディングを描きながら滑るよりも、中級コースで直滑降する方が怖い、みたいな感じた。
まぁこの終盤は中級どころか極めて最上級なんだけど。
雨なのでわかりづらいが、大阪の町が霞んで見えている。
随分下の方に見えている。
あと1㎞先か2㎞先では、あの街並みと同じ高度まで降りているのだ。そのくらいの斜面が、この先も続いている。
こんな感じだな。
もう平坦なエリアは目の前だが、平地に至る最後まで傾斜は手を緩めてくれない。
下まで降りて、2車線道路となった。
ギヤも1速からとりあえず2速に入れても大丈夫となった。
「なんて素晴らしくて、そして平らな世界なんだ」と思ったよね。
天王寺駅前。すっかり都会エリアだ。
ほんの少し前まで峠の中でヒーヒー言っていたのが信じられない。
雨空も晴れてきて、進行方向彼方には青空も見えてきた。
これまでの写真でお見せした通り、暗峠のところどころには住居があり、当たり前のように暮らししている人がいる。
そんな世界でよそ者の僕がギャーギャー驚くのはちょっと失礼かもしれないけど、それでも日本を代表する峠の1つであることは事実だ。
「生還できたー!!」って思ったのも、僕の正直な気持ちだ。
結論だ。
日産パオで暗峠は攻略できる。
…ってことはおそらくだが、ちまたの軽自動車であっても1人乗りであれば攻略できる。
ある程度のカクゴと技術は必要だろうが、あなたがもしそれらをお持ちなのであれば、ぜひ一度訪ねてみてほしい。
地理・歴史の観点からも、きっと面白い体験になると思うんだ。
以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。
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