標高0mの山。
山とは地上に対し、高さを有する物であろう。
しかしどういうことか、世の中にはこのような矛盾が存在するのだ。
わけがわからない。
僕らは、この「標高0m」というパワーワードを前にひれ伏すしかないのか。
いや、そういうわけにはいかない。
実際この目でその山を見るのだ。
そして逆にその山を踏みつけるのだ。
さぁ出かけよう。
日本一低い山、「大潟富士」に登る旅へ!
消えた巨大湖、八郎潟
僕らの住んでいる世界は、大きいもの・高いものばかりにスポットライトが当たる。
山もその例に違わない。
だが、今回はあえて低い山に目を向けていただきたい。
低い山もロマンなのだ。
高い山に負けないほどの個性を発しているのだ。
これが、僕が今まで訪問した「日本一低い山」だ。
日本一低い山とは、様々な定義から複数存在している。
詳しくは、僕の書いた以下の【特集】をご参照いただきたい。
さて、この中でも最も謎なのが、今回ご紹介する大潟富士である。
標高0mとは、いったいどういうことなのだろうか?
青空広がる、かつての巨大湖「八郎潟」の内部を僕は疾走している。
ちょっとこの八郎潟について語らせていただきたい。
今回の大潟富士の成り立ちに、少々関連があるのだ。
八郎潟については、小学生のころに社会で勉強した。
かつては「琵琶湖」に次いで国内2番目の面積を持つ巨大な湖だったのだ。
それをモリモリ埋めた。これを干拓という。
すごい規模だ。
僕も小さい頃、砂場に池を作り、そこに土砂をブチ撒けて干拓疑似体験をして遊んだ。自主的に。
それも結構大変だったが、八郎潟の干拓はそういう次元ではない。
かつての輪郭が今の残るので、ご確認いただけるであろう。
湖のほぼ全てが埋め立てられたのだ。
「オイこの湖、埋めちまおうぜ」っていう話は江戸時代からあり、ちょいちょい土砂を放り込む事業は存在した。
しかし本格的なものは第二次世界大戦後だ。
「ヤベーッ!!仕事もねぇ!ご飯もねぇ!水田作れる場所もねぇ!」
そんな戦後の秋田県において、これらの悩みを一気に解決するのが八郎潟の干拓事業だったのだ。
こうして八郎潟は、水に囲まれた広大で平坦な大地へと生まれ変わった。
春の八郎潟。
水田には田植え前の水が張られ、巨大な鏡のように青空を映していた。
このときだけは、かつての巨大湖みたいな雰囲気に浸れるかもしれない。
9月になると、八郎潟全体が黄金色に輝く。
稲が穂を出し、収穫が間近なのだ。この光景は圧巻だ。
八郎潟があるお陰で、僕らの食卓は潤っているのかもしれない。
世紀の一大事業を成し遂げた先人の皆さん、ありがとう。
…さて、前置きが長くなったが、こんな平べったい大地の中央付近に、大潟富士が存在する。
僕はここを4回ほど訪問しているので、それらの写真を織り交ぜてご紹介させていただきたい。
標高0mのカラクリ
はい着いた。これが大潟富士だ。
あなたの気持ちを代弁しよう。
「確かに富士山だ」・「確かに低い」・「標高0mじゃないじゃん」。
次に、「ビジュアルがやたら綺麗すぎない?」・「あれ?もともと湖だったところを埋め立てたのに、なんでこんな山が?」…みたいな感じであろうか。
そうなのだ。
どう見ても盛り上がっているのに、右端の標柱には確かに「標高0米」の文字がある。
わけがわからない。
ただ、わからないことの腹いせに標柱を蹴飛ばしてはダメだ。
ほら、標柱の足元部分に穴が開いてしまったではないか。
(ウソです。きっと経年劣化でしょう。)
そんなこんなで、現在は新しい標柱が設置されている。
ところで、標高0mというが「標高」とはなんなのであろう?
いろいろ小難しい理論があるが、国内基準をひとことで言うのであれば「海からの高さ」である。ようするに「海抜」と一緒だ。
さぁ、これで頭の中が一気にクリアになった。
大潟富士の山頂は、海面と同じ高さ(標高0m)なのである。
そのイメージ図を描いてみたい。
八郎潟は、もともと海抜がマイナスの湖であった。
大部分を干拓したが、干拓した土地も海抜がマイナスのままであった。
そこに山ができた。
こんな感じだ。
標高0mの山、できたな。
そして、周囲からの土地(ここでいうところの大潟富士)の高さを比高という。
大潟富士の比高は3.776mだそうだ。
3.776m。
この4桁の数字の羅列に見覚えが無いだろうか?
本家の「富士山」。標高3776m。
そう、 富士山のピッタリ1000分の1サイズなのだ。
しかも形まで富士山。
もう大潟富士といわれる所以も納得だ。
これ以上の富士山はない。
発泡スチロールで出来た夢
次に、この山の成り立ちについてご説明したい。
もともと巨大湖である八郎潟のド真ん中であったり、狙ったかのように標高0mであったり、比高が3.776mであったり…。
まぁこの時点で賢明なあなたならお気づきかと思うが、この山は自然にできた山ではない。
人工の山である。
ちなみに人工の山は"築山"と呼ばれるので、以後はそのように表記したい。
公益社団法人の「日本測量協会」という団体がある。
腕すぐりの測量技術者たちが集う、一大グループだ。
で、この配下には各都道府県の測量業協会が存在する。
秋田県測量業協会ももちろんある。
その秋田県測量業協会が20周年を迎えるにあたり、「俺らの測量技術の粋を集め、八郎潟に標高0mの富士山作ろうぜ!」となって、この企画が動き出したのだ。
しかも「測量の日」である6月3日に竣工するというこだわりようだ。
もうね、測量への愛しか感じない。
測量のプロ集団だし、たかだか4m弱の山だからすぐにできるだろう…とあなたが考えるなら、それは大間違いだ。
もともと湖だったからだ。
そこに山を作ろうとしても、すぐに土が崩れてしまったりと、てんやわんやだったそうだ。
最終的には、工事の際の盛り土に使われる発泡スチロールを土台として、解決したそうだ。
一部発泡スチロールで出来た人工の山だ。
こうして完成した夢の山。
早速国土地理院に申請を出すが、正式な山としては認められなかったそうだ。
理由は築山だからだそうだ。
しかし、他には築山でも国土地理院に山として認められているものもそれなりにある。
低すぎるからなのか・形が人工的すぎるからなのか・発泡スチロールだからなのか・歴史が無いからなのか…。
そもそも「山」の定義というのは周囲に対し高いこと。
そのくらいしかなく、どのレベルまでを山とするのかは微妙なのだ。キチンとした概念があるわけではない。
おそらくはワチャワチャとした会議があったのかと思うが、大潟富士は正式な山にはなれなかった。
…とはいえ、最近では地形図に登場したりもしているらしい。
もしかしたら将来、ちゃんとした山となるかもしれない。
そうなれば、公式に日本一低い山になれる。
そんな日が、僕は楽しみだ。
わずか5秒の登山
おまちかね、登山タイムである。
僕の体は既に充分に温まっているぞ。
1合目から山頂を見上げる。
なるほど、富士山の名に恥じぬ急勾配が一直線に山頂まで続いている。
僕もかつて本場の富士山には何度か登頂したが、そのときの緊張感が蘇る。
では、スタート!! … ゴール!!
はい、登頂成功だ。
ストップウォッチで計測したところ、ピッタリ5秒であった。
それは優秀な実況アナウンサーであっても何をアナウンスするのか、かなり腕を試されるくらいの刹那であった。
近くにいた人から、なぜか笑われた。
いや、好意的に「讃えられた」と脳内変換しておきたい。
これが山頂からの眺めである。
高さ4mなので絶景とまではいかないものの、確かに一種の高揚感は味わえる。
「高みに立つとはこういうものなのだ」と、山頂に吹く風が僕に教えてくれる。
さて、他にも山頂からの写真を何枚かご紹介しよう。
ちなみにいずれも、右下に写っているのは僕の愛車である。
山頂から1合目までを見下ろせる、いい写真だ。
自分の歩んできた軌跡が全て見える。
こうして僕は、頂点に立つに至ったのだ。
僕は登山の素人ではあるが、厳冬期の冬山登山にチャレンジしたこともある。
積雪で真っ白になった富士山(大潟富士)をだ。
いささか足元には気を使ったが、無事に10秒で登頂できた。
気分?もちろん格別だ。
なぜか愛車パジェロイオのときには山頂からの写真を撮っていなかった。
きっと日没が近く、夜間登山だったために焦っていたのだろう。
それにしても写真を撮らなかったことが悔やまれる。
そんな愛車パジェロイオの回だが、山頂に埋め込まれた石板(?)の写真は撮っていた。
東西南北を現しているらしいな。
それが4本の杭とチェーンで厳重に囲まれていた。
この神聖なチェーンの内側に入ったりしたら、きっとかつて封印されていた邪神が復活して天変地異が起きるんだと思う。
ところで、山頂から眼下に見えていた特徴的なオブジェ。
その前には三角点が埋め込まれていて、標高-3.9mを示している。
すごいよな。
かつての巨大湖のド真ん中。
海抜マイナスから山を作ろうとした、一大プロジェクト。
上の写真を見ての通り、周囲はどこまでもどこまでも、一面の田んぼなのだ。
もう「どこかの工場のロッカー室の配置図かな」ってくらいに整然と、田んぼにナンバリングがされている。
あ、もしかしたら「経緯度公会点」に興味を持たれたかもしれないが、それについてはまたいずれどこかでご紹介しよう。
日本に複数ある、「日本一低い山」の1つ。
残念ながら国土地理院には山として認められていない築山ではあるが、江戸時代から続く八郎潟の干拓史の1つの歴史として、僕だけは大きく讃えたい。
マイナスをゼロまで引き上げた山。
その価値だけは、ゼロ止まりではなく大きくプラスなのではなかろうかと。
…そう思うのだ。
そして僕は、黄昏の空を再び走り出す。
以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。
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