「あなたのこの夏の思い出は何ですか?」
さぁ、苦しいな。
このコロナ禍で、やりたいことも満足にできなかったろう。
旅行・夏祭り・花火大会・海水浴・ハイキング…。
夏を代表するエンターテインメントは、ことごとくやりづらいご時世だ。
僕も、なんか引っ越しに全エナジーを集中させてしまい、それ以外の思い出と言えば「足の小指を自分の意思で横方向に動かせるようになった」とか、そのくらいである。
ステイホーム。
なんともにっくき言葉。
家で何をすればよいというのだ。
そりゃ、家の敷地内に海があったり庭があったりするのであれば、自宅で休日をエンジョイできるが、そんなお宅なんて…
…いや、そういえばあったな、そんなお宅が。
自宅の庭に、富士山。
実は僕がここを訪れ、そして富士登山をしたのは今年ではなくって昨年の2020年だ。
しかし、今年の分はネタが無いので語ろう。
昨年の夏、緊急事態宣言の合間を縫って、世にも珍しい自宅富士を登った話を。
じいちゃんは富士を愛す
その山を「佐藤富士」と呼ぼう。
理由は簡単だ。佐藤のじいちゃんが造ったからだ。
福島県某所。
車を運転していると、前方に雪を被った富士山が見えてきた。
あれが佐藤富士だ。
溢れ出る違和感。
住宅街にひょっこり富士山なんだもん。
僕のような危機感のない人生を歩む人間は、こういう不測の事態まではプログラムされていない。
…っていうのは言い過ぎで、佐藤富士を目指してここまでやってきたのだから、「おぉ!ついに見えた!」って歓喜した。
敷地外から見上げた富士山だ。
ちなみにこっち側(つまり背面)は、まだメンテナンスが不十分であり、佐藤のじいちゃんの今後の課題だそうである。
僕がこの富士山を敷地外から見上げていたら、2合目くらいでメンテナンスをしていた佐藤のじいちゃんが僕に気付いて、「おぉ、キミがアレかね?」みたいな声を掛けてくれた。
実は事前に僕は訪問のアポを取っていた。
個人宅だもんな。いきなりは失礼にあたると思ったのだ。
そのときにお話ししたのは奥さんだったんだけど、「わざわざどうも。あんなモンでよろしければ…。」みたいに、結構クールな評価だった。
その評価はまぁまぁ正しいのかもしれない。
夫婦にはバランスが必要なのだと学んだ。
じいちゃんは素晴らしい速度で下山し、「車はこっちにどうぞー!イェイイェーイ!!」みたいな感じで僕の愛車のパオを敷地内に誘導してくれた。
まずは正式にご挨拶し、地元で購入してきた手土産をお渡しする。
クールな奥様と食ってほしい。
さて、次は佐藤じいちゃんのターンだ。
その次も佐藤じいちゃん、さらにその次も佐藤じいちゃんのターンだ。
ずっとずーっとだ。
要するに話が止まらない。
まずはどれだけの取材が来たのかをすっごい熱弁された。
新聞にも雑誌にも載ったし、TVの出演回数もものすごい。
それらの記事や、TVスタッフの名刺を1つ1つ説明してくれた。
関西地域からも結構な数の取材が来ている。
ホンモノの富士山を通過してまで、ここに来たのか…。
…てゆーかですね。
かなりの猛暑日の炎天下なのだ。危険な暑さなのだ。
そんな中、庭で延々と説明会。
正直頭がクラクラしてきた。
しかし佐藤じいちゃんは無敵である。
外気の暑さと佐藤じちゃんのアツさが釣り合っているので、本人は暑さをものともしないのだ。
このバイタリティが、自宅の庭に富士山を生んだのか。思い知った。
佐藤じいちゃんの息子さんは、富士山にちなんだ名前だと教えてくれた。
そして、じいちゃんの車のナンバーも、富士山にちなんだものだ。
(Webなので、どちらも具体的には明かさないが)
スゲーと思った。
息子さんを愛するあまり、富士山にちなんだ名前にした。
…というよりも、富士山を愛するあまり、息子さんを富士山にちなんだ名前にしたのだと理解した。
富士の聳える庭で
富士山と、その手前に広がる池。
ちなみにこの池は「河口湖」なのだそうだ。そっか。
湖面には逆さ富士が写っている。風光明媚だ。
池には鯉がたくさん、大きいのから小さいのまでいるという。
じいちゃんは「ほら、あれは小さいだろう!」とキャッキャと解説していたが、正直そこいら辺の記憶は明確には残っていない。
きっと僕にはあまり興味がない話題だったのだろうと振り返る。
池には白鳥の造り物が浮いていた。
じいちゃんは「こっちから見ると白鳥と白鳥の間の空間がハートマークに見えて、TVのディレクターがどうのこうの…」って言っていたが、それもあんまり覚えていない。
「じゃあ、エサで鯉を呼び集めてあげよう!」とじいちゃんは言う。
傍らの大きな丼に入っていた、鯉のエサ。カリカリ乾燥タイプ。
じいちゃんはそれを、僕の予想に反してエサの入ったまま池の水を汲む。
ビタビタで1つにまとまったエサを河口湖に解き放つじいちゃん。
しかし鯉、全然集まって来ず。
じいちゃん、「あー…」って言ってた。
気を取り直し、僕はじいちゃんに佐藤富士のことを質問する。
この富士山、標高は11mちょっとあるらしい。
何度も何度も作り直して巨大化しているため、この中にはかつての5世代分の富士山が埋まっているとのこと。
ここに至るまでの総費用は700万円を超え、土の量はトラック100台分以上なのだと言う。
だけれども、まだまだ富士山は完成ではないのだ。
じいちゃんは毎日この山のメンテナンスをしている。
なぜ、そんなにも富士山LOVEなのか。
小さい頃にお風呂の壁に描かれていた富士山を見て感動し、そして40代の頃に初めて本物の富士山を見て感動し、福島の自宅に富士山を造ろうと決意をしたのだ。
最初は5mほどの小さな富士山であったが、さらなる高みを目指して「昭和新山」のように山は巨大化し、今に至るわけだ。
山の内部には竈があり、そこで火を焚けば山頂から噴煙が上がる仕組みだ。
だが、夜に噴煙を上げたら近所の人が火事と勘違いして、騒動になったこともあったそうだ。
庭のボートは露天風呂にもなり、風呂に入りながら富士山を眺められるという。
もはやアミューズメントパークだ。
念願の富士登山
じいちゃんは一通りの説明が終わると、僕に対し「じゃ、富士登山してみるかい?」と聞いて来てくれた。
おぉ、登らせてくれるのか。ありがたい。
それではひと夏の思い出、作らせていただこうではないか。
じいちゃんと共に河口湖を西側からグルッと回り込み、登山口へと立った。
じいちゃんは「見て目より結構急だよ。途中からさらに急になるから、ロープにしっかり掴まって登ってね。」とアドバイスをしてくれた。
急に空に雲が立ち込めた。
僕の運命を嘲笑うかのような天候だ。
だが、その逆境を切り開くのが心地よい。
天よ、吼えるがいい!しかして僕の歩みを止めることは、何人(なんぴと)にもできまい!
僕はロープをしっかりと掴んだ。
そのシーン、2カメさんからの映像がこちらだ。
傾斜はリアルに30度近い。マジな話、あまり油断しないほうがいい角度だ。
足を滑らせるとそのまま河口湖の藻屑となる。
じいちゃんも松の木の陰から心配そうに僕を見守っている。
森林限界、突破!!
4合目か5合目くらいまでは来ただろうか?
ここからは積雪エリアだ。
そして傾斜もさらにアップするので注意が必要だ。
さらにメタ的な話をすると、ここまでは土だったところが、ビニールシートとセメントのような材質に変わる。
乱暴な登り方をすると富士山の破損(環境破壊?)に繋がりそうで気を遣う。
山の天気は変わりやすい。
暗雲の中、僕は山頂直下にいた。
「おじいさーん!!8合目にカエルがいるんですけどー!」とか叫んでいた。
いや、本当にカエルいたんだもん。カエル。
そんなこんながあり、ついに…
富士山、登頂!!
いやー、ついに登り切ったぜ。
かつては本物の富士山を登ったこともあるが、それに勝るとも劣らない感動よ。
頂上に立つと、掴まるものが全くないので少々怖い。
風をダイレクトに受けるので、なおさら怖い。
標高11mちょい。僕の身長を入れると目線は13m近いのだろう。
周囲の2階建ての家屋の屋根にも勝るため、なかなかの迫力の眺望だ。
再び、1カメの映像に戻ろう。
眼下に緑の河口湖。そして僕の愛車のパオが見えている。
かなりの角度だ。スキーやスノボーでこの角度を滑り降りるには、少々の鍛錬が必要となるだろう。
反対側は田んぼが広がっている。
青々としていて目に優しい光景だ。
そこからちょっとだけ左を見るとこんな感じだ。
付近の民家が良く見えるが、民家から僕もまたよく見えるだろう。
「また佐藤さんの家の富士山に誰かが登っているね(ヒソヒソ…)」って光景が容易に想像できる。
山頂の景色を堪能していたら、突如としてじいちゃんが動いた。
「じゃあ、今日は久々にオレも登っちゃおっかな~!」みたいな感じで、富士山を登り始めた。
おぉ、これはじいちゃんとの山頂コラボ実現か!?
貴重だぜ、この体験!夏休みの思い出!
じいちゃんも、山頂に立つ!
2人で登頂の喜びを分かち合う!!
2020年夏、富士山登頂。
よし、これで絵日記も自由研究も同時にクリアできるぜ、って感じた。
もうこのコロナ禍の夏、これだけやれれば合格だろう。
下山は登りよりも怖かったけど、ロープを伝ってなんとか降りれた。
とても楽しい登山であった。
僕も心に富士山を
佐藤じいちゃんにお礼を言い、僕はドライブの続きを再開することにする。
じいちゃんの熱弁で40分くらいは時間が経過していた。
しかし、このままだとまだまだじいちゃんの勢いは止まらないのだ。
僕はこの後にさらに行きたいところがあるので、そろそろだ。
じいちゃんは「またいつでも来てほしい。冬の富士山も素晴らしいんだから。」と言っていた。
そっか、またいつか、コロナが明けたら冬山登山に遊びに来ようかね。
佐藤富士にリアルに雪が積もっていたら、それはそれで風情がありそうだ。
20年かけて、自宅の庭に富士山を造った男。
お金もかかるわ、わけわからんわで、奥さんは当初大反対だったそうだ。
だけども最終的にはその意思に賛同してくれたという。
そんな奥さんに感謝を込め、じいちゃんはこの山を"夫婦富士"と呼んでいる。
今でこそ、TV取材も多いし地元を巡る観光バスが乗り付けることもあるそうだ。
しかしここに至るまでは、さまざまな苦労があったろう。
そんなじいちゃんだが、ただただニコニコとひょうきんで、話好きで、そして富士山が好きであった。
1つのことをただ極めた男…か。
僕もこんな風になれるかな?
ドライブしか取り柄がない僕だが、近しい人に感謝をしながらこういう道を歩めるのだろうか?
じいちゃんに「猛暑日なので無理してブッ倒れないようにしてください」という旨をマイルドに言い、出発する。
バックミラーに映る富士山は、やはり雄大であった。
1人の人間の半生を架けた夢の結晶なのだ。
その熱い想い、しかと感じたぜ。
日本一の山を自宅に再現した男は、同時に日本一の男なのかもしれない。
グッバイ佐藤富士。
そしてグッバイ、佐藤のじいちゃん。
夏の想い出をありがとう。
また会う日まで。
以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。
住所・スポット情報
- 名称: 佐藤富士
- 住所: 非公開
- 料金: 無料
- 駐車場: 佐藤さんに相談のこと
- 時間: ご迷惑にならない時間に(僕は事前アポ)