東京都心。
洗練されたホテルが立ち並ぶイメージがあるだろうが、まだまだ老舗の宿も残っているのだ。
高級なホテルもワクワクするし、どこも画一的なサービスと使い勝手で安心できるビジネスホテルも良いだろう。
ただし、もしあなたに幼い頃の冒険心が少しでも残っているなら、ときどきでいいので老舗の宿のことも思い出してほしい。
初めての宿や親せきの家などで、「探検」と称してキャッキャしていた、あの日のことを…。
さて、今回は僕が所要で東京駅付近で1泊しなければならなくなったときのエピソードをご紹介したい。
路地裏の「日光館」
闇に佇む館
22時過ぎ、僕は東京の上野駅に降り立った。
1日中シトシト降る雨は、4月であってもとても肌寒く感じられた。
上野駅と言えば、日本を代表する鉄道路線の山手線を形成する駅の1つ。
その中でも上位ランクに含まれる駅だろう。
その上野駅から徒歩数分。
あなたの脳内には今、きらびやかな東京の町が再現されていると思う。
世界に誇る、夜も眠らない町「TOKYO-CITY」だ。
では、今僕の前の前に広がる通りといえば…。
うん、TOKYO-CITY、グーグー寝ておる。
静寂に支配されたこの路地、たまらないな。
ちなみに右手に写っている「福吉旅館」、宿泊の候補に考えていたんだけど紙一重で今回はご縁が無かった。
僕が今回予約をしているのは、左側の手前から2軒目の建物である「ホテル日光館」である。
よーし、満点だ。
エントランス上の電球がついていなかったら「廃墟かな?」とも思われかねないテイストである。
ホテルという名前がついてはいるが、僕の知っているホテルと一線を画しているなって思った。新しい体験だ。
てゆーかガラス戸の裏にブ厚いカーテンが引かれているが、これは本当に入っていいのか…?
…と思ったが、実は現在のエントランスはここではない。
正規のエントランスはもう1軒分奥にあるのだ。
(2軒が連なった旅館のようだ)
はい、ここがエントランスである。
さっきと比べると3倍入りやすい。
昭和中期の人が思い描く洋風の邸宅のようなデザインで、これはこれでレトロ。
特に2階のバルコニーの湾曲した手すりと、エントランス前の観葉植物が素敵だ。
扉を開けると、すぐに受付カウンターがあった。
濃い色のレンガ調の壁に、真っ黒いデザインのカウンター。
かなり不気味で暗く感じた。
その奥にある自動販売機のあかりが、やけに煌々と明るく感じた。
これらも昭和を彷彿とさせた。
これは、翌朝に撮った僕の部屋のある廊下の写真である。
受付で部屋のキーを渡された僕は、やたらゆっくりゆっくりと動くエレベーターで、上層階までやってきた。
廊下も薄暗く、レトロであった。青いバケツが置いてあった。
期待に胸が膨らむ。
ビジネスホテルのような予想できるシチュエーションよりも、一瞬先が想像できない宿の方が好きだ。
少なくとも今日という日においては。
昭和レトロな部屋にて
僕の部屋だ。
薄い木製ドアを開ける。
ところでだ。
僕は古い旅館等でよく見る、このタイプのキーが苦手だ。
鍵穴にキーを差し込んでも、なかなかうまく回らない。
なんだったらドアノブ自体の立て付けが緩く、ノブごとブッ壊れて外れるのではないかという恐怖心がある。
ドアノブを左手で抑えつつ、右手でキーをガチャガチャ。
そんなことを一生やっている。
なんとか開いて室内に入れ、内側のドアノブの中央にあるボタンを押してロックをかける。
…いや、これ本当にロックがかかっているのか?
ドアノブを回すと自動的にボタンが飛び出てロックが外れるので、内側から「確かにこの部屋はロックされている」と確かめるすべがない。
僕にとっては不安極まりない仕様だ。
さぁ、部屋に入った。
ちょっと上の写真には写っていないが、左奥が玄関に当たる部分だ。
そこに濡れた折り畳み傘を置いているのがチラリと見えるだろう。
靴を脱いで居住スペースに入るタイプの部屋だ。
これはオン・オフを明確に切り替えられてありがたい。
正面にはすぐに洗面台。一般家庭にあるようなゴツいヤツだ。
右を向くと…。
応接間みたいな部屋があった。
ピンクのじゅうたんに、血液みたいな色のソファ。
アナログなポットにお茶セット。
なかなかに贅沢な空間だ。
普通のビジネスホテルであれば、こんな空間はない。
ソファの上の昭和柄の薄いクッションの上に座ってみた。
正面は壁だった。ここにはTVもない。
ちょっとやることないし目のやり場に困るね。
さらに奥の部屋だ。
ツインルームの洋室であった。
まぁ、和のテイストも随所に感じられて、洋だか和だか微妙な空気ではあるが。
うむ、僕は予約時には和室をオーダーしていたんだけどな。
実は僕はベッドの方が断然好きではあるのだが、よりレトロ感を味わえるのは和室だと思っている。
だからわざわざ和室をオーダーしたのだ。
しかし宿側は「きっと誰もが洋室を好むに違いない」と気を利かせたりして、この部屋を準備してくれたのであろう。
それもそれで良し。
ベッドの足元にあたる空間に、年季を感じさせる鏡台があった。
その横にはTV。
そっか、ここにTVか。
TVを見るにはベッドに座らないといけないではないか。
応接間にTVを置いたほうが空間利用がスマートな気もするのだが。
記憶からの間取りなので間違っている点もあるかもしれないが、こんな部屋だ。
かなりの広さ。
既に夕食を食べ、さらにほろ酔いであった僕は、再び傘をさして外のコンビニへと行き、カップスープとホットコーヒーを買ってきた。
ベッドに座り、TVを見ながらポタージュスープ食べた。
心も体も温まった。
そのあと、ソファの部屋も活用しなければと思い立ち、コーヒーをそっちで飲んだ。
寝室の蛍光灯がついているので、あえて応接間のライトはつけずにコーヒーを飲んだ。
薄暗い部屋のソファにふんぞり返っていると、なんだか自分がマフィアのボスのようだと感じた。
翌朝6時台。
シャワーを浴び、身だしなみを整えた僕は、チェックアウトした。
5時間ほどの睡眠であったが、スッキリ目覚めて元気だ。
洋室ツインで6000円。
東京都心であれば極小のビジネスホテルでももっとずっと高いので、この値段はかなりお得だと言えよう。
尚、この宿には3畳ほどの和室もあり、それだと2000円台だという。
機会があればそちらも泊まってみたい。
年季の入った「喫茶ひまわり」
「喫茶ひまわり」だ。
日光館からは徒歩数分だ。
朝の7時から開店と聞いている。
僕はこの後予定がキツキツで、すぐにでも数100㎞の移動をしないといけない。
その前のわずかな時間を利用し、早い開店のお店で朝ごはんを食べたいと、ここに来たのだ。
もちろん、チェーン店であれば余裕でこの時間もやっている。天下の上野なのだから。
しかし僕は、唯一無二のお店でご飯を食べたかったのだ。
うーん、だがその体操ご立派な決意とは裏腹に、脚は少々すくんでいる。
めっちゃ入りづらいんだもん、この店。
年季の入っって黒ずんだ、ピンク色のひさし。
「これのどこにひまわり要素が?」というようなデザインだ。
あ、文字だけ黄色か。
ダークトーンのガラス扉。
スナックか。いや、スナック入ったことないからよくわからないけど。
隣には「一生」という名前の不思議なお店。何屋さんなのだろう、一生気になる。
平日の朝とあって、みんな迷いなく颯爽と駅方面に向かっている。
モジモジしているのは僕だけだ。
恥ずかしいぜ、シャンとしろよ、YAMAさん!
自分に喝をいれてドアを開けた。
中は奥行きのあるL字カウンターのみ座席のお店にであった。
なおさらスナックのようだと感じた。
僕以外にはお客さんはいなかった。
カウンター席の奥の方に座る。
クッションの色合いが昭和を感じさせてくれた。
お店はどうやらおばあちゃん一人でやっているようだ。
モーニングをオーダーした。
コーヒー・ゆで玉子・ハムと玉子のサンドイッチ。これらで480円だ。
玉子が2回登場するセットだな。ようこそ、玉子。
腰の曲がったおばあちゃんは、まずは僕にチョコレートを提供してくれ、そのあといそいそと調理に取りかかった。
まもなく店内には、コーヒーのいい香りが漂う。
あぁ、なんて素敵な朝なのだろう。
このあとスケジュールは死ぬほどハードなのだが、この朝のひとときだけは平和でありたい。
そんな平和な朝を象徴してくれる、コーヒーの香りよ。
最初にコーヒーが出てきた。
ひと口飲んだ瞬間、体内に幸せが運ばれる。
僕は朝のコーヒーのために生きているのかもしれない。
次にゆで玉子。
ゆで玉子は冷たくなっていて殻がむきにくいのだが、それもまた一興。
サンドイッチが出来上がるまでは時間がかかる。
時間と向き合うために、僕は玉子の殻をむく。
最後におまちかね、サンドイッチの登場だ。
少し薄めのパンはカリッと焼けており、いい食感だ。
挟まれている玉子にもしっかり火が通っていて、これはこれで最高にうまい。
コーヒー・サンドイッチ・コーヒー、そしてサンドイッチだ。
マッチしすぎて、かわるがわる口に入れるだけの永久機関みたいになっていた。
しかし、そんな幸せなルーティンも終わるが来る。
サンドイッチもコーヒーも、全て胃に収まってしまったのだ。
だが、思い出というかたちで幸せは続く。
ごちそうさま、おばあちゃん。
僕は今日も元気に旅立つ。
-*-*-*-*-*-*-*-*-
…それは、世界がコロナウイルスに襲われる前の、最後の春の日の出来事であった。
2021年4月現在。
なかなか終息しないコロナを前に、小池都知事が3回目の緊急事態宣言を出すべきかどうか思案している。
政治も経済も観光業も国民のガマンも、全てがギリギリの状態だ。
この世界は、いったいこれからどこに行くのだろう?
東京もかつてとはずいぶん変わったに違いない。
日光館は?
喫茶ひまわりは?
こうした宿やお店が、コロナ禍で消滅しませんようにと、心から願っている。
以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。
住所・スポット情報
- 名称: ホテル日光館
- 住所: 東京都台東区東上野2-20-5
- 料金: 2500円~
- 駐車場: なし
- 時間: 14:00チェックイン
- 名称: 喫茶ひまわり
- 住所: 東京都台東区東上野4-7-12
- 料金: モーニング480円他
- 駐車場: なし
- 時間: 7:00~17:00(土日祝休み)