普通の人は、この建物の外観を見て「あぁ、ここは食堂ですね」とは言わない。
少なくともそういうことは義務教育でも習わないし、会社の新人研修でも教えてくれない。
暖簾も無い。看板も無い。
やたら小さい。入るのに勇気がいる。オーダーのしかたが少々特殊。
ここを知り、そして攻略するのに必要な能力はなんだったのだろう?
現地鼻を利かせるか、Webで鼻を利かせるか、既にこの店をご存知のいい先輩に紹介してもらうか、偶然の出会いという奇跡に恵まれたかのいずれかであろう。
僕は「Webで鼻を利かせる」にあたるタイプであり、何年かこの店の訪問を温めていた。
そして2023年1月に念願が叶って訪問したのだが、その後2023年4月末にこの店は閉店してしまった。とてもショックだ。
もっと通っていろんなメニューを知ってから執筆したかったが、もうそれはできない。
なのでこのタイミングで振り返ろう。
名古屋の伝説の激渋食堂、「てんぷら屋」。
港の埋め立て地を走る
伊勢湾岸自動車道に架かる巨大な3つの橋、「名港トリトン」を眺めた。
時刻は9:00。最も日の出が遅い時期なので、ようやく世界がしっかり照らされ暖かくなったと感じる。
さぁ朝ご飯を食べに行こう。
ここで朝ご飯にするため、三重県の伊賀市の宿を早めに出発し、高速道路で一気に名古屋まで来たのだ。
目指すてんぷら屋は、名古屋港の埋め立て地にある。
直線道路が多く続く工場地帯である。
「こんなところに食堂なんてあるの?」と思われるかもしれないが、実際あるからスゲーのだ。
僕も以前はそのてんぷら屋の存在、全然知らなかったもん。ぶっちゃけ知ったのはコロナ禍が始まった頃だったもん。
訪問する上での注意点。
…って言ってももう閉店しちゃったから注意するもしないも関係ないのだが、上のGoogleマップの通り道路の東側にお店がある。
西側の車線からは中央分離帯があり、入ることができないのだ。
一瞬それらしき小さなお店が目に入ったものの、一瞬で通過。
7・800mくらい先でなんとかUターンすることができた。戻ろう。
このカーブを曲がり切ったあたりがお店だ。
道路はご覧のようにスイスイ流れているし、大型トラックも多い。
油断しているとまたお店を見逃すから注意だ。
はい、お店の前までやって来た。
これはお店の前で道路を撮影した写真。どんなロケーションにあるのか、これでちょっとだけイメージいただけると思う。
そして肝心のお店、てんぷら屋が… ―
― …こちら。
暖簾も無い。看板も無い。つまり知っていないと店名もわからない。
いや、最初から知識無いとここが食堂であることすらわからないかもしれない。
ましてや車で道路を走っていたら、この建物の内部が見えるのなんて0.1秒だからさ、偶然気付く確率は低かろう。
激渋なお店を眺める
正直、入るのに少しだけドキドキした。
それだけエキセントリックな外観だったから。
この角度から見ると、まぁ「そこが食堂なのかもしれないな」くらいの感覚はある。
軒とそれを取り囲む壁もなかなかに綺麗だし。
Webなどを見ていると、数年前にこの部分をリニューアルしたことに気付く。
こっちから見るとなかなかに芳ばしい。
ただしガラス戸がピカピカで、店内も清潔感があるだろうことが伝わってくる。
…とはいえ、なかなかに入りづらい雰囲気だけど。
極めつけが冒頭にも掲載した、こっちから見た景観。
トタン板が渋さと"小屋らしさ"を際立たせてくれており、僕の好きな構図だ。
トタン板も数年前に張り替えている。
それまではもっとサビサビで茶色くなっており、貫禄がすごかったことがWeb検索で伺える。
では、入ってみよう。
実はこれは退店直前に撮ったものだが、これが入口からの光景である。
ため息が出るような絶景である。
4人掛けのテーブルが5つ。
赤い丸椅子。
各テーブルに置いてある、お茶の入った大きなヤカンが輝いている。
お店の客席の一番奥から入口側を振り返るとこうなる。
真冬の低い朝日が店内奥まで差し込んできてまばゆい。
入口の壁面以外には客席に窓の無いお店であるが、差し込む朝日が僕を照らしてくれていた。
さて、実際は僕の入店時には3組ほどのお客さんがいた。
いずれもこの名古屋港界隈で働いている人なのか、作業着っぽい恰好であった。
朝早くから働く人たちにとって、7:30からやっているこのお店は安いし量が多いので貴重な存在なのだろう。
フラリと入った一見さんの僕はなんだか場違いな気がして、最初に入るのを一瞬躊躇してしまったのだ。
では、ここからどうすればご飯にありつけるのか。
事前知識が無いとアワアワしちゃうし、事前知識がある程度あってもちょっと緊張してしまう。
次章でご説明しよう。
セルフ定食が至高だ
店内の正面の一番奥のカウンターにまずは行った。
そして厨房でせわしなく動くおばあちゃんに「あのー、初めてなんですけどどうやって注文すればいいですか?」って素直に聞いた。
常連さんが多いと思われるこのお店だが、おばあちゃんはとても親切にお店のルールを教えてくれた。
「左右に置いてあるおかずを自由に取っていいよ。あとでお会計するから。ここのカウンターではご飯とお味噌汁を出すけど、量はどうする?」って聞かれた。
ご飯の量は壁に掲示があったが、「茶碗・小・中・大」の4種類だ。
"茶碗"というサイズがある時点で、"小~大"は「茶碗なんてスケールじゃねーぜ」という気概を感じる。
"小"にした。
次に「お味噌汁は赤味噌しと白味噌があるけど、どっちがいい?」と聞かれた。
次にカウンターの左右にある棚から自分でおかずを選ぶ。
向かて左はメイン系のおかずである。
後で会計するので、いっぱい食べたいなら複数皿を取ってもよい。
わぁ、バリエーションが豊富だぜ。
肉炒め・野菜炒め・ナポリタン・焼き魚・煮魚、なんでもある。
ちなみにてんぷらは無い。フライはあるけどてんぷらはない。
”てんぷら屋”という名前はてんぷら屋さんを示すものでは無く、屋号だ。
これは何度来ても飽きないよなぁ。
僕はコロッケにした。定食屋のコロッケ、なんだかいいよね。
カウンターの向かって右には冷蔵庫タイプのケースがあり、お漬物や豆腐、サラダなどが並ぶ。
僕は明太子と大根おろしのプレートにした。
カウンターで受け取ったご飯や味噌汁と共に、これらをセルフで自分のテーブルに運ぶ。
壁にはご覧の通り建築用語で言うところの"ニッチ"みたいな壁に開けられた小さな棚があり、そこに湯のみが入っている。これ、かわいいな。
これでマイ定食の完成だ。
よーし、調子に乗っちまったぜ!
なかなかのボリュームだ!
特にご飯"小"がこのサイズとはね。家庭用の茶碗としては最大級クラスのものにしっかり盛り付けているレベルだ。
つまり一般家庭でいえば大盛に値するだろう。
この店で"大"をオーダーしたらとんでもないどんぶり飯になるぞ。
これで610円である。安い。
明太子で奮発しているが、お漬物とかにすればきっと500円台だっただろう。
なんてリーズナブル。
コロッケ、うま。
劇的にうまいとかそういう感じじゃなく、安心できる味。
毎日食べていてささやかな幸せをずっと感じられるテイスト。こういうのがきっと一番大事。
赤味噌のお味噌汁も冬の朝の体を芯から温めてくれた。
ほっとする朝だなぁ、いいなぁ。
こうしている間にも、入れ代わり立ち代わりお客さんが来る。
みんな忙しいのかババッと食べて早々に立ち去る。かっこいい。
定休日は土日祝日。
観光客や、この周辺以外で働くサラリーマンにはなかなか来づらい営業スタイル。
つまりは周辺で働く人たちのためのお店なのだろう。
名古屋港の産業は日本を支えていると思うが、そこで働く人々の胃袋はこのお店が支えているのだなぁ。
そんな空間に、短い間だけども部外者の僕がオジャマできて感謝なのです。
ごちそうさまでした。
自分でカウンターに食器を下げ、おばあちゃんがお皿を見て金額をはじきだしてくれる。
愛想のよいおばあちゃんだった。
奥で料理に専念しているおじいちゃんも「ありがとうございましたー!」と最後に声を掛けてくれた。うれしい。
また来なくちゃな。
コロッケは序の口だ。まだまだ食べたいものがいっぱいあるぞ。
朝からいい気分になり、僕は名古屋港の小さなお店を後にした。
閉店はショックだった
それから3ヶ月半後。
冒頭でも書いたとおり、2023年4月末にこの店は閉店してしまった。
僕はGW明けくらいにその事実を知り、眩暈を起こさんばかりのショックを受けたさ。
行った方のリポートによれば、店頭のガラス戸に一枚の貼り紙がしてあったらしい。
閉店の理由として、『物価の高騰及び設備の老朽化と体力の限界を感じたため』と書かれてあったそうだ。
あぁ…。
僕は何も考えずに安い安いと喜んでいたが、やっぱ昨今の物価の高騰も影響していたか…。悲しみ。
コロナのパニックももう終わりそうというタイミングでこれは、やっぱちょっと寂しいよね…。
サラリーマンの僕はそうそう再訪できるものでは無いが、もっと通いたかった。
いろいろ食べて、好きを見ておばあちゃんやおじいちゃんとも話してみたかった。
なぜてんぷらがないのに"てんぷら屋"なのか、直接聞いてみたかった。
願わくば何度か通ってからブログでご紹介したかったが、閉店してしまったので最初で最後の1回分のみの記事となってしまった。
創業何年なのか、Webではちょっと情報を得られなかったけど。
でも何10年単位で営業してきたというこのお店。
最終盤で訪問できてよかった。
1回きりだけど、このお店のことは忘れない。
…おばあちゃんとおじいちゃんは、今頃ノンビリと隠居生活をしているのかな…?
以上、日本7周目を走る旅人YAMAでした。
住所・スポット情報
- 名称: てんぷら屋
- 住所: 愛知県名古屋市港区船見町42
- 料金: 詳細不明(大体¥500~700)
- 駐車場: あり
- 時間: 7:30~14:00(土日祝休み)