寒ければ寒いほどいい。なんなら吹雪いていたっていい。
そんな中、七輪で焼いたおにぎりに醤油を塗ってもらうのだ。
途端に芳ばしい香りが鼻孔をくすぐる。
焼き上がったら早速食べるのがよい。
かじかんだ手には、焼きおにぎりの熱が包んだ新聞紙越しにジンワリと伝わる。
ひとくち頬張れば思わず笑みがこぼれる。
おにぎりを食べながら、「冬も冬でいいよな…」と外を舞う雪を眺めながら呟く。
…フィクションです!!
そんな体験、してみたかったです!!
これは2023年の初頭を襲う大寒波の中、「焼きおにぎりのレジェンド」と呼ばれるお店を求めて僕が奔走する物語である。
結論から言うと、89歳のレジェンドおばあちゃんは少し前から怪我で休業してしまい、焼きおにぎりには出会えなかった。
しかしその隣でいいお店を見つけることはできた。
それと、回復にずいぶん時間はかかってしまったがレジェンドばあちゃんは2023年5月にはまた復帰し、焼きおにぎりを焼き始めたらしい。
そのニュースが飛び上がるほどに嬉しく、遠い青森の地、遠い冬の季節を偲んで、新緑の季節に筆を取るのだ。
さぁ、それでは話の舞台は極寒の青森市へ…!
路地に連なるバラック小屋へ
2月の頭。
吹きすさぶ雪を踏みしめる。
人口30万人以上の年としては、世界一の豪雪地帯。それが青森市。
そんな中を僕は歩いていた。
寒い。
…てゆーか、あまり感覚が無い。
あー、手袋を持ってくればよかったな。
あと、冷えって地面から来るんだな。靴底を通して足の裏がジンジンするほどに寒い。
雪は降ったり止んだりし、太陽も頻繁に見え隠れする。
数分単位でコロコロ天気が変わるのだ。
僕が向かっているのは、世界一美味しい焼きおにぎりのお店と言われている、「はるえ食堂」だ。
「横山はるえさん」というおばあさんが切り盛りしているお店。
「横山食堂」と呼ばれることもあるし「横山はるえ食堂」と呼ばれることもあるそうだが、当ブログでははるえ食堂と表記させていただこう。
さぁ、目的地はこの通り沿いだ。
左奥の電柱のさらに奥に、はるえ食堂も含まれる店舗群が見えてきたぞ。
かろうじて除雪してある狭路をザクザクと進む。
そうそう、この赤い看板を見てほしい。
「青森魚菜センター」って書いてある。
ちょっとピンと来ないかもしれないが、「青森名物の"のっけ丼"のお店」と言えば、行ったことがある方も知っている方もいるんじゃないかな。
青森の市街地の有名な観光スポットの1つであり、丼ご飯を片手にこのセンター内の市場を巡って好きなお刺身を購入し、オリジナル海鮮丼を作れるスポットなのだ。
はるえ食堂はそのすぐ裏にある。
青森魚菜センターを表から見ると、このとおりだ。
これはこの章の1ヶ月後の姿。
今回は青森魚菜センターやのっけ丼については触れないが、いつか機会があったらここで海鮮丼を食べた話をしよう。
…閑話休題。
もう、すっごい。
雪もすごいしお店もすっごい。
この狭さではもう、車は進入できないな。
人が1人かろうじて歩ける程度の、青森魚菜センター裏の狭い路地。
そこに数店舗、まるでバラック小屋みたいな建物が並んでいる。
いやぁ、バラック小屋なんて単語、自分自身で使ったのは生まれて初めてだわ。
戦後の闇市みたいな…商店街?
商店街って呼んでいいの、ここ?
とりあえず一番手前には「営業中」の木札が下がっており、その横には半分雪で埋もれているが「奥野精肉店」・「奈良商店」・「横山はるえ食堂」・「小倉商店」・「長内くだもの店」・「福田商店」などの店名が並んでいる。
横山はるえおばあちゃん!
僕、来ました!雪の中を歩いてきました!
さぁ、焼きおにぎりまでもう一息だぞ!
雪の中で選んだ絶品惣菜
店舗群の前を通過した。…通過してしまった。
その理由は2つある。
1つ目は、各店舗に表札などが出ていないので、どこがはるえ食堂だがわからなかったからだ。
2つ目は、どの店舗も入りにくさがMAXでドキドキしてしまったからだ。
手前の2店舗は、なかなかグレードの高いセレブリティな造りの店舗だ。
なぜならドアがあるからだ。
ドアがあると雪も吹き込まないし、暖かいしな。いいよな。
しかし何店舗かはドアが無い。
ブルーシートで覆うか、開けっ放しかのどっちかだ。
慎重に見定め、はるえ食堂は後者側のお店だと判断した。
つまりは、上の写真の手前側2店舗のどちらかであろう。
カサをさしているマダムのいるお店は、まさにお店の人が接客している雰囲気だ。
あそこだろうか?
あ、ちなみにこのとき1分だけ青空が見えた。
いい写真が撮れて嬉しかった。
では、突撃しよう。
わぁ、情報量が多いな。
そして令和っぽいものが何1つ無いな。
ブルーシートの向こうは、ノスタルジーのあふれる古(いにしえ)の空間だったわ。
ここどこ?
※ この写真は店主のおばちゃんといろいろ話した後、許可を得て撮影させていただいた。おばちゃんありがとう。
僕はまずおばちゃんに「あのー、ここは焼きおにぎりのお店ですか?」と聞く。
するとおばちゃん、「焼きおにぎりのお店は隣よ。でもね、隣のおばあちゃん、先日怪我をしてお店を休んでいるのよ。」と言う。
…えっ…!
隣の店舗を覗いてみた。
ここがはるえ食堂である。
しかしなんだか雑然とした小屋のようである。
奥まで雪が吹き込み、簡素なイスや板が無造作に置かれているだけだ。
89歳の優しそうなおばあちゃんが焼きおにぎりを作ってくれる面影が無い。切ない。
じゃあさ、ここで惣菜でも買いましょう。
ここは総菜屋さんっぽいし。
手作りのおいしそうなおかずが並んでいるし。
まずは手前の鍋でグツグツと煮えて、いい香りを充満させているおでんだな。
適当に「あれとこれとこれを入れて下さい」…みたいな感じで3品ほど選んだ。
おばちゃんは「コンニャクも食べなさい」と、コンニャクを追加してくれた。
あとは焼き魚系かな?
サワラとイカをチョイスした。
おばちゃんはそれらをパックに入れ、新聞紙でグルグルっと巻いてくれた。
ふふふ、これらは夕食にビールのお供にしよう。
楽しみだ。
おばちゃんにお礼を言ってお店を出て歩き出し…。
あ、重要なことを忘れていた。
僕は再びお店を覗き、「お店の名前はなんですか?」と聞く。
「奈良商店よ」とおばちゃんが答えた。
奈良商店さん、覚えておきます。ありがとう。
晩酌と共に、青森の幸
その日の夜のことである。
僕はまだ青森市内にいた。あいかわらず雪はしんしんと降り続いている。
雪が巨大なモンスターのようにモコモコしている。
とんでもなく寒いが、僕の心は温かい。
だってこれから奈良商店の総菜を食べながらお酒を飲むんだもん。
惣菜の入ったビニール袋を持つ手は、手袋をしていないので非常に冷えるけれども、その手は幸せに繋がっているんだ。
この日はホテル泊である。
大雪過ぎてTVもまともに写らないが、そんなことは気にしない。
ビニール袋から惣菜の包みを2つ取り出した。
太陽生命の社長さんが見えるように、いい感じに包んでくれたな、おばちゃん。
ちなみにPCでこの記事を書いているとき、上の写真をサイズ加工していてマウスの手が滑り、「デスクトップの背景として設定」をクリックしてしまった。
PCのデスクトップがすんごい画像となった。
はい、惣菜オープン!
そして缶ビールもプシュッとオープン!
おでんは大根・ちくわ・コンニャクと、大角天だったかな?青森おでん独特のヤツ。
青森おでんって、まずは味付けが生姜味噌なんだ。
ちょっと独特だけども清涼感のある味で、そして体が温まる。
うまい。冷たいビールを喉に流し込む。絶妙だ。
実はレトルトのご飯も用意しておいた。
いいじゃないかいいじゃないか。これは立派な食卓だ。ワクワクしかない。
外の雪を眺めながら、チマチマと焼き魚をほじり、そしてビールを飲むのだ。
なんという雪国旅情。
こういう夜も必要だよ、人生には。
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
その数日後のことだ。
また僕は例のバラック商店群にやってきた。
とんでもない雪である。
もうここ数日ずっと雪。
そりゃ積もるわ。除雪も追いつかずに役場にクレーム殺到というおかしな事態にもなるわ。
「はるえ食堂やってないかな?」って覗いてみたが、雪の中に暗い口を開けていた。
上の写真、手前がはるえ食堂、奥が奈良商店である。
では、奈良商店を再度訪問してみよう。
「おばちゃん、先日も来た僕です」って声を掛ける。
そして鮭とホッケを購入した。
はるえ食堂がやっていなくって残念だったことを、おばちゃんに伝えた。
おばちゃんは少しだけ事情を教えてくれた。
はるえおばあちゃんは、1月の中旬くらいに転んで鎖骨を骨折してしまったんだって。
それで回復するまでしばらくお店を休むことになったそうだ。
僕はちょっと心配した。
89歳というお年で骨折したら、なかなか回復まで時間がかかるのではないだろうか。
下手すると引退もありえてしまうのではないだろうか、と。
「大丈夫よ!」とおばちゃんは言う。
はるえおばあちゃんは明るく気丈なので、直り次第お店を再開する気が満々なのだ。
そっか、ではまた近々青森に来るよ。
そのときにははるえおばあちゃんに会えるといいなぁ。
そして僕は新幹線に乗り込み、青森の地を離れることにした。
ビールを買い、車内で奈良商店の焼き魚を食べることにした。
鮭、うまい。
何がうまいのが僕のボキャブラリーでは説明しきれない。
味がいいとか脂がのっているとかではない。炭火で焼いてくれているからかな。
なんかこれ、旅情だな…。
ホッケには手を付けられなかった。
ビールと一緒に購入したほたてめしがボリューミーで、ホッケまで食べられなかったのだ。お腹いっぱい。
ホッケは翌日の晩酌のときに食べた。
青森の思い出を2回に分けて食べることができて幸せじゃないか、僕。
季節は廻り、冬から春へ
1ヶ月が経過した。僕は再び青森の地を踏んだ。
もちろん大きな目的に1つは、はるえ食堂を再訪するためである。
快晴なのである。
寒いのだが日差しがあって明るくって、歩いていると体がポカポカしてくる。
なんだか空気も緩み、人々の表情も緩み、商店街の建物の屋根からひっきりなしに雪解け水が滴っている。
なるほど、これが青森の春の到来。すばらしい!
知っている景色だが、雪が少ないとなんだか雰囲気が違う。
いや、それでもここは除雪していないためか結構積もっているし、むしろこの時期は新設が積もらないから雪が固くなってツルツル滑るんだけどさ。
それでもこれが春なのだ。
さて、はるえ食堂は復活しているだろうか…。
ドキドキしてきた。
…うん…、やってなかった。
そっか、もうはるえおばあちゃんが怪我をしてから1ヶ月半なのに、まだだったか…。
いや、回復に時間がかかっているならそれはジックリ待てる。いつかまた来れる。
不安なのは、このままお店が再開しない可能性だ。
僕は再び隣の奈良商店を覗く。
そして「おばちゃん、先月も来た僕です」って感じで声を掛けた。
はるえおばあちゃんのことを聞いてみると、「うん…、まだちょっとかかるみたいね。気持ちは元気なんだけどね。」っていう回答であった。
"まだちょっと"って、どのくらいなんだろう。オブラートに包んだ表現なのかな。
とても気になるが、僕ごときが踏み込んでいい話題でもないしな…。
でも心配だ。
とりあえず今回も奈良商店で惣菜を買おう。
焼き魚はカレイをチョイス。
あとはポテトサラダがとても気になったので、ポテサラをオーダーした。
ポテサラ、結構たっぷり入れてくれたな。
スコップみたいなヤツで大胆にビニール袋に詰めてくれていた。
このずっしりとした重みが嬉しいね。
次はいつ青森に来れるかわからないけど、ありがとう奈良商店。
そしてはるえ食堂はまたいつか機会があれば…。
その夜の晩酌タイムである。
カレイうまい。
骨が多くて食べにくさはMAXであるが、酒を飲みながらゆっくり食べるには適した魚だ。
ちょっと圧倒されたのはポテサラである。茶碗山盛りくらいのボリュームがあった。
残念ながら上の写真ではポテサラの迫力を全然表現できていないが、すごかったのだ。
ポテサラは好きだが、小皿にちょこんと乗る程度でいい。
丼でガツガツ食うような「好き」ではないのだ。
結果半分で満腹となり、残りはホテルの冷蔵庫に入れておいて、翌朝のご飯になった。
翌朝はポテサラだけで満腹となった。
新しいスタイルの朝食だな。
ごちそうさまでした。
僕はまた、はるえ食堂を目指せる
こうして僕の2回の青森の旅路は終わる。
結局はるえ食堂には訪問できなかったが、奈良商店さんとの出会いはステキだった。
2023年の早すぎる桜が咲き、そして新年度がやって来て…。
目まぐるしく移り変わる季節の中で、僕はそれでも心の片隅ではるえ食堂のことを考えていた。
ときどきWeb検索をしていたが、はるえ食堂が復活したという知らせは無かった。
そんな折であった。
2023年のゴールデンウィークすぎくらいのタイミングであった。
はるえ食堂復活の情報を見かけたのだ。
たぶん5月の頭くらいから復活。
なんと嬉しい知らせであろうか。
はるえおばあちゃん、結構時間はかかっちゃったけどもまた店頭に立ったのだ。
あぁ、行きたい。
でも近々行ける予定は立ちそうにない。
それでもさ、はるえ食堂におばあちゃんはいるのだ。
いる限り僕はまた青森を夢見ることができる。まだ夢は終わらない。
なにより、はるえおばあちゃんと同じ時代に今いること、同じ世界線にいることに喜びを感じるのだ。
いつか、はるえ食堂。
急に初夏のような陽気となった遠方の地で、僕は北国に思いを馳せる。
以上、日本7周目を走る旅人YAMAでした。
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