広島港にほど近い、埋め立て地の工場地帯の中にある小さな商店。そのお店の店頭に昭和時代に栄華を誇っていた、アツアツのうどんが出てくるレトロな自販機がある。
今ではもう取り扱っているお店も少なく、すごく貴重な自販機だ。
それを求めて全国を旅する僕がそこにやってきた。
今回ご紹介するお店の名は「五洋商店」。
普通だったらついつい見過ごしてしまいそうなほどの小さな商店で、かけがえのない思い出を作れたあの春の日のことを、僕は忘れることがないであろう…。
朝、広島港の工場地帯を目指して僕は走る
清々しいほどに晴れ渡った、ある春の朝のことであった。僕は五洋商店を目指してアクセルを踏んでいた。
朝ごはんにレトロ自販機のうどんを食べたいと思っていたからだ。いち早く食べたい。空気がきれいな朝のうちにうどんを空気のように吸い込みたい。そう思っていた。
要するに腹が減っていただけなのだが。
最寄りは広島南道路の出島ICだそうだ。僕は前のめりになりすぎて宇品ICで降りてしまったが、まぁ大した誤差ではない。O型はこういう細かいことは気にしない。
こうして瀬戸内海に突き出た埋め立て地の出島エリアへと入っていく。
埋め立て地の工場地帯だから、当然住宅地などはなくダイナミックな工場や倉庫ばかりが立ち並ぶエリアだ。場違い感がスゲーぞこれ。
こんなところに小さな商店なんてあるのか。レトロ自販機なんてあるのか。
…そう心配になってきそうではあるが、大丈夫でしょう。日本には、ホントここにそっくりな工場地帯に小さな商店があり、そこにレトロ自販機があるようなスポットが他にあるのだから。
それは僕の大好きな、神戸の「石田鶏卵」なんだけどな。あそこのうどん、また食べに行きたいよな。
おっと話が反れてしまった。僕は今いるのは広島だ。
慎重に地図を確認しながら進み、勢い余ってちょっと通しすぎてしまい、その区画を一周して戻ってきつつ五洋商店に到着した。
良い。工場地帯の真っただ中。平らでストレートで広い道が交差する角地にあり、大きな赤い屋根がその存在感を主張している。
だけども全然やぼったくはなく、無機質な工場に赤という名の彩りを添えてくれるような、ほっとできる存在のように感じた。
赤い屋根には『たばこ 弁当 ジュース』と書かれている。
僕の訪問時は朝だったので商店は営業開始前だったが、どうやらお弁当やパンや新聞などが売られており、付近の工場で働く人々の憩いの場となっているらしい。
なるほど、こういうところのお弁当も食べてみたかったな。それは次回以降の楽しみに取っておこう。
ところで本題のレトロ自販機はどこにあるのだろうか?左側からお店の裏方面に回り込んでみた。
あった。ブルーシートの陰となってわかりづらかったが、お馴染みの富士電機製のレトロ麺類自販機がたたずんでいる。
このお店のこの自販機を見るのは初めてだが、いつだって僕はこの富士電機のレトロ自販機を見ると、10年来の旧友に久々に再会したときのような気持ちになるぜ。
ただただ、出会えてうれしい。ここにいてくれて、ありがとう。
春うららかな自販機うどん、うまいに決まってる
さて、それではこの富士電機製の麺類レトロ自販機をまじまじと拝見しよう。
同じ規格で作られた自販機であっても、40年も50年も経つとそれぞれに個性が生まれる。それは汚れや傷や劣化であったり、貼り紙やカスタマイズであったり様々だ。
もう、自販機を見ただけで全国のどこの店舗のものかすぐにわかるマニアも多い子おtだろう。僕もその1人かもしれんな。
達筆な縦書きの貼り紙が渋い。
しかし食後の器を放置したりゴミを散らかす人もいるということなのだろう。心が痛む。
レトロ自販機の維持は大変なのだ。1日でも長くオーナーさんが自販機うどんを提供できるよう、僕らは感謝しつつ綺麗に店舗を使わねばなるまい。容器やゴミの放置、ダメ、絶対。
メニューは2種類。肉うどんと天ぷらうどんであり、前者は300円で後者は250円だ。んーと、天ぷらうどんにしようかな。
お金を入れてボタンを押すと、20秒ちょいのカウントダウンが始まる。そして0になるとともに取り出し口からアツアツホカホカのうどんの登場だ。この瞬間が人生で最も幸せだ。
あ、うどんの写真はちょっと待ってね。席についてから公開するから。
お箸や薬味などは自販機のすぐ脇にセットされている。容器や残り汁の回収用のバケツもある。
ご覧の通り、とても心がこもった親切な設備だ。自販機は無機質なものかもしれないけど、レトロ自販機はその向こうにオーナーさんの人柄も見えるように感じる。
お店はまだやっていないしオーナーさんがどのような方かはわからないが、きっとレトロ自販機を愛するいい人だ。感謝。
このお店にはテーブルは無いものの、座って食べるためのベンチならある。簡易的な屋根のあるあそこのベンチに座って食べようか。
僕はうどんを持ってそこへと移動した。
これが天ぷらうどんだ。ふふふ、七味唐辛子をなかなかヤンチャなボリュームでかけてしまったよ。好きなんだ、七味唐辛子が。
具はかき揚げとかまぼこ。かき揚げはふっこふこの衣で綺麗な円を形成している。なにこのゆるキャラみたいなフォルムは。食べるのを躊躇しちゃうくらいにかわいいじゃないか。
こんなまるまるとした自販機うどんのかき揚げは、他には徳島県の「横田自販機コーナー」くらいでしか見たことないかな。あそこのレトロ自販機、もう廃業しちゃって残念な限りだな。そんなことを考えながら食べる。
ダシは濃い部分が底にたまっているので少しかき混ぜてから食べるのがおススメだ。
朝の胃腸にもジワッと優しく染みわたるようなダシ。春のこの日差しとさわやかな風にとてもよく合う味わいだ。麺ののどごしも爽やかだ。
まだ静かな工場地帯の朝。ポカポカの容器の中で僕はレトロ自販機のうどんをすする。ちょっとこれさ、かなり幸せ。
こういう旅の朝を迎えられたことが、今心から嬉しい。
オーナーさん変更を乗り越え、今後も生きる
後から知ったことだが、ここは2021年にオーナーさんが代わったらしい。
2021年の8月にオーナーさんが亡くなられてしまい、それ共にこのレトロ自販機もいったんは稼働を停止した。存続の危機だった。
しかし五洋売店は復活した。別の方がオーナーを引き継ぎ、そしてその年(つまり2021年)の11月にレトロ自販機も再開してくれたのだ。
レトロ自販機の運営ってすごく大変だそうなのに、なんというありがたい話よ。
僕の訪問はその半年後だったわけだが、まだ上記のような再開を知らせる貼り紙がしてあった。
当時は「故障でもしていたのかな?」って思っていたが、こういう理由だったわけだ。
しかも朗報が1つある。
2024年現在は、この写真の一番右側にあたるところにもう1つ富士電機製のレトロ麺類自販機が設置されているのだ。
2022年初頭には設置されていたというWeb情報もあるので僕の訪問時にはなぜなかったのかナゾだが、結論として2024年現在は2つある。
神奈川県の「中古タイヤ市場 相模原支店」のように多くのレトロ自販機をジャンジャン導入して半ばアミューズメント施設化しているようなスポットだったらともかく、こういう昔ながらの個人商店でレトロ自販機を増大するというニュースはほぼ耳にしたことがない。
だからこそすごくうれしい情報だ。
僕が食べ終わるくらいのタイミングで、続々と4組くらいの人たちが自販機麺を目当てにやってきた。
「これがレトロ自販機。美味しいのよ。」とほかのメンバーに紹介する複数名グループ、慣れた感じでササッと購入して車内で食べるタクシー運転手、笑顔で丼を運ぶ父子…。
先代オーナーさんの意思を受け継ぎ、現在のオーナーさんもしっかりと自販機を管理してくれている。その様子は前章に語った通りだ。
だからこそ、こうして今も変わらず地元の方に愛されているのだろう。
そんな光景を垣間見れて、僕は朝から幸せだ。
最後に、五洋売店とは直接は関係ないが、お店から出島の埠頭をさらに500mほど先端方面に進んだところにある「出島西公園」をご紹介しておこう。
食後にあまりにも満ち足りたので、埋立地を走行時にふと目に入ったここの公園でしばしくつろいだのだ。
新緑がまぶしくて、風がさわやかで。グラウンドもあり、遠くで子供たちが球技にいそしんでいた。
僕はベンチに座り、レトロ自販機うどんの余韻に浸る。春の朝、なんて平和なのだろう。
こうして僕は旅を再開する。
ありがとう五洋売店。次は日本7周目にて、2台目の自販機から麺類を購入するとしようじゃないか。
以上、日本7周目を走る旅人YAMAでした。
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