年始早々の津軽地方は、そりゃもう寒くてさ。
前日は頑張って車中泊したのだが、今晩は暖かい布団で寝たいと心に決めたのだ。
こうして出会ったのが、鰺ヶ沢駅前にある「尾野旅館」である。
五所川原から鰺ヶ沢の間で素泊まりできて安くて、そしてヴィンテージなエクステリア。そんな条件を満たしていたのでここに決めた。
そういうわけで、今回は凍てつく寒さの中でも温かくてハートフルな思い出をくれた尾野旅館のお話をしたい。
雪の津軽で出会った旅館
19時過ぎとは思えないほどに、鰺ヶ沢は静かだった。木枯らしから身を守るために完全防御体制に入っているんじゃないかってほどに、駅前ロータリーも静寂であった。
そこから尾野旅館を目視で発見。
かろうじて玄関に灯りはついているようだが、飛び込むには少し勇気が入りそうなほどに夜の闇に溶け込んでいる。
いいぞいいぞ、雪の夜はこういう宿でひとり静かに過ごしたい。
とりあえず愛車を宿に横付けした状態で中に入り、出てきた女将さんに挨拶しがてら「車はどこに停めればいいですか?」と聞いた。
玄関脇の車庫をガラガラッと開けてくれた。そこにかわいく収まる愛車の日産パオ。
レトロな旅館にレトロな車。いいコラボレーションができたな。
ありがたい、これで夜に雪が降っても車に積もることはないし、霜で凍りつくことも防げるな。
人間用の玄関はこちら。
失礼ながら、さっきは駅前ロータリーから見て暗そうだと思ってしまったが、ちゃんと正面に立つと「ピッカー!」ってくらいに明るい。まばゆい。
そんで一歩中に入ったロビーがこちら。
おぅふ。渋いね。一転してあまり明るくないが、こういうのスゲー好みだぜ。
照明なんて最低限でいいのよ。自分を見つめ直す時間に光なんて不要なのよ。知らんけど。
暗い廊下を女将さんに案内されて辿り着いたマイルーム。
昭和レトロでいい雰囲気!特にハンガーをぶら下げているヤツが好き。名前は知らないけど。
ワクワクしてきた。そして充分に部屋を暖かくしてくれていて、かつこのポカポカ毛布!うれしー!誰だよこのクソ寒い時期に車中泊なんてしようとしていた人は。
女将の気まぐれ晩酌セット
僕は女将さんに「ちょっとこのあと近くにご飯食べに行きますね。車でここに来るとき、徒歩圏内で営業していそうなラーメン屋とか何軒かあった気がしたから。」って言った。
背景をご説明しよう。
実は五所川原で夕食にしたかったのだが、ありつけずにここまで来てしまったのだ。
「バスラーメン工藤」というボロボロのバスの中で食べられるラーメン屋があってね、そこに行きたかったのだがどうやら数ヶ月前に廃業していたようで。
暗くなりゆく中、来ないバスを待っていた時間は切なかったぜ。40年続いたバスラーメン工藤にほんの数ヶ月間に合わないって、なんというタイミングの悪さ。人生おもしろ。
あとは五所川原の駅のほど近くに「鹿内そば屋」という、ワンボックスカーでおでんやそばを食べさせてくれる高齢のおばあちゃんがいてね。
それも目視はしたんだけど準備中だったので素通りしちゃった。
だから僕は飢えているのだ。
…というわけで僕は女将さんにラーメン宣言をした。
そしたら女将さん、「近くのラーメン屋さんにわざわざ行くんだったら、何か簡単なものを作ってあげる。お正月の残りとかを使う感じになるけど、そっちの方がオススメよ。お酒に合うものを作ってあげる。」と言うのだ。
「えっ!でもいきなりお願いするのも悪いし…」とモジモジしてみたいのだが、「大丈夫!」というお返事だったので、お言葉に甘えてお願いすることにした。
せっかくの旅だもんな、なるべくレアな選択肢を選びたい。素泊まりの予定だったこの宿でご飯を食べられるんだぜ。素敵じゃないか。
そういうわけで、女将特製メニューはおよそ1時間後に受け取る約束をし、とりあえず僕は駅前のスーパーにお酒を買いに行くことにした。
駅前って言っても、徒歩1分だけどね。「鯵ヶ沢ショッピングセンターパル」だ。駅のロータリーにはブサカワ犬として一世を風靡した「わさお」のパネルもあった。わさおはこの町に住んでいるのだ。
買い物から帰ってからは冷えた体をお風呂で温めた。厳冬期のお風呂、最高。
この共同の洗面台もいいなぁ。ステンレスなのがいい。床が赤じゅうたんなのもVIP感があっていい。
ちなみに僕の部屋のある2階のこの洗面台はお湯が出ない。階下の洗面台だけお湯が出る仕様だった。
…静かだな。僕以外にお客さんはいないのかな?
賑やかな旅館もいいけど、深夜とか閑散期の静寂さを感じられる旅館の雰囲気も好きだ。
小さいころ、両親が寝静まった後にふと目が覚めてしまい、忍び足で廊下を歩いた、あの足の裏の感覚をまだ覚えている。そして辿り着いた冷蔵庫をそっと開けたときの、冷蔵庫の中からの光がまばゆいことよ。で、急に冷蔵庫が「ヴゥゥーン…」って言って心臓止まるんだよね。
あ、話が全然関係ない方に行っちゃった。
そして1時間経過。
女将さんが僕の部屋に食事を持って来てくれた。うおぉ、持って来てくれるのか。ここで食べていいのか。なんか本格的なテイストになっちゃった。
おぉぉぉ!なんかすごいの来たー!
女将さんは「ホントありあわせでごめんなさいね」とか言っていたけど、僕は踊り出しそうだ。
特に蕎麦のボリュームすげーぞ。立ち上る湯気にフワッと醤油の香りが乗っていて食欲をそそる。
女将は「明日の朝食も準備できるけど?」と言ってきたので、「お願いします」と即答したよね。
うめぇ。蕎麦は体の芯から暖まる。
この寒い日の夜、しっかりお風呂に入り、湯上りに温かい蕎麦、そしてビール。笑顔がこぼれるに決まっているじゃありませんか。
塩辛もうまい。おにぎりも食う。ダブル炭水化物か、望むところよ。
すんごい満腹になって天国のような気持ちで就寝した。
優雅な朝食時間を満喫しよう
朝を迎え、部屋の窓を開けてみた。
目の前が鯵ヶ沢駅のロータリーである。こうしてみると本当に近いのだな。
残念ながら曇天…というかこの時期の日本海側はあんまり晴れることはないので全然ショックでも何でもない。
しかしあの遠くに裾野だけ見えている山は、「岩木山」だよね?あの津軽富士と呼ばれる美しい山だ。あぁ、それが見えないのはショックだよ。
いや、冬以外の岩木山は見ているし車でグイグイ登ったこともあるけどね。冬の岩木山も拝みたかった。
トイレ。見ていただきたいのは隅っこにある小さな手洗いコーナーだ。
青緑色のバケツ。これが手洗い用の水の入ったタンク。珍しいなって思って写真を撮ってしまった。
呼び名はこの執筆時の1年くらい前にようやく知ったんだけど、"衛生水栓"というらしい。昭和時代に流行していたものだそうだ。
下に突き出た棒のようなものを手のひらで押し上げると、中の水が一定量出てきて手を洗える仕組みだ。
他にも普通に水道管の通っている蛇口でもこのように突き上げて水を出すタイプや、蛇口の真下にあるハンドルをひねることで水が出るタイプもあり、それらも衛生水栓だ。
手で触れる部分に強制的に水がかかることで清潔を保てるから"衛生"っていうらしいよ。
8時ちょうど、女将さんが朝食を持って来てくれた。
わぁ、お盆が2つ来た。
和風寄りで行くのかと思いきや洋風も負けじと食い込んできて同時にゴールインしたようなすごいメニューだ。
おかずだけでも相当なボリュームだが、ご飯がお櫃ですぞ。女将は僕のことをプロレスラーかなんかだと思っているのかな?チビなインテリメガネボーイなのに。
女将さんは「ふふ、ときどきいるのよ、このくらいペロリと食べちゃう人が」と言って去っていった。
まぁいるでしょうね。世の中にはね。僕じゃないですけどね。
それでもありがたいことこの上ない。
正直昨夜のご飯がまだ消化しきれていないんだけど、おもてなしっていいよね。食うよ。こういう女将さんがありあわせの品で作ってくれるご飯がうれしいんだよ。
…ただ、食べるペースは落ちてきたけど。
TVでは今年は雪が多いと言っている。
昨年が2cmのところ今年は39cmだそうだ。んっと、それはどこだっけ?聞きそびれた。青森市だったらもっともっとアホみたく積もると思うしな。五所川原あたりの情報?
そんな天気予報も終わったが、僕の朝食タイムが終わらない。食べ終わらない。
TVは情報バラエティみたいな番組になり、なんでもかんでも低温調理するとうまいとか専門家が言ったりしている様を「ふーん」とドライな眼差しで眺めたりした。
結局1時間ずっと食べ続け、食べ終わったら9時になっていた。
お櫃のご飯は軽めに1杯のみ。これが限界。
チラチラと雪が舞う。風もある。寒い。
女将が「ありがとうね」と言ってくれた。
こちらこそです、お蕎麦おいしかったです。真冬の津軽で、いろいろ温かいものに出会えたよ。
女将に手を振り、愛車の日産パオのアクセルを踏む。
この数分後に僕がどこに行ったのかというと…。
まぁ気になる方は以下のリンクを辿ってみていただきたい。
以上、日本7周目を走る旅人YAMAでした。
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