予約電話のときから、なんか変だった。
僕:「○月○日、1泊2食で」
飛内さん:「いいよ。ところで夜、何が出てもいいよね?」
僕:「あー…、フルーツ苦手なんでそこだけ調整してもらいたいのですが…。」
飛内さん:「そうじゃない。オバケとか出てもいいよね、ってこと。」
僕:「オバケ。」
飛内さん:「オバケ。」
Twitterで開催したブログ執筆希望の宿アンケートで、手に汗握るデッドヒートの末、「とびない旅館」が1位となった。
そうかそうか、みんな無邪気な60歳児、「飛内さん」のワンパクっぷりを知りたいか、そうかそうか。
しかし、僕の文章能力でどこまであの宿の酔狂っぷりをお伝えできるだろうか?
とびない旅館の営業妨害になってしまわないだろうか?
最初に言っておくと、最高だった。
死ぬほどクタクタになり、ワケわかんなかったが、一生忘れられない体験が次々と襲い掛かってきた1泊2日だった。
それをご理解いただけるよう、頑張って語る。
では、日本6周目序盤のあの旅を、みんなで追体験しようぜ。
- 【1】その男、クセがあり過ぎる
- 【2】料理をしないシェフ・絶叫シェフ
- 【3】焦げハンバーグといもすり餅
- 【4】100畳の宴会場は趣味に埋まる
- 【5】おい、風呂の準備はどうした
- 【6】朝ご飯は栄養ドリンク
- 【7】下北妖怪ハウスへようこそ
- 【8】電話回線を通してもすごい人
- 住所・スポット情報
【1】その男、クセがあり過ぎる
霊場「恐山」で有名な町。
夕方の17:00、フロントガラスの向こうにとびない旅館が映り込んだ。
「いよいよ来てしまったな」と、僕はツバをゴクリと飲み込んだ。
あなたであれば、旅館は体を休めるために使うだろう。
チェックインしたら「ふぅ、一息付けるぞ」って思うだろう。
違うんだ。
このとびない旅館の場合は違うんだ。
ここからが本番だ。ここからスタミナをギュンギュン吸い取られるんだ。
だから直前までこのすぐ近くのカフェでしっかり英気を養っておいた。
相当に年季の入った大きな旅館だ。
これを1人で切り盛りしているのが、宿主の飛内さんだ。
「スゲー!こんな旅館に泊まる客全員を1人で対応できるのか!?」って思うかもしれないけど、宿泊客は連日ほぼゼロとのことだ。
毎年7月下旬の恐山大祭を除けば、宿泊客はとびない旅館に興味を示した物好きな客しかいないと聞いている。
あと、宿の大半は飛内さんの趣味の物品で埋まっているので、実際に宿泊用に稼働しているスペースは一部のみだと聞いている。
…この辺はおいおい話そう。
旅館の建物の隣に車を停めた。
過去に読んだブログによると、この瞬間に飛内さんが大喜びの猛ダッシュで突撃してきて、もうその瞬間から怒涛のトークが繰り広げられるという。
しかし、僕の場合はそうじゃなかった。
飛内さん、飛び出してこない。
まぁいい。「客の車が駐車場に入って来ても宿主は飛び出して来ない」って、それ普通のことだから。
玄関のカギはかかってなかった。
サッシをガラリと開けて、旅館内に入る。
視線を感じて左を向いたら、「ゲゲゲの鬼太郎」の生首がいた。
あと、人間サイズのロボットがいたりした。既に妖しさMAX。でも人間はいない。
「すみませーん」・「予約していたYAMAでーす」・「おーいおーい」。
僕の声は旅館内に虚しく響き渡った。
おっかしいな、17時に行くって事前に伝えておいたのに。
…って思っていたら、玄関のサッシの外側に気配を感じた。
いや、わからんし。
てゆーか、サッシ開けなよ。自分の家だろ。
「飛内さんね、ちょっと買い物に行っていたの」と言っていた。
確かにスーパーのレジ袋を持っていた。野菜が入っていた。
ちなみに飛内さんの一人称は「飛内さん」なのだ。不思議系女子のようだ。
こうして入ってきた飛内さんは、いきなり僕に「君はホビー系?それともスポーツ系?」みたいなことを聞いてきた。
両極端な質問であり僕はどっちでもないのだが、これは金の斧・銀の斧クラスの重要な2択だと思う。
脊髄反射で「ホビー系」と答えると、飛内さんは「僕もです!友達!!今日は楽しくなりそうですね!そう思いませんか!!?」とすごくハイテンションで返してくれた。
そっち方面には全然疎いので一抹の不安を感じたが、飛内さんは「ではお部屋を案内しますので2階へどうぞー!!」とニッコニコだ。
旅館内、すごく広ーい。20部屋あるという。
ただし、前述の通り宿泊客が来るケースは少ない。
あとで説明するが、予約の電話のときに普通の客は断られてしまうのだ。
「飛内さんと過ごしても耐えられる」と判断した者のみが、晴れて宿泊できる。
あと、飛内さんによるマンツーマン接客が基本なので、20部屋もあるのに1組しか泊まれないっていう事情もある。
ここに来たからには、飛内さんから逃げられないぜ。
部屋である。
布団が2つ敷いてあるのは、実は同行者がいたからだ。
しかし僕はこの部屋での記憶がほとんどない。その理由は、この記事を読んでいけばきっとご理解いただけると思う。
飛内さんは「YAMA君が希望していたのでね、座敷わらしの出現率が一番高い部屋を用意しておいたよ」と言う。
いや、希望していたっけ?オバケって言ってなかったっけ?
What is 座敷わらし。
実はこの旅館、座敷わらしが出ると言われているのだ。
そういう系では割と有名。
「全国の座敷わらしの出現する施設」みたいな本の1コーナーにも掲載されているのを、実際に見せてもらった。
あとはぶっちゃけ特に興味ないんだけど、最近の飛内さんまわりのニュースみたいなのを20分くらい聞かされた。
部屋の中で立ったまま。
あのー…、荷物とかとりあえず置いて整理したいのだが…。
【2】料理をしないシェフ・絶叫シェフ
「それでは、がんばって夕食の支度をしてきまーす!下に来ればお茶とかあるから、よかったら来てくださいねー!」と言いながら、飛内さんは1階に降りていった。
さて、この部屋ではやることがない。
西日がとても暑い。
せっかくとびない旅館に来たのだから、1階の雰囲気を味わいながら夕食を待つのも良いだろう。
10分ほどで最低限の荷物の整理などを済ませ、1階の食堂へと降りた。
いや、「食堂へと降りた」とか書いたけどさ、最初はここが食堂とは思わなかった。
待合室とか受付とか、そういう事務的なスペースだと思っていた。
だって、あまりに物が散乱しているんだもん。
まともにイスがあるのは4席分くらいだろうか?
僕がそこに座ると、その気配を感じたのか飛内さんがウッキウキな顔で厨房からやってきた。
「はい、お茶を出しておくねー」と言い、ペットボトルのお茶が登場。
「あとさ、飛内さんのTV出演したDVDがあるから、夕食待ちながら見ておいてよ」と、ポータブルプレイヤーを起動させる。
僕はTVを見ないから詳細は知らないが、「久保みねヒャダ こじらせナイト」という番組に飛内さんがときどき出演しているということは知っている。
とりあえず見るか。
しかし再生すること数分、プレイヤーが「ボムッ」って感じでフリーズし、飛内さんの顔が中途半端な表情で止まった。
シンパシーを感じたのかなんなのか、超人的なタイミングで飛内さんが戻っていてなんかやんやで対処する。
無事に映像が動き出すと、「でね、この番組のときにね…」・「このシーンはね…」と、飛内さんのマシンガン解説が始まる。
飛内さんはいつも怒濤の勢いでしゃべり、こちらが会話を挟む隙を一切与えない。
「飛内さん、ちゃんと息をしているのか?」っていう勢いでしゃべる。
「息は吐くのと吸うのを交互にした方がラクだぞ」と教えてあげたい。
僕は画面の中の飛内さんを眺め、そして目の前でしゃべり続けるの飛内さんを見る。
「同じ人だ」と思った。
それから「2人いると疲労がハンパないな」って思った。
飛内さんの話は終わらない。
「これね、今作っているプラモデル。かっこいいでしょ。」と、テーブルのすぐ脇にある宇宙船を取り上げる。
「これはねこぜさん。子供に見せると喜ぶの。作り方教えてーとか。」と、青森好きのブロガーねこぜさんのキャラクターをいきなり紹介してくる。
ねこぜさんの話は度々急に出てくるので、カクゴしておいたほうがいい。
「このポスターの人わかる?この人と飛内さんのお父さんが知り合いでね…」
「飛内さんね、若い頃に自主製作映画を作ったの。それでね…。」
「遺産相続の揉め事は大変だよ。ホント大変。」
なにがなんだか、わからない。
とんでもない勢いで話が場面展開し、かろうじて「へぇー」・「そうですかー」の相槌くらいしかできない。
しかし飛内さんはお構いなしだ。
独特のなまりと抑揚の少なめのイントネーションで、とにかく休みなく話す。
そんで大体最後に「あー、もう人生嫌になったーー!!」と叫んで、話のちゃぶ台を引っくり返してエンドだ。
こっちはポカーンだ。
しかし目の前の飛内さんは出すもの出してスッキリした顔をしている。
なにこれ。
気づけば飛内さんがテーブル越しに立ったままマシンガントークを始めて1時間半が経過していた。
あれ、この人は夕食を作るつもりじゃなかったんだっけ?
尋ねてみると飛内さんは「ハッ!」と大袈裟なリアクションで気付く。
「しまったー!わたくし、本気で料理させていただきます!!もう、お部屋で待っていてください!!」
なんか追い出された。
もともと飛内さんに1階に呼ばれたのに。
しばらく2階の部屋にいると、下から「ギャーーー!!ハンバーグが焦げたー!!」という悲鳴が聞こえてきた。
気になる。
「あーッ!!もう7時10分だ!ギリギリだ、ひゃー!」という声も届いた。
そもそも夕食は19:00じゃなかったっけ?
ギリギリとは。
さらにしばらくすると、「うおー!ウホホホホーーー!!」みたいな愉快な声も聞こえてきた。
この広い旅館でここまで届く声。どういうことだ。お祭りですかな。
「ちょっとー!!YAMA君、ちょっとーー!!」と呼ばれた。
もう全然部屋でくつろいでいるどころではないではないか。今度は何が焦げた??
厨房に入るように言われたので、入った。
予想に反して飛内さんはニコニコしていた。
「あのね、これ見て。僕ね、ご飯作るの早くなったの。」
"普段"を知らねーわ、予定時間をとっくにオーバーしているわ…。
開いた口がもっと開くわ。あご、外れるわ。
「もうちょいだから、お部屋で待っててくださいねー。」と言われ、再び戻る。
…30分くらい待っただろうか?
時刻は既に20時を回っている。
「ちょっとー!!YAMA君、ちょっとーー!!」って、また呼ばれた。
ようやく夕食完成かな。てゆーか、さっき自慢されてからかなり待ったな。
すると飛内さんは「これからいもすり餅を作ります!手伝ってください!」と言ってくる。
調理、まだ終わっていなかった。しかもヘルプを求められた。
予想の斜め上の展開だ。
「はい、ここで手を洗って、これで手を拭いて…」と指示通りに行い、準備OKだ。
いもすり餅とは、もともと青森県むつ市の郷土料理であったが、ほぼ絶滅してしまったもの。飛内さんがお母さんのレシピを基に復活させたそうだ。
それを今から作る。
ちなみに実は僕、以前に調べて実際に作ったことある。
料理ブログではないので詳細は割愛するが、ザックリと以下の通りだ。
- 皮を剝いたジャガイモをすりおろす。
- ふきんで力いっぱい絞る。出てきた汁は捨てずにボウルへ。
- ボウルに溜まった汁が分離するまでしばらく待つ。デンプン質が沈殿したら、上澄みだけ捨てる。
- 「2」で絞ったすりおろしジャガイモを、「3」のデンプンボウルの中でコネコネ。
- 「4」を一口大の円形にする。
- いい感じのダシを取った鍋に「5」を投入。他に鶏肉など入れて煮込む。
ジャガイモは素早くすりおろさないと空気に触れて茶色くなってきてしまう。
飛内さんに「遅いよ」と言われた。
いやしかし、飛内さんの握力と腕力がすごすぎるのだ。僕には無理。
これらの写真は、ちゃんと飛内さんに許可を取って撮影させていただいた。
ひとしきり自分の担当調理を終えてからの撮影だったのだが、飛内さんに「なんだー、もっと早く言ってくれればいろいろ撮影してあげたのにー」と残念そうに言われた。
いやいやいやいや、ただでさえ夕食の時間がメッチャ遅れているのだぞ。
こうして20:20、ようやく夕食タイムである。
【3】焦げハンバーグといもすり餅
飛内さんが「夕食を作ります!」と宣言してから実に3時間。
夕食が完成した。
トレーの上の皿の過半数にキュウリがあるのがチャームポイントだ。
その背後にDVD類とプラモデルが散らばっているのは、さすがとびない旅館。
序盤で飛内さんが叫んでいた、焦げたハンバーグだ。
なかなかに上質なダークマターである。
しかし大丈夫大丈夫、このくらいなら僕は食べられる。
合作のいもすり餅。
うむ、これは文句なしにうまい。
デンプン質の影響か、ジャガイモしか使っていないのにモッチモチなのよ。
簡単にできるから、ぜひあなたのご家庭でも試してみていただきたい。
そして目の前には飛内さんである。
飛内さんは宿運営の最低限の業務以外は、己の全てを投げ打って接客に従事するぞ。
食べている目の前でしゃべりまくっている。ネタは尽きない。
「すごいでしょ。それはね、イカの中にイカを詰めたの。」とか言ってくる。
サラッと自慢する系のネタは、これに続いて「頭カチカチの人だと思いつかないよね。この辺の人とかはだからダメなの。飛内さんみたいに柔軟じゃなきゃ。これをに売り込めばうんぬん。ほら、YAMA君もこういうネタを応用してこうすればうんぬん。飛内さんとお話できてよかったね。」みたいに妄想劇場がとめどなくドバドバと展開される。
大体このパターン。
40分くらいしたら、飛内さん疲れたのか座った。
でも口だけは元気だ。
飛内さんのネタは、大体はホビー系のネタ・政治のネタ・下北半島をディスり・地域の人との折り合いがつかない話などだ。
これらがガショガショ入れ替わりながらやってくる。
早口なので全部は理解できない。
やはり最後は「ウフフ、すごいでしょ。」か「もおぉーー!やんなっちゃう!!」で終わる。
そんなこんなで1時間40分が過ぎた。
とっくに食事の皿は空だが、飛内さんのパフォーマンスが終わらなかったのだ。
【4】100畳の宴会場は趣味に埋まる
食事タイム(トークショーとも言う)が終わったのは、22:00だ。
普通の旅館であれば、さすがに解放されるであろう。
ぶっちゃけ、僕は疲労困憊だ。飛内さんからインプットされる情報量が多すぎるのだ。
しかし、まだ終わらないぞ。
「では、これから宴会場を紹介しますね。どうぞー!着いてきてー!」と、飛内さんは無邪気に僕を先導する。
なんてこった。
100畳ある大広間がオモチャで埋まっている。
その昔、この旅館がにぎわっていた頃はここは宴会場であったし、披露宴会場になったこともあるという。
それが、なんということでしょう。
人間が宴会しているのではなく、オモチャが宴会しているわ。
飛内さんのテンションはここに来てさらに上がる。元気だ。
ルンルンでこれらの説明を始めている。
自分のオモチャを見せる子供のようなワクワクっぷりの飛内さんだが、まさにその通りなのである。
なんて純粋。なんて曇りのない瞳。
ほとんど実物大のプラモデル…の箱?
この箱だけでも価値がありそうな気がする。
飛内さんは、こういうのまでコレクションしちゃう。
マジな話、飛内さんはプラモデルやサブカルチャーなどに精通している上、自分で工作などをデザインすることもでき、その業界ではちょっと有名人なのだ。
飛内さんのサブカルを取り上げられた雑誌をたくさん見せてもらった。
でもいろいろ、お腹いっぱいだ。
銃のコレクションもすごい。
数々のプラモデルは、そのまま資料館にできるくらいの数量と価値があるのだろう。
後述するが、道路を挟んだ向かい側もこういったコレクションで溢れているからな。
あと、自分の顔写真が埋め込まれたキーホルダーとか見せてもらった。
一応販売もしているらしい。
なんかの教祖の、こういうキーホルダーってあるよなって思った。
「世の中では断捨離とか言うけどね、違うと思うの。好きなものを手放して幸せなワケないでしょ。捨てるなんて誰でもできるよね。全然すごくない。」と飛内さんが言う。
そりゃこれだけの空間があればね…。
そしてこの空間、わりとえらいことになっちゃっているけどね…。
ホント、ここに映っているのはごく一部なのだ。
本当はこの30倍はある。
プラモデルの未開封の箱だけで全ての壁が天井までギッチリ埋まった部屋もある。
右手を見てほしい。
広間には、戦車が走り回れる手作りフィールドもある。
飛内さんは実際に戦車を操縦しながら、「これで子供たちと遊ぶと、すごく盛り上がってくれるんだよ。ほら、こうやって撃つの!」って言ってた。
確かに僕も子供時代にこれを見たら興奮するかもしれないし、学校帰りにフラッと立ち寄ってこういうおじさんの家で友達と遊ぶのとか、なんか昭和っぽくて楽しそうだと思った。
それを母親に報告したら眉をひそめられる…までがセットだと思うけどな。
人間大のねこぜさんの人形もあるし、巨大て続くロボもいる。
GLAYのサイン入りポスターもあり、「また来ます!」と直筆メッセージもある。うん、マジに来ているんだよ、ここ。
「これね、飛内さんがデザインしたの。子供たちに歯磨きは大事だよって教えるためのロボット。こうやって動かすと歯ブラシで歯を磨いて…。」と、ペーパークラフトのロボットのギミックを見せてくれる。
こういうデザインができる才能はすごいと思う。
そして子供たちを意識しているのも素晴らしいと思う。
チェックアウト時、「YAMA君にもあげよう」と、このロボットのペーパークラフトをもらったのだが、2022年現在まだ組み立てていない。
もうしばらく寝かせておこう。
飛内さんはノンストップである。
もう1時間が経った。23:00過ぎだ。
立っているのもフラフラなくらいに疲れたし眠い。
Webでは「大広間では放っておくと3時間はトーク続く」と聞いているので、「じゃあそろそろお風呂に…」って言って切り上げた。
飛内さんは宴会場を出る直前、クルリと振り返ると僕に向かって「怪しい旅館にようこそ」と言って来た。
このタイミングで何言っているんだ。来る前から知ってるわそんなもん。
【5】おい、風呂の準備はどうした
「これからお風呂の準備しまーす!がんばりまーす!」
そう叫んで、飛内さんは1階の廊下の奥の暗闇に消えて行った。
ひとまず2階の部屋に戻って待機しよう…。
本当に疲れた。
お風呂の準備をしつつも、ウトウトしてしまう。
ふと時計を見ると、23:50だった。
もう40分以上経っている。ちょっと遅すぎやしないだろうか。
僕は様子を見に行くことにした。
ヒタ、ヒタ、ヒタ…。
薄暗い廊下を1人、歩く。
初めての空間なので、どこに何があるかわからない。ちょっと怖いな。
ふと右手に電気の点いている部屋が出てきた。
事務室だろうか…。
僕はドキドキしながらその部屋を覗き込む…。
そして内心「ギャーー!!」って思った。
飛内さん、寝てる!!
事務室のイスに座ったまま寝てやがる!!
マジかよ!!
「飛内さん!!」って声を掛けると、跳び起きた。
そして「うわー!お風呂お風呂ーー!!溢れるーー!!」と言いながらお風呂と思われる方向にダッシュしだす。
手動で止めなきゃいけないタイプか。何やっているんだ。
そう思いながら、僕も飛内さんの後ろからダッシュする。
2人で連なって、暗い廊下をダダダッ…って走った。
お風呂、ザバザバに溢れ続けていた。
「イグアスの大滝かな?」ってくらいにザーザー流れていた。
飛内さん:「わわわわわわ…、止めなきゃ止めなきゃ!」
蛇口をひねって、まずはお湯を止める飛内さん。
飛内さん:「わわわわわわ…、入浴剤入浴剤!!」
エメラルドグリーンの粉末が雑に散布された。
飛内さん:「わわわわわわ…、潜水艦潜水艦!!」
潜水艦。
飛内さんがポイポイ投げ入れていた。
「そっか、潜水艦か」って思った。
ここまでの作業を終えた飛内さんは「いい仕事をした」みたいな爽やかな顔で、「お待たせしました。ごゆっくりお入りください。」と、やたらうやうやしく言って来た。
なにそれ。
いまさら紳士ぶってきた。
深夜のお風呂に浸かった。
ようやくリラックスできる時間であった。
指でチョコンと潜水艦をはじき、ボンヤリと壁を眺めた。
そういやこの絵も飛内さんが描いたと、どこかのWebサイトで見たな…。
思い出の風景…とかだったかな…。
そう思ったが、もうそれを飛内さんに聞く気力は無かった。
風呂上り、タオルを首にかけて「ふぅー…」と1階の廊下を歩いていると、飛内さんに出くわした。
「ふふふ、まるで旅館みたいですね!」って言って来た。
「旅館だと思っているよ!ちげーのかよ!!」っていう意味のことを丁寧に口にした。
その後、1階の洗面台でドライヤーを使い、髪を乾かす。
もう時刻は深夜の1時近い。
「YAMAくぅーん」と、飛内さんが柱の陰からニッコリ現れた。
「飲もうよ。2人でこっそりウイスキー飲んじゃおうよ。」って、いたずらっ子みたいに言って来た。少しかわいい。
これにつきあうと、マジで夜更けまで拘束されると聞いている。
確かに僕はお酒はそこそこ好きだ…。
でもね、無理なんだ…。もう、無理なんだよ…。
僕のライフはとっくにゼロよ…。
丁重にお断りし、布団にダイブすると秒で寝た。
【6】朝ご飯は栄養ドリンク
朝が来たようだ。
普通旅館の朝ご飯は7:00とか7:30が相場なのだろうが、僕が起きたら8:00だった。
しまった、疲れすぎて寝過ごした。
厨房を覗くと、飛内さんと同行者が朝ご飯の支度をしていた。
… …ん?
なんかおかしい気もする光景だが、もう気にならないし、気にするだけの気力もない…。
「座敷わらしに会えた?」って聞かれたけど、爆睡しすぎていた。
仮に座敷わらしが30人で僕の周囲を盆踊りしていても、きっと気付かなかったであろう。
朝日射す食卓。
ゴチャゴチャとテーブルの上に散らばった物品も、心なしか朝日で輝いていた。
テーブルにトレイがセットされたところで、飛内さんが「うわー!朝ご飯の栄養ドリンクを買い忘れた!これから急いで買いに行きます!!」と言って消えた。
数分待っていたらすぐに帰ってきたけど。
これが朝の布陣である。
トレイの一番奥に、飛内さんが買ってきてくれたばかりの栄養ドリンクがセットされた。
これもデフォルトの布陣である。
飛内旅館では、栄養ドリンクもメニューの1つなのだ。
宿泊客をヘロヘロに披露させたことに対する、せめてもの罪滅ぼしなのだろうか?
いや、飛内さんはそこまで考えていないかな?
そんで、あんまり聞きなれない銘柄のものが出てくるのもお馴染みなのだそうだ。
…これはどこかで見たことあるな。
飛内さんが即興で買って来たから、マイナー路線に走り切れなかったのかな?
そんなことを考えながら栄養ドリンクを眺めていると、飛内さんが「はい、YAMA君にはもう1本だ!」とさらにもう1本くれた。
「そんなにも疲れているように見えたか」という気持ちと、「栄養ドリンク2本程度でリカバリできると思うなよ」という気持ちがフィフティー・フィフティーになった。
あと、もう書くまでも無いけど食事中はやっぱり飛内さん、対面でしゃべりまくっていた。
「飛内さんと話すと勉強になるでしょ!これをうまく活用して社会を生き抜いて!」みたないことを延々言っていた。
朝食後、身だしなみを整え、荷物を整理し、チェックアウト…。
…しないんだな、これが。
「下北妖怪ハウス」。
飛内旅館の向かいにある、今回のラスボスである。
これも飛内さんの所有なんだぜ。
次の章にて、ここを攻略する!!
【7】下北妖怪ハウスへようこそ
昔はお土産屋さんだったというこの建物を飛内さんが買い取り、例によって自分好みのワンダーランドにしてしまっているそうだ。
飛内さんがガラリとシャッターを開ける。
めくるめく妖怪ワールドが、白日のもとにさらされる。
妖力と軍事力で空間を征す
まず目に飛び込んで来るのは、「ゲゲゲの鬼太郎」のキャラクターたちだ。
ほっこりするが、どことなく闇を感じさせる造形。
ゲゲゲの鬼太郎は何度もアニメ化されているが、昭和時代の古いバージョンに近いな、これ。
鬼太郎とネズミ男の比率が高いな、ここ。
なぜここが妖怪で溢れているのか。
それはこの地で2003年に「下北妖怪夏祭り」というイベントが行われ、飛内さんがその実行委員長だったからなのだそうだ。
下北の恐山は霊山だから、そんな絡みで妖怪イベント開催の地となったのかな?
そのイベントにあたり、近所の人と共にいろんな物を作って町を盛り上げようと考えたのが飛内さんだったのだ。
でもまぁ、地域の人と折り合いがよろしくないんだよね。
このあたりは詳しくないけど、なかなかの確執なんだよね。
飛内さんは「この街はダメだ」とぶつくさ語る。
"妖怪・下北ぶつくさ"っていう名前をつけてもいいくらいに、恨み辛みの籠った顔で愚痴る。
これらは頭に被れるようになっているらしい。
いくつかは本当に不気味で、かなりクオリティ高いぞ。
さて、この空間にいるのは妖怪だけではない。
プラモデルもたくさんある。死ぬほどある。
あ、あなたは「またプラモデルの話かよ」って思ったろう。
だってしょうかないじゃない、あるんだもん。
現地にいる僕の方が、あなたの3倍くらいのうんざり顔で「またプラモデル…」と絶句していたぞ。
この下北妖怪ハウスも兵力がすごい。旅館と同じくらいすごい。
国の1つや2つは滅ぼせるくらいのプラモデル。
妖怪の持つ超科学的な力とこの軍事力を持ってすれば、飛内さんは無敵なのも納得だ。
なお、この空間に飛内さんが昔ながらの商店のハリボテを作ろうとした痕跡も見える。
飛内さんの思い描いた理想の世界が、ここにある。
今でこそ物置のような空間だが、思い描かれていたゴールはどのような世界なのだろう?
普段は日の目を浴びない妖怪たちが、少しだけ切ない。
手作りの地獄が口を開ける
「2階はね、飛内さんの作った地獄なの。見てきていいよー。行ってらっしゃい。」
飛内さんはそう言い、2階のブレーカーを上げる。
おや、珍しいな。
ここではマンツーマンディフェンスしないのか。
飛内さんがにぎやかに解説してしまうと、地獄の恐怖も打ち消されてしまうということかな?
閻 魔 殿 。
飛内ワールドの集大成が、この奥に眠っている。
ドキドキしながら中に足を踏み入れる。
いきなりエキセントリックな場面が展開された。
鬼が立ちはだかっており、その前で人々が何か懇願しているようなポーズをとっている。
右手には三途川と書いてある。
そうか、ここは三途川。
死んだ人がまず渡る川だ。
これから地獄なのか極楽なのか、ジャッジを受けるのだな。
はい出たー、閻魔大王!!
なかなかに気合の入った造形とサイズである。2mくらいあるかもしれない。
実際に見ると結構な迫力だよ。
ここで判定される。
もちろん、行き先は地獄だ。
はい、わっしょーーい!!
臼みたいなので人間がプレスされておる。
命乞いしようが無駄だ。そもそももう死んでいるし。
残虐だ。鬼たちの顔がイキイキしすぎている。
いろんな地獄が次々に現れるぞ。
釜茹で地獄か?
人間を槍みたいなので突き刺して、灼熱にドボンですか。
わーーー!!バラバラだーー!!
飛内さーん!怖いよー!
飛内さんの心の闇が見えているよーー!!
今まで陽気に接してくれた人がふといなくなったタイミングで、「実はあの人が真犯人です」って気付くパターン、サスペンスでよくあるよね。
アレだ。あのパターンだ。
サスペンスドラマであれば、この数分後に僕は1階で飛内さんに会うだろう。
そのとき、飛内さんは「2階で何を見たの?」とちょっと鋭い目つきで聞いてくるだろう。
僕は「いや、何もなかったよ」と、ちょっと挙動不審に答えるのだ。
でもボロが出ちゃって、飛内さんが「俺の心の闇を見たなー!」と豹変して、なんやかんやだ。知らんけど。
とにかく、各種地獄があって、地獄のオンパレードで、みんな阿鼻叫喚。
鬼たちは残虐ファイトでハッスルしすぎ。
そんなこんなだが、最後救われるのかなんなのか、青空を模した部屋に青い観音様がいて、頭上を青い鳥が飛んでいた。
これはこれでちょっと狂気じみたものを感じたが、しっかりストーリーはまとまった。
「すごかったでしょ!怖かったでしょ!」と飛内さんはルンルンで1階で待ち受けていてくれた。
【8】電話回線を通してもすごい人
最後の項目では、ここまでで紹介しきれなかった「まぼろし商店街」という下北妖怪ハウス内のコーナーの写真を挿入していくぞ。
予約時の諸注意
飛内旅館は、以下のような特徴を持つ宿である。
- 座敷わらしが出る
- プラモデルであふれる
- 妖怪グッズが多数ある
- GLAY好きの聖地の1つ
- 飛内さんのパワフル接客
原則「5」は逃げられない。
それ以外に「1~4」に興味のある方にとって、面白い宿であろう。
ただし、Web等から予約はできない。電話のみである。
そしてその電話が最初の関門だと思っておいていただきたい。
飛内さんは「はい」と言って電話に出る。
「とびない旅館ですか?」のように聞いてみよう。
「さようでございます」と言ってくるので、そしたら予約したい旨を伝えるのだ。
そうすると「えっ?どこで知ったの?」・「ホビー系ですか?」などとあからさまに警戒してくるので、「Web・ブログで知りました」・「〇〇に興味があります」と言おう。
これを言わないと、たぶん断られる。
例として、「100畳の宴会場に展示されているプラモデルをぜひ見せてもらいたいので!」みたいな感じだ。
そうすると飛内さんにスイッチが入る。
ホビー系の話から政治の話まで、20分くらい拘束されるからカクゴされたし。
飛内さん、なんかしゃべるだけしゃべると満足して電話を切りそうになったりするので、ちゃんと予約と氏名・電話番号の提示は忘れずにしておこう。
ここまでに書いた通り、飛内さんは相当にクセが強い。
世の中の全員と友達になれるとは限らないキャラだ。
そして、宿でゆっくりくつろぎたい人にも厄介なキャラだ。
そういう人は泊まらないほうがいい。絶対にお互い不幸になる。
「飛内さんのことをわかっていて、飛内さんを受け入れられる人」。
それが飛内さんの選ぶ宿泊客なのだ。
そういう人に徹底的に持論をぶつけたいので、1日の宿泊客が1グループのみなのだ。
これ、一番大事。
2022年晩夏、飛内さんとの電話
僕は飛内さんに電話した。
冒頭に記載の通り、Twitterアンケートで1位になったので、「ブログに書かせてください。写真掲載させてください。」というのが目的だ。
電話の向こうから、懐かしい飛内さんの声が聞こえた。
飛内さんは僕が元宿泊者だとわかると、「あのね、すっごいの!」って言い出した。
わけわからん。
続けて「すっごいドバドバ出てるの!」って言って来た。
僕は察しがいいので「座敷わらしですか?」と尋ね、それが正解だった。
「春には地元のTVにも出たの。座敷わらしを見に来たの。東京のTVだったらわかるんだけど、青森なのにこんなことを取り上げて、まぁなかなかやるよね。」と青森をナチュラルにディスる。
「TVにも座敷わらし映ったの。そんですごいのが一昨日に親子が泊まったときにね…。あ、これはまだちょっとオフレコなんだけどね…(以下略)」と、話が止まらない。
相変わらずの飛内さんだ。
コロナ影響はどんな感じなのか、聞いてみた。
「全然お客さんいないよ」と、サラリと返ってきた。安定の、客を選ぶ宿だ。
「でもね、ウイルスバスターを3台入れたんだよ!バッチリ!」とのこと。
…ん??
トレンドマイクロ社が開発した、パソコンのセキュリティを守ってくれるソフトのことか?
でもたぶん飛内さんが言いたいのは、コロナウイルス対策の空気清浄機のことだな。
念のためコロナウイルス対策商品で"ウイルスバスター"というのが無いかWebで検索したけど、見つからなかった。
とりあえず飛内さんが元気そうで安心した。
あと、愛用の昭和レトロな黄色い車がブッ壊れたと言っていた。
「TVに出てお金をガッポリもらえればいいんだけどね」って言っていた。
すっごい話が反れて20分くらい経ってしまったが、僕は「飛内さんの写真を掲載してもいいですか?」と聞いてみた。
予想の向こう側の答えが返ってきた。
「使ってもいいけどさ、そこは二段構えがいいのよ。まずは1枚目で、目にマスキングを入れるの。犯罪者みたいでしょ?読者には『あれ?この人は犯罪者?』って思わせておくの。そんでしばらくしてからの2枚目でちゃんと素顔をさらすことで…(以下略)」
ナニガナンダカワカラナイ…。
それでも僕は律儀だから、1枚目、つまりこの記事のサムネイルの飛内さんの顔には、目にマスキングを入れるよ。
読者の方がどう思うかは、あなたご自身の判断におまかせする。
とにかくありがとう、飛内さん。
*-*-*-*-*-*-*-*-*-
…あの日、下北妖怪ハウスの前で手を振る飛内さんに別れを告げ、曇天の中を車で走り出した。
そしてすぐに1つイベントを忘れてしまったことを思い出した。
「しまった!!飛内さんに旅客機の頭を見せてもらうのを忘れた!!」
飛内さんは自宅の倉庫に、切り取って持ってきた本物の旅客機の巨大な頭の部分を格納しているのだ。
それを見たかった。
…ま、いっか。
もう情報過多でおなかいっぱいだし。
旅客機の件は、この記事を読んでとびない旅館に訪れる、画面の前のあなたに託します。
では、お後がよろしいようで。(←よろしくない)
以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。
住所・スポット情報