「野猿(やえん)」。
それは動力を持たず、人間の力のみで動くロープウェイ。
ハーレーダビッドソンに対する、ママチャリのこと。F-15 戦闘機に対する、鳥人間コンテストのこと。
そんなアナログマシーンが、紀伊半島の奥地に2つもあるという。
…懐かしいな。
実はこの出だし、3年ほど前のこのブログ【週末大冒険】公開超初期の頃にも使ったのだ。
運営している「はてなブログ」さんにて、なんか「期待の新人」的な記事紹介をされてアクセスがドカンドカン増えた、思い出の記事である。
実は野猿は日本に3つあり、残る2つが共に奈良県の十津川村にあるのだ。
ならば行くしかあるまいて。日本の野猿、3つ全部乗った男になるしかないだろうよ、2023年。
「十津川温泉 昴の郷」の野猿
野猿はどこにいる?
ロクな下調べをせずに、奈良県の深部にある十津川村に足を踏み入れていた。
この村に2つあるという野猿を訪れるためだ。
緑は濃く、空は青く、まぁ調査不足で道を間違えたりもしたんだけど、逆に少しでも長くこの村を走れることに幸せを感じてしまっていたりもした。
なるほど、野猿の1つは「十津川温泉 昴の郷」という施設にあるのか。
適当に十津川村の中心を目指していた僕はようやくカーナビにこの昴の郷をいう施設を入力し、導かれるままそこへとやってきた。
目の覚めるような眩しい芝生のフィールドが広がる施設に到着した。
ここが昴の郷らしい。目指す野猿のあるスポットらしい。
僕は犬であればリードを噛みちぎってこの広大な大地を狂ったように奔走したいんだけど、むしろ今日は暑すぎて長時間外にいることができないし、目的は野猿だし。
てゆーか野猿どこだよ。
山深い地に住む人が対岸に渡るために作ったロープウェイだ。生活の足だ。
つまり野猿があるとするならば、谷か川。ロープウェイで超えるべき障害があるところだ。
だけどもこの平和なフィールド。谷もないし川もない。
もうちょっと涼しければ「あっちかな?」みたいな感じで森の方向に歩いていくところなのだが、災害級の暑さとあっては数10mが命取りなのである。
ま、アレだよね。普通に駐車場の片隅にある案内MAPを見るよね。
そんで端にかなり目立たない記載だが、野猿があることを発見した。
遠くに見えている施設の裏手に当たる部分だ。
どうやら川を横切るような配置ではなく、むしろ川に並行して設置されているという不思議な状態だが、この根拠は調べてみたが不明だ。
でもいいや。野猿に乗るのが目的だから。川を渡るとか谷を渡るとかは関係ない。
野猿は写真の向かって左奥の方にある。駐車場から徒歩で3分ほどなので遠いってわけではないが、2023年の猛暑はおかしいレベルなので汗が噴き出したよな。
ここまで来ればもうわずか。
遊歩道の奥にチラッとだけ見ている東屋の脇に、目指す野猿が停車しているんだぜ。
気分はストロングマン
さぁ、見てくれ。これが日本に3つしかない人力ロープウェイの野猿だ。
なんともかわいらしい造形。完全にアナログの乗り物。
停車場にフックで引っかけて停まっている状態なので、フックを外せばロープのたわんでいる全工程の真ん中の部分まで滑っていく構造になっているぞ。
定員は1名である。座布団1枚半くらいの非常に狭い空間なので、2人は無理。そしてこれから腕力でロープウェイを動かすので、複数名いたらジャマで永久に帰還できなくなる。
このときは同行者がいたのだが、僕だけ野猿に乗ることにした。
ちなみにだが、乗るのが1人なのは当たり前だが、このスポットには2人以上で訪れることを推奨する。
理由の1つとして、停車場にかなりガッチリとフックがかけてあるので、自分が野猿に乗り込むとそのフックを外すのが困難だからだ。かといって乗り込まずにフックを外すと無人を野猿が谷を滑り落ちて行く。
つまり、1人は野猿内でロープを山側に引く。もう1人は野猿を軽く持ち上げつつフックを外す。
この連係プレイで野猿はフックから外れる。これ、ちょっとコツが必要だったな。
フックが外れたら野猿内で反転して進行方向に座り直し、持っていたロープを手放す。
そうすればロープウェイは重力に従って滑走していくのだ。
狭い野猿内から僕の見た景色。
全然速くないし左右が板なので開放感もあまりないけども、不思議なスリルがある。
20mほど滑走して、ロープのたわんだ中心地点まで来た。
向こう側まで行くのであれば、あとは腕力でロープを手繰り寄せる必要がある。
ただし僕はそれをしない。なぜなら向こう側に行ったところで、また野猿で元のスタート地点まで戻る必要がある。
しかし僕の腕力は片道切符分しかない。今この地点から戻る分の筋力しかない。
だからこの中心地点にて折り返すことにするのだ。
その前に、狭い視界から見た綺麗な川の写真でも掲載しておこう。
野猿の中でカメラやスマホを取り出すのはなかなかにスリリングだけど。落としたら一巻の終わりだからね。気を付けてね。
これはスタート地点を撮影したものだ。
ここからが地獄だった。
腕力でロープを手繰り寄せて、スタート地点に戻るのだ。ご覧の通り自分の目線より高い位置にあるので、この野猿本体と自分の体重の分をプラスした重量を、ロープを握る自分の手に込める必要がある。
なにこれ奴隷の仕事かな?アメリカかなんかで"ストロングマン"っていうトラックとか飛行機とかをロープで引っ張る筋肉自慢の大会があったと思うが、それかな?
…そんな気持ちになった。
疲れてもロープを手放せない。手を離したら野猿は再び谷の中心地点まで滑走するからだ。
僕がゼイゼイいってほんの少しずつロープを手繰り寄せている様を、同行者はスタート地点で静しい顔で見ていたよ。
スタート地点にてロープを引っ張ってくれるのを手伝ってくれたら2倍楽なのに…。
ヘロヘロになってスタート地点まで戻った。
入れ替わりで女子旅3人組がやって来た。
僕らは野猿の説明をし、みんなで協力してフックを外し、1人目の人をみんなで送り出した。
戻ってくる際も、スタート地点で4人がかりでロープを引っ張った。
当たり前だけど野猿はスルスルと戻って来たよ。なんで僕のときにそれをやってくれなかったの??
僕の腕はもうパンパンよ。でも楽しかったよ。
女子たちに別れを告げ、駐車場に戻ってきた。
遠くからまだワーキャーと歓声が聞こえていた。さて、次に行こう。
「西川出合い」の野猿
とても近い。スープの冷めない距離。むしろさっき野猿を必死こいて運転した汗が全然ひかない距離。暑ィ。
こちとら肩が温まっているのだ。「やってやんぜ」っていう、ちょっとアグレッシブな気持ちで狭い谷間を走り次の野猿へと向かう。
着いた。綺麗な渓流に架かる橋のたもとに駐車スペースがあった。
この川を渡るために設置された野猿なのかな?
それはそうと、ここに車を停める際にチラッと野猿が見えたのだが、同時に何か不吉な黄色いテープも見えたんだよね…。
車から降りて、改めてそれを確かめてみよう。
KEEP OUT!!
立ち入りを禁止するテープと看板が設置されていた。
なんだなんだ、野猿の中で殺人事件でも起きたのか??
とりあえずWeb検索をすると、十津川村のWebサイトにこんなことが書かれていた。
安全が確認できるまで、当面の間、使用中止とさせていただきます。
大変ご迷惑をおかけいたしますが、ご協力いただきますよう、よろしくお願いいたします。
■使用中止期間 2023年3月13日~当面の間
なんてこった。訪問するのが数ヶ月遅かったぜ…。
しかしなんで使用中止なんだ?
『安全が確認できるまで』って書いてあるから、危険を感じたのだろう。だがそれが具体的にどのような事由なのかは、Web検索してもわからなかった。
わからないから、いつどのようになればまた復旧するのか検討もつかず、ちょっとモヤモヤした気分になる。
せめてもの自己満足のために、立入禁止のテープと看板が写らない構図で写真を撮っておいた。
谷の向こうにまっすぐ伸びるケーブルが臨場感あるね。野猿に乗ってあっち側に滑り降りてみたかった。
まぁ日本の野猿3つを見れた、3つを巡れたということでとりあえず満足だ。
実際、さっきの野猿で腕がパンパンだしな。ここでも野猿を運転したら、筋肉痛で三日三晩うなり続ける事態にもなりかねなかったぜ。
灼熱の十津川村だが、見下ろす渓流は涼しげで。
都会ではなかなか見られない、こんな光景を巡れただけでも充分に価値があったのではないかな。
いつかここの野猿が復旧する日を願いつつ、再び僕は奈良を走る。
以上、日本7周目を走る旅人YAMAでした。
住所・スポット情報
「十津川温泉 昴の郷」野猿
「西川出合い」の野猿