"日本一困難な参拝"と言われる神社が北海道本土の最西部にある。
日本一困難とは、危険かつハードだということだ。
序盤のひっくり返りそうな角度の急階段から始まり、終盤は断崖絶壁に取り付けられた鎖を登って、崖中腹の洞窟を目指す。
なんというアドベンチャー。
その名は「太田山神社」。
僕はかつて、この神社を踏破した。
「もう二度と行きたいないな」ってくらいに疲れたが、一生涯の思い出に残る良い経験であった。
今回はその思い出を語りたい。
プロローグ:嗚呼、かつての冒険よ
昨シーズンである2022年、ザーザー降る雨の中で僕はその断崖絶壁を眺めていた。
多くの人は、ここから「尾花岬」という北海道本土最西端の岬を眺めるだろう。
しかし僕は逆側、内陸側の太田山神社を眺めていた。
きっと知らないとここから太田山神社の本殿を見つけられないし、存在を知っていてもパッと探し出せる人は多くはないであろう。
2箇所を○で囲んだ。
左下は太田山神社の本殿に向かう入口の鳥居だ。
あとであの場所を詳細にご説明するから待っていてほしい。
右上はそのゴール、本殿である。
普通の参拝路やハイキングと言えば、大体が登山者の足腰を慮ってジグザグのコースが敷かれる。
ただしここはアホの子が設計したみたいに左下から右上までほぼ直線で行く。
誠にクレイジーである。
あぁ、僕にはわかるよ。
あの絶壁に小さく開いた黒い穴の正体が。
涙が出そうになるほどに懐かしい、思い出の地。
コンデジでありったけのズームにチャレンジしてみよう。
第3ステージ、「北尋坊の壁」!!
崩れ落ちそうな…、いや、実際ちょっと崩壊しかけているメッシュの鉄橋から、ビル3階分のロッククライミングを経て、上の小さな洞窟までよじ登るのだ。
その洞窟内に本殿がある。
生半可なカクゴでは行けないスポット。
神社も一切フォローしてないぞ。野垂れ死のうが自己責任。
神の御加護は自分の筋肉のみで掴み取れ。
…そんな日本一困難な参拝に、腕立て伏せ3回しかできないインテリメガネボーイの僕が突撃した。
第1ステージ:地獄段
有名すぎる第1ステージ。
地獄のような傾斜の階段である。
この第1ステージのみ、後年訪問したときの写真も混ぜるね。
ここは海沿いの車道から見られるから、みんなちょこっと停車して写真だけ撮ったりしている。
数段登ってみるのもよいだろう。
なんだか角度が変なのだ。
階段というか壁というか…。目の前に聳えていて「登ろう」という意思がとことん削がれる角度である。
あと、ロープが垂れ下がっている。これに捕まれと言うことか。
もはや手すりに頼っているレベルではなく、ロープを手繰れということか。
横から見てみた。
やっぱなんかおかしい角度だ。街中ではあんまり見ない角度の階段だ。
さぞかしドSな人が設計したのだろうな、この階段。
さて、僕がこの地獄段に辿り着いたのは夏の終わりの16:15である。
ちょっと不安な時間ではある。
「せなた観光協会」のWebサイトでは『登り1時間半・下り1時間』と書かれていた。
早い人はその半分以下のペースで行けるとはいえ、未知の領域なので楽観視はできない。
あと、今日は函館の旅人宿に泊まる予定だ。
相当に距離があるぞ。太田山神社なんてスルーして今からすぐに向かうくらいが妥当なスケジュールだろうが、僕は今回絶対にここを攻略したい。
ここから本殿までは、直線距離(2次元換算)で400m。
登板距離(実際歩く距離)で700m。
つまり登りが300m。
海岸線から一気に43m、この階段でかせぐのだ。
全部で139段あり、最初の100段の傾斜が45度・残り39段が51度だよ。死ぬ。
ロープに捕まってガシガシ登る。
正直、第1ステージで驚いているようでは到底この太田山神社は攻略できないのだ。
ただね、これを見てほしい。
悪質なことに、階段1段分の奥行きはたぶん15cmちょっとしかないのだ。
僕の手のひらと同じくらいの奥行き。
これはどういうことかと言うと、足を乗せたときかかとが空中にあるということ。
不安定なのは言うまでもないが、常に足の筋力を前方にかけておかなければいけない状態。
再度言うけどドSですぜ、この階段。
二の鳥居まで来て、後ろを振り返った。
ジャンプすれば鳥居の上に飛び乗れるのではないかと思うくらいの角度だ。
そして写真の最上部を見てほしい。
早くも海が足元に見える。
斜度51度の階段も登り、三の鳥居から再び後ろを振り返った。
前半の斜度45度の階段部分がとてもなだらかに見える。
なんてこった。
写真を撮りながら、ここまで4分。
あっちぃ、もう汗かいた。今日の北海道、かなり暑いし蒸す。
さて、三の鳥居の先は…。
フォーッ!
いきなりワイルドになっているぜ!
この写真、三の鳥居が左端に少しだけ写っているのだが、そこからこの世界観の変わりっぷり。
階段の下まで伸びていたロープを最後に手繰り寄せ、完全に登山ゾーンに突入した。
第2ステージ:鬼神登り
江戸時代の探検家「松浦武四郎」がかつてここを参拝したとき、この工程を「鬼神登り(オニカミノボリ)」と表現した。
まさに鬼神のごとき凄まじい行程。
あらかじめ言っておく。ここからの工程は本当に本当ににシンドかった。
第1ステージの階段なんて、全く比にならなかった。
太田山神社を語られるとき、その見た目のインパクトから第1ステージの階段と、あとで紹介する最終ステージがメインとなる。
しかしね、実は一番厳しいのはここだったの。ダントツだったの。
地味だけど、とんでもなかった。泣くかと思った。
山道。傾斜は平均30~40度くらいだろうか。
階段と比べてその不規則な足場は常に足への負担を強いられる。
さらに休憩できるような広い場所はどこにもない。
淡々とどこまでも登り坂が続き、その終わりの見えない苦痛に精神がみるみる削り取られる。
やっぱロープはデフォルトで設置されている。
とても2本の足だけで安定して登れるようなコースではないのだ。
四肢を使うのだ!
獣に戻れよ、参拝者たちよ!野生の本能も駆使しないとここは攻略できぬ。
厳しい…。景色が全く開けず、自分がどこにいるのかわからないことがモチベーシ
ョンを減退させる。
それだけではなくって、周囲に木立が生い茂っているということは、風が通らないと
いうこと。
とんでもない暑さなのだ、ここは。もうサウナね、これ。
登山口から10分、仏像が鎮座している大岩の前を通過。
服はもう全部汗だく。僕、そんなに汗をかく方ではないのに。
髪からも滴ってくる。あまりの暑さで頭がクラクラする。フラフラしながら歩みを進める。
水の消耗も早い。クッソー、足りるかなぁ、ドラゴンウォーター。
あぁ実は僕ね、この日の午前中に秘境「賀老の滝」も攻略していたのだ。あそこも結構歩いたよ。
そしてそこで天然の炭酸水ドラゴンウォーターを汲んでいたのだ。
登り始めて15分ほどで女人堂に到着。
ここで半分ほどだそうだ。
まだ半分かよ。
あと、まだ15分しか登っていなかったのかよ。感覚的には30分くらい歩いていた。
そろそろゴールでもいいんじゃないかと思っていたさ。
ここからは本当にツラくて、まともな写真がない。
写真を撮っている余裕がなかった。
とにかく暑いしふくらはぎはパンパンだし。激坂はロープと共にどこまでも続くし。
あと、「足元が結構滑るなぁ、踏ん張れないなぁ」と思っていた。
思えば今朝は豪雨で、大雨洪水警報が出ていたわ。
それにせたな観光協会のWebサイトには『前日等雨の場合が足元が滑るので不可』と書かれていたわ。
(これは僕が登った当時には書かれていたなかったが)
つまりコンディションは極めて劣悪ってことだ。悲劇。
さらに最悪なことに虫が異様に多いのだ。
蚊もいるのかな?小さい虫が頭の周りをブンブン飛ぶ。
これは他のチャレンジャーのレポートを読んでも同様で、10数箇所刺されたとか、そ
ういう話はよく聞く。
まぁ今日は雨上がりの猛暑だからとりわけ多いんじゃないかな?
虫刺されに弱い僕はあらかじめ虫よけスプレーを入念にしてきたし、汗で流れるそば
から定期的に吹きかけていた。
だけども虫のヤツ、離れないよ。ギリギリの距離を置いて周囲を旋回しているよ。
だから立ち止まれない。
立ち止まるともうブンブンうるさくて気が狂う。
でも足もシンドいから常に歩き続けているわけにもいかない。
少し歩いて数秒立ち止まり、の連続。
…まだですか?立ち止まっては虫を追い払うため、スプレーを周囲に向けても吹きかける。(当時はそれが無意味な行為だと知らなかった)
それを自分で吸い込んじゃって「ゲホォ!」とか言ったりする。
もうね、諦めたい。戻りたい。
日も随分傾いてきたような気がする。木立ばっかで良く見えないけど。
だけどもここで戻っても、何も得ていないし。
全然先は見えないけど、ちょっとずつでも歩いていればいずれ辿り着けるし。
てゆーか、残りの距離とか表示してほしいなー。
いつまで頑張ればいいの?
暑い。どうしょも無いくらいに暑い。
そして虫が多くて最悪。どこまでも着いて来る。
もうろうとする意識の中で、僕は自分の進むべき道の上方に白い岩肌を見た。
あ、最終ステージの始まり??
最後の力を振り絞って山道を登りきった。
…岩石ゾーン到達だ。
ふぅ…。期待していた通り、木立が開けて風が生まれた。
少し体が冷却されるとともに、ずっと着いてきた数10匹の虫たちもここで消えた。
苦しかった第2ステージのゴールは鳥居であった。
およそ30分で攻略。
第3ステージ:北尋坊の壁
海岸線から既に300m登ってきた。
ラストに立ちはだかるのは崩れかけたメッシュの鉄橋と、7mのロッククライミングである「北尋坊の壁」のみだ。
実はもうさっきの写真にも写っている。
鳥居のすぐ後ろから、メッシュの鉄橋がもう始まっているのだ。
今までの疲れも吹き飛んだ。
こういうアスレチックは大好きだ。行こう行こう、休憩している場合じゃない。
ボロッボロだな…。
大丈夫かこれ?これが崩れたら海岸まで300m落ちるのよ、僕…。
しかしこの登り勾配、テンション上がるな!
まるでジェットコースターのスタート直後の巻き上げ部分みたいだ。
長さ16mの鉄橋。登り方向に傾斜30度ほどと思われる。
足もとはかなり錆びた鉄網で、足元スケスケ。
そして両側を支えるはずの支柱は何本か朽ちて消滅。
代わりにロープで補強しているがこれもボロボロ。
一体何を信じればいいんですか、僕は。
西暦何年とは明記しないが、僕がアプローチした日本4周目でこのありさまであった。
2023年の先日ここを攻略した人の情報をSNSで拝見したら、床にガッツリ穴が空いたりしていた。
手すりにすがりたいけど、鉄線が鋭く飛び出ていたりしてそれも危険。
右手に広がる日本海からの風を感じながら空中回廊を歩く。
どうやらね、耐久年数30年をめどに製作されたのだそうだ。
しかし2023年現在では42年ほど経っているのだそうだ。
何度か補修されているようだが、なかなかにワイルドな朽ちっぷりなのである。
改めて、冒頭に掲載した写真を再掲する。
僕は向かって下の、四角い赤囲みの中にいる。
崩れたらヤベーとしか思えない。考えたくない。
…ねぇ、下を見たい?見たい??
しょうがないなぁ、お見せしよう。
ふぉぉぉーー!!
絶景!北海道最西端の海が足元に広がっている!!
だけども曇りがちで17時も近い夕暮れの海を見て、かなり不安になったよね。
僕、このあとこの山を下るんだぜ…。
そして函館まで走るんだぜ…。
いや、今は前を見よう。
否、上を見よう。
最後の関門、北尋坊の壁!!
これが本当の最後。
高さ7mの垂直の崖だ。
でも足元から海まで断崖が続いているので、体感高度はそんなレベルじゃないけどな。
うおっ、ゾクゾクする。
さすがに一瞬だけ躊躇した。
とりあえず鉄鎖に飛びついてみる。
あ、鎖が臭い。軍手が必要だ。
そして午前中の雨の影響か、岩壁が異様に滑る。踏ん張りがきかない。
バッグもジャマだな。
バッグを空中回廊に投げ捨て、僕はカメラ1つだけ持って崖を登ることとした。
上から垂れ下がっているツールは2種類。ロープと鎖。
僕は迷わず鎖を選ぶ。足を鎖の輪に引っかければ安心。
ガシャガシャ言わせながら上を目指す。
途中で何枚か写真を撮る。
肩に掛けたカメラを外して撮影するのはちょっと危険だね。調子に乗りすぎないようにしないと…。
もうちょっと、もうちょっと…。
遥か下からの波音と、自分の息遣いだけが聞こえる世界。
ゼーゼーハーハー言いながら僕は崖をよじ登り…。
ついに太田山神社、本殿だ!!
最終章:崖の中の小さな祠
崖の中の洞窟に転がり込んだ。
とはいってもとても狭い洞窟であり、3m×3mほどだ。
4畳半の部屋よりもだいぶ狭い。
これが本殿だ。
フレーム内がほとんど本殿の祠で埋まってしまっているが、それはそれだけ洞内が狭く引きで撮影することができなかったためだ。
この洞窟の中だけ、空気が違った。
涼しく、静かであり、そして神聖な感じがした。
ずーっとずーっと昔から、ここは神聖な地であり続けたのだろう。
あの岐阜県出身の江戸時代のお坊さん「円空」も、ここに籠って黙々と仏像を彫っていた時代があったそうだ。
僕は信仰心などゼロに等しいが、険しい山を信仰する歴史の一端をこうやって五感で味わえたことに感謝した。
そして登頂おめでとう。
何が動機であったか全くわからないが、とにかく人のやらないようなことをしたくってここまで来たんだったな。
それも達成できた。
北海道本土最西端のこの神社で、旅の無事を祈願した。
見下ろすは「帆越岬」。
冒頭の写真は、写真中央の岩場からここを見上げて撮影したのだ。
その岩場に映っているのが太田山神社の拝殿なのである。
海岸の一の鳥居からここまで35分。
推奨1時間半と言われているところをそこそこのペースであったと思うが、休憩ポイントがほぼ皆無だったので、一気に登ってしまったほうが逆に疲れないと感じた。
そろそろ行こうか。日が沈んでくる。
最後に洞窟から広い広い海を眺め、そして本殿にお礼をし。
きっと僕はここには二度と来ないだろう。
最後に目に刻んでおけよ、YAMA。
そんでうおぉ、怖エェェェーーー!!
知ってたけどね!
ロッククライミングで這い上がって来たということは、下りはこうなることは知っていたけどね!!
そして駆け下りろー!
鉄橋をガシャガシャ言わせながら戻り、そして鬼神登りを"鬼神下り"ってくらいのスピードで駆け下りる。
ふふふ…、このスピードならアブも蚊も僕のスピードにはついてこれまい。
ヤツらに見えているのは僕の残像だけよ…!
地獄段が見えてきた。
あとちょっとだ。最後まで油断せずに行こうぜ。
こうして下りはわずか13分で終わった。
17:30、僕は一の鳥居前に停めた愛車のパジェロイオの前に戻っていた。
もう汗だくだ…。全身拭いてから着替えよう…。
着替えた後に石段に座って風に当たっていると、メールが来た。
会ったことないけど、「BLUEayさん」という人からだ。
『8月○日はどこにいますか?』と数日後の予定を聞かれたが、数日後のことなんてよくわからない。
『ヤンチャしてボロボロで、しかもチェックインに遅れそうなので、夜に連絡します』と返答した。
その後日談が、以下のリンクの稚内市の「最北の白い道」探索の章である。
さて、このあと函館までぶっ放しますか!
今夜の酒はうまいぞー、きっと!!
以上、日本7周目を走る旅人YAMAでした。
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