目を閉じれば、その広大な草原の彼方に回る、巨大な風力発電プロペラ群が見える…。
北国の地平線まで続く大地を疾走する旅人たちが、一様に心をときめかせてきた「オトンルイ風力発電所」。
2023年4月から解体が始まってしまう。
1つの時代が終わる。
全ライダーがザワってなった。
僕も「マジかよっ!」って叫んだ。
これは…、執筆せねばなるまい!
今までこの風力発電プロペラを見上げながら走った思い出を。
2022年秋、最後の見納めとして道北まで走りに行った思い出を。
巨大プロペラ出現のストーリー
留萌(るもい)からは海沿いの国道は232号だ。
苫前(とままえ)あたりからは水平線の向こうに利尻富士が見えて興奮したりもするだろう。
天塩市に入ったら、「道の駅 天塩」でいったん休憩を取る。
この後にボルテージ上がりすぎるから、鎮静させておかないとヤバいからだ。
出発後、道道106号(オロロンライン)に入る分岐を左に曲がる。
天塩川の向こうに、思いの他近づいてきた利尻富士を眺めて再度感動する。
その天塩川に沿って、ゆっくりと目線を右に動かす。
知ってる。その先に何が見えるのかは、もちろん知っている。
だけども、いつだってそれを見るときには心臓がドキドキしてしまうのだ。
オトンルイ風力発電所。
あぁ、空は曇っているというのに。
この日本3周目においては既に1回、あのプロペラ群の横を走っているというのに。
でも相変わらずのこの胸の高鳴り。
数分後の僕は、あのプロペラ群の下にいるのだ。
待ってろ風力発電所。
ズームでプロペラ群を撮影した後、僕は再び愛車に乗り込む。
地平線まで見える海沿いの直線道路に出た。
ここからは「サロベツ原野」となる。
抜海駅付近まで47㎞くらいは原野の中を突っ切る、街も信号もカーブも無いような道となる。
上の写真はちょっと高低差の関係で見通しはあまりよくないが、基本的にフラットであり、マジに数㎞先まで見通せる国内屈指の直線道路となるのだ。
この2つに挟まれて走れる幸せ。
路肩に愛車を停めて、頭上のプロペラを見上げた。
曇天ではあるけれども、そんなことは特に気にしない。
この原野に巨大なプロペラが整然と並んでいる。
この圧倒的な迫力の前に、天気なんかは些細な問題であった。
…というのが、最北を目指す旅人のオーソドックスなオトンルイ風力発電所アプローチストーリーであろう。
もう、そこそこの経験値を持つ人は、脳内でここまでのシーンを完全再現できちゃうよね。
あれは道北のシンボルであった
オトンルイ風力発電所。
それは2000年に建造され、2003年から稼働してきたという。
僕が初めてその風力発電プロペラを見たのは、2005年だった。
そのときの写真は今回は掲載しないが、以後幾度となく通った。
サロベツ原野に建つ、「幌延展望塔」っていう昔から通っている大好きな展望台がある。
そこに登ると、大草原の向こうに一列に立ち並んでいるプロペラ群が見える。
まずはこの光景が好きであった。
プロペラの数は28基だ。
そして、このプロペラの支柱の高さは74m。
プロペラも含めた最高到達高度は、なんと99mなのである。
つまりはビルで言うと25階建てくらいの高さである。
そんな高度のプロペラがすぐ脇に28基立ち並び、登頂部分でプロペラが鈍い風切り音を奏でている。
すごい光景だ。
道行くライダーさんも車の人も、みんな写真を撮っていく。
このプロペラの前だけ何往復も走る人もいる。
みんな笑顔だ。
北海道の直線道路と言えば、稚内に至る西海岸にあるこの道道106号、東海岸の「エサヌカ線」の両翼というイメージが強い。
つまり"北海道の道路"と言われてこの風景をイメージする旅人は多いに違いない。
プロペラの向かいには、「サロベツ原野駐車公園」がある。
ここにはトイレもある。
海の向こうには利尻富士もクッキリだし、プロペラも間近だ。
ただ、ここからのプロペラの撮影には間に電線が入ってしまうので、その点だけ留意する必要がある。
空が半分青く、半分白かったこのときも、オトンルイ風力発電所は最高だった。
そして、稚内で合流予定の旅人の後を追い、このあと一気に最北の町まで疾走する。
夕方の時間帯に訪問したのは、一度切りだった。
いや、16時ちょっと過ぎなのでまだ"夕方"というには早いかもしれないが、9月の後半なので北海道はもう夕方の気配が漂い始める時間である。
この近くに宿を取ればサロベツ原野への落陽も余裕で見れるのだが、そのプランは今まで実現することはなかった。
僕の常宿は、稚内を経由してさらに100㎞ほどのところに1つ、それとここから南に75㎞ほどのところにある。
北海道を時計回りに走る場合、夕陽を見て前者に行くことは非常に困難である。
半時計回りであっても16時にはオトンルイ風力発電所に着いていないとちょっとだけ不安になる。
なので夕方の写真はちょっと貴重なのだ。
日本最北エリアの夕方の秋風は、ちょっと寒くてちょっと切なく感じた。
道行くライダーさんも、思いのほか早くなった日没時間に少し焦りを感じているように見てとれた。
このオトンルイ風力発電所の訪問記で書けることは、あまり多くはない。
人とのハートフルな交流があったわけでもなく、風力発電について学べる施設などがあるわけでもなく、時間をかけてグルグル回ろうとしたわけでもなく。
とてもとても、シンプルなスポットなのだ。
いい意味で情報量が少ない。
地平線とプロペラと利尻富士しかない。
走る道も1本しかない。
それと自分自身。
だからこそ、空を感じ・雲を感じ・風を感じ・熱を感じられた。
行ってみないとこの感覚はなかなかご理解いただけないかもしれないが。
上の写真は、北側からオトンルイ風力発電所に向かうひとこまである。
何もない直線道路。それが地平線に蜃気楼のように揺らめきながら消えて行く。
このときは稚内は快晴でとても気持ちがよかったのだが、オトンルイ風力発電所で曇りだし、さらに数10㎞南下したら雨が降り出す事態となった。
雲の中にいるかのような風力発電プロペラ群も、悪くはなかった。
いろんな顔を見れて満足だ。
日本6周目でもここを走ることができた。
次は日本7周目での訪問になるだろう。
「そのときは、どんな季節のどんな天気の日になるかな」って思っていた。
2022年の1月のこと。
衝撃的なニュースを耳にした。
オトンルイ風力発電所、建て替え。
いや、文字通り建て替えるだけなのであればそこまで衝撃は受けなかった。
しかし大幅にプロペラ数を減らし、もうこのような光景は見れないという。
建ててから20年が経ち、老朽化のためなのだそうだ。
ならば最後に見に行かねばな。
僕はそう思い、ラストシーズンでの北海道行きを画策する。
ラストシーズンでの訪問
産まれつつある新しいプロペラ
オトンルイ風力発電所のプロペラ群は、2023年4月から撤去される。
寒さの厳しい道北において、ドライブやツーリングのラストシーズンとなるのは2022年の秋。
行こう。そのタイミングで道北に行こう。
日本6周目で既に走っている海岸線だが、プロペラ群が無くなるというなら話は別だ。
もう1回道北まで足を伸ばそう。
まずはサロベツ原野の東側にある「名山台展望公園」に登った。
わっ、なんだあれは。
見慣れないプロペラ群がサロベツ原野に乱立している。
あれが、新オトンルイだ。
いや、プロペラを立て替えるだけだから"オトンルイ風力発電所"はオトンルイ風力発電所のまあなのだが、この記事ではわかりやすくそのように呼ばせていただこう。
現在の風力発電プロペラは、アイツに取って代わられることとなる。
なんか、言葉を選ばずに言うのであれば、ちょっと禍々しいデザインだ。
「時代の最先端の科学力を結集させた、すごいヤツがやってきた」みたいな感じだ。
今までは28基のプロペラでまかなっていた電力。
令和時代の技術をもってすれば、最新のプロペラ5~9基ほどでそれを生み出せるという。
つまり建て替えはするけれども、新オトンルイのプロペラの数は大幅減少なのだ。
それに上の写真のように、綺麗に1列に配列させるわけではない。
なのでこれまでにご紹介したような美しさはなくなってしまうかもしれない。
ちょっと角度を変えて新オトンルイを見てみた。
どうやら既存のプロペラ群のやや北部に"2列で"造られるのかもしれない。
今しがた「5~9基で既存の電力をまかなえる」と言ったが、これを見ると10数基になるのかもしれない。
(ただWebニュースでは「大幅減」とは言っていたので、既存に比べて減少するのは確実だ)
ここ、道道106号を走り慣れている人であればひと目でわかるだろう。
北緯45度の「N」のモニュメントのある路肩だ。
そして進行方向には「浜里パーキングシェルター」が見えている。
そのすぐ脇に新オトンルイができようとしている。
既存のオトンルイと比べると低めの身長。
ただし巨大でスタイリッシュなプロペラを持ち、その先端は微妙にカーブしている。
なんか「航空力学上ですさまじいパワーを生み出す構造」みたいな、中二っぽいフレーズが頭をよぎった。詳細は全くわからん。
2022秋_プロペラ群の見納め
さて、今回の目的は既存のプロペラ群の見納めである。
まずはお気に入りの幌延展望塔からの1枚だ。
この日の朝は土砂降りでさ。ちなみに明日の予報も土砂降りでさ。
絶望しながらサロベツ原野まで来たんだけど、原野の周辺だけ少し雨雲が晴れて明るくなっていたのだ。
青空と言うにはほど遠いが、これはこれで嬉しいサプライズであった。
雲、綺麗だぜ。
最後だもんな、アクロバティックな構図にもチャレンジしてみよう。
幌延展望塔から海沿いの道道106号に出る少し手前で撮影した。
28基を完全に1つに重ねて見ることはできないかなって思ってさ。
愛車の日産パオと。
プロペラもこの車も、どちらも2023年春には消える運命。
今だけのコラボレーション。
そして28基のプロペラがほぼ1つにまとまった。
頭頂部でウジャウジャと蠢く28基分のプロペラが、なんだかムカデの足のようにも見えたけどね。
こんな不思議な光景もこれが最後。
幌延展望塔から道道106号に出てすぐ、ズームで撮影したプロペラ群。
実際はまだかなり遠い場所にあるのだが、ズームの圧縮効果でコンパクトかつ近めに見える。
原野を突っ切るフラットな道だと思っていた道道106号も、圧縮させるとそれなりにアップダウンあるのだな。
お決まりのサロベツ原野駐車公園から愛車と共に撮影。
プロペラ撮影スポットとして有名だったこの駐車場。
これらのプロペラ群が無くなったら、みんな利尻富士の方のみを向いて写真撮影するようになるのであろうな。
僕は明日の夜、北海道を離れる。
最後にここに来れて本当に良かった。
数日前、南十勝の老舗旅人宿「セキレイ館」で、オーナーの「じへいさん」と飲んだ。
じへいさんは古い写真を取り出し、「これが昔の道道106号だ」って説明してくれた。
いつの写真だったか聞いたけど忘れてしまった。1980年とかそのくらいだっただろうか?
オトンルイ風力発電所ができる遥か前の写真。
そして道道106号は舗装すらされていなくってダートだった。
じへいさんはその写真を見ながら、あの頃のサロベツ原野は最高だったと言っていた。
まだ未舗装路だらけだったころの北海道。
そこを駆け抜けた、カニ族・ミツバチ族と呼ばれた昭和のフロンティアたち。
本当に最高だったのであろう。
じへいさんもそんな北海道に魅せられて、この北の大地に移り住んだのだから。
いつの時代が一番良いとか悪いとか、そういうのはきっとない。
じへいさんにとっては未舗装路がサロベツの思い出。
来年以降に北海道を走る人たちにとって、新オトンルイがサロベツ原野の姿となるのだろう。
僕らは僕らで、この28基並ぶオトンルイ世代として、思い出を大切にしていこうね。
サロベツ原野は間もなく終わり、もうすぐ天塩の市街地だ。最初の章のストーリーの逆走だ。
最後に僕は車を停め、オトンルイ風力発電所を振り返った。
そう、この構図。
左に利尻富士・右にプロペラ群。
いつだってサロベツ原野は、僕をワクワクさせてくれた。
今までの北海道ドライブには、いつもオトンルイ風力発電所があった。
今までありがとう。
以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。
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