…これは、一台の自販機の運命を追いかける、壮大なドキュメンタリーである。
自販機にも人生がある。
飼い主(所有者)がいて、エサ(商品)を補充され、定期検診を受け、場合によっては住む家を与えられていたりする。
愛おしい存在だ。
そんな自販機が、もし飼い主の元を去り里子に出されるとしたら、どんな気持ちだろう。
僕は自販機の立場でも飼い主の立場でも、涙なしではいられないね。
別れの瞬間ももちろんつらいだろうが、例えば愛犬を手放し、その後に犬のいなくなった犬小屋を眺める元の飼い主とか、マジ切ないよな。
自販機業界でも、きっと同じことが起きている。
…おっと、待ってくれよ!
あなた今、「何言っているんだコイツ」って顔してページを閉じようとしただろ?
わかったわかった、ちゃんと本題に入る。
だからもうちょっとだけお付き合いいただきたい。
イントロダクション
まずは今回この記事を執筆する、きっかけとなったニュースをご紹介したい。
この小屋が解体された。
2021年11月22日のことだそうだ。今から約1週間前だ。
全国ニュースでもなければ、三面記事にすらならない、日本人の99.99%にとっては「あぁそうですか」レベルのニュースだ。
しかし0.01%の人は「ドヨッ」としたよな!
僕はそっち側の人間だ。あなたもこっち側だと嬉しい!
この小屋、いったい何なのか。
日本に数台しかない、幻の麺類自販機を稼働させていた自販機小屋だ。
もっとも、その麺類自販機はとっくに壊れてとっくに撤去されている。
小屋だけがここに残っていたのだ。
その小屋が、もう用済みとなったか、結構長い歳月を経てこの度取り壊しとなった。
自販機がなくなっても小屋を見て当時を偲んでいた0.01%の人々は、この小屋の取り壊しで1つの時代の終了を悟るに違いない。
…とまぁ、こんな感じのイントロダクションだ。
次の項目からは、僕の思い出をさかのぼり時系列で書いていくから、読んでほしい。
あと、カエルが苦手は人は薄目で読んでほしい。
黄昏のそばと東北の風
5月の夕暮れ。
僕は山形県の果樹園の広がるエリアをドライブしていた。
いつもの通り、車中泊での一人旅だ。
まだ肌寒いが、風邪の心地よい夕暮れであった。
夕暮れというのは、どこを切り取っても絵になる。
刻一刻と暗くなっていく空を眺めながらのドライブは、「旅をしている」って感覚で大好きだ。
そんな僕がどこに向かうのか。
それは「ドライブイン アメヤ」だ。今回の舞台となるお店の名前である。
静かな国道沿いにあり、なんなく発見できた。
アメヤは、ラーメン・そば・定食などを扱っている庶民的な食事処、つまりドライブインという位置づけである。店名にもドライブインって付いているし。
ただ、僕が興味を持っているのはこの食事処本体ではない。
併設の自販機小屋だ。
これだ。
4人ほど入ったらギュウギュウになりそうな小さな建物。
今しがた僕はここを"自販機小屋"と表現したが、ドリンク自販機は屋外だ。
では、中には何があるのか…。
川鉄自販機!!
天ぷらそばが出てくる自販機だ。
あなたも昭和時代のレトロ麺類自販機について、TV等で目にしたことがあるかもしれない。
よく出てくるのは昭和後期に製造中止となった富士電機製のもので、これはこれでとてもレアだ。全国探しても70台とかしかない。
だけども川鉄自販機はそんなレベルではない。
全国で2店舗。それが、僕がアプローチした当時の状況だ。
もう1店舗は僕も大好きで何度か通っている京都の「ドライブインダルマ」っていうレジェント級のお店なんだけど、その話はまた今度な。
とにかくすごいのだ。
もう有名人に会ったときのように僕はドキドキが止まらなかったさ。
先客がいたのでちょっと待ち、入れ替わりで自販機小屋に入る。
よしっ。売り切れランプはついていない。
結構人気店は売り切れることが多く、それが最大の懸念なのだ。
自販機に300円を入れて待つこと27秒。
メニューは天ぷらそば1種類なので、お金を入れたら何もボタンを押さなくても自動的にそばが出てくるぞ。
上の写真、右下の四角い窓が取り出し口だ。
はい、出てきたー!うまそうだー!!
小屋の中で早速食べるんだぜ。
これは実は、本格手打ちのそばだ。
隣のドライブインで作り、そしてドライブインで提供しているものをこういう形態で自販機に入れただけであり、中身はホンモノだ。
麺はちょっと太目、そして東日本らしく強めの醤油ダシの汁。
木のテーブルとイスのセットがあるので、そこで外の車の往来の音を聞きながら食
べる。
こういうの、いいなぁー…。
しみじみとそう思った。
遥か遠方から車中泊で東北にやってきた僕。
まだ東日本大震災の爪痕を残す地も巡った今回。
ちょっと疲れた体と心に、このそばの濃いダシが染み込んだ。
「またいつかここに来よう。そしてそばを食べよう。」
…そう思ったが、その思いは一生叶わないこととなる。
最後のメッセージ
時は流れた。コロナ禍だ。
そんな隙間を縫って僕は山形県を走っていた。
別にドライブイン アメヤを目指していたわけではない。
あのお店からは、既に川鉄自販機は無くなってしまっているのだ。
2015年5月、あの自販機は故障してしまったのだ。
1970年から45年間もここで稼働してきたのだが、ついに終焉の時だ。
もう替えの部品も修理出来る人もほぼ絶滅。お店としては、どうしょもなかったのだ。
そんな話を僕もリアルタイムで聞いていた。ショックだったさ。
しかし、自販機がないならもういいやって思って、長らく立ち寄っていなかった。
ダラダラと走っていたら、刺激的な赤い看板が目に入った。
アメヤ…。
…アメヤ…?
アメヤ!!あのアメヤか!!
忘れていた記憶が一気に蘇った。
そっか、ここはドライブイン アメヤの近くだったのか。
じゃあちょっと寄ってみよう。あの自販機小屋はどうなっているだろうか?
ちなみにこっちが店舗本体だ。
入って食べたい誘惑にも駆られたが、このときは入っていない。
この先にどうしても立ち寄りたい食事処があったのだ。申し訳ない。
そして小屋は…。
あったよ。当時のままだ。
久しぶりだなぁ。懐かしいなぁ…。
屋根の上には当時と変わらず、天ぷらそば自販機コーナーの電光看板が乗っていた。
色あせていて最高にエモい。
この小屋は、今は無料休憩コーナーになっているそうだ。
中を覗いてみることにした。
ガラン…としていた。
ここに座ったところで手持ち無沙汰になること必至、ってくらいに何もない。
知らない人と一緒にこの空間にいたら、結構ハイレベルな試練であろう。
右奥のベニヤ板が貼ってある部分。
あそこがかつて川鉄自販機が設置されていた場所だ。
前回の写真をご覧いただければわかると思うが、自販機を壁に埋め込むようなかたちで設置していたのだ。
自販機のためにこの小屋を作ったのか、自販機を置くために壁をくり抜いたのか…。
どちらかはわからないが、45年も扱っていた自販機がいかに大きい存在だったかわかるだろう。自販機ファーストな小屋なのだ、ここは。
当時を懐かしむ人も一定数いるのだろう。
ドライブインではあの当時と同じ天ぷらそばを食べることができる。
食べたら僕、泣くだろうな。
僕が神と崇める人の書籍を宣伝する掲示物がある。
日本全国、大体全店舗行っているが、どれも最高の想い出であった。
そして年々こうしてレトロ自販機は少なくなっていく…。
ふと1枚の掲示物が目に留まった。
内容を以下に転記しよう。
【懐かしの川鉄自動販売機】に関してですが、興味のある方が、未だ当店を訪れて下さるので、こちらでも【最後】のお知らせをさせて頂きたいと思います。
お嫁入しました自販機は現在、【神奈川県 相模原市の中古タイヤ市場】さんにて、隅々まで綺麗になって、元気に作動しているとの事です。
店主の方には親切にして頂き、取材のことなどか載った【本】まで送って下さいました。
新たに【きつねうどん】として皆さんに可愛がられているでしょう。
他にも、沢山の自販機がずら~り並んでいて圧巻です。
皆さんも、是非一度訪れてみてはいかがでしょうか。
うん、知ってた。
例の自販機が2018年に「中古タイヤ市場 相模原店」に行ったことも知っていた。
だけども、この貼り紙を見てジーンと来たね。
わざわざこんなことを掲示してくれたアメヤの店主さんの親切心、そして文面から自販機を大切にしていたことだとか、相模原で稼働して喜んでいることだとか、店主さん同士のやりとりだとか…。
どこを切り取っても最高過ぎるじゃないか。
相模原の中古タイヤ市場ね…。
そこには複数回行ったことがある。
ただ、その店でかつてアメヤに置いてあった自販機で食べたことは無い。
コロナ禍で首都圏は大変な事態ではあるが、どうにか行けるチャンスを作らなければならないな。
とりあえず、ここでランチにすることは予定上で困難なので、せめてドリンク自販機を使わせてもらうこととした。
今日は猛暑なんだ。すごく喉が乾いているのでちょうどいい。
そして、おいちょっと待て、ここを見てくれ。
わかる?
絶妙なところでカエルがくつろいでいる。
おつりが必要だったら、僕はうろたえていたところだ。
そんなこんなだ。
ありがとう、ドライブイン アメヤ。
追跡劇は、神奈川県へ…
来たぞ!中古タイヤ市場 相模原店!!
数年前に爆誕し、一気にレトロ自販機の聖地となったとんでもないお店だ。
お店っていうか、もはやテーマパークだ。
レトロな自販機は、ずらーり100台ほどある。
メカニックの社長が、なんでもなんでも引き取って直す。神すぎる。
例えば、以前に以下の記事でご紹介した「鉄剣タロー」の自販機だって、今はここで稼働している。
変に有名になり過ぎて、2021年秋にはカップルが貴重なハンバーガー自販機を殴って破壊するなど、全国ニュースにもなったりした。
とても悲しい事件であったが、いろんな人がワイワイ来るような一大スポットであることは事実だ。
本当だったらここの自販機群についてアツく語りたい。
2021年秋現在で20種類弱くらいの食品をここの自販機から食べているので、ジャンジャンご紹介したいところだけど、この記事の主役はアメヤなので、また今度だ。
さて、アメヤから嫁入りしたという自販機はどこにあるのか…。
あそこである。
幻の川鉄自販機が2台並んでいる。
向かって手前が2021年に登場した日本で唯一のお茶漬け自販機、そして奥側がアメヤからやって来た麺類自販機だ。
今はきつねうどんの自販機として第2の人生を歩んでいる。
前回訪問したときは残念ながら売り切れだったが、今回は在庫ありだ。
食べるっきゃない。
銀パネルに設置された四角いランプが、上から下へと下がっていく。
これがカウントダウンだ。
一番下まで行ったとき、きつねうどんが姿を現す仕組みなのだ。
さぁさぁ間もなくだ。楽しみだな。
そして、チーンと音が鳴る。
わぁ、油揚げがデッカいぞ!
しかも2枚入っている!
アツアツでジューシーなきつねうどん。300円。
アメヤで故障してしまったものを、2018年にここの社長さんが引き取って修理し、その年の夏にここで復活を遂げたのだ。
あの日、僕が夕暮れの中で食べたそば。
震災の爪痕がまだ生々しい東北を旅して味わった自販機そば。
その自販機が時空を超えて今神奈川県にある。すごい話だ。
メニューは変わったけど、心身ともに温まるのは同じだ。
ツルツルうどん、とてもおいしい。
おーい、アメヤのご主人!
あなたが永年愛した自販機は、元気ですぞ!!
アメヤの小屋は役目を終える
話は冒頭に戻る。
あの小屋が解体された。
ドライブイン アメヤの自販機小屋だ。
2021年11月22日のことだそうだ。今から約1週間前だ。
全国ニュースでもなければ、三面記事にすらならない、日本人の99.99%にとっては「あぁそうですか」レベルのニュースだ。
しかしそれが僕の心にはガツンと響いたこと、ここまで読んでくれたあなたであれば、ほんの少しだけご理解いただけたかな?
そしてもしあなたの心にも響いてくれたのであれば、とても嬉しい。
あの日、そばを求めてルンルンで飛び込んだ小屋なんだ。
自販機ファーストだった小屋は、川鉄自販機という主を無くし、ついに役目を終えて解体されることになったのだ。
山形の歴史はこれで幕を閉じる。
しかし全てが終わったわけではない。
次の物語は、もう神奈川で始まっている。
僕が生まれる前から現役バリバリの自販機たちが、ちょっとオンボロになりつつもどうにかこうにか、令和の時代を生きている。
「たかが機械」とは思ってはいけない。
その背景には、何10年も支えてきた人々の想いがあるのだ。
だから、殴って壊してはいけないよ。
どうかこれからも末永く、僕らに夢を提供し続けてほしい。
以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。
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