ヒッチコックの「鳥」と言えば、動物もののパニック映画の原点である。
公開は今から60年近く前の、1963年。
おびただしい数のカラスなんかが人に群がり攻撃してくる映画だ。
僕が生まれるよりもずーっと昔の映画であるが、何かの折にTVでやっているのをチラリと10分ほど見た記憶がある。
ちょっと現代の映画と作風や画像などのギャップがあり、10分ほどで番組を変えてしまった。
だけども、そんなわずかな時間であっても、カラスが人に群がるシーンは衝撃であり、今も記憶に残っている。
時は流れて令和の現代。
1人の老人が鳥に囲まれているのを見た。
あの日10分だけ見たパニック映画だ!!ヒッチコックだ!!おじいさんが大ピンチだ!!
僕は思わずそう叫びそうになった。
ここがどこか、だって?
「瓢湖(ひょうこ)」だ。現場は瓢湖だ。僕の目の前で事件は起きている。
一瞬、「そういや"ヒッチコック"と"ひょうこ"って少し似ているな」って考えてしまったほどに、僕も鳥乱している。いや、取り乱している。
落ち着け。
まずは深呼吸だ。そして目次から入り、話を整理しよう。
鳥鳥鳥鳥鳥鳥…
僕は瓢湖にやって来た。
晩秋から冬になると白鳥が集まると聞いていたからだ。白鳥が集まるなら、それを見るための人間も集まる。当然の成り行きだと感じた。
瓢湖を英語で表すと"HYOKO LAKE"だ。
さらにそれを日本語にすると"ひょうこみずうみ"ってなって、"湖"が二重換算される仕組みだ。
「利根川(トネガワ・リバー)」や「チゲ鍋(なべ・なべ)」と同じスタンスで行こうという気概だ。良い。
天気も良く、駐車場は満車ギリギリであった。
しかし結論から申し上げると、鳥密集地帯の一番近くの駐車場に停めることができた。偶然だけど。
右奥に大きなケージが見えるだろうか。
あのケージにはクジャクがいる。
鳥の洗礼はもう始まっている。白鳥は飛来してくる外来者だが、クジャクはいつだってここにいる。主だ。
徒歩1分少々で湖が見えてきた。
人々はみんな湖面を見ていてワイワイ言っている。
あの人たち、いったい何を見ていると思う?
いや、「そんなのわかりきっているだろう」みたいな顔をしないで、場の空気を読んでほしい。
じゃ、せーので言おうか。
せーの…
鳥。
…当たった?簡単すぎた?
でも、こんなにいるって想像できた?
僕は正直、ビックリしたね。
ときどきTVとかで出る、ネコの多頭飼育の現場みたいなゴチャつきっぷりになっている。
ブロイラーの飼育環境がかなりかわいそうな話はときどき聞くが、この鳥たちは自ら進んでブロイラー並の密集度を実現している。なんてこった。
ほとんどがカモだが、ところどころに白鳥もいる。
白鳥飛来地として有名なので、白鳥がメインキャラクターの湖ではあるが、まだ真冬ではないので白鳥は少ないのだろうか?
安物のビーフカレーの中のビーフくらいの少なさだ。まぁいいけど。
しかし、なぜゆえにここだけ朝の新宿駅みたいな喧騒なのだろう?
写真に写っている木製の桟橋の内側が特にラッシュだ。駅構内みたいだ。
おかげであの桟橋には観光客は誰も近づけない。
ヘタに桟橋に行こうものなら、糞まみれかヒッチコックか、未来はその2択だ。
ちょっと物事を俯瞰で見てみよう。
僕はその場を離れることにした。
瓢湖は広いのだ。
なのにまだ湖岸20mくらいしか見ていないのだからな。
いったん、喧騒を離れよう…
僕は鳥パニックゾーンから徐々に距離を置いている。
少しずつ、鳥も人も少なくなってゆく。
ほら、もう閑散としている。
ま、それでもかなりの数なんだけど、僕はもうそういうバロメータ故障しているので、閑散としていると感じた。
新宿駅から田端駅に来た感覚だ。
100mほど向こうには、まだ新宿エリアが見えている。
なんなんだ、あのカオスなエリアは。
客観的に見ると異様だ。もっとも、渦中にいても異様だったけど。
ここまで来ると、ようやく落ち着いて説明板を読むことができる。
カモだけで3種類いる、みたいなことが書いてある。
しかし僕の気持ち的には、ここまでウジャウジャいるとじっくり種類を確認しようという気持ちにはならない。
なんとなく全体像を把握するだけで充分で、意識を個体にフォーカスできるほどの鳥耐性がまだ身についていない。
瓢湖に白鳥が飛来するようになったのは1950年ごろからで、そんな大昔ではない。
なんかイメージ的には太古の昔とか江戸時代から来ている感じだったが、普通に戦後になってからの飛来なのだそうだ。
ここからの歴史については、後の項目でご紹介しよう。
いい感じのソーシャルディスタンスで休んでいるカモたちだ。
しかしこれはこれでシュールな絵だと思う。
どこまでもどこまでも、一定間隔のカモ。
少し僕も冷静になってきたので、カモをズームして撮影ができる。
黒い子がかわいいかもしれぬ。
さっきの説明板によれば、キンクロハジロだ。
もう少し進むと、突然滅亡した世界みたいな光景が出てきた。
ハスかな?ハスが枯れている。
よく見るとここにもカモがいる。ハスの陰で休んでいる。
新宿に進出できないコミュ障のカモは、ここで引きこもっているのだろう。
湖を形成する一辺の端から端まで来た。
そこには白鳥の像が立っていた。
あ、そういや白鳥の湖だったね、ここ。カモだらけで白鳥のデータが埋もれていた。
誇らしげに聳える、白鳥飛来地の碑だ。
いつか僕も、白鳥で真っ白に染まる真冬の瓢湖を見てみたい。
タッパーご飯を食うおじさん
鳥の密集地帯の近くに再び戻ってきた。
ここには無料休憩所がある。なんとなしに、そこに入ってみた。
瓢湖関連の説明板が掲示されていたり、書籍などが置いてあるものの、閑散とした休憩所であった。
僕以外には1人のおじさんがいるのみであった。
しかし説明板は勉強になる。
瓢湖とはいったい何なのか、ここに記載されている。
どうやら江戸時代初期に人工的に作られた瓢箪(ひょうたん)型の池で、だから瓢湖っていうネーミングだそうだ。
そっか、全然知らなかった。
前述の通り、1950年ごろに急にこの池に白鳥がやってくる。
"吉川重三郎さん"というおじいさんが、「自分がこの白鳥を守る!池にはエサも少なそうだから、自分がエサをやる!」と言って保護活動を開始した。
おじいさんは白鳥に好かれるようになった。
警戒心が強い白鳥がこんなにも人に慣れることは珍しく、もうこの時点で世界的なニュースになった。
まぁこのあと、2代目となる"繁男さん"は白鳥から完全にシカトされてションボリしたりといろいろあったんだけど、これまた最終的には仲良くなれたりするので安心してほしい。
そんな繫男さんも1994年に恒例となってエサやりを引退した。
その後、ずーっとエサやりおじさんは不在であった。
復活したのは2014年だ。20年もの歳月が流れていた。
3代目の白鳥おじさん、"齊藤功さん"。
白鳥シーズンになると1日数回のエサやりをしている。白鳥たちはこのおじいさん以外には絶対になつかないのだそうだ。
「白鳥は2種類いて、クチバシの色が違う」
急に声が聞こえたのでその方向を見ると、この休憩所にいた唯一の人物である、おじさんであった。イスに座ってタッパーご飯を食べながら話しかけてきた。
「そこに野鳥の冊子があるから見てみるといい。まだ今年は白鳥飛来数が少なくって、6159羽でね…。」
いろんなうんちく話が始まる。おじさんはタッパーからご飯を食べながら語り続ける。
「あそこに掲示されているパネルを見てほしい。あの頃はオオハクチョウが…。」とか語り、そしてまたタッパーご飯をひとくちほおばるのだ。
察しのいい僕はピーンと来たね。
これだけ物知り。このタッパー飯を悠々と食べている余裕の貫禄。
まぎれもない白鳥への愛。
「あなたは…。あなた様はもしや…。」
ゴクリとつばを飲み込んだ後、そう口を開いた。
20年の歳月を経て復活した白鳥おじさん。そん眼差しは、まさに本物だと確信したのだ、僕は。
その瞬間だ。
僕の腕時計が11時を告げた。
外の鳥たちがより一層とギャアギャアと鳴き喚く。
どうしたのだろうとチラリと外を見ると、冒頭の湖に架かる桟橋を、1人のおじいさんが歩いていた。
11時はエサやりタイムなのだ。
あれ?
あれが白鳥おじさん…。
ではこの休憩所にいるおじさんは…??
タッパー飯おじさん。
それ以上でも、それ以下でもない。
白鳥に詳しく、親切なタッパー飯おじさん。
白鳥の飛来数を正確に把握しているからすごいと思ったが、おじさんの座っている位置から外を見ると、現在の飛来数がデカデカと掲示してあったわ。
おじさんは、まだうんちくを語り足りない&まだタッパーご飯を食べ続けたい、みたいな顔をしていたが、こちとら白鳥おじさんに興味津々だ。
タッパー飯おじさんにお礼をいい、すぐに湖畔に向かった。
鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥!!!
湖上の花道を、白鳥おじさんが歩く。
周囲で鳥たちが「ウホーッ!おじいさんサイコー!!」みたいな感じで盛り上げる。
そういうイベントが始まった。
もう、とんでもない鳥の密集度だ。
こちとらコロナ禍で密集している生物を見るだけでヒヤヒヤしてしまうが、鳥たちは通勤ラッシュの小田急線みたいな感じに、お互いを潰し合っている。
これ、密集ではなくて圧縮だ。
湖面がどこだかわからないほどだ。
序盤の鳥の密集度なんて、まだまだ序の口だった。
白鳥おじさんが出て来てから、この祭りは本番を迎えるのだ。
白鳥おじさんは、給食で使うアルマイト製のお椀みたいな感じの容器でエサやりをする。
鳥のエサを入れた状態でフルスイングだ。
エサが美しい弧を描く。
カモも白鳥もそれに群がるが、ハトもやってきた。
何おじさんと呼ぶのが正解なのかわからなくなってきた。
白鳥おじさん、エサをやる。
鳥、群がる。
白鳥おじさん、エサをやる。
鳥、群がる。
この単純作業のループであるが、不思議と目を離せない。
人っていうのは、一心不乱に物を食べる者は動物でも人間でも、つい注視してしまう習性があるようなのだ。
さっきは僕も、タッパー飯おじさんにある程度の時間を費やしてしまったしな、納得。
はい、ドバドバと…。
「うわー、おじさん!ついに肩が疲れてエサをダイレクトにブチまけた!!」って思ったけど、実は違う。
エサがすんごいつゆだくだ。配合が違う。
もう1種類のエサを取り出したのだ。
これにはつゆだくが好きなタイプの鳥たちも、狂喜乱舞だ。
そんなイベントがしばらく続き、そしてお開きとなった。
…いかがだろうか?
これが瓢湖だ。
人工の池だし、白鳥に餌付けしているのも人間だ。
僕は今まで瓢湖を手つかずの大自然の、ラムサール条約的な景勝地だと思っていたが、ちょっと違った。
でも、とても楽しいスポットであった。
人が造った人工池にて、おじいさんを慕って鳥が集まり、その鳥を見に人間が集まり、鳥も人間もみんなで盛り上がる。
ステキじゃないか。
あの山が真っ白に染まるころには、白鳥の数も数倍に増える。
瓢湖はさらに盛り上がる。
あなたもこの宴に参加してみてはいかがだろうか?
冬には冬の祭りがあるのだ。(ヒッチコック祭り)
以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。
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