あなたは、もし空腹状態で仙台駅に到着したら何を食べる?
あ、僕はある程度人の心を読める能力者なのだが、あなたの脳内に牛タンがよぎったのを画面越しに感知した。
確かに牛タンはいい。他で食べるのとは一線を画す。
だけどもね、仙台を訪問した記憶をゴリゴリに脳みそに刻みたいのであれば、こんなお店もある。
ここでランチだ。きっと一生忘れられない思い出となろう。
さぁ、いらっしゃい「三好食堂」へ!!
…あ、あれ??
立て付けが悪すぎて、ドアが開かないっ…!!
ボロッボロ食堂、登場!
1年近く前の、2020年の冬がやってきたタイミングの話だ。
僕は杜の都・仙台の中心地にいた。
東北一の大都市だ。スゲーなって思った。
ここでこれからランチにするのだ。
これだけの都市なら食事処も群雄割拠しており、どんな店もが熾烈な争いを勝ち抜いた名だたる名店なのだろう、とか思っている。
僕にはお目当てのお店がある。
仙台駅からも普通に歩けるような距離だ。
Webで見つけて、「ひとめぼれってこういうことなんだな」って思った。
今からそのお店に行けることに、ワクワクを隠せない。
はい、着いた。
なかなかアグレッシブなデザインのお店だ。
看板(?)も、ドア脇の樹木(?)もワイルドさに磨きがかかっている。
あと、歩道のギリギリ道路寄りのところにポツンと置いてある植木鉢が、心底ナゾである。
これが、三好食堂だ。
よーし、自分の顔がニコニコして来たのを感じる。
こんな僕を見たら母親は「あなたをそんな人間に育てたつもりはない」とか言うかもしれない。
しかし僕はこんな人間だ。老舗食堂、最高だ。
ちょっと店内に入る前に、外観を堪能しような。
古民家巡りのTV番組「ふるカフェ系 ハルさんの休日」でも、ハルさんはすぐには店内に入らずに外観を舐めまわすように見学するのだ。
僕だってそうだ。店舗はお店の顔だ。
「めし」
…ときっと読むのであろう。
「めん」みたいだし、「んめ」みたいでもある。
「し」がこんなに攻めたデザインになるとは。もはや、"辶(しんにょう)"のようだ。シビれる。
そしてどういう色落ちをしたら看板こんなになっちゃうの?
「し」からホラーなレベルで何かの色素がしたたり落ちてきている。
上を見上げたところに設置されている看板。
『定食・丼物・おにぎり・ビール・コーラ』。
人が生きるのに必要な要素の全てが詰まっているな、感謝。
何か悪しきものを封印するかのように、グルグル巻きになっている植木鉢群。軽くホラーである。
そんな植木鉢トルネードに巻き込まれつつある『営業中です』のプレート。
よかった、これが掲示されているということは、確かに営業中のようだ。
ドアからも窓からも店内の様子は全くわからず、ただただ恐怖しか感じないけどな。
さぁ、では入店しよう。
ドアの目の前まで来た。
ちょっと写真ブレた。ビビッちまっているからだ。当然だ。
呼吸を整えろ。
『A11~P2』・『P6~P9』。
雑な営業時間の貼り紙がナイスだ。
ドアに手をかける。手前に引く。
…開かない。
閉まっているのではない。奥に押すのでも横に引くのでもない。
単純にドアの立て付けが悪いのだ。
サッシと地面のこすれる「ゴギャギャギャ…!」という不快な音が響く。
「引くんだ!」
僕は心の中で自分を鼓舞した。
よく見るとドア自体も『引く引く』と汚い字で連呼している。
よーし、わかった。ありがとな。
…バギャッと音がして、窺い知れなかった冥界が僕の目の前に広がった。
80歳くらいの小さなおばあちゃん2人が不思議そうに僕を見ていた。
いやぁ…、すみません、ちょっとドアを開けるのに戸惑っちゃいまして…。アハ。
貼り紙ワンダーランド!
すげーなー…。
店内を見て僕は唖然とした。
4人掛けのテーブルが4つ…?
でもうち1つは雑貨山盛り大事件になっている。山盛りからの、地滑り発生大事件になっている。
つまり、座れぬ。
さらに1つは店主のおばあちゃんの知り合いと思われる、もう1人のおばあちゃんが腰掛けている。
僕は残る座席2つのうちの1つに座った。
ふむ、なかなかの景観ですな。いい眺めだ。
個性がハジけておられる。
これが、ドアに一番近い席に座った僕の全視界だ。最高だろ?
ところで、僕が頑張って開けたドアがどうにもうまく閉まらない。
ちょっとだけ隙間が空いてしまう。
木枯らしがコンニチハしそうで心配だ。
店主のおばあちゃんにその旨を申告すると、「そのままでいいですよ」とのことだ。
了解した、何事もほどほどで諦めよう。僕の得意分野だ。
ドアの横の棚。
情報量が多すぎて溶け込んでしまっているが、さすが飲食店。このコロナ禍においてしっかりとハンドジェルを用意してあった。3つ。
その横に魔法瓶とか、水の入ったコップにラップをかけてあるヤツとか、もう必要性が1ミリもわからないけどな。
こんな時間の止まったかのような昭和レトロな店内だが、安心してほしい。
ちゃんとここにも21世紀は来ているし、令和も来ている。
その証拠が、上の写真にもあるカレンダーだ。
2つもある。
12月なのか1月なのか、2020年なのか2021年なのかバラバラだが、バラバラになりかけながらもちゃんと時代に追いついている。
ふと自分のすぐ左手を見ると、そこにもカレンダーがあった。
カレンダーって、1部屋にそんなにたくさん必要なものなのか?
なぁなぁ、やっぱカレンダー多くないか??
数えてみた。9個あった。
どこを向いてもいいけど、現実から目を背けてはいけない。そっか。
…あっ、僕はメニューを選ばなければならない。
壁のメニューを見る。
おふくろ定食650円が看板メニューかな?
しかしどんな内容かわからない。その手には乗らない。
メニュー表、経年変化で色が茶色くなっているのはまぁ当たり前でいいとして。
値段更新の貼り紙が雑だ。
特に右側、芸術的だ。
メニュー表、最大で4枚重ねになっている。
歴史のミルフィーユだ。一番下に何が書かれているのか、知りたすぎる。タイムカプセルみたいになっている。
もう…、なんだこれ。なんだこのメニュー…。
どういう美的センスがこの配列を生み出したのだろう。
ずっと目が泳いでいる。
なんでもある。
春巻きもハムカツもとろろもコロッケもハンバーグもある。
魚肉ソーセージもあるし、茶碗蒸しもあるし、ゆで卵もある。
コーヒー100円は安いな。インスタントかな?
クリームカニコロッケカレーの単語の並び順に違和感があり、そして160円なのが少し怪しい。
あと、水道トラブル時の連絡先マグネットと綿棒と、コンビニ袋に入ったパンも一緒に掲示してある。
ホント、なんでもある。
なんでもありすぎて、逆に本当にオーダーしたら出てくるのか気になる。
ただ、僕はそんないじわるな人間ではない。
王道メニューを頼もう。
「カツ丼をください」と言った。
これ、ラーメンと並ぶ正解パターンだろう。
「ごめんなさい、ないの」と言われた。
…あれ??
究極うす味、肉玉子丼!
僕は肉玉子丼を食べることになった。
カツ丼を否定されて一瞬フリーズしたところ、おばあちゃんがすかさず「肉玉子丼はどう?」ってリカバリ策を提案してくれたのだ。
乗った。
店主のおばあちゃんは、もう1人のおばあちゃんとひたすら登山の話をしていたが、厨房の奥に入り、料理を開始した。
ガラス戸の奥に垣間見える厨房も、なかなかに荒れ狂っているように見える。
さぁ、そして来た。
肉玉子丼だ。
見た目は普通だ。
ちょっとお肉が少なめに見えるが、そんな細かいことは気にしない。
そしてタマネギがふんだんに使われている。
食べてみると…。
うん、味が薄い。
塩味が限りなく少ないのだ。
美味しいとか美味しくないとか、優しい味だとかそうじゃないとか置いておいて、ちょっと食べ進めづらい。
…とはいえ、いきなり塩をかけたら失礼だろうか…?
卓上を見ると七味唐辛子がある。これだ。
きっと合うだろう。
かけてみようとしたら、中身は空だった。
でも大丈夫だ。木の容器の中もきっと七味だ。
…うん、これも空だった。
やむを得ない、塩だ。
…しかし中がペタついていて出て来なかった。
醤油だ。
これ正解。ちょっとだけかけたら美味しくなった。
お味噌汁のこの具は、仙台麩だろうか…?
仙台の名物のお麩。あんまり食べたことないから確信を持てないけど、うまい。
料理を出し終えた店主のおばあちゃんは、またもう1人のおばあちゃんとの会話を再開する。
東北の厳しい冬がやってきたというのに、「年末はどこの山に登りに行く?」的な感じで元気ハツラツだ。まさかの雪山登山?とてもすごい。
僕にも気さくに「どこから来たの?」と声を掛けてくれた。
「あら、遠いわねー」と言われた。
僕は、「渋い食堂が好きなので思わずこのお店に入ったんですけど、どのくらい前からやっているんですか?」と聞いてみた。
おばあちゃん自身は昭和42年からここで働いているそうだ。
つまり1967年だ。50年以上も前だ。
だけども、いつからのお店かは知らないらしい。
なるほど、少なくとも創業50年。50年前から働くおばあちゃんが創業年を知らないということは、最低60年は経っているのではなかろうか?
とんでもない歴史だ。
おばあちゃんは「300万あったら店を立て替えたいんだけどねー」と笑っていた。
料金は750円だ。
これがテーブルにポンと置かれたとき、「例の紙だ!」って思った。
料金改定の貼り紙をするにあたり、このサイズの紙を大量に所持しているのかもしれない。いや、あるいはその逆かな?
あと、ご飯粒1つついているのが気になった。
では、ごちそうさま。
おばあちゃんは「また来てね」と言ってくれた。
僕はそれに応えるように、元気に「バキャキャキャ…!!」と入り口のドアを開け、木枯らし吹く仙台の町に出ていった。
ありがとう、三好食堂。
また会えると願って…
少し時間が流れた。半年流れた。
2021年の初夏だ。
杜の都仙台。
うん、この季節の仙台の並木道って、本当に綺麗だよな…。
再び仙台を訪れた僕は、しみじみとそう考える。
そして、あの食堂のすぐ近くに愛車の日産パオを停めたのだ。
「また来てね」と言ってくれたおばあちゃん。
会いに来たよ。また食べに来たよ。
たぶんだけど、僕がここを訪れるのは今回が最後だ。
この機会に再訪したかったのだ。
うん、ちゃんとある。
ほとんど何も変わっていない。
300万円、貯まっていないらしい。
夏だからか、店頭の木々がさらに元気になっているように感じられる。
あと、車道ギリギリに置いてあるのが2本のペットボトルに変更されている。
さて、お腹すいたな。入ろうか。
営業していなかった…。
なんてこった。
嫌な想像をしてしまう。
今日は週末。しかも昼どき。
前回は週末の昼のピークを外した時間だったのに、営業していた。
なのに今回この時間に営業していないということは、もしや廃業…??
コロナ禍であることや、おばあちゃんの年齢を考えれば、なんでもありえる。
残念だ。
ほとんどWebにも出て来ないお店なので、真相を知りようがない。
とりあえず僕は近くでランチにした。「ラーメン二郎」で食べた。
そう、あの二郎だ。日本最北の二郎だ。
もちろん死ぬほど満腹になった。久々に吐くかと思った。
そしてフラフラになりながら駐車場に戻る。
その直前、すぐ横にあるあの三好食堂をチラリと見る。
営業しているのかーい!!
ドア、フルオープンだった。
ちゃんと『営業中』って札が掲示されていあった。
まさかこんな昼過ぎに営業開始するとはね…。
前回見た店頭掲示の営業時間と全然違うじゃないか…。
入りたい気持ちはあるが、よりによって二郎の直後だ。もう米粒1つとして入らない。
あなたは「例の100円コーヒーでも飲めばいいじゃないか」と言うだろう。
うん、今執筆している僕もそう思う。
ただね、そのときはそこまで頭が回らなかったのだ。
ラーメン二郎っていうのは、そういう食べ物だ。人をダメにする食べ物。
とにかく早く、車の中で休みたいと思った。
結果として1度きりの訪問。
しかし、その1度がインパクトあるなら、それでいいのかもしれない。
おばあちゃんは今も、仙台のあのゴッチャゴチャの店内で陽気に料理をしているのだろう。
僕は遠い地でそう信じつつ、またやってくる冬を迎え入れるよ。
以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。
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