大都会、池袋の夜。
立ち並ぶビル群と、そこを行きかう人々。
気軽に入れる大衆居酒屋もあれば、いい匂いを路上に振りまく焼き鳥屋もあるし、ちょいといかがわしいお店の客引きもある。
とにもかくにも、24時間活気づいている町というイメージだ。
そんな池袋の駅からほど近い立地に不思議なお店がある。
まるで夜の闇に紛れて見落としてしまいそうなお店である。
いや、一見するとお店かどうかすら気付かないかもしれない。
しかし僕は気付いた。
その日はちょっとお疲れモードで、きらびやかなネオンを直視できない状態だった僕。
ふと目を反らした暗がりに、ドアから漏れるふんわりとした灯りが優しかった。
今宵僕が語るのは、この「四國屋」という奇妙すぎる外観のうどん屋さんに僕が吸い込まれるエピソード。
しかも1回きりじゃないぞ。何度も何度も吸い込まれ、店主のおばあちゃんとトークを楽しむからな。
池袋のディープ・オブ・ディープ、その扉が開く。
- ビール ~ 池袋のワンダーランドへようこそ ~
- 素うどん ~ 極狭カウンターで極上の味を ~
- いそべ焼き ~ おばあちゃんの元気の秘訣 ~
- しゅうまい&日本酒 ~ 血の通った街づくりのために ~
- スタミナしょうゆラーメン ~ 常連さんは饒舌だ ~
- 天花うどん ~ 古い旅友とカウンターで並び ~
- カレーうどん ~ パリピの夢見るかつての世界 ~
- 住所・スポット情報
ビール ~ 池袋のワンダーランドへようこそ ~
池袋駅から徒歩5分ほどだろうか?
僕はパチンコ屋の裏に入り込む。
目指すお店は、あの正面の黄色いひさしのパチンコ景品交換所の右隣なのだ。
実は上の写真でも右端に僕の目指す四國屋が見えている。半分くらい闇に紛れてしまっているけどな。
黄色いひさしのお店の前まで行って、もう1枚撮影してみようか。
うおぉぉぉぉ…!!
なんだなんだ。この一角だけワイルドな風貌だ。
これが四國屋の姿である。
店か!?店なのか?
しかし安心めされよ。ちゃんと「素うどん」の看板が建物に取り付けられているだろう。
反対側からもう1枚撮影した。
手前の電柱には黄色いKEEP OUTのテープがグルグル巻きだ。
入っていいのか、このお店!?
写真を撮るためにお店の前を通過した際、1人のお客さんが中にいるのがチラッと見えたな。
なんかそれが僕に勇気を与えてくれた。
では、深呼吸して突撃しますか!
狭ッ!!
そして物が多い!!
この写真でお店の8割くらいの空間は撮影できているからな。
厨房とあわせても3畳くらいしかないんじゃないかという、極狭空間だ。
これが店内の全てだ。
「おばあちゃん」が店主である。
客席は一応5席分あるが、カウンターに2人が並ぶのは相当難易度が高いぞ。
僕の初回訪問のときには、一番ドア近くの席に先客の人がいた。
「すみませーん」と言いながらその人の足をまたぎ、カウンターの奥の席に座った。
まずはビールをオーダーした。
壁に貼ったメニューを見る限り、ドリンクメニューはビールと日本酒のみだ。
いきなり水が提供されることはないが、1回だけドリンクをオーダーせずにうどんを食べていたら、おばあちゃんが「水はいる?」と聞いて来てくれたことがある。
なので頼めば水は出てくるんだと思う。
まずはビールだよね。
飲むんだ。飲んで冷静になるんだ。
素うどん ~ 極狭カウンターで極上の味を ~
続いてはこのお店の看板メニュー、素うどんをオーダーした。
どんなものなのだろうか?かけうどんのように麺とだし汁だけのものなのだろうか?
おばあちゃんは「はい、ちょっと待っててねー」と言い、狭い厨房の中でカチャカチャと料理を始めた。
素うどんは1玉で300円である。2玉で500円だそうだ。
とても安い。
とりあえず僕は1玉で大丈夫そうだな。
メニューを見る限り、トッピングで生卵や納豆もあるそうだ。
どちらもうどんにはマッチしそうな気配だが、あえて初回はスタンダードな素うどんとしよう。
待っている間に改めて店内を見渡した。
これはテーブル席の奥にある壁だ。
「壁なんてないじゃん」ってくらいに物が多いが、とにかく壁だ。
「なんかね、お客さんが勝手に置いて行くのよ。だからもったいないからこうやって並べて売ってるの。」とおばあちゃんが言う。
あ、売り物だったのか。
「ということは、お店の外にあった物品も全部売り物ですか?」と僕は聞いた。
「そう、売り物よ。」とおばあちゃんは言う。
「空缶とかは拾い集めてきた。」と付け加えていた。
ただ、これでも随分と少なくなったそうだ。
以前はドアの周囲一帯がモリモリになっていたらしい。
入口のドアの横にも大量の物品。
とりあえずにわか雨が降ってもカサを買うことができるのだな、ありがたい。
眠くなったら毛布もあるし。
素うどんができたそうだ。わーい。
見てみると刻み海苔が大量にかかっている。そしてネギもふんだんに使われている様子だ。
思ったのとビジュアルは違うが、なかなか豪華な気配がするぞ。
なるほどなるほど、これはうまい!
ジャンルとしては汁なし麺みたいな感じ?
麺は太くて柔らかめ。ちょっとだけピリ辛のしょうゆダレがかかっていて、それを軽く混ぜて食べるといい感じ。
そしてあとからゆず風味がやってきた。
ビールとの相性もバツグンじゃないかな。
これが300円なのだ。お得だ。
厨房のおばあちゃんと対面でお話ができるカウンター席も最高だった。
カウンターごとにパーテーションが設置してあるしアルコールスプレーもあるからコロナ対策バッチリだしな。
しかし丼を置けるようなスペース、このカウンター3席では僕の座った席くらいしか無い。
僕の座ったのが3席あるうちの真ん中の席。
右側の席は文房具などが置いてあるし、イスにも書類の束があって座れない。
左側の席はバカデカい「鉄人28号」がいて、これどうしろってんだ。
ちょいとクールなおばあちゃんと、ファンキーなポーズの鉄人28号との対比がミスマッチすぎる。
「これもね、どこかの企業の人が『そのうち取りに来るからしばらく置かせて』って置いて行ったの」と言っていた。
…そっか。
僕がまた来るときにはあるかな?きっとあるんだろうな。
僕は確信した。
いそべ焼き ~ おばあちゃんの元気の秘訣 ~
外食でいそべ焼きって、あまり食べたことが無いな。食べてみたい。
『おいしい~ いそべ焼き 一度食べたら忘れられない私なの!』
『I love ISOVE』
外の看板にはこのように書かれている。
素うどんのお店であるが、お餅のほうがよりアピールされているのだ。
オリジナルキャラクターまで造作して、この手作り看板。
食べてみないわけにはいかないだろ?
当然オーダーした。200円だ。
「ホントに一度食べたら忘れられないんだな?あぁん??」って感じで、疑りながらオーダーした。
結論から言おう。
メッチャクチャうまい。一度食べたら忘れられない味だ、これ。
あまりに芳ばしくいい匂いだったので、おもわず1口噛みついてからの写真で恐縮だが、中身はこうだ。
焼き加減が絶妙の、柔らかいお餅。
塗られている醤油はほんの少しピリ辛である。
餅もうまいしタレもうまい。こんなにシンプルなのに、なんでこんなにうまいんだ。悔しい。
悔しいけど食べる手が止まらない。
そんな僕に対しておばあちゃんは語る。
自分はこうして毎日お店を開くのが生き甲斐なのだと。
おばあちゃんは2022年で84歳になる。
ずーっと昔は別の町の屋台でお餅屋さんをしていたらしい。
その後30数年前、このお店の向かいでこのお餅とラーメンを出すお店を始め、20年間やってきた。
しかしそのお店が取り壊しになり、10数年前にこの場所に移って来たのだと。
その折にうどん屋を名乗ることになったらしい。
このお店には休みがない。
ずーっと長いこと、お昼から深夜2時まで365日休まずに続けてきたんだとか。
もっとも、今はコロナ禍なので客入りも見込めず、22時閉店に早めているそうだ。
しかしそのお年で無休というのはすごいな…。
するとおばあちゃんは「毎日決まった時間にお店を開き、人と話しているのが健康の秘訣よ。だからこの年まで病気したことないんだから。」と朗らかに言う。
そんな元気なおばあちゃんの元気の原点が、このお餅なのだね。
お餅屋さんから歴史はスタートしたのだね。
これはチーズ入りいそべ焼きだ。300円。
スライスチーズが海苔と一緒に巻かれている。
うっま!
チーズ自体はあなたも知っているスライスチーズの味だ。
しかしそれがこのいそべ焼きとコラボすると、得も言われぬ濃厚なコクとなって僕を攻めてくる。
思わずつぶやく。
『I love ISOVE』。
しゅうまい&日本酒 ~ 血の通った街づくりのために ~
サラリーマン風の、スーツを着こんだ男性がテーブル席で1人でうどんを食べ、そして飲んでいた。
僕はそこに後から入り、カウンター席に腰掛けた。
男性が言う。
「よろしければこれから来るしゅうまいをシェアしませんか?僕、もう結構お腹いっぱいなので。」
これは意訳すると「一緒に飲みましょう」ということだな。
喜んで。
僕はテーブル席に移動する。
これがカウンター席の真ん中から見たテーブル席である。
本来であれば"こあがり"と言ってもいいのかもしれないが、とてもとても小さな座卓の下には物がギュウギュウに押し込められており、足を座卓の下に入れる隙間は無い。
どうするかというと、向かって左手、つまりは店内のメイン通路側に両足を投げ出して座ることになる。
テーブルとは向き合えない。例えると映画館の座席のひじかけにポップコーンをセットするような感覚だ。
序盤でお見せした店内見取り図を今一度掲載しよう。
これでイメージいただけただろうか。
男性は「以前から通りかかって気になっていたこのお店に、今日初めて突撃してみた。」と言っていた。
なんて強いメンタルだ。1人で飛び込むなんて。
まぁ僕もそうやってこのお店に出会ったんだけど。
ではカンパイしよう。
壁に貼ってあるメニューに日本酒があったよな。
おばあちゃん、日本酒下さい。
すると「そこいら辺から取って」とアバウトな指示がカウンターの向こうから聞こえた。
そこいら辺とは、ここいら辺である。
カウンターの雑多な物品に埋もれて、実は日本酒のワンカップがいくつかある。
銘柄とか置いてある場所とかバラバラなので、好きな場所から好きなお酒を手に取ろう。
そして男性とカンパイし、「すごいっすね、このお店」・「初めて入ったけどこんなに狭いとは思わなかった」みたいな話を聞きながら酒を飲みかわす。
しゅうまいが来た。8個入りだ。
男性と4つずつシェアすることにした。
この焼き目がいい感じだ。柔らかくジューシーで日本酒が進む。
男性は都市計画の仕事をしているという。
「こういうお店の存在が大切なんですよ!残していかねばならないのですよ!」とアツく語り出した。
「今度上司をこの店に連れてくる!!こういうお店の存在を認識させねば!!血の通った町づくりのために!!」と豪語していた。
都市開発の上司を連れてくるの?
理解がある人だったらいいが、ブルドーザーでプレスさせたりしないようにしないとね…。
男性は「またいつかここで飲みましょう!」と言って晴れやかな顔で去って行った。
500円のしゅうまい、半額払うと僕は言ったのだが、断固として100円しか受け取らずに颯爽と池袋の町に消えて行った。
じゃ、またいつか。
スタミナしょうゆラーメン ~ 常連さんは饒舌だ ~
猛暑で開け放たれたドアからちょっと店内を覗いてみると、テーブル席に先客が2人いた。
あー、これはちょっと厳しいな。入れないな。
近くの立ち飲み屋で数10分時間を潰してから再び覗いてみたが、またおふたりともに中にいる様子だ。
うーん、せっかく来たのに残念だな…。
もうちょっと待つべきか、それとも突撃すべきか…。
店の外で数分悩んでいたら、1人の人が退店した。あ、2人組ではなかったのね。
とりあえずこれで僕1人は入れそうだ。店内に入る。
このときのカウンター席は無人だが物がギュウギュウで座れるどころの騒ぎではなかった。
テーブル席で先客の、恰幅のいいおじいちゃんと向き合う。
おじいちゃんが、いきなり「富山はいいところだよなぁ!な、アンタもそう思うだろ!」と話を振ってきた。
なんだなんだ、先客と富山の話で盛り上がっていたのか?
面食らったが「富山、僕も好きです!例えばあそことかこことか…!」と話を合わせた。
旅の話であれば大得意だ。
話の隙をついてスタミナしょうゆラーメンもオーダーしよう。
前章で少し語ったが、店主のおばあちゃんは1つ前のお店でラーメン屋さんだったのだ。
今の狭いお店に移ったことで手間のかかるラーメンは辞めてうどん屋さんになったのだが、以前の常連さんの熱烈ラブコールでラーメンを復活させたらしい。
どんなラーメンなのだろう?気になる。
ちなみにおばあちゃんはメニューをオーダーすると「はぁ!?」って言うのでちょっとビックリする。
「なんか悪いものをオーダーしちゃったかな?」って気持ちになる。
結論から言うと別にそんなことは全然ないらしいけどな。
傾向として素うどんとビール以外は「はぁ!?」が返ってきがちで、復唱する。
これメモな。
スタミナしょうゆラーメン。
これも刻み海苔がすごい。
濃厚ピリ辛醤油とんこつって感じのイメージかな?
いや、もしかしたらとんこつ入っていないかもしれないけど、僕の感じたイメージがそれだ。
ゆで卵やチャーシューも入っていた。贅沢だ。
さらにおばあちゃんは「お漬物いる?」って言って、ラッキョウをくれた。
大体毎回なんらかのお漬物がサービスされるよ、ここ。
辛い。うまい。
失礼だけど、とても84歳のおばあちゃんが作る味とは思えないほどにワイルドだ。
何の要素を"スタミナ"と定義付けているのかはよくわからないし聞かなかったが、とてもうまいし元気が出る味であるのは確かだ。
作っているおばあちゃんのスタミナを、このラーメンから感じ取った。
僕の向かいの席のおじいちゃんは、ずーっと酒を飲みながら大声で話していた。
おじいちゃん:「ほら、あの外国人女性を殺して全国に逃げ回っていたヤツいたろ?」
YAMA:「あぁ、〇〇事件の〇〇容疑者。」
おじいちゃん:「当時全国に逃げ回る前に、朝の山手線の中で見たんだよね。捕まえておけばよかったなー!」
おじいちゃん:「有名女優の〇〇と、駅の改札で目が合ったんだ。そしたら俺に軽く会釈してさ。あれは絶対惚れていたね。その後芸能人と結婚したそうだが、今でも彼女は俺のことを思っているに違いない。」
この手の話が永遠に続き、ときどき下ネタも混じってきた。
元気だな。スタミナ無限か。
僕は「そっすかー!」と一緒に盛り上がり、カウンターの奥のおばあちゃんは最低限のリアクションで黙々と作業していた。
でも、良いのだと思う。
僕も小学生の頃、こんか感じで夢いっぱいに溢れていた。
大人になると現実に縛られて、なかなか大胆な発言もできなくなる。
この3畳ほどの空間でそれを吐き出せるなら、それは最高じゃないかな。
僕も話相手ができて良かったし。
一方的に聞いていただけだけど。スタミナラーメン食べてなければ途中でスタミナが切れていたかもしれないけど。
おじいちゃんはまだまだ話し足りないようだったが、僕はお先に退店する。
天花うどん ~ 古い旅友とカウンターで並び ~
旅友の「ふじふじ」はお店を一目見て「すげぇ…!」と絶句した。
初めて僕1人ではなく2人でこのお店を訪問したときの話である。
事前にどんなお店か充分に説明していたつもりだが、百聞は一見に如かずだ。
でも僕はふじふじであればこの空間を生き抜ける術を持っていると踏んで案内したのだ。
既にテーブル席に2人の人がいて、僕は一瞬躊躇した。
おばあちゃんに「入っていいですかねぇ?」と遠慮気味に聞いたが、おばあちゃんは無言だ。
そうだった。おばあちゃんはこういうとき助言しない。
お客さん同士でうまく調整・判断するのだ。
先にいた常連のおじいちゃんが「『入れますか?』じゃないよ。そういうときは『入るからどいてくれ』くらい言うんだよ。」と言ってきた。
おじいちゃんの向かいにいた男性が「じゃ、食べ終わったので自分は出ますよ」と言って退店してくれた。
1人でもテーブル席に人がいるとカウンター席に行くのもちょっとシンドいのだが、ふじふじが「じゃ、入りますよー。大丈夫です、僕スリムなんでー。ごめんなさいねー、お兄さん。」と言いながら巨体を狭い店にズリズリ潜り込ませていった。
強い。ビギナーなのに。嫉妬しちまうぜ。
カウンターに並び、ビールでカンパイした。
ふじふじとはずーっと昔に日本最北の島である「礼文島」で出会ったのだ。
その後の数年はたびたび日本各地で会ったりしていたが、ここ7・8年ほどはご無沙汰していた。
つい最近また交流が復活し、お互い東京都心の奇抜な居酒屋を紹介し合っている。
飲みながらお互いの旅の話や近況を報告するのだ。
北海道で出会った仲なので、北海道のネタが多い。
僕は「さっきさ、デイリーポータルZっていうサイトで僕の書いた北海道の音威子府そばの記事が入選して嬉しくってさ。」みたいな話をしたな。
食べ物は2人とも天花そばにした。500円。
素うどんは汁なしであるが、これは汁ありらしい。
ふんだんに鰹節が使われている。そして黒い。
キリっとしたシャープな醤油だしに、ふんわりと鰹の風味が香る。
秋も深まりつつあるこの季節に暖かいうどんが嬉しい。
お漬物のサービスもどっさりといただいた。
これがうまいのだ。ありがとう、おばあちゃん。
常連のおじいちゃんはいい感じに酔っ払い、「自分はここに毎日来ている!この店はいい!そこの…、ふじふじ!いい仲間を持ったな!こんな店を紹介してもらえて!」って言っている。
ふじふじは「日本最北の島で出会った人間と、時を経てこんなお店のカウンターで並んで座っているって不思議だよな」と言っていた。
確かに不思議だし、カウンターから若干はみ出した丼は油断すると引っくり返しそうでキケンだし、今日はいい夜だと思った。
「コロナになってからお客さん全然来ないの!また来てね!」というおばあちゃんの声を背中で聴きながら、僕らはもう1軒ハシゴしようと夜の町を歩きだす。
カレーうどん ~ パリピの夢見るかつての世界 ~
心地良い春風に誘われて、僕は暗い路地裏に迷い込んでいた。
ドアが閉まっているので中に人がいるかどうかわからない。
ただ、1時間ほど前に外国人の方が2人入っていくのを見た。
だからしばらく時間を潰して戻ってきたのだ。もう退店したかな?
覗くとまだ談笑中であったが、すぐに僕に気を使い退店してくれた。
かたじけない。
カレーうどんがほしいと僕は言った。
「はぁ!!??」と聞き返された。
「カレーうどん、ご迷惑でした?あまりオーダーされないヤツでした?」と聞いてみたら、「いや全然。昨日も食べた人いたし。」みたいに言われた。
なんだ普通だったのか。
「辛いの大丈夫?」と聞かれたので、どんなに辛くても食べるつもりだと返答した。
ドロッとしたヤツきた。
カレー南蛮的なものでは無く、普通のカレールーがかかっており粘度が高いぞ。
これはボリューミーでお得だぜ。600円。
この日は静かであった。
途中でいかにも夜の町で働いている風なお兄さんが颯爽と入ってきて、うどんを音速で食べて行ったくらいだ。
おばあちゃんはゆっくりと語る。
「毎日毎日、お昼から夜まで営業。これが健康の秘訣。昔は午前2時までやっていたけど、最近は体力的な問題もあって22時なのよ。」と。
あれ?確か以前訪問したときは「コロナ禍だから22時」って言っていなかったっけ?
理由がご自身の体力に置き換わったことに、一抹の寂しさを感じる。
「ちゃんと健康なのよ。病気知らず。前と一緒で、午前2時からは推理小説読んでラジオを聞いてから朝方に寝る。推理小説、面白いよね。」
「もうすぐ85歳だけど、90歳までは出来そうな感じよ。」
…とのことだ。いつまでも元気で続けてほしい。
「だけどね、お客さんが全然来ないの。コロナになってから世界が変わっちゃったの。昔は正面のパチンコ屋さんもうるさくって、朝までこの通りも人が歩いていて…。でも今は静かでしょまるで田舎の一軒家みたい。」
…さすがに田舎の一軒家とは違うし池袋の喧騒も聞こえてきている。
だがおばあちゃんは夜の東京が心から好きなんだな。根っからのパリピだな。
「コロナ前は来ていた常連さんもいなくなちゃって。お店を開いても1日数組だったりして。だから寂しいと町に出て空缶を拾うの。」
…僕がやって来る夜はお客さんがいることが多いのだが、どうやら日中はほとんど誰も来ないようだ。
あと、鉄人28号の人もまだ来ていないんだね。
僕はおばあちゃんに、このお店のことをブログに書いていいか尋ねた。
「今はスマホで何でも投稿している時代だからね。みんな勝手に書いているから止めないよ。ただTV取材だけはこういう狭いお店だから断っているけどね。」という。
ありがとう、執筆させていただきます。
「またきてくださいね、元気でね」とおばあちゃんが言う。
おばあちゃんもお元気で。きっとまた来ます。
そうそう、おばあちゃん。
この数日後にはコロナが5類に移行するんだよ。
また賑やかな池袋が戻ってくるといいね。
以上、日本7周目を走る旅人YAMAでした。
住所・スポット情報
- 名称: 四國屋
- 住所: 東京都豊島区池袋2-9-6
- 料金: 素うどん¥300他
- 駐車場: なし
- 時間: 11:30~22:00