伊勢志摩エリアには、かつて"売春島"と呼ばれた島、「渡鹿野島(わたかのじま)」がある。おっと、それは"かつて"の話だし、今回の記事では"かつて"を掘り起こすような内容は無いから安心して読んでくれよ。
僕はひょんなことからその島に1泊することとなり、そしてひょんなことから夕食を食べる機会を失いかけ、そしてひょんなことからスナックに飛び込んでそこで豪勢な夕食を作ってもらえることとなり…。
「いや、オマエひょんひょん言ってばっかで意味わかんねーよ」という声が聞こえてきそうなので思わせぶりな記載はここまでとするが、最高に楽しい夜を過ごせたのだ。
ピンチや挫折、それを最後に覆すカタルシス。それこそが旅の醍醐味なんだと思う。
無計画と言われようとも、無鉄砲と言われようとも、いいのだ。1分先がどうなるかわからないドキドキ、Webで調べてもわからないドキドキ。それこそ今の世の中に必要なエッセンスなんじゃない??
さぁ、今回の舞台は人口169人、小さな小さな渡鹿野島が舞台だ!
こうして事件は発生する
灼熱の2023年夏。是が非でも渡鹿野島に泊まりたかった、というわけではない。
車中泊では熱中症にもなりかねないので、伊勢の南部から尾鷲あたりのどこかの安宿に1泊したかった。しかし気が付けばそこエリアの宿が1部屋残らず予約で埋まっていたのだ。
伊勢の賢島などリゾートエリアは少しホテルに空きがあったが、1泊7万~40万とかの部屋だ。ちょっと違う。熱中症対策のための宿としては少しコストがお高めだ。
「どうしようどうしよう」と思案していたら、旅の直前に渡鹿野島の宿が1部屋空いていることに気づいた。
船じゃないと行けない宿ではあるが、陸地から10数分で島に着くという。なら問題ない。島で泊まろう。その宿の予約をした。
…ここまでが前日譚だ。
当日夕方、船で渡鹿野島に上陸した。
部屋を案内してくれた仲居さんに「このあと夕食を食べに出かけるのですが、部屋の鍵は預けたほうがいいですか?」と聞いた。仲居さんは0.3秒フリーズした後、「あ、鍵は持っていただいて結構です」と言った。
この時点で僕は嫌な予感がしていた。その理由は後述しよう。
とても眠かったのだ。仲居のフリーズとかの件より睡魔の対処のほうが大事。仮眠していたとはいえ、前夜からハンドルを握りっぱなしだったのだ。20分とかでいい。寝かせてくれ。
僕は畳の部屋にゴロリとなり、一瞬で夢の世界に行った。
今回の旅では僕には同行者がいた。僕が仮眠している間、宿の宿泊票を記載して仲居さんに提出しに行った。
すると仲居さんは曇った顔で同行者に「さっきの件ですが、夕食を外に食べに行くと…?この島にご飯を食べられるようなところはないと思うのですが…」みたいなことを言ったそうだ。
同行者は仲居さんに対し「何軒か食事処があるとYAMAから聞いている」と言ったそうだが、仲居さんは「あったかな…。あるといいけどな…。」みたいな反応で。そこに宿のご主人も加わり、似たようなリアクションをしたらしい。
同行者にとっては絶望的な情報を突き付けられ、しかもプランを握っている僕が寝ている状態。不安に駆られながら島をしばらく歩き回り、そして絶望的な情報しか得られずに宿に戻ってきて僕を起こした。
…ここからは僕の視点での話に戻ろう。
そのとき僕が聞いた情報は大体以下の通りだ。
- 僕らが夕食付きのプランでないことを、宿のみんなが心配している。
- この島には(少なくとも今の時期は)食事処がない。スナックが1軒やっているかどうかだが、早い時間に閉まる。
- 本土に渡る船は交渉すれば22時くらいまで調整できる。
半泣きで崩れ落ちた同行者に代わり、僕が立ち上がった。同行者を部屋で休ませ、出かけることにした。
んー…、おかしいな。Googleマップには島内に3軒くらい食事処の情報があり、最新レビューは数ヶ月前だったので、いきなり潰れる可能性は低いと思うんだけどな。
まぁ仮に全部閉店していたとしても、22時まで船が動くのであればまだあと3時間半ある。どうにかなる。
ただ、せっかく渡鹿野島に来たのだから島内でご飯を食べたい。きっと食べられるお店があるはず。
…そんな楽観的な気持ちでフラリと外に出かけた。
静かすぎる島に焦りを感じ
…へぇ、宿の外ってこんな感じだったんだ。さっきは渡し船で宿の敷地内にある桟橋から上陸したので、外の様子は今回初めて見たのだ。
これが渡鹿野島の大体のイメージだ。「現在地」が宿である。僕らは宿の船で直接現在地まで来たが、公式の船着き場は「渡し船乗り場」のところ。たぶん島の中で一番栄えているのがそこだ。
周囲にはGoogleマップで検索したら「かいげつ」・「岩ちゃん」・「みませ」の3つの食事処があり、どれも営業しているステータスだ。だからどこか1つはやっているだろうと高をくくって島に来ている。
これからその3つを巡ろう。「みませ」まで行ってどこも営業していなかったらたぶんアウト。一番の中心地である渡し船乗り場付近の店が営業していなかったら、もうそこより北は全滅だと考えよう。もう18:30だから、動ける時間も少ないし。
宿を出るといきなり凄まじい路地裏みたいな景観だったので少々驚いた。
でも最初のT字路の少し手前に早速寿司屋みたいな看板が出てきたので心が躍ったが、その店は倉庫みたいだったしシャッターは何年も固く閉ざされている雰囲気だった。あ、なんか嫌な予感がして来たぜ。
この島、Googleのストリートビュー撮影車両も入っていないのだ。こうして自分の足で歩いて初めて、どんな雰囲気の島なのかわかる。それが内心少し楽しい。ドキドキワクワク。
ところで宿やホテルは何軒かあるが、それ以外に観光客向けの施設がないぞ。これヤベーかもしんない。渡し船乗り場までは宿から200mほどだが、既に心は不安で満たされている。
「喫茶ひまわり」。Googleマップには存在しないお店。
さっき同行者が「ガラス戸から内部は見えるが荷物が山積みで営業している雰囲気はゼロ」だと言っていたな。その通りだ。やきそばやお好み焼きのお店だったらしい。やっていたら行きたかったな。
そして一番確実と思っていた「かいげつ」が見えてきた。
渡し船乗り場も近く鉄筋コンクリの立派な建物。しかしガラス戸の向こうに見えているレストランのホールの照明は暗い。だがさらにその奥から灯りが漏れている。廃墟ではない。
ドアは施錠されていなかったので入り、「すみませーん!」と何度か呼んだ。だが反応がなかった。あまり施設の奥に突撃するのはよろしくないだろう。諦めよう…。
あ、これは「岩ちゃん」を示す看板だ、きっと。
同行者は「内陸方面への路地には入らなかった」と言っていた。つまり岩ちゃんの調査はしていないということだ。Googleマップでは岩ちゃんは営業中だ。どうかやっていてほしい!
右手にも「居酒屋」と書かれた幟がある。…が、シャッターは固く閉ざされている。なんなんだよ、もう。幟しまってよ。
そして岩ちゃんの前に到着した。「営業中」・「準備中」・「ちょっとよっていきなはれ」。意味わからん。やってるのかやってないのか。
扉は押しても引いても動かない。くそー、電話してみよう。
Googleマップに登録されている岩ちゃんの情報から電話番号を調べようと思ったが、電話番号が記載されていない。しかし、1年前に訪れた人が撮影した食事メニューの片隅に箸袋がある。その箸袋には岩ちゃんの電話番号が記載されている。そこに電話してみよう。
「お架けになった電話番号は現在…」
おいおいおいおいおいぃぃぃぃーー!!
「みませ」もシャッターが下りていた。ダメこれ。どうやら他にも"かつて"栄えていた時代に無数にあった飲み屋が、軒並み閉店しているそうなのだ。
さっき同行者は半泣きで言っていた。「なんだかこの島、誰もいなくって人の気配の無いお店ばっかりで…。」って。確かに誰もいない…。恐ろしく静かだ。
さすがの僕も暮れゆく空を眺めながらちょっと焦りと無力さを感じたさ。こに自転車に乗ったおばさまが通りかかった。
ここで「食事処はありますか?」って声を掛ければよかったんだけど、結果僕は声を掛ける勇気が持てなかった。
意気消沈している最中だったし、正直に言うと「何言ってるんだコイツ?食事処なんてねーよ」みたいな表情で見られるのが怖かったのだ。宿の仲居さんとかも内心そう思っていたかもしれない。
宿の夕食、Webから予約する際につけなかったことは覚えている。でも僕は適当な性格なので、「宿で夕食にしないで外で食べたほうが安くてお得!」って思ったのか、「直前すぎて夕食付きのプランがもうなかった」のか覚えていない。
まぁそんなことは今は関係ない。今はただ、夕食を食べられる場所を探すしかない。
さて、ここが最後のチャンスだ。「カラオケ 喫茶&スナック ひかり」。序盤に通り過ぎたが戻ってきた。
たぶん同行者が「地元の人が行くが営業終了の早いスナックがやっているかどうか」と話していたのがここだ。看板に明かりがついていないのでやっているかどうか不明。
しかし曇りガラス越しに、店内に明かりが灯っていることはわかる。「かいげつ」はレストランだし、「岩ちゃん」や「みませ」は海鮮食事処だったので優先して調査したのだ。スナックって何が出てくるかよくわからないしな。
…メッチャ入りづらい扉だな、これ。でも同行者も宿で落ち込んでいることだし、望みをかけて突撃するしかないよね。
スナックひかりのパーリーナイト
飛び込み、交渉する
「スナックひかり」のドアの前に立った。このドアの先が店舗かどうかも確固たる自信がない。とりあえずノックした。
…反応がない。
もういいや、入る。ドアを開けた。
カウンターがあり、そこにおじいさんのお客さんとおばあさんのお客さんが1人ずつ座っていた。カウンターの向こうにはママがいた。ママはおばあさんとの話しており、ドアを開けた僕には気付かない。
「すみませーん!」と2回言い、ママとおばあさんが僕の存在に気付いた。「なにかしら?」みたいな感じだった。いきなり観光客が1人で飛び込むことはよほど珍しいのだろう。
僕はママに事情を話した。
この島の宿に泊まっているが夕食がないプランなので、食べられるところを探していてこの店を訪れたと。だからご飯を食べることは可能なのだろうかと。
ママは少し困った顔をして「ご飯…ないのよね…」と言った。でもここで引き下がるわけにはいかない。諦めるわけにはいかない。
素早く店内を見渡すと、カウンターの裏のホワイトボードに「焼きそば・ピザ・ポテトフライ」などと書いてあるのが目についた。「あそこに書いてあるピザとかはできないのですか…?」と聞いてみた。
するとママは大丈夫だと言う。なるほど、たぶんだけど僕が食事のことを「ご飯」と表現したけど、ママは「お米」のことだと認識してしまったのかもしれない。
ピザがあれば一安心だ。僕はピザが好きなのだ。「やったー、ピザ!!食べさせてください!!あ、お酒も飲みますから!」って言った。
ママとお客のおばあさんは途端に表情が明るくなり、「じゃあ奥のソファ席へどうぞ」と案内してくれた。
僕は「ちょっと待って」って言った。「実は同行者が宿で僕の調査結果を待っている。まずは外で電話する。同行者が来てからお酒をオーダーさせてほしい。」と。
こうしておよそ10分後、同行者もこのお店に入ることとなる。10分の間に、よくわからないけど成り行きで渡鹿野島に来た話、食事処を探して島内を駆け巡った話、酒場巡りは大好きである話などをした。
大いに盛り上がり、おばあさんから「あんたの気遣いがすごい!私もアンタみたいな男の妻になりたかったわー!!」とリアクションに困るコメントをされ。そんなところに同行者が来たので、ママとおばあさんは「ようこそー!!」みたいにテンション高めで迎え入れてくれた。
あ、ちなみにおじいさんは完全に自分の世界にログインしておられ、終始ママ以外との接点が無かった。渋い一匹狼よ。
フルコースを堪能する
まずはビールをオーダー。アサヒのジョッキ缶だ。好きなヤツだ。疲れた体にビールが染み込む。今日は疲れたので酔いが回るのが早いね。普段の3倍酔う。
お通しはキュウリの浅漬けの乗った冷ややっこだ。ありがたい、歩き回って火照った体がクールダウンされる。
ママに許可を得て写真撮影させてもらった。
おばあさんのお客は「ブフフ…!なんでお通しの冷ややっこの撮影をしたいの…www」みたいな感じだったが、あとから振り返ってもここで撮影しておいて正解だった。この後かなりのボリュームの食事が出てくるので、どれだけ食べたのかを振り返ることができるからだ。
ママは「このあとのお食事、おまかせでいいかしらー?」と聞いてきた。僕は「おまかせでいいけど、ピザは下さい!ピザ好きなんです!」と言った。大事なことだ。
すぐに山盛りのサラダが出てきた。上には生ハムが乗っている。なんてゴージャスだ。そしてドレッシングうまい。これが2人で2皿だ。なんなんだよ、これでビール3杯は飲めるわ。
おばあさんのお客は、「このお店は21時には閉店するから時間は短いけど、それまでたっぷり食べて飲んで楽しんでね!」と言ってくれた。はい、そうします。
ママは「あなた達の泊っている宿、夕食が目玉だと思うんだけど?海鮮系のものだとかたくさん出てくるって聞いているけど?大丈夫だったの??」みたいに心配そうに聞いて来る。
前述の通りなんでこうなったのかよくわからない。「でも、今こうしてみなさんと出会えたことが、何よりの旅の思い出です。今夜ここに来れたことが心から嬉しい。」と本音を伝えた。
そうなのだ。今日はもう結構地元の名物を食べたし、きっと明日も食べるであろう。だから海鮮に関して悔しい思いはない。むしろこうして楽しいと思える食事が好き。食もエンターテイメントだ。
あ、ピザ出てきた。この写真では比較対象が無いのでうまく表現できていないが、ラーメン丼の直径くらいある。つまり充分に大きい。
これは2人で1枚。既に綺麗に切り分けられていたがピザカッターも付いていて、「これ以上どう切るのかな?」って思った。
これ、手作りっぽいビジュアルだよね。ママ、他のお客さんのお酒を作ったり会話しながらもこんなピザ焼いてくれていたのか。
同時に煮物とコンニャクの酢味噌和えが出てきた。ママの仕事量、大丈夫か?これも1人ずつ提供された。煮物、味が染みていてすっごくおいしいの。同行者が絶賛していた。僕も普段はちょっと苦手なタケノコもノーストレスで食べられたわ。うま。
ママが「まだ食事出すからね。でも心配しないで。食事代は1000円ポッキリにしておくから。」と笑顔で言った。
まだ出てくるのか!そんで1000円なのか!!最高かよこの店とママ!!そんでどれだけ飢えていると思われていたのだろうか、僕ら!!
おばあさんのお客が「あんたらすごく雰囲気いいからさ、カラオケで歌いなよ!デュエットしなよ!」と薦めてきた。いや、カラオケはしません。今は酒とご飯で忙しいのだ。幸せな食事タイムに没頭している。
焼きサバとパンが出てきた。最初ママは「ご飯は無いのよ…」と言っていたが、ご飯以外はなんでもあるな、この店は!
焼きサバは皮がパリッパリだ。そして身はジューシ―。酒が進んで大変な事態だ。
パンは2人で1皿。2種類のパンを1つずつだ。酒でパンが進む。
ラタトューユが出てきた。1人1皿ずつだ。ボリューミー。
「お客さんの家の畑で取れたものを差し入れでもらったから、作ってみたの」と言っていた。なんてすばらしい。新鮮野菜の地産地消。
おばあさんのお客は帰り、入れ替わりで2人の人が入店してきた。ゆっくり食べて飲みながらも、もう一度僕らの経緯をお話ししたりする。
「明日はどこまで行くの?」と聞かれたので、和歌山県新宮市まで行くととりあえず答えた。「ここからだと結構距離あるよ。遠いよ。」と忠告を受けた。
まぁでも大丈夫でしょう。何度も何度も走っているコースなのだ。チェックアウトギリギリの時刻に出て、ちゃんと各所で観光してご飯も食べて、本州最南端の「潮岬」まで行ってから新宮市に引き返す予定だが、それでも明るいうちにはチェックインできると踏んでいる。
でも無理そうなら計画を適宜変更させるわ、ご忠告ありがとう。(翌日、ちゃんとイメージ通りに走行できました)
1時間ちょっとで怒涛の如く食べまくり、時刻は20時を越えた。そろそろお会計にしようかとママに声を掛けると、「まだデザートがあるわよ!」とのこと。
かわいくカットされたスイカだ。
なんとも楽しい夜であった。ママや皆さんにお礼を言って退店する。ずっと背中を向けていたおじいさんのお客も最後に挨拶してくれた。好き。
ここまでもご当地グルメを食べてきたし、翌日以降も食べることになるのだが、僕にとっても同行者にとっても、このスナックでの食事はこの旅でトップの思い出になった。
…僕の人生で初のスナックは、小さな渡鹿野島で出会った、ちょっと不思議で素敵なお店でした。
以上、日本7周目を走る旅人YAMAでした。
住所・スポット情報