「今池は死の町です、ハイ。」
今は亡き、名古屋今池の伝説の店「大丸ラーメン」のオーナー大橋さんの口癖であった。
「大丸ラーメン」は、「ラーメン二郎」ファンがハダシで逃げ出すほどにクレイジーな店だったのだが、その話はまたいずれしよう。
今池が死の町かどうかは僕にはよくわからないが、 僕の知る限りは深夜までパトカーのサイレンと酔っ払いの咆哮がBGMの、繁華街であり歓楽街。
そんな地下鉄今池駅に接続するそのビル「新今池ビル」は、生ける廃墟と言われている。
特にその地下が、とんでもなくディープだと言われている。
さて、いったいどういうことであろうか??
地下鉄今池駅から…
東山線と桜通線が乗り入れるその駅は、Wikipediaさんの情報によれば2018年時点で1日の利用者数が24,000人近い駅。
朝の通勤時間帯とか、3分に1本くらいの感覚で電車が来たりする、とても賑わっている駅だ。
その自動改札を通り、わずか10秒…。
…あれ?って感じになる。
なんか、踏み込んじゃいけない世界に入った感覚になる。
村の年寄りが「あの境界から先は絶対に行ってはならん。あれはわしらが昔張った強力な結界でな、あの外に出ると、途端に幽世(かくりよ)の人ならざる者が(以下略)」
まぁそんな世界観を感じてしまう。
99.9%の乗客が、ゾロゾロと僕の後ろのメイン通路を歩く。
この分岐なんて全く目に入ってもいないように。
僕はそこにヌルリと入り込む。
まずは上記をご留意いただきたい。
駅の改札から接続するこの通路が、「新今池ビル」の地下にそのまま突入していることを。
それと、ここの場所が「地下飲食街」であることを。
あなたは、この表示を見て「わーい、飲食街で何か食べようかなー、ワクワク。」と思うだろうが、このあと期待を裏切ってしまうこととなるかもしれず、僕は大変に心苦しい。
なぜなら、目には見えないが死臭みたいなものを、この通路の奥から感じ取ってしまっているのだ。
このあとは、ポスターなどを掲示できる壁面の大きなガラスケースが通路の左右にいくつも並ぶゾーンだ。
しかし、どのケースも空。あ、1つだけ例外がある。
「今池地下劇場」という、アンダーグランドな響きの劇場を紹介するすポスター(?)だ。無数のガラスケースがある中、入っていたのはうち1個にこれだけ。
今池地下劇場
成人向 900円 新作二本立て
当ビル地下1F エレベーター横
A4のプリント4枚をセロテープで繋ぎ合わせて作ってある。
蛍光灯の熱で乾燥し、紙もセロテープもパッサパサだ。
ホントに新作を見れるのか?
※ここから先の本編について、配慮しながらの写真掲載と執筆はするが、念のためR15くらいで考えていただきたい。
今池アンダーグラウンド
さぁ、飲食街に入ったぞ。
…なんか暗い。
そしてシャッターと消費者金融の看板。
飲食街なのに、飲食できそうなお店がないではないか。
名古屋メシと言えば、ひつまぶし・味噌カツ・手羽先・あんかけスパに、味噌見込みうどん…!
期待していた気持ちがここでしぼんで虚無になる。
店も無ければ、人もいない。
アコムの「むじんくん」が皮肉にしか聞こえないくらいに、無人だ。
僕は日を変えて何度かここを歩いているが、擦れ違った人数は、そのすべてを合計しても片手に収まる。
今池駅の利用人数が万単位であり、改札から徒歩10秒なのに。
あ、でも今回は1人だけいた。
バイオハザードのゾンビみたいな動きで、フラフラと通路を行き来するおじさんだ。
大変に申し訳ないが、あんまりこの地下街の賑わいには繋がりそうにない。(僕もだけどな)
「森永」の喫茶店。誰もが知る、あの森永だ。
既に閉業している。
店名ロゴの横には天使のマークも刻んであるが、薄汚れており、さながら堕天使ルシファーだ。
そして「おいしいコーヒー」・「おいしさの追求」と書かれているが、もうここではそのおいしさと巡り合うことはできないのだろう。
以前は飲食店が軒を連ねていたそうだが、今は足を踏み入れるのも憚れるほどの静寂である。
店舗の外壁は白いシートで覆われており、なんだかご遺体の顔にかける白い布を想像してしまう。
そしてね、気になるのは「立ち止まり厳禁」のステッカーが貼られたりしているという点。
なんで?なんで??
ちょっと徘徊していると、類似の別の表示が目に入った。
防犯監視カメラが作動するので
通路一帯にての無用な停滞又は
屯する行為は厳禁します。
…マジか!!
立ち止まっただけで「防犯上問題あり」と認識され、監視カメラに撮影されるようなスポットだとは!!
そして、特に理由なくこの通路に立ち止まることが厳禁だとは!
ビックリしすぎて、このステッカーを撮影することはできなかった。
身の危険を感じて、すぐに歩き出してしまったので。
こう考えると、前述のゾンビのように歩きまわっているおじさんの動きにも合点がいく。
しかし、そのおじさんはさっきからどこに行くわけでもなく、こちらの動きを窺っている…。
なぜだろう?
やっぱ僕が、不用に立ち止まったり写真撮ったりしている不審者だと思われているからなのだろうか…。
名前の通り、飲食店は確かに多い。
しかし、営業している店舗は1つとして存在しない。
かといって、廃墟ビルというわけではない。
こうして合法的に閉鎖店舗の中を闊歩できるのだ。(ただし立ち止まり厳禁)
これが、このビルが生ける廃墟と呼ばれる所以である。
あなたは現時点でこう思っているかもしれない。
「前述の消費者金融の無人ブースだけが、現在営業している店舗なのだろうな。もうここでの有人の営業は存在していないのだろうな。」
…違うのだ。
例外が1つだけあるのだ。
しかもすんごい物件だ。
これこそが、この地下飲食街の深淵である。
では、その物件をお見せしよう…。
「今池地下劇場」!!
ディープな世界の極み!!
国内で絶滅の危機に瀕している、成人向け映画館なのだそうだ。
少し角度を変えると受付の人が映ってしまうし、さっきのゾンビおじさんがユラユラとこっち向かってきているので、この写真が精いっぱいだった。
料金は900円。
新作二本立てと書いてあり、「触る女」・「欲情の赤い蜜」の2本。
それを1日に5回上映しているそうだ。
ちなみに上のスケジュール表では「欲情の甘い蜜」と書かれているが、ポスターに書かれている正式名称は「欲情の赤い蜜」。
誤植である。
執筆しつつちょっとWebサイトで調べてみた。
「欲情の赤い蜜」は、僕がここを実際に訪問した年の作品であった。
Web内でイメージ写真を見る限りは、現代風な感じ。スッと違和感なく見れそうな気配だ。(←見ないけどね)
しかしポスターにしてこの空間に掲示すると、ノスタルジックに見えてしまう不思議。
「触る女」のほうは、2009年公開だったぞ。
全然「新作」ではないぞ。
しかしね、ここは曲りなりにも飲食街。
今でこそ廃れ切っているけれど、以前がファミリーが訪れることもあったろう。
そんな飲食街のメイン通路から見える位置にコレか…。
しかも昼間にガンガン上映。
そういう時代だったのだね。
そして、良くも悪くも、そんなおおらかな時代も間もなく終焉を迎える。
…おっと、そんな悠長なことを考えている場合ではないようだぞ。
ゾンビおじさんのアプローチを躱さなければならない。
おじさんは、はたしてなぜウロウロしているのだろう?
- 僕のように興味本位でこのディープワールドを見て回っている
- 成人映画を見たいが、入る勇気がない(決心がつくのを待っている)
- 成人映画を見たいが、入る勇気がない(僕と一緒に入ろうとしている)
- その他
「4」であると推測した。
当初から僕を過剰に意識している時点で、「1・2」は無い。
そして僕は事前に調べて、地下劇場がハッテン場であることを知っている。
ハッテン場って言葉、僕は今回初めて知ったのだが、あえてここではその詳細は書かない。
とりあえず、ターゲットが自分である可能性を感じた。
「4. 僕と一緒に地下劇場に入ろうとしている(その理由は、1人で入る勇気がないからではない)」
はい、逃げる!!
2020年、そのビルは姿を消す
地上は明るい。
パチンコ屋やドン・キホーテ、郵便局などが立ち並び、人通りも多い大交差点だ。
世界は明るい。なんという清々しさよ。
深呼吸をする。
ここが新今池ビルの建つ通りだ。地元民は「環状線」と呼んでいる。
ところで、今回ご紹介したのは今池の町のほんの一部である。
これであなたが「今池は怖い町!」とか思ってしまうと、今池好きの人々に申し訳ないので、少しフォローをさせていただく。
「中屋パン」。
新今池ビルから南に2分ほど歩いたところにある、昔ながらの小さいパン屋さん。
創業1936年なので、もうすぐ85年になる老舗。
土日休みなのでサラリーマンの購入ハードルは高いが、あんドーナツが特に有名。
小さい店舗なのに、あんドーナツだけで1日800個売れるそうだよ。
エッググラタン・お好み焼き風のパンと共に購入。
どれも結構味が濃い。ガッツリ食べたい人におすすめ。そしてすごい腹持ち。でもメチャうまい。
パンを入れてくれた袋は、きれいにして今も手元で保存している。
機会があれば、また行きたい。
そして、今池の他のお店巡りのご紹介などは、また機会があれば。
前述の通り、新今池ビルから地上に出て少し歩いたところで撮った写真は手元にあった。
しかし残念ながら、新今池ビル自体の外観写真は手元になかった。
僕のバカバカバカ…。
なんで撮影しなかったのだよ。
だから、Googleマップさんの力を借りて、上にビルをご紹介した。
1962年に建てられたビル。
少し色あせて、そして曲線が一切なく、平面のみで構成されたデザインに昭和テイストを感じる。
さらに、外壁に大きく「今池地下劇場」の看板を設置する、すごい強い心臓をお持ちだ。
今の時代であれば絶対にできない。
今回このタイミングで新今池ビルをご紹介した理由は、上記Wikipediaにも掲載があるが、このビルが2020年の今年中に取り壊される予定だそうだからだ。
今池地下劇場は2017年に閉店し、消費者金融のブースも2019年に撤退した。
そして、今年2020年の2月には、地下街そのものが封鎖されたそうだ。
今回は地下のみご紹介したが、地上7階についても入っていた店舗は、ごくごくわずか。そのすべてが既に撤退し、今は解体を待つばかりとなっている。
しかしコロナウイルス流行の影響なのか、解体の具体的な日程はまだ世に出ておらず、さながら刑の執行を待つ死刑囚のような気分なのだろうか…。
まだビルが残っているうちに記事を書きたい。
そう思って今回は筆を取った次第。
今池は、元気な町である。
昭和の活気を現在も残していると感じる。
縦横に商店街が張り巡らされ、地域主催の祭りも行われている。
このカオスなデザインのパンフレットに、生命力と多様性を受容する懐の深さを感じる。
商店街の力で、地ビールまで開発したそうだ。
ごく一部分のみの紹介ではあるが、以前どこかのお店でもらった、今池の町の手書きマップもある。
どちらの資料も、作成者のこの町への愛を感じる。
「今池は死の町です、ハイ。」
大丸ラーメンの大橋さんはそう語っていた。
それは間違いではないが、同時に新しいスポットもたくさん生まれている。
死んで生まれて、そうやって歴史を紡いで…。
新今池ビルの建っている地は、一等地だ。
解体の後にそこに造られる施設は、きっと今池をさらに繁栄させることだろう。
そんな今池の未来に、カンパイだ。
以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。
住所・スポット情報
- 名称: 今池地下飲食街
- 住所: 愛知県名古屋市千種区内山3-32-2
- 料金: 無料
- 駐車場: 近隣のコインパーキングを利用のこと
- 時間: 2020年8月現在、地下は既に閉鎖されている。外観のみを楽しんでほしい。