「首都圏のどこかの地下には、地上が災害にあったときでも大丈夫なように、超巨大な地下空間があるんだってさ…」
まことしやかに囁かれる、そんな都市伝説じみた話があったらワクワクしないだろうか。
だが、これは本当である。都市伝説ではない。
「首都圏外郭放水路」。
通称"地下神殿"。
この圧倒的スケールの地下帝国にずっと前から行ってみたかった。
そして2021年、ついに念願が叶った。
そのときのエピソードを語りたい。
地下神殿に導かれし者、招かざる者
「約束の時間に間に合わねぇ…」
ハンドルを握る僕の手は、焦りで汗ばんでいた。
僕は今、地下神殿に向かっている。
この神聖なる地下神殿に入るには、鉄の掟(おきて)があるのだ。
汝、14:00から地下神殿に入りたければ、13:50までに禊(みそぎ)を済ませること。
これで晴れて信者となり、地下神殿への礼拝を許可され…。
…いや、なんかトリッキーな書き方をし過ぎて怪しい施設だと思われそうなので、もう辞める。
とりあえず予約時間に遅れそうで焦っている。それだけ。
14:00~の見学の部を既に予約済みである。
その10分前までに受付を済ませるように、Webに書いてあった。
でも僕、いろいろあって2分遅れた13:52に現地の駐車場に滑り込んだ。
ちょっとここに来るまで遊び過ぎた。
大体僕の人生ってこんな感じ。
このハプニングが楽しいんだけど、そういうことを表立って言うと怒られるのでナイショにしてくれ。
目の前の建物は「龍Q館(たつきゅーかん)」という、受付を兼ねた施設だ。
なんだそのネーミングは。
ここからは忙しいので時間を5分ジャンプさせる。
ハァハァハァ…。
300mほど後ろの龍Q館を振り返っている。
実に濃密で有意義な5分間であった。
なんとか受付は通してくれた。
2分遅れたもの、慈悲深い心をお持ちのスタッフ様だったために救われた。
…てゆーか、僕は車を駐車しており、受付には同行者にダッシュで特攻してもらったので受付でのやりとりは詳細不明であるが。
14:00~の部なのだから、13:50までに受付を済ませるにしてもみんな受付周辺で待機していると思っていた。
しかし「みんなもう移動し始めたので着いて行ってください」とスタッフさんに言われ、見ると草原の彼方にゴミみたいに小さく人々のシルエット。
慌てて追いかけ、その途中で焦り過ぎて愛用の靴がブッ壊れて大変なことに。
そしてなんとか追いついたとこ。今ココ。
ちゃんと受付をした者かどうかを判別するためのシールを渡された。
ハァハァ言いながら上着に貼った。
「防災地下神殿」のシール。かっこいい。
わりと生地がしっかりした布みたいなシールなので、記念に持ち替えて2022年現在書斎のデスクに貼ってある。イイ。
そしてさらに受付でもらったという2枚のカードを手渡された。
で、なにこれ?何に使うの?
しかし慌ただしい受付だったので同行者も詳細な説明を受けておらず、真実は永遠に闇の中だ。
解明は後の世の考古学者に委ねたい。
…で、靴壊れたりシール貼ったりカードもらったり、そもそも遅刻して合流したこともあり、僕ら集合した見学者に対し説明してくれているスタッフさんの話を全然聞いていなかった、ヤバい。
こんなグダグダな感じで始まるこの観光スポット紹介ブログ、もっとヤバい。
聞こえた限りだが、スタッフさんが説明した内容は以下の通りだ。
◆116段の階段を自力で昇り降りできる人だけがこの先に進むことができる。
⇒ これは問題ない。
◆サンダルやハイヒールは不可で、汚れてもいいしっかりした靴が条件。
⇒ 僕はこっそりと壊れた靴を紐で縛った。
◆中にトイレはない。
⇒ 知っていたけどね、事前に行きたかったけどね。
神殿で祈る内容、確定した。「どうか人間としての尊厳を保った状態で地上に戻れますように。」
◆今日はTV局の撮影クルーも同行し、インタビューさせてもらうが良いか。
⇒ ここで撮影クルーの人が主旨を話し、僕は元気よく手を挙げて了承した。
だけどもな、結論クルーは僕のところなんぞに来ないぞ。キッズ中心にインタビューするのだ。
うん、知ってた。そしてそれは正しい選択だ。
地下神殿への入口はここだ。
なるほど、外敵にバレぬように簡素な外観だ。隠れキリシタンの気持ちが理解できた。
後ろに聳える茶色い施設が、受付した龍Q館だ。
では参ろう、地下帝国。
神秘の地下世界にようこそ
巨大地下空間
コロナ対策として、ここに1グループずつ間隔を開けつつ入らされた。
お化け屋敷と同じスタンスだな、なるほど。
そしてカツーンカツーンと音をさせて無機質な階段を延々と地下へと降りていく。
ここでの写真撮影は禁止だ。きっとコケたりスムーズな移動の弊害になるからだ。
もらったパンフレットには、この階段から撮影したと思われる写真が掲載されていた。
そう、こんな感じだ。
僕らの眼下に広大な地下空間が姿を現した。
階段を降り始めて数分後、僕ら30名ほどの見学者は全員地下空間に辿り着いていた。
ここで再度みんな集合し、スタッフさんの説明を聞いた。
TVカメラも回り始め、僕ら見学者全体の様子の撮影が開始された。
僕はカメラを意識して大げさに「ふんふん」と頷いた。ちなみに内容はたぶん半分ほどしか理解していない。
数分の説明タイムが終了すると自由時間だ。
ある程度の範囲を動き回れ、思い思いの撮影ができる。
時間は20分以上あるから焦る必要はない。
改めてご紹介しよう。
これが地下神殿だ。
巨大な石柱が乱立しており、さなばら古代神殿のようである。
このインパクトから、ドラマや特撮番組、プロモーションビデオ等で近年何度も使われている。
どこまでも奥に行けるわけではない。
上の写真で最奥にいる人のあたりが限界点だ。目印としてロープが張られている。
でも逆に奥まで行けないからこそ、ギリギリのところでさらに奥側を撮影すれば、全く人のいない地下神殿を撮れるぞ。
…カッコ良すぎる!
震える!!
なんのための施設なのか
では、この地下神殿はいったい何のための施設なのかをご説明しよう。
聡明なあなたなら薄々気付いてらっしゃるかと思うが、決して宗教的なものでは無いのだ。
冒頭でも記載した通り、これを含む施設の総称かつ正式名称は首都圏外郭放水路。
世界最大級の規模を持つ、川の水を地下に放水するための施設である。
…といってもピンと来ないに違いない。
少なくとも僕はピンと来なかった。
前提として、ここいらの土地は周囲に対してくぼんだ地形である。
そしてそのくぼみの中を何本も川が流れている。
これで大雨が降ったらどうなるか。
はい、すぐに洪水になる。大変だ。
昔からこの地域は洪水に悩まされてきたのだ。
ではどうするか。
神殿を造って神頼み…するのではない。
ハイテクな設備を造ったのだ。
川の水が増えてきたら、地下に排水する。
その水をどうするかというと、くぼみの外を流れるデカい河川である「江戸川」に放出する。
そのための超巨大なパイプ、それが首都圏外郭放水路だ。
僕が今いる地下神殿は、その設備の1つ。
上の図の右下に描いたのがそれだ。
正式には調圧水槽という設備で、集められた水の勢いを殺し、スマートに江戸川に流し込むための巨大プールである。
同じく、上の図の右下に立坑と書いた設備がある。
それがあれだ。
地下神殿から見えている。
地下深くを走る排水パイプの中の水流と、調圧水槽である地下神殿を結ぶ巨大な縦型の穴だ。
直径30mもある。深さは70mと聞いている。
僕の申し込んだプランではこれ以上接近することはできないが、プラン次第ではあの階段を下ったりキャットウォークを歩いたりして、立坑周辺を存分に見学することができる。
ただ、その一端を見れただけでも感動ものであった。
神殿内を散策する
自由時間で僕が写真を撮りながら散策した様子をお伝えしよう。
この地下神殿のシンボルである柱は、全部で59本。
幅は2m✕7m、高さ18m、そして1本あたりの重さは500t。うむ、全然想像がつかないスケールだ。
とりあえずこの柱の長さ、つまりここの天井まではビルの5~6階に相当する高さ。
自分が小人になった気分である。
ただでさえ僕はチビなのに、だ。なんてこった。
みんな思い思いに散らばり、記念撮影したり柱を見上げたりしている。
左の柱には、白いプレートが2枚掲示してある。
それぞれポンプ停止水位と定常運転水位を表していた。
先ほど記載の通り、全く人がいない光景を撮影したいのであれば、奥の方の立入禁止ギリギリまで行けば余裕だ。
ただ、ダイナミックな空間を表現するのであれば人間が入っていた方が良いようにも思われる。
尚、上の写真を見ての通り柱は円柱ではない。
かなり幅広な構造だ。
より神殿らしさを出すのであれば、円柱っぽく見える角度での撮影がいい。
それはつまり空間の中央だ。
パンプレットやポスターに使われるのも、ここからの構図だ。
目の前に柱を1本入れると、より神殿らしくなる。
TVクルーもお客さんたちの間を巡回している。
「『神殿みたいでスゲー!』…みたいに言ってくださいね」的なアドバイスが聞こえる。
インタビューされたら「僕は今日からこの神殿の主だ、ハッハッハー!」みたいにコメントしようと思っていたけど、そういう考えの人の元にはクルー来ないのね、うん知ってる。
しょうがないので地べたに這いつくばって、「ウユニ塩湖」みたいな写真が撮れるかなって頑張ってみたりしていた。
この地下神殿にはところどころに水たまりがあるのだ。
しかし基本的にはピカピカで石ころ1つ無かった。これはすごいことだ。
前述の通り、大雨が降るとここには水が流れ込んだりするのだ。
もちろん土砂も一緒だ。
他の施設ではブルドーザーで土砂を撤去したりするのだが、ここは一般客も来る空間なので、人の手で毎回きれいに掃除をしているそうだ。
スタッフの方がそう説明してくれた。
なんとありがたい対応だ。
これも神殿が神殿たる所以であろう。
「でも端っこの壁の上にはちょっと土砂があるのですよ」と教えられてやってきた、神殿の隅がここだ。
なるほど、土砂が堆積している。
これが地下パイプを通してやってきたのだな。これも貴重なワンシーンだ。
さぁ、間もなく自由時間も終了だ。
記念撮影しておこう。
そうそうまたここに来ることは無いであろう。
一生に一度っきりの体験かもしれない。
出来る限りいろいろな写真を撮っておいた方が良いと思う。
そしてまた階段を昇って地上へと戻るのだ。
正面奥に見えているコンクリでガチガチの階段。
あそこが地上と繋がる階段だ。あのもっと上まで昇れば、久々の大地。
トイレ、僕ちゃんとガマンできたよ。
そして最後は江戸川へ…
地上に出た時点で解散となった。
14:00~15:00の1時間コースだと聞いていたが、13:55~14:40くらいの時間帯でのイベントだった。
1日数回、予約制でこうして地下神殿見学ができる。
料金は1000円。
値段以上に貴重な体験ができたと思った。
また、2022年現在では他に3つのコースがあり、排水ポンプを見学したり(2500円)、立坑に降りて行ったり(3000円)だとか、神殿奥の巨大プロペラを見に行ったり(4000円)というプランもある。
あなたも興味を持っていただけたなら、ぜひ上記公式Webサイトで調べてみたり、予約してみると良いだろう。
再び龍Q館。
中を覗いてみると、説明パネルやパンフレット類があった。
床には埼玉県の巨大MAPがあって楽しかったが、これは写真を撮り損ねた。
ここの2階にはいろいろ展示物があったり操作室をチラリと覗けたりする、無料の施設があるらしい。
ちょっと興味があったが、このときは入れなかった。
コロナ禍ということもあり、大人数になるときには立ち入りを制限しているらしい。
もう15:00で日も傾いて来ていることから、お客さんもほぼいない気配だったのだが。
おかしいな。
でも、1階にはもうスタッフさんすらいなくなっているので確認するすべがなかった。
まぁよい。
ちょっと行きたいところがあるので歩く。
龍Q館の前にはオブジェがある。
地下の排水パイプを掘るときに使ったシールドマシンだ。
巨大な円形のカッターだ。
これが回転しながら地盤をゴリゴリ削ってトンネルを造る。
よく見ると時計のように文字盤がついていた。
でも時計の針は無いし、日時計でもなさそうなので謎だ。
さらに脇の土手を登る。
江戸川だ。
これを見ておきたかった。
低地を流れるいくつもの川の水が、地下神殿を通って最後はここに排水されるのだ。
茨城・埼玉・千葉・東京を流れ、「利根川」に合流する川だ。
そして今回の物語の最後となる川だ。
この川あっての首都圏外郭放水路だ。
ありがとう。
愛車に乗り込み、しばらくは江戸川の土手を走りながらドライブする。
右手には江戸川だ。
左手には、一段低いところにどこまでも関東平野が続いていた。
なるほど、さっき習った地形のことが、今ちゃんと自分の目で見て理解できたよ。
どこまでも延々と続く平野の向こうに「富士山」。
そして沈みゆく太陽。
雄大な大地とその平和を、人知れず地下で支えていた神殿があった。
以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。
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