本土と瀬戸内海の倉橋島との間の、「音戸の瀬戸」と言われる最短90mの区間をを結ぶ航路。
いざ出航!ってなってもわずかその3分後には航海が終わるという、日本一手軽なクルージングだ。
こっち側でカップ麺にお湯を入れ、そして食べれるのは対岸到着時。そういう設計。
とりあえず僕は、船に乗ると問答無用で興奮する人間だから、乗ってみるわ。インスタント・クルーズしてみるわ。
日招き広場から見下ろす
瀬戸内海に浮かぶ、倉橋島にやってきた。
ここは「日招き広場」という名前の、音戸の瀬戸を見下ろす展望スポットだ。まずは僕の偉大なる船出を、ここから俯瞰してやろう。
赤い橋が、第一音戸大橋。ちなみに今僕が立っているのが、それに並行して架かる第二音戸大橋のたもとだ。
僕のいる右側の陸地が倉橋島。左側が本州本土。その間の川みたいなのが、れっきとした瀬戸内海である音戸の瀬戸だ。この両者間の距離が最短区間で90m。
上の写真を拡大してみた。ほっそい桟橋の先に、ボロっちい小船がいる。
あの観光要素ゼロな釣り船みたいなのが、まさか…。
うん、そのまさか…なのだろうな、きっと。あれが「音戸の渡し」とか「音戸渡船」と呼ばれる、日本一短い航路なのだ。
音戸の瀬戸の最短区間は90mだけど、航路はそこをやや斜めに進むから、実際は120mの船旅らしいよ。
しばらく眺めていると、小船は対岸である本州側に移動した。なるほど、あんな感じで行ったり来たりね。
では、船着き場に移動してみますか…。
第一音戸大橋のグルグルしたループの下がパーキングだった。
昔ながらの、料金所のおじさんにお金を払うタイプの駐車場。
料金所に入って、中でストーブに当たっているおじさんに挨拶をする。
なんと駐車料金は1時間で120円だった。
安いー!破格の待遇!!
まさかこれ、音戸の瀬戸の120mとかけて… 、ませんね、すみません。
ついでにおじさんに、「今日は渡し船…、やってますよね?」って聞いてみた。
さっきのボロ船、可能性は低いけど渡し船ではなくって個人所有の船でさ、オーナーが趣味で行ったり来たりしているだけって可能性もあるもんね。その船に僕が勝手に乗り込んだら、変な目で見られますもんね。
おじさん:「やっているよ。ぜひ乗っていきな。」
あ、よかった。やっぱあのボロ船が渡し船だった。
おじさん:「そんで次は彼女を連れて来なさいな。」
ホイ、余計。
第一音戸大橋を見上げながら、船着き場に歩く。
桟橋で船を呼ぶ
はい、歩いてすぐに船着き場にやってきましたよ。
ザ・昭和な感じの船着き場だよ。なんか今日の曇天も相まって、セピア色の昭和時代にタイムスリップしてしまったかのようだ。
自販機さえなければ、昭和どころか大正時代にもなりかねないぜ、ここ。
あ、そして「渡場」っていうの、ここ?初めて聞く言葉だ。
建物の横には、レトロなポストもある。
そしてその傍らに、音戸渡船紹介の立て札が。
音戸渡船は、江戸中期より、「音戸ノ瀬戸」の両岸を結んできた、幅約百二十メートルの日本一短い定期航路です。
「音戸ノ瀬戸」は多くの大型船が行き交い、潮も速い瀬戸内海随一の難所ですが、渡しの船長さんは巧みに舵を操ります。
ポンポンと懐かしい音を響かせ瀬戸を行き来する姿は音戸の貴重な風物詩のひとつ。橋が架かった今でも地元の人たちの大切な足として愛されています。
運行時間
午前5時30分~午後9時(随時出発します)
渡船の乗り方
時刻表はありません。桟橋に出て渡船に乗ってください。一人でも運航します。渡船が向こう側にいるときは桟橋に出ていれば、すぐに迎えに来てくれます。
…とのことだ。
セミオープンな船着き場の小屋の中に入ってみた。
雨は凌いても、風は凌がねーぜ、っていうスタンスの設計なのだな。師走の風が身に染みるわ。
そして受付はあるものの、無人である。
『料金は船でいただきます』だそうだ。
明記はされてないけど、裏を返すと『料金払えないヤツはその場で海に沈めます』ってことかな?
怖い怖い、って思いながら料金を見ると…。
大人70円・子供40円・自転車90円・バイク110円。
安ッ!!駄菓子レベルだ。ニッコリ安心して払えるぜ。
そしてバイクも載せちゃうのか。すごいな。
バイクさ、うまく持って行かないと桟橋から瀬戸内海に転がり落ちるぜ、きっと。
今、渡し船は桟橋にはいない。向こう側にいる。
さぁ、この僕の存在に気付いてもらわねばなるまいぞ。
まずは桟橋に出る。ボロっちい桟橋が海の上でゆらゆらと揺れる。怖ぇぇーー。
こんな感じでスタンバイした。これ、なかなかに恥ずかしいぞ。
年の瀬の迫った真冬の海。細い桟橋の先端に、何のとりえもなさそうな小男が1人で佇んでいる。
あー、これヤバいヤツ。人生に絶望した人だと思われかねない。早く気づいて、船頭さん。
…って思っていたら、ものの数10秒で僕の存在に気づいてくれた様子。
すげーな、120m向こうの船着き場から目ざとく見つけてくれたとは。
船にエンジンをかけると、第二音戸大橋をくぐりつつ、みるみるこちらに近づいてくる。
僕は存在を認めてもらえた感動で、打ち震えた。
さぁ、見てごらんなさいな。僕の存在が、今一艘の船を動かしているんだぜ。
恐縮の至り!!
いざ、船出!日本一短い船旅へ!
来たー!渡し船が桟橋に横付けされた。
激渋だな、この船。曇天がよく似合うレトロっぷりよ。
船から出てきた船頭さんは、桟橋にロープを括り付けて係留する。
そしてロープを力いっぱい引っ張りながら踏んばったままの姿勢で、「では、抑えているから飛び乗って!」と言ってくる。
マジか。そういうスーパーマリオ的なアクションゲーム要素を求められるか。
僕は意を決してピヨ~ンと船に飛び乗った。
船頭さんに70円を支払い、さぁ出航だ!!
「ボン・ヴォヤージュ!!」って心の中で叫びながらの船出。
僕の中でのイメージは、映画「タイタニック」の出航シーンみたいに見送りの人が桟橋にあふれ、そして僕はデッキで帽子を振りながら故郷に別れを告げる、みたいなテンション。うん、あくまでテンションだけは。
吹きっさらしのデッキからこんにちは。
まずは、向かって後方の様子をリポートしよう。
木製のベンチが3つほどあり、10名くらいは座れる仕様。それ以外の目立った設備は…、バケツくらいかな。上の写真に映っているヤツ。
一緒に映っている緑のベンチが、唯一背もたれ付きのものである。
つまりはこの船のファーストクラスの座席とみた。恐れ多くて近づけねー。
そして同じ位置から前方をリポート。
小屋の中に操縦席があるっぽい。船頭さんがたくみに舵をきっている。
走行している間に、対岸の本州側に到着してしまった。マジに3分。
あっという間でまだ船頭さんともロクに打ち解けていない間柄なのに、もうサヨナラよ。
ところで、対岸に来たところでこっちには当然ながら愛車もないし、何もやるべきことがない。
とはいえ、船頭さんに「またすぐ戻るんで船を出してください」とか言ったら渋い顔をされないかな。
とりあえず、こっち側の船着き場付近を徘徊してみるか?
本土側の船着き場のほうがちょっと綺麗で立派だ。しかも船着き場の前に3台分くらいの駐車場まであるぞ。ずるい。島と本土の格差だ。
そして、船着き場の名称が「音戸渡船」。向こう側は「音戸渡場」だったが、その違いは何だろうか。
でも、料金表はメチャメチャ古そうだ。
色覚異常のテストをする絵みたいで、文字がすんごい見づらい。
船着き場付近をウロウロしていると、地元の方と思われるおばあちゃんがやってきた。そして当たり前のように渡し船に乗り込むと、対岸へと去っていった。
あー、船、いなくなっちゃったー。
僕は船が対岸へとたどり着くまで、ボンヤリと見ていた。
じゃあ、僕も向こう側に帰ろうかね。
桟橋へと移動する。
また船は対岸から僕に気づいてくれ、こっちに向かってきた。
ちなみにね、上の写真には、この記事の冒頭で僕がこの渡し船を見下ろした展望台が右上に小さく映っているのだよ。
ちょっとズームしてみようか。
あれだ。第二音戸大橋のたもとに設置された、歩道橋型の展望台。
通称第三音戸大橋っていうんだぜ。第一・第二と比べるとすごいミニサイズだ。
船に乗り込むと、船頭さんは「ちょっと待っててね、今炭を用意するから」と言って、おもむろに七輪をデッキにセット。
そして事前に用意していたであろう炭を七輪に入れてくれた。
なるほど、ちょっとボロい七輪だな。
悪役レスラーに貸し出したら、これで対戦相手の頭をぶん殴って壊されてしまった、そんな諸事情がありそうなボロボロの七輪だ。
走る船のデッキに置かれた七輪がどれだけ暖を発揮してくれるのか不明だが、七輪スタイルの音戸渡船、再び出航ー!!
そんでまたすぐに到着ー!
倉橋島へと帰ってきた。
船頭さんに別れを告げて、愛車を停めた駐車場へと歩き出す。
途中で、1本前の渡し船に乗り込んでいったおばあちゃんとすれ違った。手には、さっきまで持っていなかったトイレットペーパーのパッケージを持っていた。
そっか、渡し船で対岸の商店までトイレットペーパーを買いに来ていたのだね。
音戸渡船がまさに生活の足として、今も活躍しているさまをこの目で見れた。
朝の5:30から夜の21:00まで。
その船は、寒風の吹く真冬であっても、真っ暗な時間帯であっても、この瀬戸内海随一の難所を今日も越える。
そうだよね。江戸中期から市民の足として活躍してきたこの船に、観光要素などあろうはずもない。飾りっけのないこのボロい船体も、長年地域の方々を支えてきた勲章なのだ。
僕は、そんな長い長い歴史の中、そのほんのわずかな時間である6分だけ、お邪魔したにすぎないのだ。
歴史に参加させてくれてありがとう。
駐車場の料金所のおじさんにお礼を言い、ついでに「次はいつか2人で来るわ」と宣言して、愛車HUMMER_H3にエンジンをかけた。
以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。
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