ここ数年注目が集まっている、昭和のレトロ自販機。中からアツアツのうどんが出てきたりトーストやハンバーガーが出てきたり…。
バラエティー番組やドキュメンタリー番組に取り上げられることもしばしばあるので見たことある人も多いだろうし、それらを複数巡っている方もチラホラいることであろう。もちろん往時から食べている方もいるだろう。
僕は東日本大震災直後くらいにレトロ自販機の存在を知り、2011年の年末から全国のレトロ自販機を巡るべく動き出した。
残念ながら最初ではないが、我が人生におけるレトロ自販機店の2店目に訪問したのが、この「石田鶏卵」というお店のなのである。
"鶏卵"という名前の通り、卵を売っている雑貨屋さんの店頭の自販機だ。お店で卵を買って自販機麺にトッピングし、月見にするのが粋だという。
僕はここを2012年の初頭に初めて訪れた。しかしなかなかお店の営業時間に訪れられずに月見にできなかった。
しかしついに2024年、日本7周目にてその願いを叶えることができる。
今回はそこに至るまでの壮大な物語をご紹介しよう。
月見そば、極上でしたぞ!!
【1回目】レトロ自販機超初心者の僕が行く
そう、あれは確か2012年の1月のことだ。僕は大阪湾の近郊にある廃墟や廃村を探索する旅をしていた。その途中で訪れたのが石田鶏卵だ。
この1ヶ月ほど間に、この世にはレトロ自販機というものがあるって知ってね。その後、とりあえずすぐに1店舗は訪問したので、この石田鶏卵が栄えある2店舗目って次第だ。
その自販機があるのは卵屋さん…というか雑貨屋さん?商店と呼んでいいのかな?世の中にコンビニができる以前に、その機能を保有していた系のお店だ。今日は休業しているようなのでよくわからないけども。
神戸の埋め立て地の、ものすっごい工場地帯。そこにたたずむ少しレトロな商店だな。
調べてみると日曜日と祝日が休みのようだ。まぁいっか。僕の目的は商店ではなくてレトロ自販機だし。
これがその自販機だ。おっと、興奮しすぎて前のめりになりすぎて全体像の写真が撮れなかったよ。すまぬ。逆にやや遠くっていいならば、1枚上の写真をガン見してね。
ちなみに萌えポイントはパネル左上にある『おいしい』という文字だ。なんだこのヘタクソな文字は。こんな文字でおいしいって書かれたら、そりゃおいしいに決まっているじゃんかよー!食うーー!!
そばかうどんか。悩んだ末に選んだのは230円の天ぷらうどん。手ごろな価格だね。嬉しい限りだ。
お金を入れてボタンを押すと、20数秒ほどのカウントダウンが表示される。
ゼロになった瞬間に「チーン!」と音がして、取り出し口の扉の奥から「ジョバー!」
って汁が流れてきた。
あわわわ…!!なにこれ!!汁多すぎたの!?2012年つゆだく事件!?
取り出すと、だし汁が表面張力ギリギリまで入った美味しそうな天ぷらうどん登場だー!テンション上がるー!!
上の写真、赤く飛んでしまっているのは、大阪湾岸の廃墟等をこのテイストで撮影していたからだ。同じモードでうどんを撮影しちまったよー。うどんは廃墟じゃねーのによー。ごめん、モードを戻そう。
あらためて、天ぷらうどんである。
あ、おいしいおいしい。関西風のあっさりしたダシがいいね。そんなに満腹ではない時間帯であっても、体にスーッと浸み込むように入っていくよ。
雲のようにモコモコした天ぷらの下には、ネギとかカマボコも入っていた。
同じようなレトロ自販機であっても、中身は作るオーナーさんによって様々なんだな。麺も具も、だし汁も違う。可能性は無限大なのだ。
面白いな。これからもレトロ自販機を巡ろう。なんなら、日本中のレトロ自販機を巡ろう。
【2回目】春の夜、深夜2時の夜食に
春…というかもう初夏のようなモンワリと熱い深夜のことだった。中国地方へのドライブに向かう僕がここにやってきた。
わぁ暗い。マジで車も人も皆無だ。深夜2時近い工場地帯はすべてが寝静まっていた。あまりの静寂っぷりに動揺したためか、カメラを持つ手も震えて写真がブレたさ。
さーて、石田鶏卵はどこだったかなー。
大体の場所は覚えているので、適当に工場地帯の奥へと車を進ませて行く。
なんとなく覚えているもんなんだよね。無機質な工場群の中でも僕の嗅覚は的確にレトロ自販機を捉え、見覚えのある道をたどって埋め立て地の先へと進んでいく。
あぁ、小腹が減ったぞ。深夜に食べる麺類って至福だよね。悪魔の味。
煌々と光る石田鶏卵の前に来た。当然お店は営業していない。
でも、こんな深夜であっても、きっと自販機等を使う人たちのために明るく電気をつけてくれているんだね。ありがたい。
でも光の中に入ったら異世界転生してしまいそうなほどの光量だな、まぶしい。
お店の軒先の飲食スペースには、ツーリングライダーらしき先客がいる。きっと自販機麺を食べているのだろう。ジャマしちゃ悪いかなって思って、しばらく車の中でゴロゴロ仮眠しながら待機した。
こんな時間でもお客さん来るんだね。やっぱここ、いい店なんだな。
数10分車内で転寝して、ライダーさんがいなくなったことを確認しつつ僕はレトロ自販機の前に立った。阪神エリアで唯一と言われている、貴重なレトロ自販機だ。
また来れてうれしいぜ。
…ん?パネル左上の『おいしい』の文字が消滅している。
おいしくなくなったのか?いや、そんなわけあるか。うまいに決まっている。わざわざ言う必要ないから取っただけだよね、わかります。
初回訪問時から少し年月は流れたのだが、料金は変わらず230円。安すぎる。
前回はうどんだったので、今回はそばを食うと心に決めている。売り切れでなくってよかったぜ。
23秒ほどで受取口からアツアツのそばが現れた。
あ、だし汁の量が常識レベルだ。前回のように器と一緒に汁まで「ドババー」と出てくる愉快なアトラクションではなくなっていた。
前回は湯切り装置の調子が悪かったんだよね。今回は修理後なので普通なのだ。
ちょっとだけ涼しさを感じる、この夜風に吹かれながらのそば、最高じゃありませんか?
そば少しコシが弱いが、天ぷらは大きくてなかなかゴージャス。230円で味わえる非日常。極上であるなぁ。
そういえば、この石田鶏卵の商店が営業していれば、そこで卵を買って月見うどんや月見そばにもできるそうだよ。いつかそれもやってみたいな。
でももううどんもそばも食べてしまったから、日本中のレトロ自販機を巡り終えて"2巡目"みたいなフェーズに入ったらまた来ようかな。
【3回目】ポケットに夢を忍ばせて
またまた年月が流れた。雪が降るほど寒い夜のことである。日本中のレトロ自販機をほぼすべて網羅した僕が、久々に初心に帰って石田鶏卵へとやってきた。
あのライトアップされた美しいフォルムの橋は、阪神高速の「東神戸大橋」だね。たぶん横浜で言うところの「横浜ベイブリッジ」。デザインも似ている。
横浜と神戸って、ほぼ一緒の位置づけだよね。東京に対する横浜。大阪に対する神戸。
古くに開港した港町で外国文化をいち早く取り入れたし、中華街あるし、レトロな洋館多いし、坂道多いし。
もともとパラレルワールドの同じ町だったところ、なんかの事故で同じ世界に来てしまったんだと思うよ。そうじゃないと説明がつかない。
既に22時なので今回も商店は営業していないであろう。商店がやっていないということは卵を購入できないということであり、それすなわち月見そばが食べられないということである。
しかし稀代の軍師である僕には1つ作戦があった。
それは、卵を持ち込むという作戦だ。ふふふ、すでに車内のセンターコンソールには生卵が1つ入っている。カンペキだ。
今回も店頭にはライダーさんがいた。遠目なのでよくわからないが、自販機麺を確実に食べている。じゃあ少し離れた場所にて待機しよう…。
しばらくして彼らが食べ終え、ベンチを去ったタイミングで僕が動き出した。
センターコンソールから生卵をそっと取り出し、ポケットに忍ばせて。ようやく長年の夢、月見そばを食べられるのだ。今宵は卵と書いて"ゆめ"と読ませようぞ。
だがしかし…、聞いてくれ、画面の前のあなた。不可解なことが起こったのだ。
お金を入れても入れても、釣銭返却口から落ちてくる。手ごたえがないのだ。どういうことだ。
僕はうろたえた。おそらくついさっき、ライダーさんが買っていたはずだ。
その際か、その直後に壊れたのか?なんてこった。ついさっきまで正常に動いていたというのに。自販機の横には大量の食べ終わった丼があるというのに、この僕は食べられないのか?
だとしたら、活躍の場を奪われたポケットの中の卵はいったいどうなるのだ?
このあと数日間は旅が続くのだ。いくら真冬とはいえ生卵と一緒に何日も旅をするのは懸念があるぞ。かといって捨てるのは憚られるし…。
いや待て、落ち着け。
卵1つのことよりも、自販機がどうなってしまったのか考える方が先決だ。ちょっとSNSで調べたり自販機を眺めたりし、なんとなく推測した。
写真下部の赤く囲った部分は、本来『売り切れ』のランプがつく部分だ。それが死んでいることを確認した。
つまりは売り切れているかどうかわからない。僕が買おうとしたときは売り切れていたのかもしれない。
でも本来であれば売り切れであってもいきなりお金が釣銭受け取り口に戻ることはない。メニューボタンを押しても反応がなくなるだけだ。
でももう1つ根拠がある。メニューボタンの上の丸いランプ。これがついたらメニューボタンが有効になる。ついていないということは、売り切れている可能性が高い。
僕が考えたりもう1回チャレンジしたりしているうちに、2組ほどお客さんが来て自販機麺を購入しようとし、挫折して帰っていった。
ダメだな。今回は僕もあきらめるしかなさそうだ…。
ポケットの卵は、その後コンビニでカップ麺を買ってそれにトッピングしたよ。泣きながら食べたよ。
あと、後日SNSをチェックしここの自販機が普通に稼働していることを確認した。やっぱ売り切れだったのだろうなぁ。
次はもう少し早い時間に行かねばな。いや、むしろいい加減そろそろ、ちゃんと商店が営業している日時での訪問を計画すべきだな。
【4回目】10年越しに叶った夢、高砂の夕日
2024年。暦的には春になったがとてもコートを手放せないような寒い日々が続いている中、僕はこの地を再び訪問した。
今回は見ての通り日中なのである。石田鶏卵の商店自体が営業している時間を狙ってきた。月見そばリベンジャーなのである。
どんより曇った空の下でも、東神戸大橋は威厳があるね。
毎度おなじみの石田鶏卵だ。上の写真ではやや見づらいが、お店が営業しているのがおわかりいただけるかと思う。
おなじみの石田鶏卵ではあるが、お店営業中の顔は「はじめまして」だ。新鮮。
では、先にレトロ自販機にご挨拶だ。
あれ、この貼り紙は初めて見たな…。
『投入したお金を返却する事ができません お金をいれる前に売切になっていないか、販売中止になっていないか確認して下さい』
むー。その確認方法がよくわからなかったから前回の僕は四苦八苦したんだけどな…。たぶん他の人が見ても同じように戸惑うであろう。にもかかわらず投入しかお金が返ってこないとは、なかなかにリスクの高い自販機だな…。
…というより、これはなかなかに深刻なレベルの故障だよね?これからも自販機営業を継続していただけるよう、修理できるといいね…。
では、ぶっちゃけ自販機麺が売り切れかどうかわからないんだけどさ、卵を買おう。
お店が営業しているんだから売り切れてはいないだろう。O型は物事を根拠のないポジティブさで考えるのだ。
店内はちょいとレトロな匂いのする商店。雑然と積まれたダンボールがナイスだな。
前章で掲載した通り店内にて生卵を1個単位で販売しているらしいが、どこだ?探すの面倒だから店員さんに聞こう。
レジでお昼ごはんを食べている店員のおばあちゃんに「生卵が欲しいです」と話しかけた。「どの種類の卵がいいですか?」って聞き返された。
大丈夫、答えはすでに用意してある。
これは前回撮影した、自販機の貼り紙である。
いろいろあるけれども、せっかく卵屋さんで買うのだから一番高い「高砂の夕日」にしてみようじゃないか。
同じ値段の「龍の卵」も気になるけど、僕は鶏の卵がいい。うん、たぶんそれも鶏の卵なのだろうが、とにかく高砂の夕日というフレーズが美しくて良い。
おばあちゃんは奥に行ってゴソゴソしばらくやり、持ってきた高砂の夕日のパックから1つ取り出して僕にくれた。
あぁ、尊い卵。僕はそれを両手でそっと受け取った。
緊張の一瞬。売り切れていないかどうか。
お金を入れると無事にメニューボタンが点灯したので、天ぷらそばを選択した。
300円。以前よりかは高くなったが、充分に安いと思う。この値段で販売してくれてありがとう。
今回もダシ汁はこぼれなかった。その機能の調子はいいらしい。
気をつけて軒先のテーブル席に運んだ。
久々の石田鶏卵の麺だ。ダシ汁はこぼれないが、満面の笑みがこぼれてしまうではないか。
卵を割ってみた。なにこの濃い黄身の色は。これ絶対にいいヤツだ。
まずはほぼ透明に近いスッキリしたダシをすすり、そして麺を食べ…。
後半になってからおもむろに黄身を割ってみた。こころなしか弾力があり、箸に少し力を入れて割った。
わぁ、とろんとろんだぁー…!
これはうまいぞ。濃厚だぞ。きっと卵かけご飯にしても絶品だ。
味の変化は大成功である。前半はスッキリさわやかな味、後半は卵と天ぷらでパワフルな味。あっというまに完食した。
食後の缶コーヒーがうまいなぁ…。
10年以上に及ぶ僕の月見そばを求める旅は、2024年3月に終わったのだ。感慨深い。
うっとりしながらコーヒー飲んだ。
平日ではあるが、お客さんはチラホラと訪れる。
今後もみんなに愛される自販機のお店でありますように。名残惜しさを感じながら、僕は石田鶏卵を立ち去る。
石田鶏卵はJR深江駅からも歩いて行けるほどに近い。車であれば大阪や神戸を繋ぐ大動脈の国道43号を反れてほんの3分ほどだ。
気軽に立ち寄れる阪神エリア唯一のレトロ自販機、あなたの心にも刻んでおいてほしい。
以上、日本7周目を走る旅人YAMAでした。
住所・スポット情報
- 名称: 石田鶏卵
- 住所: 兵庫県神戸市東灘区深江浜町110-2
- 料金: 天ぷらそば¥300他
- 駐車場: 無いが周辺に充分なスペースあり
- 時間: 自販機は24時間稼働