聞いてくれ。
僕の母は潔癖で健康志向で、小さい頃は模擬店の食べ物・冷凍食品・インスタント・衣でかさ増しした惣菜等、まともに食べることができなかった。
今思えばそれはひとえに子供への愛なのだが、押さえつけられた欲望は反動でどこかで放出されてしまうものだ。質量保存の法則みたいなものだ。世の中、プラマイゼロなのかもしれない。
2023年初頭、僕は凍てつく寒さの中の大阪西成"あいりん地区"を再訪する。
ひと昔前は日本一治安が悪いと言われた地区。つまりえっと、オブラートに包むけどストリートチルドレンのアダルトバージョンの人たちがたくましく暮らす、活気のある地区。
だからこそ、安くてうまいものがあるに違いない。
母親が読んだら泡吹いて倒れるかもしれないグルメツアーの開幕なのである。
ひとまず3店舗ご紹介しよう。
「名前の無いお好み焼き屋」
導入
夕刻、僕は「なんか食いたいなぁ」と思いながら、1人「四角公園」の近くをプラプラと徘徊していた。
公園という名前ではあるが、高いフェンスに囲まれていて足を踏み入れるには少し躊躇する。
ちょっと子供が遊ぶにはデンジャーな雰囲気であり、木材がうずたかく積まれていたり、寝泊まりしている人の簡素なダンボールハウスorブルーシートハウス的なものがあったりする。
炊き出しのときには大賑わいになる公園も、木枯らしの中でなんだか寂しい気配だった。
公園越しに見える、少し歪んだような長屋造りの建物が渋い。
あの並びにはほんの少し前まで「夢」と呼ばれた食事処があったのだ。客席は路上で、やや左手のフェンスのところに見えるテーブルとイスがあつての名残だと思われる。
本来はあそこで200円のうどんでもすすりたかったが、ちょっと前に閉店してしまった。残念。寒い中でアツアツのうどんとか、最高だと思っていたのにね。
名残惜しいので公園を回り込んで目の前まで行ってみることにする。
確か、この写真の中央より少し奥にあったのが、夢というお店だったはず。もう現実世界は夢から覚めてしまったかのように、その頃の名残は無い。
…って感傷に浸っていると、すぐ背後になんだか興味を惹かれるプレート(?)を見つけた。
四角公園の脇の路上にポツンと置かれたランプ付きのプレート(?)。
そこには驚愕の文字が躍っていた。
『お好み焼き 豚卵入り 100円』
『お好み焼き 豚卵入り 100円』
実食レポート
100円!!このご時世に100円!!スゲーな!
これ以上ないほどにシンプル過ぎる宣伝プレートであるが、必要な情報だけが簡潔に書かれていて潔い。
傍らには、模擬店テントのような簡素な小屋の中でただひたすら鉄板を見下ろしながらお好み焼きを焼き続けるおじさんがいる。
うおぉ、気になる。突撃してみよう。
これがメニューだ。一番シンプルな豚玉子入りのお好み焼きで100円。ペットボトルより安い。
さらにそれに玉子1つを加えると150円。豚平焼もあるぞ。それでも300円と、非常にリーズナブルだ。
しかし今は2023年だぞ、この価格で大丈夫か?どうやらこれ以上値上げすると買えなくなってしまう人もいるから、この価格を死守しているらしい。神。
僕はちょっとだけ背伸びをして玉子1つ追加のお好み焼きをオーダーし、150円をお支払いした。
鉄板の上にはすでにたくさんのお好み焼きが出来上がっている。ちょっと不格好なところが愛らしい。
でも、見た感じキャベツがしっかり大量に入っていて、見ただけでお値段以上の価値があるって思った。
おじさんは僕のために、この既存のお好み焼きに目玉焼きを合体させるかのように作ってくれる。
ただただ下のみを見て調理をするおじさん。こちらと目を合わすわけでもなく、会話をするわけでもなく、ひたすらに寡黙で職人。
西成っていろんな人がいるもんね。いろんな事情の人がいるもんね。変に介入しないのが正しいコミュニケーションの取り方の1つかもしれない。
ものの2分くらいで出来た。
お店の横には座って食べるためのイスが数席分置いてある。夕暮れの木枯らしが身に染みるけど、ここで食べよう。屋内なんて無いし。
視線の先にあるボロボロの軒のお店群が、いい味を出しているな。西成テイスト。
これがお好み焼きだ。
大きくはない。普通のお好み焼きの半分から3分の1くらいのサイズかもしれない。
しかし100円であることを考えると充分だ。腹が減っているなら3枚食えばいい。僕はこのあいりん地区のお店を数店舗を巡りたいので、今回はこの量がちょうどいい。
口に入れるとたっぷりのカツオ節が風味を引き立てる。
豚肉の旨味とトロトロの卵が食欲を加速させる。生地の味は家庭的な素朴さを感じた。
あっという間に食べ終わった。落ちてしまったカツオ節が木枯らしに舞って四角公園の方に飛んで行った。
食べている間も、ポツポツとお客さんが来る。その場で立ったまま音速で食べて行く人もいるし、何枚も買って持ち帰る人もいる。
そんなお店の名前は…、無い。
「名前の無いお好み焼き屋」というのが正式名称として巷で通っているようだ。
それもまた西成らしい。ごちそうさまでした。
住所・スポット情報
「島ホルモン」
導入
夕闇が迫るあいりん地区で、僕は少しだけ焦っていた。
今夜泊る宿がまだ見つかっていないのであった。
あいりん地区には日雇い労働者用の"ドヤ"と言われる簡易宿泊所がいくつもある。とても質素(←表現に気を使っております)なのでお安く泊まれるのが特徴だ。
少しお金がある人はここを拠点に労働しているし、それがちょっと厳しい人は公園でハンドメイドのマイホームを作っている。
1000円前後のドヤに泊まりたいなって思っているのだが、なかなか空きがなくって焦り出した。
あれ、こんなに人気なの?想像と違った。
いや、一見してよそ者とわかる場合はもしかしたら拒否しているのかもしれないな。
経験からくるカンだけど、本当に必要としている人にはもっと低料金の部屋を裏で確保済みなのかもしれないな。
ガチなドヤは事前予約ができない。電話受け付けも無い。
夕方の1・2時間といったわずかな時間にのみ現地の窓口に人が立つので、そのタイミングで突撃して「泊らせてくれ」と言うしか無かったりする。
…もうちょっと待ってから巡ったほうがいいのかもしれないな。
では趣向を変えてドヤ街散歩だ。
でもここいらの話は語り出すと長くなるので全部割愛する。
夕暮れなのに宿は無いのはちょっとドキドキするが、実はすでにアルコールが入っているので「なんとかなるさ」のポジティブシンキングにも拍車が掛かっている。
頭上をゴトゴトと電車が通る様を見ながらアプローチしたのは、「島ホルモン」と呼ばれる小さなホルモン屋さんである。
ここも気を付けろよ、現地には一切看板も無い上、突撃するにはちょいと度胸が必要だぞ。
実食レポート
誤って一度気付かずに通り過ぎてしまった後、引き返して存在を認識した。あそこか。ドキドキするほどのクラシックな佇まいだな。萌える。
店に近づこうとすると、すぐ付近で路上生活者っぽい人たちのケンカが勃発し、警察が来てわいのわいのしていた。しかしこの界隈ではケンカはきっと日常茶飯事であろう。
僕があいりん地区の存在を知った10数年前は「警察も介入できない無法地帯」と言われていた。ここ10数年で治安は劇的に良くなったと聞いている。
でないと僕みたいなインテリメガネボーイが1人で写真撮影しながら歩くなんてできるはずがない。10数年前まではこんなことしていたら無事にこの地区を出れなかったと聞いている。誇張だったらすまない。
どこから取り付いたらいいのかいいのか難しいお店である。看板もメニューも無い。もちろん勝手を知っている人は普通に突っ込んでいって注文するだろうが、一見さんにはハードモードなお店だ。
一応事前情報としてここがホルモン屋さんだということは知っている。情報を、そして己を信じて行くしかない。
カウンターのすぐ向こうには大きな鉄板があり、その前に女将が立っている。女将に「すみません…。ここはホルモンのお店ですか?」って聞いてみた。
女将、「あぁん?」みたいな鋭い目でこっちを見てきた。うっほ、怖い。
お店の柱はカラフルにシールで彩られ、奥にはアンパンマンもいるけども、女将怖い。この迫力にはアンパンもヘコむぞ。
女将は短く「そうだよ」的なことを言ってきた。それ以上のナビゲートは無しだ。
僕は素早くカウンターの奥を見て、そこに冷蔵ケースがあり、いくつか肉の部位の名前のプレートが書いてあることを確認。
「あそこから選んでいいですよね…?じゃあミックスください。」と言った。
いきなり詳細な肉の部位を指定する勇気はなかった。知識もあまりないし。
とりあえずミックスであれば間違いが無いって思ったのだ。
リアクションがあったかどうかは定かではないが、女将は静かに鉄板で肉を炒め始めた。
ここで待っていればいいのかな…って思ってカウンター前にいたら「ジャマ」的なことを言われた。「じゃあ店の脇の丸テーブルに座ってますね」と言ったら、「そこは注文済みの他の人の席だからダメ」と言われた。ふぉい、難易度高い!塩対応!ウケる!!
「じゃあ道路の対面の丸テーブルにいますね」って言ったら無言だったので、そこで待つことにした。上の写真の左端がそのテーブルである。
写真にも写っているが、萩ノ茶屋駅方面からパトカーも来て、ゆっくりと僕の前を通過して行った。謎の緊張感。
道路の対面で女将が「そろそろだよ!」と言うのでカウンター前に行った。
「アンタさ、バッグを向こうに置きっぱなしだけど盗まれていいの?すぐ盗まれるよ」って言われ、「あぁそれは困ります」と取りに行った。
宿探し中なので宿泊用のバッグを持ち歩いていたのだ。
待ってる間に手持無沙汰なので「ここのお店はなんて名前ですか?」って聞いたら、「なんでそんなことを知りたがるの?」とにらまれた。怖い。
「気に入った人がいたら名前を知りたくなるでしょ?そんなトコです。」って答えたら「なるほど」って言ってくれた。そして女将の表情が少しだけ柔らかくなった。
「ところでアンタさ、西成に何をしに来ているの?」みたいに聞かれ、「旅の途中で来た。大阪巡っている。西成うまくて安くていいところ。」と答えたら「そうだろうそうだろう」とゴキゲンな雰囲気になった。
あれ?でも結局お店の名前は教えてくれてないぜ。いいけど。知ってるからいいけど。
ミックスホルモンが出来上がった。230円。
「すぐ隣の丸テーブルが空いた様子なんで使っていいですか?」と聞き、了承を得てここに来た。よっしゃ、ここで立ち食いだ。
プラ容器に入れられたホルモン。ピリ辛のタレが食欲をそそりまくる。
本来であればビールが欲しいところだ。ここでは外でビールを買って持ち込むこともできるのだが、僕は一見だからとりあえず余計なアクションはせず、ホルモンのみと向き合うこととした。
しかしうまい。プリプリのシコシコでいいホルモンだ。
寒いのでホルモンもすぐに冷める。そうなる前にパクパクと完食した。
いやぁ、いい体験だった。
「ごちそうさまー」と言いながら店頭のゴミ箱に容器を返却すると、女将が「おおきにー!また来てな―!」と言ってくれた。
万人に対してそう言っているのだろうが、僕はなんだかこの町に認められたような気が捨て嬉しかった。
入れ替わりでお客さんが来る。この店もまたこの地区の人たちに愛されていると感じた。
さて、この後も元気よくドヤを探すとするか。
バッグを片手に、警察と住民が騒ぐ喧騒の中を目指して歩き始めた。
住所・スポット情報
「ホルモンやまき」
導入
この地区のレジェンドについて、語らねばなるまい。「ホルモンやまき」だ。
時系列は前後してしまうが、西成に到着して僕は最初にやまきを目指した。なぜならやまきのタレな中毒性があり、一度その味を知ってしまうと絶対に吸い寄せられてしまうからなのである。
…というワケで、上記リンク先に以前書いた記事の続編を執筆する。
事前に上記を読んでくれればさらに盛り上がるが、別に読んでくれなくてもいいように書くから安心してほしい。
前回駐車した、有刺鉄線と崩れた廃屋に囲まれたあいりん地区ど真中のコインパーキングは閉鎖されてしまっていた。
あらら、残念だ。このせいで結構離れた駐車場まで舞い戻ることとなった。
饐えたようなにおいの町。独特の喧騒。
尋常じゃない数の自転車。おじさん率の高さ。片手にビニール袋を持ち、もう片方の手に缶ビールを持つおじいさん率の高さ。
車よりもおじさんと自転車が優先。おじさんは車には見向きもせずにマイペースに自転車をこ漕ぎ、その自転車群の中を遠慮がちに車が走る。
そんな町を横断しながら、僕はやまきを目指して歩く。
商店街の向こう、左奥には既にやまきに群がる人たちが見えている。今日も混雑していそうな気配だな。
ただ、僕はその前に商店街のアーケードを抜けたところにある阪堺電気軌道阪堺線の今池駅を訪問しておこう。ちょうどやまきの手前に、駅のホームに登る階段があるんだ。
とても現役の駅に行くとは思えないようなワイルドな階段。
酔っ払いの人が座っていたり寝ていたりすることも多いが、今日は静かだ。
階段の上に見えている空が青くっていいね。ワチャついている下界との世界観の移り変わりがいい。
ここを路面電車みたいな小さな電車が走るのだけど、ちょっと待っていても来なかった。まぁいいけど。
駅を降りると、やまきの前を通り過ぎて大通りまで出てみることにした。
「スーパー玉出」がすごいよね。知らない人が見たらパチンコ屋さんかなって思ってしまうようなお店。
でも本領発揮するのは夜のギラギラネオンと、店内のフィーバーしちゃったような照明だよね。日本1周目に初めて訪問して衝撃を受けたのが懐かしい。
やまきは向かって左側、商店街の中にギリギリ見えないくらいの位置にある。
それではもったいぶってしまったが、いよいよやまきに行こう。
路上ペイントされたシャッター商店街の中で、一軒だけ人ごみに囲まれて異彩を放つ店がある。モクモクと煙を放出させる店がある。
それが、上の写真の阪堺電気軌道阪堺線の高架下にあるやまきだ。
実食レポート
やまきの前にやって来た。
店頭に大きな鉄板があり、その奥でおやじさんが黙々とホルモンを焼いている。
客は鉄板を囲んで酒を飲みながら肉を食うのだ。そういうパーティースタイルのお店。一度に群がれるのは6人ほどで、店の左側には行列ができている。
僕も列の中に並ぶ。しばらく並んでいると後ろの方がザワッとした。なんかユーチューバーの人が撮影に来たらしい。僕はYouTubeほとんど見ないので知らないけど。
でもディープなエリアのグルメリポートをするユーチューバーの中では、もはややまきはその登竜門だよね。
昔はあいりん地区で働くおっちゃんたちのためのお店だったが、今は興味本位の若者が多い。僕も外来だしな。
10分ちょっと並んで鉄板の前に来れた。
おやじさんは寡黙で声をかけてくれないので、気のいい常連さんとかが「空いたよー、どうぞー」みたいに声をかけてくるのだ。助かる。
カウンター越しに見る光景。あぁ、いいなぁ…。
相変わらずコロナ禍なので隣の人との間にはパーテーションがあるし会話を抑制するような注意書きがある。
だけども前回なかったアルコールメニューが復活しているぞ。
前回はしかもドライブ中だったからダブルでノンアルしか選択肢が無かったんだよね。今回はこのままあいりん地区のドヤに泊ろうと思っているので、飲むぞ。
メニューはシンプル。ドリンク以外はキモとホルモンのみだ。まぁ裏メニューもあるのだが、それはさておき。
僕はホルモン2つとキモを1つ頼んだ。1本で90円。安ッ。あとはビールだ。
前回はホルモンが売り切れだったので今回が初。楽しみ。
ホルモンは確か豚のシロ。串に刺された状態で焼かれ、途中でやまき特製のタレに絡められる。
あー、でも前回ほどにエキセントリックな色の鉄板ではないな。キモオンリーのときとは違うということかな?
…見たい?前回のエキセントリックな鉄板を見たい??…しょうがないなー。
これな。これ前回。キモキモパーティーのとき。
僕はこれをみて「ふぉぉ!すっげー…。」ってなったのだ。数10秒火を通しただけですぐに提供される豚キモにカルチャーショックだったわ。
早くオーダーしすぎてしまったビールをチビチビと飲みながら、今か今かと待つ。
ちょっとヒマ。
見れば僕以外は全員複数名のグループなのだ。楽しそうに缶ビール片手にワイワイ他成しているのがうらやましい。
でもやまきは10~15分くらいでサクッと食べて立ち去るのが流儀で、食べ終わっているのにダラダラしていると並んでいる常連さんとかから、「あんちゃん、そろそろな」みたいなフィードバックが来る。
そんな中でもおやじさんは黙々と鉄板作業だ。クール。
よーし、来た!右端のコンニャクみたいな角ばっているのがキモだ。
キモには串が刺さっていないが串が添えられており、お会計のときにはこの串の本数でカウントされる。
濃厚なキモ、プリプリで油の旨味が口いっぱいに広がるホルモン。最高だ。
そして何より最高なのは、やまきの謎のタレ。少し辛くて少し甘い、謎のタレ。YouTubeなど見ると多くの人がこのタレを再現しようと頑張っているみたいだな。でも僕は再現せずにまたやまきに来ることの方を頑張りたい。
ビールが合わないわけがない。スーッと喉の奥に入っていく。
肉の濃厚さとのギャップ、肉との往復でいくらでも飲めるぞ。いや、でもまだまだ夜は長いしまだまだ飲みたいので控えめにしてくけどさ。
もっと食べたいところだけど、それは次回に取っておこう。
10分ほどの滞在でテキパキと会計をし、1人やまきを後にする。いい景気付けになった。
これから本能のままにあいりん地区を練り歩こうか。
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夏ごろから長い間休業で、あわや閉店かとウワサされていたやまきであったが、10月下旬に入って再開したようでホッと胸をなでおろした。
食欲の秋、あなたはどうお過ごしだろうか?
こんな味覚も面白いぞ。機会があれば西成のあいりん地区に足を運んでみてほしい。(複数名でのアプローチの方が安心)
以上、日本7周目を走る旅人YAMAでした。
住所・スポット情報