標高3180m、「槍ヶ岳」。
日本で5番目に高い山であり、日本の多くの登山家が夢見る美しい山だ。
真っすぐ空を突くように伸びるその姿が、なんとも美しいよな。まさに"槍"ヶ岳だ。
そんな槍ヶ岳、僕も登ったことがある。あれも10月のことだった。
ちょっとその日のことを回顧してみようじゃないか…。
- ◆DAY1①… 沢渡駐車場~横尾
- ◆DAY1②… 横尾~槍ヶ岳_肩の小屋
- ◆DAY1③… 肩の小屋~槍の穂先往復
- ◆DAY2①… 肩の小屋~天狗原分岐
- ◆DAY2②… 天狗原分岐~上高地
- 住所・スポット情報
◆DAY1①… 沢渡駐車場~横尾
3:30 沢渡駐車場
深夜、長野県の上高地エリアに車でやって来た。
しかし上高地って環境保全のための通年マイカー規制のためにマイカーで入ることはできない。
北アルプスを目指す人が多く使う、「沢渡(さわんど)駐車場」に愛車を停めた。
1日500円だって。既にいくつかの駐車場は満車の表示だったけど、"沢渡中"の大駐車場がまだまだ空きがあったのでよかったぜ。ここで上高地行きの始発のバスを待つまでの間、車内で仮眠を取ろう。
5:10 起床
うわぁ、寒いぜ。きっと気温は5℃を切るくらいだ。震えながら準備をし、バス停に歩く。ちなみにもう駐車場はほとんど埋まってた。
バスはここから上高地への往復で1800円。乗り込む。
バス停には『10月上旬の三連休は年間で一番の混雑が予想されます。お帰りのバスですが、14時~16時は1時間以上の待ち時間が発生する可能性があります。』…って書いてある。
明日にきっと下山してくると思うんだけど、ピークの時間帯は避けないとだな…。
5:37 バス発車
バスを待つ人は非常に多いけど、バスはひっきりなしに来るのでほとんど待つことはなかった。しかも全員座れるし。
さすがにこの時間は僕以外全員本格登山装備の人。
みんな40~70リッターのリュックを持っていて、僕だけ10リッターくらいのヘボリュック。場違いでドキドキしちゃう。
上高地までは30分ほど。寝ようとしたけどワクワクして寝れるはずなし。
左手に噴煙を上げる「焼岳」が聳えていた。
6:18 上高地バスターミナル
来た!聖域!
朝の清々しい空気をいっぱいに吸い込んだ。よーし!歩くか!やるぞー!行くぞー!
槍ヶ岳までのコースイメージをご紹介しよう。
片道およそ20km、高低差1700mのハードコース。標準タイムは10時間。
後半、大幅にペースダウンすることが手に取るようにわかるコースだな。どうやら槍の穂先が眼前に見えるのは、17km地点くらいらしい。もったいぶるじゃないか。
6:25 河童橋
バスターミタルから5分ほど梓川に沿って歩くと、上高地のシンボルである「河童橋」が見えてきた。
まだ日が昇りきっていないので見栄えはそこまで良くはないけども、ポテンシャルが高いことは窺い知れる。
ほとんど高低差の無い快適な道を、多くの登山者と一緒に歩く。
なんかサルがいっぱい出てきた。子ザルもいた。何10匹も出てきて、ギャーギャー言いながら大喧嘩が始まったりしてた。
早朝からテンション高めだね、こいつら。
6:50 明神
3km程歩いて「明神」まで来た。ここからは穂高連峰が頭を覗かせている。
最初の休憩スポットに最適な距離だからか、朝ご飯を食べている人が多い。僕は素通りするぞ。ここから0.6km反れたところに「明神池」があるのだが、そこにも行くつもりはない。槍しか眼中に無い。
次のポイントは3.4km先の「徳沢」だな。
まだまだ平坦な道が続く。左右は樹林地帯。
ときどき左手に穂高連峰が顔を覗かせている。すげー雄大でビビる。日常僕がいる世界とはスケールが違い過ぎるのだ。
7:20 徳沢
歩き始めて1時間経過。
キャンプ場に設置されている色とりどりのテントがステキな徳沢だ。山の合間から日が昇ってきて周囲を照らしている。
ここでも休憩せずに通過するぜ。コンディション最高なのだ。変に休んでクールダウンしてしまうのがもったいない。
次の「横尾」を目指し、梓川に沿って歩く。
途中で景観が開け、朝日に照らされる穂高連峰が一望できた。
あの一番高い部分が確か日本で3番目に高い3190mの「奥穂高岳」だよね?割と間近に見えていて興奮。興奮の坩堝(るつぼ)。
8:10 横尾
標識によれば上高地からここまで11km。槍ヶ岳までさらにここから11km。
距離的には中間地点。
標準タイムで3時間10分のところを1時間50分で来ているのでそこそこ順調だな。
しかしここはまだオードブルだってことはわかっていますから。
まだまだ地獄の登りが始まってもいませんから。
少々お腹が空いたので、これからの登りに備えてコンビニで買っておいたオニギリを1つ食べておいた。
ここからは一般観光客はあまり来ない深部になるね。ファイト!
◆DAY1②… 横尾~槍ヶ岳_肩の小屋
進行方向に雲が広がってきた。ちょっとガッカリだ。
青空を振り返りながら傾斜の出てきた山道を歩いていると、ずっと横に見えていた穂高連峰が遠くに見えなくなってきた。
何気に随分歩いてきたらしい。
周囲は森のような装いになった。梓川も細くなり、ところどころ滝のように流れ落ちる部分もある。
8:53 一ノ俣
標準タイムで4時間10分のポイント、僕は写真を撮りながらも2時間30分で到達できた。
まだまだ体力的には余裕。アップダウンが無いので足も調子がいいぞ。
9:01 二ノ俣
ここを過ぎると結構道が急になってきた。軽く息切れがするし、とうとう背中に汗もかいてきたっぽい。
9:21 槍沢ロッジ
「槍沢ロッジ」という山小屋。もちろん宿泊もできるし食事もできる重要な休憩スポットだ。歩き始めて3時間。ここで少しだけ休憩しようか。
30人ばかりの登山者が小屋の前のベンチで自炊をしていた。僕も2つ目のオニギリを食べておこう。
出発しようとすると、小屋の前に望遠鏡があることに気付いた。
なぜここに望遠鏡が?足の部分に貼り紙がしてあるので見てみる。
『ここから槍の穂先がみえるよ♪』だってさ。
なるほど、ここの延長上に槍ヶ岳が見えるのだな。
これは肉眼で見た槍ヶ岳。かなりズームして撮影したので、実際は相当に遠いのだが、確かに槍が見えた。今回初めて槍の穂先が見えた。
望遠鏡をのぞくと、その槍の穂先で登頂を果たした登山者が喜こんでいるのが見えた。
うおぉぉ!!背筋に鳥肌が立った!!
僕も必ず数時間後にはそこに行くぜ!!モチベーションがバリバリにUPしたぜ!!
槍沢ロッジ以降、山道の傾斜はかなり急になってきた。岩場とか段差も多くなり、メッチャ息切れがする。そしてなんだか周りの景色が秋色になってきたぜ。
それだけ標高が上がって来たということだ。自分の脚で季節を進めているということだ。
9:50 ババ平キャンプ場
なんだか急に目の前に景色が開けた。森林限界が近いっぽい??
この時間でもここは結構テントが立っているのだな。みんな今日はオフなのか?
水場があったので、ペットボトルに補充しておいた。水場は死ぬほど貴重であり重要だ。
出発するとすぐに槍沢カールが目の前全てに広がった。圧巻の光景だ。
氷河が削り取って出来たこのなだらかなカーブを描く地形、例えるとスプーンでアイスをすくい取った場所にいるような感じ。
前方を取り囲む3000m級の山々写真では写しきれないが、山肌を細い滝が流れ落ちていたりもする。楽園かよ、ここは。ついつい足を止めて見入ってしまう。
…これで青空が広がっていれば申し分ないんだけどね…。
まぁいいや。そのうち晴れることを期待しましょう。
そしていよいよ始まったぜ、マジ地獄の上り坂が。
超急勾配にカールに合わせて延々と九十九折が続く。歩いても歩いても視界が全然変わらない。キツイ。
しかも標高2000mの山道。明らかに酸素が薄くなってきた。
息苦しいし、昨夜1時間半しか寝ていないから寝不足だし、そして軽い頭痛もしてきた。ヤバイヤバイ。油断すると高山病になる。冷静に自分の体調を判断し、無理なら諦める勇気も必要だ。
随分と木々が色づいてきた。写真では色をうまく表現できなかったけど、なんとか紅葉と言ってもよさそうな状況だ。
でも森林限界をほぼ突破しているので、低木しかないんだけどな。
気付かないうちに「大曲」というポイントを通過していたようだ。
もうなんだか余裕がなくなってきたので、まっすぐに前だけを見据えて登り続ける。
槍が見えないのだ。槍沢ロッジで一瞬見えて以来、一度も見えていないのだ。
どこだよ?出て来いよ目的地。もったいぶるなよ。先が見えないと不安になるのよ。
Web上の登山レポートを読むと、槍の穂先が見えてからの激坂にみんな非常に時間を費やし、なかなか近付かない穂先に悲鳴を上げている。でも僕はまだそのゾーンにすら辿り着いていないではないか。先は長いのだ。
体が急激にエネルギーを求めていることを察知し、立ったままチョコレートをむさぼり食った。
チョコレート、すごく優秀だな。心身(HP&MP)ともに瞬時に回復したぞ。万能薬。エリクサーって実在したのね。
…僕の心が天候にリンクしたのか?
ここでふいに空が明るくなり始めたのだ。どんよりとしていた厚い雲がウソのように引いていく。
これは晴れるぞ!ついに晴れるぞ!!
一気に広がる青空。もう気分はルンルンになった。
雲の流れからして、槍の穂先は既に青空の中にあるはずだ。こりゃ期待できそうだ。山々も日の光を浴びてさっきよりも断然綺麗に輝き出した。もう嬉しくって叫びたい。
あ、でも登山路は僕が思った以上に過酷だった。
せっかくチョコレートで回復したのに、それ以上に道が険しいのだ。
足が進まない。もう呼吸はゼーゼー言っていて、心臓は信じられないくらい速く脈打っている。頭もなんだかボンヤリする。エネルギーを生み出すために残りのチョコを全部食べた。いける。僕はまだまだいける。
士気を高めるために、近くを歩いているスパッツ姿のベテランそうな人にペースを合わせ、目標物とした。スパッツさんも汗だくでゼーハー言って頻繁に座り込んでるけど、ペースは僕と同じくらいっぽい。
スパッツさんとは抜きつ抜かれつのデッドヒート。その合間に挨拶し、雑談もした。スパッツさんも今朝上高地から登ってきているらしい。
YAMA:「天気最高ですね。初めて槍に来ましたけど、超興奮しちゃってますよ。」
スパッツさん:「しかしキミ、初めてにしては相当早いね。」
3つ目のオニギリを途中で食べた。これで残りは1個。
11:30 槍ヶ岳ビュースポット
九十九折に登っていた道が大きく左に入る。今まで見えなかった景色が見えてくる。
長年夢見た槍の穂先が思いのほか近くに、圧倒的迫力で飛び込んできた。
今まで写真やWebで何度も見て憧れていた景色だけど、やっぱ自分の足で歩いて見ると全然違う。今まで歩いてきた道のりも、そこに吹く風も、自分の息づかいさえも、この景色の一部なんだなぁと思った。
遥か上空に聳える槍の穂先。
そして今日のゴール地点である"肩の小屋"こと「槍ヶ岳山荘」の赤い屋根も小さく見える。上の赤丸で囲ったのがそれだ。
写真で見ると近そうだが、地獄の道のりだぜ。
僕は吹き抜ける風に当たりながら写真を何枚も撮る。
先ほど僕を抜かして行ったスパッツさんも少し先で写真を撮りまくっている。全人類感動する景観なのだ。
さぁ行くか。心臓破りの激坂へ。
もうどんだけ登らせるんだよってくらいの急勾配だ。ガレた登りを一歩一歩踏みしめていく。
でも全然槍は近付いてこない。ジグザグに折り返しながら急な坂道をゼーゼー言いながら登る。空気が薄くて苦しい。確実に自分のペースを保たないと確実に酸欠になるね、これ。
11:45 ヒュッテ大槍との分岐
11:50 坊主岩屋
坊主とは、1828年に初めて槍ヶ岳に登頂した「播隆(ばんりゅう)上人」のこと。そのときに播隆さんが一泊したのが、この岩屋らしい。ちょっと中を見学しようぜ。
岩屋を覗くと、中に仏像が安置されていた。
天然の岩屋としてはまぁまぁ居心地良さそうだな。山小屋が無い時代だったらこの岩屋は非常に貴重な存在になりそう。でも真夏であっても夜はすっごく冷え込むよね…。
播隆さんは初登頂後も「一般人も槍ヶ岳に登れるように」ってことで何度も自分自身で足を運んで開拓し、槍の穂先には当時貴重であった鉄の鎖を設置し、それを見届けてから亡くなったんだよな。素晴らしい人だ。
ヒーヒー言いながら坂を登る。スパッツさんとは相変わらずのデッドヒートだ。
槍は少しずつ近付いているようだけど、ずっと視界に入っているからイマイチどれだけ進んでいるのかわからない。
後ろを振り向いて自分の登ってきた道を確認することで「おっ、僕は意外と頑張っているんじゃない?」と思うことができる。
ちょくちょく後ろを見ていて、いいもの見つけた。
日本人なら誰でも知っている、アレだ。
相当距離が離れているのだが、見えることもあると聞いていた。その富士山が10分だけ、雲海の上に見えたのだ。やったー!ツイているね、きっと!!
強い日差しの中を登る。
前にも後ろにもポツポツ人はいるが、みんな似たりよったりのペース。例外なくみんなキツいんだ。それでも上を目指しているんだ。僕も負けられないな。
すぐ上には「殺生ヒュッテ」が迫ってきた。
12:12 殺生分岐
槍ヶ岳まであと1㎞。
しかしこの苦しい登り坂でなかなか近付かない槍の穂先に心身ともに疲労し、「殺生ヒュッテ」に吸い込まれてまったというエピソードをよく聞く。
その気持ち、痛いほどにわかるぜ。ツラいのだ。
しかし、まだお昼だし僕は頑張れる。肩の小屋まで行って休憩しよう。
殺生ヒュッテから肩の小屋までは1時間ほどらしい。でも"疲労に耐えつつ足を動かし続けて1時間"なのだからちょっとゾッとしてしまう。
うーむ、なかなかシンドい。正直本当にキツい。普段運動なんてしないのだ。運動不足のプニプニボディの人間なのだ、僕は。
ときどき立ち止まってハァハァ肩で息をして酸素を取り込む。
きっと気温は低いのだろうけど、この運動量と紫外線のせいで相当暑い。汗が出る。
ずっと立ち止まっていたいのだけど、それではいつまでも頂上に辿り着けない。足を出すも止めるも自分の意思。こりゃもう体力でなく、精神力のバトルになってきたな。負けるもんか。
振り返ると、まるで崖に取り付くように立っている山小屋。こんな高山に小屋を建てるなんて、人間ってすごいよなぁ…。
さぁもう肩の小屋まで200mくらいだ!
でもたったその200mがどれだけ苦しいか、山に登ったことのある人だったら知っているかと思う。足が動きませんもん。
さっき「肩の小屋で会いましょう!」と声を掛け合ったスパッツさんとの距離がだんだん開いてしきてしまっている。これはボロ負けですよ。
小屋はすぐ頭上に見えているのに果てしなく遠い。パンパンになったふくらはぎに最後の力をこめた。
◆DAY1③… 肩の小屋~槍の穂先往復
12:58 槍ヶ岳山荘
つ い た…。
玄関先にリュックを投げ捨て、ハァハァしながら呼吸を落ち着ける。
小屋の玄関前に設置された柵と、絶景を眺めるテーブル。最高のロケーション。
先客の人やスパッツさんがそこから広がる景色を見ている。まずはスパッツさんと肩の小屋への到着を喜び合った。
さて、ひとしきり景色を堪能したし、寒くなってきたのでチェックインするか。山頂まで行くのはその後だ。
この山小屋は600人以上が宿泊できる巨大施設で、(僕の訪問時は)素泊まり5500円、2食つけると8500円。1000円で翌日のお弁当ももらえる。
僕はもう食料がわずかなので2食付にする。明日は残ったオニギリ1つで乗り切る予定だから、お弁当はいらぬ。
連休の初日だからめっちゃ混雑するかなぁと思っていたけど、どうやら危惧したほどではないらしく、ひとまず2人分のベッドスペースをもらえた。
ま、2人分でも通常のベッドよりかは狭いんだけど、寝返りくらいは打てそう。何せ1人分しかないと両肩を床につけて寝ることすら困難になるからな…。
ベッドスペースでしばらくゴロゴロしてスタミナの回復を待つ。短時間だが軽く寝た。
しばらくすると僕のスペースの両側に人が来た。
平湯側から登ってきたカメラマンのおっちゃん、西田さん(仮名)は「今年の紅葉はイマイチだー!」と残念そうだ。なんでも冷え込み不足で色づきが悪いそうで。
「でも、そのかわり最高の天気じゃないですか。こんな天気のときに来れただけでも僕は幸せですよ。」みたいな返答をした。
反対側の富山県から来た鶴見さん(仮名)は、何度かこの肩の小屋までは来ているけど、悪天候で穂先には一度も立ったことが無いと言っていた。おぉ、じゃあ今回は初登頂ですね。
西田さんが「俺はそろそろ穂先に行ってくるぜ」と準備を始める。あ、体力回復したので僕も行きます。一緒に行きましょう!
鶴見さんは後から来るそうなので、ひとまず西田さんと僕で穂先に挑むことにした。貴重品と最低限のグッズだけを身に着け、リュックは置いて身軽にいく。
13:23 槍の穂先へのアタック開始
肩の小屋の標高は3080m。槍ヶ岳は3180m。その標高差は100m。
しかしその100mがドカンと高層ビルのように目の前に立ちはだかっている。片道30分の超急勾配だ。
もう「歩く」なんてレベルじゃないぞ。「よじ登る」のだ。
立て札には『落石が多くて危険なので、登るなら完全に自己責任で』ということが書いてあった。よっしゃ、登りますか。…あ、軍手を宿に忘れた。まぁいいか。
西田さんの尻を見上げながら追いかける。
岩肌は結構ゴツゴツしているので掴みやすい。三点確保の基本さえ押さえていれば大丈夫だ。しかし眼下は1000mほど下まで一望できる凄まじい展望。高所恐怖症だったら100%無理。
登るところはペンキでマークしてあるものの、どこに手を掛けて足を掛けるかは自分の判断。ヒャー、ドキドキするぜ。
西田さんはところどころで写真を撮りながら登っているので、途中から先に行かせてもらった。
西田さん:「おーい、そっちはどうだー!?」
YAMA:「ヤバイっすー!急で怖いっすー!」
みたいな呼びかけをしあいながらキャッキャする。楽しいなぁ。
日本第5位の山、槍ヶ岳。全ての景色が下に見えるどこまでも広がる山々。日本は本当に山の国なんだなぁ…。
なんでこんなツラい思いをしてまで山に登るのか。それはこの地の素晴らしさを五感で味わえるから。エピソードとして味わえるから。
きっとヘリで山頂にダイレクトに行っただけでは味わえない感動が、今ここにある。
一歩一歩、偉大なる槍を噛み締めながら腕を上へと伸ばす。
ここまで大変だったけど、ヘコたれそうにもなったけど、その時間が今は愛おしい。あと数分で登頂してしまうのがなんだか名残惜しい。
登り始めておよそ20分。山頂直下の最後のハシゴが見えてきた。限りなく90度のハシゴ。あれを登れば山頂だ。
横を見た。改めて、なんて角度だ。だからこそ、多くの人を魅了する槍。
その穂先に今僕は立つ!!さぁ、感動の穂先へ!!
13:50 槍ヶ岳
山頂は10数人が座れる程度のスペース。当然360度全てが断崖で、端のほうにいると落ちそうで怖いくらいだ。それだけに鳥肌が立つほどの大展望。
自分の足が地に着いているとは信じられない。完全に航空写真の世界であった。
日本アルプスの十字路。小さい頃から憧れだった山。
もう二度と立つことはないかもしれないこの日を、目に刻め。
10人ほどいた登頂者の隙間を縫って、一番奥にある山頂の祠の前まで行く。ここで僕の直前に登頂した人とカメラを預け合って、お互いの写真を撮った。
祠も断崖のギリギリ、しかも狭いスペースに設置されているのでなかなかスリリングだった。
祠には『槍ヶ岳 3180m』と書いてある。簡素な手書きの表記だが、それがこの山の過酷さを現わしているかもしれない。
このタイミングで西田さんも登ってきた。「お疲れ様です!!」とお互いの健闘を称え合い、写真を撮り合った。
肩の小屋を見下ろした。エグいくらいの角度を登ってきたことがよくわかる写真が撮れたぞ。
そしてこんなところにこんなに巨大な山小屋作った人々もすごすぎる。運営してくれている人もすごすぎる。
あなたは「アルプス一万尺」の歌を知っているだろうか?
あの岩場がその歌に出てくる「小槍」だ。槍型の穂先、「大槍」に対する小槍だ。穂先から恐る恐る身を乗り出して撮影した。
一尺は30.3cmで、一万尺は3030m。当たり前のように知っていたけど、実際見ると感慨深いな。僕にはあの上でアルペン踊りは不可能だと思い知った。
くつろいでいると、バラバラバラッ…と機械音が聞こえてきた。
あっ、ヘリだ。物資を運んできたヤツかな?
…と思ったら、僕らのいる穂先の周りをグルグル周り出した。そっか、TV局だか新聞社だかの取材へリか!
みんなで「おーーい!!」と叫びながら手を振る。ヘリの中の人も手を振り替えしてくれ、こちらにカメラを向けてくる。
どっかのメディアに掲載されたのかな?ホントにいいタイミング。いい思い出になった。
鶴見さんが登ってきた。お疲れ様ーー!
では、僕と西田さんはそろそろ降りることとしよう。
下りは登り以上に大変だった。下界の景色もモロに見なければいけないので怖いし。
でも道は空いていたので自分のペースでノンビリと降りることができた。
14:35 肩の小屋
ふぅ、緊張した…!
では、もう眠いので寝るわ。お昼寝するわ。
14:45 仮眠
16:50 起床
17:00から第一陣の夕食なので、それに合わせて起きた。
食堂はたぶん200人くらい入れるほどの大きい施設なんだけど、それでも宿泊客数のMAXが600人以上なので、人数に応じて食事の時間を分けるのだ。
西田さんや下山してきた鶴見さんと一緒に食堂に向かった。
16:55 夕食
お世辞にも豪勢とは言えない食事。
こんな立地なのでおかずはこの程度でしょうがないんでしょうけど、実はご飯と味噌汁はお替り自由なのだ。だからちゃんと満腹になれる。ただ、僕は1杯で充分。
それでも周囲のみんなとワイワイおしゃべりしながらのご飯は最高に美味しかったよ。
食後の17:25頃、鶴見さんと外に出て日没を見ることにした。
すでに相当冷え込んでいる。風も強いし、体感温度は0℃前後だろう。
夕日に赤く染まる槍が美しかった。
秋の太陽は驚くほどの速さで沈んでいく。
なんだかその夕日を見ていると、秋も深まったんだなぁと思えた。確かに日は短くなったけど、今日は長い長い1日だったな。
そんな1日の終焉だ。
17:31 日没
さて、太陽が寝たなら僕も寝るか。昼寝から覚めてまだ40分だが、もう眠い。
17:40 就寝
19:10、隣がゴソゴソしている音で目が覚めた。
真っ暗な部屋の中、隣で鶴見さんが「天の川がね、槍の穂先にかかっているんだよ。最高だよ。」とヒソヒソ声で教えてくれながらカメラを準備しいる。
おぉ、そりゃ見てみたいな。僕も鶴見さんと外に出た。
凍りつくような標高3000mの氷点下の世界。暗闇にボンヤリと浮かび上がる槍の穂先。そして、満天の星空と穂先にかかる天の川。
文明から遠ざかっているからこそ見ることのできる、夢のような世界。
しっかりと目に焼きつけ、そして再び眠りに着いた。
◆DAY2①… 肩の小屋~天狗原分岐
4:50 起床
西田さんや鶴見さんが「空が赤くなってきたな」・「今日も快晴だな」と話している声で目が覚めた。
うーん、メッチャ寝た。なんだかんだでこの肩の小屋で12時間以上寝ていたな。
2人に「キミは寝てばっかだったなぁー」とか笑われながらも支度をし、鶴見さんと朝焼けを見に外に出てみた。
寒いねぇ、ブルブル。でも空はすごいスピードで明るくなってくる。雲海が綺麗。
あ、富士山が昨日よりもずっと綺麗だ。上の写真の一番左が富士山だ。
こっちから富士山が見えているということは、富士山の山頂の人もこっちが見えているのだろう。そう考えるとすごい。
あ、でももう富士山はとっくに閉山していて人はいないかな…。
ん?でも雲海が出ているってことは今日の上高地は曇りなのかな…。疑問を鶴見さんにぶつけてみた。
鶴見さんは「朝のうちだけだよ。気温が上がれば上高地も晴れてくるよ。」と教えてくれた。
部屋に戻ってくつろいでいると、5時半直前に館内放送で「朝食の準備ができました」とアナウンスがかかった。
うーん、もうすぐ御来光なんだけどな…。朝日を取るか、朝食を取るか…。
館内に張ってある日の出時刻の表を確認し、朝食後に朝日に間に合うと判断した。
5:30 朝食
西田さんとご飯を食べる。たっぷり寝たせいか、ちゃんと食欲あるぞ。僕にしては珍しい。ハイスピードでお腹に詰め込む。
そして食後、また玄関前へと飛び出した。ピッタリ間に合うだろうと踏んでいたのだ。
僕が外に出ると同時に辺りから歓声が上がった。
5:41 日の出
雲海の上から太陽が現われた。澄んだ空気の中、たちまち鋭い太陽光線が広がって来る。
あぁ…、眩しいよ。暖かいよ。なんだかもう、これだけで太陽に「ありがとう」って言いたくなっちゃいそう。きっと今日もいい1日になる。
朝日が周囲を照らす中、再び鶴見さんを発見し、一緒に朝日を見た。
さて、そろそろ出発しようかね。
昨日の早朝に沢渡のバス停で見たとおり、午後になると帰りのバスが大混雑するそうだから、できれば午前中のうちにバスに乗りたいね。
部屋に戻り、40秒で支度する。そして出発だ。
玄関フロアで靴を履いていると、ちょうど朝日の撮影を終えてこれから朝食に向かう鶴見さんがいた。
「僕はこれで出発します。お互い気をつけていきましょう。お話できて楽しかったです。」って挨拶できた。
5:55 下山開始
元気一杯の朝日を全身に受けながら、また昨日と同じ道を上高地に向けて歩く。
さすがに下山は早い。急な下りで、かつガレているのでヒザに負担を掛けないように気をつけて歩くんだけど、それでもあっという間に肩の小屋が頭上に小さく見えるようになった。
朝一番で殺生ヒュッテから登ってくる人たちと挨拶を交わしながら、快調に下山。
後ろを振り返るとみるみる槍の穂先が遠ざかっていくのが切ない。
6:16 殺生分岐
昨日の登りでヘロヘロになって苦しんでいたポイントに着いた。下りは楽勝。坊主岩屋もあっという間に通過。
小さくなっていく槍の穂先を振り返りながら降りていく。写真もいっぱい撮った。
あれだけ憧れていた、夢にまで見た槍の穂先。もうすぐ見えなくなっちゃうんだなぁ…。
下っていくと見覚えのある場所に出た。
ここは昨日、初めて槍の穂先が身近に見えて大喜びした場所。つまり今日はこれが穂先をまともに眺められる最後の場所。
足を止めてしっかりとこの景色を目に焼き付ける。
6:37 槍ヶ岳 ラストショット
またいつか、槍を見ることができるかな?
うん、きっとできるさ。それまでしばらくのお別れだ。ありがとう、槍ヶ岳。また会う日まで。
7:03 天狗原分岐
この辺りは登りのときに一番苦労した界隈。擦れ違う人もみんな苦しそうだ。
せめて僕が爽やかに挨拶することで疲労を軽減してあげよう。
カールもここで見納めだ。
雪渓が作り出した超巨大な谷間。北アルプスが全ての登山者を魅了する理由、わかったよ。
そして緑あふれるエリアへと突入する。
◆DAY2②… 天狗原分岐~上高地
やがて勾配は緩やかになり、遠くにババ平キャンプ場のハデなテントが見えてきた。
あそこまで行けば本格的な登山道はひとまず終了かな?ゆるやかになってきたのでちょっと駆け足で進んでみたりした。
7:54 ババ平キャンプ場
テントのみなさんはボチボチテントから這い出して自炊を始めたところだった。
僕はここの水場で水を補充しておき、そしてすぐに出発だ。
8:13 槍沢ロッジ
行きに望遠鏡から槍の穂先を見たところだ。もう随分降りてきちゃったよ。
今日も望遠鏡を覗いてみる。
穂先に取り付いている人々が見えて、昨日の自分とシンクロしちゃってなんだかうれしくなった。
ここから先、微妙に足に疲労がたまってきて動きが悪くなってきた。もう難所を越えて楽なダラダラ道が続くだけ…、という認識がさらに疲労を加速させそうで怖い。
8:34 一ノ俣
標準タイムでここ一ノ俣から上高地までは4時間。距離は12km。
少しお腹が減ってきました。最後に残ったコンビニのオニギリ食べようかどうしようか迷う。いや、まだいいや。
9:10 横尾
おぉ、すっげぇ賑わっているな。
ここまで来ると一気に下界って感じがする。そしてビックリするくらい人が増えた。登山者ではなく、一般観光客の人もゾロゾロいる。ツアー客っぽい人もだ。
穂高連峰が青空に映えていて綺麗だ。近くの人に頼んで、橋を入れた定番のショットを撮ってもらった。ふふふ、満足。
道は広くなり、グループが道幅いっぱいに広がってワイワイ話しながらハイキングしていたり、子供が走り回ったり、なんだかワチャついてきた。
そのテンションと比例するように、徐々に僕に疲労がみえてきたぞ…。
9:53 徳沢
多くの人に混じって歩き、徳沢まで来た。
ここで下山開始してから初めて座ることにした。4時間ぶりに座るのだ。
ここで最後のオニギリとゼリー飲料で軽食タイム。ポカポカ暖かく、元気が甦ってきた。
ガイドブックを見ながらタイムを予測。上高地まで6.4km。行きは1時間でこの距離を歩いたのか。今は足が痛くなってきているし、人も多いからもう少しかかりそうだな。
徳沢から明神へと歩きながら眺めた光景は素晴らしかった。
梓川の河原は真っ白で、青空とのコントラストがまた格別。河原に点在している木はハルニレの木らしいね。今日は本当に最高の天気だ。
その河原でノンビリとピクニックをしているグループがいる。今回は強行軍になっちゃったけど、来年以降に上高地をゆっくり見学するときにはこういう楽しみ方もしてみたいな。
10:37 明神
もうクタクタだ…。靴擦れが痛い。いや、いろんなところが痛い。
手ぶらでフラッと観光に来ているファミリーやカップルも周りに大勢いる。つまりは上高地からフラッと歩ける距離まで戻ってきているということ。
本当にもうちょっとなのに、足がガタガタでくたびれているっていうのが自分自身でショックだ。
こんな写真を気付いたら撮ってた。そのくらいの安堵感なのだ。
とうとう戻ってきたよー!!
11:10 河童橋
すっごい混んでるーー!!
でも今日ここに来た人は大正解だね。アルプスをバックに河童橋が絵になってる。こりゃいい思い出になるわ。
だが、もうこれで僕の冒険は終わりだ。
ゆっくり河童橋を眺める気力ももうない。最後に河童橋越しの北アルプスを1枚写真に収め、足を引きずりながらバス停へと向かった。
11:27 上高地バスターミナルからのバス発車
バスは10分ほど待っていたら来た。20人ほどしか並んでいなかったのですんなりと座ることができた。それでも座席は全部埋まってた。まだ午前中なのになかなかの混み具合なのだな。
11:57 沢渡駐車場
駐車場前やその付近の道路は駐車場待ちの車で長蛇の列。すごいっす。これ、待っていたら上高地に入れるのは夕方になっちゃうよ…。
ヨタヨタしながら愛車のところまで到着した。
さぁここからはまた数100kmのドライブだ。だがこっちは得意分野だ。
車にエンジンをかける。そして快晴の長野県を走りだした。
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ちょっと執筆するのが遅くなっちゃったけど、これがかつて10月上旬の体育の日の3連休に槍ヶ岳を目指した僕の小さな冒険譚。
以上、日本7周目を走る旅人YAMAでした。
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