車両の老朽化のために2023年6月11日を最終運行として、引退するそうだ。
釜石線というのは、もともと「宮沢賢治」が"銀河鉄道の夜"を執筆するにあたってモチーフとした路線。
だからそこを走るSLも銀河鉄道の夜とリンクさせて"SL銀河"と名付けたんだよな。
東日本大震災からの観光事業復興プロジェクトの一環として2014年の4月に運行を開始し、10年でその幕を閉じる。
その後半はコロナ禍だったりして大変だったろうが、このSLが走ることによって充分岩手県の魅力を発信できたことだろう。
最終運行まで、この記事執筆時点であと8週間。
感謝の気持ちを込めて、僕が日本6周目前半でここを訪問した思い出をご紹介したい。
プロローグ:雪の中の夢
日本5周目の、とある年の3月11日のことであった。
僕は震災の被災地である岩手県・宮城県の沿岸部を走るドライブをしていた。
既に暦は春ではあるが、さすが北東北の山間部、周囲は雪だ。
しかしいい景色だ。
そんな光景を見ながら休憩のために立ち寄ったのは、遠野市の「道の駅 みやもり」。
なんだここ、敷地内にホームセンターありますぜ。
こんな道の駅は初めてだ。
しかし僕の目的はホームセンターではない。
この道の駅のすぐ隣に架かっているめがね橋だ。
正式名称は「宮守川橋梁」。
だけどもめがね橋の名前で親しまれているそうだ。
このブログでもわかりやすくめがね橋と呼ぼうか。
年季の入った石造りの橋。
これは2代目で、1943年に造られたものなのだそうだ。
2代目だけども造られてから既に74年。いい感じの経年劣化が見られている。
春から秋の週末は、花巻から釜石間をSL銀河が走る。
さらに特定のイベント時には夜に七色にライトアップされ、そこを列車が走る様子はまさに銀河鉄道だという。
なるほどー…。
この橋を走るSL、いつか見れたらいいなぁ…。
空を翔ける銀河鉄道
次の年の春のことだ。
僕は再び岩手県を訪れていた。
日本5周は昨年既に終わり、日本6周目の愛車と共に再びやってきたのだ。
ちなみにこの日は春爛漫の「北上展勝地」を朝一で観光した。
岩手県の有名な桜スポットの1つだ。桜のトンネルの中を馬車がゆっくり歩く様は、とても風流。
小川に船も浮かんでいた。
東北にやってきた遅い春は、みんなが待ち望んだだけあってとても美しかった。
展勝地には静態展示されているSLもある。
桜とのコラボ、いい感じだ。
ちなみに2023念現在は少しだけ展示されている場所が変わり、かつ展勝地の開園100周年事業の一環でSL周囲もとても綺麗に整備されたそうだよ。
閑話休題。
僕は静態展示のSLを見たいわけではない。
展勝地のSLはあくまで序章に過ぎない。
これから僕は走るSLを見に行くのだ。
道の駅みやもりの隣にあるめがね橋を、たぶん11:40ごろにSLが通過するのだ。
間に合うか?ギリギリか?焦る。
11:35、道に駅に到着した。
すぐにめがね橋の前の芝生広場にダッシュする。
「もしかしたらもうSLは通過しちゃったか?」って思ったが、たぶん大丈夫。
三脚にカメラをセットしている人、芝生に座っている人、みんな期待の眼差しで同じ方向を見ているからだ。
およそ3分後、遠くから「プオーーッ!」と汽笛の音が聞こえた。
「ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ…!!」と車輪の音が聞こえ始め、それがだんだん大きくなってくる。
SLは何度も見たことがあるが、いつだってこの瞬間は興奮するよな。
そして木陰から煙が見え始めた。
来るぞ来るぞー!!
めがね橋を今、SLが通過する!!
銀河鉄道の夜を彷彿させる絵だ。
芝生広場のみんなが「おぉーっ!」って歓声を上げた。
この手の届く範囲の世界が、間違いなく平和になっている。
SLに手を振る人々。列車から振り返す人々。
あぁ、なんて心温まる春の光景。
ほんの10数秒であるが、忘れられないひとときとなった…。
余談だが、そのあと芝生広場であらかじめ買ってあったパンを食べた。
SL通貨の余韻に浸りながら食べるパンは、普段よりも3倍うまかった。
屋外でピクニック気分で食べたことも起因しているであろう。
芝生広場内の桜もちょうど見ごろを迎えている。
場所によっては銀河と桜を一緒に撮影できたりもするそうだ。
SLと桜の写真を撮れるのは、ほんのわずかな期間だけ。週末しかSLは走らないのだから、チャンスは1回か2回だけだろうな。
僕はギリギリの到着でポジショニングを充分に検討しきれなかったので、SLと桜を同じフレームには納められなかったが、まぁいい。
別々に見れて2度おいしい、ということにしておく。
SL銀河の内部に潜入
話はまだ終わらない。
これからSLをまた追いかける。
SLの速度はそんなに早くはないのだ。
芝生でノンビリとパンを食べてからでも大丈夫。
制限速度内でも岩手のこの辺りはスイスイ進み、自然とSLに追いついてしまう。
向かうは遠野駅だ。
めがね橋からの距離はおよそ20㎞。
13:00頃にSLはそこに来るという情報を掴んだ。まだ1時間以上ある。余裕。
遠野駅の駐車場に愛車を停めた。
遠野は妖怪の多く住む地。いろいろ妖怪スポットは巡ったことがあるが、駅自体に来るのは実は初めてであった。
わっ、遠野駅前に馬。散歩?イベント?
たぶんだけども近くに「遠野馬の里」っていうのがあるから、そこから来た馬だろう。
今日2頭目の馬だ。奇遇。
駅ロータリーでは何匹かのカッパが団欒していた。
さすが妖怪の里。
「大丈夫か?」ってくらいに痩せたフォルムだが、なんだか春の陽気の中での語らいは楽しそうに見えた。
1匹のカッパが僕に向かって「お前も一緒に飲まないか?」と手を差し出してきた。
この手を握り返したら僕も妖怪になってしまいそうに思ったので、気持ちは嬉しかったが丁重にお断りをした。
さて、入場券を買って遠野駅の構内に入ってみようか!
この中に今、SLがいるはずなのだ!
線路をまたぐホーム間の歩道橋からSLを見下ろした。
ふふふ、いるいる。次の出発に備えて休憩しておる。
さっきめがね橋を渡っていた迫力のあるSL、今は静かに待機中だ。
こんなに間近に"生きているSL"を見るのは、実は初めてかもしれないなぁ…。
ホームでは他にも乗り降りする人、見学する人で賑わっていた。
なぜか機関室がひときわ人が集まっている。
なんだろう?行ってみよう。
機関士さんが集まった人々に石炭を見せていた。
「記念に1つずつあげよう」とか言っていた。
石炭って、一般人がもらって何に使うのだろうか?
もうこの時代じゃあ家電も車も石炭では動かないよ。
だが、気づけば僕も石炭を1つ受け取っていた。
素手で触ると手が黒くなるのでティッシュで受け取り、それに包んで大事にバッグに入れておいた。
記念なのだ。SL銀河と出会った証。大事。
続いては客車のほうに移動してみる。
まるで天の川のようなオシャレなデザインの客車。
車内に書かれた「SL銀河」の文字もレトロかわいい。
「かわいいなー。いいなー。なるほど、ここから車内に入るのかー。」みたいに言っていたら、駅員さんが「どうだい?ちょっとだけ中を覗いて行くかい?」って声を掛けてくれた。
マジか!嬉しいー!おじゃましまーす!
すげっ!
いきなりロビーみたいな空間があった。大型リムジンみたいだ。
そして当たり前のように赤じゅうたん。
ゴージャスっぷりに驚いてカメラブレたわ。
でもいいな、このソファ。ふんぞりかえって外の景色を眺めながらブランデー飲みたい。
でもこの空間、実はお土産屋さんエリアなのだろう。
星座に関するグッズが売られているのがSL銀河っぽいね。なんだか夢がある。
客席スペースもチラ見した。
正にお客さんがいるからお邪魔にならない程度に一瞬ね。
しっかしいいデザインだな。
ステンドグラス・赤い木造の座席・縦横無尽に設置されているポール…。
僕はSLに乗ったことは無いし、今まで「中に乗ったらSLを見ることもできないけど何が楽しいの?」って思っていたけど、考えを改めた。
この客席に座り、SLの汽笛を聞いているだけで極上だわこれ。
駅員さんにお礼を言い、遠野駅を出た。
噴煙を間近で浴びろ
最後のミッションだ。
そのまま遠野駅から進行方向に数分歩いた。
ここで待機しよう。
地図を見て、遠野駅をこれから出発するSLを見下ろせる歩道橋にやってきたのだ。
メッチャ住宅地にある狭い歩道橋だが、僕と同じ考えの人が10名ほど既に集まっていた。
これはワクワクするぜ。
これは歩道橋の上から遠野駅をズームした図である。
ホームの右端にSLが停まっており、今まさに出発しようとしているのがおわかりになるだろうか?
さっきまで僕はあのホームでSL銀河を眺めていたのだ。
SLが威勢よく汽笛をあげた。
さぁ、来るぞ来るぞ!!
うわーおー…。
「SLは出発50mくらいが一番綺麗に煙を上げる」とか、昔どこかで聞いた知ったかぶりをしていた僕であるが、なんだこれ。
まるで煙幕だ。何も見えねー…。
だが、そんな煙幕を突き破ってSLがやってくるぞ!
出発直後だからいい感じに黒煙が舞い上がっている!!
来る来る、近づいて来るーー!!
歩道橋の一同、「うおぉぉぉぉぉ!!!」ってなる。
ヤベーぞ、逃げろ!
このまま歩道橋にいたら黒煙をモロに被って全身真っ黒になるぞ!
「そのシャツ誰が洗うんだい!?」っていうセリフが、ラピュタのおかみさんの声で脳をかすめるぜ。逃げろ!
足元をSLが通過する!
走っているSLを見下ろすのはこれが生まれて初めてだ。
石炭の放つエネルギーが、熱となって・風となって・少し芳ばしい匂いとなって僕のすぐ脇をかすめて行く!!
写真で見るより3倍、ド迫力!!
真下をSLが通し過ぎた1秒後の写真。
写真の右奥では高校生が真っ黒になって爆笑しているが、それも青春。
そのひとことで片付けてやろう。
そして写真の左奥。そこにはもう1つの歩道橋がある。
今もひっきりなしに車が通行している。
おいおいおいおいおい!数秒後にどうなるよ!!
SLが奥の歩道橋に向かって、元気に「ザシュザシュザシュザシュ…!!」と近付いていく。
逃げろー!オマエたち逃げろ――!!
チェスト――!!
歩道橋の真ん中に車が停まっている状態で、SLはそこに突っ込んでいった。
車、真っ黒になったろう。
なんだこのエンターテイメント。
あー、楽しかった。
ありがとう、SL銀河。
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
2023年6月、SL銀河引退。
もう間もなく、こんな光景は見られなくなるのだ。
寂しいね。
僕とSL銀河の思い出はたった1回切りだけど、こうして思い返して切ない気持ちになる。
あの日もらった石炭。
観葉植物を植えている植木鉢にコロンと置き、ずーっとそのままである。
ときどき眺めて、めがね橋を走る雄姿と共に「その下で手を振っていたおじいちゃん・おばあちゃんたちは今も元気かな?」とか考えたりしている。
以上、日本6周目を走り終えた旅人YAMAでした。
住所・スポット情報