ガクガクと笑いそうになる膝を、手で押さえた。
ヤッベ、なかなかシンドいな…。
沢沿いの獣道みたいな登山道を登りながら、僕はゼーゼー息をした。
ペットボトルの中身は、残り1口分。
既に17:00近く、少しずつ暗くなる山間部。
何もかもがあまりいい状況とは言えなかったが、この先にある栄光を手にするために、突き進むことしか考えていなかった。
僕が目指していたのは、「日本で海岸線から一番遠い地点」。
読んでそのままの概念を持つスポットだ。
2022年現在から見ると、僕が訪問してから"ひと昔前"と言ってもいいくらいに時間が流れたかもしれない。
しかし、たぶんこのスポットは時間が流れようとも変わらず、あなたの訪問を待っている。
島国日本。
どれだけ海から逃げられるのか。
その答えを一緒に見に行こうぜ。
時間もないし装備も無いけど
長野県佐久市。
あなたがこのあたりをドライブなりツーリングなりしたことがあるなら、この看板を見たことがあるかもしれない。
日本で海から一番遠い地点を示す看板である。
佐久市のところどころで見たことがある。
これは県道93号線に設置されているものだ。
ちなみに、この看板には「日本で海から1番遠い地点」と書いてある。
ただしネタバラシになっちゃうけど、現地に立つ碑には「日本で海岸線から一番遠い地点」と書いてある。
だから当ブログではスポット名を後者にそろえる。
どうやら日本で海から一番遠い地点まではここから10㎞だそうだ。
時速60㎞で向かうのであれば、10分の距離である。
楽勝だって思うだろ。実はそうではない。
僕は2022年もこの近辺を訪れており、「訪問してやろうかな」という思いが脳の片隅をかすめた。
しかし行かなかったのだ。
なぜなら「もうあんなツラい思いをしたくないから」だ。
時は遡り、日本3周目の僕である。
巨大なタイヤを履いた日産サファリをうならせ、僕は山間部を目指していた。
道、狭い。対向車来たら擦れ違い怖い。
…だが、対向車全然いなかった。
いなかったらいなかったで不安になる。どんだけ僻地なのだよ。
精神が不安になる写真を1枚、Googlemapのストリートビューから引用する。
手元には僕自身が撮影した写真は潤沢には無いのだ。すまない。
この荒れた狭路に入っていく。
ちょっと恐怖である。
まぁでもすぐに駐車スペースが出てくるので、安心めされよ。
一昔前はね、ここに「保養センター湖月荘」っていう建物の廃墟があったんだ。
そこのかつての駐車場に車を止めさせてもらうことができた。
今は、上のストリートビューを少し進んだ林道の傍らに停めるような感じだと思う。
あそこに見えている、林道をふさぐ遮断機を乗り越えてひたすら奥へと歩いていくのだ。
登山路入り口の注意書きを見ると、『2時間~2時間半』と書いてあった。
マジかよ。
今の時刻は16:20。日の長い季節ではあるが、もう夕方である。山間部の夕暮れはなおさら早い。
これ、往復だよね?往復で『2時間~2時間半』だよね?
まさか片道じゃないよね?片道だったら確実に遭難するよ。
ただ、往復であってもこれはかなりキケンな時間である。
…でも急いでいけばなんとかなるかな。走れるところは走ればいいかな。
標準タイムの倍速で行こう。
しかし、手軽に持ち運べるカバンを持ってきていなかった。
いろんなスポットを巡る旅の行程におけるスポットの1つがここであり、長時間歩くことを想定した準備をしていなかったのだ。イタタ…。
しょうがないのでペットボトルだけ持っていこうとしたけど、最悪なことに残り2口分しか残っていない。
でもないよりかマシか。
あと、関係ないけどかなり眠い。
時間的にも所持品的にも何かあったら遭難必死だが、とにかく手ぶらにペットボトルで
登ることにした。
※ 2022年現在の僕から見たら、わりとアホすぎる。あなたが行くのであれば、最低限キチンとハイキングができる装備をしてほしい。
道のりはワイルドだ
ここから日本で海から一番遠い地点までは2.2kmである。
しばらくは未舗装路が続いている。
今も林業の人とかが使ったりしているのだろう。名前は「滝ヶ沢林道」というそうだ。
ゆるい登り坂ではあるが、ご覧の通り元車道なので道幅も充分だし、階段などもない。
かなり歩きやすい部類と言えるだろう。
僕はここぞとばかりにダッシュした。
春の夕方の山間部であり、ちょっと冷え込んでくる時間であったが、こうやって体を動かしていると気持ちが良かった。
でも、ときどきチラチラと木立から見える太陽が、次第に傾いてきて不安になった。
1.2㎞、ほとんど問題もなく林道を辿っていた。
20分経過した時点で、残り1kmの地点まで来た。
ここで気に巻き付けられたポスターが現れた。
<注意!>
海から一番遠い地点までの道は、終盤の約1kmが、沢筋をたどる道のりとなります。
「スニーカー履き等の軽装備でのトライ」はご遠慮ください。
あと、クマ出るってさ。
僕はスニーカーである。軽装備どころかほとんどペットボトル1本持っただけの、ほぼ手ぶらである。
こういうことは最初に書いておいてほしかったな…。
この残り1㎞地点で林道を反れて沢沿いの道となるのだ。
当たり前だが、林道を反れた瞬間に道は激変する。
傾斜も激しくなり、酸素が足りねーわ、ふくらはぎパンパンになるわ…。
でも、登山だと思えばこんな道は普通すぎる。
登山はそれなりに慣れているのだ。ザク
ザク進むぞ。時間がない。
丸太で出来た小さな橋で沢を跨いだり、横に流れる渓流を眺めたり…。
数分進むと、道すらほとんどなくなった。
こっちであってるの?
この道、現役なの?
グッチャグチャなんですけど??
とりあえず登るか。
すんごいガレていて、足元おぼつかないけどな。
…って感じで沢に沿って登っているんだけど、沢を道と勘違いしていないよね、僕?
土砂崩れがあったあとみたいに木々が散乱しているし、倒木をくぐったりしてるし、沢に足は突っ込むし、沢の周辺の土壌はゆるくて崩れるし。
てんやわんやだ。
残り400mくらいのところに自転車が停めてあった。
は?なんで?
さらに進むと前方から降りてくる人が。
ビックリした。自分以外に人がいるとは思わなかったよ。
このお兄さん、さっきの自転車の持ち主で、あそこまで沢沿いを自転車かついで登って来たんだって。
ヒャー、凄すぎる!!何やってるんだ、アンタ!!
残りの距離を聞いた。あと10分だって。
「頑張って!」と励まされた。
うん、ありがとう。
海から最も遠い場所に立つ
到着した。
歩行開始からおよそ30分後のことであった。
たぶんここまでの標準的なタイムは1時間~1時間半くらいだろう。
僕はかなり早い部類かもしれない。
「日本で海岸線から一番遠い地点」。
これを見たかった。これだけのために、ここまで来た。
逆に言うと、現地はこれ以外は全く何もない。少なくとも僕の訪問当時は。
トイレもない、ベンチもない、景色も歩行開始からここまで全然開けない。
本当に、ストイックにこの碑を見に来るだけの強行軍だったのだ。
ここで、僕がちゃんと写真に撮っていなくてかなり後悔している、碑の後ろの看板についてご説明したい。
実は冒頭部分は以下のように書かれている。
日本で海岸線から一番遠い地点
1996年9月国土地理院の関氏等によって計算発見されたもので、地理的に「日本のへそ」とも言える地点です。ちなみに北海道の場合は石狩山地内で、108.2kmであったそうです。
日本のへそ!つまり日本の中心!
ここは数ある日本の中心の1つなのだ!!
それを目当てにここにやってきた!!
何言っているんだかわからない方も多いと思うので、リンクを貼ろう。
詳細については上記リンク先の【特集】をご覧いただきたいのだが、実は日本の中心というのは日本各地に無数にあるのだ。
ぶっちゃけ30箇所くらいある。
そしてこの無数の日本の中心を全部巡ってみたいと夢見ているのが、この僕だ。
そんな野望が空回りし、ロクでもない装備でこんなところまでやってきたのだ。アホでしょ。
しかし日本で海岸線から一番遠い地点を踏むことが出来て感無量だ。
ちょっとここで、改めて"日本で海岸線から一番遠い"の定義をご説明しよう。
- 静岡県富士市田子の浦港の海岸線まで:114.853m
- 新潟県上越市直江津の海岸線まで:114.854m
- 神奈川県小田原市国府津の海岸線まで:114.862m
- 新潟県糸魚川市梶屋敷の海岸線まで:114.861m
随分細かく測ったものだな。
そして、うまいこと114㎞台に収まったものだな。
このスポットは、看板に書かれていた通り1996年に「海から一番遠い」と判明した。
なぜ判明に至ったのか。
茨城県つくば市の、国土地理院併設の「地図と測量の科学館」では、毎年夏に「なんでも相談コーナー」という、測量に関する質問イベントを行っている。
1996年、筑波大学の学生が「海から最も遠い地点はどこですか?」と質問したのだ。
国土地理院の「関さん」はこの質問に回答するため、あれやこれやと計算をし、このスポットであると判明したわけだ。
なお、日本で海岸線から二番目に遠い地点は、北海道の石狩山地内で108.2kmだそうだ。
危なかった。まだ長野県の、しかも歩行距離が短い地点で良かった。
北海道の山奥だとか、信州の日本アルプスの深部であったら、遊歩道の整備も実際のアプローチも、今回と比べ物にならないくらいに困難であったろう…。
ペットボトルに残った最後の1口を飲み干すと、安堵の息を吐いた。
西日の中、ダッシュで下山
到着してミッション終了ではない。
もちろん、無事に戻ってこその完遂だ。とりあえずは車まで戻る。
そこまで戻れば安全が確保できたと言っても良いだろう。
ここからは完全に余談ではあるが、帰りもかなりのスピードで戻った。
序盤の沢沿いの道は、急な下り坂でズルズル滑り、駆け下りることが出来なかった。
とりあえず木々に擦って腕とか傷だらけになった。痛い。
しかも沢づたいで道がほとんど無いから、一瞬ネガティブになった。
「沢を下りすぎていない?どっか途中で普通の山道に出るところがあったんじゃない?」と、そんなことを考えて、かなり不安な気持ちになったのだ。
ホント山中に1人で心細い。
西日がさらに傾いてきたから、なおさら心細い。
でもルートは間違っておらず、20分ちょいで湖月荘跡の駐車場に戻れた。
猛ダッシュで往復プラス現地撮影込みで1時間だ。
マジ疲れた。
よーし、風呂だ風呂!
車で来た道を延々戻って佐久市の市街地に入り、「あさしな温泉_穂の香乃湯」というところで汗を流した。
まだ日は沈み切っておらず、明るいうちからの温泉は達成感も手伝って最高だった。
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日本で海岸線から一番遠い地点。
一部マニア以外にとっては、時間とスタミナを浪費するだけのスポット。
わざわざ現地に立つ意味もわからないようなスポット。
僕ももう二度と行かないつもりではあるが、現地を訪問した記憶と記録は貴重な思い出であり、Webや地図でこの情報を見るたびに「僕はここに立ったことがあるんだぜ、ふふん」って思ったりするのだ。
それだけ、ここに立てたことは貴重な思い出である。
以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。
住所・スポット情報
- 名称: 日本で海岸線から一番遠い地点
- 住所: 長野県佐久市田口字榊山209-1
- 料金: 無料
- 駐車場: 「保養センター湖月荘」跡を使用(そこから徒歩で往復2時間~2時間半)
- 時間: 特になし